アースラの戦力として数えられるようになった高町なのはとユーノ・スクライア。彼らの仕事ぶりは、正直予想していたよりも立派なものだと言えるだろう。
なにせなのはには土地勘があり、ユーノも探知能力に長けている。そして戦闘力を見ても独立できる強さを持っているのだから、ロストロギアと相対しても対処を素早く行える。おかげで次々と彼らはノルマをこなしていっているというのだから、正規の局員たるアースラの魔導師の立つ瀬がない。
しかし良くも悪くも実力主義であるアースラの隊員達は、そんな二人の活躍ぶりを大いに讃えた。打ち解け合うこともそう時間は掛からなかったし、年齢が比較的に近いエミヤ、クロノ、ヴァイスと食事することも多くなった。ちなみに何故かクロノとユーノは仲が悪い。本人達曰く波長が合わんとのこと。
「ジュエルシード№Ⅷの封印、よくやってくれた」
食堂でエミヤはなのはとユーノに戦果を褒めながら手作りのパンが沢山入った籠をテーブルに置く。
エミヤはクロノと同じ管理局指定の黒い服装の上に、エプロンを着用している。それが恐ろしく似合っており、正当なコック姿ではないのに料理長としての威厳が感じられた。
「「やっぱり美味しい………!」」
パンを食べた二人は賞賛の言葉が重なる。
最初の方は遠慮してかあまり幾つも食べなかったのだが、交流を深めていく内に次々と食べてくれるようになってくれた。それは作った側としても、仲間意識が縮まったという意味でも嬉しいことだ。
「それは良かった。これは地球にある小麦粉ではなく、ミッドチルダで主流になっている小麦粉を使用して作ったパンなんだ。地球育ちのなのはの舌にも満足してもらえて良かったよ」
ミッドチルダで各次元料理の修行を行っていたエミヤは今やアースラの厨房を任せられる料理長の役職まで添えられている。また料理の種類は中華系を除けば大方マスターできている。子供の舌に合ったパンを作ることなど造作もない。
「もっきゅ…もっきゅ……ごっくん。そういえばヴァイスさんとクロノは? 朝から遭っていませんが」
「ヴァイスは君達に負けじとジュエルシードを探索中。クロノはフェイト・テスタロッサの身元をエイミィと割り出しているところだ」
フェイト・テスタロッサ。彼女はリグレット・グレンの輸送艦隊を襲った犯罪者の仲間である可能性が大きい。いわば犯罪者の一味だ。彼女の詳細を掴めばバックにいる人間を特定することができるかもしれない。
「………、失礼」
エミヤは二人と距離を取り、ポケットから振動を発している携帯端末を取り出した。
『エミヤ。あのフェイト・テスタロッサについてなんだが………』
「なにか情報を掴めたのか」
『………ま、情けないことに中々素性が掴めないでいる』
「だが、全く掴めてないのなら連絡を寄越す筈もないだろう?」
無駄な通信を生真面目なクロノがする筈がない。
『………証拠、関係性もハッキリとしてないが“テスタロッサ”というファミリーネームはかつて大魔導師と名高いプレシア・テスタロッサと同じものだ』
ファミリーネイムが同一。しかも大魔導師か。
『テスタロッサなんてファミリーネームは珍しかったからね。簡単に割り当てることができたよ。勿論、偽名であることも考えられるんだが』
「………そのプレシア・テスタロッサは今どこに?」
『かなり昔にミッドチルダの中央都市で次元干渉事故を起こし、それを元に責任を負われ追放されている。今どこにいて、何をしているのかは全く分からない』
「怪しいな」
『ああ、もしかしたら、もしかするかもしれない。引き続き何か分かり次第連絡をする』
「了解した」
◆
木の枝を次々と跳び移りながらジュエルシードを健気に探している少年、ヴァイス・グランセニック。彼は休まずジュエルシードの探索を行っているのにも関わらず、これといった発見もなく、時間だけが過ぎていた。つまり戦果が今のところゼロなのである。
「……見当たらねーなー、クソッタレ」
悪態をつくヴァイスはとりあえず此処一帯を見渡すことができる馬鹿高い木のてっぺんに身を置いた。飛行能力のないヴァイスは地道に地上から探すことしかできないという欠点があるのだ。こうして周囲の地形を利用しなければ、とてもじゃないがアースラの武装隊としてやっていけない。
飛行を行うには高度な演算能力、または天性の魔力制御が必要不可欠。それが出来ない者は飛行など出来はしない。地に足をつけ戦うしかない。ユーノのようにデバイスを使わず飛行を行える者もいるが、あれはもう鬼才の領域だ。
師匠であるエミヤも飛行魔法など扱えないが、レアスキル……いや魔術により剣を空中に出現させ、その上に乗っかることで空に身を留めることができる。本人は酷く魔力消費の効率が悪いのであまり使いたくないと言っているが、不可能ではない。
「………あれ、俺だけじゃね? 空戦無いのって」
今思えば航行部隊に所属している魔導師は大方が飛行を可能とする者ばかりだ。
”まぁ優秀な人間ばかり収集している空なんだから当たり前か”
ヴァイスの場合は全体的な能力より、一点突破の飛び抜けた能力が優秀だった故に航行部隊へと配属された。後の能力スペックが絶望的な所は目を瞑られている。要は凡庸性がない一点突破型。こうした任務には基本的に他より一歩も二歩も劣るのだ。
「おっと。いけねぇいけねぇ、今はそんなことどうでもいいか。早く残りのジュエルシードを見つけなきゃな」
優秀とは言え三つも年下の子供に負けているとなれば自分のプライドが許されない。さっさと残るロストロギアをすべて回収し、一刻も早くグレンを討った犯罪者を法の元まで突きださなければ気が済まないのだ。
「とは言ったものの、魔力波も何もない今の状況じゃあ探すのは困難だぜ……」
この海鳴市の何処かにちょっと大きい石ころサイズのジュエルシードを探す。中々に骨が折れる作業だ……いっそのこと暴走体が現れたらすぐに分かるのだが、№Ⅷのジュエルシードを最後にここ最近暴走体が現れていない。恐らく身近に取りつく生物がいない場所にあると考えていいだろう。
「クソッ、いったい何処にありやが―――んん!?」
文句を吐き出している途中で咄嗟にヴァイスは身を木の中に隠した。そしてデバイス、ストームレイダーをドッグタグから狙撃銃へと変換させる。
“まさか………”
ある人影に気付いた方向に銃身を向け、スコープを覗く。そしてそこには一人の少女の姿がハッキリと映されていた。
“間違いねぇ。ありゃフェイト・テスタロッサか………!!”
黒い水着にマント、赤いベルトで幼い体を縛っているというマニアックなバリアジャケットを身に纏っている少女、フェイト・テスタロッサが海沿いに居た。近くに使い魔のアルフという狼型の存在も確認できる。
“俺にも運が回ってきたってことか”
ヴァイスはストームレイダーを肩に引っ提げて木から降りる。
音のない着地を見事に決め、そのまま駆け足でフェイトの元へと向かった。
その片手間で他の地点でジュエルシードを探していた仲間に念話を送る。
《おい皆、いい知らせだぜ》
《どうしたんだ。ジュエルシードを発見できたのか》
《先に言っておく………エロ本落ちてたんなら後から見せてくれ》
《あ、てめズルいぞ!! 先に予約付けるんて!!》
一人目以外ロクな奴いねぇ。
まぁ俺も同じ反応をするだろうから別にいいけど。
《ジュエルシードじゃなくて、フェイト・テストロッサを発見したんだよ》
《ああ、もう一人の天才魔法少女か》
《使い魔アルフもいる。何かやらかす雰囲気が出てるぞ》
ヴァイスは使い魔の鋭い嗅覚により自分の匂いを悟られぬよう一定の距離を保ち、地面にしゃがみ再びストームレイダーを構える。この位置からでは背中しか見えず、顔まで見えないが、何かを覚悟したような佇まいだ。
《海の方をずっと見続けている………まさかジュエルシードは海底の奥底にあると見ているのか?》
《海か………そいつは盲点だったな。俺たちゃ陸ばかり見ていたぜ》
《ここからの狙撃なら頭を狙える。不意の一撃で仕留められるが…………》
《いや、もう少し様子を見よう。このまま泳がせておけば何処にジュエルシードがあるか特定できるかもしれん》
《確かにその方が効率がいいな………了解した、仕留めずに様子を見る》
《此方もアースラに戻り、それを報告しに行こう》
《ああ、頼むわ》
ヴァイスは引き続き黒い少女を監視する。何も知らない一般人から見ればその光景はまさに
【水着姿の少女を可変式スコープで覗き見している変態】
と見られるだろう。
決してヴァイスはそんな破廉恥な行為をしているわけではないのであしからず。
オフ中ならしますけど。ボン!キュッ!ボン!限定で。
心の中で誰かに言い訳しながらヴァイスは監視を続ける。
“………やっと動いたか”
腕に巻いていた包帯を外し、空を飛んだ少女。それに続けて使い魔も飛行した。
ヴァイスも立ち上がって先ほどまでフェイトが立っていた海沿いまで移動する。
“あの近辺にジュエルシードがあるのか。さて、どうする。可愛いお嬢ちゃん”
ヴァイスは引き金に指を添える。いつでも狙撃可能だ。
ジュエルシードを彼女が確保したその瞬間、魔力を凝縮された弾を彼女の頭に直撃させる。非殺傷設定はしているため、命まで取ることはない。少し痛い目に遭ってもらうだけだ。
狙われていることも知らずにフェイトはデバイスを両手で持ち、そのまま詠唱に入り、巨大な魔方陣が空中に描かれた。
しかし魔法に疎いヴァイスがそれがなんの効果を持つ術式なのかすぐには理解できなかった。勉強不足だな、とヴァイスは内心で反省する。
“あの魔方陣は攻撃術式か? いやそんな感じではないな。では防御術式? 其れも違う。今この場面で使って何の意味がある。ならアレはいったいなんだ。強大な魔力を垂れ流しているように見えるんだが…………まさか!?”
ジュエルシードに己の魔力を大量に注ぎ込み、海の奥底に埋まっているジュエルシードをワザと暴走させ、叩き起こすつもりか。
「正気なのか!? そんなことをすれば――――!!」
彼女とて唯では済まない。それに失敗すれば一般市民にも被害がでる可能性だってある。
まさか一般市民をも顧みらない行動に出るとは思わなんだ。それとも一般人を巻き込むなんてはずはないと、あの幼い容姿に騙された己が悪かったのか。
「全くcrazyな嬢ちゃんだ!」
ヴァイスは判断を見誤った。見つけた時に即座に狙撃するべきだったのだ。
だが今さら悔やんでも仕方がない。今自分がするべきことは――――、
「悪いが嬢ちゃん、少しお仕置きをさせてもらうぜ!」
―――フェイト・テスタロッサの暴走を止めることだ。
ヴァイスはすぐ、ストームレイダーの銃口に魔力を凝縮させる。
一対一の正面対決でヴァイスはフェイトにどうやっても勝てはしない。
スペックで負ける。
才能で負ける。
魔力量で負ける。
――――情けない。
あれほど訓練と実戦を繰り返してきたというのに少女一人に敵わない自分自身が。
だが、ヴァイスにも二つだけ彼女に勝っているものがある。それが狙撃による命中精度と魔力弾による貫通力。これに関しては、師匠以外に負ける気はない。
第一に、正々堂々となら100%負けるだろうが、不意打ち狙撃なんでもありの戦いならば自分は常に一歩先を行く―――!
「狙い撃つぜ…………!!」
ヴァイスは迷わず引き金を引いた。
魔力で出来た弾故に音は無い。まさに無音の魔弾だ。
相手は自分の存在に気付いていない。さらには後ろからの完璧な不意打ち。
いくら速かろうと強かろうと回避することは出来ない。しかも詠唱中となれば尚のこと。
全ての条件がヴァイス・グランセニックを優位に立たせた。フェイトが一人であれば、どう足掻いても彼女の敗北は覆らなかっただろう。
そう、フェイトが一人であれば。
「フェイトォォォォォ!!」
魔弾の直撃は確実だった。
だが、ヴァイスは彼女の使い魔アルフを甘く見ていた。
その完璧に決まる筈の魔弾は、一匹の狼によって阻まれたのだ。
「うおらァ!!」
バチィンと、障壁と魔力弾が衝突する音が辺りに響く。
狼は魔弾の衝撃により吹っ飛ばされながらも、体勢を立て直して此方を睨んでくる。見たところ、完全に防がれたようだ。
「おい、おいおいおい!? どんだけの反射神経だ!てかどんな原理であの弾速を防いだ!? 弾道に割り込んできたんだ!?」
ヴァイスは人生史上最大の驚きをその身に受けた。何百人もの人間の頭を撃ち抜いてきたヴァイスだが、ここまで力技で防がれたのは始めてのことだったのだ。
「フェイトには指一本触れさせないよ!!」
距離が遠くて何を言っているか分からないが、主を護る気概だけは伝わって来る。
だが、そんなことは関係ない。ヴァイスが次弾をすぐに装填し、構え直す。防がれるのなら、その防御を上回る魔弾を撃ち放つのみ……しかし、次弾を撃つまでにフェイトは己が為すべきことを為してしまった。
「クソッ、手遅れか………!!」
フェイトが注ぎ込んだと思われるジュエルシードが覚醒した。魔力の波動が遥か遠方のヴァイスがいる位置までビンビンと伝わってくる。
晴天だった天候が徐々に崩れ、雷雨が海鳴市の海全域に広がる。端から見ればフェイトのいる位置を中心に異常気象が起こっているのだと分かる。
そしてフェイトとアルフの上空に発生した雷雲はただの雷雲ではない。魔力がたっぷりと注ぎ込まれた超ド級の災厄だ。勿論、その雷雲から放たれる雷も普通ではない。
ジュエルシードに魔力を注ぎ、叩き起こしたフェイトに雷雲は集中して展開していく。これは明らかに敵意ある動き。
「ふぇ、フェイト!!」
「くッ……!」
莫大な魔力の籠った落雷が彼女達を襲う。さらに複数の大規模竜巻までも発生した。これはヴァイスの予想を遥かに超える暴走だ。
「コイツは、本格的に拙いな………」
ヴァイスは裸眼でも見える強大な魔力の渦を見ながら、そう、呟いた。