俺は部屋の押し入れを漁っていた。
昔遊んでいたトミカの高速道路や、立体パーキングも引っ張り出し、ただでさえ狭い俺の部屋は足の踏み場も無かった。
疲れ果て、俺はベッドに横たわる。
「全っ然ねえや。」
俺が探していたのは、小学校の頃にもらった文集だった。
卒業文集とは別に、俺の通っていた小学校には2年と4年の終わりに文集が配られた。
2年おきにクラス替えをする為、プチ卒業文集みたいな感じだった。
学年共通だったので、他クラスのものもある。
俺がみたいのは、そこに書かれているクラス名簿。
見やすいように文集の中身はクラス分けされているが、別のクラスに移る前にクラス名簿が書かれている。
はず…
更に数時間後、俺は何とか文集を見つけ出した。
持ち帰って親に見せてからは一度も開いていないので、年数は経っているがヨレてはなかった。
まずは1、2年のをめくる。
表紙を開いてすぐに各クラスの名簿…というより座席表があった。
俺は1組、すぐに自分の名前を見つけることができた。
「うわぁー、いたいたこんな奴…」
昔懐かし名前の中には当然、亜梨主の名前が書かれていた。
だがどこにも、「桜ノ宮 慧梨主」の名は無かった_________
俺達が3組だった3、4年の時も同じ、やはり慧梨主はクラスが違う。
3年生で初めて見かけたのだから、実は影が薄くて…なんてことはなかった。
『私はずっと、お姉さまと同じクラスでしたよ?』
ただの勘違い_________
俺は彼女の記憶違いに、そのひとことで済ませられないほどの違和感を感じていた。
記憶力があまり良くないならそんな勘違いもあるかも知れないが、それならどうして俺と亜梨主との言い合いはあんなに覚えられるのだろう。
再会した時の驚き、そしてこの記憶違い。
まさか本当に…
「なわけあるかーい、小説じゃないんだから。」
明日は俺にとって運命の1日だ。
長年の片想いに、決着をつけると俺は決めていた。
………………
……………
…………
………
……
…
「ごめんな、こんな朝っぱらから。」
「いえそんな…」
早朝。
俺が慧梨主を誘ったのは、チャリで20分程のところにある丘の上の公園だった。
昼間は子供達の遊び場だが、この時間帯は格好のサーキットになった。
「ラジコンやるのってさ、広くなきゃなんないし、人いたら危ないし…ってなるとこんな時間しかないんだよね。」
申し訳なく思いながら、俺はスコーピオンにバッテリーを繋いだ。
「いえ、大丈夫ですよ。私も…あまり人の多いところは、苦手ですし。それに、誘ったのは私の方ですし。」
「でも、ラジコンしてるとこが見たいって…なかなか不思議なリクエストだよね。」
きっかけは慧梨主だった。
あの日以来、彼女とはほぼ毎日LINEでやり取りしている。
たまに遊びの誘いが来たり、こっちから誘ったりもするが、今日は慧梨主のリクエストだった。
理由は特に教えられていないが、俺は気にせずにOKした。
ラジコンで遊んでる時に、一緒に話せる相手がいることほど幸せなものはない。
「慧梨主ちゃんもラジコン気になるの?」
期待を込めて俺は聞いた。
もしかしたら新しいラジコン仲間が増えるかも…
「え?いや…でも、ラジコンしてる夢明希くんが、一番キラキラしてるっていうか…その、見てて元気が出るんです。」
期待した答えが返って来てないのにも気付かず、俺は顔が熱くなってきた。
「あ…そ…それは良かったー。あはは…」
「もしかして、照れてるんですか?」
「…だってほら、高専生ってそういうの不慣れだしぃ。」
もちろんそれだけが理由なんかじゃないけどね。
からかい上手だな、と俺は思った。
どことなく昔の亜梨主を思い出す。
あいつは相手のツボを押さえてくるというか、今なら逆に堕ちるんじゃないかってぐらいのからかい上手だった。
まあ小学生の俺にとっては逆鱗に触れる行為でしかなかったが。
慧梨主と再会してから、たまに考える事がある。
目の前にいる慧梨主が、実は彼女に化けた亜梨主だったら。
まるでミステリー小説のような話。
くだらない妄想だが、慧梨主からどことなく漂う亜梨主の雰囲気のせいで妄想が捗ってしまう。
もしそうだったら一体どうなるんだろう、考えずにはいられない。
双子って不思議だなと、俺は思った。
俺は、黙々とスコーピオンを走らせた。
砂地の広場に作ったコースを、黄色い2駆バギーが駆け回る。
車体に視線を集中し、両手はプロポの操作に専念する。
テールがスライドし過ぎないようスロットルを微調整しながら、コーナーを1つずつ抜けていく。
あ。
慧梨主のことを思い出し、俺は彼女の方を見た。
慧梨主もこちらじっと見ていた。
ばっちり目が合う。
「…」
「…」
沈黙。
顔が火照ってくる。
慧梨主の顔もどんどん紅くなっていく。
可愛い。
「…やってみる?」
沈黙に耐え兼ね、俺は慧梨主にプロポを差し出した。
「え?」
「いや…ずっと見てたから、走らせてみたいのかなーって。」
本当はそこまで考えてないが、まあこういうのも良いだろう。
「いいんですか?それじゃあ…」
慧梨主はプロポを受け取った。
操作の仕方を教え、とりあえず走らせてみた。
組んでまだ数ヶ月なのであまりチューンはしていないが、初めて触る彼女には速いらしい。
砂地のグリップの弱さに困惑しているのもよく分かる。
「すごく…難しいんですね。」
「そうなんだよねー。まあ慣れたらおもしろいよ。」
コースの形作る三角コーンを、慧梨主の操作するスコーピオンがことごとくなぎ倒していく。
あっという間に散らかってしまった。
「ご、ごめんなさい…」
「大丈夫大丈夫、俺も最初はそんな感じだったし。」
「ど…どうやったらあんな風に走れるんですか?」
「練習あるのみ。」
その後俺達は交代しながら、バッテリー3パック分遊びつくした。
「なかなか筋良いんじゃない?」
遊び終わった俺は、慧梨主を柏木家に招待した。
親父の趣味で洒落た内装の我が家を、慧梨主は面白そうに見回していた。
「そんなこと…夢明希くんの教え方が上手だったからですよ。」
「そう?でもこういうのって、説明されてできるってもんじゃないからねー。感覚とかそーゆーのが大事でね。」
同じバギーでも、4WDよりも2WDのバギーの方が操作がシビアで難しい。
最初はただ荒れ狂っていたが、慧梨主は割とすぐに操作のコツを掴んでいる気がした。
もしかしたら俺より素質があるかもしれない。
初めて買った4駆バギーのネオスコーチャーでさえ、俺はまともに走らせられるまで1ヶ月以上かかった。
運命の時間がやってきた。
今言わなければ、もう2度と言える気がしない。
あの日…初めて慧梨主と話した時から燻る想いを、今こそ伝えるのだ。
「ね…ねぇ、慧梨主ちゃん。」
俺はは、慧梨主の隣に腰掛けてそう言った。
「どうしたんですか?」
「実は…その、話があってさ…」
「…?」
俺の様子の変化に気づいたのか、慧梨主は不思議そうにこちらを見た。
「その…単刀直入に言うけど…あの…」
俺と、付き合って欲しい…なーって_________
良くやった!
座っているのもやっとの状態だが、俺は想いを声に出せた。
今日は贅沢なものを食べるとしよう。
「慧梨主ちゃんといると、気持ちが落ち着く…じゃないけど、癒されるんだよね。俺のつまんないうんちくとかも聞いてくれるし。」
「…だって、おもしろいんですもの。新しい世界が見える気がするから。」
「俺さ、今まで女の子とここまで仲良くしたこと無いんだ。小学は言うまでもなくあの通りだし、中学ん時も亜梨主みたいなのとケンカしてたし。今はそんな荒れ狂ってないけど、機械科って女子いないしさ。」
「夢明希くん…」
一度言ってしまうと、あとはスラスラと話せた。
これだけ自分の気持ちを口にしたのに、なぜか小学生の頃の話はしなかった。
慧梨主は俺の膝に、そっと手を乗せた。
その暖かさにドキッとする。
「私なんかで、後悔しませんか?」
それに応えようと、俺は慧梨主の手を握り返した。
「告ってから言うのもなんだけど…俺、恋愛経験ないし…困らせたり、悲しませたりするかも…慧梨主ちゃんこそ大丈夫?」
「はい。そう心配してくれてるなら…ね。」
例え何があっても、俺は慧梨主を悲しませたり、見捨てたりしない。
愛し続けると、俺は心に固く誓った。
例え慧梨主の正体が、亜梨主だったとしても_________