【完結】アリス・イン・ワンダーランド   作:さくらのみや・K

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Track.5 トラウマ

 

深夜。

私は不意に目が覚めた。

夢明希くんの繋がれていた手は力尽きてしまったのか、伸ばしたまま横たわっていた。

「眠れないっていったくせに…もう。」

母犬を探す子犬のような目で懇願していたのに、今は気持ち良さそうに眠っている。

その寝顔に胸がキュンとして、ちょっとにやけてしまう。

 

そっと起き上がり、私は音を立てないようにして部屋を出た。

 

………………

……………

…………

………

……

 

深夜。

いつの間にか習慣になった夜の散歩に出かけようと、あたしはカーディガンを羽織って一階に来た。

家の中は、窓から差し込む月明かり以外の光はないけど、歩くのには困らなかった。

 

玄関に続く廊下のドアを開けようとした時、誰かが階段を降りてくる音がした。

慧梨主がトイレにでも起きたのかしら?

そう思ってたけど、姿を現したのは慧梨主じゃなかった。

「あ…夢明希じゃない。お久しぶりね。」

こんなところで再会というのもなんだけど、久しぶりに見た夢明希の姿は、昔のやんちゃさは薄れ優しそうな感じだった。

ちょっとオタクっぽいけど。

 

一方、あたしを見た夢明希は唖然としていた。

「何よ、あたしがここにいておかしいわけ?あたしだってこの家の人間なのよ。」

「え?…じゃあ、亜梨主なのか?」

なぜか信じられないというふうにまじまじと観察してくる。

「…何ジロジロ見てんのよ。」

「だって、まあ…その…慧梨主ちゃんそっくりだなぁと。」

「だって双子だもん。もしかして知らなかった?」

小学校の時、あたしと慧梨主が双子だというのは、珍しいからか結構有名だった。

当選夢明希も知ってるはず。

「でもさ…前は結構違ってたじゃん。割と見た目ですぐ区別ついたし。」

「小学校の頃の話じゃない。今年で18になるのよ?そりゃ成長の仕方によっては似たりもするわよ。まあ、髪型変わったっていうのはあるかもね。」

「あぁ…なんで慧梨主ちゃんと一緒にしたの?」

「さあ…なんでだったかしら。単純にポニテに飽きたのかもね。結構髪伸ばしてたけど、洗うのめんどくさかったっていうのもあるかも。」

でも確かに、髪型が同じだと区別がつかないかも知れない。

やっぱり双子だし。

 

「で?あんた何しに降りて来たのよ。慧梨主と寝てたんじゃないの?」

「え…」

桜ノ宮家のトイレは一階だけじゃなくて、二階にも設置されてる。

だからトイレに起きたのなら、わざわざ降りる必要はないはずだ。

「あぁ…いや…だって俺んち庶民だから。トイレなんて家に一個しかねーもん。トイレしに階段降りるのは…」

「素直に言いなさいよ、忘れてたって…」

「…さーせん。」

あっさり謝る夢明希に、あたしは思わず笑ってしまった。

昔は絶対言い返すとこなのに。

「え?なに?」

「いや、あんた変わったわね。随分素直になった。」

「そうかな。」

「びっくりよ。そうだ…せっかくだし、久しぶりに色々話しましょう?」

単純に色々聞きたいといのもあったし、慧梨主の彼氏として知って欲しいこともあった。

良い機会だと思った。

「別に良いけど。」

「じゃあ着いていらっしゃい。ジュース奢ってあげるから。」

「あ、ありがと…」

あたしは玄関に向かって歩き出した。

 

 

二人で缶コーヒーを買ったあたし達は、近くの公園のベンチに腰を降ろした。

「慧梨主とはどう?上手くいってる?」

「多分ね…俺さ、慧梨主ちゃんが初めての彼女なんだよね。だから今が良いのか悪いのか…大丈夫だと思うけど。」

「あんたなら大丈夫よ。このあたしが言うんだから間違いないわ。」

小学校の頃から変わらない部分があるとすれば、夢明希は根は良い奴だった。

あの頃はよっぽどの意地っ張りだったんだろうけど、それもなくなった今は、彼女想いの優しい彼氏だ。

「あ、でももうちょいお洒落に気遣ったら?オタク丸出しよ?」

「高専に染まるとこーなんのよ…自覚はあるけど。」

 

この後しばらく世間話をしていたけど、やがてあたしはここまで夢明希を連れ出した本当の目的を果たす事にした。

「…あんたに、どうしても伝えておきたいことがあるの。」

「俺に?何のこと?」

「慧梨主の、恋愛のこと。」

パパとママが死んでから、壊れていった慧梨主のこと。

そこにつけ込まれた慧梨主の不幸。

あの娘が背負う心の傷は、きっと誰にも想像がつかないほど深く辛い。

「慧梨主と付き合う以上、知ってもらわないとね。あんただって下手に傷に触れて、あの娘を悲しませたくはないでしょ?」

「…そうだね。」

 

 

慧梨主と通ってた前の学園に入学してすぐ、あの男が近所に引っ越してきた。

母方の遠縁で、あたし達も昔何度か遊んだことはあった。

彼をずっと気にかけていた慧梨主は、恋に落ちた。

 

慧梨主はそいつをお兄さまと慕っていた。

あの娘はよほど入れ込んだのか、相当思い悩んだ挙句に相談に来た。

引っ込み思案な慧梨主には珍しいことだった。

あたしは、あの娘の想いを応援した。

『がんばりなさい。』

あたしは慧梨主に告白させた。

 

告白は成功、

そして二人は付き合い始めたけれど…

 

 

嫌になるほど、女っていうのは勘の冴える生き物。

あいつの慧梨主との付き合い方に、妙な違和感を覚えたのは付き合って二週間ほどだった。

最初は、引っ込み思案の慧梨主と歩調が合わないからだと思っていた。

でも違った。

慧梨主と彼と三人で会うことも度々あったけど、会う度に違和感はよりはっきりしたものになっていく…

あいつは慧梨主といる時、常に他の何かを見てたいた。

慧梨主以外の何かを。

 

あたしはその何かを知りたくなった。

あたしの大事な妹と、半端な気持ちでは付き合って欲しくない。

何があいつをそうさせてるのか知るために、あたしは彼との距離を縮めた。

買い物に荷物持ちに連れてったり、放課後の帰り道にカバン持ちとして連れ歩いたり。

そうしてるうちに、何を考えてるのかはっきりしてきた。

 

そしてある日、あたしはあいつにある質問をしてみた。

『ね、もし、あたしと慧梨主が同時に告白してたら…あんたどっちを選んでた?』

こういう質問をされたら、誰だってたじろぐもの。

でも、大抵はすぐにちゃんと好きな人の名前を答えるはず。

 

だけど…

 

『う、ええっ!?』

動揺するあいつの目は、一瞬だけどはっきりあたしを見つめた。

すぐに逸らされたけど、あたしにはその意味がよく分かった。

『ねぇ…どっち?』

好意。

目は口ほどに物を言うというか、とにかくあいつの瞳は本当の答えを教えていた。

『も、もちろん…慧梨主だよ。誰かさんと違って素直だし、優しいし…』

もう何を言っても、うわべだけの薄っぺらな言葉にしか聞こえない。

 

あいつはずっと、慧梨主ではなくあたしを見ていた。

次第に沸々と、怒りが込み上がる。

『へ〜…そ・れ・は・悪うございました…ねッッッ!!!』

『ぐはっ!』

その怒りを、全てブーツの踵に載せてあいつの足を踏みつけた。

 

 

「痛そ…」

ここまで話して、夢明希の最初のひとことだった。

「慧梨主を弄んだのよ。慧梨主はずっとあいつを憧れの眼差しで見てたのに、それを裏切るなんて…そんなの、絶対許せるわけないじゃない。」

慧梨主は心の優しい娘だけど、その分傷つきやすい。

普通の男に裏切られただけでも傷つくだろうに、よりにもよってあの娘が誰よりも尊敬していた「お兄さま」に…

その痛みを想像すると、とても許せるものじゃなかった。

「それでどうしたの?まさか足踏んで許したわけじゃないでしょ?」

「当然じゃない。まあ…その…しばらくしてからギッタギタにして懲らしめてやったわ。」

「本気でキレたら怖いもんな…で、どうなった?」

結果を聞かれて、あたしは答えに詰まった。

慧梨主と疎遠になった理由がそこにある。

 

「慧梨主と、喧嘩っていうか…勘違いされちゃったのよね。」

何をやったか簡単に言えば、あいつと慧梨主の仲を引き裂いたのだ。

ちょっと強引だったけど、慧梨主を救うのに一番手っ取り早い方法だと思っていた。

「でも…あの娘にはわかってもらえなかった。まあ、当然よね。だって、実の姉に好きな人を訳もわからず奪われたんだもの。」

「でも、理由を話せば分かってもらえたんじゃない?」

「まさか…ただの言い訳にしか思ってもらえないわよ。それに、自分がずっと憧れてた人が、自分の姉の方が好きだったなんて…そんなの、言えないわよ。」

 

慧梨主の夢を壊したくなかった。

だけどそのせいで、あの娘はあたしから離れてしまった。

同じ家に住んでいるのに、それ以来慧梨主の姿を見ていない。

「姿も見せてくれないし…もしかしたら、この髪型にしたのもそれが理由なのかもね。」

 

 

帰り際。

「夢明希、約束して欲しいの。」

あたしは立ち止まり、並んで歩く彼の方を向いた。

「何?」

「今日話したことは、慧梨主には言わないで。そして、これからも大切にしてあげて。」

本当は、慧梨主との話し合いの場も作って欲しい。

あたし達姉妹、そして夢明希の3人で仲良く暮らせれば、これほど幸せなことはない。

でもまだお互い歩み寄れる時じゃない。

だから今は、夢明希にあの娘の幸せを託すしかない。

「もし悲しませたりしたら…」

「したら…?」

あたしはニコッと微笑んだ。

 

殺すわよ?

 

………………

……………

…………

………

……

 

翌朝。

目が覚めると、もう朝の8時を回っていた。

ベッドの下を見ると、夢明希くんはまだ熟睡していて、まだまだ起きそうにない。

「あら、結構お寝坊さんなんですね。」

 

今日も休日。

私は気が済むまで、彼の寝顔を眺めていることにした。

 

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