『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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 プリズマ☆イリヤのアーチャーオルタがカッコいい。



第16話 『狂気/正義/運命』

 とある次元空間に存在するプレシア・テスタロッサの根城、要塞“時の庭園”の最奥地区からは幾重にも発せられる爆音が城内に木霊していた。

 辺りを視界できないほどの砂埃が蔓延した空間は、時の庭園に設備されていた機類によりすぐさま換気され、拳とデバイスを持ちいり対峙している二人の女性の姿が徐々に露わになる。

 

 「畜生が………!」

 

 尻尾と耳を生やし、橙色の長髪が特徴的な女性はフェイト・テスタロッサの使い魔アルフ。

 彼女は拳を強く握りしめ、その眼はまるで仇敵を眼前にしているように鋭い。身体の至る所に焦げた跡があり、武器である拳も血に濡れている。

 

 「暑苦しいことこの上ないわね、まったく」

 

 対する女性は妖艶な雰囲気を自然体で放ち、艶やかな黒髪を靡かせているプレシア・テスタロッサ。女王が所持するようなロット型のデバイスを持ち、アルフとは相対的に目立った損傷は見受けられない。

 

 「なんで………なんでアンタは自分の娘にあんな仕打ちが出来るんだよ!!」

 

 実力差は歴然。そも大魔術師に使い魔風情が勝てるはずもない。

 そんなことは、誰よりもアルフが理解している。しかし、それでも、歯向かわなければならない。戦わずにはいられない。ここで退いたら、誰よりも己に納得できないのだ。

 

 「オォォォォ!!」

 

 アルフは獣としての高い身体能力を駆使してプレシアに接近する。強固なプロテクトを張られようが、障壁を構築されようが今のアルフには壁にすらならない。

 

 「オラァ!!」

 「………へぇ」

 

 本来使い魔程度が破ることができないはずの魔法障壁をアルフは打ち砕いた。その力に初めてプレシアは小さく反応したが、ただそれだけだった。

 アルフはそのままプレシアの襟を掴み、唾が掛かる距離であらん限りの声を出す。

 

 「あの子は、フェイトはアンタの喜ぶ顔が見たくて、今まで一生懸命やってきたんだ!! 結果だって出してきた! それを蔑ろにして、それどころか体罰を与え続けるなんて………それでもアンタ、フェイトの母親かい!!!」

 

 アルフは今まで溜まっていた怒りを全て吐き出す勢いで訴える。

 主、フェイト・テスタロッサはやれることはやった。全力でだ。誠意も込めてだ。

 そんな健気な娘に対する仕打ちが、あまりに惨い。それを使い魔であるはずのアルフは今まで我慢してきた。見て見ぬふりをしてきた。だが、それももう、限界だ。

 

 「……………」

 

 しかしプレシアはアルフの訴えに何も感じないように軽蔑する……いや、塵を見るかのような冷たい目をしたまま何一つ喋ろうとしない。

 彼女は最初からアルフと対話する気などこの女には無いのだ。言葉を耳に入れようともしない。これは明らかな拒絶の意志の現れだ。

 

 「アンタ……どこまで」

 

 腐っているんだ、とアルフは言葉を噤もうとしたが―――できなかった。

 

 「耳元できゃんきゃん叫んで……五月蠅いじゃない」

 「―――な」

 

 プレシアはデバイスを持っていない左手を彼女のヘソにそっと添えて、容赦なく魔力波を打ち込んだのだ。結果、アルフの身体は地面に跳ねることなく壁まで吹き飛ばされた。

 

 Break(ブレイク)Impulse(インパルス)

 

 ミッドチルダ式の中でも上級の位に位置する近接魔法術式。

 その効果は手のひら、もしくはデバイスを通して相手に過度な高振動波を与え、内側から対象を粉砕するというもの。非殺傷設定がなければ一撃死をも狙える恐ろしい魔法だ。執務官クラスの者でも詠唱、もしくはデバイスの詠唱補助が必須とされ、無詠唱での行使となればまさに『超』が付くほどの一流の魔導師でなければ行使できない。

 勿論、超が付くほどの一流の大魔導師であるプレシアが出来ないはずがない。外傷ならば幾らでも負い、耐性がついているアルフと言えども内部からの直接的な攻撃には不慣れである。

 痛みは当然強烈無比。気丈なアルフも膝をつき、口から血が溢れ出る。

 

 “非殺傷設定でこれか………!!”

 

 相対した相手との圧倒的なまでの力の差に愕然とする。

 

 「それでも……まだ、倒れるわけ………には………」

 「あの子は使い魔の創り方が下手ね。余分な感情が多すぎる」

 

 呻き声を上げるアルフを見下しながら、プレシアは感情の籠っていない声で酷評する。

 

 「フェイトは………ただ……あんたの笑う顔が見たくて…………優しい頃に戻ってほしくて…………!」

 

 血を吐きながらも尚、アルフはプレシアに訴える。訴え続ければ、心に届くのではないかという、ありもしない希望に縋りながらも。

 

 「………はぁ」

 

 それを耳障りと感じたプレシアはトドメを刺すべく己のデバイスの非殺傷設定を解除した。次の一撃を当てればアルフの命を確実に絶つことができる。

 無論、これは脅しではない。本気だ。

 

 「あの一撃で改心すると思ったから非殺傷設定にしたけど、やっぱり駄目ね………アルフ。貴方の言葉では私の意志は変えられない。曲げられない。ま、これまでの功績に免じて楽に逝かせてあげるわ―――私の視界から、消えなさい」

 

 「―――――ッ」

 

 暴力的な魔力が雷撃となり、アルフのいた空間を根こそぎ削ぎ落とした。その威力たるや要塞である時の庭園の防壁に大穴を開けるほどのものだ。

 落雷が落ちた場所には狼少女の姿はない。もし他者がいたのなら蒸発したのだと勘違いをするだろう。しかし大魔導師の目は誤魔化せない。

 

 「巧く逃げたわね」

 

 自ら空けた大穴を見ながら、プレシアは舌打ちする。

 魔法を発動させる一瞬の隙をついて転移魔法を使用し別世界へと逃げたのだ。

 

 「詰めが甘かったか………一撃目で仕留めておくべきだったわ」

 

 プレシアの言の葉は、最後の最後まで冷たいものだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 アースラの訓練施設では一人の少年が鍛錬に励んでいた。

 目立つ白髪に浅黒い肌。黒を主体として赤のラインが施されているジャージ。それだけで誰なのかは一発で分かる。

 そう、前回重症を負ったはずの少年、エミヤシロウだ。

 

 「本当に、使い物にならなくなっているな」

 

 エミヤは右手を握ったり開いたりして調子を確認しようとするが、手はプルプルと小刻みに震えるばかりだ。

 フェイト・テスタロッサを庇った際に受けたロストロギアの雷撃。アレにはかなりの魔力を内包されていた。おかげで右手首から肩までの反応速度が酷く遅れている。というか使えない。

 エミヤの剣技は双剣による防御、後にカウンターが基本とされている。両手を使えなければ存分に力を振るうことができない。また干将莫耶による恩恵も受けることができなくなった。

 干将莫耶は夫婦剣であり、二振り揃わなくては効力を発揮しない。つまり干将と莫耶、どちらも欠かすことのできないものなのだ。

 剣はなんとか握ることは出来るが、今の握力では持つことがやっと。剣を振るうことまではできない。気を抜けば間違いなくすっぽ抜ける。例え強化で補強しようとしても、右腕に蓄積されているロストロギアの魔力に刺激を与えることと為り、魔力回路が暴発するだろう。

 無茶をしたら最低でも固有結界の暴走による剣鱗が右腕を喰い破り、最悪でボン、と腕が粉々に弾け飛ぶハメになる。

 

 「完全回復は早くて三週間。それまで右腕の使用は不可能か……」

 

 右腕の使用を改めて諦めたエミヤは、訓練室に設置されている適当な岩塊の前に立つ。そして

 

 「投影、開始(トレース・オン)

 

 虚空に幻想を具現化させた無銘の剣を作り出し、自分が出せる最高の抜刀速度でそれを左手で振るった。斬られた岩塊は派手な音を出して粉砕される。

 

 「やはり………駄目か」

 

 何が駄目なのか、と大抵の人間は思うだろう。

 斬った岩塊は粉々。普通なら申し分のないものだ。むしろ賞賛されていい。

 しかし音を立てて粉砕したということは、それは無駄な力を無意識の内に出しているからに過ぎない。そのようなものただの見かけ倒しだ。

 

 「ままならんな」

 

 全盛期ならば音も立てず、この岩塊を真っ二つに出来ていた。左手だからだとか、怪我をしているからではない。

 前から感じていたように、身体が理想の動きにまで対応しきれていないのだ。

 しかし、それは当然と云えば当然だ。未だ未発達の『人』の身で、『英霊』の身体能力などについていけるわけがないのだから。

 だがそれらの壁を覆せる術を、エミヤは所有している。

 

 そう、固有結界から零れ落ちた能力(魔術)だ。

 

 魔術による身体強化と憑依経験の戦闘技術・筋力投影の三重魔術式を使う。負担が大きいことから使用を控えていたが、今回はそうも言ってられない。

 とは言っても、鍛錬中に無理をして身体を余計に壊していては元も子もないので軽く一回だけの使用だ。

 

 投影していた無銘の剣を消滅させ、新たな剣を投影するために数本の魔術回路に魔力を流す。

 

 投影するは英霊の象徴、英雄の剣。かつて未熟だった頃、剣を交えた最古にして最強の英霊 英雄王ギルガメッシュが貯蔵していた宝剣の内の一つ。

 

 虚空の空間から華美な装飾を施された剣が出現し、その剣の柄をエミヤは握る。先ほど投影した無銘とは格が違う輝きを宿している代物だ。

 そして贋作者はその宝剣を手にしたまま新たな岩塊の前に立つ。今度は先ほどのものより一回りデカい、大人二人分ほどの大きさ。

 

 「――――――」

 

 無詠唱で剣から戦闘技術を身体に写し、筋力を投影する。

 足りない部分は強化で出来る限りカバーする。

 

 サーヴァントとして召喚された際、スタータスの低い己でも剣速は音速を突破していた。ならば最低でも音速は越えなくてはならない。

 高速ではない―――音速だ。

 筋力D程度でも人の頭蓋骨を軽く握り潰せるだけの握力を有していた。ならばそれだけの握力を最低でも再現しろ。

 一瞬だけでいい。負担も掛からない、ほんの少しだけ、古の英雄の力の一端を借りるだけでいいのだ。

 

 

 無駄のない、騒音も聞こえない、ただ、モノを斬ったという音だけが訓練室に響く。

 だが岩塊は砕かれてもおらず、斬られた様子もない。堂々と聳え立ったままの状態だ。

 

 それなのに彼はまぁまぁ満足したような顔をして、投影した剣を魔力に戻した。そしてエミヤはタオルを投影して汗を拭いて、近くに置いておいた飲料水を飲み一息つく。

 丁度その時、モニターが空中に表示された。それには召集の二文字が大きく書かれている。詳しい説明も無し、ということはかなり重要な召集のようだ。

 エミヤは残った水を全て飲み乾し、汗を拭いたタオルを無造作に放り投げる。投影で作り出されたタオルは地面に落ちる前に、空中分解するように粒子へとなって消えて無くなった。

 

 訓練室の扉が締められ、数秒した後にエミヤが斬り損ねたかと思われた岩塊に異変が起きる。

 

 岩は静かに、滑らかに、ズズズッと音を奏でながら、傾き、真っ二つに………斬れていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 アースラのメインブリッジには、30人の人間が集まっていた。皆が皆、クロノから召集を受けた魔導師達だ。

 大型モニターにはフェイト・テスタロッサが使役していた使い魔 アルフが表示されている。そしてそのモニターの前に立つクロノは、歳不相応な執務官としての堅い顔をして皆に話を聞くように命じた。

 それまでガヤガヤと喋っていた隊員達は、クロノの言葉で一斉に静まり返る。

 

 静寂の中、現場の指揮官であり、召集を掛けたクロノはゆっくりと口を開いた。

 

 「今からは話すことは高町なのは、ユーノ・スクライアの証言、今までの現場の状況、保護したフェイト・テスタロッサの使い魔アルフの証言と現状。さらには此方が独自に調査を進めた情報を照らし合わせて結論づけられたものだ―――皆は心して聞いてほしい」

 

 エミヤも、ヴァイスも、隊員達全員がクロノの説明に耳を傾ける。

 

 プレシア・テスタロッサの所業。

 フェイト・テスタロッサの立場。

 

 輸送艦隊を急襲し、リグレット・グレンを殺害。それだけでは飽き足らず自分の娘に犯罪行為の一旦を担がせ調教………強要し、駒として扱う。まだ10歳にもならない少女をだ。

 

 「「「「―――なかなか、イイ根性してやがる」」」」

 

 静かに話を聞いていた隊員達は頭に血管を浮かばせる。

 

 約全員:『そのBBA………赦しちゃおけねぇ』

 

 怨念の類のような、腹の内から吐き出される呪詛にエイミィは背筋を冷や汗を掻いた。

 女好きの多い武装隊にとって、プレシアの行為は地雷と言えるだけの破壊力があったのだ。例えプレシア・テスタロッサが美人の熟女とはいえやって良いことと悪いことがある。

 

 狙撃手:「幼気(いたいけ)な少女になんつうことを………」

 隊員一:「我らが聖域を穢すとはな。ハハ、調子に乗り過ぎだ」

 隊員二:「俺達の信仰を犯す者には容赦は要らず」

 隊員三:「吐き気がする。幼女を痛めつけた罪は重いぞ………」

 隊員四:「プレシア・テスタロッサ。アンタは俺達を怒らせた。赦しちゃおけねぇ」

 

 その様子を見ていたクロノは誰でもいい、リグレット・グレンについても何か言ってやってくれ。と言いたかったが、敢えて言わないことにした。

 

 「兎に角、主犯と思われる大魔導師プレシア・テスタロッサの居場所が特定され次第、問答無用で押しかけるぞ! 各々英気を養っておいてくれ!!」

 「「「「了解!!」」」」

 

 これは激しい戦闘になる。

 そう、隊員達は確信していた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 リニスが居なくなって、アルフも消えた。最終的に、一人だけになった。

 だけど止まれない。立ち止まることは許されない。

 

 「母さん……」

 

 あと一息、あと少しで、あの優しくも、温かい時間に戻れる。

 母も笑ってくれる。笑顔を見せてくれる。

 

 「……もう、少し………」

 

 フェイトはロクに栄養も採取していない身体を無理して動かす。

 重い。怠い。眠たい。

 これは、いけない。こんなんじゃ、とてもじゃないけど身体が持ちそうにない。

 

 冷蔵庫の中を適当に漁り、適当に安い弁当を食べて栄養を取る。

 

 アルフが居たらなもっと栄養のあるものを喰え!て言うだろうな。そして自分が食べたい肉もついでに買って来るんだ。そのせいでどれだけお金が飛んだ事やら。

 

 きっと、元通りになればアルフも帰って来るよね……?

 

 誰に聞いているのだろうか、自分は。

 問う相手すらもう、いないというのに。

 

 涙が零れてくる。食べている弁当の味がよく分からない。

 

 一人。そう、今私は、一人ボッチだ。

 

 助けて欲しい。

 救ってほしい。

 

 だけど、母さんを手放すことは出来ない。

 

 それに、助けて欲しいなんて図々しいことは自分が願うこと自体間違っている。

 

 身を挺して自分を助けてくれた恩人、エミヤシロウには何も返せず、友達になって欲しいと言ってきてくれた少女の言葉も無視している。

 

 そんな自分が助けなどを望んでいいのか。

 否、在ってはならない。

 

 救いを望むな。

 

 望むのではなく、得ようとしろ。

 

 「明日も、頑張らなきゃ………」

 

 フェイトは冷たい床で、力尽きたように静かに眠りに入った。

 

 せめて夢の中では、温かいものであって欲しい。

 

 ――――そう、フェイトは儚くも願った。

 

 

 

 




 変態度が上がってきましたね、アースラ組。

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