『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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 シルフェニアから移転しました。


第一章 【序曲】
第01話 『少女の願い』


 ある世界線では、大規模な聖杯戦争があった。

 通常行われる聖杯戦争はマスター七人、サーヴァント七騎の生き残りをかけた戦。しかし月――霊子虚構世界で行われた聖杯戦争は根本的に異なる。

 100を超すマスターとサーヴァント。戦いは一対一の決闘形式。勝てば生き、負ければ死ぬ。代表的な冬木の聖杯戦争のように負けたとしても監督役に保護を頼み、生き残ることはできない。聖杯戦争で敗北するということは、その瞬間、一切合切の慈悲もない死を意味する。

 錬鉄の英雄の異名を持つアーチャーはマスターである白野と共にセラフが運営するその聖杯戦争を最後まで戦い抜いた。逃げ道の無い、どちらかが敗北するまで続けられる殺し合いに。

 今思えばよく生き残れたものだとサーヴァント、アーチャーはしみじみ思う。なにせ対戦に当たった者達は誰もかれもが規格外の化け物だらけだったのだ。

 

 光の御子、太陽を落とした女、円卓の騎士、森の守り手、半機械仕掛けの猛将、魔拳士、童達の英雄、真祖の姫君。

 

 唯の弓兵如きと比べて格が違いすぎる相手ばかり。(みな)(みな)、歴史に名を刻みし万夫不当の大英雄。中には英雄でも英霊でもない死徒の姫までもいたが、正直どうやって勝ったのかは今でも朧気だ。

 それを記憶を無くした見習い魔術師以下の少女と組み、戦い、生き残った。最後まで戦い抜いた。幾つもの強敵を命かながら打ち倒し、セラフの中枢まで辿り着いたのだ。

 それはアーチャーの機転や遠坂凛の助言が大きな起因ではあったものの、やはりマスターである白野の努力が道を開いたと考えていいだろう。

 

 そして最後に待ち構えていた欠片男、トワイス・H・ピースマンと明らかに神霊レベルのサーヴァント“セイヴァー”をも打ち倒した。勿論、実力で上回ったとは口が裂けても言えるわけがない。

 あのセイヴァーが自分達を本気で潰しにかからず、試練という形で自分達を試していたことも勝因の一つであるが、マスターが最後まで生きることを諦めなかったことも十分、生き残った要因として挙げられる。

 

 “己が使命は全うした……後はマスター次第だ”

 

 これで自分はサーヴァントとしての使命を終え、消滅する。元よりアーチャーに願いなどない。在るとしてもそれは白野を勝者にすることだけだ。故に彼女が勝者になった時点で彼の願望は叶っている。思い残すことは―――ない。

 

 最初に出会った雛鳥は多くの人間と関わり、立派に成長した。一人で羽ばたくには申し分のない頃合いだろう。なにより自分も、いつまでも過保護な親代わりのままではいられない。

 

 「何をぐずぐずしているマスター。はやく聖杯を取りに行け。君は勝者なのだ」

 

 アーチャーは聖杯に連なる棺で出来た階段を眺めるだけで、一向に動こうとしない白野の背中を軽く押す。

 もはや障害は一つとしてない。目先にはゴールが見えている。ただ足を動かすだけで頂きに立つことができる。

 多くの骸を超え、この場所に至った勝者としての義務を彼女は果たさなければならない。

 

 「アーチャー………今まで、本当にありがとう」

 

 白野は階段に上る前に、今まで自分を支えてきてくれたアーチャーに感謝した。

 記憶が無く、魔術師としての腕も三流な自分に、最後まで仕えてきてくれた。最後まで自分を励まし、背中を押してくれた。今ここで礼を言わなければ、きっと後悔すると思った。

 

 「ああ、君には散々世話を焼かされたものだ」

 

 その感謝の言葉を皮肉った笑みで返すアーチャー。それは彼なりの照れ隠しだったのだろう。その表情とは別に、目が温もりが込められている。

 

 「この皮肉屋め」

 「板についてしまったからな。まぁ、大目に見てくれ」

 「……仕方ない、今生の別れ、これが最後だから大目に見てあげる」

 

 彼女はしっかりとした足取りで一歩、一歩。聖杯に続く階段を登っていく。

 この場所に至るまで、倒してきた多くのマスターとサーヴァントの顔を思い浮かべながら。

 

 「これが……聖杯」

 

 そして、聖杯に辿り着き、その聖杯に白野が触れた瞬間

 

 「え?」

 

 ―――彼女は聖杯に飲み込まれた。

 

 「―――――――――!!!」

 

 その光景を目にしたアーチャーは考えることより先に体が先に動いた。

 彼はマスターを取り込んだ聖杯目掛けて跳躍し、全く迷いなく、そのまま無理矢理体を突っ込ませた。

 

 「アレか!」

 

 そして霊子の海に沈みゆく彼女を鷹の目ですぐに見つけ、抱きかかえた。しかし白野の体はゆっくりとだが次第に泡のように消えてく。まるで不正なバグを消去しているように。

 

 「くそッ。これは拙い!」

 

 アーチャーはどうにかして地上へと戻ろうもがくが、ここはまさに電子の海。聖杯はサーヴァントであるアーチャーの体をも分解していく。

 さらにセラフは二人に重圧を与え、そのまま深海まで引きずり込んでいゆく。逃がす気など更々ないということか。どこまでも用心深いシステムだ。

 

 「あー……ちゃー? どうして、此処に」

 

 白野は閉じていた瞼をゆっくり開け、己のサ―ヴァントを見る。酷く驚いている顔だ。その反応に少しばかり怒りを感じた。

 ここまで共に歩んできた主の危機に、駆けつけないわけがないだろうに。

 

 「助けに来たに決まっているだろう。待っていろ、今すぐここから脱出を―――」

 「………いいの、アーチャー。もう、私は助からない」

 「戯けたことを言うな! いつもの粘り強さは何処に捨てた!?」

 

 ア―チャ―は唇を噛みしめながら彼女の頭を胸に埋める。

 ああ、分かっている。分かっているさ。

 彼女が助からないことくらい。しかし、それでも否定せずにはいられない。

 

 彼女は、元の人物を完璧に反映しているが故に“生きる意志が生まれた”イレギュラーな存在だ。詰まること彼女は勝っても負けても消えることは逃れられなかった。

 嗚呼――――なんて残酷な運命だろうか。あれほど多くの屍を乗り越えた先の顛末がこれだ。まったくもって笑えない。あっていいはずがない。

 

 「君はこの戦いの中で自己を確立し、夢を持ち、私と共に戦場を駆けた。その真実に嘘偽りはない。君は誰が何と言おうと正真正銘の人間だ。だから―――――」

 「自分を卑下するな。でしょ? 心配しなくても解ってるよ、アーチャー」

 

 人懐っこい笑みを浮かべる白野。彼女は自分に誇りを持ち続けている。偽物だとか、NPCだとかはどうでもいい。そのような事実、彼女がこの聖杯戦争で得たものに比べたら些細なものだ。

 

 「それとね、アーチャー。いくら私でもこのまま消えるなんて許容できない。最後の願望を、聖杯に聞き入れてもらわなくちゃ……例え私がイレギュラーな存在でも、勝ち残った褒美はちゃんと貰いたいし」

 「―――なに?」

 

 訝しがるア―チャ―を彼女はにんまりと笑った。

 

 「セラフ、私は確かにバグとして認知された。でも私に従ってきたアーチャーはバグでもなんでもない正真正銘本物のサ―ヴァント。ここまで勝ち残ってた勝者で間違いないはずだ!!」

 「な、マスター何をする気だ!」

 「故にセラフはサーヴァント、アーチャーに聖杯の施しを与えなければいけない。これはル―ル上侵害できない絶対の決まりのはず!!」

 

 白野は今までにないぐらい堂々とした宣言に、霊子の海は心臓の鼓動のように揺れ動く。その振動は数度に渡り、静寂が訪れ――また揺れた。

 これは彼女の言にも一理あるという反応をセラフが示したのだ。

 確かに白野はNPCであり、勝者として認められることはできない。バグと判断され消されるしかない。

 しかしサーヴァントは別だ。アーチャーはNPCでもなければ偽物でもない。聖杯が、セラフが用意した、正真正銘本物のサーヴァント。

 

 「だから、聖杯という名の願望器でア―チャ―に第二の生を与えてやってほしい!!人間としての生をもう一度受けさせてやってほしいの!!英霊としてではなく、人間として!!」

 「マスタ―!?どういうつもりだ!そんなことをされても―――」

 「ア―チャ―に私の分まで人生を歩んでほしい!!」

 

 もうバグとして認識された彼女は世界を見ることも、生きることもできない。だがその代り、己を最後まで守ってきてくれたサ―ヴァントに生きてほしいと願った。 

 自己の独立を成してから思ってきた願い。それは一方通行なものではあるけれど、彼女の掛け替えのない願いには違いない。

 

 「………それはまた、押しつけがましい善意だな」

 

 アーチャーに未練はない。それこそ第二の生も望んではいなかった。己が人生は波乱に満ちたものではあったが、後悔自体はしていなかったのだから。

 しかし、それでも、白野は望んだ。アーチャーに新たな人生を。人々に断罪されることのない人生を。その人生に、祝福あれと。

 

 「それが最後の命令とあらば応えよう、白野」

 

 良いだろう。それが岸波白野の、最後の願いなれば。

 生きようとも。新たな人生を、このマスターの分まで。

 彼女の願いが、多くの意味を、大きな決断であったと知らしめよう。

 

 相も変わらず皮肉を交えた回答。

 それに満足した白野は消えかかった体に鞭を打ち、最後の言葉を彼に送る。

 

 「ア―チャ―、今まで私を支えてきてくれて…本当にありがとう。せめて私の分まで、生きて―――――――………」

 「………ああ、私も再度この言葉を贈ろう。この戦い、私には十分過ぎるほどの意義があった。白野、君がマスタ―で本当に良かった―――…………」

 

 二人の姿は眩い閃光に飲まれ、跡形もなく消え去った。

 しかし彼女の願いは消えず、その価値も………在り続ける。




 extraの聖杯は本家の聖杯とはまったくの別物なのですが、オリジナル設定として同一のものとさせていただきました。
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