次元世界最大の都市としても名高いグラナガン。その象徴でもある近未来的なビル群の光が赤々と夜空を照らす。
空には月のような星が幾つも飾られており、実に幻想的な世界。そしてそのビル群の一角に一人の少年が地上を見下ろしていた。
彼は雪のような白い髪、鋼色の目が印象的な少年だった。首に紅いマフラーを纏い、黒のロングコートを羽織っている。
しかしその幼げな姿に似合わず、独特な雰囲気、圧力がその少年には備わっていた。
「アレが、報告にあった車か」
少年は鋭い目つきで後方を睨みつける。常人であれば暗闇以外なにも見えないであろう三㎞先の光景を彼は視えている。
彼の双眼には街を走行する一台の大型トレーラーがはっきりと映されていた。
「クロノ。報告にあった密輸犯罪組織ガリアンの大型トレーラーを視認した。現在は地区HO地点からDF地点に向けて走行中。ポイントD地点で待ち伏せ、捕縛しよう」
彼は携帯端末を取り出し、同僚のクロノ・ハラオウンに情報と作戦内容を伝える。
『了解した。ポイントD地点だな。僕とヴァイスもすぐに向かう。くれぐれも僕たちが着くまでに動いたりするなよ。本局の情報が正しいのなら、そのトレーラーの積み荷はロストロギアのはずだ。ランクは不明だが、下手に刺激を与えて起爆したら大きな被害が出る可能性がある』
「分かっている………しかしこのグラナガンは仮にも次元世界中心の大都市だろうに。危険物を背負った犯罪者が今まで街をうろついていたなんて市民にバレたら一大事だぞ」
『その一大事を防ぐ為に宛がわれたのが僕達だ。市民に知られることなく極秘裏に事件を解決する。そうだろうエミヤ三等陸尉?』
「………確かにその通りだな。ではさっさと解決しよう。やり残した書類が溜まっている」
『ああ、まったくもって同感だ』
互いに苦笑し合い、携帯端末を切る。
意識を切り替えた少年、エミヤはビル群を跳び移りながら目標の地点へと向かう。まるで彼の眼は得物を狩る時に見せる鷹の目を連想させられる鋭さが籠っていた。
そして多くの局員が知っている。彼に狙われたら最後……逃げおおせる犯罪者は限りなく少ないということを。
◆
密輸組織ガリアン。
質量兵器から古代文明の遺産ロストロギアまで様々な違法商品を売りさばく犯罪組織。その不当な商法から為る利益は一か月で数億は下らないと言われており、護衛もその莫大な財力を使い高ランクの傭兵を何人も雇っている。
隠密、隠蔽、護衛。その全てにおいて、それなりの水準を誇る次元犯罪組織は世界の法「次元管理局」をも手こずらせる。
「今回も楽勝だったな。ハハッ、なにが平和と秩序を守る時空管理局だ。街中を堂々と走行する悪党を見つけれずによく言うぜ」
「まったくだな。だがまぁそう言ってやるな。おかげで俺達は儲かってるんだから逆に感謝すべきだろう?」
「おっと、そうだな。その通りだ。間抜けな局員さんたちに感謝感謝っと!」
大きく笑い合う二人の男。彼らは運び屋(下っ端)ではあるが彼らも立派なガリアンの一員だ。その利益により自分たちの給料も上がるのだから笑わずにはいられない。真面目に働くなど馬鹿らしいと思うのは当然だ。
近頃、管理外世界でも時空管理局の監視の目が強まっている今のご時世は次元犯罪者にとって辛い時代である。しかし管理世界や監視する範囲が広くなるということは、人員を嫌でも割かなければならない状況に陥るはず。そこでガリアンは人員が不足しているであろうミッドチルダの首都グラナガンを物資を運ぶメインルートに選んだのだ。
誰がかの大首都グラナガンを堂々と犯罪者が行き来すると思うのか。実際ガリアンはこれまで検問の穴を突き、上手く物資を運ぶことが成功している。
まさしく灯台下暗し。管理局とてまさか自分たちの拠点を使われているとは思うまい。
今回の商品も港に隠してある転移装置まで運べば依頼主にまで届けられ、約束された大金が手に入る手筈だ。港にも十名以上の傭兵を警備させている。まさしく完璧の布陣。あらゆる事態に対処できる。
………ん?」
気分がノってきたところで助手席に座っていた男はふと街の異変に気付いた。
車が走行していない。人も歩いておらず、ビルの明かりも見当たらない。
静かすぎる。不気味なほど。何よりここは眠らずの街。いくらみすぼらしい一つの区域だろうとビルの明かりが全て消えているなどありえない。
「これは」
ここまでくればバカでも分かる。あまりにも不自然だと。そこでやっと男は自分達の周辺に結界を張られていることを理解した。
それだけじゃない。今この瞬間まで結界に嵌められていたことに気付けなかったということは、高度な魔法結界を張られていると見て間違いないということ。しかもこの念の入りようは―――――“まずい”!!
「おい、今すぐ―――!!」
男は仲間に“全速力でこの場を離脱しろ”と言おうとした瞬間
分厚い防弾ガラスを突き破ってきた魔力弾が仲間の頭部に直撃した。
「おいおいマジか―――!?」
運転手を射抜かれ、コントロールを失ったトレーラーは壁に激突し、沈黙した。
◆
二㎞離れた高層ビルの屋上。そこには一人の男が佇んでいた。
彼の名はヴァイス・グランセニック。
リンディ・ハラオウンに武装隊からア―スラにスカウトされた少年だ。
しかし、少年と言えども侮るなかれ。その腕前はエースとも張れる天性のもの。一度狙った獲物は必ず仕留めるという自負も持っている。
「ヘッドショット成功。師匠、目標は壁に激突し停止しましたよ。一人は潰しましたが残りの一人が路地裏に逃走。言い訳としては建物の死角に入ってたので狙えませんでした」
ヴァイスは普段見せない冷徹な眼で可変ズームスコープを覗きながらエミヤに戦果報告をする。
長距離狙撃型デバイス“ストームレイダー”から放たれる魔力弾は高密度な魔力で編まれている特別性だ。魔力値が低いヴァイスはこの技で数々の次元犯罪者達を一撃で仕留めてきた。今回も例外ではない。凝縮された魔弾の前ではどんな防弾ガラスも紙切れも同然。
『いや十分な戦果だ。よくやった、ヴァイス。その射抜いた犯人を保護するよう待機メンバーに伝えておいてくれ。荷物のロストロギアは専門家が来るまで触らすなよ。逃がした奴はオレ達に任せろ』
「了解、そんでもって任務完了。今日もミスショット無しだぜ♪」
ヴァイスは後方支援しかできない欠陥魔導師だ。だから前線に飛び出すこともできないし、戦友と肩を並べて戦うこともできない。
だがヴァイスは狙撃手という役職に誇りを持っている。エミヤの代わりに狙撃手を担当できるのは俺だけだと胸を張って、自信を持って答えられるのだから。
◆
壁に激突し、プスプスと黒い煙を吐き出すトレーラーからなんとか這い出ることができた男は、狭い路地裏に逃げ込み必死に走る。
「はぁ、はぁ………む、無警告で撃ってくるとか正気か、局員共め!!」
彼はこの時空管理局の対応の非情さに恐怖を抱いていた。普通の局員であれば、投降勧告なり警告なりしてくるはずだ。なのにいきなり撃ってきた。明らかに他の局員とは対応が違う。しかも上位結界を張るという徹底さ。もし捕まり尋問などを受けたらどんな地獄が待っているか想像もつかない。
「………そうだ、こんな時のための傭兵じゃねぇか!」
男は急いで雇った傭兵に連絡を入れる。
時空管理局のエリートは7割方、次元航行部隊の『海』に配属しているはず。
低ランク魔導師が大半の地上部隊『陸』の魔導師相手なら勝機はある。
『お、おお丁度良かった!!依頼主か!?』
連絡がついたのは喜ばしいのだが、何故か傭兵の声に焦りがある。そして端末の先から聞こえてくる怒号と叫び声に爆発音。いやな予感しかしない。
『け、警備を任されていた工場にヤバい奴らが急襲を仕掛けてきやがった!!あいつ等は、首都警備隊のゼスト隊だ!クソッ、集団戦が恐ろしく巧いッ…!!スリーマンセルで俺達を一人ずつ潰してきやがァ!?』
傭兵は最後まで喋ることができずに通信を切られた。
「おい………おい………ちくしょう!!」
何度も掛け直しても連絡が取れない。他の傭兵に掛けて同じ反応だ。
もう助けは期待できない。
「観念しろ。もはやお前は袋のネズミだ。逃げることはできないぞ」
「っ!?」
後ろから声が聞こえ、男は奇声を上げながら反射的に振り向く。そこには黒いコートを着た白髪の子供が立っていた。
見た目は唯の子供だが、姿形だけでは判断できないところが魔導師の恐ろしいところだ。たとえ子供でも魔導師ならば高い戦闘力を所有している可能性がある。しかも時空管理局は子供まで働かせている組織。目の前の子どもが唯の人間であるはずがない。
「へっ…へへ………こんなところで、捕まってたまるもんかよ!!」
男はポケットに入れてあった煙幕玉を地面に叩きつける。瞬時に周りが煙で見えなくなったところを男は全力で逃げる。ただ、逃げることだけに専念する。
本能が叫んでいるのだ。アレとは戦ってはならないと。やるだけ無駄だと。
「ストップだ。貴様をこのまま逃がす訳にはいかない」
「!?」
だが男の努力は虚しく無意味となった。
白髪の少年と反対方向に待ち構えていたもう一人の局員が彼を待ち構えていたからだ。
その局員も、子供。黒い法衣に身を纏っている少年だ。
後ろも前も逃げ道はない。魔導師ではない自分が空を飛んで逃げるという手段もない。
退路は―――絶たれた。
「ク、クソッタレがァァァァァァァァ!!!」
逃げられないと悟った男は腰に巻かれていたホルスターから二丁のサブマシンガンを取り出し二人の少年に銃口を向ける。そして迷いなくサブマシンガンの引き金を引いた。
もう破れかぶれだ。どうにでもなれという風に。
すでに冷静な判断などこの男にはできない。それほど追い込まれているのだ。
「クロノ!」
「分かっている!」
狭い路地裏では弾幕を回避する場所が限られる。エミヤは黒鍵を投影し、刀身に魔力を注ぎ込み肥大化させる。そしてそのまま弾幕に突っ込んでいった。
「化け物が!!」
男はまるで死を恐れていないかのように迫り来るエミヤに恐怖を抱いた。
クロノに向けていたサブマシンガンまでもエミヤに向ける。
いくら強化されているとはいえ投擲用の黒鍵に集中砲火を防ぐほどの強度はない。
―――パリィィン!
黒鍵の刀身が砕かれる。それを見てニヤァと狂気な笑みを浮かべる男。
もう彼を護るモノなどなにもない。すぐにでもミンチにできるはずだ。
「ククッ、死にやがれこの餓鬼があ――――あ?」
男は引き金を引くことができなかった。
クロノが男の懐に潜り込み、掌を男の脇腹に当てていたのだ。
「僕がこんなことをしなくても、エミヤなら自力で対処できるだろう。
だが、だからといって放っておけるほど僕は冷たくはない」
クロノから放たれるプレッシャーに男はカチカチと歯を鳴らす。引き金が引けない。まだ何もされていないのに、体がマヒしているようにいうことを聞かない……!!
「ま、まってく――――」
「ブレイクインパルス」
「―――――レッ!?」
男の静止を無視してクロノは己の持つ近接魔法の一つを発動した。
脇腹に送り込まれる振動エネルギーが肉体内部を駆け巡る。本来ならば木端微塵になるだろう肉体は非殺傷設定により、最小限のダメージに留めているので命に関わるまでのダメージは入っていない。
「バインド」
地面に倒れ伏す男をクロノは念を入れてバインドで縛る。
後に現れた陸の尋問部隊に男を引き渡してエミヤとクロノはア―スラに通じる転移装置のあるところまで徒歩で向かっていった。
「ふぅ………これで今週の仕事は終わったか。ゼスト隊の奇襲も無事成功したようだ」
「ああ。あとはア―スラに帰還して残った残業と戦うだけだな」
「クロノはあのデスクに山積りにされているものを何日で仕上げれる自信がある?」
「………二日は絶対かかる」
「………人命のための命令違反だ。きっと大目に見てくれるだろう」
「そうだな。そうであってほしいな。でも違反回数が半端ではないぞ」
「軍法会議が無いだけマシだと思った方が気が楽でいい」
愚痴を言い合いながら撤収していく二人は次第に重い空気を展開させる。任務よりか人命を最優先する二人に対して始末書やらが大量に寄せられるのは当然だ。ついでにヴァイスも同罪。
「エミヤはもうこの世界観には慣れただろう?」
「四年も過ごせば嫌でも慣れる。科学的な魔法にも、この次元世界にもな……」
白野の願いによって地球に転生されたエミヤは、何故か幼い姿になった上に、ロンドンの遥か上空に放り投げだされた。そのまま重力に従って一軒の建築物にぶち当たり、屋根を一部損壊させて、自身も重症という最悪なカタチで並行世界の地に足を踏み入れた。思い返せば返すほど、なんとも理不尽な出来事だっただろう。
生き返った、第二の生が与えられた矢先の出来事が、ロープなしバンジ―である。やはりどの世界の聖杯もろくなもんじゃない。
幸か不幸か、その一軒家の持ち主が大魔導師、ギル・グレアムという初老の男だった。
彼は長期の休暇中であり、故郷である第97管理外世界地球に帰郷していたのだ。その男の家に落とされたと考えると、これも何か因果があったのだろう。奇跡と奇跡が重なり合わなければ、まずありえない出会いだった。
グレアムも、エミヤも、互いに只者ではないと、魔力という超常の力を扱う人間であると、出会った瞬間に理解した。
重症を負ったエミヤの介抱をしながらグレアムは時空管理局や次元世界、その他諸々の情報を与えてくれた。その分、エミヤも魔術師、英霊、魔術などといった己の情報をグレアムに開示した。どちらも驚き、信じられないと言い合ったものだ。
そしてエミヤの傷が完全に癒えきった頃に、ギル・グレアムは『時空管理局で、働いてみないかね』と口にしたのだ。
もとより右も左も分からぬ異世界の弾かれ者。帰る場所もなく、行きつく場所もない。かつての生前のように紛争地帯を一人で駆けようと思いもしたが、この命は岸波白野が文字通り命を賭して授けてくれたもの。同じ過ちを起こす気にはなれなかった。
それにグレアムから語られた時空管理局という組織も、次元世界という世界観も、エミヤは気になっていた。自身の力を思う存分振るい、合法的に人助けできるのならと―――エミヤはその誘いに乘ったのだ。
「そうか……グレアム提督がお前を管理局に引き入れて、もう四年も経つのか」
クロノは懐かしむように空を見上げた。
当時まだ執務官ではない、ペーペーの新人だったクロノは、師であるグレアムの計らいによってエミヤとコンビを組まされた。彼の事情も、共に任務を受けていくうちに知っていくようになったのだが、その過程がまた大変だったのだ。
「お前とコンビを組んだあの日から、僕の忙しさは一割増しになったんだなぁ」
「悪かったな、迷惑かける疫病神で」
「そこまで言ってないだろ。言おうとはしたが」
「オレがいたから助かったことも度々あっただろう?」
「助けられた回数とお前の無茶につき合わされた回数はとても釣り合わない」
あれやこれやと人命関わればすぐに首を突っ込んでいたエミヤに、クロノは全力でサポートに追いやられた。勿論クロノも正義感の強い少年だったので、エミヤの行動に次第と感化され、順応的だったのも問題ではあったのだが。
「だが、まぁ……エミヤシロウと組んでいたからこそ、今の僕があるのかもしれない」
「意外と前向きなんだな、執務官殿」
「ポジティブ思考じゃなければお前の相棒なんてやってられないだけさ……」
「ふ……オレの相棒に為れた物好きな奴はそうそういないからな」
エミヤの脳裏に過ぎるのは、こんな男と共に戦った数少ない戦友達の姿。その中で最も新しい記憶が、月での聖杯戦争の激戦を二人三脚で突破した女性。
彼女―――岸波白野から授かった命は今も鼓動を打ち続けている。
「感謝、しているよ」
エミヤは街を照らす星々を眺めながら、クロノを含む、多くの友と出会いにその言葉を送った。
エミヤ、ヴァイス、クロノが主人公格です。