『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第33話 『麻婆に師事を乞う狼』

 本日第一管理世界ミッドチルダの天候は晴天。雲一つなく、天から降り注ぐ眩い光はミッドチルダ首都グラナガンを明るく照らしている。

 その光を浴びながらジョギングをするフードを被っている男がいた。

 外見はざっと15~17くらいであり、体格はガッシリした長身体躯。ジャージ越しでもその鍛え抜かれた肉体がよく分かる。拳には多くの古傷が刻まれており、素人でも只者ではないと一目で理解できるだろう。

 

 「……………」

 

 無言で走り続ける男は、そのままビルが立ち並ぶオフィス街から『立ち入り禁止』と注意書きを書かれた人気のない廃ビルの跡地に入っていく。

 そこで、ようやく彼は脚を止めた。そして深く被っていたフードを脱いで素顔を晒す。

 

 精気のない、ハイライトが消え失せている黒い双眼。闇に溶け込めるほど真っ黒な黒髪。顔は並より整っているが美形というわけでもなく、あくまで平凡な顔立ちであり血色が良くなければ死人と見違えれるだろう。そしてその顔に似合った退廃的雰囲気を身に纏っている。

 彼はかつて聖王教会に所属していた一線級の騎士であり聖職者―――――言峰綺礼。聖王教会の修羅と恐れられていた生粋の戦闘者である。

 

 「よし。この人気のない場所なら、多少動いても構わんだろう(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 いつの間にか綺礼の指と指との狭間には異様に短い剣の柄が嵌め込まれていた。両手合わせて計六本。とてつもなく奇妙な握り方である。伊達でやっていると言われれば納得してしまうほどだ。

 握り方だけではない。もしアレが本当に剣の柄であるのなら、当然要である刀身が無ければならないはずだ。だが、彼の握る六本の柄には刀身が一つも取り付けられていない。

 しかしそれも彼が動く前までの話。

 綺礼は素早く、身体をバネのように捩じり、勢いよく振り向き右手に装着されていた三本の柄を放つ。おかしなことに、先ほどまで刀身が無かったはずの剣の柄にはいつの間にか長く鋭い刀身が取り付けられていた。

 

 綺礼の所有する剣の柄。アレは黒鍵と呼ばれる特殊なデバイスだ。魔導師殺しの異名を持つエミヤシロウが所有する質量兵器を基にし、作られた綺礼専用の消費型ストレージデバイス。刀身は自らの魔力により疑似的な刀身を生み出し、戦闘の時だけに刃を現し敵を穿つ。しかもデバイス故に、非殺傷設定を行えるので言峰綺礼が例え『全力』『全霊』『本気』で投擲しても対象は死なない………ショック死は例外である。

 

 「―――ほう」

 

 ジョギングの最中、背後をつけていたことに感づいていた綺礼は人気のない場所まで移動し、この場に誘い込んだ追跡者を排除しようと心の内で決していた。

 しかし、黒鍵は対象に直撃することなく魔法障壁によって阻まれる。

 円陣の魔方陣からしてミッドチルダ式。ヴォルケンリッターでは無いことは確かだ。

 

 「雌の使い魔か」

 

 追跡者は女。額には宝石が嵌め込められ、獣の耳と尻尾らしきものが見受けられる。故に、擬人化した獣の使い魔だと瞬時に判断することができた。

 彼女は自分に対する殺意は無い。敵意も無い。ただ、純粋な闘志だけが感じられた。単なる暗殺者、というわけではなさそうだ。

 

 「貴様は何者だ」

 「なんだっていいさ。あたしはただアンタに勝負を挑みたい唯のチャレンジャーだ。応えてくれるね? 言峰綺礼」

 

 まさか引退した身で決闘を申し込まれるとは。

 しかも魔導師ではなく使い魔というのだから奇妙なものだ。

 

 「いきなりだな」

 「つべこべ言わず男なら応じな! このアルフの、挑戦をね!!」

 

 アルフと名乗った女は防いでいた黒鍵を完全に弾き、綺礼に向かって突進してくる。 正直、命知らずとしかいえない。

 言峰綺礼の白兵戦能力は聖王教会歴代の騎士達の中でも一、二を争う。例えそれが引退している身だとしても早々衰えるものではない。

 第一に綺礼は戦いから身を退いても日頃から鍛錬を欠かさない男だ。実際に衰え自体あるかどうかすらも怪しい。

 その綺礼の名を事前に知っていたアルフは「言峰綺礼」がどのような男なのか、理解し弁えた上で勝負を挑んできたと見てまず間違いない。

 だというのに彼女は綺礼が最も得意とする、土俵ともいえる陸の白兵戦で勝負を仕掛けてきた。

 それらから察せられるのは「言峰綺礼と同等、もしくは凌ぐことのできるほどの白兵戦能力を有している自信がある」「戦うことしか頭にない戦闘狂の命知らず」……この二つだ。

 

 “どちらにせよ飛び掛かる火の粉は振り払うまで。障害になるのであれば叩き潰す”

 

 自分に一直線に突っ込んでくるアルフに対して構えを取る。

 狙うは頭。蹴りの一撃で昏倒させ、即座に決着をつける。

 

 「フッ―――!」

 

 彼女が綺礼の“陣地”(テリトリー)に入った瞬間、右足の強靭な脚力によって放たれる横蹴りがアルフの頭部を捉える。

 生身の蹴り故に魔法による非殺傷設定が行えないので、それなりに加減はしている……が、直撃すれば当然のこと気絶は必至。当たり所が悪ければ死に至る。まぁ、死んでしまった時はその時だ。

 

 「 な め ん な !! 」

 

 意図が見え見えな蹴りにアルフは憤る。

 確かに、綺礼の蹴りを喰らえば唯では済まないだろう。

 だがアルフとて勝ち目のない戦いなんて挑みはしない。

 

 初撃で倒されるほど、自分は弱くないのだ。

 

 横から飛来する蹴りを、アルフは突進を止め、勢いよくしゃがんで回避する。

 振りが大きければその分隙も大きい。

 横蹴りがアルフに当たらず、振り抜いた綺礼の胴体はがら空きだ。

 

 「貰ったァッ!!」

 

 そこにすかさず拳を捩じり入れようと拳を放つ。

 拳は、直撃した。イメージ通り男の肉体に己の拳が捩じり――――

 

 「………弱いな」

 

 ――――込まれていない……!!

 

 確かに拳は直撃した。完璧に入った。魔力の強化によって威力も馬鹿にならないほど高い。バリアジャケットすら着用していない人間なら、内臓を痛め血を吐いてもおかしくない一撃だった。なのに、どうして自分の拳は綺礼の肉体にめり込まないのだ。

 これではザフィーラの時と同じだ。鋼の肉体に自分の拳が通用しない。

 

 「わざわざ防御を取るまでもない。あの狼と比べれば、なんとも軽い拳だ(・・・・・・)

 

 綺礼の言うあの時の狼とは十中八九ザフィーラのことだろう。

 自分は奴の拳と比べられ、軽いと断言された。

 

 「クッ!」

 

 綺礼の安っぽい挑発よりも、何も言い返すことができない自分に腹が立つ。

 

 「ところで貴様―――いつまで拳を私の身体に付きつけている気だ」

 「し、しまっ………!?」

 

 綺礼の手がアルフの右手首を掴む。

 すぐに腕を引っ込め、後退しておけば良かったものを茫然としていたアルフは判断が遅れた。それは誰が見ても致命的なミスだった。

 愚かとしか言えない。その一瞬が命取りになるというのはアルフ自身もよく理解できていただろうに。綺礼が相手ならば尚更だ。

 

 グイィッッ!!!、とアルフの身体は綺礼の凄まじい腕力で引っ張られる。

 綺礼は秀麗な円の軸を肢体を駆使して描き、己が肘をアルフの(へそ)()に狙いを定めていた。

 

 「すぅぅぅ―――………覇ァッ!!!」

 

 あらゆる力を味方とした綺礼はその力を惜しみなく使い『六大開・頂肘』と呼ばれる八極拳の御業をアルフに見舞う。

 研ぎ澄まされ、刃物よりも尚鋭さを持つかのような肘はアルフの腹に、文字通り捩じり込まれた。

 その威力たるや、先ほどアルフが放った拳とは比べるべくもない。

 

 「………………………………―――――――――――――」

 

 叫ぶことは許されない。喚くことさえも断絶する。ただ汚物を胃から逆流させ、口から撒き散らすことだけがアルフに許されるのだ。

 当然、意識を残すことは許されない。業が決まった瞬間に、アルフは己の意識を飛ばしているのだから。

 

 たったダメージの内にも入らない一撃を与えるだけに留まったアルフ。

 結局、綺礼に有効打は何一つ与えられないまま敗北を喫した。

 攻防さえも行われず、あまりにも呆気のない幕引きであった。

 

 「一体何だったのだ、まったく………ん?」

 

 不意にポケットの中に入れてあった携帯端末がプルプルと振動する。

 綺礼は端末を取り出し、表示画面を見る。液晶画面にはEメール:『エミヤ』と名が刻まれていた。

 彼からのメールは非情に珍しい。タイミングからして、この狼少女の襲撃に何か関係があると綺礼は否応なく感じた。

 とにかく、内容を見ればすぐに分かる。綺礼はパパッと携帯端末を操作してメールを開く。

 

 『済まない言峰。暫くの間アルフという狼少女の師を務めてくれないか。彼女がどうしてもお前を師事したいと五月蠅いのだ。あ、もし彼女がお前に勝負を挑んで来たら軽く返り撃ちにしてくれ。ソレは彼女なりの挨拶、というかじゃれ合いの類だから深く気にする必要はない。

 いきなりの話かつ迷惑をかけることを承知で頼む。もちろん見返りはオレの方で用意しておく。できる範囲なら何でも要件を飲もう(一回限定で)』

 

 なんて横暴極まりないな内容だ。自分に狼少女を押し付ける気満々ではないか。

 だが、最後の一文で綺礼は全て許した。

 

 『分かった。小娘の面倒は見てやる。見返りとしてとある香辛料(・・・・・・・・)の強化を頼みたい』

 

 ティーダ・ランスターから頂いた『辛いことを脳髄が拒むほど刺激的な香辛料』。

 アレを更なる高見へと昇華させるために、丁度エミヤシロウの力が必要としていたところだった。

 

 エミヤが使用する魔力強化は極めて特殊なもので、対象に魔力を纏わせることで強化するのではなく、その概念自体を昇華する。つまり、食用に対してもその能力を遺憾なく発揮させることができるのだ。例えばダイエット食品をジャンクフードのようにすることも出来るし、栄養価の低い野菜を高くすることも出来る。そして、当然辛さの質を『何十倍にも引き上げる』ことも可能………!!

 もしその力を『辛いことを脳髄が拒むほど刺激的な香辛料』に対して使えばどうなるか。想像するだけでも胸が張り裂けんばかりの高揚が込み上げてくる。

 

 『それだけの見返りでアルフを頼めるのなら、喜んで引き受けよう』

 

 返信されたメール内容に綺礼は口元をゆっくりと歪めた。

 嗚呼、もしこの場に彼を知る者がいたらさぞ恐怖に慄くだろう。

 何故なら鉄面被と謳われた彼が極上の『笑み』を浮かべているのだから。

 

 

 ◆

 

 

 場所は言峰夫妻が住まう住宅。純白の色彩で統一された立派な洋風建築物はかなりの値が入っていると一目で分かる。

 ボロボロになったアルフは綺礼によって此処に運び込まれ、治療を施された。

 

 「さて、君の素性と目的はエミヤから聞いた。私とて店を切り盛りする多忙な身の上だ。本来ならば断って然るべきだが、彼との交渉により、仕方なく貴様の師を務めることになった」

 

 布団の上で横になっているアルフを見下ろしながら綺礼は淡々とした口調で話す。

 彼は『正直面倒見たくないけど仕方なくだ』といった感情を隠すことなくアルフに容赦なく当てる。それに誇りの高いアルフはただ耐え、拳を握り締めた。

 自分とてこのような男に師事するのは本意ではない。しかし、ザフィーラに勝つためにはこの性根の腐っていそうな男の力がどうしても必要不可欠。

 以前サーチャーが撮っていた映像で何度も拝見した常人離れした俊敏な動き、そして今日直に体験した高レベルな武術。何よりザフィーラを一度打倒した総合的な強さ。

 もはや後には引けない。例え何があっても喰らい付いていかなければならないのだ。

 

 「貴様が何故私を師として仰ぎ、力を欲するかなどは一切聞く気はないし興味もない。ただ私は私の目的の為に貴様を鍛える――――異論はあるまいな?」

 「………へッ、そりゃどうも。あたしとしてもその方が気が楽でいいや」

 

 恐らく、いや間違いなく自分はグツグツと煮え滾る煉獄の釜に身を投じようとしている。「言峰綺礼を師事するのなら死を覚悟しろ」とエミヤとクロノが警告を促すほどだ。想像を絶する苦痛が伴われるだろう。だが構うものか。元より覚悟の上できたのだ。

 

 ―――――今の自分に恐怖など、微塵たりとも持ち合わせていない。

 

 「綺礼さん。苺お粥作ってきましたよ。あ、ついでにクリームも加えてみました」

 「うむ。ではさっそくアルフに食べさせるとしよう。腹が減っていると五月蠅くてな」

 

 訂正。今自分はとてつもない恐怖を覚えています。

 

 

 


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