『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第18話 『過去へと向かう意志』

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ。

 年端もいかない二人の少女達の一騎打ちは、高町なのはの勝利に終わった。

 賭けていたジュエルシードは何者かの乱入により、回収できなかったが、その代わりにプレシア・テスタロッサの根城“時の庭園”の次元位置を特定することができた。ここまでは、大方計画通りと言っていいだろう。

 時の庭園の居場所を特定できたアースラは、なのはとフェイトの対決前からずっと待機していた武装隊30名を『プレシア捕縛』のために向かわせた。部隊を率いている隊長は―――エミヤの弟子、アースラの狙撃手ヴァイス・グランセニックだ。

 

 「おいおいおい。時の庭園っていうからどんな神秘的な場所かと思えば……こいつはまたヒデェ場所だな」

 

 ヴァイスはエミヤ手製の対魔力コートに身を包んで、潜入した時の庭園内部をなんとも言えない表情で見渡していた。

 彼の周りには30名以上の武装局員が各々既に展開されている武装を持ってうんうんと深く同意する。

 

 「なんつーか、魔女の住む城を連想させられるなぁ」

 「あ、俺もそれ思った。丁度この前RPG久しぶりにプレイしたけどこんな場所あったぜ。典型的な魔城よな」

 「てか俺達の挑む相手とかまさに魔女だもんな」

 「「「「魔女というより女帝だがな」」」」

 

 隊員達の声が綺麗に重なった。

 アルフの証言では鞭を持って少女をビシバシ叩いては高笑いをしていたらしい。

 それを女帝と言わずになんというのだ。

 

 それにこの時の庭園内部は色々とおかしい。

 

 何故か雷鳴ってるし、辺りは暗いし、なにより雰囲気がまさにアレだ。ボスを目前とする緊張感、背筋にゾクッと来るものがある。

 

 「今のところ敵影は無し……か」

 

 ヴァイスは敵がいないことを確認したら、本部とアルフから情報を提供された庭園内部の図面を端末に表示させる。

 

 「サーチャーも着いてきているな。転移誤差でまだ到着が遅れている奴はいないか?」

 「第一小隊、第二小隊共に全員到着。何一つ抜かりないぜ、ヴァイス」

 「報告ご苦労さん。てか今はヴァイス隊長と言いやがれデコ助野郎」

 「へいへい、ヴァイス隊長殿問題ありません。これでいいだろ?」

 「気の抜けた返事だなぁおい………まぁいいけど。今は代理だけど何時かは本当に隊長クラスになってやるんだかんな。そしたら偉そげに踏ん反り返ってやんぜ!」

 「いや無理だろ。ヴァイスはせいぜい荷物運びの下っ端がお似合いだ」

 「「「「だよなぁ」」」」

 「なにを―――!? テメーら今に見てろよコラ!!大出世スピード出世かましてやっからな!!」

 

 敵本拠地真っ只中というのにアースラ隊は己のペースを崩さない。これは、ヴァイスが場のムードメイカーとして大きな効果を発揮しているからだろう。

 

 「っし。気合い入れ直すぞ。今からこのいけすかねぇ城に突入すっからな」

 「「「了解」」」

 「「「ラジャー」」」

 

 少し、ほんの少しの談笑を終えたアースラの武装隊は先ほどのヘラヘラしていた顔をまるで別人のような顔つきに変わった。そして各々が持つデバイスを片手にヴァイス達は四人一組の隊列を組み、周囲を警戒しながら奥へと進む。

 

 此処は敵の本拠地だ。どんな仕掛けがあるか分かったもんじゃない。さらに報告によれば魔導師ランクAはある傀儡兵が何体も確認されている。今まで受けた任務の中でも上から数えた方が速いほどの難易度だ。気を抜けるものではない。そう、思っていたのだが、

 

 「………どういうことだ」

 

 随分と走っているのだが、今のところトラップどころか傀儡兵も現れない。というか呆気ないほどサクサク進んでいけている。自分達を舐めているのか。それとも単にザル警備なだけなのか………恐らく前者だろうな、とヴァイスは思った。

 

 「大魔導師としての余裕ってか? ハッ、気に食わねぇな」

 

 ヴァイスだけではない。他の隊員達も憤りを感じている。

 

 大魔導師だということをいい気に他を見下す大きな傲慢。人を小馬鹿にする舐めきった対応。傀儡兵など使わなくても私一人で返り撃ちにできますよ~、的な感じがよく伝わって来るのだから誰でもイラッとくるだろう。

 だがそのおかげで何の不自由もなく進めているのだから、私情を抑えればラッキー感覚で済む。

 

 「一泡吹かせてやるぞ、大魔導師」

 

 ストームレイダーを持つ手に力が入る。

 プレシア・テスタロッサはリグレット・グレンの命を奪い、幼い少女を傷つけた。第二の家とも言えるアースラにまで被害を出した。ならば、自分達にできるこは――――踏ん反り返っているであろう大魔導師プレシア・テスタロッサを捕縛して、法廷に立たせることだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 アースラのブリッジには先ほど戦闘を終えたなのはとフェイト。そしてそれを見守っていたクロノ達が到着していた。

 保護されたフェイトは治療を受け、白い入院服を着せられ、手枷を付けられている。

 インテリデェントデバイスのバルディッシュはエミヤが没収している。もし何かしらの行動を起こされても困るからだ。なにより保護というより捕縛に近い彼女の立場からするとこれでも甘い処置と言えるだろう。

 

 「…………」

 

 フェイトは暴れもせず、何も言わず、サーチャーから送られてくる時の庭園の内部映像だけを見ている。そして彼女はなのはとの対決後、ずっとエミヤの服を右手で握っている。入院服に着替える際は一度手は離したものの、着替え終えればすぐに自分の服を掴んできた。

 服を掴んでくる行為は恐らく意識してやっているのではない。極度の不安感に襲われ、無意識の内に縋るものを探しているのだ。

 絶対的な存在であり、彼女の全てであるプレシア・テスタロッサの逮捕となれば当然と言えば当然だろう。

 緊張のあまり、その手は汗ばんでいて、小刻みに震えているのがエミヤには分かる。

 

 「………ぁ」

 

 フェイトの小さな声が、聞こえた。

 ヴァイス率いる武装隊員が………玉座の間を隔てる巨大な扉に到着したのだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ―――バゴンッ!!

 

 武装隊員数名の強化された蹴りが巨大な扉を蹴とばした。そして扉が開いたと同時に、ヴァイスを筆頭に武装隊が迅速に玉座の間に乗り込んだ。

 

 「……ちっ」

 

 突入早々、ヴァイスが目にしたものは艶やかな美しい黒髪を持つ、大人の色気を匂わせる美女だった。報告にあるプレシア・テスタロッサと外見がほぼ一致している。

 彼女は此方の侵入に全く動じることもなく動こうともしない。デバイスすら展開しておらず、玉座に深く腰を下ろしたままだ。

 

 「…………」

 

 彼女は手の甲で頬を付き、無言でヴァイス達を見下している。

 

 “この女……なんつう目で人を見ていやがる………!!”

 

 ヴァイスはプレシアを見た瞬間、嫌悪感を剥き出しにした。

 豊満な女性を好む、彼にしては珍しい反応だ。

 

 “あれは害虫を見る時の眼だ。人を見る目じゃねぇ。それにあの落ち着きよう……大物気取っている訳でも無さそうだな”

 

 直感が警告している。この女は『ヤバい』と。

 

 気圧されるな。油断もするな。数では勝っていても相手は大魔導師。いざ戦闘になれば―――犠牲者も覚悟しなければならない。

 

 「プレシア・テスタロッサ。アンタを殺人、輸送艦隊襲撃、時空管理法違反、巡洋艦アースラへの攻撃、その他諸々の容疑で逮捕させてもらうぞ。言い逃れできると思うな。武装を解除して、腕を上げ、此方に来てもらおうか」

 

 ワルサーWA2000を基にしたストームレイダーを構えながら、ヴァイスはプレシアに投降するよう促す。その間、部隊はプレシアを囲むように展開する。

 

 そして残る数名のチームは玉座の間の奥に、もう一つ道があることに気付いた。厳重なセキュリティーに守られているその見るからに怪しい扉は、開錠に長けた一人の隊員の手によって開けられた。

 

 「………ッ!?」

 

 その瞬間、ヴァイスは危うく引き金を引きそうになった。

 

 “コイツ、あの扉が開けられた時……凄まじい殺気を放ちやがったな”

 

 ヴァイスだけではない。取り囲んでいた隊員達も、その殺気を察知していた。

 ―――何か仕出かす気だ。

 

 「「「バインド!」」」

 

 四名の男たちは、息の合ったタイミングで拘束魔法を使用した。

 プレシアの肢体をガッチリと拘束する。

 

 「良い判断だ!!」

 「ったりめぇだバカ野郎!」

 「こいつはヤベェ、拘束掛けにゃおちおち瞬きもできやしねぇよ!!」

 

 先ほどの殺気で改めて理解した。この女は危険すぎる。

 拘束の一つや二つをせずにに投降を促せるほど生易しい存在ではない。

 

 「―――ないで」

 

 拘束されたプレシアは小さな声で何かを呟いた。

 

 「触らないで!!」

 

 それは、バインドにより拘束されたことに対する訴えだったのか。

 いや、これは―――違う!

 

 「全員伏せろォ!!」

 

 咄嗟にヴァイスは勢いよく身を低くした。囲んでいた男達もヴァイスの声に反射して身を屈めた。

 その直後、紫色の雷が今まで立っていた空間を横薙ぎに通過して行ったのだ。

 囲んでいた魔導師は息を飲む。あのまま直立していたら確実にやられていた。

 

 「俺達のバインドを………あの短時間で全て解除したのか!?」

 

 バインドを仕掛けた男の一人が、信じられないといった風に声を上げる。

 確認したらプレシアを拘束していたバインドは霧状に溶けていた。

 あの現象は力による破壊ではない。

 あれは、バインドを構築するために組み込まれた術式を自然に解いた時に現れる現象だ。

 本来バインドとは力ずくで破壊するものだ。そう、例えるなら結んでいる紐を(はさみ)で直接切るように。その方が手っ取り早く、簡単だ。

 

 しかし、大魔導師プレシアは違った。

 

 彼女は結ばれた紐を(はさみ)で切ることもなく、全て解いたのだ。それも、四つ同時に。

 結び目を解く、バインドを破戒せず解除するというのは並大抵の演算能力では到底成し遂げれない。しかも四つ同時に………一つ一つ構成が異なるバインドをだ。

 

 《どうするよヴァイス隊長殿。一時撤退でもするか?》

 《やるっきゃないだろ言わせんな恥ずかしい!》

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 《いつも通り援護してやる。行け!!》

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 《この俺がするか!無駄な心配している暇なんぞねぇぞ!!》

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 しゃがんだ体勢から、囲んでいた隊員達は一斉にプレシアに突撃した。

 一人突撃しなかったヴァイスは代わりに二発の弾丸を放つ……が、呆気なく防がれた。しかしヴァイス含む隊員達は決して驚いたりはしない。大魔導師にヴァイスの射撃が通用しないのは予想済みだったのだ。しかし、大魔導師と言えども防御している間に攻撃に移ることは流石に出来ない筈。

 

 「第二波が来る前に魔法障壁を破戒して、決着をつけてやるぜ」

 

 勿論一人の力では大魔導師には到底及ばない。障壁を破壊するどころかヒビも付けられないだろう。しかし、自分達は一人ではない。仲間がいる。

 魔導師ランクこそ並より高いアースラの魔導師だが、なのはやフェイトに比べるとそこまで派手な魔法や、強大な魔力を持っているわけではないのだ。

 その代わり、連携という大きな力を持っている。訓練学校から基礎を身につけ、それを繰り返してきた魔法がある。

 

 その全てを集結した力を、彼らはデバイスの矛先に集中させる。

 

 『穿て―――』

 

 あらゆる方向からプレシアの腹部に向かってデバイスを突き出す。

 砲撃に使うべき魔力をそのままギリギリまで押し留め、

 

 『“ディシプリン・レベル”!!』

 

 尖ったデバイスとプレシアの腹部の距離が密着した状態で、容赦なく叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ヴァイスは盛大に埃が舞う玉座を見ながら、スゲー、と率直な感想を述べる。

 

 「幾らなんでもやり過ぎ………でもないかな」

 

 彼らの行いはほぼ零距離から砲撃したと言っても過言ではない。それも平均Aランク魔導師が束になり、同じ個所を集中砲火。幾ら大魔導師と言えど効いただろう。

 立ち込める煙の中から、先ほど連携魔法をブチかました隊員達が現れた。それも走って。顔も焦りまくっている。これは、嫌な予感しかしない。

 

 「畜生! 転移魔法で逃げられた!!」

 「ですよねー」

 

 落ち着いてヴァイスは周りを見渡す。プレシアを包囲していた隊員達は誰一人倒れていない。皆無傷だ。当然プレシアの姿もない。

 転移をしたといっても、この次元領域はアースラに登録されている人間しか転移はできないようロックを掛けている。逃げ出すことは不可能だ。プレシアは何処かに潜んでいるのは、間違いない。そこでヴァイスはあることに気付いた。

 

 「おい、もう一つの部屋に向かった奴らはどうしたんだ?」

 「そうえいば帰ってきてな………まさか!?」

 「チッ、行くぞ!!」

 

 ヴァイスは玉座の後ろにあった扉に向かった。

 

 「―――こいつは」

 

 そしてすぐ扉の前に到着したヴァイスは息を飲んだ。

 細長い通路に、十名以上の隊員達が地にひれ伏している。全員、ピクリとも動かない。ヴァイスはすぐ医療班に彼らに治療を行うよう指示した。

 

 「私の愛しいアリシアに近づこうとする輩は、どんなことをされても文句は言えないわ」

 

 通路の奥から女の声が聞こえる。

 この声は誰かと問うまでもない。

 

 「プレシア………!!」

 

 身体が反射的に動いた。

 ストーム・レイダーをプレシアの方に向け、躊躇なく引き金を引く。

 並の魔法弾よりも密度が高く、スピードも優れているヴァイスの魔弾はプレシアの身体に直撃することなく簡単に打ち消された。

 

 「先ほどの戦闘で貴方の攻撃は私に届かないと分かったはずよ。なのにまた同じ攻撃をしてくるなんて………学習能力が無いのかしら?」

 「黙りやがれこのBBA!仲間をこんなにされ――――――………おい、アンタの後ろにあるソレは、一体なんだ?」

 

 言葉を紡ぐのを忘れてヴァイスは、プレシアの背後にある大きな保存容器に目を囚われた。

 緑色の液体に付けられ、膝を抱えて眠っているソレを、ヴァイスは知っている。

 

 「あら、今頃気付いたのかしら? 随分と目が悪いのね」

 「答えになってねぇぞ! 俺は“ソレ”を何だって聞いてんだ!!」

 「ソレソレソレソレって……人様の娘に酷い言いようね」

 「娘…アリシア……成程、そういうことか。嗚呼、やっぱりテメーは腐ってやがる………ド畜生だ!!」

 

 ストーム・レイダーの銃口を改めてプレシアに向ける。他の隊員達も額に血管を浮かせて、デバイスを構えた。

 

 プレシアの背後にある保存容器に容れられているソレは、フェイト・テスタロッサと酷似した……いや、もはや同一人物といっても差し支えない容姿をしている少女が眠っていた。そして、プレシアはソレをアリシアと呼び、娘と言った。この言葉から導き出されるものは唯一つ。

 

 「口の悪い子にはあの子と同様、お仕置きが必要になるわ」

 「「「「お仕置きが一番必要なのは………お前だァァァァ!!!」」」」

 

 ヴァイス達は一斉に魔法を行使した。

 狭い通路での集中射撃。大事そうに守っている保存容器のことを考えたら、プレシアは躱すことも、転移することもできない。防御しようにも、15人以上の魔導師の砲撃クラスの魔法だ。護り切れるはずがない。

 

 「私とアリシアを護りなさい―――イヴ」

 「了解しました」

 

 保存容器の背後からフードを被った人間が現れた。そして、射線上にへと躍り出る。

 

 「GUARDIAN(ガーディアン)

 

 イヴと呼ばれた人間は可愛らしい声と共に、幼そうな手を前に出す。

 そして、一瞬にして手が巨大な西洋盾へと変化した。

 

 “アレは………トランス能力!?”

 

 ヴァイスはその異質な能力に心当たりがあった。

 トランス能力。それは一種の変身能力だ。ナノマシンと呼ばれる稀有な物質を身体中から生産し、それを基にあらゆる肉体変化を可能とする。その多様性は万能を体現したものだと言われている程。しかしその力を使う者は次元世界においても一人しか確認できなかった。また、唯一のトランス能力者であった人間も既に死亡しており、ロストスキル(失われた能力)として認定されている。

 

 本名不明の殺し屋“金色の闇”。

 名前を一切明かさず、容姿は長い金髪を靡かせる美しい少女であったらしい。ミッドチルダで知らない者はいないとされる伝説の人物だ。

 

 ちなみに何故頭の悪いヴァイスがそんなことを知っていたかというと、トランス能力が男の浪漫の塊と言っても過言ではなく、カッコいいからという理由で何かと興味を持っていたからである。

 

 「ぬるいですね」

 「………化け物め!」

 

 イヴの創りだした巨大な盾は、15名が集結して放った砲撃を難なく受け止めた。

 そこでエイミィから通信が入ってきた。

 

 《ヴァイス君!! ヤヴァイスよ!色々とヤヴァイスよ!!めっちゃヤヴァイスよ!!》

 《エイミィさん! ヤヴァイのはよく分かっています!! てか人の名前をネタにすんのやめてください!!》

 《いいのいいの。とにかく一時退却! 負傷者もいるから早くしないと!》

 《しかし!!》

 《今ヴァイス君がどう足掻こうと事態は好転しないって!》

 《ズバッと言いますね……》

 《状況が状況だからね。ズバッともバサッとも言います。隊長(仮)なんだから状況判断は的確にしないと駄目だよ~》

 《隊長(仮)とかじゃなくて隊長代理とかマシな言い方ないんすか》

 《ないんすよ》

 《そうっすか》

 《とにかく貴方達が脱出するための転移術式を形成するから、それまでなんとか時間稼ぎをしてね! くれぐれも無理して一矢報いるだなんて思わないように! 被害は最小限に収めることに死力を尽くして!!》

 《………了解!》

 

 腹立つが、確かにエイミィの言う通りだ。今自分の後ろには負傷した隊員達がいる。このまま留まっていても、勝機はなく、被害は大きくなるだけだ。あのBBAを一発ぶん殴ってやりたいが、現状を鑑みれば無理だろう。

 

 「逃がさない」

 「だろうな!」

 

 イヴは盾を解除して、両腕を西洋剣にして突撃してくる。

 ヴァイスは腰に装備していた白の短剣を抜いた。

 

 ギィインと金属同士がぶつかり合う音が響く。

 

 「………堅いですね。唯の短剣ではないと判断します」

 「そりゃ、コイツは師匠お手製だからな!」

 

 右手に持っていたストームレイダーを待機モードのドッグタグに戻し、ポケットに突っ込む。そして空いた手をまた腰に当て、もう一つの黒の短剣を引き抜く。

 “干将莫耶”

 己が師匠であるエミヤシロウが愛用する二振りの短剣だ。狙撃手である自分の弱点、近接戦闘を克服するために与えられたもので、既に宝具の担い手譲渡は済ませている。

 身体能力の強化、対魔力の上昇、宝具故の優れた切れ味。これらの能力を借り受けることができる。コレを使うには管理局本部の許可が必要になるのだが、予め要請していて良かったとヴァイスは本気で思う。

 

 「ここは俺が引き受ける。他の奴は負傷している仲間を玉座の間まで退避させろ!」

 「「「了解!」」」

 

 プレシアが加勢する前になんとか凌ぎ切らなければならない。

 このフード、声、身体の動きから察するに女か。

 金色の闇の肉親か何かか? それともまだ確認されていないトランス能力者なのか。

 まぁなんにせよ、強い。これだけは言える。

 

 “俺の剣術は陸の武装隊譲りの泥臭いもの。とてもじゃないが近接戦を土壌とする相手にはキツイな”

 

 受けては返し、時にはカウンターを狙うが、やはり師匠程巧くはいかない。

 捌き切るにも苦しくなってきた。

 

 《エイミィさん!転移準備まだですか!!》

 《あとちょっと待って!》

 《詳しくは!?》

 《約15秒!!》

 《了解しました!!》

 

 よし、それだけならなんとかなる。

 負傷した隊員達も既に玉座の間まで退避している。

 

 「私、そろそろ30%ほど本気を出したいと思います」

 「人はそれを本気と言わない」

 「私にとっては本気に分類されます」

 「そうかい。でも残念。もう相手してらんないわ。色々と大口叩いていた俺だけど、格好悪く退散させてもらうぜ!」

 

 捕縛するべき目標から逃げるというのは中々に堪える。仇を討つだとか、一泡吹かすとか言っちゃってたし。

 しかし、プライドを優先して命を捨てるほど、ヴァイスは高潔ではない。帰りを待ってくれている妹のためにも、悲しませないためにも、自分は死ねない。

 

 「逃がさないと言ったはずです」

 「俺は逃げると言ったはずだ」

 

 ヴァイスは勢いよく身体を反転し、全力ダッシュで玉座の間まで逃走する。

 

 「SPEAR(スピア)

 

 イヴは西洋剣に擬態させていた腕を左手だけは人のものに戻し、右手だけをランスに替える。

 

 そして大地を蹴り飛ばすように―――蹴った。

 

 その0からⅠの加速力は、フェイトと同等か、それ以上のスピードを誇っていた。その為ヴァイスとイブの距離の差が一気に縮められる。

 

 「なにそれズルい!!」

 「ズルくありません正当です」

 

 ヴァイスは玉座の間を抜け、それと同時にイヴにも追いつかれた。

 背後を取られ、槍上の腕がヴァイスの背中を狙う。その際フードに隠れている目がある箇所が、グポーンと怪しく紅く光った。ザクか己は。

 

 「………!」

 

 後は槍を振り下ろせば勝利していたものを、イヴは退いた。

 理由はすぐに分かった。玉座の間で待機していた魔導師達が牽制射撃を行ってきたのだ。

 

 「………ちっ」

 

 イヴは纏めて潰すために、身体を変化させようとするが、止めた。

 あの牽制が終わると同時に、彼らは眼前から消えていたのだ。転移魔法を行使されたのだろう。

 

 「元から彼らの始末は任務に含まれてなかった。取り逃がしても、私に責はない。そう、判断します」

 

 プレシアとアリシアを護ること。それが任務。

 彼らの始末はオーダーにはなかった。故にこれは失態には入らない。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 「無事、武装隊総員帰還しました。現在医務室で治療を受けています」

 

 ヴァイスとの念話では、パワフルで、陽気な声で会話していたエイミィは別人のような重苦しい声色で報告する。

 その原因は、サーチャーから送られてくるアリシア・テスタロッサの映像にあった。

 

 『貴方たちは、もう気付いているわよねぇ。フェイトの正体を』

 

 プレシアはふらふらした足取りで、アリシアの“死体”を収められている保存容器に縋りつくように触り、撫でる。

 

 「…………」

 

 ここまで知られたらもう隠し通すことはできないと判断したエイミィは、今まで調べたことをフェイトを含む、全員に説明すると決心した。

 

 「………プレシア・テスタロッサが起こした事故の際に、一人の少女が巻き込まれる形で死亡しているの」

 

 フェイトの肩がピクリと震え、エミヤの服を掴む力が一層強くなる。

 

 「その子の名はアリシア・テスタロッサ。プレシアの本当の娘……そして、プレシアが最後の研究を行っていたものが、使い魔とは異なり、使い魔を超える、人造生命の生成」

 

 これらの情報から繋がるフェイトの正体。それを、この場にいる全員が理解した。

 エイミィの説明が進むに連れて、プレシアの唇が歪に歪んでいく。

 

 「フェイトっていう名前は、恐らくその彼女の研究に付けられた開発コードから付けられている……そうでしょう? プレシア・テスタロッサ」

 『―――そうよ、その通り。全く持って、誤った情報ではないわぁ』

 

 ギリッ、とクロノは奥歯を噛みしめる。

 

 『でもねぇ。労力・金・時間をふんだんに使ったというのに全然上手くいかなかったわァ。そして、代わりとばかりに生まれた贋作、失敗作、人形がそこにるフェイト……』

 

 まるで薄汚いものを見るような目で、プレシアはフェイトを見る。

 彼女の言葉は止まらない。まるで、溢れ出る感情をそのまま口にしているかと思うほど、それらの言葉は憎悪に満ちていた。

 

 『冗談じゃない、と本気で思ったわ。だってそうでしょう。なんで本物の娘を望んだのに、人形を与えられなくちゃならないの? どう考えったって釣り合わないじゃない。それに、記憶が埋め込まれているといっても、全く駄目ダメだめ。慰みにもならなかったわ。

 分かる? 貴方の顔を見るたびにどれだけ私が苦しんでいたのかを? 理解していた? 毎日貴方をどんな思いで見てきたのかを。それを知らないことをいい気に毎日毎日毎日毎日母さん母さん母さん母さん母さん母さん。壊れたラジオみたいに繰り返して、貴方はそんなに私を苦しめたいの? 実の娘でもない人形に『母さん』なんて呼ばれて、聞くたびに寒気が走ったものだわ』

 

 なのははやめて、と叫ぶ。彼女がどれだけ母親に尽くしてきたか、思っていたかを理解しているが故に、やめて、と叫ぶ。

 フェイトの負の感情の波を受信しているアルフも、我慢ならないと壁を叩く。

 

 だがプレシアは耳栓をしているのではないかというほど、無視をし続ける。気にする様子も全く見せない。

 

 『………でもまぁ最後の最後は本当、見事に負けてくれて、ここまでくれば清々しいわ。命令さえも満足に達成できない貴方は人形以下といっても、言い過ぎにはならないわね。ああ、そうだわ。もう限界、限界よ。貴方なんて―――何処へなりとも消えなさい!!」

 「――お願い…もうやめてぇ!!」

 「ふふ、あはは。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 狂った嗤い声をアースラのブリッジに響かせる。

 

 フェイトの顔色は真っ青を通り越して、白くなっている。

 

 「ハハハ、ハァ……フェイトォ―――最後に、良いことを教えてあげる。

 貴方を作り出してからずぅぅっとねぇ……私は貴方が――――」

 

 それを見たプレシアは今までの思いを、この数年間溜め込んでいた言葉を、今この時万感の思いを込めて伝える。

 

 「大っ嫌いだったのよぉ」

 「あ――――――」

 

 その言葉は、どのような罵倒よりも、一番フェイトの心を抉る凶器となり、深く、深く、彼女の心臓を刺し貫いた。

 

 フェイトの目のハイライトが消え失せ、線が切れた人形のように倒れ伏す。それをエミヤが受け止めた。

 

 「………フェイト・テスタロッサ」

 

 エミヤは、フェイトの精気の失った瞳を見て、静かに拳を握りしめる。

 そしてこの重たい静寂を、突然なりだしたアラーム音によって打ち砕かれた。

 

 「時の庭園、急速に各Aクラスの魔力が発生しています! その数、50…80……90…信じられません! まだまだ増えます!!!」

 

 今まで姿を隠していた傀儡兵たちが一斉に現れた。それも、百単位の数。一個師団に匹敵する戦力だ。

 

 「何をするつもりなの―――プレシア・テスタロッサ!!」

 『ただ邪魔されたくないだけよ。そのための防衛。そのための、軍隊』

 

 濁り切った瞳に映し出されるのは、九つのジュエルシード。

 

 『私達は旅立つのよ。忘れられた都…アルハザードへ!!』

 「―――まさか!?」

 『取り戻すのよ………すべてを!!』

 

 イデアシードは強烈な光を放ち、魔力を惜しみもなく解放させる。間違いない。プレシアは、ジュエルシードを使い、次元振……いや、次元断層をわざと誘発させている。

 

 「馬鹿なことを!!」

 「クロノ君!?」

 「僕が止めてくる!ゲートを開いて!! 自分の無くした過去を、取り戻す、やり直す。そんなこと、許されていいものじゃないんだ!!!」

 

 エイミィの返答を待たず、クロノはブリッジを飛び出していった。

 

 狂気を振りまくプレシアは、暴走を続ける。彼女の目には、もう既にアルハザードへの道が出来上がっている。後はそれを、昇っていくだけだ。ならば何故恐れる必要がある。

 

 プレシアは躊躇なく、その道を昇っていく。例えその道が多くの犠牲の上で成り立っているとしても、人の命で作られているものだとしても、彼女は迷わず踏み砕いて………過去へと向かう。

 


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