『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第31話 『歴戦の勇士ギル・グレアム』

 ヴォルケンリッターに敗北したアースラ隊は一度本局に戻り、そこでまず負傷した隊員達の治療を行わせた。

 高町なのはは生命力溢れる子供故に、蒐集のせいで小さくなったリンカ―コアがもう回復してきている。外傷もレイジングハートが優秀だったおかげで軽傷で済んでいた。

 フェイト・Y・ハラオウンはリンカ―コアこそ抜かれてないが、なのは以上のダメージを負ってしまっている。今は飛行できるほど回復しているが油断はできない。

 アルフに関しては特に内傷、外傷共に激しい。臓物に幾つかのダメージが見受けられる。だが彼女は使い魔故に、回復速度が速い。それに「肉をたらふく食えば一日で万全の状態に戻れる」とのたまえるだけの元気はある。

 

 まず三人の少女は短期間で復帰できると医師は言っていた。問題なのは、アースラ隊のメンバーだ。

 当たり前だがアースラの武装隊の面々は全員大人である。なのは達のように生命力が溢れるなんて年齢ではない。故にリンカ―コアを抜かれ、損傷も激しいとなれば早期復帰は難しい。暫く本局で治療に専念してもらうしかないだろう。

 そして必然的に動ける魔導師は限られてくる。

 

 「なのはの助力は必須となったわけか」

 

 クロノは次元の海を眺めながら一人呟く。

 高町なのは自身は、協力に惜しみのない意欲を向けている。駄目だ、と言ったところで彼女は食い下がるだろう。何より今のアースラは彼女の力が必要となってしまった。

 

 「ヴォルケンリッターめ………」

 

 武装隊がヴァイスを除いた全員が病院送りにされた今のアースラはPS事件より更に過酷な状況に陥っている。ぶっちゃけ人手不足なんてものじゃない。例え幼い一般人の少女だとしても頼らずにはいられない。戦力として十分役に立つのなら尚更だ。

 クロノはなのはに頼り切っている現状にやりきれない思いを抱く。

 リンディとエミヤは基本、合理的な存在だ。思うところがあってもそれが「最善」ならば私情を殺すことなんてわけじゃない。

 リンディは今回、自分の夫を死に追いやったロストロギアの対処を任命されているにも関わらず、目立った反応や素振りを見せない。使命感などを感じているクロノとは大違いだ。やはり、彼女はプロなのだと実感させられる。それに比べて自分はどうだ。

 

 「…………っ」

 

 クロノは割り切れない激情を拳に集め、近くの壁に叩きつける。

 魔力で強化されていない拳は当然、赤く腫れる。

 だが、この程度の痛みなど胸に渦巻く葛藤に比べればどうということはない。むしろ痛みでこのモヤモヤを消し去ってほしいくらいだ。

 

 「まだまだ、僕は未熟だな」

 

 深い溜息を吐き、クロノは執務室に戻ろうとする。

 

 「…………ん?」

 

 そこで、ある呼び声に反応して足を止めた。聞き覚えのある声だ。

 振り返るとなのはが此方に向かって手を振りながら走ってきている姿があった。そしてクロノの目前で足を止め、膝に手をつけしんどそうにぜいぜいと荒い息を吐いている。

 

 「驚いたな。もう走れるまで回復したのか」

 「う、うん。まだ、けっこう、……っ、疲労、あるけど」

 「息切れが凄いぞ。まぁ、元気そうでなによりだ。で、僕に何か用でもあるのか? まさか、本局を歩き回ったせいで帰りの道が解らなくなって迷子状態になり、偶然見かけた僕に助けでも求めにきたのかな?」

 「ちっが―――――う!!」

 

 なのははプンスカと顔を赤くして怒る。

 いけないな、どうもエミヤの皮肉癖が移ってきているようだ。

 息を吸うように相手を挑発することは頂けないと内心反省した。内心で。

 

 「クロノくん、約束守ってくれてありがとう! って言うために貴方を探し回っていたの」

 「約束? ああ、フェイトの裁判のことか。あれは僕だけの力じゃない。艦長も、ユーノも助力してくれたからあそこまで上手く事が運んだんだよ。礼を言うなら、彼らに言っておいた方がいい」

 「それならもう言ったよ。クロノくんが最後なの」

 

 律儀にも彼女は本局を走り回り、一人一人に礼を言って回っていたのだ。

 リンカーコアを抜かれている身だというのに無茶をする。

 

 「まぁこれで、指切りの約束は果たせたな。よかったよかった」

 

 クロノはなのはに背を向け、改めて執務室に向かおうとする。

 これ以上、なのはが自分に用などないはずだ。フェイトといっしょに本局の見物などすればいい。

 だが、なのはの幼い手がクロノの長袖をガシッと掴む。クロノは溜息を吐き、またなのはの方を振り向く。

 

 「「…………」」

 

 見つめ合う二人。

 なのはは涙ぐんだ上目遣いで自分を見る。

 そして、クロノが嘆息入り混じった声でこういった。

 

 「迷子なんだろ」

 「……はい」

 

 

 ◆

 

 

 時空管理局提督、歴戦の勇士と謳われた老人ギル・グレアム。

 ぶっちゃけ超有名人であり、かなり偉いお人だ。また、そのギル・グレアムがフェイトの保護監察官を務めるというのだから、なり立ての局員であるフェイト本人は当然身体をガチガチに固まらせている。

 

 「はっはっは、これはまた随分と面白い反応をしてくれる」

 「す、すみません!」

 「そう固くなるな。私がそんなに怖く見えるかね?」

 「そんなことは………!!」

 「なら、肩の力を抜きたまえ。称号など、所詮飾りにすぎんのだからな」

 

 グレアムは穏やかな物腰で、緊張しているフェイトに接する。

 今、フェイトは保護執務官のグレアムと一対一の話を儲けている。

 当初は緊張Max状態だったが、グレアムの面白話や意外な話になどを語りかけられ、次第に肩の力が解されてきた。

 

 「まぁ、私はあれやこれやと君を束縛する気は全くない。ただ、一つだけ約束をしてくれるのならそれでいいのだ」

 「約束、ですか?」

 「そうだ。約束だ」

 

 先ほどまで発していたお淑やかな雰囲気は消え、威厳のある声に変わる。

 フェイトは肌でピリッとした感覚を味わった。しかし、不思議と怖いとは思わなかった。

 

 「内容は至極単純。お友だちや、君を信じている人達を絶対に『裏切らない』ことだ。それだけを守ってくれるのであれば、法が許す限りの君の行いを全て許そう」

 「―――はい!」

 「うむ、即答にしてハッキリとした声。実に良い返事だ。意気込みも確かに伝わってきたよ。エミヤが君を自慢したがるのも無理はない」

 

 にこやかな顔をしてグレアムは言う。

 エミヤが、という言葉にフェイトはぴくりと反応した。

 

 「………シロウは、私のことをなんて言っているのですか?」

 「『友を大事にする優しい少女だ』とか『鍛え甲斐のある』とかかな。君を世話して飽きないと彼は手紙に書き連ねていたよ」

 「そう、ですか」

 

 少し頬を赤めるフェイト。

 これは、尊敬している人に褒められているから照れている、とまだ幼い彼女は自分の気持ちをそう判断した。

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「失礼しました」

 

 フェイトが部屋を出て行ったと同時に、グレアムは笑顔から悲痛な表情に替える。

 

 「信じている人を裏切らないように、か。私がソレを言う資格はないというのに」

 

 信じている者を欺き、虎視眈々と闇の書の主の命を狙っている犯罪者。それが今のギル・グレアムだ。とても綺麗事を言える立場ではない。正直フェイトが自分に向ける純粋な眼差しは辛いものがあった。

 

 「はぁ………む?」

 

 罪悪感に苛まれているところを、次なる来訪者が近づいてきていることに感づいたグレアムは心の仮面を被る。

 確かこの時間帯はエミヤシロウが訪れることになっていた。彼は鋭い。あらゆる面で。心の仮面を剥がされないよう注意しなくては。

 

 そう自分に言い聞かせてエミヤをこの部屋への入室を許可した。何も知らない彼は上司に対して綺麗にお辞儀をする。

 

 「グレアム提督。お久しぶりです」

 「確かに、こうして面を合わせて会うのは久方ぶりだな。エミヤ三等陸尉」

 「ええ。相変わらずお元気そうでなにより」

 「そう畏まるな。そら、そのまま立っているのもなんだ、腰を掛けたまえ」

 

 グレアムはエミヤをソファーに腰掛けさせる。

 エミヤシロウ。彼は自分と同じ地球出身の少年だ。この男の過去の事情などは、クロノと自分しか知らない。勿論彼の持つ経歴は偽造塗れ。

 彼が唯の人間ではない、ということもグレアムは知っている。知っているが故に―――唯の上司と部下という関係でもない。

 

 「いつもの調子で構わん。お前とは、ため口で話合う方がいいのだ」

 「………ふん。相変わらず変わった爺さんだ。貴方みたいな人は、威張り散らした方が丁度いいというのに」

 

 グレアムの言う通り、エミヤはいつもの口調に戻った。

 彼は足を組み、ニヒルな笑みを作る。

 もしこの場に他の局員がいたら気絶ものだろう。提督に対してなんたる無礼な、と。

 

 「それで、オレを呼び出したのはやはり闇の書について……いや、クロノについてか」

 「半分正解だ。君も知っているだろう。あの子は、今回の『闇の書』に最も関わりを持っている。なんせ父親を殺されたのだからな。人一倍の意欲を持って、この件を解決しようと躍起になるはずだ」

 「だから、無茶をしないよう監視しておけ、か……少し過保護すぎじゃないかね?」

 「ふふ。それは自覚しているよ。まぁ、杞憂にはなるだろうさ。クロノには常に冷静に物事を見極めろと教え込んでいる。無茶なことはしないだろう。だが念のためにだ。若い子供は感情的になりやすい」

 「………了解した」

 「残りの半分の回答を言おう。それは、エミヤ―――君についてだ。君は無茶が過ぎる。他の者より、クロノ以上に。絶対に無理はするな。『エミヤシロウ』がいなくなった時、悲しむ人間は大勢いる。少なくともアースラ隊の皆や、私などはな」

 「分かっているさ。今のエミヤシロウは、かつての、生前の“彼”ではない。オレの命は、一人だけのものじゃないというのも理解している」

 「理解しているのならそれでいい。私が言いたかったのはそれだけだ。わざわざ呼んで済まなかったな」

 「まったくだ。その世話好きは何年経っても治らんと見える」

 「これも性分だ。許せよ」

 

 グレアムは席を立ち、扉に向かって歩き出す。

 

 「ところで、いつも付き添っているリーゼ姉妹はどうしたんだ?」

 「――――――」

 

 ピタリとグレアムの動きが止まる。

 今彼女達はエミヤとクロノから受けたダメージを癒している最中だ。

 故に、連れてこなかった。もし彼女達の傷の位置をエミヤに見られれば、「仮面の男」の正体が偽装したリーゼ姉妹だということを悟られてしまう。

 

 ――――拙い。ここで怪しまれるわけにはいかない。

 平静を装え。エミヤに対して、少しの疑念も抱かれるな。

 

 「今回娘達は、陸の武装隊の訓練に出払っている。残念がっていたよ。クロノを弄り倒すチャンスがー、とね」

 「クッ、あの姉妹らしい。なぁグレアム。最後に1つ、可笑しなことを聞くのだが………リーゼロッテの格闘術をそのまま受け継いだ人間はいたりしないか?」

 「………それは、リーゼロッテではない私に聞いても解らぬことだな」

 「そうか。いや、引き留めてしまって悪かったな。では、また」

 「ああ。闇の書事件、これで終止符を打てるといいのだがな」

 「打って見せるさ。これ以上被害者を増やすわけにはいかない」

 「――――同感だ」

 

 その一言で締め括り、グレアムは部屋から出て行った。

 グレアムはこの一時ほど心臓に悪いものはなかったと、後にリーゼ姉妹に語ったそうな。

 


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