「クソ……くそったれが!」
だからこそ、ヴィータはミッドチルダでティーダ・ランスターを打倒し切れなかったことに悔やむ。あの男のリンカーコアを頂いていれば、ざっと20ページくらいは魔力を確保できたはずだ。そうすれば少なくともここまで苦労することはなかった。はやてを救う一歩にもなっていたはずなのだ。
全ては己の力が及ばなかったため。自身の力不足が足を引っ張っている。
「なんて、未練たらたらな思考だ………」
海鳴市の遥か上空で、ヴィータはイラただしげに舌打ちする。
鉄槌の騎士とあろう者がたかが一度の失敗でウジウジと。後悔しても始まらないことを理解しているだけに、無駄なことを考える自分に嫌気がさす。
あらゆる障害を破壊し突破する騎士が何たるザマだ。名折れと言われても反論はできまい。
「でも、まだチャンスはある」
この海鳴市には強大な魔力を所持する人間が確実に存在する。此間一帯から強大な魔力反応がよく確認されているのだ。その人間さえ捕まえて糧にすれば、必ず20ページは埋めれるとヴィータは踏んでいる。ティーダ・ランスターの分を補うには丁度いい。
「………その強大な魔力を持つ者を、二手に別れて探してみるか」
狼形態のザフィーラは二組で探すよりか、二手で探した方が効率が良いと提案する。
本来なら管理局の襲撃に警戒し、単独行動は控えるべきなのだがこのままのペースでは時間が掛かり過ぎる。多少のリスクは覚悟して行動しなければ、どうしようもないほど追い込まれているのだ。
「おうよ」
ザフィーラの案にヴィータは賛成した。
「では先に行くぞ」
賛同を得たザフィーラは速やかにヴィータと別れた。
彼は寡黙で冷静な男だ。故に決して顔には出さないが、あれでも必至なのだろう。
「ちまちましててもしょうがねェ。アイゼン。封鎖領域、展開だ」
『Gefängnis der Magie』
海鳴市広域に結界魔法を展開する。
この結界魔法は結界内に存在する者の魔力を探知することができる優れものだ。さらに敵を逃さない強固な牢の役割も秘めている。相当強力な隠蔽技術でも持っていない限り、決して隠れることはできない。
「………見つけた!」
さっそく引っかかった。こんなに上手くいくのなら最初からコレを使えば良かったと今更気付くヴィータ。既に二手に別れたザフィーラには申し訳ないが、過ぎてしまったことは仕方がない。念話で呼ぼうとも思ったが、すぐに思い留めた。
今こそティーダ・ランスターを仕留め損ねた自分の失態を拭えるチャンス。故にここは一人で討伐する。仲間の手を煩わせるまでもない。
「行くよグラーフアイゼン」
『Ja.』
赤い軌跡を作りながら、ヴィータは一直線に魔力反応のある場所へと向かう。
◆
「………結界。それも、かなり堅いタイプ。そうだよね、レイジングハート」
『Yes』
なのはは人気のない街へと変貌した海鳴市を、センタービルから見下ろし、困惑した表情を隠せないでいた。
何者かが自分と会いたがっている。どんな理由があるかは知らない。でも、ずっと家にいるわけにもいかなかった。家に籠っていては、家族にまで被害が及ぶ。
こういう時に頼れる師のユーノもクロノもフェイトの裁判の証言人として呼び出されている。頼れるのは、自分とレイジングハートの判断だけ。
「でも、いったい誰が………あ!」
『It comes. 』
空を見渡すと、赤い流星のようなものが此方に近づいていることに気付いた。
レイジングハートが自身に警告を促す。アレは、敵であると。
『Homing bullet.』
赤い流星の正体は誘導弾。激しい回転を加えられた鉄球が一直線に向かってきている。
出会いがしらに攻撃魔法とは、これまでにない過激さが見受けられた。問答無用ということだろう。
「シールド!」
咄嗟に左手を前に出し、障壁を張る。
結果、鉄球と障壁が激突する。
普通の魔法弾なら、障壁とぶつかった後に形作っていた魔力が霧散して消えるのだが、鉄球は質量を持つが故に消えることが無い。
「く、う――――」
止まることを知らない鉄球は防がれたとしても静止しない。ガリガリと障壁を削る。自分に喰らいつくまで止まらないつもりか。
「テートリヒ・シュラークッ!!」
「な!?」
さらに追い打ちを掛けてくるように術者本人が現れた。そしてなのはは目を点にする。現れた術者の正体は、自分より年下と思える少女だったのだ。
小柄な身体で小さな鉄槌をがら空きになったなのはの腹部に目掛けて振るう。なのはは空いていた右手を鉄槌の前に出し、二つ目の障壁を展開するが、所詮デバイスを使わず展開した障壁。デバイス要らずの魔導師ではないなのはが、防ぎ切れるはずがない。
攻防の末にパワー負けしたなのはは吹っ飛ばされ、センタービルの頂上から重力に逆らわず落下してしまう。
「痛ぅ」
鉄槌を受けていた右手に負傷を負った。
だがこのまま痛がっていては地面と激突して死んでしまう。
「レイジングハート……!」
その痛みを我慢してなのははレイジングハートの待機モードを解除させた。
『Standby. ready. setup.』
レイジングハートから放たれる桜色の光がなのはを包み、純白のドレスを纏わせる。
前線で砲撃魔導師として成り立てるだけの強固な鎧。自分の魔力を惜しみなく使い編んだ鉄壁の戦闘服。これを身に纏った高町なのははもはや力のない小学生ではない。
「行ける………!」
足から魔力で編まれた二翼の小さな羽を羽ばたかせ、落下していた身体の体勢を整える。
「これで……ってぇぇぇぇ!?」
赤い少女に目を向けるとすでに鉄球を打ち出していた。先ほどの倍はある速度で。
反応の遅れたなのはを守るため、レイジングハートは自動の防衛障壁を展開させた。
障壁と鉄球が再度ぶつかり合い、魔力の爆発を生む。白い煙がなのはのいた場所を包んだ。
「オラァァァァ!!」
紅い少女は手を緩めることを知らぬかのように、追撃を続ける。白煙をぶった斬るように大きく鉄槌を振るう。それを間一髪のところでなのはは回避した。アレに当たれば防御力に秀でたなのはといえども唯では済まない。
「いきなり襲われる覚えはないんだけど……! どこの子? いったいなんでこんなことするの!?」
高町なのはは誰かに恨まれるようなことをした覚えはない。それに、魔法を扱う子なんてフェイト達以外に会ったことなんてない。第一にあんな派手な少女を一度見て覚えてないはずがない。
「…………」
なのはの悲痛めいた質問に、彼女は何も答えない。
―――さすがにイラっとくる。ここまで無視され、意味も分からず襲われることを許容できるほど、なのはも器が広くない。
ならばどうするべきかは既に決まっている。理由を教えてもらうために、戦うまでだ。
「教えてくれなきゃ、分からないってば――――!!」
桜色の魔法弾計四つを生成。そして、放つ。
なのはの持つ高い空間把握能力と魔力制御を巧みに併せ、本来の追尾弾ではあり得ない、多角軌道を描き紅い少女に迫る。
「っ……!」
赤い少女は1撃目を粉砕し、2~3撃目を障壁で防ぐ。
「ッ―――こんのやろぉぉぉぉぉぉ!!」
一筋縄ではいかないことに苛立ちを露わにする少女は、なのはに特攻する。
なのはの目の前まで迫った紅い少女は鉄槌を横薙ぎに振るう、がレイジングハートの自己判断の方が早かった。自動的に後ろに移動して躱し、さらにレイジングハートは自身を砲撃形態に移行させる。
高い魔導素質に恵まれているなのはに、高性能デバイスを組み合わせたらまさに鬼に金棒。高町なのはの持つ潜在能力を十全に引き出すことができる。その結果、AAA魔導師として恥じないポテンシャルを惜しみなく発揮することができる。これぞ、天性の才能と最高峰の演算処理端末が合わさって初めて叶う理想の砲撃魔導師の姿。
「話を―――」
『Divine』
「聞いてってばぁぁぁぁぁぁ!!」
『Buster.』
レイジングハートの判断に連動する動きでなのはは砲撃を決行する。
「ッ!?」
身体を捻り、紙一重で回避を成功させる少女。しかし、
「ああ!」
かぶっていた兎人形つき帽子がデェバインバスターの余波で飛んで行ってしまった。
紅い少女は悲痛な声を上げる。そして、激しく動き回っていた身体をピタリと止めた。
話を聞くために止まった……と思えるほどなのはもボケていない。
「…………潰す」
あまりの怒りにワナワナと震える少女は、瞳孔が開き、殺気に満ち溢れる。
よほどあの帽子が大切だったのだろう。素直に悪いことをしたと思う。
「ご、ごめんなさい! わざとじゃ」
「グラーフアイゼン!! カートリッジリロード!!!」
『Explosion.Raketenform.』
紅い少女の叫びにも似た詠唱に、鉄槌のデバイスから空薬莢が弾き出される。それにより彼女の魔力が飛躍的に高まる感覚をなのはは感じた。
いや、それだけではない。クラーフアイゼンと呼ばれたデバイスも、カタチを変えた。鉄槌に、ロケットの噴射口が取り付けられたのだ。今までのどのデバイスとも異なるタイプ。
「宣言する。次の攻防で、アンタはあたしに敗北する」
絶対的な自信。
そしてそれがハッタリではないと証明する魔力の余波。圧迫する闘志の重圧。
これは、拙い。なのはの直感が最大級の警報を鳴らした。
「―――行くぜッ!!」
鉄槌に付属されたロケットの噴射口に火が灯った。
刹那、今まで見たことのない爆発的な加速力が生まれる。
それはなのはの見立てではフェイトの瞬間スピードをも凌駕する。
「展開!!」
全神経を研ぎ澄まさせていたなのはは障壁を素早く展開する。
あれだけ大技を放つ放つと公言していたのだ。防ぐ覚悟は十全に出来ていた。
防ぐタイミングも、ギリギリながらも間に合っている。
防御力はユーノに劣るが、それでも魔導師の中では堅牢であるとなのはは自負している。
「―――――!?」
それでも、紅い少女の持つ絶対的な破壊力の前には防御など意味を為さなかった。
一瞬で自慢の障壁が砕かれ、次にレイジングハートの柄を抉られた。そして、尚もその突進は収まることを知らない。
「吹っ飛べッ!!」
なのはは紅い少女の叫び通りに吹っ飛ばされた。
彼女は勢いよく背後に建てられていたビルに激突する。
「……ぅ、ぅ」
ビルの室内へと吹っ飛ばされたなのはは壁にめり込む。
身体中が痛い。鈍痛が、止まらない。
まるでレイジングハートの自己回復が間に合わない。
「あ――、くぅ」
魔力で強化された肢体に力を入れて、壁にめり込んだ身体を無理矢理抜かす。
しかし疲労とダメージが大きすぎたせいか、意識が朦朧として、膝を付き、手を地面につける。そして赤い少女はその隙を決して見逃さなかった。好機だとばかりに畳みかける。
「トドメだ――――ッ!!」
「は、ァァァァァァ!!」
紅い少女のトドメの一撃を、朦朧とした意識のなかで受け止める。
全魔力を防御に回し、半壊のレイジングハートに無理を承知で強化し続ける。
今ここで無理無茶をしなければ―――やられるだけだ!
「ッ―――ぶち抜け!アイゼン!!!」
『Jawohl. 』
それでも、防ぎきれなかった。
障壁を抜け、鉄槌の尖端がなのはのバリアジャケットを穿つ。
バリアジャケットの胸辺りの装甲が破損し、再度壁に叩き込まれた。
叫ぶことさえも、許されない一撃だった。
「―――――ぁ」
危うく意識が飛びかける。
これほどの物理攻撃は今まで受けたことが無い。
「………ふぅ。手間取らせやがって」
手応えを十二分に感じた紅い少女は一息つき、心を落ち着かせる。瞳孔が開いた藍色の瞳も元に戻り、グラーフアイゼンからはまた一つ空薬莢が排出された。
「チ、一振りで潰そうと思ってたのに……まさか二つもカートリッジ使う羽目になるなんてな」
ここまで粘られるとは思わなかったのだろう。紅い少女は納得のいかない顔をする。
「アンタはあたしの大事な帽子に傷をつけたんだ。だから、絶対にあの局員共のように敬意を払う気なんてねぇぞ」
じりじりと歩み寄ってくる紅い少女。
―――拙い。
手足を動かせ。魔力を廻せ。でなければ敗北が待っている。
「う、くぅ」
レイジングハートを残った力で何とか持ち上げて、紅い少女に標準を向ける。
だが、魔力が一向に溜まらない。集中力が切れかかっている。
紅い少女は無言で鉄槌を振り上げる。
あとは、振り下ろすだけで終わる。それだけで、勝敗が決する。高町なのはの敗北というカタチで。
この時なのはは心底こんな終わり方は嫌だと思った。
まだすべきことは山ほどある。親孝行もしていない。フェイトともやっと友達になれたのだ。まさに自分の人生はこれからだというのに、こんなところで終われない。
「安心しな。殺しはしねぇ。テメェを気絶させた後、リンカ―コアを蒐集するだけだ。まぁ、激痛は伴うが我慢しろ」
鋭利な鉄槌が―――振り下ろされる。
なのはは目を瞑った。自分のピンチに、誰かが駆けつけてくれる。そんな都合のいいことなんて起きるはずがない。そう、諦めていた。
「――――なっ」
鉄槌が当たった感触が無い。代わりに金属と金属がぶつかり合う音と、紅い少女の困惑した声が聞こえた。
なのははそーっと、強く閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
「――――あ」
視界が鮮明に映るようになり、そして、なのはの
「ギリギリ間に合ったみたいだね」
「………よかった」
大切な、大切な人達の背中がハッキリと映った。
「テメェら……何者だ。そいつの仲間か?」
紅い少女はバックステップを取り、距離を開けたところで苛立ちを隠さずに問う。
金髪の少女は魔力刃の帯びた鎌を構え、黒い法衣を纏っている少年も己の杖型デバイスを構えた。そして、静かな声で、紅い少女の問いに万感の意を込めて答える。
「友人だ」
「友達だ」
その言葉に、なのはは泣きそうになった。
◆
“………管理局の介入は覚悟していたけど、まさかこれほど質の高い魔導師を一気に送り込んでくるなんて………ちょっと拙いな”
ヴィータは自身に置かれている状況を鑑みて、窮地と悟る。
糧として申し分のない魔導師が二人現れた。それ自体は、嬉しいことだ。しかし、いかんせんタイミングが悪い。
此方は一人。あちらは膨大な魔力を持つ魔導師が三人。後から現れた治療師らしき金髪の少年も合わせて四人。質も高く数でも圧倒的に不利だ。先ほどぶっ潰した少女を戦力外と判断しても、それでもこの戦力差は埋まらない。さらに、頼みの綱のカートリッジはもう残り2つのみ。どう考えてもこの場を乗り切るには数が足りなさすぎる。
“堅牢とも自負できる封鎖領域の欠点は、外からの侵入を拒むことができないこと。その一点に尽きるぜ。だが、一度侵入したモノはあたしの任意が無ければ出ることが出来なくなる。入るは易し、出るは難し、だ”
ただ、幾らこの戦況が拙いといっても、これだけの餌が現れたことには幸運と思うべきだろう。自分がこの結界を解き、逃げない限り、奴らは閉鎖空間の外に出ることは出来ない。
“時間稼ぎくらいはできるか”
仲間の到着まで持ち堪えれば勝機があるし、闇の書の完成にも大きな一歩となる。それに、例え自分が倒されたとしても、数分はこの結界は維持できる……!!
「君は、鉄槌の騎士ヴィータで間違いないな?」
リ―ダ―格と思われる黒髪の少年はデバイスをヴィータに向けて、確認を取るように問う。それにヴィータは舐められないよう、自信に満ち溢れた声で堂々と答える。
「ああ、そうだ」
「僕は時空管理局の執務官、クロノ・ハラオウン。そしてこの子が嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサだ。さっそくだが、局までご同行願おうか」
「ケッ、このあたしも随分と軽く見られたもんだ。まさか子供に投降を迫られるなんて思いもしなかったぜ。よほど管理局は人手不足なんだな」
精一杯の強がりを見せる。まだ自分には奥の手があるのだと、錯覚させる。
見たところ、一番場数を踏んでいるのはあのクロノとかいう少年だ。見た目は子供だが構えに隙がなく、目も歳不相応に据わっている。彼の持つデバイスはこの中で最も劣っている中古品みたいだが、どんな改良を加えられているか分かったものではない。
何より戦士としての直感が叫んでいる。あの執務管―――間違いなく格上だと。
「大人しく投降してくれれば危害は加えません。それに、」
「罪が軽くなる、だろ? もうアンタらの常套句は聞き飽きたんだよ。騎士の忠義を甘く見るのも大概にしろ」
ヴィータはフェイトの言葉を切り、一蹴する。
そんな言葉、管理局員と相対するたびに耳にタコができるほど聞かされてきた。
命を賭して守るべき主のいる騎士が、君主を差し置いて投降するなどあり得ない。
「ならば、力づくで連行しても文句はないんだな?」
「おう、当たり前だ。文句なんて付ける気はねぇよ。まぁ――――」
さぁ、ここからが正念場だぞ鉄槌の騎士ヴィータ。気合を入れろ。
「この鉄槌の騎士を止められるもんならなぁぁぁぁ!」
ヴィータは立ち塞がる二人の魔導師に向かって全力で駆ける。
自分にできることはただ、目の前の障害を力づくで突破することだけだ。
せめてシグナムたちが到着するまで、それなりのダメージを与えておく……!!
『了解した。なら、お望み通り力づくで止めさせてもらおう』
何処からともなく聞こえた声に応じるように、ヴィータの行く手に十本の長剣が突如として現れた。まだ敵が潜んでいたらしい。管理局が質量兵器を取り扱ったことに驚きはしたが、これくらいの壁で鉄槌の騎士を止めようとは片腹痛い。役者不足もいいとこだ。
「舐めん……な!?」
ヴィータは即座に自慢の鉄槌で剣の壁を打ち壊そうとするが、鉄槌が剣の壁にぶつかる前に、剣が爆発した。
“剣に偽装した爆弾ッ………!?”
いや、それだけではない。ヴィータの優れた聴覚が鉄と鉄が犇めき合う音を拾う。
しかも剣の爆発により周りが見えなくなっている。
“この状況は拙い!”
長い戦闘経験からこの音に類似している得物を、ヴィータは知っている。
「鎖か―――!」
気付いたころには既に遅かった。
襲い掛かってくる鎖はまるで蛇のように狭い室内を飛び回り、ヴィータの幼い右足を絡め、動きを制限する。
「こ、この…………!!」
ヴィータは絡まった鎖をすぐに破壊しようとグラーフアイゼンを振るおうとするが、その手も鉄の鎖によって止められた。さらに残った左足左手もすぐさま鎖によって封じられる。力づくで解こうにもビクともしない。
コレは、この鎖に付与されている魔法はミッド式でもベルカ式でもない。自分の知らない強化魔法……!!
鎖はあらゆる箇所に蜘蛛の巣を形成するように張り巡らされ、ヴィータはその中心に両手両足を開く恰好、簡単に言えば大の字で空中に吊るされる。
「う、うぅ―――ぁぁぁ、っがはッ」
ギリギリと肢体を締め付ける鎖に対し、苦悶が漏れる。
この鎖はもがけばもがくほど自分を絞めつけてくる。それを理解したヴィータは、無意味無策に抵抗するのを止めた。これ以上もがけば、意識が完全にブラックアウトしてしまう。そうなれば、本当に脱出する機会を失う羽目になる。
「すまないな。オレは魔法というものが使えなくてね。バインドも使えないんだ。手荒い手段だが勘弁してくれ」
柱の陰から、一人の男が姿を現した。
男は黒いコートを着用し、紅いマフラ―を首に巻いている。それらの装備がバリアジャケットではなく、上等級の魔道具であるのだとヴィータはすぐに見抜いた。
白髪、浅黒い肌とザフィーラと特徴が似ており、鋼の眼が磔となったヴィータを捉えている。その目の奥に、温もりなど存在していなかった。そう、あの目はまるで―――剣。研ぎ澄まされた剣のような鋭さが籠っている。
「………ッ」
手練れがさらに一人増え、鎖によって拘束され、自由を奪われた今の状況は最悪の一言。しかし、ヴィータの気丈な態度は尚も衰えない。
「捕縛されたというのに、大した気迫だ」
声を出さずとも、ヴィータの威圧は白髪の少年に伝わっている。しかし、その威圧を真っ向から受けている筈の彼は微動だにしていない。
ヴィータの放つものは、威圧から殺気へと上がる。先ほどの白い魔導師に放ったものとは段違いの殺気だ。
「これが噂に聞く守護騎士か。本当に子供と変わらない外見だな。尤も、中身はとても子供とは言えないがね」
それでもそよ風のように白髪の男は受け流す。そしてヴィータは確信した。この男は、数多の戦場を何百年も練り歩いたヴォルケンリッターよりも、長く戦場にいたのだと。
いや、その姿、あの鋼色の眼を見た時からヴィータは気付いていた。眼前にいる男は今まで相対してきたどの敵よりも危険であり、得体の知れない存在であると。恐らく今自分は、言峰騎礼と対峙したザフィーラと同じ気持ちになっている。本能が警告するレベルで、この男は――――、
「おぉっと。今すぐその物騒なデバイスを手放しな、お嬢ちゃん」
「ッ、……!!」
また新たに現れた一人の男に、ライフルの銃口を向けられ警告されて初めて、ヴィータは自分が残り二発のカートリッジを使うつもりでいたのだと知る。
ヴィータは無意識に、反射的に、考えも無しにこの最悪の状況で切り札を使おうとしていたのだ。それがどれほど愚策であるか身体に染み込んでいるのにも関わらずに。
それほど、自分はあの白髪の男に底知れぬ恐怖を感じていたということなのだろうか……?
「何らかの策を講じられて、この鎖を解かれても困る。ここは念には念を入れて――――少しの間眠ってもらうことにしよう」
白髪の少年の言葉と共に、首に絡められていた鎖が一瞬だけ強くなり、呆気なくヴィータの意識を刈り取った。