『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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 ヴァイス・グランセニックを主役とした話。


第03話 『狙撃手の休日』

 グラナガンの繁華街をテクテクと歩くア―スラの狙撃手ヴァイス・グランセニックは思いつめた表情をしていた。いつもおちゃらけた態度を取りア―スラのムードメイカーを務めている者とは思えない雰囲気を纏っている。

 

 

 “最後にラグナの顔を見たのは二週間前。段々会える回数が減ってきてるよな”

 

 重い足取りでヴァイスは妹ラグナ・グランセニックが住む保護施設“慈愛の家”に向かう。

 両親を早くに亡くしたグランセニック兄妹は保護団体が受け持つ慈愛の家で生活していた。アパートを改装して作られた慈愛の家はそれなりの面積の広さを誇っており、住みやすい場所である。

 

 兄のヴァイスは魔導師としての素質があったので局員として自立し、まだ4才のラグナは今も慈愛の家で生活している。次元世界を転々とするヴァイスと共に生活できるはずもないのだから当然だ。

 

 小さいころからヴァイスは時空管理局の魔導師に憧れていた。

 どんな悪い犯罪者も瞬く間に抑えるヒーロー達。

 男なら憧れて当然。魔導師の適性を報告された時には無邪気に喜んだものだ。そしてヴァイスは何も考えず、夢を追いかけてしまった。あろうことかラグナを残して。

 あの時の自分の判断は本当に愚かしい。せめてラグナが自立できるだけの年齢を迎えた後に時空管理局に入局すればよかったのだ。ラグナには孤児の友達が多くいたし、一人ではないのだろうけど………もしかしたら仲間外れにされてはいないだろうかという可能性も考えてしまう。

 

 “………やっぱり心配させてんのかな”

 

 それに次元航行隊の任務は苛烈を極める。いつ帰ってこれるか分からない日々。絶対に帰ってこれるという保証のない日常。本心ではラグナの傍にずっと一緒にいてあげたいがそれができない今の現状。

 自意識過剰かもしれないが、それらが全てラグナの精神にストレスを与えているのではないかと心配になる。

 

 「プレゼントを買っていこう……てかなんで今まで買ってあげてなかったのか。本当に最低だな、俺………」

 

 自分で墓穴を掘りさらに嫌悪感に苛まれてしまうヴァイス。

 だがいつまでも落ち込んでいてもしかたがないとヴァイスは気分を入れ替えた。

 こういった思考の切り替えの早さが彼の数ある魅力の内の一つだろう。

 

 ヴァイスは足を止め何かいい物は売ってないかと辺りを詮索する。

 

 “………ラグナが喜びそうな物ってなんだろうか?”

 

 子供が好きなお菓子にするか………いや駄目だ。好みが解らない上に4歳の幼女にそういった固形物またはゼリー状のものは危険すぎる。専門家なら食べさせていいものか悪いものか解るのだろうがズブの素人のヴァイスの判断では安全性に欠ける。

 

 “ぬいぐるみが無難だな”

 

 ぬいぐるみなら長い間持つし愛着が持てるだろう。特に可愛い系の動物などを買えば喜んでくれるはずだ。

 ヴァイスは近くにあった玩具屋に立ち寄る。そこには色々な種類の人形が売られていた。ヴァイスは慎重にそのぬいぐるみを見て周る。

 

 “へ――………ぬいぐるみに設定なんて付けてるのか。けっこう凝ってるなぁ。こういう視点から選ぶのも悪くないかも。どれどれ…………”

 

 ――――クマ吉君。熊の妖精で小学4年生。好きな妖精はニャン美ちゃん。

 

 “おお、猛獣で知られる熊をここまで可愛く仕上げるとは。しかも野獣の本能とは無縁のつぶらな瞳を作ることにより純粋無垢なあどけなさをアピールしてやがる。設定ではニャン美………名前から猫か。食糧でしかない動物を好きという設定も良い”

 

 ヴァイスは感心しながら設定の続きを読む。そしてその瞬間、高評価が逆転した。

 

 ――――服を露出するぐらい元気で自身を変態ではなく紳士と自称する。またニャン美に猛烈なアピールをするが全て裏目に出てしまう。

 

 例一覧

 

 ・ニャン美のパンツが好物でよく口の中に入れる。

 ・下半身露出して学校に登校。

 ・三角定規を巧みに使いこないしニャン美のスカートの内を盗撮。

 ・ニャン美の笛を飲み込み蹂躙する。

 ・ニャン美のスクール水着を着用して登校。

 ・全裸でニャン美を追いかける。

 

 ビッシリと書かれた一例の中にまともな設定なんてものはなかった。悪行を通り越して犯罪のレベルだ。しかもニャン美が高確率で被害に遭っている。

 

 「いやいや本能丸出しじゃねーか!いくらなんでも性欲に忠実過ぎるだろう!?内容がマニアックすぎるしストーカーの域超えてるし変人どころかのレベルじゃないぞ!特に最後アウトすぎる!!」

 

 頭のネジが一本抜けているどころの問題ではない。

 

 「駄目だ!こんな薄汚い熊をラグナの手に触れさせるわけにはいかない。外見は良いとしても設定が酷過ぎる」

 

 一息ついてマシな設定のあるぬいぐるみを探す。次にヴァイスが目につけたのはウサギのぬいぐるみだ。

 

 “名探偵うさみちゃんか。ピンク色は女の子が好みそうな色だよな。ウサギキャラも人気があるだろうし何より可愛い。探偵という設定も正義感が強くてカッコいいから中々だ………ん? 推理中にインスピレーションが働き目つきが変わる……後頭部のボタンを押してみてね?”

 

 そんなギミックまであるのか。ヴァイスは試しに後頭部のボタンを押してみる。するとうさみちゃんの目は小さい黒い瞳から一転。クワッ!!っともの凄く何かを凝視している恐ろしい眼になった。てか眼のサイズが大きくなった。

 

 「怖ッ!!どんなひらめきが浮かんだらこんな眼になんだよ!?」

 『私は警察に通報するのが好きで探偵やっているようなものだから』

 「なんか喋った!?しかもなに正義感もクソもねぇ理由で探偵してんだ!!」

 『暇ね~………ちょっとそこのアンタ。首捩じ切りなさいよ。グルグルグルバッツン♪』

 「グロイわ!!」

 

 頭が痛くなってきた。とても商品として売る気があるとは思えない。このぬいぐるみコーナーで買うのは止めよう。そしてヴァイスは何の設定もない普通の猫のぬいぐるみを購入した。

 

 ぐったりとした様子で玩具屋から出るヴァイス。まさかぬいぐるみ一つでここまで苦労するとは思ってなかったのだ。

 

 「なんか無駄な体力を使った気がする………」

 「「ほう、それはどうしてだ?」」

 「いやちょっとしたツッコミの連ぱ………なんでいるんすか師匠にクロノさん」

 

 ヴァイスは半分、いや完全に呆れた様子で後ろに振り返る。そこには自分の先輩、つまりエミヤとクロノの姿があった。

 彼らなら気配遮断を使ってヴァイスの背後に忍び寄ることなど容易にできる。この仲良しコンビには何をやっても勝てる気がしない。

 

 「なに、僕達はア―スラの食糧が尽きかけていたので買い物に来ただけだが」

 「途中でヴァイスが玩具屋に入っている姿を見かけたのでな。面白そうだったからこっそりつけてきた」

 

 同じ黒い衣服を着ているエミヤとクロノはニコニコしながら説明をする。理由が面白そうだからって完璧にからかい目的だし何より説明の仕方が無駄に洗礼されていて、さらに生暖かい目で自分を見ているところが何ともいやらしい。

 尊敬している人達ではあるが、今はどうにも尊敬の眼差しでは見られない。きっと先ほどのやり取りを何処からか笑いながら見ていたに違いないのだから。

 その証拠にクロノなんか顔を後ろに向けて口に手で押さえている。アレか。思い出し笑いか。その端正な顔を一発殴らせろ。

 

 「一応言っときますけどコレは妹の為に買ったやつですからね。変な勘違いしないでくださいよ」

 「「え!?」」

 「おい黒色ペアルック。なんですかその反応。やっぱりさっきまで俺のこと『初めて恋人にプレゼントを選んであげようとする初々しい少年』なんて目で見てたんじゃないんですか?」

 

 もはや敵意しか残っていない感じで喋るヴァイス。

 それでも彼らは笑顔を絶やさない。

 エミヤはチラリと買い物かごの中身を見る。

 そしてアチャ―と演技っぽい仕草を取リ始めた。

 

 「マズイなクロノ。今しがた購入した食材を確認したのだが人数分買えていない。すぐにスーパーマーケットに引き返すぞ!」

 

 完璧主婦がよく言う。あのエミヤが買い忘れなどするわけがない。きっとこれ以上ヴァイスをからかっても面白くないと踏んだのだろう。クロノもその意図に気付き話を合わせる。

 

 「それは確かにマズイな。すぐに向かわなくては!」

 

 二人はもの凄い勢いで撤退していった。なんというか、公私の入れ替えが凄い。

 ヴァイスは溜息を吐き、気を取り直して慈愛の家に向かった。

 

 

 ◆

 

 

 

 無事慈愛の家についたヴァイスはすぐに理事長に挨拶をしに行き、少し話をした後にラグナの待つ部屋へと向かった。

 

 

 「よう、ラグナ。会いに来たぜ」

 「あ、おにいちゃんだ!おかえり!!」

 「ああ、ただいま」

 

 

 部屋に入ったヴァイスをラグナは笑顔で迎えてくれた。ラグナはヴァイスに抱きつく。それをヴァイスもそっと抱き返す。そして無言。いつもなら色々と自慢話をするヴァイスだが、先ほどから何も喋らない。いつもと違うヴァイスの様子を見てキョトンとするラグナ。対するヴァイスの内心は緊張Max。何はともあれ自分が選んだプレゼントをラグナが喜ぶかどうか非常に緊張するものだ。

 

 「おにいちゃん?」

 「………ラグナ」

 

 意を決したヴァイスは収納デバイスから猫のぬいぐるみを取り出した。

 

 「お兄ちゃんが勝手に選んだものなんだけど、その、どうだ?こういうの、好きか?」

 「ねこのおにんぎょうさん?」

 

 ラグナはヴァイスから渡された三頭身の猫のぬいぐるみを受け取りジーっと見つめる。

 

 “き、気に入ってくれたのか?あれは気に入った目なのか?それとも――――――”

 

 「おにいちゃん!」

 「ッ、―――――どうした?」

 

 さぁどっちだ。ヴァイスは内心で冷や汗をドバドバとかき続ける。心臓の鼓動のスピードが急激に上がる。そしてラグナは――――眩しい笑顔でこう答えた。

 

 「ありがとう!すごくうれしい!!」

 

 この笑顔と言葉に、ヴァイスは泣きそうになった。

 今日は、素晴らしい一日だ。そう思いながらヴァイスは一日の休日を存分に使い、ラグナと遊び倒したのだった。




 ちなみにヴァイスの給料の半分は慈愛の家に寄付されています。
 ヴァイスとラグナは年齢設定が見つからなかったのでオリジナルでいきました。

 

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