『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第15話 『橙の拳と真緑の盾』

 白髪の少年が轟雷に飲み込まれた。海鳴市を覆いつくさんばかりの魔力の奔流がその身一つに容赦なく降り注いだのだ。

 先ほどの一撃はまさに迸る閃光。それに伴い感電する海。次第に雷の耳を打つような音が止み、雷雲が引いていく。それにより二度目の静寂を取り戻した結界内の海域。

 

 「…………」

 

 雷を斬り続けていた少年は雷の直撃を受け、プスプスと音を立てて焦げ付いた匂いを風に乗せ、辺りに運ばせる。彼は生きているのか、それとも死んでいるのか分からない。ただ分かるのは、先ほどの雷撃に非殺傷設定が為されていなかったということだけだ。

 ““―――――――――““

 

 この事態に皆が静まり返り、そして、不意に何かに亀裂が入る音が、周囲に響いた。

 エミヤが踏み場としていた空中に固定された剣が、先ほどの雷撃により致命的な破損を受けたのだ。亀裂の音を発てて一秒も満たない内に彼の剣の足場はバキンッ、と歪な音を立てて崩れ去り、魔力で編まれた剣は泡のように消滅した。

 空中に滞在する術を無くした少年は、重力に逆らうことなく海へと落下する。

 

 その瞬間――――その場にいた数名の者達が一斉に動き出した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 “ッ…………!!”

 

 投げられたフェイトを受け止めたアルフは、彼の行為に感謝と罪悪感を重ねながらも、すぐさま肉体を動かした。呆ける時間はない。今は動かねばならない局面にあると、獣としての本能が五月蠅く警鐘しているからだ。故にアルフは、封印済みのジュエルシードのところまで全速力で駆ける。

 

 “あんの鬼婆………本当に最低だッ!!”

 

 プレシアは確かに鬼畜な所業を数々行ってきたが、まさかここまでやろうとは思わなかった。

 あのドスグロイ魔力によって編まれた雷撃はプレシアによる砲撃で間違いない。そして事もあろうに――――最初の雷撃は『フェイト』を狙っていた。

 なにを思ってあのような行為に至ったのか。嫌がらせか? 見せしめか? なのはとフェイトの関係を馴れ合いと判断したのか?

 

 ”なんにせよあの鬼婆(プレシア)のことだ。ロクな理由じゃあない”

 

 何よりその雷撃からフェイトを助けてくれたのがあの白髪頭だ。本来ならば自分があの少年を真っ先に助けるのが筋というものなのだが、プレシアの監視がある今、ジュエルシードを回収せずに白髪頭を助ければ間違いなくフェイトへの風当たりがさらに強くなるだろう。故に、今は私情を挟むことをせずにアルフは本来の目的を優先する。

 要は主を体を張って護ってくれた人間を無視して目的のモノを優先するのだ。良心が痛むなんてレベルの問題じゃない。誇り高い狼の使い魔であるアルフには相当堪えることだ。

 

 ”すまない、すまない………すまない!!”

 

 言い訳はしない。ただ謝罪を何度も心の中で念じながら自分に鞭を打つ。

 今すべきことは何か。為すべきことは何かをしっかり意識する。そうしなければ、足が止まってしまうと分かっていたから。

 

 「いやっ、アルフ! 離して!!」

 

 フェイトの悲痛な叫びが耳元を刺激する。心の優しい主には耐え難いものだろう。

 ああ、そうだ。分かっている。そんなことは解り切っている。それでも、

 

 「駄目だ! 今、あたし達がすべきことはジュエルシードの回収だよ!!」

 

 フェイトの頼み、命令を無視する。主によって生み出された使い魔は親である主の身が最優先なのだ。たとえそれがどんな状況であっても、道徳に逆らおうとも、誇りに逆らおうとも、主の命令であっても、覆すことができない絶対のルール。覆してはならない理。

 

 “………ごめん!!”

 

 アルフは心の中でエミヤに対する謝罪と罪悪感で埋め尽くされながらも、主の為にと我武者羅になって空を駆ける。全てはフェイトに昔のように笑ってもらう為に。元気を取り戻してもらう為に。そして、自分の為に。

 

 「ジュエルシードは頂くよ!!」

 

 狼は―――非情になる。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 「エミヤァ――――!!」

 

 クロノはエミヤが墜とされた時、己が執務官であることを即座に放棄した。

 ジュエルシードの回収とエミヤの救助。どちらを優先すべきなのか。

 自分の内にある天秤に重さを測った時、瞬時に答えが出たのだ。

 

 ―――友の救出が最優先だ。

 

 誰に何と言われようが、自分は彼を見捨てることなんてできない。絶対に。

 クロノは最大加速で落下中のエミヤの元まで飛び、ボロ雑巾のように為れ果てた腕を掴み、火傷した体を優しく支える。

 

 「なんて……くそ!」

 

 やはりと言うべきか。この傷は非殺傷設定で出来るレベルの傷じゃない。殺傷設定で攻撃したものだ。少しの希望に賭けていたが、やはり現実は甘くはない。

 

 「確かに怪我は酷いが………生きている!」

 

 干将莫耶と対魔力の効果を持つ魔術礼装に助けられたようだ。外観は酷く悲惨なものだが、命に関わる程のものではない。

 クロノはすぐに医療班の手配をアースラに申請した。

 ………しかし、エイミィからの応答は芳しくなかった。

 何故なら次元領域に身を置いていたアースラもプレシアによる砲撃を受けたらしく、システムが回復するまで本格的な治療を行なえないというのだ。

 これにはクロノも愕然とする。

 

 “あれだけの砲撃を放っていた一方で、『同時』に次元領域に停滞していたアースラにも攻撃を仕掛けたのか!?”

 

 極めて高度なSSランク魔法である次元跳躍・魔法術式一つ発動させるのにどれだけの演算能力と魔力が必要だと思っている。それも同時に行うとは……数少ない資料に記されていた情報よりも規格外な存在だ。

 

 「厄介な魔導師だ………な!!」

 

 クロノはエミヤの心臓にありったけの魔力を注ぎ込んだ医療術式を当てる。右腕を治療していたものとは段違いの効力を発揮するはずだ。その合間に今自分達が置かれている状況を把握し、それを基に思案する。

 

 暴走状態にあったジュエルシードは抑えられたものの、未だに回収されていない。主戦力であるエミヤは戦闘不可の重症。高町なのはは不慮の事態の連続により、思考が上手く回っていないことから冷静な判断に欠ける。重要参考人であるフェイト・テスタロッサは使い魔アルフの腕に抱えられ、そして封印済み未回収のジュエルシードに向かって急接近中。自分はエミヤの治療に専念しており身動きが取れない。ヴァイスは先の暴走体ロストロギア鎮圧の際に魔力を消費し過ぎて魔力残量が危うい頃合いだろう。

 

 現状を総じて鑑みるに、最悪としか言えない。

 

 なのはとフェイトの和解があれば、事件早期解決に足がかりになると期待したいたのだが、そう都合のいいようには事は運ばないか。予期せぬトラブルはどんな時でも必ず着いて回る。

 

 「ジュエルシードは頂くよ!!」

 

 そう思考している内にアルフはもうジュエルシードに手を伸ばせば届く距離まで詰めてきていた。しかしクロノは別段慌てることはなかった。何故ならこの場に動ける者がまだいるということを、十分承知していたからだ。

 

 「出番だ―――フェレットもどき」

 

 アルフがジュエルシードを手に入れようとしたその時、一人の少年がそれを真緑の障壁で弾いた。

 

 「何度も言うけど僕はフェレットもどきじゃない………!!」

 

 憤然とした表情でクロノの言葉を即否定した少年、ユーノ・スクライアがアルフの前に立ち塞がる。

 なのはより魔導師としての経験を積んでいるユーノなら、この状況に対応できるとクロノは信じていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 狼少女の拳と金髪少年の障壁が火花を散らす。

 魔力切れのフェイトを担いでいるアルフの方が分が悪い状況だが、彼女は気合と根性でそれらのデメリットを押し退ける。

 

 「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 咆哮と共にアルフは己の拳に過負荷と言えるほどの魔力を纏わせる。

 ビキビキと肉と骨が軋んでいる音がアルフには聞こえた。それでもアルフは止まらない。

 

 「僕は防御特化型の魔導師だ。だから防衛線で、唯一の取り柄で、負けるわけにはいかない!」

 

 何よりこの惨事を招いたのは自分だ。

 一般人の少女を危険な戦いに巻き込んだのも自分だ。

 

 ユーノ・スクライアが軽率な行動を取り続け、後先考えず行動した結果が今この状況を生んだ。ならば尚更自分がケジメはつけなくてはならない。退くわけには、絶対にいかないのだ。

 

 「君達にどんな理由があってジュエルシードを狙うのかは僕は知らない。でも生半可じゃない執念でジュエルシードを狙っているのかは僕にも分かる―――それでも、君達にジュエルシードを奪わせるわけにはいかないんだ!!」

 

 高町なのは、クロノ・ハラオウン、エミヤシロウ、ヴァイス・グランセニック、アースラ隊。多くの人間の協力を経てここまで来た。それを無碍にすることは許されない。

 

 「ッ………アンタがどれだけ覚悟を持っていようと、今のあたし達には、もう…後が無いんだよ!! なに振り構っていられない!!!」

 

 障壁とせめぎ合っていた拳を一度引いたアルフは、すぐに再度拳を障壁に叩き込む。

 

 「――――!?」

 

 重い。今までとは段違いの打撃力だ。盾こそ壊されていないが、空中に固定されていた飛行状態が大きく乱された。

 

 “火事場のなんとやらか……不味い、演算処理が追い付かない!”

 

 補助端末であるデバイスを持っていたのなら体勢を瞬時に立て直すことが出来たかもしれない。だが今のユーノはデバイスを所有しておらず、本来機械に任せるべき作業を自分の脳を全て使って賄ってきた。だいたい生身の人間が使い魔のように実戦で十全に魔法を行使できるわけがないのだ。

 

 “――――ッ”

 

 人の脳は機械のように精密かつ高速で演算を行うことができない。故に、ユーノは空中制御が間に合わなかった。

 ユーノは大きく乱れた体勢をアルフの前に曝け出す。

 

 「壊せないんなら、弾けばいい!!」

 

 その隙を見逃さずアルフは三度目の拳を見舞う。

 下から上空に突き上げるアッパーがユーノの障壁を大きく弾いた。

 

 「しまっ――――」

 

 障壁を展開させていた右腕が万歳をするように持ち上げられ、ユーノとジュエルシードを護るモノが消え失せる。守るべき盾が無くなった魔導師など、どれほど脆いものか。それを今、アルフは拳を持って教え込む。

 

 「うおりゃぁぁ!!」

 

 護る術を無くした無防備な身体に容赦なく人狼の拳が溝に捩じり込まれた。そしてバリアジャケットを着用していないユーノに強烈な鈍痛が見舞われる。

 その痛みは、子供が味わうにしてはあまりに過ぎたるものだ。

 

 「ガァァァァァァ!?」

 

 ユーノの口から消化しきれていない飯が盛大に吐き出された。

 これは本気で拙い。肉体など軽く吹っ飛ばされることは間違いないだろう。

 だが、唯でやられるほどユーノも甘くはない。

 

 「吹っ飛べ――――!!」

 

 全力全開とも言える拳をモロに受けたユーノは海面にまで吹き飛ばされた。

 その姿を見届けたアルフは、急いで蒼の宝石を回収しようとする。

 そこでアルフは―――えっ、と声を上げた。

 六つあったはずのジュエルシードが三つしかないのだ。慌ててアルフは周りを見渡す。

 

 「ま、まさか………」

 

 アルフは先ほど吹っ飛ばした少年の方角を見る。そこには海水に浸かりびしょ濡れになったユーノの姿があり、その手にはジュエルシード三つが握られていた。

 

 “あたしが吹っ飛ばした時に三つとも掻っ攫っていったのかい!?”

 

 あの一撃を受けて尚、ジュエルシードを半分であるが護るとは天晴れとしか言えない。

 

 “………深追いは危険だね”

 

 欲を言えばユーノの手に持つジュエルシードも捥ぎ取っていきたいが、無理をして捕まれば元も子もない。フェイトの負担もある。純白の少女も未だに健在だ。

 元々共闘を申しだされた際も、互いに半分譲ろうとなのはが言っていたのだし、これが正しい結果なのかもしれない。

 

 「ここで、あたしたちは退かしてもらうよ」

 

 アルフは海面に向けて魔法弾を撃ち込んだ。

 大きな水柱を立てて皆から視界を覆い、その隙にアルフは時の庭園へと転移した。

 ―――あの女に一発拳をぶち込む誓いを胸にして。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「―――とまぁ師匠が気絶している間、そんな乱闘的な状況になりましてね。最終的に重要参考人であるフェイト・テスタロッサと使い魔アルフを取り逃がしてしまいました」

 

 雷撃により意識を失っていたエミヤはアースラの医療室で目を覚ましていた。

 そして弟子のヴァイスに自分が気絶した後の戦況を詳しく聞かされた。

 

 「主犯がプレシア・テスタロッサと断定ができ、ジュエルシードも三つ回収できた。それだけなら戦果は上々といったところだが」

 「師匠の身体が今回の件で相当のダメージを受けてしまった……それが結構イタイっすね」

 

 ヴァイスは溜息を吐いてキレイに剥けた林檎が乗った皿をエミヤに渡した。

 

 「………」

 

 愚痴にも聞こえるヴァイスの言葉に対して何も言えないエミヤは黙って渡された林檎を口の中に入れる。

 

 エミヤの古傷だらけの身体は包帯でグルグル巻きにされ、さらに治医療術式が組み込まれた治療符を大量に張られてる。素肌が見える箇所は首から上しかない程の徹底ぶりだ。

 

 「―――で、結局のところ身体の調子はどうなんすか?」

 「臓物の損傷はあまりない。外傷も見た目ほど酷くないが、今回の任務では右腕が使い物にならんだろうな」

 「………それでも戦える、と?」

 「当然だ。この程度の負傷で寝込んでなどいられるか」

 「ですよねー」

 

 この人の身体って何で出来てんだろう? とヴァイスは時々本気で思う時がある。

 どんな時でも、どんな傷を負っても戦うことを止めない。その姿勢にヴァイスは尊敬と畏怖の念が込み上げる。

 

 「それよりも気になることがある。ヴァイスは見ていたか? プレシア・テスタロッサが最初に放った砲撃の標的を」

 「はい。あれは間違いなくフェイト嬢ちゃんを狙っていた。見た感じ本気の雷撃ってわけでもなかったようでしたし、非殺傷設定も掛かっていたんでしょうけど、それでもやり過ぎですわ」

 

 あんな可愛い子にすることじゃありませんよ、とヴァイスは理解できないようにデェスチャーする。

 

 「………あの時フェイト・テスタロッサは“母さん”と呟いていた」

 「ファミリーネイムからしてあまり良い予感はしていませんでしたけど、やっぱりあっちには重い事情が絡んでるようっすね」

 

 母親の頼み、もしくは命令であればあの必死さも頷ける。あの年頃の子供は親に甘えて然るべき時期なのだ。それを冷たい態度をプレシアが一貫してきたのなら、フェイトが『母さんの望みを叶えてあげれば優しくなってくれる。笑顔を見せてくれる』という希望を胸に抱いていてもおかしくはない。

 

 「憶測の域を出ないが、やはりその線が一番強いだろう」

 「こりゃあ早期解決に尽きますねぇ」

 「そうだな……その、通りだ」

 

 包帯塗れの拳に力をいれて、エミヤは力強く頷いた。

 

 

 

 

 余談

 

 

 

 狙撃手:「ところで師匠。これリンディ艦長からの預かり物っす」

 贋作者:「………始末書セット」

 狙撃手:「少年も嬢ちゃんも先輩も泣きながらしてたっすよ」

 贋作者:「いや、オレは右腕が使いものに」

 狙撃手:「左手があるじゃないっすか」

 贋作者:「重症………」

 狙撃手:「『この程度の負傷で寝込んでなどいられるか(キリッ』」

 贋作者:「………別に、今日中に仕上げてしまっても構わんのだろう?」

 狙撃手:「最高にDASAIっすよ師匠………」

 

 




 ユーノに相性のいいデバイスを持たせたらどんだけ堅くなるんだろ。
 まぁ彼にデバイスを持たせると魔改造になりそうだからやりませんけど、気になるっちゃ気になる。
 

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