『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第32話 『平穏/休息/学校』

 第一級指定遺失物「闇の書」及びその防衛機能ヴォルケンリッターの潜伏世界。

 そこは奇しくもアースラ隊にとって、記憶に新しい次元世界であった。

 エミヤシロウ、高町なのは、ギル・グレアムの故郷でありPS事件の舞台となった―――第97管理外世界“地球”である。

 

 この世界では昨日(さくじつ)、二名の局員が襲撃を受けた。その二人の被害者はプレシア・テスタロッサが起こした次元震が地球に悪影響を及ぼしていないか長期的に観測、調査の任務についていた魔導師だった。

 そして地球の最終点検日、彼らはヴォルゲンリッターの鉄騎ヴィータに襲われたのだ。

 高ランクの騎士であるヴィータにたかが二人のBランク魔導師が勝てるはずもなく、逃げることも出来ずに敗北したのだが、ここである疑問が生まれた。

 リンカ―コアを人魔問わず付け狙うヴォルケンリッターが魔導師を襲ったところで誰も疑問には思うまい。しかし、本来魔獣も魔導師も、魔法文化さえも皆無な地球で襲われたとなると話は変わってくる。

 そこでリンディ達はヴォルケンリッターに襲われた魔導師の次元世界位置を徹底的に調べ上げ、一つの事実に辿り着いた。それが個人の転移魔法有効範囲に全て第97管理外世界“地球”がヒットしているというもの。

 これにはもはやあの世界は呪われていると言っても過言ではなくなった。魔法と何らかかわりのない世界がPS事件に引き続いて闇の書事件の舞台にもなろうとしているのだから。もうミッドチルダの歴史書に載ってもおかしくないレベルだ。

 また本局からかなりの距離がある地球では直接転送が困難。しかも旗艦アースラが使えないときた。空いている艦も一隻も無し。相変わらずの運のなさである。

 そこでリンディはある案を出してきた。それは、事件発生場所の近隣地に臨時作戦本部を設けるというものだ。事件が発生すればすぐに現場に迎えれるよう考慮を加えた上での判断だろう。明確な場所は今回襲われた「高町なのは」の保護という意味で、なのはの家の近くに置くことが決定された。

 

 

 ◆

 

 嘱託魔導師フェイト・テスタロッサはなのはと同じ私立聖祥大附属小学校に通うこととなった。理由は簡単だ。彼女は精神こそそこらの小学生より幾分か発達しているが、所詮、まだ9歳の少女。学校を通って当然の年齢であるフェイトをこのまま学校に行かせないわけにはいかないのである。

 元々リンディは闇の書事件さえ絡まなければ長期休暇を取り、フェイトをミッドチルダの学校に通わせる予定だった。まぁ、せっかくこの地球に移住してきたのだから、この世界の学校に通わせるのも一つの手。しかも、高町なのはという友人もいるのだから、むしろ此方の学校の方がフェイトには良かったのかもしれない。

 

 「うん、うんうん。いいわぁ、いいわねぇ! 制服すっごく似合っているわよフェイトさん!!」

 「くぅー! これが私に欠けているといわれる萌要素というやつかぁー……堪らん!!」

 

 リンディとエイミィは目を輝かせながらデジカメを手に持ち、あらゆる角度から制服を着用したフェイトを無我夢中で撮影していた。もはや一種の暴走状態である。一アイドルのように撮られているフェイトはなんと反応すればいいか困っている。というか現状に困り果てていた。

 だが、彼女達の気持ちも分かる。純白な制服を着て、恥じらいながらも笑顔を作るフェイトを見て写真を撮ろうと思うのはある意味当然である。保護欲に駆られ、さらに母性本能を上乗せられたとなれば不可抗力、さらに言えば呪いの域。

 しかしこのまま現状を放っておくわけにもいかない。エミヤが呆れた様子でストップをかける。

 

 「そこまでだ二人とも。時間を見てみろ。フェイトはもうそろそろ学校に行かなければらない時間帯だろう。初日で遅刻というのはあまりにも笑えない。続きは帰ってからにしてくれ」

 

 パンパンと手を叩き、リンディとエイミィを落ち着かせる。

 2人は落ち着いたのは落ち着いたのだが、今度は何故かジト目で自分を見てくるようになった。それだけじゃない。フェイトもちらちらとエミヤを見てくるのだ。

 何だ。何かのジェスチャーか?

 不思議に思いニュースを見ているクロノに視線を向けるのだが、彼も彼女達と同じジト目で返してきた。しかもやれやれだというポーズまでされたのだ。

 ………何かを訴えているのであれば声に出せばいいだろうに。

 

 「駄目だねぇ、全然駄目だよエミヤン」

 「エイミィ。何が駄目なのか声に出して指摘してくれなければ分からんぞ」

 「しょうがないなぁ。ほら、制服姿のフェイトちゃんを見て何か言うことないの? 感想プリーズプリーズ」

 

 エイミィは何やら楽しそうだ。彼女のみならずリンディまで何かを期待している。エミヤにはその「何か」が一向に解らない。とにかくエミヤは改めてフェイトの制服姿を意識して見てみる。そして、五秒ほど観察して言えることは、唯一つ。

 

 「………似合っているぞ」

 

 面白みも飾りっ気もないシンプルな言葉だ。だがフェイト自身は満足気に頷き、行ってきますという言葉を残して颯爽と家を飛び出していった。

 それをエミヤは不思議そうに見送った。他の連中が生暖かい目で見てくるのは、一体何なのだろうか。昔、生前に同じ体験をしたようなしなかったような。そんな靄の付いた想いをしながら、エミヤは自室に戻ろうとした……が足をピタリと止める。

 エミヤの目が向かった先にはテーブルがあり、そこには赤い風呂敷に包まれた四角い物体がちょこんと置かれていた。それにエミヤは見覚えがあった。

 それもそのはず、アレはフェイトのために自分が作った手製の弁当なのだから。

 どうやら急いで出て行ったので弁当を持っていくのをうっかり忘れて行ったらしい。

 

 「仕方のない娘だ」

 

 見て見ぬふりをする気のないエミヤは、弁当箱を持って家から出た。まだフェイトが家を出て時間はそう経っていない。今からなら学校に付く前に十分間に合うだろう。

 しかし、この真昼間から住宅街の屋根を跳び跳ねるわけにもいかないので、14歳………9歳という外見年齢に沿った移動速度でフェイトを追った。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「………やってしまったな」

 

 シンプルな白のTシャツと蒼いジーンズを着用した少年は立聖祥大附属小学校の校門前で頭を抱えていた。

 そう、フェイトを追いかけていったはずのエミヤシロウである。

 彼の計算なら間違いなくフェイトに追いつき、学校に入る前に弁当を渡せたはず。ならば何故、彼の手には弁当箱が未だに握られ続け、校門前で立ち往生しているのか。

 

 「どうしたものか」

 

 ふぅ、とエミヤは溜息を吐く。

 この場に到着するまで多くの障害にぶつかった。

 老人の荷物持ちに木に登って降りられなくなった猫の救出。そんなトラブルが行く先々で起こるのだから、何者かが自分を妨害しているのではないかとさえ思えた。

 それらの対処を全て熟したのはいいが、気づけばもう既に授業が始まっている時間帯になってしまっていたのだ。

 普通の人間なら、迷うことなく職員室にまでこの弁当を送りさえすれば問題は解決するのだが、

 

 “この姿じゃ絶対に拙い”

 

 エミヤは年齢こそ14歳なのだが、幼いころから発育が悪かったせいか体格がどう見ても平均の9歳児と同じくらいにしか見えない。分かりやすく言えばクロノと同程度の体格だ。

 そう、これがエミヤに与えられている最大の問題である。

 今この時間帯は子供達が皆勉学に励んでいて然るべき時。なのに、9歳くらいの子供が学校にも通わず弁当を届けに来たとなればよからぬ誤解を招く。しかも、エミヤは白髪&浅黒い肌を持つ少年だ。グレた子供と見なされてもおかしくはない。こんなことになるのならリンディかエイミィに頼むべきだったと一抹の後悔すらある。

 

 「時間を見計らって渡しに行くか」

 

 教師に目撃されることなくフェイトのいる教室まで行き、弁当を直接渡す。

 なに、生前死後転生までに至って熟してきたどの任務よりも簡単なものだ。タイミングさえ見計らえば造作もない。

 

 

 ◆

 

 

 一時間目の授業終了のチャイムが鳴り響く。初めて聞く、鐘の音だ。

 転入生のフェイトは、今まで実感したことのない感覚を味わっていた。なにせ今まで自分はリニスという一人の教師だけと付きっきりで勉学を学んできたのだから。

 無論、30人以上の同年代の学友と共に勉学を励むという経験は等しく皆無である。少し人見知りであるフェイトは初めこそ緊張していたが、時間が過ぎるにつれ次第に張りつめた心に余裕ができてきた。

 

 「起立!」

 

 一人の少年の号令に応じて皆が席を立つ。自分も場に遅れないように慌てて席を立った。こうして集団的な行動をするのもアースラ隊の隊員達以外ではしたことがない。

 

 「気をつけ! 令! ありがとうございました!!」

 「「「「ありがとうございました!!」」」」

 

 五十分ほど授業を進行してくれた教師に向かって頭を下げる。敬意を込めて。

 ここから10分ほど自由時間が入る。静かだった教室がワァッと熱気が一気に籠った。

 転入生、転校生は基本初日がとても忙しい一日になるのは常識だ。好奇心の強い小学生は群れを為しフェイトの周りに集まりマシンガンのように言葉を放ってくる。

 何処から来たのか、得意なものは何なのかと話題が絶えない。フェイトほど「美」のつく少女ならば男組も興味津々である。

 

 「待ちなさいアンタたち。フェイトが困ってるでしょう。彼女は聖徳太子じゃないんでから、そんなに一気に話しても全部聞き取れるわけないじゃない。どうしても話したいっていうのなら一列に並びなさい。一人ずつ順番に聞いていくのよ」

 

 フェイトと同じ金髪の少女、アリサ・バニングスは凜とした声で場を収める。

 そして、テキパキと指示を送り場を瞬く間に整えた。

 

 “手慣れている”

 

 一時中断されていた質問攻めはエリザによって改めて開始された。

 まず定番の出身地などは誤魔化し、得意な科目はスパっと言う。好きな動物も地球上に存在する動物のなかで好きなものを選ぶ。

 基本的に問われる課題は熟知している。聞かれた瞬間即座に答えることなぞ造作もない。

 

 “こんな時の為に練習しておいてよかったなぁ”

 

 なによりフェイトはこの一時を愛おしく思う。こうして多くの人と会話し、共に成長するというのはフェイトの憧れていたものだ。

 そして、フェイトは思い至る。この風景を闇の書は壊す可能性を秘めているのだと。

 

 “頑張らなきゃ”

 

 また守るべきものが増えた。

 ならば自分はこの風景、この日常、今から新しく築いていく友人たちとの未来を護るために武器を取ろう。

 

 「………ん? 誰よアンタ。ここの生徒じゃないわね。他の組でも見かけないわね」

 「いや、オレは………」

 「だいたい髪を白く染めて、肌を焼いて恰好つける男はこの学校には誰一人としていないわよ」

 「これは故意でやったものではないのだが」

 「顔が平べったい時点で日本人で間違いないじゃない。日本人は生まれつきそんな髪&肌なんて持たないわ。というか本当に誰なの。何かこのクラスに要でもあるのかしら?」

 

 ふと自分の見えないところで、アリサが喧嘩腰で誰かと話している声が聞こえた。

 アリサの話し相手は……何故だろう。凄く知っている人の声に似ている。

 

 「―――……シロウ!?」

 

 いやいや似ているとかそういう問題ではない。どう聞いたって彼の声だ。

 慌ててフェイトは声のする廊下に身体を投げ出した。

 するとそこにはアリサに怪しまれ、睨まれているエミヤシロウの姿があった。

 

 「お、フェイトか。自分から来てくれるとは助かったぞ」

 「どうして学校にシロウがいるの!?」

 「どうしても何も。これを渡すために来たまでだ」

 

 シロウが呆れた顔で渡してきたのは赤い風呂敷に包まれた四角い物体。

 それは、シロウが自分のために作ってくれた弁当だ。

 

 “しまった…やってしまった……!!”

 

 フェイトは心中で叫ぶ。

 自分としたことが浮かれに浮かれて大切なものを持っていくのを忘れていた。しかも手製の弁当をだ。

 

 「ご、ごめんなさい!」

 

 言い訳無しに素直かつ瞬時に謝る。ここが公共の場でなければ土下座も辞さない気概だ。

 対するシロウは別段起怒ったりもせずに、相変わらずの呆れ顔で通していた。

 

 「別にオレは怒っていない。ただ、弁当を忘れて困るのは君だ。次からはちゃんとするように」

 「うん! 本当にごめんね……」

 「構わんさ。それじゃあ、オレは用が済んだから帰るぞ。学校で何かあったらすぐに連絡を寄越すようにな。ちなみに寄り道はある程度許そう。だが、知らない人についていっては絶対にダメだぞ。晩御飯はいつもよりも少し豪華にするから期待しておけ」

 

 弁当を渡したエミヤは言い残すだけ言い残してこの場から姿を消した。

 

 「………はっ!?」

 

 ポカーンとしていたフェイトはババッと辺りを見渡す。

 そこには、大好物の得物を見つけた獣の顔をした女子たちが自分に狙いを定めていた。本能的に危機感を持ったフェイトは傍にいたアリサに事が起きる前に助けを求めようとするが、

 

 「私も詳しく聞きたいものねぇ」

 

 そのアリサまでも獣と化していた。

 ならばと思い、親友のなのは&すずかにSOSの視線を送ろうとしたが、彼女達は教室から忽然と姿を消していた。

 

 「あの二人ならトイレに行ったわ。ふふ、運が無かったわね……フェイト」

 

 この時フェイトはエミヤの運の悪さが自分に乗り移ったのではないかと思いさえした。

 暫く、彼女は先ほどの質問攻めの数倍の密度の質問攻めを受けたのは、言うまでもない。

 

 


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