アースラ隊が地球に部隊を構えてからも、ヴォルケンリッターの被害は広まる一方となっていた。それほど彼らの扱う転移魔法の隠蔽技術が優れているのだ。
なにせ転移を発動しているというのに、アースラのレイダーには何の反応も示さない。おかげで奴らは各次元世界に自由に出払い、魔導師と魔獣を卒なく襲撃している。これでは海鳴市に対策本部を構えた意味がない。
此処に拠を構えたのは、奴らを炙り出しひっ捕らえるためだ。この街を洗いざらい調べていくためだ。だが、それを実現させるにはあまりにも、今のアースラは人手不足だった。
“これも、よりにもよって初戦で隊員の半数以上やられちまったのが原因だな………”
センタービルの屋上を陣取り、夜な夜な海鳴市の監視を行っているヴァイスは心の中で愚痴を言う。言わずにはいられなかった。
あのアースラの戦力の大部分を注いで挑んだ戦いで、主戦力に大きな損害を受けた。この海鳴市を監視すべき役割を持つ武装隊が自分を残して全滅してしまったのだ。おかげで極小人数だけしかヴォルケンリッターを捜索することができない有様だ。
天下の時空管理局が聞いて呆れる。しかも増援もないときた。これほど情けないことはあるまい。
「………お」
そんな冷え切った心境の中で、救いの手を差し伸べるかのようにやかんが音を発て、煙を吐く。やはりこの辛い状況、楽しみの一つや二つなければやってられない。
「やっと温まってくれたか。ご馳走ご馳走っと」
弾んだ声を出し、一時街の監視を中断してガスコンロの火を止める。そして熱々の湯が溜まっているやかんを手に取り、用意していたカップヌードルの中にその湯を一気に注ぎ込む。
そう、今このシラケた気分を救ってくれるのは夜食と携帯ゲームのみだ。
「毎度毎度、この広大な街を眺めては異常がないか確かめる。そして見回り。改めて考えりゃあ、えらくめんどい任務だよなぁ」
文句を垂れながらも湯をカップヌードルの中に注ぎ込み終え、出来上がる三分間だけ待つ。その間にセンタービルの屋上に設置した家であるテントの中から、キンキンに冷えきったビールを持ってきて準備は万端。
13歳の子供がこんな食事を取ろうとしていることをエミヤにバレれば唯では済まされないだろうが、それでもやってしまうというのが男心というもの。それに、要はバレなければいいのだ。
「ふふん。万事OKOK」
「何が万事OKなんだね?」
「―――――――」
鼻歌を歌っていたヴァイスは背後から聞こえた声に息を詰まらせた。
おいおいマジかと心の中で叫びながらも、ギリギリと錆びれた人形のように顔を後ろに振り向かせる。
「し……師匠」
其処には、般若の形相をしているエミヤシロウがいた。
「べ、べべ弁解の余地を!!」
「やるわけないだろう。戯け者が」
子供の拳とは思えない強烈な一撃がヴァイスの脳天を小突く。
あまりの衝撃に視界が大きく揺れた。
「いってぇぇぇぇぇ!!」
ヴァイスは痛みのあまりにビルの屋上を転げ回る。
手加減しているのだろうがなんたる鉄拳だ。本当に鉄かなんかで出来てるんじゃないだろうかこの男は。
「このような夜食を貪ろうとするとは情けないにも程がある。だいたいまだ13歳の子供であるお前がビールなど飲んで言いわけがないだろうが、全く」
呆れ返る声で辺りを見渡し、本当に嘆かわしいと眉間に皺を寄せる。
そんなんだからオカンと言われているんだアンタはと精一杯の反論を心のなかで言うヴァイス。決して口には出せないのはお約束だ。
「な、なんで師匠が海鳴市に! 今日は確か別の次元世界で野暮用があるって……」
「それなら速攻で終わらせてきた。なに、小規模の犯罪組織を鎮圧するだけのものだ。それほど時間は掛からなかったよ」
「ええー」
恐ろしいことを平然に言ってのけた。
まさか闇の書事件に加えて他の事件も受け持っていたというのか。それも小規模とはいえ犯罪組織の鎮圧だ――――この人は相変わらず無茶をする。
「さて。真夜中にこの食事はどう考えても身体に悪い。だが捨てるのも勿体ないな」
そう言いつつエミヤはカップヌードルと冷えた缶ビールに手をつけ、何やら少量の魔力を流し込んだ。
あれは、魔術だろうか。魔道に疎いヴァイスでは判断することはできなかった。
「………喜べ。もうこの食事を食べていいぞ」
「マジすか!?」
明日は槍でも降るのではないだろうか。あのエミヤが夜食を許したのだ。それもアルコールのあるビールも含めてだ。
普段のヴァイスならあまりの不可解さに躊躇っていただろうが、今の彼は腹が減り、正常な思考回路が働いていない状態だった。
「じゃ、じゃあ、頂きます!」
そして彼は何の遠慮もなく楽しみにしていた夜食を口にした。
「―――美味い」
言わずにはいられない美味さだ。本当に、確かに美味い。美味だ。
だが、おかしい。この味はとてもカップヌードルの出せるものではない。これはまるでインスタント食品のお粗末な味とは程遠い、一から作ったかのような味わい………!!
「ふふ。これぞ強化魔術の応用性の高さだ。カロリーを抑え、尚且つ消化の良いものになっている」
ドヤ顔で自慢するエミヤ。そして彼は冷え切ったビールに指を刺した。まさか……。
ヴァイスはおそるおそるビールを喉に通してみた。
「―――美味い!」
またしても美味ッ!!
「アルコールを極限にまで下げている。だが味自体にそれほどの影響を与えていない。まぁ、ジュースの類にでも化けたのだと思いたまえ」
またしてもエミヤはドヤ顔を決める。
これは、認めざるを得ない。ドヤ顔されても許されるというもの。
ヴァイスは流石っすよ師匠と褒めては夜食を食べ続けた。あまりの美味さに、まったく手が止まらなかったほどに。
…………
………
……
…
夜食を喰い終え、腹も満たしたヴァイスは海鳴市の監視に意識を切り替えていた。存分に栄喜を養い、休息を取ったのなら、仕事に集中し直さなければ局員として二流だ。
ヴァイスは双眼鏡などを使用して街を観察しているのだが、エミヤは裸眼で周囲を見渡している。あれで4㎞先を見渡せるのだから恐ろしい。
「………」
何の変化のない街をただ見つめる。
ヴォルケンリッターは間違いなくこの街に潜んでいることは確定しているのに、どうしてこうも見つけられない。やはり歴戦の戦士は姿を隠すことも長けている、ということなのか。
海鳴市を眺めて3時間が経過した。そろそろ見回りに移る頃合いだ。
そうしてヴァイスがよっこらしょと腰を上げたその時、
「ッ!―――やっと見つけたぞ」
エミヤの方から静かに、しかし殺気立った声が聞こえた。
「まじか!?」
急いでヴァイスもエミヤが睨む方角に双眼鏡を介して見る。
するとそこには赤毛の少女と、ガタイのいい大型の犬? の姿があった。
間違いない。見間違えるはずもない。アレは鉄槌の騎士と盾の守護獣だ。
「まさか、散歩中………なのか?」
あまりの衝撃にヴァイスは口を大きく開けたまま戻らないでいた。
“いやいやなんであんなに堂々と散歩してるんだ? というかアレどうみても大型犬じゃなくて大狼だよ。絶対犬じゃないよ。額に宝石ある犬とか聞いたことないよ。なんであんなに目立つのに今まで発見できなかったんだ?”
ヴァイスは発見できたという喜びよりも今まで何故気付けなかったのかという疑問の方が大きかった。
「やはり、認識阻害の魔法を掛けていたか。道理で見つかり難いわけだ」
認識阻害。
確かにその魔法なら自分達の目を欺ける。だが、それにしてもだ。あのエミヤとクロノすらも一時的に欺いていたという事実にヴァイスは戦慄する。
流石は伝説の守護騎士と言ったところか。隠蔽術も並ではない。
「ふん。どうやら一度認識してしまえば認識阻害の効果は消えるらしい。しかしここ数日間オレの眼を誤魔化してきたんだ。古代のベルカ騎士には恐れ入るよ―――だが、少しばかり驕りが過ぎたようだな」
エミヤは弓と矢を召喚して携える。ここからの距離は二㎞ほど。いくら感知に優れている守護獣とて事前には察知できまい。
此方の狙撃が気付かれるのは、せいぜい矢が奴らの元に500mほど近づいた時だ。
「ヴァイス。今すぐ艦長に連絡を取れ。指示を仰ぐんだ」
「了解!」
ヴァイスは急いで携帯端末を取り出してハラオウン家に報告する。そしてすぐに出された指示は、増援のクロノが此方に到着するまでの時間稼ぎ。できるのであれば二人で捕縛しろ、というものだ。
「足止め、出来るのならば捕縛しろ…か。了解したぞ艦長」
ギチギチと弦を鳴らすエミヤは曇りのない眼で敵を見据える。それを見たヴァイスは急いで結界を張る魔道具を取り出し、発動させる準備に取り掛かった。
エミヤの魔矢は周囲に多大な影響を及ぼす。結界を展開しなければ余波だけで人が死ぬ。故にエミヤはアースラの切り札と並ぶジョーカー。まさに人間兵器と言っても過言ではない。
“恐らく一撃目は防がれるだろう。なんせ彼らも一流の戦士だ。そう簡単にはいくまい。殺さぬよう手加減した一撃なら尚更だ―――ならば対処しても唯では済まない一撃を贈ろう。打倒しえれないが確実に負傷を負わせれる自信がある”
そんな彼でも一筋縄ではいかないと確信する標的。それがヴォルケンリッターだ。
多少の怪我は覚悟してもらわなければやってられない。
「さぁ、リベンジさせてもらおうか」
圧倒的人手不足であるが、幸いなことに奴らも二騎のみで行動している。
剣の騎士と湖の騎士、あと仮面の男共が来る前に素早く処理するのが最もベスト。
エミヤの持つ弓から矢が離れた瞬間が―――――再戦の合図となる。