『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第23話 『ヴォルケンリッター』

 戦いとは血が滾るもの。死闘とは命を賭けるもの。勝利とは、なにものにも代えがたい美酒であるもの。ベルカの騎士達が掲げる戦への情熱は、その美酒を飲むために他ならない。

 

「万策尽きたようだな」

 

 百足の使い魔を屠った女性騎士シグナムは剣を鞘に納め、フード男を見下す。

 彼女は勝者となったというのに、胸熱い高揚も、勝利への余韻も抱かれなかった。それほどこの男との対決がつまらなかったのだ。

 圧倒的勝利に何がある。ただ弱者を斃して何が誉れか。

 

 “所詮は武器頼りの召喚師。元より敵ではないと分かっていたが、こうまで呆気ないとは流石に落胆せざるを得ないな”

 

 血の滾る戦をしてみたい。己の命を賭した誇りある死闘を吟じたい。騎士としての性は全く満足していない。それが酷くモドカシイ。

 

 「………何を馬鹿なことを考えているんだ、私は」

 

 次第に力が籠っていく手の力をゆっくりと彼女は抜いた。

 己がどうしようもない戦闘狂というのは自覚している。なればこそ、己の感情くらいはコントロールしなければ、もはや騎士ですらない。ただの蛮族に等しい。

 

 “何のために主の命令に反した行いをしていると思っている。今我らが闇の書を完成させようとしているのは、主はやての病体を治すため。決して強者と戦うことなのではない”

 

 幼く、優しい新たな主「八神はやて」。彼女の病体は日に日に悪化している。それを治すためにヴァルケンリッターは闇の書の完成を目指している。あの絶対的な力さえあれば、一人の少女の命を救ってくれるのだと信じて。

 

 「ぬ…グ……貴、様……!!」

 

 肺の底から唸る声に彼女は我に返った。

 それと同時にシグナムは自分自身を情けないと断じた。

 戦闘不能にまで追い込んだとはいえ、敵の前で気を逸らすなど愚かな行為。さらに私欲まで出ようとは……皆に知られたら笑われる。

 

 「まだ意識が残っていたか。いっそのこと気絶していた方が楽だろうに」

 「お…の……れ……!」

 「残念だが、勝敗は決した。貴様が己を誇りある人間と思うのであれば、潔くこの結末を受け入れてもらう。それでは、約束のモノを頂いて行くぞ」

 

 シグナムは男の胸ぐらを掴み、片手で持ち上げる。

 空いた左手をバキバキと音を鳴らし、リンカーコアが存在する胸の中心を穿とうとしたその時、

 

 「――――ッ!?」

 

 シグナムの第六感が背筋に冷たい危機感を感じさせた。

 自身の感を疑わず信じたシグナムは男の蒐集を中断し、彼を放り投げる。そしてシグナムは咄嗟に身を屈めた。

 間一髪、先ほど自分の頭部があった場所に一閃の光球が通り過ぎて行った。あのまま立っていたら綺麗なヘッドショットを喰らっていただろう。

 

 “魔弾か!!”

 

 屈めた姿勢を立て直し、シグナムはレヴァンティンを両手で握り構えを取る。

 

 “狙撃手。それも、相当の手練れ………”

 

 シグナムの補足範囲外からの狙撃であるのなら、最低一㎞は離れている。狙いも見事であり、一寸のブレもなく頭を狙っていた。命中精度はエース級と見ていい。

 

 「この男(召喚師)の仲間か。もしくは管理局の連中か―――少々厄介だな」

 

 今自分がいる場所は遮蔽物のない砂漠エリア。狙撃手の位置は森林地帯であり、詳しい居場所が特定できない。さらに距離は一㎞以上ある。

 これでは狙撃手にとってシグナムはまさに恰好の的。得物でしかない。

 

 “近接戦を基本とするベルカの騎士にとっても不利以外のなにものでもないか”

 

 それに狙撃手に狙われているこの状況では召喚師のリンカ―コアを蒐集することができない。無理してしようものなら漏れなく魔弾がプレゼントされることだろう。

 

 “………ここは深追いせず退くか。戦略的撤退だな”

 

 実に口惜しいが、背に腹は代えられない。引き際を弁えぬことは二流以下だ。

 シグナムは追跡阻害の魔法が掛かった転移魔法を発動し、姿を消した。

 

 

 ◆

 

 

 

 「ここ最近の女性はレベルが高い………物理的に」

 

 一撃目を避けられ、さらに逃亡されたヴァイスは溜息を吐く。

 あのPS事件以降えらく化け物じみた戦闘力を持った女性が現れるものだ。まともに狙撃が成功した試がない。唯一無二の自信を無くしそうだ。

 

 “女騎士には逃げられたようだし、俺もいつまでもこんなところでスコープ覗いてるわけにもいかねーな”

 

 ヴァイスは女騎士がこの次元世界を離脱したことを悟り、血まみれになった捕縛目標の元へと向かった。

 

 先ほどまであの女騎士が立っていた場所に到着したヴァイスは、まず女騎士が使った転移魔法の追跡痕を辿れるかどうか調べる……が、やはり追跡術式に対する阻害魔法が掛けられており、足取りを追うことはできなかった。

 ヴァイスはしかたなく放置された捕縛目標にかけ寄り、その状態を見る。

 

 「あちゃー、こりゃヒデェ。バリアジャケットもズタボロだな。どんだけ高い切れ味持ってたんだよあのベルカ式のデバイスは」

 

 完全にのびている捕縛目標の外装はまるでチーズでも切ったかのような、非の打ちどころのない殺傷跡が多数見受けられる。とても痛々しい。このような目には逢いたくはないものだと他人事のように思う。

 

 “見た目以上に傷が酷くないところを見るに、非殺傷設定はちゃんと入れてたようだな。それでもこのダメージとは………騎士としての実力は上位レベルと見て間違いない”

 

 ヴァイスは封印術式が組み込まれた手錠を召喚師に取り付け、完全に無力化したことを確認し、治療符を何枚か彼の体に貼る。

 

 “彼女が何者なのか。何の為に次元犯罪者と戦闘をしたのか。不明な点が多すぎる………嗚呼、クソ。考えなしに撃っちまったのは失敗だったな。警告するなり何なりして情報を聞き出すべきだった”

 

 それに犯罪者かどうか定かではない女性を無警告で撃ってしまったのも問題だ。

 サーチャーが付いてきてなくてよかった。記録に残されでもしたら師匠に何言われるか分からない。

 詳しい事情は気絶させてから聞く、という考えも陸の連中に言ったら「お前は馬鹿か」と言われそうだ。てか海の連中でもたぶん言う。

 

 「難しいことを考えるのは苦手なんだよなぁ。ま、何はともあれ任務完了だ。詳しいことはアースラに帰還してから調べればいい」

 

 ヴァイスは気絶している召喚師を背負い、ロストロギアの杖も回収する。

 色々あったがこれで任務は達成できた。後はアースラに戻り、この一件を報告するだけ。あの女騎士の正体も直に調べがつくだろう。

 

 しかし、まぁそんなことよりも、

 

 「あの女騎士………可愛かったなぁ」

 

 凛々しく、雄々しい表情にナイスバディーな容姿。

 長い長髪や胸にメロンでも付けてんじゃないのかと思えるほどの巨乳。

 チラッと見えるふともも。

 

 ―――最高だ。

 

 “もしあんな人が上司だったら姐さんと呼んでるね。いいねぇ、あのピリっとした雰囲気超好み。できれば犯罪者でないことを祈ろう。そして次あった時は是非お近づきになりたいぜ”

 

 ヴァイスは妄想を膨らませながら、アースラに帰還した。

 そして彼は知ることになる。

 ヴァイスが目撃した女騎士は、ロストロギアの中でも上位の危険性を持つ「闇の書」を護るために存在する、魔法プログラムであるということを。

 

 

 ◆

 

 

 蒼い守護獣と黒に塗れた騎士は高層ビルの屋上で幾つもの拳戟が繰り広げられていた。

 辺りに被害を与えないために空間隔離の広域結界を綺礼が使用し、その閉じ込められた恐ろしく静かな空間の中で、二人は打撃の鈍い音を響かせ合う。

 

 「テォラァァァァ!!」

 

 ザフィーラは獣特有の馬鹿力と俊敏性を活かした猛攻を綺礼に叩き込む。

 しかし、彼に対して有効打が何一つ与えられない。剛を柔を持って受け流し、全て対処されるのだ。

 

 “この男、やはり強い………!!”

 

 今のところ苛烈な攻防に見えるが、ザフィーラも綺礼もまだまだ本気を出していない。敵の技術を知り、魔法を知り、実力を知る。そして徐々に力を出していく。

 

 「―――シッ!!」

 

 拳のラッシュを続けていたザフィーラは不意にノーモーションの横薙ぎの蹴りで綺礼の顔面を狙う。

 魔力の込められた強烈な蹴り。スピードもある。さらに動作を一切省いた奇襲だ。

 

 ―――パァンッ!

 

 空気を切り裂く鋭い蹴りを綺礼は無表情で腕を顔の横に滑らせ防いだ。

 

 “表情を殺して戦闘を熟すか。何を考えているか全く予想ができんな。不気味かつ厄介な男だ。戦いに対する高揚も、悦びも、気迫もない。こういった相手は久方ぶりだぞッ!”

 

 防がれることは想定済みだったザフィーラは防がれた蹴りの勢いを殺さずそのまま振り抜く。結果、綺礼の足裏は地面から離れ宙に飛ばされる。

 

 「ぬ――――グ――――ッ!?」

 

 蹴り飛ばされた綺礼は空中でバランスを取り、体勢を立て直す。その一瞬の停止を狙ったザフィーラは拳を地面に叩きつける。そこからピラミッド型の白い魔方陣が形成され、幾つもの白銀の刃が現れた。

 

 「縛れ! 鋼の軛!!」

 

 叫びとも白の魔方陣から白銀の軛が何十も飛び出し、勢いよく綺礼に向かって襲いかかる。

 拘束魔法では珍しい攻守両用できる鋼の軛は高い切断能力を兼ね備えている。その切れ味はどんな障壁、鋼鉄も容易く切り裂くほどのモノだ。

 

 「古代ベルカの魔方陣か。聖王教会にも少なからずいたが、使い魔が扱うのは初めて見るな」

 「私は使い魔ではない―――守護獣だ!!」

 「同じではないのか。使い魔と守護獣は」

 

 それを綺礼は落ち着きを払って襲い掛かってきた軛を一本一本を確実に破壊していく。

 空戦はあまり得意としない綺礼だが、迎撃に関してはその欠点を凌駕するほどの腕前を持つ。

 

 「どうした。その程度の実力か?」

 

 最後の軛を手で掴み握り潰した綺礼は不敵な笑みを浮かべる。

 終始無表情だった男のその邪気に満ちた笑みは、不快感しか与えない。

 そして落胆と失笑が同時にきたかのような濁った眼でザフィーラを見下す。

 

 これは、挑発だ。それもとびっきりの。

 

 しかしザフィーラとて古代ベルカの闘争を生き抜いてきた百戦錬磨の騎士である。

 仲間を護り、主を護る最強の盾。さらにヴォルケンリッターの中では最年長に設定されている。最年少でキレやすいヴィータならまだしもザフィーラはこの程度の挑発に乗る程幼くはない。

 

 「穿て―――“鋼の軛”!」

 

 全ての軛が落されたところでザフィーラは攻撃の手を休めようとしない。

 両手を前に突き出し、また白い魔方陣を展開させる。

 飛び出してきた鋼の軛を一点に整列させ、束め、収束し、一本の巨槍と化した軛。

 それは拘束という概念を完全に無視した凶器。敵を貫く極槍……!!

 

 「それは拘束魔法に分類されていい魔法なのか?」

 「敵を軛で串刺しにして動きを止めればそれは、立派な拘束だッ!!」

 「………ふむ。確かに、その通りだな。ベルカ時代を生きた騎士の言うことは面白い」

 

 徐々にギアを上げてきたザフィーラに対応するように綺礼もギアを上げる。

 向かってくる巨大な軛を綺礼は逃げずにその場に体を留める。

 黒の魔方陣を足場として展開し、そして息を吸い、吐いて、体勢を低くして構えを取る。ここまでの行動約0,1秒。

 

 「外門頂肘!!!」

 

 綺礼は自身の肘を巨槍の矛先に向けて放った。

 地上ではなく、魔方陣という“気”の通しにくい足場であったため、本来の威力は出しきれていないが、それでも多大な威力を発揮する。

 

 「な……に………!?」

 

 一点に打撃力が集中された外門頂肘によって白銀の巨槍は音を発てて脆く崩れ去った。

 

 「この程度でラーメン屋店主の首を取れると本気で思っているのか? 舐めないで貰いたいものだ」

 「貴様のような店主がいるか。魔法も使わず、武術だけで我が軛を粉砕する化け物が」

 

 魔法障壁で防御されたのなら納得できる。高威力の魔法で相殺されたのであれば思うことは何もない。しかし目の前の男は“武術”だけで鋼の軛“極槍”を平伏させたのだ。

 そんな非常識なことを平然と行ってみせた綺礼に対しザフィーラは―――笑みを浮かべた。それは綺礼の浮かべる笑みとは全くの真逆。好敵手と呼べる程の敵と出会った歓喜ゆえの笑みだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ザフィーラと綺礼が戦っている場所より遥か上空ではヴィータとティーダの空中戦が繰り広げられていた。

 

 「行け! シュワルベフリーゲン!!」

 『Tödlichschlag』

 

 ヴィータは十個以上の鉄球を出現させ、それを一斉にティーダに向かって掃射した。鉄球は予測不可能な機動を描き、四方からティーダを狙う。

 

 「おおっと」

 

 ティーダは高速飛行を行いこれを回避する。エースクラスだけあって、並みの魔導師とは違う。そう簡単に倒させてはくれない。

 

 「甘いんだよ!」

 

 しかし、一回躱されたくらいではヴィータの鉄球は諦めない。

 高速移動するティーダの後を執拗に追い回していく。

 

 “小さい上に変態機動か。しかも追尾式の効果もあるって結構厄介だな。それに、まさかヴォルケンリッターの一人があんな子供だったなんて予想外だ。やり辛いったらありゃしない”

 

 『ヴォルケンリッター』

 古代ベルカ式の魔法を苦も無く使いこなし、カートリッジシステムを手足のように制御できる稀有な存在。ヴォルケンリッターのメンバー全員が一騎当千の騎士集団。

 屈強な肉体を持った戦士だろうか、それとも秀麗な鎧を纏った騎士なのか。ヴォルケンリッターと相対するまでにティーダは多くの妄想を膨らませていた。そしてミッドチルダにもヴォルケンリッターが表れたという報告を受け、意気揚々と出向いてみれば、相手はまだ幼い少女。しかも感情豊かでとても魔法プログラムとは思えないほど喜怒哀楽を表現する。妹を持つ身としても、引き金を引くことに躊躇いを覚えるのだ。

 

 「でも、そんなこと言ってられるほど―――敵も弱くない」

 

 鉄槌の騎士ヴィータは間違いなくAAAランク級の実力を待っている。それに何かを成し遂げようとしている覚悟も本物だ。そんな彼女に対して唯逃げて増援が来るまで時間を稼ぐというのも失礼だ。容姿がどうこう言うのもヴィータの誇りを傷つけるものだろう。

 

 “では、行きますか”

 

 ティーダは背後に忍び寄ってくる鬱陶しい鉄球をまず排除するために、背を翻し、二丁で一つのデバイスとして機能する回転式拳銃型ストレージデバイス“アサルトⅠ型”“アサルトⅡ型”の銃口を鉄球に向ける。

 二丁の拳銃の引き金がティーダの指によって高速で引かれ、それに伴い魔弾が次々と発射されていく。

 実銃でないが故に火薬による反動が無い。それはつまり銃身がぶれることなく、狙った箇所にピンポイントで弾が向かうということ。腕が痺れることもなく、疲れることもない。魔力で生成されている弾は砲身を熱くせず、ジャムも存在しない。風の影響も受けない。まさにいいこと尽くしだ。銃型デバイスほど使いやすいものはないとティーダは思っている。

 

 「全て撃ち落としやがったか。そんじゃぁ直接叩くまでだ!!」

 

 シュワルベフリーゲンを撃ち落とされたヴィータは、今度は接近戦を持ちかけてくる。

 ヴィータは遠近両方卒なく熟せる万能型だ。それ故に隙が無く、多くの戦況に対応できる。しかし彼女も騎士。ベルカの騎士は一対一の勝負で最大の戦果を発揮する。そして騎士は皆、近接戦を土俵とする。ヴィータも例に漏れず近接戦が得意とする騎士。鉄槌の突破力はヴォルケンリッターの中でも抜きんでている。

 対するティーダも遠近両方全て熟せるオールランダーな魔導師だが、古代ベルカの騎士ほど近接戦は強くない。遠距離、中距離戦でこそ真価が発揮される。

 

 「テメーの得物は銃型のデバイス。そしてミッドチルダ式の魔導師。いくら近接戦闘を熟せれても、古代ベルカの騎士であるあたしには敵いっこない!」

 

 ティーダの目の前まで接近したヴィータは鉄槌グラーフアイゼンを全力で振るう。

 

 「んな!?」

 

 ヴィータはあまりにも不可解な現象に目を点にした。

 ティーダ・ランスターがグラーフアイゼンの先端に直撃した瞬間、霧のように霧散したのだ。

 

 「こいつは―――幻術か!」

 「「「「ご名答」」」」

 「ちゃっちい真似しやがって……!!」

 

 気付けばヴィータは幾人ものティーダの幻影に取り囲まれていた。その数ざっと50以上。どれもこれもが同じ顔。同じ表情をしている。さらに表情や動きまで本体と連動しているようで、些細な違いが見分けられない。

 

 「ふざけやがって。こんな小細工が、あたしに聞くわきゃねぇだろぉぉぉぉ!! アイゼン! ギガントシュラークで全て吹き飛ば、ッがぁ!?」

 

 ヴィータが辺りを一掃するため、カートリッジを使用しようとした時、背後から魔力弾の直撃を浴びせられた。

 

 「「「「どんな強力な魔法にも必ず隙が出来る。威力が大きければ大きいほど、尚のことその隙は比例して大きくなる」」」」

 

 二丁拳銃の銃身を全員ヴィータに構え、同じ口調で、同じタイミングで話しかける。 幾つもの声が重なり、気分が悪くなりそうな重音だ。

 

 「「「「大人しく抵抗は止めて、武装を解除しろ」」」」

 「ハハッ、ダサい幻術ひとつで何威張ってるんだよ。そんなもんで投降媚びてくる時点で力の底が見えるぜ!!」

 

 ヴィータは素早くシュワルベフリーゲンを再度出現させ、今度は狙いを定めず全てに方角に拡散させた。その量は100近くある。

 結果、50もの残像は一体を除き全て吹き飛ばされた。

 

 「見つけたぜぇ! ティーダ・ランスター!!」

 「ちッ、アサルトⅠ型“散弾式”だ!」

 『understand』

 

 突っ込んでくるヴィータに対しティーダは右手のアサルトⅠ型を散弾銃に変換させ、それを彼女に向けて発砲した。

 

 「そんな薄い散弾なんぞであたしの進撃を止められるか!」

 「ッ馬鹿な!! 散弾の中を突っ込んでくるだと!? 正気か!?」

 

 ヴィータは拡散する魔弾の中を敢えて回避せず突っ込んできた。

 バリアジャケットがびりびりに破けながらも尚突進することを緩めない。

 そしてやっとのことティーダの懐に潜り込めたヴィータは、力を全力で籠められた鉄槌を、ティーダの脇腹に食い込まさせ、そのままティーダをコンクリートで固められた道路まで吹っ飛ばした。

 ティーダは一度地面に叩きつけられ、何回もバウンドし、電柱に激突してようやく止まった。

 

 「グッ……ァ―――ガハッ、ァ」

 「―――へ、へへ。やっとその澄まし顔を歪めたな」

 「ア…あ、あ。効いた、本当に…効いたね、君の鉄……槌は………」

 「そりゃあ、あたしの全力だからな。当然だ。もう一発喰らうか?」

 「冗談じゃ…ない……な!!!」

 

 ティーダはアサルトⅡ型を軽機関銃へと変換させ、放す。脇腹の激痛のせいで狙いは少しばかり狂ってしまっているが、それでも精密射撃と言えるほどの的確さを持っていた。

 しかしヴィータはそれを紙一重で躱しながら――否、弾幕を掠りながらティーダに接近してくる。

 

 “油断した。まさかあれほどの無茶をしてくるとは思わなかった………!”

 

 これがベルカ時代を体験した者の覚悟。

 これが戦争を経験した猛者の力。

 容姿こそ幼いが、内に飼っているのはまさに猛虎だ。

 

 散弾銃をアサルトⅠ型に戻し、軽機関銃から元のアサルトⅡ型に戻し、二丁の銃身に黄土色の刃を出現させる。

 

 「そう遠慮せずにもう一発喰らっとけ!!」

 

 グラーフアイゼンの小型ジェットエンジンの噴射口に火が灯り、ヴィータは先ほどとは段違いのスピードで鉄槌を振り下げる。

 

 「嫌だと言っているだろう…………!!!」

 

 それをティーダはアサルトⅠ型、Ⅱ型を眼前でクロスして受け止める。

 立っている道路のコンクリートが重圧に耐えきれず粉砕し、大きなクレーターが出来た。

 

 “お、重い。 流石はカートリッジシステムといったところか―――!”

 

 カートリッジシステムの驚異的な推進力はティーダはよく知っている。自分の隊長であるゼスト・グランガイツも使用しているからだ。

 一時的に引き上げられる力は数倍にも達し、技量が同等の人間がぶつかってもカートリッジさえあれば容易に逆転できる。

 ティーダとヴィータの戦闘力は同程度。しかし、一つのデバイスの機能でティーダはヴィータに少しばかり劣っていた。その少しは戦場において命取りになるには十分すぎる要素だった。

 

 「潰れろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 「断るぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 グラーフアイゼンから一つ、また一つと空薬莢が排出されていく。

 何倍もの力が付加されたクラーフアイゼンの力はティーダの予想を遥かに上回る力で発揮される。

 

 “拙い、拙いなこれは!!”

 

 ブチブチと腕のナニかが切れる音が聞こえる。足が潰れそうになるのを自覚できる。このままだと、敗北は必至。かといってこのピンチを脱出する術は無い。

 

 「行くぞ。これが最後のカートリッジリロード! これで、終わ――――ッ!?」

 

 ヴィータがティーダにトドメを与える為に、最後の薬莢を使おうとしたその時、幾つもの魔弾がヴィータを襲った。

 彼女はカートリッジを使うことを中断し、ティーダから一時的に後退することができた。

 

 「ッハァ…ハァ……ぞ、増援………か?」

 

 重圧から解放されたティーダは地面に膝を付き、息を整える。

 そしてそんな彼の前に何人もの人影が立った。まるで外敵から彼を護るように。

 

 「お前達は………」

 

 見上げたティーダは驚きを露わにする。

 目の前に立っているのは時空管理局員だ。しかし、増援部隊の人間じゃない。

 バリアジャケットはボロボロで、額から血を流している者、腕を負傷している者、デバイスを損傷している者ばかり。そして、彼らの顔をティーダは知っている。

 

 「テメーら、まだ動けたのか……!!」

 

 ヴィータも驚きを禁じ得ない顔をする。彼女も彼らのことを知っているのだ。

 ―――当然だろう。

 ティーダと綺礼がその場に駆け付けるまで、この局員達はヴォルケンリッター二人と戦っていたのだから。

 

 「済みませんティーダ二等空尉。たった今意識を取り戻したところでありまして、助力が遅れました」

 

 傷だらけの青年はティーダに手を差し伸べる。

 

 「助かったよ……ありがとう」

 

 彼は震えた手でその手を取った。

 

 「よくもやってくれたなヴォルケンリッター。体の一部を持ってかれた気分は最悪だぜ」

 「魔導師の命であるリンカーコア摘出はもう少し優しくやってもらいたいものです」

 「てかさ、今デバイスに自分の体を調べさせたら魔力値がDランクまで下がってんのが分かったんだけど。ちゃんと治るんだろうな」

 「リンカーコアは体の一部だから自然治癒で治るぞ。ただ完治するまでデスクに縛りづけにされるだろうけど」

 「さっきの魔法弾でガス欠になったぜチクショウ」

 

 彼らの正体は、ヴィータとザフィーラに倒され、リンカ―コアを抜かれた管理局員達だった。

 蒐集されてなお彼らは立ち上がり、ヴィータに刃を向ける。

 

 「ゾンビかてめぇらは! あんだけボロボロにされて立ち上がれるのは、どう考えてもおかしいだろう!? リンカーコアも抜かれてるんだぞ!?」

 

 ヴィータは酷く狼狽する。彼らはヴィータにとって取るに足らない雑魚だ。実力的にも大きな開きがある。なのに、あのぼろ雑巾のような局員達が恐ろしく感じた。

 

 「「「「「「「「「「それがどうした」」」」」」」」」」

 

 ヴィータの言葉に局員は澄んだ一言で終わらせる。

 

 「リンカーコアが使えないから立ち上がれない、なんていうほど俺達は情けない根性は持ってないんだよ。お前達のようなロストロギアをこの地上にのさばらせるほど、陸は甘くないんだ。市民達の休息を、俺達の街を、怯えさせやしない。怯えさせてる要因があれば取り除くまでだ」

 

 守るべきモノを護ろうとする人間の力は常識を覆すものだ。気合と根性で案外どうになかなってしまうものだ。どんなに傷を負っても、闘志が失わない限り終わりじゃない。『諦めない』限り『終わりじゃない』。

 海陸関係なく時空管理局に所属する者が皆等しく心に刻んでいる教訓は、窮地の淵に立たされた時の心の支えとなっている。

 

 「たかが一度潰したぐらいで、俺達に勝った気になるなよ。ヴォルケンリッター!!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「………時空管理局、か。ちっと過小評価しすぎてたみたいだな」

 

 ヴィータは思い出す。過去にこのような不屈の意志を持つ者が多くいたことを。そして、過去の自分では理解できなかった彼らの力を今の自分なら、理解することができる。

 だが、此方とて譲れないものがある。

 

 「あたしはアンタらの意志に敬意を評するよ。だからこそ、手加減はしねぇ」

 

 たった一人の幼い主の命をこの世に繋ぐため、自分達は捕まるわけにはいかない。なにより相手は負傷者だらけの集団。いくらカートリッジが残り一つとはいえ、勝算は幾らでもある。

 

 「さぁ、掛かってきな自称正義の組織! あたしらを止められるか、ておぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 恰好よく決めポーズを取ろうとした矢先に、ヴィータの頭上に大男の身体が降ってきた。それは見事にヴィータに直撃し、ヴィータは押し潰されそうになる。

 

 「イテェし重てぇぇぇ!! っておお!? ザフィーラお前大丈夫か!?」

 「グ…ガハッ……奴め…全く、底が…見えん………」

 

 落っこちてきたザフィーラは六本ほどの剣が突き刺さっていた。どの傷も致命傷は逃れているが、ダメージが大きいのはよく分かる。

 ザフィーラが落ちてきて数秒経った時に、言峰綺礼も上空から降下し、局員達の前に着地した。手にはザフィーラを串刺しにした剣が六本、指と指の間に装着されている。

 しかも奴は無傷だった。守護騎士のなかでもシグナムとタメを張るザフィーラと戦ったというのに、傷一つつかなかったという事実。

 これは拙い。拙すぎる。

 

 『三発殴って結界を壊せ』

 

 さらに今までこの領域に張っていた広範囲結界がいきなり砕かれた。

 いや、この場合“殴り壊された”と言った方が正しいだろう。

 結界を破壊したのは作業用ベストを着用し、手甲を装備している工事現場で働いているような風貌を持つ少年だ。

 そしてその結界を破壊した少年の後ろには、20名ほどの武装した局員がいた。その中でも古臭いコートを羽織り、薙刀型のデバイスを所持している大男の威圧感は大きく、実力の高い局員だということが一目で分かる。

 

 「請け負っていた任務に手間取っていた。済まない。遅くなったな、ティーダ」

 「本当に…遅かったですよ………ゼスト隊長」

 

 ――――厄介な増援部隊のお出ましだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「引き際だな」

 

 綺礼に刺された投擲用の剣を全て引っこ抜いたザフィーラは立ち上がり、拳を構えながら撤退を決意する。

 

 “増援部隊が来るまでにティーダ・ランスターと言峰綺礼を糧にするつもりだったのだが、どちらも糧に出来ずに失敗か。しかも相当なダメージを貰っていしまった”

 

 惨敗というに相応しい状況だ。

 

 《シャマル。転移の準備は出来ているか》

 《ええ、出来てますよ。いつでも転移可能です》

 《了解した。ヴィータ、聞いているな。撤退だ、退くぞ》

 《…………分かった》

 

 転移魔法がザフィーラとヴィータの足元に出現する。

 

 「ここまで好き放題為した貴公らを、ただ逃がすと思っているのか?」

 

 背筋が凍る感覚を、二人の騎士は味わった。

 背後からの声。そして、殺気と重圧。

 振り返れば先ほど増援部隊の中にいた一人、年期の入ったコートを羽織っていた男――ゼストの姿があった。

 

 「ッ!?」

 

 ヴィータは驚愕する。先ほどまで眼前に立っていた男が、いきなり背後に現れたのだ。たった一瞬で、あの距離を移動した上で自分達に気付かれず。

 

 「隙だらけだぞ、守護獣」

 

 またザフィーラの真横からも声が聞こえた。ザフィーラは視線を横に走らせる。そこには構えを既に取っている言峰綺礼がいた。

 

 「ッ!!」

 

 転移を行う一秒の間に、ゼストと綺礼は自分達の懐に潜り込み、ヴィータとザフィーラを転移魔方陣の外まで吹っ飛ばした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「言峰綺礼………どうしてお前がここにいる?」

 

 騎士達を吹っ飛ばしたことを確認すると、ゼストは隣に立つ元騎士に問いかけた。

 彼は既に引退している身だ。何故この戦場にいるのか気になるのは当然というもの。

 

 「なに簡単なことだ。麻婆の材料を買いに出ていたら、偶然ランスターと会ってね。人手不足だから手伝ってくれ、と頼まれたからこうして手伝ってやっているまでだ」

 「お前のことだ。どうせ善意ではなくティーダに提示された何らかの報酬が目当てなのだろう」

 「ふ、その通りだ。まぁ増援部隊が到着するまで彼らを足止めした時点で、私の目的は果たされている。先ほどの一撃は………単なる嫌がらせだ」

 

 それだけを言い、言峰はこの場を立ち去って行った。本当に単なる嫌がらせだったようだ。彼は生真面目な男なのだが、時たまに悪い癖が出る。

 アレについていけるのは彼の妻のクラウディアぐらいだろう。

 

 「…………む」

 

 綺礼を見送ったゼストは、二人の騎士を吹き飛ばした方向から強烈な殺気が飛んできたのを感じた。

 彼は殺気が送られてくる方向に目を向ける。

 そこには騎士甲冑を纏う女騎士二人が立っていた。手には先ほど一撃を入れた騎士達が担がれている。

 

 “ヴォルケンリッターが全て揃ったか。潰すのなら今だな”

 

 敵の主要戦力が全員が揃った今、後の被害を抑えるために此処で一掃するべきだ。

 ゼストは鬼灯を握りしめ、ヴォルケンリッターの眼前目掛けトップスピードで接近し、薙ぎ払いを行なった。

 

 “―――そう都合良くはいかんか”

 

 鬼灯の刃はヴォルケンリッターに直撃することなく、真緑の盾によって防がれた。一枚二枚なら容易に破壊できるのだが、彼女達を護っている障壁の数は40はある。さらに足元には転移魔法が発動されており、これを破壊仕切った後には既にこの世界から姿を消しているだろう。

 事実、ヴォルケンリッターはすぐに転移をしてこのミッドチルダから姿を消した。

 

 「逃げられたな―――皆は無事か?」

 「「「「無事じゃないです重症です」」」」

 「分かった。リンカーコアを摘出された者はすぐに本部の医療施設に向かえ。無傷、軽傷の局員は引き続きミッドチルダの警護に当たれ。一度退いたといっても油断はするな。またいつ現れるか分からんからな。一般人に被害を及ばせぬよう最善を尽くせ!」

 「「「「了解!!」」」」

 

 被害を受けた魔導師達は本部に向かい、その他の者達は各々自分の持ち場に戻った。

 本来なら休息を与えてやりたいが、人手不足が問題で休ませる暇もない。年々犯罪者の数が増えている中で、闇の書の出現。これでは過労死傾向がさらに悪化する。局員とて人間なのだ。日々命がけの任務に当たらされては限界がくる。ゼストは陸に対する危機感を感じながら、この場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 ―――八神はやては一人だった。

 

 両親は早くに他界し、取り残された、唯の少女。

 

 寂しかった。

 

 足はロクに動きもせず、暇さえあれば本を読むことに没頭していた。

 

 『一人ぼっちのまま生きて、一人ぼっちで死ぬ』

 

 幼いながらも、そんなことも考えてた一時もあった。

 

 だが、そんな日常を壊してくれた救いの光が今の彼女を支えている。

 

 闇の書とヴォルケンリッター。

 

 本の中から飛び出してきた、自分の騎士達。

 

 あの騎士達は、武器でも、手下でもない。

 

 今まで欲しに欲した八神はやての家族だ。

 

 さぁ、今日は皆帰りが遅いと言っていた。

 

 それならば皆が帰ってくるまでの時間を存分に使い、

 

 サプライズとして手間暇かかる美味しい料理を御馳走しよう。

 

 皆の喜ぶ顔が目に浮かぶ――――。

 

 


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