『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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 誤字脱字の指摘や温かい感想、それにFateの新作情報などが多くてテンション高いでっす!!

 今回は好きな台詞が多くあったので、原作コピーにならないよう台詞を絞るのに結構苦労しました。目安が分からないだけに、恐ろしい。


第20話 『決着と決別』

 男達は唯ひたすら傀儡の軍団と衝突する。

 魔力が尽きれば傀儡兵が所有している武装を奪い、深手を負えば衛生兵が治療し戦い、数に呑まれそうになれば互いをカバーし合う。

 爆炎で埋まる要塞内部では、ガジェットと武装隊の死闘は未だに続いていた。

 

 「畜生……鉄クズ共は疲れが無いから羨ましいぜ………!!」

 

 少ない魔力貯蔵の底が尽き、魔弾を生成できなくなったヴァイスはストームレイダーから干将莫耶に武装を変更し、尚も奮闘していた。

 高い防御力のある礼装で編まれたコートも端がボロボロになり、双剣を握る握力も次第に失せていくのを自覚する。

 体力、気力にも限界がある人間と違って、傀儡兵にはそういった概念がない。全くもって厄介だ。しかも大きなアドバンテージであった遠距離からの射撃も出来なくなり、バインドや身体強化を活かした近接戦闘を強いられるようになってしまっている。

 

 “………なんてザマだよ、まったく”

 

 プレシア・テスタロッサの所有する傀儡兵の一体一体が非常に高性能だ。それこそ魔力だけを見れば魔導師ランクA相当。それが此方の倍以上の数と為れば苦戦は必定。ヴァイスは開戦当初こそ調子が良かったが、徐々に押されてきた。

 

 そんな彼を見ていた者達は、

 

 「どうしたヴァイス! もう限界かぁ!?」

 「しっかりしろよ! そんなんだから隊長(仮)とか言われんだぜ!」

 「結局お前は口先だけか!? そんなんでいいのか!!」

 

 隊員達は傀儡兵を破壊しながらヴァイスを叱咤する。

 

 「―――言ってくれるじゃねぇか」

 

 その言葉にヴァイスの闘志は勢いよく再燃した。

 そうだ。ここで降りれば自分は本当に口先だけの男になってしまう。まだ9歳の少年少女達も死にもの狂いで戦っている中で、自分はプレシアの逮捕も出来ず、力及ばず敗退し、傀儡兵の相手もロクにできない。そんな惨めなことがあっていいのか? 否、あっていいわけがない。

 

 根性見せろ。ヴァイス・グランセニック………!!

 

 こんなことではラグナにも、ティーダにも、エミヤにも、クロノにも笑われてしまう。

 

 「限界? ハッ、冗談言うなよ。俺はこっから本気出すんだ! 終わってもいねぇのに好き勝手言ってんじゃねェよ!!」

 

 ヴァイスの持つ白い短剣が目の前にいる傀儡兵の首を刎ねる。

 あまりの切れ味の高さにあっさりと分断された傀儡兵の頭と身体。

 宙に舞う鉄の頭をヴァイスは思いっきり蹴った。その頭は別の傀儡兵に直撃し爆発する。

 

 「まだまだぁ!!」

 

 シュートを決めたヴァイスは後ろを振り向くと同時に黒い短剣でもう一体、後ろから忍び寄ってきていた傀儡兵の身体を横一文字に薙いだ。これも見事に鉄の身体を上下に分断する。

 ヴァイスは干将莫耶を瞬時に腰の鞘に納め、先ほど斬った傀儡兵の上半身と下半身を空いた両腕で掴み、そのまま敵が固まっている箇所まで突撃した。

 バチバチと両断した傀儡兵がスパークを発する。もうすぐ爆発するという自然の警告だ。

 

 『『『『■■■!』』』』

 

 四体で組んでいた傀儡兵はヴァイスを迎え撃つべく各々の武具を構える。しかし、

 

 「「「「そぉら!!」」」」

 

 その陣営を崩すために数人の隊員達がバインドを仕掛けた。

 拘束された傀儡兵は動けず、武器を振るうこともままならない。

 そこに爆弾と化した傀儡兵の残骸を背負ったヴァイスが迫る。

 

 「ほらよ―――同僚の亡骸だ。しっかり受け取ってやれぇ!!!」

 

 ヴァイスはその身動きが取れなくなった傀儡兵達に向かって残骸の上半身を投げ、さらに続けて下半身を投げ入れる。

 結果、傀儡兵は抵抗することも出来ずに爆弾の爆発に飲み込まれた。

 

 「ふ……決まったな」

 「いやいや俺達の援護あってこそじゃねぇか」

 「ついでに今のスコアは共有な」

 「………それが目当てで協力しただろ?」

 「「「「当然」」」」

 

 もうキレるのは止めよう。いつものことだとヴァイスは自分に言い聞かせた。

 ヴァイスは溜息を吐いて上を見上げる。

 薄暗く、狭い空では汚い花火が至る所で咲き誇っていた。空戦を興じている魔導師達が空を自由に飛び回り、空戦タイプの傀儡兵を次々と墜としていっているのだ。

 

 「………ったく。下のことも少しは考えろっての」

 

 空中で破壊された傀儡兵の残骸がぱらぱらと落ちてくるのをヴァイスはイラただしげに思い、コートに付いているフードを被った。

 

 「しっかし、本当にキリが無いな……ん?」

 

 途切れ途切れの爆発ではなく、連続的に激しい爆発が起こっているのをヴァイスの耳は捉えた。

 Aランク級の傀儡兵を圧倒できる奴なんて此処にいたか? とヴァイスは思い、チラっとその爆発音が聞こえる場所に目を向ける。

 そしてヴァイスの目に映ったのは、白髪の少年と、金髪の少女が暴れながら前進している姿だった。

 

 「あれは師匠………それにフェイト嬢ちゃんか。やっと来てくれ―――オオゥ。エミヤさんは相変わらず容赦のねぇ無双っぷりだなぁ。特に非殺傷設定の必要としない相手だといつにも増して凄まじいぜ」

 

 白髪の少年エミヤは右手に握られたハンティングナイフを巧みに使いこなし、傀儡兵の急所である首などを掻っ捌いていく。

 斬られた傀儡兵は膝を地面に付き、動きを止める。エミヤはそれに念を入れて、幾つもの黒鍵を機能を停止している傀儡兵一体一体に投擲した。

 機能を停止させられた傀儡兵が避けれるはずもなく、呆気なく黒鍵の刃に胴体を貫かれた。その手順を高速的かつ滑らかな動きでエミヤは執行していく。

 

 ド派手な魔法も使わず、人を魅了する剣技も魅せず、ただ的確に相手を殺す(壊す)技術。いつ見ても畏怖と敬意が同時にくる手際の良さだ。

 元々エミヤは魔導師ではなく、非殺傷設定を持たない。故に彼は相手を殺さぬよう最小限の損害で拿捕するスタイルを確立している。だからこそ、彼本来の戦闘技術を目にすることは滅多にない。

 普段のエミヤは敵が魔導師であればデバイスを破壊し、質量兵器保持者ならば質量兵器を破壊して無力化して仕留める。得物も質量兵器を超える概念武装、魔道具などを多く所持しており、無暗に使えるようなものも少ない。

 だが今回の相手は鉄の塊だ。それらを考慮する必要は全くない。しかしあれで片腕を使っていないのだから恐れ入る。フェイトも流石は推定魔導師ランクAAA。ダメージも疲労も残っているだろうに傀儡兵を一切寄せ付けない。戦闘力の高さはかなりのものだ。それに攻撃自体に無駄な迷いが無い。彼女も無事立ち直れたようだ。

 

 《すまない皆。遅くなった》

 

 エミヤの声が脳内に直接響く。これは、念話だ。それもこの場にいる全員に向けて発せられている。

 

 《いやいいんすよ。事情はなのは嬢ちゃんに聞いています》

 《ちなみに自分達は全然問題無いですから、俺らのことは気にせずさっさと先に行ってくださいエミヤ副長》

 《早くしないと執務官に手柄取られまていまいますよ?》

 

 エミヤの念話越しの謝罪に皆は軽く返す。

 

 《………分かった。では、此処は任せたぞ》

 

 エミヤはクロノと似た言葉を武装隊員全員に伝え、フェイトと共に前へと突き進む。

 それを見送ったヴァイス達は念話で会話を弾ませる。

 

 《また恰好つけちまったなぁ》

 《いいじゃんいいじゃん。役得だと思っておきなよ》

 《ああ。脇役の意地ってもんを見せてやろうぜ!》

 

 皆は笑う。この戦場にも等しい場所でも彼らは笑顔を絶やさない。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 プレシアの居場所へと繋がる扉を護るイヴと、そのプレシアを捕縛せんと向かうクロノは互いにぶつかり合う。

 戦いの火ぶたを切ったイヴはまず自分の土俵である近接戦闘に持ち込んだ。さらにオールマイティーの魔導師と名が知れているクロノ・ハラオウンだが、大本は遠距離戦を主とするミッドチルダ式を扱う魔導師。近接戦、特に一対一での戦いに最大の能力を発揮するベルカ式を扱う騎士よりも接近能力は劣っている筈だ。

 西洋剣レイピアを模様した右腕がクロノの生動脈を迷わず狙う。

 質量が軽く、先端が鋭く尖ったレイピアは突き専門の剣だ。さらに高速振動を与えることにより実物の物とは別次元の突貫力を発揮する。

 初撃の突きをクロノは最小限の動きで回避する。そしてレイピアを突き切ったイヴの懐に潜り込み、近接魔法ブレイクインパルスをがら空きになった腹部へ見舞おうとするが―――イヴは余裕のある表情を崩さない。

 

 「甘いですね」

 「――――――ッ!」

 

 悪寒が背筋に走ったクロノは高速振動を発している腕を引っ込めて、バックステップを取り距離を置く。

 そして、クロノは見た。彼女の腹部にある黒いワンピースが、幾つもの武具の矛先に変化しているのを。あのまま掌底を腹部に当てていたらクロノの腕も唯では済まなかった。

 

 「………その服もナノマシンで作られているのか。大したものだ」

 「私に簡単に触れられると思ったら大間違いですよクロノ執務官。私、えっちぃの嫌いですから」

 「僕はその手の冗談が嫌いでね。真面目に戦ってくれるとありがたいのだが」

 「どうだか。貴方の顔ってエロゲの主人公みたいですから油断できません」

 「君は僕を本気で怒らせた」

 

 唇を軽く引き攣らせたクロノは自身の背後に五本もの蒼く光る剣を出現させる。

 それには一つ一つ魔方陣が付加されており、貫通性も高いと見える。

 クロノは五本の蒼剣をイヴに向けて躊躇なく放った。

 

 「GUARDIAN(ガーディアン)

 

 左手を盾に変化させて蒼剣五本を難なく防ぐ。

 

 “大した貫通性ですが、私の盾は特別性です。そう簡単には破れません”

 

 イヴはクロノの魔法を高く評価するが自分には及ばないと判断した。攻撃を全て防ぎ切ったイヴはクロノに再度接近する。

 

 「そう二度も敵の土俵で戦う程、僕も馬鹿じゃないよ」

 

 接近するイヴから逃れるためクロノは空へと上がる。全身凶器相手に近接戦闘が分が悪く、何が出てくるか分からない未知の相手なら距離を取り、回避範囲が広まる空へと向かうのは当たり前の行動だ。なにより、

 

 「………貴方は空戦AAA+の魔導師でしたね。今度は自分の土俵で勝負を挑むということですか」

 「当然だ。一体何処の世界に、好き好んで相手に合わせて戦う馬鹿がいる」

 「………ならば、私は貴方の言う馬鹿に入る部類なのでしょうね」

 

 クロノを見上げるイヴは妖艶と笑う。そして、イヴの周りに異変が起きた。

 彼女の周辺から光が発生し、その光が彼女の肩甲骨へと集まっていくのだ。

 

 「純白の翼とは、なかなか様になっているな」

 「少女の多くは天使に憧れます。それはクローンの私でも変わりません」

 

 光が形成したのは二翼の大きな翼だ。ジュエルシードを奪取された際に魅せた、あの翼。

 クロノは不覚にも美しいと思った。蟠りもない、濁りもない。純粋な白で創られた天使の羽。そしてその翼を纏う少女もまた、天使と称されるのも相応しいと思えた。

 

 「私は金色の闇のクローンではあるけれど、自分で自分を人形だとは思っていません。創造主プレシアは私を人形という目で見ていますが、そんなことはどうでもいい。肝心なのは自分が今『生きいる』こと。こうして『感情』を持ち『意識』を持っていることです。それを自覚しているのであれば、他人の目線など気に止めるほどのものではない。創造主のために玉砕する気もありませんからね。まだ、外の世界も見たいですから」

 「なら大人しく捕まってくれないか? そうすれば多くの世界を君に魅せることが出来る。君はフェイトと同じで、大きな罪には」

 「あまり私を軽く見ないでください。プレシアは仮にも私を生んだ人間です。その恩人からの最後の命令。それは外敵を迎え撃ち、足止めすること。故に、貴方に簡単に屈するわけにもいきません。時間稼ぎを十二分熟すまで付き合ってもらいます」

 

 翼を羽ばたかせ、イヴはクロノと同じ空のステージへと上がる。

 

 「そうか………しかし、本当に残念だ。君のような人間と相対するのは私情で言えば嬉しい。しかし、僕は執務官であり、プレシアの捕縛を任されている。それらを踏まえれば、今僕の前に立ち塞がっている君は単なる邪魔な存在でしかない」

 

 クロノはS2Uを構え、周りに蒼い蒼剣を先ほどの十倍ほど出現させる。

 

 「押し通らせてもらうよ」

 「阻止します」

 「僕“達”がね」

 「僕…達? 何を言って………――――!!」

 

 耳に聞こえる風を斬る音。あらゆる物を破壊しながら突き進んでくる激震。空に滞在しているイヴは地上で大きな揺れを起こしていることに気が付かなかった。

 

 「君は知っているかい。『正義の味方』は遅れてやってくるというものを。尤も、あいつはそれを嫌っているけどね」

 

 クロノが言葉を言い終えると同時に、入り口の巨大な扉が盛大に破壊される。

 扉を破壊したのは巨大な大剣だ。

 黒く、大きく、山をも斬れると思われるその大剣は、扉を破壊するだけでは飽き足らず、勢いを殺さずイヴの元へと直進する。

 

 「―――――くっ!」

 

 呆気にとられたイヴはすぐに正気を取り戻し、回避行動を取った。

 巨大というのも馬鹿らしい大剣はイヴに直撃することなく壁に突き刺さり、やっとのことで動きを止めた。

 

 「非常識だろ? それは虚・千斬切り拓く翠の地平(イガリマ)と言ってね。あいつが持ち得るびっくり質量兵器の一つさ」

 

 イヴは息を飲んだ。

 

 「大人げないと言ってくれても構わないよ」

 

 埃の舞う入り口から現れたのは、二人の小さな影だ。次第に埃が晴れ、その二人の姿が確認できた。

 一人は肌が浅黒く、白髪の少年。黒いコートを纏い紅いマフラーを首に巻いている。もう一人は、金髪の長髪を二つに分けて括り、紅い眼を持つ魔導師の少女。なんかすっごく怯えた表情をしている。自分にではなく、仲間である筈の白髪の少年を見て。

 

 イヴは彼らを見てギリっと奥歯を噛みしめる。クロノ一人だけでも厄介だというのに、このタイミングで現れるのか。

 

 「エミヤシロウ………それに、フェイト・テスタロッサ……――――!!」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「ふむ。たまには豪快に突き進むのも悪くない」

 

 エミヤは清々しい表情(かお)でうんうんと頷く。

 先ほど投影したのはイガリマ。英雄王ギルガメッシュが宝物庫に貯蔵していた武具の一つだ。記憶が曖昧だから思い出せないが、よくあんなものを撃たれて生きていたものだ、昔の自分は。

 

 「しかしまぁこんな狭いところで使うのはちょっと無理が……どうしたフェイト。 何故オレを見て怯えている。え、いや待て。どうしてそんなに距離を取ってるんだ?」

 「シロウ…怖いよ………」

 「なんでさ!?」

 

 馬鹿な。ここに辿り着くまで名前で言い合えるほど打ち解けてくれたフェイトが何故今になって距離を取ってくるんだ。

 

 “あれか。やっぱり髪型がオールバックなのがいけないのか? それとも鷹みたいに鋭い眼だから怖がっているのか? いやそれは今に始まったことでもないし違うと祈りたいが…………”

 

 「君が彼女の前でワイルドなことをしたからだよ。あんな馬鹿デカい対艦刀級の質量兵器をぶん投げたら誰でも怖がる」

 「クロノ………いたのか」

 「今展開している蒼剣で串刺しにされたいのか」

 「冗談だ、冗談。で、クロノはそこにいる少女と対決中か?」

 「まぁね。彼女の名はイヴ。ここの門番みたいなものだ。この先にプレシア・テスタロッサがいる」

 

 なるほど、とエミヤはイヴを見る。背中に生えている翼を見る限り、ジュエルシードを奪った人間だと判断できる。それにクロノを足止めできる実力からして、戦闘力も高いようだ。しかしなのは達が総出でかかれば何とかなるはずだが……。

 

 「………そういえば彼女達の姿が無いな」

 「最上階にある駆動炉を止めに行かせた」

 「恰好でもつけたか?」

 「効率を考えて行かせたまでだ」

 

 効率か。なるほどクロノらしい作戦だ。自分も同じ立場なら同じことを指示していただろう。

 

 「………彼女達は駆動炉に辿り着けません」

 

 会話を聞いていたイヴはエミヤを見下しながら断言する。

 

 「何故だ。 彼女らは強い。A級の傀儡兵などで倒せるほど弱くはないぞ」

 「A級傀儡兵……だけではなかったらどうなのですか?」

 「……………」

 

 その言葉を敵のハッタリだと一蹴できれば気が楽なのだが、なのは達が向かった場所は時の庭園の重要区、命ともいえる駆動炉だ。そこに単なる傀儡兵だけが配置されているわけがない。イヴがそのことを教えたのは此方の戦力を割くためであろう。彼女は高い戦闘力を有しているが、クロノ、エミヤ、フェイトの三人を相手取るほど圧倒的な力を持っていないと見える。

 

 「仕方がない。駆動炉にはオレが」

 「私が行きます」

 

 駆動炉に向かうとエミヤが言おうとしたら、フェイトが割って入ってきた。

 

 「………いいのか。寄り道などして」

 「アルフにも、なのはにも………私はずっと助けられてきた。だから、今度は私が彼女達を助ける番。その後に、母さんの元に向かいます」

 「随分と欲を張ったものだな。まぁ、そう自分で決めたのならオレは止めはしない」

 「―――はい!」

 

 フェイトは嬉々として最上階へと繋がる階段を自慢のスピードで飛んで行った。

 

 「僕の知らない間にだいぶ仲が良くなったみたいだね」

 「オレとしては二人目の娘ができた気分だ」

 「君の過去を知る僕がその言葉を聞くと、本当に複雑な気分になるよ」

 

 エミヤとクロノは改めてイヴを見据える。

 

 「さぁ、2対1ではあるが……君はどうする?」

 「魔導師殺しではなくフェイトが駆動炉に向かったのは誤算でしたが、関係ありません。力の限り足止めさせていただきます」

 「その心意気は買おう。だが、オレ達を同時に相手にして時間など稼げると思うなよ」

 

 エミヤは高く跳躍して、クロノが展開した魔方陣の上に乗る。二人が横に並び、彼らの周りには銀と蒼の武具が百を優に超えるほど出現する。そしてその剣軍の中には先ほど多大な威力を発揮したイガリマもあった。

 

 「此方とて易々と突破されるわけにもいきません。魔導師殺し、アースラの切り札。私は其処らにいる凡兵とは格が違うというのをお見せしましょう」

 

 対するイヴは髪も、腕も、足も、全て武具へと変える。戦闘を放棄せず、負けない覚悟を持って彼らと相対する。少しでも、一秒でも長く足止めするために。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 駆動炉の封印を任されたなのは一行は傀儡兵に足止めを食らっていた。重要機関を護るだけあって、他の傀儡兵とは出力の高さが段違いの精鋭に彼女達は苦戦している。

 攻撃の要であるなのははフェイトととの戦闘で消耗した魔力も体力も回復し切れていない。故に残された魔力を節約しながら戦い抜いているのも攻めきれない要因の一つだ。

 

 「チェーンバインド!!」

 

 魔力の節約が目的であったフェレット形態を解いたユーノは全力で魔法を振るっていた。腕から幾つもの鎖を放出し、傀儡兵を一気に縛り上げる。

 

 「千切れろ!」

 

 その縛り上げた傀儡兵を絞め殺す気でバインドを収縮していく。

 結果、傀儡兵の鎧は悲鳴を上げ、歪に捻じ曲がる。最終的には強度に限界が訪れ、肢体がバラバラに千切れ木端微塵。捕縛用のバインドも使いようだ。

 

 「ハッ、可愛い顔に似合わずエゲツナイねぇ」

 

 同じく人間形態となっているアルフの拳が傀儡兵の頭部を捻りあげる。

 

 「君に言われたくない……よっと!!」

 

 重装型は流石に破壊できないと判断したユーノはそのまま鎖を巧みに操り壁にめり込ませる。

 

 「これ借りるよ」

 

 なのはが破壊した傀儡兵が所持していたランスをチェーンバインドで手繰り寄せ、

 

 「アルフ!」

 「あいよ!」

 

 それをアルフに放り投げた。槍を受け取ったアルフはそれを先ほどユーノが壁にめり込ませた重装型の傀儡兵に向けて投擲し、串刺しにした。

 

 「駆動炉はまだまだ先だよ! こんなところで足止め喰らってちゃ何時になっても辿り着けやしない!」

 「そうは言ってもこれだけの数、僕達だけじゃ対処仕切れないって!」

 

 愚痴を言い合いながらも駆動炉へと向かう。

 

 「二人とも、こっちに来て!!」

 

 なのはの叫びにユーノとアルフはきょとんとする。しかし、彼女の焦りようからしてただ事ではないと理解した。四の五の言わず二人はなのはのいる場所まで上昇した。

 

 アルフとユーノがその場を離れた瞬間、先ほど自分達がいた場所に一閃の光が通り過ぎていった。その範囲、ディバインバスターの二倍はある。もし自分達があのまま戦っていたら塵となっていただろう。なのはの危機感知能力に助けられた。

 

 「傀儡兵、というか巨兵だね。プレシア・テスタロッサは一体どんだけこの要塞に傀儡兵を隠し持っていたんだ。それもバリアが強力なタイプだ」

 「もうこれ一個師団は作れる規模だね。いったいどこにこんな金が在ったんだか。呆れるよ、全く」

 

 砲撃の軌跡を辿ると、壁に大きな穴が出来ていた。そしてその穴の開いた壁を崩しながら現れたのは巨大な傀儡兵だ。大きさは重装型の比ではない。その巨体はまさにサイコガン〇ム。全身重火器を背負っている化け物。傀儡兵の分類でいうなれば巨兵レベルだ。

 

 『■■■■■』

 

 巨兵は全砲門を侵入者三人に向ける。

 

 ―――不味い。これは、まずい。

 

 ロックオンをされているのが肌で分かる。あの蒼い機械仕掛けの目が此方を隈なく視ている。ロックオンを済ませた後の工程は唯一つ。

 

 ―――引き金を引くだけだ。

 

 巨兵の持つ全砲門が口を開く。しかも既に魔力の充填は終えられている。ずっとスタンバイしていたのか。

 

 「やってくれるね………!」

 

 悪態をつかずにはいられない。

 

 「なのは、アルフ! 僕の後ろに!!」

 

 しかしユーノ・スクライアとて防御特化型の魔導師。

 

 「重なれ、守護の鏡。魔法障壁三重奏!!」

 

 向かってきた熱射砲を防ぐためにユーノは自慢の防御障壁を形成する。

 丁寧に、魔力の循環を制御して、綻びのない絶対的な防御。

 

 熱射砲がユーノの防御障壁に激突する。

 重く、熱く、手が溶けるのではないかというほど熱量を誇る熱射砲を、ユーノは受け止める。

 

 「く、うぅ…………!!」

 

 一層目の魔法障壁が砕かれる。

 

 「―――がぁ!?」

 

 二層目の魔法障壁も割られる。

 

 残りは一枚。

 ユーノは全魔力を残る魔法障壁に注ぎ込む。

 真緑が白く見えるほどの輝きを放つが、それでも現実は非情である。

 

 「クソッ!!」

 

 ヒビが、亀裂が残りの一枚に入った。

 敵の火力がユーノの絶対防御を上回った。

 

 「ユーノ君!!」

 「小僧!!」

 

 どれだけ誓いを立てても、覚悟をもってしても、自分の貧弱な力では抗えないというのか。

 

 “せめて、二人をこの射線上から転移させる………!!”

 

 そんなことを考えていたユーノだが、ふっ…と押されていた火力が弱まったのを感じた。何故か知らないが、これなら――――いける!

 

 巨兵の火力が薄まった隙をついてユーノは綻びかかった箇所を急速に補強していく。そして、一分は掛かったであろう攻防で、ユーノは二人を護り抜いた。

 

 「ッハァ―――ッ―――ハァ………!」

 

 多くの汗を流し、麻痺する腕を垂らしながら、ユーノは巨兵を見る。何故火力が落ちたのか見極めなければならなかったからだ。機械が対象に対して加減するはずがない。ならば、何故。

 その理由は、巨兵の周りに纏わりついている雷撃で、理解できた。

 巨兵はバリアを展開している。そして周りには砲撃の残留痕の雷。それから導き出せる答えは、

 

 「フェイトちゃん!!」

 「フェイト!!!」

 

 ―――フェイト・テスタロッサが、復活したことだ。

 

 フェイトはなのはの隣に舞い降り、巨兵に向かってバルディッシュを構える。

 

 「行くよ、なのは」

 「―――うん!」

 

 フェイトの声に、なのはは涙目で頷いた。それほど嬉しいのだ。彼女が立ち直ったことが。

 

 「………これで、あの巨兵も何とかなるね」

 

 ユーノは彼女達を見てそう確信した。あの二人にかかれば巨兵もただの雑兵に過ぎない。自分も何かサポートをしてあげたいが、返って邪魔になりそうだ。とにかくユーノがいうべきことは唯一つ。

 

 「………アルフ。僕のマントで鼻かむの止めてくれない?」

 「だって、だってぇぇ!!」

 「いや嬉しいのは分かるけどさ……あ、ちょ、あああ」

 

 激しい戦闘を余所に、ユーノは鼻水だらけになった自身のマントの切れ端を見てガックリ首を落とす。

 

 「僕の一張羅なんだけどなぁ………わぷ」

 

 背後から大きな魔力の余波と爆風が押し寄せる。どうやら戦闘に決着がついたようだ。ちょっと目を離しただけで戦闘が終了するとは、流石としか言いようがない。

 

 「さて、あとひと踏ん張りかな」

 

 フェイトも立ち直り、なのはとアルフも元気になった。

 

 実にいい流れだ。

 

 このまま上手くことが運べば、何とかなる。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 「………派手にやらかしたな」

 

 ぱらぱらと天井の外装が崩れ落ちるのを見て、エミヤは呆れたように呟いた。

 先ほどの大きな振動は、間違いなく砲撃魔法の影響だ。それも一人ではない。最低二人が同時に放たなければ、これほどの振動にはならない。なにより、魔力の余波がここまで伝わって来ること自体異常なのだ。

 

 「彼女達の方は順調に事が運んだようだね。艦長もジュエルシードを抑えてくれている。僕達も急ぐとしよう」

 

 多くの戦闘痕が残された部屋で二人の男は頷き合う。次元断層はリンディが抑え、駆動炉はなのは達が向かっている。ならば、残る仕事はプレシアの捕縛のみだ。

 

 「思いのほか、時間を喰わされたものだ」

 

 彼らの辺りはもはや原型を留めないほど荒れた戦闘痕が残されていた。

 多くの武具が地面や壁に突き刺さり、大きく破壊された戦闘の跡がイヴとの戦闘での壮絶さを物語っている。

 

 「まさか、三分も足止めされるとは思わなかった」

 「彼女に逃げられたのも失態だったな」

 

 三分。それは感覚的に考えれば短いのかもしれない。しかし、エミヤとクロノ二人を相手して三分も足止めできた。いくら彼女が防御、回避を重点的にしていたとはいえ、それは異常だ。しかも時を見計らって逃走する手際も文句のつけようがなかった。

 相手は目的を果たしてこの場を離れた。これは、敗北したと判断してもいいだろう。

 

 「「―――――――」」

 

 エミヤとクロノは立ち止まる。彼らの眼先には『閉鎖』と記されている分厚い壁が立ち塞がっていた。

 

 「解析(トレース)開始(オン)

 

 その壁にエミヤが手を当て、強度と内部構造を分析する。

 

 「………高度な科学技術に高レベルな魔術式で編まれた複合素材。ここまで護りが硬いとは恐れ入る」

 「君の宝具があればなんとかなるだろ?」

 「簡単に言ってくれる」

 

 エミヤはクロノに離れてろ、と言おうとしたが、アイツはもう既に遠ざかっていた。

 流石、付き合いが長いだけはある。

 エミヤは心を落ち着かせ、何千もある宝具の中から“破壊”に適した宝具を探り寄せる。

 片腕でも扱え、この堅い壁を破壊できる宝具。

 

 「投影(トレース)開始(オン)

 

 剣の丘から選ばれたのは古代ギリシャの大英雄ヘラクレスが所持していた巨大な斧剣。それを片腕で持ち上げるとなると、今のエミヤでは到底為し得なることはできない。だが、戦闘経験の他にも筋力も投影することができるエミヤにとって、そんな些細なものは障害にもならない。

 

 「投影(トリガー)装填(オフ)

 

 ヘラクレスの筋力を腕に投影し終え、構えを取る。

 

 「全工程投影完了(セット)

 

 至らないところは強化魔術で補強し、誤魔化す。

 

 「是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)……!!!」

 

 弾を込められた銃器の引き金を引くように、エミヤは放った。

 音速で繰り出される高速九連撃。

 対象の分厚い壁は、ヘラクレスの剣戟の前では紙屑同然。何の問題もなく、絶対的な強度を誇っていた壁は吹き飛ばされた。

 

 「………相変わらず、宝具の威力は凄まじいな」

 

 久方ぶりに見るAランク級の宝具の真明解放。その威圧感と圧倒的な破壊には恐怖の念が強く出る。こんなものを殺傷設定で喰らえば肉片一つも残らないだろう。

 

 「この身体だと負担が大きい。それに管理局の法を考えれば、易々と使えたものではないがね」

 「当たり前だ。こんなものを易々と使われてたまるか」

 

 エミヤは斧剣を担いで、切り開いた出口を出る。クロノもそれに続く。

 そして彼らが最初に目にしたものは、プレシア・テスタロッサだ。やっと目標に到着したらしい。

 

 「どうして、こうも邪魔してくるのかしら」

 

 二人は出会い頭にプレシアから雷撃を放たれる。各々散開して雷撃を払い、地面へと着地する。

 

 「私は取り戻したいだけなの! 私とアリシアの過去と未来を……!! 取り戻したいだけなのよ!!! こんな筈じゃなかった世界のすべてを………!!!!」

 

 あるかどうかすらも分からない、曖昧な存在に縋り、全てを委ねようと、取り戻さなければならない過去がある。だというのに、どうしてこうも邪魔をするのか。

 

 「「ふざけるな!!!」」

 

 エミヤとクロノは額の血管を浮かばせて、怒鳴りつける。

 

 「世界は、いつだって……こんなはずじゃないことばっかりだよ!! ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ!! こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だ! だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間を巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!!!」

 

 現実逃避など一人でやりたいだけやればいい。だが、その現実逃避、自分の身勝手な悲しみに、無関係な人間を巻き込んでいい、などという狂った考えが許されていいわけがない。

 

 「たとえ過去をやり直せたとしても――――それでも、起きた事を戻してはならない。何故なら、そうなったら嘘になるからだ。あの涙も、あの痛みも、あの記憶も――――今まで胸を抉った、あの現実の冷たさも。アンタはそれでいいのか? プレシア・テスタロッサ」

 

 プレシアだけではない。他の人間も、辛いことを経験し、それを糧として成長していく。多くのモノを背負って、生きていく。

 そして、それらをやり直すということは今まで味わってきた痛み、記憶、涙が全て嘘ということになってしまう。それは、果たして許容できることなのか。

 

 「貴方達が何を言おうと、私の信念は曲げられないわ」

 「…………」

 

 もう彼女はアルハザードというおとぎ話の楽園しか見えていない。人の話は聞けても、自分の都合の悪い言葉は、全て理解できないようになっているのだろう。

 エミヤは斧剣を地面に突き立て、盛大に溜息を吐いた。

 

 「………正直言って、オレはアンタの信念を今更変えられるなんてことは端から思ってはいなかったさ。だが、人の言葉を聞くだけの知能はまだ残っていたみたいだな。安心したぞ」

 「人を小馬鹿にするその態度、気に入らないわね」

 「そう怒るな。今からオレ達がどうこう言うつもりはない。ただ、」

 

 エミヤが天井に指を指す。プレシアはその指先を見上げると、驚愕した顔を露わにした。

 プレシアが人形と断じて捨てたフェイト・テスタロッサが、自分の元へと戻ってきたからだ。

 

 「フェイトがアンタに言いたいことがあるそうだ。黙って、潔く、聞いてやれ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 プレシアの前に降り立ったフェイトは、今までにない力強い瞳を持って、母を見る。

 

 「もう、貴方は用無しだと言ったはずよ」

 

 拒絶した態度をプレシアは崩さない。そして、目が語っている。見るのも嫌だと。さっさと失せろと。

 それでもフェイトは退こうとしない―――後悔だけは、したくないから。

 

 「シロウの言った通り、私は貴方に言いたいことがあって此処に来ました」

 

 フェイトの声が、静かに、響く。

 

 「私は―――貴方に生み出してもらって、育てて貰った……貴方の娘です」

 「ククッ…ハハハハ……随分と生意気なことを言えるようになったわねぇフェイト。つまり何、今さら貴方を娘だと思えばいいの?」

 「貴方がそれを望むなら。私は、例えどんな外敵からも、どんな出来事からも、貴方を護り抜きます。それは、私が貴方の娘だからじゃない。貴方が、私の母さんだから……!!!」

 

 言い切った。フェイトは、自分の心に秘めた思いを、全て母に伝えきった。

 対するプレシア・テスタロッサは、フェイトの言葉を聞いて、

 

 「本当に下らないわね」

 

 冷たい眼で、一蹴した。

 

 「―――――ッ」

 

 フェイトは泣きそうになったが、泣かなかった。全て覚悟した上で、来たのだから。

 

 「………ハァ!!」

 

 いきなりプレシアは地面に向かって魔方陣を作り出した。そして、魔力を一機に垂れ流す。その魔力の流れが奪取されたジュエルシードに注ぎ込まれる。

 

 「しまった………!」

 

 クロノはすぐさま門前で戦っているヴァイス達と、駆動炉にいるなのはとユーノに退避命令を出した。今までリンディによって抑えられていた次元断層が、先ほどプレシアが流した魔力の後押しによって再発したのだ。被害は時の庭園だけに収まるだろうが、それでもその時の庭園にいる自分達は無事では済まされない。すぐに脱出しなければ全員仲良くあの世逝きだ。

 

 「母さん!」

 

 その中で、事態を招いたプレシアは次元断層の渦へと落ちて行った。

 最後までアリシアが容れられている保存容器を抱いて。

 その後を追うようにフェイトも――――飲み込まれなかった。エミヤがフェイトを担いで、その場を迅速に離れたからだ。

 

 「………我慢する必要はない」

 

 小さな身体を抱いて、エミヤは転移地点まで皆と走る。

 

 「今は泣きたいだけ、泣けばいい」

 

 フェイトはエミヤの胸に頭をうずくめ、盛大に泣いた。崩壊する時の庭園に負けない、大きな声で。辛さを、悲しみを、全て吐き出すかのように。

 

 


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