『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第26話 『満天の夜空』

 12月2日 AM2:23

 

 海鳴市オフィス街。普段人が多く行き来する場所であるが、今夜は人っ子一人いない。それどころか、ビルに明かりが一つも点いておらず、車すら通っていない。

 オフィス街全域にはミッドチルダ式の魔方陣が隈なく張られている―――人避けの結界だ。

 

 「やっぱ深夜は寒いなぁ。帰りに肉まん買って帰ろう……」

 「馬鹿野郎。身体を温めんならアツアツのおでんが相場は決まってる」

 

 そんな中、二人の男が白い息を吐きながら手のひらサイズの端末を地面に当てていた。それだけではない。辺りには地球では見られないであろう高レベルな精密機類が多く置かれている。

 

 「おい、ソッチの計測器はどうよ? 基準値超えてるか?」

 「全然超えてないぜ。至って普通。至って健康。次元震の影響は皆無といっていい」

 「うっし。結構結構。もう絶対に安全と判断して構わないな」

 

 彼らが調べているのは、今年三月に次元震を二発喰らった第97管理外世界の環境に何らかの悪影響が出てないか、というものだ。そのため毎月彼らはこの世界に現れては、異常がないかどうか調べている。特にPT事件の舞台となった海鳴市は重点的に調査を行なわなければならない。

 

 「今日合わせて9回目の調査だったが、それも今日で終わりだ」

 

 男は携帯端末の形をした観測機の電源を切り、本型の収納デバイスに収める。他の精密機器も順当にしまっていく。

 

 「そうと決まれば早くコンビニに行こうぜ。手が冷え切って仕方がないぞ」

 「わかってるって。今人避けの結界を解くさ」

 『―――いんや。結界は解かなくていいぜ。その方が都合いいからな』

 「「……………ッ!!」」

 

 気楽な会話を交わしていた彼らは、何処からか聞こえた幼い声に反応し、すぐに背中を合わせてデバイスを起動させる。瞬時に軽鎧をモチーフにしているバリアジャケットを身に纏った。所謂臨戦態勢というものだ。

 

 「………何者だ。無断で結界内に侵入したのだから、局の者ではないだろう」

 

 辺りを見渡すが人影も見えない。電球の光だけが辺りを照らしているなかでは、視界が悪すぎる。

 

 『アンタらのリンカーコア、頂戴するぜ』

 

 問いの返答の代わりに、酷く物騒な返しが来た。

 

 「おい、リンカーコアを頂戴って……まさか」

 「そのまさからしいな――チッ、ついてねぇ。守護騎士様のお出ましだ」

 「最悪だな。だがなんだってこんな魔法文化0の世界に奴らがいんだよ」

 「知るか。だが、その疑問は案外面白い答えが出るヒントかもって、ヤバい!!」

 「え、ちょ、グェッ!?」

 

 轟音を立てて迫り来る音を聞いた男は、本能的にその場から飛んだ。相方の首根っこも掴んで。

 

 ―――ドゴォン!!!

 

 直後、先ほどまで立っていた場所に鉄槌が振り下ろされた。あと少し判断が遅れて、行動に移っていなければペチャンコになっていた。

 

 「ボサっとすんな! 逃げるぞ!!」

 「ふざけんな! 捕縛するべき対象から逃げるなんて、んな惨めなこと」

 「お前は阿呆か。俺達はエースでもなんでもないただの凡兵だ。すぐにやられる。現実を見ろ!」

 「やる前から諦めてどうすんだよ!」

 「ヘンなプライドなんか持ち込むな! 相手は最大で四人もいるんだぞ! 挑んだところで勝ち目は皆無だ!! 今はオメオメと逃げるんだよ。そして、このことを早く管理局に知らせるんだ!!」

 

 惨めだろうが、臆病者と言われようが、今は逃げることが得策だ。プライドなんて捨てちまえ。そしてこの事態を一刻も早く管理局に伝え、隊を動かしてもらうことが、今自分達に唯一できること。無意味に玉砕して散るなんてまっぴらだ。

 

 「納得いかないのなら、こう思っておけばいい――――戦略的撤退、てな」

 「………ッ分かったよ」

 

 男は相方の胸倉を掴んでそう言った。それに相方は、悔しさを噛みしめながら、頷いた。

 

 所詮自分達は戦闘員ではない。ある程度自衛ができるだけの魔導師だ。そんな人間が、歴戦の猛者になど勝てるわけがない。ならば戦略的撤退は当然の判断だ。

 尤もそれを許してくれるほど相手も甘くはないのだが。

 

 「逃がすかぁ!!」

 

 咆哮とも言える叫び。そして突っ込んでくる紅い騎士。

 彼女からは余裕のない、焦燥じみた覇気を感じさせる。

 果たしてアレが魔法プログラムと言えるのだろうか。

 彼らから見ても、鉄槌の騎士は人間と比べても大差がないと感じた。

 しかし彼女は間違いなく脅威。自分達のリンカーコアを狙う守護騎士だ。

 それ相応の対応をしなければ逃げ切れはしない。

 

 「障壁を張るぞ! 俺に合わせろ!!」

 「応!!」

 

 二人は手を前に出し、二十の魔法障壁を展開する。

 だが、所詮は唯の二重障壁。ヴォルケンリッターの中で最も突破力が高い紅い騎士の前では、紙にも等しい。

 

 「オラァァァァ!!」

 

 鉄槌と障壁は均衡することもなく、一方的に障壁が打ち砕かれた。

 二人の男は宙を舞う。

 

 「グッ、ハ―――、クソ。やはり、馬力が違うか」

 「………あんなにあっさり砕かれると流石に傷つくな、ほんと」

 「危うく意識を飛ばすところだったぜ―――解!」

 

 地面に墜落する間際で何とか体勢を立て直す。

 そして人避けの魔法を解除して全速力でこの場を去る。

 

 「何とかして逃げるタイミングを―――」

 「与えるか!!」

 「容赦ねーなドチクショウ!!」

 

 背後から迫る計10個の小さな鉄球。

 ああ、ありゃ魔法弾より痛そうだ。

 

 「「FIRE!」」

 

 迎撃に20もの魔法弾を生成し、鉄球目掛けて放つ。

 しかし、鉄球は魔法弾と直撃する直前に軌道を替え、相殺を逃れた。

 

 「そんなのありか!?」

 「呆けてないで障壁張れ!」

 

 躱しきれないと悟った男は全面に障壁を隈なく展開する。

 

 「ちぃっ、なんつう悪趣味な武器だ!」

 

 鉄球はギュルギュルと不気味な音を発てて障壁とせめぎ合う。

 

 「貰ったぜ―――轟天爆砕!ギガントシュラーク!!」

 

 動きを止めたことを好機にヴィータは自身の持つ最大の魔法を行使した。

 小ぶりの鉄槌は数十倍のデカさに膨れ上がり、それは巨人の持つ大槌をも思わせる、絶対無比な巨大な鉄槌へと姿を変えた。

 

 「なんでもありか守護騎士連中は!? 常識くらい弁えろ!」

 「現実逃避すらままならないな」

 

 愚痴を零さずにはいられないほどの窮地。

 とてもあの鉄槌を受け止める気はしないが、今は足掻くしか道はない。

 破れかぶれでも何でもいい。何もしないでやられるよりかはマシだ。

 

 「「魔法障壁最大出力!!」」

 

 鉄球を最大出力で弾き、迫る鉄槌を防ぐために巨大な障壁を四重にして展開させる。

 

 「砕けろ!!」

 

 障壁破壊の効果を併せ持つギガントシュラークの前には、その何重もの障壁も意味はなく、一撃で破壊された。そして巨大な質量と魔力が籠った鉄槌は男二人に直撃する。

 

 悲鳴も上げれず、流星のような速度で真っ逆さまに落とされる。幸いにもビルには直撃せず、ビルとビルの間の路地裏に叩き落された。

 

 「――――ア―――ぅ、ぐ」

 「――がッ…ふ………」

 

 路地裏にあったゴミ箱がクッションになった。これは、喜んでいいものやら……悲しんでいいものやら。

 とにかく、はやく逃げなければならない。このままでは、やられる。

 男は力を振り絞って立とうとする。だが、立てれない。脚に力が入らない。先ほどの一撃がよほど効いたのだ。体力気力共に限界を迎えている。

 

 「………ぐ、ぬ、ォォォォ!!」

 

 満身創痍ではあるが、男は立った。そして、相方にも立てろと掠んだ声で言う。だが相方の反応はない。

 ―――相方が完璧に気絶している。恐れていた最悪の事態だ。

 

 「くそ…しっかりしろ………」

 

 それでも男は諦めなかった。相方を腕を掴んで、肩に寄せて一歩一歩力強く前に向かって歩く。生憎と時空管理局局員は仲間を見捨てるなんて腐った性根は持ち合わせていない。

 

 ゴミの異臭が身体に纏わりつき、ぐちょぐちょと生ものを足で踏んでいく。それでも歩みを止めよとしない。微かな希望に縋り付く。

 

 「―――ぁ」

 

 かくん、と膝が呆気なく下り曲がる。ただただ根性で耐え抜いていた身体が、これ以上動くなと言っているのだろう。

 そのまま彼は倒れ伏し、生臭いゴミに顔を蹂躙される。

 流石にそのままだと我慢ならなかった男は、ゆっくりと仰向けになった。ボロボロになった手で顔に付いた生ごみを払いのける。

 

 「……ッ――――綺麗な……空だな……クソッ………」

 

 荒い息を吐きながら、満天の夜空を見上げる。

 この世界は、ミッドチルダと負けず劣らず美しい。この景色は、自分は好きだった。月に一回見るこの風景に、男は楽しみにしていた。

 

 ――――この夜空を見上げて果てるのも、悪くない。

 

 もはや脱出は不可能となった。ならば腹を据えて、この運命を潔く受け入れるとしよう。無念極まりないが、これが現実だ。だが抗うだけ、抗ったのだ。もう十分だろう。

 

 「よく粘ったな。アンタら」

 

 幼い声がまた聞こえる。

 感心したような、呆れたような声色だ。

 

 「自分で言う、のもなんだが……俺達は、大した魔力は…もって……ねーぜ?」

 

 これは、命乞いではない。ただの皮肉だ。せめて、自分達の魔力の程度を知り無駄な蒐集だったと嘆けばいい。追ってまで、倒すべき人間ではなかったと落胆すればいい。それが、自分に残された最後の反撃だ。

 

 男は鉄槌の騎士の顔を見る。その幼い人形のような顔が、どう歪んでいるか見届けるために。

 

 「――――――ッ」

 

 鉄槌の騎士の表情を見て、男は唾を飲んだ。

 彼女は悔しがりも、憤りも見せず、誇りある顔をしていたのだから。

 

 「アンタは気絶している仲間を捨てなかった。だから、卑下するつもりはない。むしろアンタのリンカーコアを蒐集できることを誇りに思う」

 

 少女の言葉は、不覚にも胸を突かれた。これが、闇の書の守護騎士。

 やっていることは邪道ではあるが、その志はまさに騎士そのものだった。むしろ何故これほど潔い志を持っている者がこのような犯罪に手を染めるのか理解できなかった。

 魔法プログラムだからか? 主には絶対服従だからか? それとも―――いや、これ以上詮索しても仕方がないか。

 彼女は守護騎士としての使命、正義に従って行動しているだけなのだろう。もしかしたら深い事情があるのかもしれないが、それを自分が知る術も権利もない。

 

 「い、いだ…ろう。煮るなり、焼くなり……好きに…しな……」

 「―――そうさせてもらうぜ」

 

 嗚呼、魔力が抜けていく。それと同時に激しい痛みが身体を襲う。それでも、喘ぎはしない。叫びもしない。ただ黙して、薄れゆく意識を手放した―――………

  

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 風芽丘図書館に訪れていた闇の書の主、八神はやては只今大きな壁にぶつかっていた。

 その壁はあまりにも大きく、不条理にも思えるほど――――高かった。

 

 「と、とどかへん。なんて高い本棚なんや………!!」

 

 少女の口から悔しそうな声が滲み出る。

 足が不自由故、車椅子生活を余儀なくされているはやてには、高い本棚はまさに鬼門。しかも読みたい本が丁度手の届かないところに置かれている。もはや悪意すら感じる配置だ。

 

 「ぐぬぬぬ………」

 

 イライラする。背中が痒いとき、手がその痒い場所に届かないくらいもどかしい。

 しかし、諦めてなるものか。諦めたらそこで試合終了である。

 

 「舐めんなや…私がこれぐらいの壁で諦めると思ったら大間違いやで」

 

 いったい誰と戦っているのか。というか入り口で待ってるシャマルもしくは従業員に本と取ってくれと頼めば事足りるということを、無駄に熱くなっている彼女は気付いていない。

 はやては諦めず必死になってその本を取ろうと手を伸ばし続ける。そして、

 

 「届け私の右腕ぇぇぇぇ……え?」

 

 自分ではない、別の人がその本を手に取った。

 

 「これ、ですか?」

 

 綺麗な青紫色の髪を持つ品のある少女が、優しい微笑みを浮かべて手に取った本をはやてに確認するように見せる。

 本に手の届かない自分の代わりに、彼女が取ってくれたのだ。

 よく見ると、いつもこの図書館を利用している女の子だということにはやては気付いた。

 

 「―――は、はい。ありがとうございます」

 

 これが、はやてにとって初めて同年代の友達ができる瞬間だった。

 

 

 ◆

 

 

 本を手渡ししてくれた少女、月村すずかとは初めて言葉を躱したとは思えないほど会話が弾んだ。何かと同年代の女の子と話す機会が少なかったはやてには希少な経験だ。

 

 「あー、やっぱりいつもここに来よる子やったんやな。よく見かけとったんよ」

 「実は私も。本を借りて帰るのが日課になってたでしょ?」

 

 お互いを意識していたことにふふっと笑い合う。

 

 「ところで……どう思った?」

 「? なにが?」

 「いや、私の名前よ。変な名前とちゃう? 八神はやてって」

 

 この時はやての脳内では自分のうっかりした問いかけに「しまった!」と後悔した。

 円滑に会話が進み、和やかな雰囲気のなかでいきなり自分の名前の自虐ネタを出すとは。やばい。これで「うん。そうだね」なんて言われたら3日三晩立ち上がることができないほどの精神的ダメージが――――、

 

 「そんなことないよ。私は、綺麗な名前だと思う」

 

 はやての不安は束の間、すずかは凛とした声で即答した。

 

 「あ……ありがと」

 

 例えお世事だとしても嬉しいものだ。いや、すずかを見る限り決して世辞ではないのだろう。それがまた酷くむず痒く、照れ臭い。

 

 「もっと色々話したかったけど……人待たせとんよ。そんじゃ、また」

 「あ、私が押していくよ」

 「それやとすずかちゃんに迷惑が」

 「全然。友達だから当然だよ」

 

 はやての返答を待たず、すずかは車椅子のグリップを握り図書館の入り口まで向かう。前進していくに連れ大車輪がキコキコと小気味の良い音を立てる。

 入り口前で待っていたシャマルが自分達に気付いた。知らない少女が自分の主の車椅子を押してきていることに、彼女は少しきょとんとした顔をして、すぐに大まかな事情を察したシャマルは穏やかな笑顔で迎える。

 シャマルを保護者と認識したすずかは一礼し、別れの言葉を送って帰っていった。それを手を振りながらはやては見送った。

 

 

 ◆

 

 

 今日の主は実に機嫌が良い。なんというか、幸せの余りにほくほく顔になっている。どうやらあの図書館で友人を作ったらしい。事情は詳しく聞いてないが、雰囲気で分かる。はやての幸せオーラを見ていると、シャマルの心も温まる。

 

 風芽丘図書館の暖房の入っていた室内から出てたら、一気に外の寒波がはやて達を包んだ。白い息が自然と口から洩れる。

 

 「はやてちゃん、寒くはないですか?」

 「うん、へいき。シャマルも寒ない?」

 「私は、全然」

 

 守護騎士は魔法で創られたモノ故に、特別頑丈であるから大丈夫。などとは決して口には出さない。そんな答えをはやてが聞いたら怒るだろう。

 自分達を気遣う主は、かなり稀だ。戦うしか能のないヴォルケンリッターを人として、家族として扱い、こうして現世の素晴らしさを教えてくれる。それを実感するたびに本当に良い主と出会えたと思える。だからこそ、自分達はこの優しい主を救わねばならない。

 

 彼女は時が流れるにつれ、原因不明の病に侵されていく。それは闇の書の悪影響とシャマルは見ている。それを食い止める術は、闇の書の完成しか思いつかない。他に、縋るべき術がないのだ。

 例え蒐集が主の望まぬ行為であろうが、その意志を反してまで、自分達は主を救いたい。それがどれだけ罪深いことであろうとも、止まる訳にはいかないのだ。

 

 「シグナム!」

 

 はやての嬉々した声にシャマルは意識を切り替える。主の目先を追うと駐車場で白いコートを纏ったシグナムが立っていた。

 おかしい。確かこの時間帯でのシグナムは剣道場で臨時講師をしていなければならないはず。

 

 《シャマル。悪い知らせだ》

 《…………え?》

 

 合流したシグナムはシャマルの横に付き、いきなり念話を飛ばしてきた。

 悪い知らせ……それを言葉に出さないところを見る限り、はやての前では言えないことだと予測できる。 

 

 「なぁシグナム。今日のご飯は何にしよか?」

 「私は主はやてがお作りになられるものであれば何でも構いません」

 「そう言ってもらえると嬉しいんやけど…「何でもいい」ってのは料理作る人にとって一番難しいんよな……シャマルはどうや?」

 「私ですか?……そうですね……私が決めるのもあれですし、家にある食材を見て決めましょう」

 「―――そうやな。まだ食材はいっぱいあったし、それ見て決めよか」

 

 二人の騎士はそうしましょうと返し、そしてそのまま黙りこんで一時中断した念話を再開した。

 

 《それで、悪い知らせというのは一体なんでしょう?》

 《深夜2時ほどに、管理局所属の魔導師がこの街をうろついていたのをヴィータが発見した》

 

 シグナムの念話から放たれた言葉の衝撃により、シャマルは冷や汗を掻く。それでも、はやてに感づかれないように平常心を保とうと努力する。

 

 《そ、そんな。この世界は魔法文化0のはずです。そんな世界にどうして》

 《理由など知らん。ただ、この世界に局員がいたということは紛れもない事実だ》

 《……ヴィータちゃん。もしかして手を出しちゃったの?》

 《ああ。路地裏で二名の局員を倒したと報告が来た。そしてリンカーコアを蒐集し、倒した魔導師はそのまま捨て置いたとな》

 

 マズイ。何故この世界に局員がいたかなんて理由は、もうどうでもよくなった。今はそんなことを気に掛ける余裕がなくなってしまった。

 ヴィータが倒した管理局員が意識を取り戻せば、必ず仲間に報告する。そうなれば―――この街に自分達が潜伏していることに感づかれる。

 蒐集すべき魔物も魔導師も存在しないこの世界で、どうして守護騎士がいたのか。それを彼らは気に掛けるはずだ。よほど無能でない限り、必ずこの世界を不審に思い、調査隊を送って来るだろう。

 

 《どうします。このままだと》

 《どうするもこうするもない。相対するのならば死力を尽くして迎撃に当たるまでだ》

 《………そうですね》

 

 どちらにせよ、ヴォルケンリッターは時空管理局に所在を掴まれず闇の書を完成させれるなんて甘い考えなど持っていなかった。遅かれ早かれ全面的に戦闘になるのは分かり切っていたことだ。問題なのは、

 

 「ところでヴィータは? 朝早くからおらんかったけど」

 「「…………っ」」

 

 何も知らないはやてに気付かれず、事を進めていくことが余計に困難になった、ということだ。

 

 「ヴィータなら起きてからすぐに外に飛び出していきましたよ」

 「おー、やっぱりヴィータは元気やなぁ。でも大丈夫やろか。危ない人にうっかりついて行かんやろか」

 「大丈夫ですよ。あの子にはザフィーラがついていますから」

 「そか。通りでザフィーラもおらんかったわけや。ザフィーラが付いとんなら安心やな」

 

 口笛を吹きながら、どんな料理を作ろうかと悩む主。

 二人の騎士はその姿を温かく見つめ、再度心に誓う。

 この少女だけは、絶対に巻き込むわけにはいかないと。

 

 

 ◆

 

 

 生ごみの悪臭が鼻を衝く。意識が鮮明に回復していくのを感じる。

 ヴィータに倒された男は意識を取り戻した。その直後、麻痺していた痛みが一気に男を襲う。魔力の生成も、リンカ―コアを抜かれているせいで困難になっている。回復するまで時間がかかるだろう。おかげでバリアジャケットを纏うことさえも出来ない状態だ。

 

 「最悪の、目覚めだぜ…………」

 

 悪態しかつけない。今自分が生きているということは、敵に情けをかけられたということだ。情けないが、生きていることを素直に喜ぶべきか。

 

 「こいつはまだ気絶してるのか。ったく勘弁してくれよ」

 

 相方は未だに気絶している。

 できるのなら頭をドついて起こしてやりたい気分だ。

 

 「あー節々が痛てぇ。それにゴミクセェ。さらに寒いときたか」

 

 最悪の三拍子だ。今日は厄日だ。間違いなく。

 

 「………はぁ、いつまでもゴミ溜めに居てらんねーな」

 

 相方を背負って、転移装置のある場所まで歩く。なかなかハードな仕事だ。それに、この時空管理局の制服は何かと目立つ。コスプレと間違われても文句は言えない。人気を避け、路地裏を巧く使って、目的地に辿り着くしかない。

 気が遠くなるような道のりだが、男は自身に活をいれ、転移装置の設置場所“海鳴公園”に向かった。

 


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