『Fate/contract』   作:ナイジェッル

24 / 63
第24話 『動き出す者達』

 親友がヴォルケンリッターと交戦し、負傷したという報告を受けたヴァイスはティーダ・ランスターが入院している管理局直轄の病院へと足を運んでいた。

 彼は言わずと知れた百戦錬磨のエリートだ。如何に相手が古代の騎士と言えど、敗北するなど当初は半信半疑だった。しかしこうして、病室でティーダが寝込んでいると確認が取れてしまっては、信じざるを得ない。

 

 「入るぞー」

 

 ティーダの名が記されている病室へとヴァイスは軽い足取りで入室する。

 

 「よ、戦友。入院生活は楽しんでいるかね?」

 

 病室のベットの上では、身体の至る所に包帯を巻かれたティーダが退屈そうに寝込んでいた。しかしその姿をヴァイスは無様と言うまい。それだけの負傷を負いながら戦い抜いた証であるのなら。

 

 「久しぶり、ヴァイス。いやー、楽しむことが無さすぎて死にそうだよ。せいぜいナースさんと談笑するぐらいが唯一の娯楽さ」

 

 入室しながらのヴァイスの冗談をティーダは微笑んで返した。

 肉体の損傷と比べて、その精神状態はいつも通りだった。落ち込んでいようものなら励ましてやろうと思ったが、余計なお世話だったようだ。

 

 「おいおい、十分入院生活堪能してるじゃんか。羨ましいねェ」

 

 ヴァイスは苦笑しながら簡易的な椅子に腰を掛ける。

 

 「こうしてゆっくり話すのも久方ぶりか」

 「そうだねぇ……そっちは土産話くらいは持ってきたのかな?」

 「応。とびっきりの話が幾つもあるぜ。まぁ暇つぶしくらいはならぁ」

 「それは嬉しいね。どれ、聞かせておくれよ、その土産話を」

 

 そして、ティーダとヴァイスは数分間色々なことを話し合った。

 妹がどうとか、給料の違いとか。そんな他愛もない話の華を咲かす。

 ヴァイスは特に、土産話として新たらしくアースラの仲間となった魔法少女二人についてよく語った。

 まだ9歳の子供であるのにAAAランク相当の魔導師であり、今やアースラの主戦力。きっとすぐ自分達の階級を追い越すだろうと自慢げに言う。

 その話に、ティーダも悪くない反応を示した。AAAランクがどれほど貴重で、その評価を得るには困難であると分かっているが故に。

 

 「しっかしお前ともあろう者が捕縛するどころか返り撃ちに遭うなんてな。それほどまでに強かったのか。ヴォルケンリッターは」

 

 話のネタが切れたヴァイスは話の方向性を他愛もないものから真面目なものに切り替えた。それにティーダも乗っかる。

 

 「ああ、見た目に反して恐ろしく強かったよ。制御が難しいはずのカートリッジシステムを湯水の如く使われた。全く、本当に参ったよ」

 

 彼は顔を歪め、悔しさに打ち震える。

 勝負に負けて悔しがらない男はいない。その相手が次元犯罪者であれば、尚のこと。

 また陸の精鋭部隊であるゼスト隊の副長が敗北したのだ。それはつまり、航空隊全体の面子に傷をつけたということになる。いや、もしかしたら陸全体に及ぶ可能性だってある。それほどの重みを持つのだ。ゼスト隊の副長という肩書は。

 ゼスト達は決して今回の件についてティーダを責めることはないだろうが、逆にその気遣いがティーダの胸を抉る凶器となっていた。

 捕縛するどころか敗北し、尚且つ陸全体に要らぬ傷を付けたという自分自身の惨めさに涙し、不甲斐なさに激怒する。ティーダ・ランスターはそういう男だ。

 今の彼が求めているのは優しさではない。その身をも焦がす厳しさである。

 

 「それに、負けた理由はカートリッジシステムだけじゃない」

 「なんだと?」

 

 負けた要因は単なるデバイスの性能差だけではないとティーダは言う。

 それにヴァイスは頭を傾げた。いったいカートリッジシステム以外に何がティーダを敗北にへと陥れさせたのか。

 

 ティーダはヴァイスに催促されるまでもなく、静かに口を開いた。

 

 「詳しくは分からないが、強い信念があったんだよ。僕が相対した鉄槌の騎士ヴィータには。それに『絶対に負けない。負けるものか』という決意も彼女の全身から滲み出ていた。つまり―――」

 

 ティーダ・ランスターはヴィータの持つ“気迫”“覚悟”“信念”に押され、敗北したのだ。力や技術などというものではなく、もっと大切なものが劣っていた。それが悔しくて、しょうがなかった。

 単純な力の優劣で負けることより何倍も心に響く。これを完敗と言わずしてなんと言うのだろうか。

 

 「ヴァイス。君達アースラ隊が闇の書の捕縛を任されたことはヴェロッサから聞いている。僕のように病室送りにされたくなければ、せいぜい気を付けてくれよ。下手すれば、命も危ないからね」

 

 素肌が見えぬほど包帯を巻かれた腕を上げ、指をヴァイスに指し、重さの詰まった言葉をティーダは紡ぐ。

 

 「今回の相手は、有象無象の次元犯罪者集団じゃない。意志のないロストロギアでもない。明確な信念を持ち、それを達成しようとしている『敵』だ。そういう輩ほど、手強いものはない」

 

 幾度となく次元犯罪者と死闘を繰り広げてきたティーダは、あの鉄槌の騎士の猛攻が一番恐ろしいと感じた。比べるべくもなく、今まで相手してきたどの犯罪者よりも格が一つも二つも上だ。

 能天気なヴァイスには、分かっているとしても念入りに言っとく必要がある。自分の二の舞にだけはなって欲しくないのだ。

 勿論、ティーダの言いたいことを解らないほどヴァイスも愚かではない。

 

 「りょーかい。お前の忠告は胆に銘じとく。まだまだやり残したことが沢山あるってのに、死にたかねーからな」

 「もしお前が骸になって帰ってきたその時は、ラグナちゃんの面倒は僕が責任を持って受け持ってあげるよ」

 「ロリコンのお前にラグナは絶対に任せねー。いや、ロリコンじゃなくても俺は慈愛の家の連中以外にラグナを任せる気はサラサラねーからな」

 

 ティーダの冗談にHAHAHAと笑うヴァイス。

 ………ヴァイス本人の眼は笑ってないので、妹関連の冗談を言うのもここまでにしようとティーダは判断した。

 手をポケットにさり気なく突っ込んでいるヴァイスを見ていると、いつ頭を撃ち抜かれるか分かったもんじゃない。狙撃手は敵に回すべきではないのだ。

 

 「まぁ冗談はさておき。僕が入院してる間、ティアナが慈愛の家にお世話になっているから機会があれば会いに行ってやってくれ」

 「へぇ、ティアナちゃんが慈愛の家で………」

 「おいヴァイス。幾らティアナが可愛いからって、ヘンな気を起こさないでくれよ?」 

 「馬鹿いうな。俺はロリコンじゃないからティアナちゃんは守備範囲外だ。まぁあと10年歳喰ってりゃあ話は別だったがな」

 「いやいや例えティアナが20になっても君にはやらないからね」

 

 ヴァイスもティーダも同じ人種であるが故に、肉親に対する過保護なまでの溺愛ぶりが共感できる。以前は妹の可愛さ口論で白熱したものだ。

 親がいない身としては、唯一の肉親が一番大切なものになるのも、ある意味当然かもしれない。

 

 ヴァイスはちらりと腕時計の針を見る。そろそろ本局に戻らなければならない時間帯だ。

 

 「時間だな。んじゃなティーダ。また来るぜ。そん時は事件解決の知らせを土産として持ってきてやる」

 「期待せず……いや、期待して待ってるよ」

 「応! あ、ついでにヴァイス・グランセニックの昇進も」

 「いやそれは期待しない」

 

 次元航行部隊の道を選んだヴァイス。

 首都航行隊の道を選んだティーダ。

 

 同じ訓練校で出会い始まった腐れ縁の二人。

 

 それを再確認するかのような、そんな一時だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 将来大魔導師となるであろう鬼才フェイト・テスタロッサの使い魔、アルフは誇りある気高き狼だ。そして、彼女自身もまた己が優秀な狼だと自負していた。なによりこと戦闘に関しては絶対の自信を持っていた。

 しかしその誇りも、只ならぬ自信も………今や過去の産物となってしまった。

 

 「あたしは…井の中の蛙……だったのかねぇ」

 

 アルフは自室のソファーに寝転びながら、空中に表示されているモニターを嫉妬に似た目で鑑賞している。

 彼女が眺めているのはヴォルケンリッターの一体、ザフィーラと呼ばれる狼の使い魔の戦闘記録だ。

 アースラはロストロギア“闇の書”の探索と捕縛の任を受けた。そして、得られている情報を次元管理局全体が全て、アースラに提供してくれている。その中で最も興味が湧いた情報をアルフは見ていた。

 

 ゼスト隊のサーチャーが記録していた戦闘映像はまさに熱を帯びていた。

 褐色の男ザフィーラは雄々しい雄叫びを上げ、しかし、冷静で、的確な判断の基、言峰綺礼というラーメン屋店主に打撃を叩き込んでいる。

 

 “心を熱くして、頭は冷静に……と言った感じかね。理解していても行動に移すのは至難の業だよ”

 

 だが、それを事実ザフィーラはやってのけている。それだけの戦闘経験を積んできたのだ、この男は。まだ生まれて三年も経っていない自分とは比べるべきもない練度の差だ。

 最終的にザフィーラは言峰綺礼に敗北して終わるのだが、アルフは楽観視できないでいた。もし自分が言峰綺礼と対戦していたのなら、どれだけ持ち堪えれただろうか。

 ―――想像するまでもない。一撃も拳を放つことも出来ず、倒されている。

 

 「いいねぇ。燃えてきたよ」

 

 しかしアルフは恐怖するどころか逆にこの使い魔と早く戦ってみたいという思いに駆られた。自分より遥かに強い狼型の使い魔の登場に、アルフの野生の本性が露わになっているのだ。こればかりは抑えようもない。

 

 嘱託魔導師になったフェイトが今回の件に関わらないわけがない。ならば、ザフィーラと会いまみるチャンスくらいはあるだろう。

 リニスとフェイトに鍛えられたこの力。どれだけ古代ベルカの騎士に通用するか、試したくて仕方がない。高鳴る胸の鼓動を抑えつけようとしても、制御が効かない。

 

 疼く―――狼としての本能が。

 滾る―――血に飢えた獣の性が。

 

 ――――嗚呼、この男(ザフィーラ)と出会うまで、満足に眠れそうにない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 資料で埋め尽くされた執務室で、一人淡々とクロノは今回の回収目標についての情報を纏めていた。その気迫は他を寄せ付けない圧迫感を放っている。

 

 “最後の「闇の書事件」から11年の月日が経って、遂に動き始めたか。思ったより早かった……いや、十年単位で本格的な活動を開始する闇の書の特性を考えれば、むしろ遅かったと考えるべきか”

 

 11年前に破壊された闇の書。しかし今こうして闇の書は復活し、蒐集活動が行われている。幾たびも転生を繰り返す闇の書のしぶとさには呆れを通り越して感服する。そして巡航艦アースラは今日中を持って、指定遺失物ロストロギア“闇の書”の対処を本局から言い渡された。それに次いで強行探索装備Cを受け取っている。今ごろ武装隊の面々が自分に合うよう調整しているころだろう。

 

 “巡りに廻ったこのチャンス。運命というものを感じるな……なぁ、闇の書”

 

 ハラオウン家の大黒柱であったクライド・ハラオウンは、11年前闇の書と共にその命を散らした。その頃クロノはまだ幼く、何の力も持たない幼子でしかなかった。何も出来なかった。

 しかし、今は違う。血反吐の吐くような修行に耐え抜き、魔導の研鑽も弛まずし続けてきた。そして、遂には執務官にまで上り詰めた。

 父クライド・ハラオウンがやり残した任務は、このクロノ・ハラオウンがやり遂げる。これ以上、他の人を自分と同じ目に合せるわけにはいかないのだから。

 

 “しかし、このヴァルケンリッターの変化の仕様は一体なんなんだ?”

 

 クロノは解せないといった感情を露わにしながら、モニターを空中に幾つ展開する。 映し出された映像には、ミッドチルダ北部でゼスト隊と交戦したヴォルケンリッターの一人、鉄槌の騎士ヴィータの姿だ。

 

 “攻撃を躱されれば悔しがり、攻撃が命中すれば嬉しがる。怯えもすれば、表情に影を落とすところも確認できている。喜怒哀楽を表現し、信念を感じずにはいられない、映像越しでも伝わる覇気―――とても魔法プログラムとは思えない”

 

 以前の記録では、守護騎士達はここまで人間染みていたことはなかったはずだ。

 今回現界したヴォルケンリッターは、前回のヴォルケンリッターとは、決定的に中身が違う。

 そう、クロノは感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 岩石が立ち並ぶ訓練室で、高速で動き回るフェイトは顔に汗を滲ませる。

 そんなフェイトと対照的に、ジャージ姿のエミヤは実に清々しい余裕のある顔をしていた。

 

 「はぁ……はぁ………」

 

 あらゆる方向から多角攻撃、ヒット&アフェイを繰り返すフェイトだが、エミヤは手に持つ木製の夫婦剣でそれを捌き切る。

 

 “うぅ……攻撃が通らない”

 

 本来なければならないバリアジャケットの基本防御装甲を削りに削って、紙装甲とまで言わしめるほどの薄さを実現したフェイトのバリアジャケット。そしてその削った魔力を全て機動力に費やしている。

 その結果、フェイトは魔導師として最高ランクの速度を手に入れているのだ。

 

 魔導師としては最高のスピードを持つフェイトを目で捉えるのは至難の業。

 だというのにエミヤはデバイスの補助も受けず、生身でそれに対応している。

 人間が為せる領域を完全に逸脱しているのは明白だ。

 ユーノのような、デバイスを使わず生身で戦う魔導師は少なからず存在するが、その中でもシロウは別格である。

 

 「は―――あ!!」

 「力の入れ過ぎだ。奇襲のパターンが固定化されているぞ」

 

 まるで此方の攻撃が事前に読まれているような、そんな錯覚に陥る。

 前回も、前々回も手も足も出ずに負けた。

 エミヤシロウの洞察力の前では丸裸にされているのも同然なのだろう。

 

 “なのはのように、物理的に防御力が高いんじゃない。シロウは、業の技術による防御能力が高いんだ……!”

 

 あまり距離を取り過ぎると絶対的な命中精度100%の矢に狙われ、近接戦闘を行なおうとしても簡単にあしらわれる。

 強力な魔法を使おうにも詠唱させてくれる隙を全く与えさせてくれない。まるで城壁だ。一向にエミヤの布陣を崩す糸口が掴めない。

 

 「だけど、今日こそは――――!!」

 

 勝つ!!!

 

 こうなったら力技で勝利を切り開くしかない。

 フェイトは莫大な魔力をバルディッシュに注ぎ、大鎌へと昇華させる。

 そしてそれをエミヤに叩きつけるよう真正面から振り下ろす。

 

 「おっと」

 

 流石に強化済みの木刀でも防御しきれないと判断したエミヤは少し身体の軸をずらした。

 

 「え!?」

 

 大振りのフェイトが先ほどまでエミヤがいた場所に全力でバルディッシュを振り切ってしまった。

 

 “たった体を少し動かしただけで………!”

 

 そして振り切った後の少しの硬直を狙って、エミヤはフェイトの首筋に木刀を置く。

 

 「さて、どうする?」

 「…………参りました」

 

 フェイトはバルディッシュを手放し、降参の意を示す。

 

 「よし、なら今日は此処までだ」

 

 それにエミヤは相槌を打ち、今回の模擬戦の終了を告げた。

 

 

 ◆

 

 

 「負けた…また負けた……うぅ」

 

 一戦を終えたフェイトは食堂のテーブルの上に顎を乗せて、ぐで~んと身体をくの字にして打ちひしがれる。

 これで何連敗目だろうか。それなりに戦闘面で自信があったフェイトは、世の厳しさを痛感する。

 

 「いくら魔導師としての質が良いからといって、オレも早々に負けるわけにはいかないさ。これでも陸尉だからな」

 

 エミヤからしてみれば、フェイトが落ち込んでいる理由がわからない。

 まだ歳が二桁にもなっていないというのに、魔導師ランクAAAというのは前代未聞の数値なのだ。9歳の魔導師であれば、せいぜいDランクが良いとこ。Bランクでも恐ろしく高い数値だと言える。

 

 「それにな、フェイト。そんなに焦らずとも君はオレをじきに超える。それだけの才能が君にはあるんだ。凡才のオレとは、比べるべくもないほどのものをな」

 

 憂愁漂う笑みをエミヤは浮かべる。

 フェイトが思っているほどエミヤは決して優れた男じゃないのだ。せいぜい歪な能力を持った、後はそこいらにいる凡才と変わらない元人間なだけ。

 ただ理想を追いかけ、その過程で血反吐の吐く経験を繰り返し、常人離れした身体能力を手に入れただけの男。

 誰でも手にすることのできる“可能性”の力を手にしただけに過ぎない。そんな男と比べれば、フェイトはまさに真逆。天性を持って生まれた子だ。焦らずとも、直に追い抜かれるだろう。

 

 「……才能って言われても、私には、よくわからないよ」

 「そうだろうな。他人にとって異常でも、君にとってはそれが普通なのだ。その歳でそれを自覚するのは難しいものだろうよ。かつてのオレがそうであったように……」

 

 かつての衛宮士郎は投影がどれほど異端なモノか、名門魔術師の遠坂凛が教えてくれるまで理解できていなかった。その異様さを教えられた当時も、あまりに大げさなリアクションをするものだから単なる冗句だと内心思っていた。実際は、殺されそうになるほど嫉妬されていたなんて今思えばなかなかに面白い。

 

 “よく遠坂に殺されなかったものだ……”

 

 摩耗した断片の記憶を思い返し、少しばかり懐かしい気分になる。

 

 「シロウ?」

 「……っと、済まない。少し呆けてしまったようだ―――ともかく、そんなに落ち込まなくてもフェイトは立派な魔導師になれるってことだ。今でも十二分立派だがね」

 「あ、ありがとう。シロウ」

 

 明るい笑顔を見せるフェイトを見てエミヤも笑みを見せる。

 母親を亡くした子が、今こうして屈託のない顔を見せてくれている。

 それだけでもエミヤは嬉しかった。

 

 「だが、くれぐれも慢心はするなよ。今回アースラが受け持った任務は、今までとは程度が違うからな」

 「―――はい!」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 美しい油絵が並び飾られている提督室では、一人の老人が居座っていた。

 その老人は、老いても尚 威厳に衰えを感じさせない物腰をしている。

 

 この男もかつて時空管理局歴戦の勇士と謳われるほどの魔導師だった。魔力素質に優れ、戦闘力は群を抜いて優秀だった。

 その圧倒的な力で次元犯罪者を次々と平伏させた生ける伝説「ギル・グレアム」

 

 彼は第97管理外世界“地球”出身者の一人であり、行き倒れの時空監理局員を助け、その際に、時空管理局の存在を知り入局を果たした人物でもある。

 右も左も分からない異世界で、一般兵から提督まで上り詰めたその偉業は多くの若者達から羨望の眼差しで見られている。

 

 ―――しかし、その羨望の眼差しは今のグレアムにとって苦痛以外のなにものでもなかった。

 

 「私は、羨望の眼差しを受けるべき人間ではない………ッ」

 

 防音が敷かれた部屋で、憤りの怒声を自分自身に当てる。

 

 11年前、彼は自分の部下クライド・ハラオウンを亡くした。その原因たるは、呪われしロストロギア“闇の書”。

 クライドの命と引き換えに破壊した闇の書は、その英断を嘲笑うように、当然の如く転生機能を発動させ、また新たな主を選別し、深い眠りについた。

 そしてまた、災厄を起こす起因となる。こんな理不尽が許されていいのか。こんな不条理が許されていいものなのか。

 

 グレアムは強く思った。許されていいわけがない、と。

 

 その憎悪に満ちた信念を力に、彼はあらゆる手を使って新たな闇の書の主を特定した。そう、特定したまではよかった。問題なのは、よりにもよって、まだ歳が二桁にもならない少女がその闇の書の主に選ばれていたということだ。しかも、グレアムの故郷“第97管理外世界”で平穏に過ごす一般人ときた。

 

 グレアムは神を呪った。この運命に激怒した。

 

 もし闇の書の新たな主が歴代の主同様、傍若無人な人物であり、存在悪ならどれだけ救われただろうか。貪欲で、力を振りかざし、悪事を働く極悪人ならどれだけ気が楽だっただろうか。

 

 「人一人の犠牲は、覚悟していたのにな……」

 

 まだ未来があり、夢がある無関係の人間一人の命を引き換えに目的を成就させる。

 それがどれだけ罪深いことなのか分からないグレアムではない。でなければ、苦悩などしない。

 

 「しかし、それでも止まる訳にはいかんのだ。闇の書を完全に封じ込めるにも、闇の連鎖を断つためにも―――」

 

 何も復讐だけをグレアムが望んでいるわけでない。闇の書の負の連鎖を断ち切ろうという心意気も当然ある。むしろそれが本命だと言っていい。

 だがその強い意思も、今は醜い言い訳にしかならない。自分の行いを正当化しようとしているだけのものに為り下がる。

 

 『父さま。報告です。魔道書のページ数も三分の一ほど埋まったと思われます』

 『父さま。鉄槌の騎士、盾の守護獣ともに傷が完全に回復しました。いつでも蒐集活動に復帰できる様子です』

 

 使い魔であり娘であるリーゼアリア、リーゼロッテから通信が入る。

 ゼスト隊との交戦映像を見る限りかなりの深手だと見ていたが、流石は魔法生命体。回復力は人間の比ではない。

 

 「………ふむ。報告ご苦労―――はやてちゃんは元気にしてるか?」

 『八神はやては守護騎士達と仲睦まじく…生活しています。本当の、家族のように……』

 

 リーゼアリアの言葉がグレアムの胸に突き刺さる。あまりの重圧に眩暈がした。

 

 「お前達に、こんな辛い仕事を任せてしまって、本当に済まない」

 『一番辛いのは父さまでしょう。大丈夫です。せめて彼らが、一緒に眠れるように尽力します』

 『クライドの仇も、闇の書に終止符を打つのも、私達が見事に熟して見せますよ』

 

 闇の書が八神はやての場所に存在することが判明してから、ずっと彼女を監視してきた二人の娘。罪悪感に苛まれるのは、彼女達とて同じだ。

 なのに一度も弱音を吐いたところをみたことがない。情けない親と違って、凛々しく立派な娘達だ。

 

 「……ついてきてくれるか。こんな私に」

 『『ええ。地獄の底までお供します』』

 

 リーゼ姉妹の返答に、グレアムは万感の意を込めて「ありがとう」、と返し通信を切った。

 

 闇の書を主諸共(・・・・・・)凍結封印するために、あらゆる最新技術を注ぎ込んだ“現時点最強”の性能を誇るストレージデバイス『デュランダル』はもう既に80%程完成している。後は四基の自立型補助ユニットを完成させれば、闇の書といえど解除不可能な封印術式が使用可能となる。

 ヴォルケンリッターもアクシデントはあったものの順調に魔道書のページを埋めていっている。此方の存在も感づいていない。

 

 事は全て思惑通りに進んでいる。

 あとは―――ギル・グレアムの決断だけが迫られていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。