『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第25話 『傍観する科学者』

 薄暗い研究室の中で白衣の男は一人、憐みの籠った瞳である映像を鑑賞している。

 彼、ジェイル・スカリエッティが巨大なモニターで見ているのは闇の書の動きと、時空管理局の動きだ。各データを纏め、把握するとここ最近ヴォルケンリッターに管理局が先手を打たれ続けている情勢がよく分かる。

 実に滑稽な様だ。何億と下らない戦力を保有している管理局が、たった四機だけの騎士達に翻弄されているのだから。各次元世界に戦力を分担し、さらにまた新たな次元世界を探しているからこういう痛い目に合う。

 

 『時空管理局』

 かの聖王教会と肩を並べるほどの影響力を持つ各次元世界の平穏の維持を目的とした一大組織。管理局に真っ向から逆らうことのできる組織も極少数に限られてくるだろう。

 彼らの仕事は各次元世界の平穏を守るため、何百人もの魔導師を警備に派遣。犯罪者の拿捕、掃討。そして法事全般を担い、ロストロギアの回収及び破壊が主である。軍事力だけを見れば聖王教会を越えている。

 

 “下らないな”

 

 ほとほと呆れ返る。ミッドチルダだけを支配しとけばいいものを、身の程を知らない上層部の連中は力があることをいいことにつけ上がり、節操もなく他の世界に干渉し続ける。自分と同じ底無しの欲を持つ同類ではあるが、それを認めたくないほどに上層部と最高評議会の連中が醜すぎる。

 

 しかしそんなドスグロイ闇を持っている時空管理局も、今の次元世界には無くてはならない重要な組織なのだ。

 

 法を司り、自分のような次元犯罪者を対処することのできる時空管理局が仮に明日から無くなれば間違いなく次元世界全体に悪影響が出る。特に管理されている世界は、法が崩れ、無法者達が溢れだすことになるのは間違いない。

 故に、無くてはならない組織。それが時空管理局。

 

 「本当に、下らない」

 

 ジェイルは吐き捨てるように言う。

 彼は管理局が大が付くほど嫌いだ。それも『仇敵』と言えるほどに。

 

 「だが、この私が仇敵と認めたのだ。下らない組織のままでいてくれるなよ」

 

 仮にも自分が全力で挑むと決めた存在だ。せめて『無限の欲望(アンリミテッドデザイア)』ジェイル・スカリエッティが全力で相対するだけの価値というものを身につけてもらいたい。

 でなければ、勝利した後に何の余韻にも浸れない。自慢にもなりやしない。

 

 ジェイルは時空管理局の情報をモニターから消し、代わりに闇の書の情報を拡大する。

 

 「闇の書……いや、夜天の書も哀れなものだ。各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られたものが、今では死を呼ぶ魔書と呼ばれるまでに堕ちるとはね。それを知り得る人間も今や極一部。これも人が作り出した業、ということかな」

 

 深く嘆息する。

 

 歴代の夜天の主の幾人かがロクでもないことをしたものだから、本来無くてはならない機能が失われ、代わりに「破壊」「破滅」という下らない機能を取り付けられた。まさに改良ならぬ改悪だろう。

 そして、そのまま時間が流れるに連れ、本来の名「夜天の書」は忘れられ、代わりに「闇の書」という偽りの名で呼ばれるようになり今に至る。英知の結晶たるデバイスが今では単なる殺戮兵器だ。さぞ製作者は無念だろう。人々の繁栄を願い作られたものが、忌み嫌われる代物にへと堕ちたのだから。

 

 “はぁ……プログラムに選ばれただけの素人風情が、余計なことをするからこんな面倒なことになるのだよ”

 

 当初、魔導を収集し、研究する魔道書はジェイル・スラリエッティにとってはまさに理想のロストロギアだった。欲しくて欲しくて堪らない存在だった。

 だが、今の夜天の書はあまりにも魅力に欠ける。

 

 無益な破壊からは何も生まれない。それが何かを生み出す破壊なのであれば文句はないのだが、意味のない無差別な破壊は全く好みではない。

 それ故に唯の「破滅」の権化と為り下がった闇の書が気に入らないのだ。その無差別な、意味のない虚しさばかりが残る破壊で何が生まれる? そんなものに己の欲望の何を引き立ててくれるというのだろうか。

 

 「………うーむ」

 

 科学者は腕を組み考え込む。

 闇に堕ちた古代の魔道書。確かに過去にあった魅力は無くなりはした。

 しかし―――利用価値、貴重価値を踏まれば話は変わってくる。

 

 「魅力が無い、といっても、夜……闇の書が希少な代物であるのは変わりのない事実。研究者として実物のデータの欠片くらいは入手しておきたいものだが……さてどうしたものか」

 

 改悪され、魅力を失っているとしても、仮にもアレは膨大な魔導が詰め込まれている代物だ。見逃すのも惜しいと言えば惜しい。さらに言えば自分の技術をフル活用すれば、もしかしたら古代の知られざる貴重なデータが取れるかもしれない。

 可能性だけの話ではあるが、その少しの可能性を信じて突き進むのが研究者というもの。

 

 「しかし、“今”は派手に動くわけにはいかんし……」

 

 来たるべき時に備えての戦力強化、資金集めに未だ眠り続けている残りの娘達の調整。アジトの増築や改修。リニスの買い物のお供にイヴと遊園地に遊びに行く約束。果てにはウーノと一緒に映画鑑賞の予定もある。

 アレ? 最高評議会にこき使われてた時より忙しくね? と思えるぐらいのハードスケジュールでパンパンだ。

 

 「……………」

 

 どの予定も違えたら最後、自分の人生は幕を閉じてしまう。

 特にリニスとイヴ、ウーノは危険だ。

 

 リニスの約束を違えた場合は食事(ジェイルだけ)を大幅に削減され、デザートを含む好物没収、さらには野菜増倍。そしてトドメにジェイルの嫌いな料理をワザと多く出して、リニスが笑みを浮かべて自分に無理矢理食べさせるのだ。

 それは地獄。まさに地獄だ。日頃怒らないお淑やかな人ほど怒らせたら大変なことになる。

 

 イヴとの約束を違えるのであればガチで泣かれる。最初はちょっとだけ涙目になり、遂には涙腺が崩壊し、最後はスカートをぎゅっと握りながら涙を漏らすに違いない。そんな姿を見せられたら罪悪感の炎でたちまち心を焼かれてしまうだろう。

 

 ウーノは……怒りもしないし罰ゲーム的なものもないだろう。だが、悲しむだろうな。いつも自分のサポートをし続けている彼女に、そんな気持ちなどにさせたくはない。何より親として失格だ。

 

 「予定にある用事を全て終わらすまで、距離を取って悟られぬよう観察する方針で決まりだな、うん」

 

 信頼関係というものほど重要なものはない。それを蔑ろにはできない。してはならない。破綻させるなどもっての外だ。だから、今回は無限の欲望を抑え込む。

 

 またこの闇の書事件にはアースラ隊が対処の任についたらしい。あの部隊は今の闇の書よりも興味深い。それらの観察も踏まえた上で、様子を見よう。ちょっかいは出さず、ひっそりと。

 

 粗方の方針が纏まったジェイルはリニスが淹れてくれていた珈琲を口に、

 

 『はぁーい。ドクター元気にしてるぅ?』

 「ッッ!?、あ、アッツ、熱いィッ!?!?」

 

 いきなり目の前にモニターが表示され、金髪美女のドゥーエの顔面がドアップされた映像にジェイルは驚き、うっかり珈琲を盛大に零してしまった。

 まだ湯気が出ていた珈琲は見事にジェイル、いや男として大切なトコロに掛かり、あまりの刺激に苦悶する。特別頑丈に作られた身体とて、急所は痛い。痛いものは痛い。

 

 『うわちゃー、タイミング悪かったかしら。ごめんさいドクター』

 

 軽い。余りに軽いぞその謝り具合は! しかもさり気なく戦闘機人に搭載されている録画機能を行使しているところを見る限り、全然反省していない。むしろ面白がっている……!!

 だが、耐えろ。耐えるんだジェイル。器を広く持て。ここは余裕のあるスマイルと、優雅な姿勢だ。自分とて大家族の家長。トップに立つものとしての威厳を保持しなければならない。

 唯でさえリニスに仕切られっぱなしなのだ。これ以上トップとしての株を落としてなるものか。

 

 「―――ふぅ。どうしたのだねドゥーエ。いきなり連絡を寄越すだなんて珍しいじゃないか。あとだね。常にモニターを開く、または念話を送る際はちゃんと相手の確認を得てからにしなさい。それも大切なマナーだ。最後に、今すぐ録画を止めなさい」

 『おおー、僅か一呼吸で言いたいことを全て言い切った。やるわねドクター』

 

 感嘆の声を上げ、ドゥーエは録画を止めた。

 それにジェイルはふふんと満足げな顔をする。

 

 「そうそう、親の失態などを映像に残すモノではない」

 

 ジェイルは息を整え、別室に向かい新しいズボンに履き替え、ぶちまけた珈琲をせっせとタオルで拭き、綺麗になった椅子の上に改めて座った。

 その一連の行動に威厳など皆無だったということは、家長の為にも黙っておこう。

 

 「で、要件は一体なんだね……ハッ! まさか私とあまり会える機会が無くて寂しくなってつい、とか?」

 『ドクター、寝言は寝て言ってくださいな。不愉快極まりないです』

 

 娘の反応が冷たい。極寒零度と言うほどに。

 これが反抗期というものか? 少し泣きたくなったのは秘密だ。

 

 『真面目な話、ちょっと一介の局員の“暗殺”の許可を欲しいんですけど』

 

 恐ろしいことを素気なく言うドゥーエ。

 冷淡な眼が怪しく光る。

 流石のジェイルも意識を切り替え熟考モードに入った。

 

 諜報活動に優れた非戦闘員であるドゥーエだが、その持前の変身能力を駆使して相手を油断させ、始末する暗殺術にも長けている。

 そしてより高度な情報を手に入れるために、地位の高いレジアスの側近として潜入させている。中将の側近の持つIDならば、機密情報を好きなだけ見ることが可能だ。

 ちなみにドゥーエは最高評議会の居場所を特定する可能性を持つ唯一の“鍵”でもある。

 しかし、このタイミングで暗殺? 一介の局員というのだから、レジアスではあるまい。

 

 『詳しく言えば“査察官”を暗殺したい、です。男性で名はヴェロッサ・アコース。なかなか頭の切れそうな男ですよ。あちらこちら嗅ぎ回っているのでウザいったらありゃしないです』

 

 査察官―――次元管理局局員の中でも、調査能力・対人交渉が長けている専門家の名称だ。まさにスパイ活動を行っているドゥーエ最大の天敵と言えよう。

 

 「それで、君はヴェロッサという男にもう既に目を付けられているのかね?」

 『いえ、目を付けられているということはありません。私が管理局の情報を“覗いた”痕跡は完璧に消していますからね。いくら優秀と言えども私の正体に気付くことは出来ないでしょう。ただ、その男を一目見て確信に近い思いを抱いたんです………あの査察官は油断ならないと』

 

 大胆不敵なドゥーエがここまで警戒するとは、よほど腕の立つ査察官と見ていい。

 

 「そうか。で、いつからその男が動き始めたんだね?」

 『………三月ごろ、からです』

 「成程、ね」

 

 ジェイルは内心で納得した。今年の三月、プレシアが輸送艦アクアを襲撃した時期と合致する。ヴェロッサという査察官はジュエルシードを運んでいた輸送艦隊の情報を、プレシアに流した時空管理局のスパイを探しているのだろう。

 ロストロギア管轄の本局と対立している陸上本部なら、上手い具合に欺けるだろうと高を括っていたが、そう楽観視できるほど甘くはないということか。

 査察官の男は厄介そうであるが、ここで殺すのも惜しい。

 自分は愉快犯だ。今は敢えて見逃し、舞台が整ったときに、全力で叩き潰すことにしよう。今降りられても楽しみが減るというものだ。故に、

 

 「暗殺は許可できない。放っておきたまえ」

 『いいんですか?』

 「ああ。今は動く時ではないし、殺傷沙汰などの騒動も起こしたくはない。それに目を付けられていないのなら、そのままやり過ごせるだろう。だから放っといても問題はないさ。まぁ、用心はしておくように」

 

 ジェイルの判断にドゥーエは潔く了解し、通信を切った。

 『ジェイル・スカリエッティ』の遺伝子を組み込まれているドゥーエも、彼の思考に同意したのだ。

 

 科学者は椅子から腰を上がる。まずは、未だに眠り続けているナンバーズの調整に向かわなければ。アジトの改修と増築は後回しにして、リニス、イヴ、ウーノの約束を先にキッチリ果たそう。それらが全て熟された時、科学者は動き出す。


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