『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第36話 『突き抉る緋の猟犬』

 海鳴市の住宅街をてくてくと散歩するヴィータは少し機嫌が良かった。何故なら、最近ようやく蒐集するリンカーコアの質が良くなってきたからだ。

 希少な高ランク魔導師を偶然見つけたり、レアな魔獣を発見できたりと運が良い。なんとか時空管理局の目もすり抜けているし、このままペースを維持し続ければ八神はやての病を治すことができるだろう。

 

 『だからといって、管理局の目が光っている中夜な夜な散歩するというのは如何なものか。いくら認識阻害の魔法を纏っているからといっても安全というわけではないのだぞ』

 

 ヴィータの保護者的存在であるザフィーラは念話を通して小言を垂れてきた。いつもなら「お前はあたしの母さんか!」と何の考えも無しに反発していただろうが、今ならちゃんとした切り返しができる。

 

 『ふ~ん。そういうザフィーラも正直散歩するのが嬉しいんだろ? デカい尻尾をパタパタと振りやがってよぉ。頑固な頭と違って身体は素直だな!』

 『…………ぬぅ』

 

 痛いところを指摘されたザフィーラは言い返す言葉が見つからなかった。

 元が獣故に外を出歩くことにどうしても喜びを感じ、身体が反応してしまうのだ。こればかりはどうしようもない。獣の性には逆らえないのだ。

 

 『まぁ、確かに管理局がこの街をうろちょろしているのは確かだな。さっさと家に帰るか』

 

 こうした油断が致命傷になることもある。ザフィーラの忠告通り、散歩はここらで切り上げてさっさと家に帰るべきなのだろう。

 

 「―――ヴィータ!!」

 

 突然ザフィーラが叫び声を上げ、筋肉質の人間形態に姿を変えた。

 

 「おま、何勝手に人型になってんだよ! もし住民に見られたらッ!!」

 「今はそれどころではない!」

 

 人型になったザフィーラはヴィータの背後に立ち、大規模の魔法障壁を展開した。それは三重、いや六重もの対砲撃魔法障壁………!!

 ヴォルケンリッターの中で最も突破力に優れている騎士がヴィータなら、ザフィーラは最も守りに優れている騎士。その男がいきなり己の盾を全面に展開した。しかも艦隊の主砲すらも防ぎきるレベルのものをだ。

 

 「ザ―――――おわぁああああああああああああ!?」

 

 戦友の名を口にしようとした瞬間、視界が白に覆われた。

 台風を超える暴風が周りの建築物を薙ぎ払い、強烈な衝撃波が大地を砕く。

 ヴィータはその猛威をモロに喰らいはしなかったが、小さな身体は呆気なく吹っ飛ばされる。

 

 「クソッ、なんつう出鱈目な………!!」

 

 アイゼンを起動させ、真紅のドレスを身に纏い、吹き飛ばされ宙に舞っていた体勢をなんとか立て直す。

 

 「拙い、こりゃ結界が張られてやがるな」

 

 気付けば何時の間にやら強力な結界がこの街に張られていた。しかもかなり高度な結界術式だ。

 

 「………大した手練れだ」

 

 自分の盾となってくれたザフィーラは健在だ。しかし、障壁こそ貫通されなかったが、余波によるダメージを一身に受けたらしい。鋼の籠手に亀裂が入り、血が噴き出ている。

 それでも彼は苦痛の表情を表に出さない。流石はヴォルゲンリッター最年長騎士である。

 

 「助かったぜ、ザフィーラ!!」

 

 彼が護ってくれなかったら幾ら守護騎士が頑丈とはいえ致命傷を与えられていた。ここは感謝せずにはいられない。

 

 「礼なぞいらん。これが私の役割だからな。それより逃げるぞ。二射目が来る!」

 「マジか!?」

 「大マジだ!! 恐らく射手は此処から一㎞以上離れた場所から私達を狙っている。長距離射撃兵装を所持していない我らでは圧倒的に不利だ」

 

 忌々しげに遠方を睨むが、今は逃げることが先決だ。挑んだところで勝ち目はない。 

 その判断に異論を唱えようとしたヴィータを無視して、彼女の小さい身体を片腕でガッチリ抱える。

 

 「お、おい! なにすんだよ!!」

 「重装甲型のお前のスピードでは遅すぎる。私が運んだ方が速い」

 「あたしは荷物か何かか!?」

 「今回はまさにソレだ。では、飛ばして行くぞ!!」

 「おいおいおいちょっとまてあたしはまだ心の準備が嗚呼ァァァァァァァァァァァァァァ―――――……………………」

 

 獣の優れた脚力に魔力強化を上乗せし、ザフィーラは駆ける。

 人が消え失せた結界内の海鳴市を、蒼い獣人が独走する………!!

 

 

 ◆

 

 

 「ほう。なかなか厄介な獣だな、あの男」

 

 エミヤが魔剣フルンディングに注いだ魔力は全力の十分の一。それでも瀕死に追い込めるほどの威力を発揮する一撃を、あの守護獣は防ぎ切った。 

 フルンディングは骨子を緩めにしていたせいで衝突の際に砕け散ってしまった。また作り出さなければならないだろう。

 

 「甘く見ていたわけではないのだがね」

 

 盾の守護獣と言うだけあって流石に頑丈だ。此方は例え強力な障壁を展開されたとしても、その防御膜を突き抉り肢体のどれかを弾き飛ばすつもりで射た。それを防がれたとなると、手加減する手心ももはや不要であろう。

 

 「先ほどの一撃は、多少の魔力と両腕の肉を削ぎ落とすだけに抑え込まれた。まぁ、それでも十分なダメージ量だ。それにあれほどの障壁はそう易々と展開できまい」

 

 巨大な西洋弓を構え直し、再度フルンディングを装填する。そしてその抉り斬る独特なカタチをした凶悪な矢に魔力を溜めていく。

 コレは全力の魔力を注げばマッハ11の速度を叩き出せる一品だ。生前では軍隊や重要拠点の一掃に使われ、死後サーヴァントとして戦いを身を投じていた際は高ランクエネミー、対サーヴァント戦で多く使用してきた信頼性のある宝具。今ではエミヤが重宝する武具の一つである。

 なんせ彼の騎士王でさえも膝を大地につけ、敗北に至らせることができるのだから。

 

 「――――――ッ」

 

 だが、今のエミヤがこの宝具を十全に使いこなすことはできない。

 未成熟な身体と微力な魔力で扱い切れるほど生易しいものではないのだ。

 強力であればあるほど身体の負荷も当然大きくなる。

 

 「難儀な体だ………」

 

 嘆息しながらも己の魔力を徐々にフルンディングへと注がれていき、次第に矢の周りに紅い魔力が渦巻いていく。

 現在の魔力充填は15%。先ほどより5%ほど魔力を継ぎ足した。これを防ぎきれたら大したものだ。

 

 「次はその脇腹を貰い受ける――――赤原を行け、緋の猟犬………!!」

 

 防げるものなら、防いでみるがいい。その猟犬は少しばかりしつこいぞ?

 

 

 ◆

 

 

 「おのれ管理局め。念話を遮断されて……ぬ!?」

 

 背後から隠す気すら感じられない殺気を身に受けたザフィーラは背筋を凍らせる。すぐさま振り返ってみれば、紅い魔弾が此方に向かってとてつもないスピードで飛来してきているではないか。

 

 「なんという速度だ………!」

 

 あの矢は明らかに音速を超えている。衝撃波だけで周りに甚大な破壊を齎す様は悪夢としか言えない。

 ザフィーラはさらに強化を脚にかけ、跳躍し、ビル群を障害物として活用しながら逃走を試みる。だが、その試みをまるで嘲笑うかの如く一蹴し、幾つもの高層ビルを貫通しながら押し迫ってくる。機動も驚くほど不確かで、まさに血に飢えた猟犬だ。喰らい付くまで逃がさない気迫が感じられる。

 

 「テオラァァァァァァァァ!!」

 

 このままでは直撃する。

 ザフィーラは再度奥の手の対艦魔法障壁を十枚ほど重ねて展開した。

 アレは直撃してはいけないものだ。何より先ほど防いだ初撃より強力だろう。出し惜しみをしては絶対に破られる。魔力残量のことさえも思慮する余裕がない。

 

 紅い魔弾はザフィーラの盾に衝突するや否や、またしても強烈な烈風と衝撃波が辺りに飛び散る。結界が張られていなければどれほどの被害を被るか分かったものではない。時空管理局もかなり本気なのだと窺える。しかも彼らが禁忌としていた質量兵器まで扱ってきたのだ。手足一、二本は失わせる気合があるのだろう。

 微温湯に浸かり切っている平和ボケした組織だと思っていたが、認識を改めなければならないようだ。

 

 「ッラァ!!」

 

 全力の護りをもって凶悪な魔弾を弾き返す。

 これで、三撃目の射撃までに逃げ切れれば……!

 

 「ざ、ザフィーラ! さっきの魔弾が!!」

 「な……にィ………!?」

 

 ヴィータの指差す方向に目を向ければ、先ほど弾いたはずの魔弾が勢いよく旋回し、尚も自分達を穿こうと迫ってきているではないか。まさかあの威力、速度にして追尾性とは砲撃よりも性質が悪い。悪すぎる。

 

 「ならば、鋼の軛ィィィィィ!!!」

 

 空中に幾つもの光の刃が現れ、飛来する魔弾を迎撃する……が、自慢の軛は次々と破られ、そのうえ勢いすら殺しきれない。

 すでに魔力残量を三分の二以上使い切ったザフィーラには迎撃を満足に行えるだけの力が残っていなかったのだ。

 

 「ガ……ハッ…………!?」

 

 軛を粉砕しながらも直進してきた魔弾が脇腹に突き刺さる。

 筋肉質な肉体は無残にも抉られ、血肉が爆ぜ、鮮血がアスファルトを明るく彩る。そして、男の口からは紅い液体が溢れ出す。

 

 “最低限の手加減をされた…か”

 

 致命傷こそ避けられた……いや、外されているがそれでも重症だ。

 ついに守護獣は駆ける足を緩めた。しかし唯では屈しない。

 

 「ぬ……ぅッ」

 

 鋼の腕力で脇腹に刺さった黒漆の矢を引っこ抜き、真っ二つに圧し折る。しかし傷口からは大量の血が溢れ出し、今にも意識が途切れそうだ。

 

 「ザフィーラ!!」

 「何を…している……ヴィー…タ。お、前だけ…ッでも……逃げろ………!!」

 

 何とか守りきったヴィータが涙目で自分の名前を叫び続ける。

 それが意味のないことだと理解しているにも関わらずに……だ。

 全く、これだから子供のお守りは苦労する。少し彼女は人間味が付き過ぎた。それは決して悪いことではない。だが今この状況では足かせにしかなっていない。

 

 「行けと……言っている! 奴らは……我らを………生け捕りにするつもり…だ!! せめてお前だけでも逃げ延びろ!! ヴィータがいなくなれば――――主が悲しまれるッ!!!」

 

 仲間には常に冷静に振舞うザフィーラが怒声を上げる。

 自分は別に捕まっても構わない。所詮は(ペット)と同等の扱いであるからだ。

 主はやてが動物を好むなら、別の狗でも猫でも飼えばいい。自分の代わりなど幾らでもいる。だがヴィータは違う。彼女は主から人として見られている。妹として可愛がられている。獣の自分とは価値が違い過ぎるのだ。

 せめて彼女だけでも無事に逃がさなければ主にあわせる顔が無い。

 

 「馬鹿野郎!! ザフィーラだって捕まっちまったらはやて()を悲しませちまうだろう!? んなこともわかんねぇのか! あたしらの主を悲しませたくないんなら、誰一人として欠けることなんて絶ッッ対に許されねぇ!!!」

 

 ヴィータは怯まず怒鳴り返し、その小さな体で巨体のザフィーラを背負い、飛行する。

 仲間を置いて逃げるなんて選択肢はヴィータにはない。

 

 「………はは」

 

 ザフィーラの血まみれの口からは、力のない笑みが作られる。

 まさか、あのヴィータに大切なことを教えられる日が来るとは思わなんだ。

 自分もまだまだ未熟だ。

 

 

 ◆

 

 

 フルンディングを二発射たエミヤは大量の汗を流して地面に座り込んでいた。

 我ながら情けない。昔はこれほど魔力の消費、身体への負担が凄まじくはなかったというのに……やはり全盛期とは比べものにならないほどに肉体強度が失われている。その現実を改めて突きつけられ、痛感させられた。

 

 「守護獣は追い詰めたが、まだ鉄騎が無傷か」

 

 紅い流星と化して飛行する騎士を視て溜息を吐く。

 これ以上フルンディングは放てない。この身体が自滅する方が早いだろう。

 

 「ヴァイス。狙撃できるか?」

 「あー、無理っすね。奴らビル群を巧く使って隠れやがった。俺の魔弾は師匠のフルンディングみたいなみたくえげつねぇ追尾機能も威力もないっすから射抜くのは無理があります」

 「なら、直接叩きに行くしかないな―――追撃だ」

 「りょーかい。俺も死角の多いこの場所じゃあ仕事になんねぇし移動しますか」

 

 エミヤとヴァイスは頷き合いセンタービルの屋上から別のビルにへと飛び移りながら、ヴォルケンリッターを追う。

 

 

 ◆

 

 

 路地裏に身を潜め、滴る血流を止めて簡易的な応急処置を施したザフィーラは荒くなった息を整える。そして深く抉れた脇腹から発せられる痛みを遮断し、少しでも戦闘に支障が出ないようにする。

 

 「なんとか撒けたようだな………」

 「ああ。でも奴らに見つかるのも時間の問題だぜ」

 

 ヴィータの言う通りだ。いくら魔力を抑え、気配を隠しているとはいえこのままやり過ごせるとは到底思えない。あと数分も経たないうちに発見されてしまう可能性すらある。

 

 「念話は……やはり通じんか。だが、シグナム達もこの街に展開された結界に気付いている筈だ。希望が潰えたわけではない。あとは、我らの粘り次第だ」

 「そうなるな。ところで傷の具合はどうだ、ザフィーラ。戦闘はできるのか?」

 「甘く見るなよヴィータ。私は皆を護る守護獣だからな。特別頑丈なのだ。いくら傷を負おうと戦闘など問題なくこなせる。お前こそ戦意は衰えていまいな?」

 「へッ、衰えるわけねーじゃねぇか。むしろ燃えてきたぜ」

 

 確かに、この程度の逆境で堪える精神などヴィータには持ち合わせていなかった。勿論、自分も持ち合わせていない。

 

 「………随分と人間らしい会話をするじゃないか、ヴォルケンリッター」

 

 突然路地裏の暗い奥道から現れたのは一人の少年だった。

 髪も、バリアジャケットも、デバイスさえも黒一色に染められている魔導師。

 幼い容姿に関わらず、纏う雰囲気はまさに歴戦の戦士。かなりの修羅場を潜ってきた者の眼もしている。

 

 「テメェは―――クロノ・ハラオウン………!」

 「へぇ。一応名乗りはしていたが、まさか覚えてくれていたとはね。光栄だよ」

 「心にもないこと言ってんじゃねェぞ執務官が」

 

 ヴィータはアイゼンの矛先をクロノに突きつけ、ザフィーラも血が乾燥して赤黒く変色した籠手を構える。

 だが、執務官は未だに構えようとしない。

 

 「君達を魔法プログラムではなく、魔法生命体として、人間として見ているからこそダメ元で再度言わせてもらう。これ以上被害を広めるな。人を傷つけるな。罪を重ねるな――――武装を解除して、投降してくれ」

 

 懇願に満ちた声色だった。

 それを馬鹿か、と言い返そうとしたヴィータの口を押え、代わりにザフィーラが紳士に返答する。

 

 「それは出来ぬ相談だ、若き執務官。我らとて譲れぬモノがある。為さねばならないことがある。故に、蒐集を止めることはできん。しかし我らヴォルケンリッターを『人』の括りの中に入れ、投降を願い出るその優しき心は有り難く受け取ろう」

 

 ザフィーラの言葉にクロノは残念だ、と小さく呟く。そしてクロノは無言で構えた。

 もう交渉を迫るだけ無駄だと悟ったのだろう。事実、これ以上言葉を投げかけたところで進展はあるまい。ならばすべきことは唯一つだ。

 

 ――――武力による鎮圧を行使する。

 

 「悪いが、此方も不利な状況でな。不意を打たせてもらうぞ」

 

 クロノが動く前に、ザフィーラは動いた。

 壁、床から幾つもの軛が飛び出し、一瞬にして彼が立っていたところを埋め尽くしたのだ。まさに掛け値なしの不意打ち。普通なら決着がついたと安堵しても問題ないのだが、生憎あの少年もそこまで甘くはない。

 

 「…………流石は執務官といったところか。凡百の魔導師とは一味違う」

 

 彼を縫い貫いたと思われた軛にヒビが入り、音を発てて崩れ去る。そして中からはクロノ・ハラオウンが無傷の姿で現れた。

 

 「ブレイズキャノン」

 『Blaze cannon』

 

 不意打ちに文句を言うことなく、彼は魔方陣を展開して蒼の砲撃を放つ。

 

 「ヴィータ! 私の後ろに控えていろ!」

 

 横に並んで立っていた彼女を素早く自分の背後に押しやり、迫りくる閃光を障壁を展開して受け止める。

 その瞬間呆気なく踏ん張っていた足元が大きな音を立てて陥没した。

 彼の砲撃の威力は、上の中ほど。しかも無駄のない魔力配分だ。今まで受けてきた砲撃系の中で最も複雑な魔力制御が為されている。

 

 「フンッ!!」

 

 気合で砲撃を弾き、ザフィーラは決死の覚悟でクロノとの距離を詰める。

 所詮奴はミッドチルダの魔導師。白兵戦に持ち込めれば幾ら負傷しているからといっても勝機が全くないというわけではない。

 強靭な脚から為す横蹴りが容赦なく少年の頭部を捉える。殺す気で挑まなければ此方がやられるのだ。手加減などするつもりはない。

 元より、今の自分にそんな余裕はない。

 

 「ッ!?」

 

 頭部に蹴りが入る直前、振り抜かれるはずの脚が硬直した。脚に多重のバインドが括りつけられたのだ。

 

 「こ、れは――――」

 「やはり設置型バインドは役に立つ。特に、白兵戦を好む輩が近づいてくる時は本当に重宝するんだ」

 「罠、か!」

 「当たり前だ。白兵戦自体は苦手ではないけれど、わざわざ騎士の土俵で戦ってあげるほど僕もお人好しじゃあない。あくまで僕は、罠が得意分野なんだよ」

 

 クロノは動けなくなったザフィーラに、超至近距離で砲撃を放った。

 障壁の展開も出来ず、無防備にその熱線をモロに浴びたザフィーラは吹っ飛ばされる。

 

 「ッ、おぉぉぉぉぉおおお!?」

 

 背後に控えていたヴィータにザフィーラの巨体が直撃し、共に路地裏から道路まで弾かれる。

 

 「「――――チィ!」」

 

 それでも曲がりなりにも一級の騎士。無様に吹き飛ばされたままではいられない。

 二人とも体勢を立て直し、再度クロノを攻めようとする。だが――――

 

 「そこまでだヴォルケンリッター」

 

 彼らの頭上から無数の質量の持った刀剣が無慈悲に降り注ぐ。

 エミヤシロウによる絨毯爆撃だ。

 出鱈目な爆撃が終えるとクロノの横の位置にエミヤが勢いよく着地した。

 

 「エミヤ……守護獣の脇腹はお前が抉ったな?」

 「加減はした。まぁ、あれほどの傷ならば、急所でなくとも普通の人間ならば出血多量で死ぬが……相手はヴォルケンリッターだ。奴らの再生能力と耐久力を鑑みればアレぐらいはしなければ意味がない」

 「………ご尤も」

 

 反論する余地もない。

 

 「しかし、本当に堅いな。あの状態でまだあれほどの障壁を張れるとは」

 

 エミヤは感心したように呟く。あの爆撃にも等しい刀剣の雨をあの守護獣は防ぎ切ったのだ。

 いくら宝具ではない無名の刀剣群とはいっても、その弾速は亜音速。並みの障壁では防ぎ切ることはできないというのに。それも、あれほどの傷を受けた重症の身でありながら。

 やはりヴォルケンリッターは驚異的な戦闘力を有している。油断をしていると寝首をかかれるだろう。

 

 「…………」

 

 荒い息を吐きながらも、血まみれの獣の闘気に衰えを感じさせない。隙あらばその首を噛み砕くといった気迫を見せている。その後ろでは無傷の鉄槌の騎士がいた。彼女もまた戦意を失っていない。だが、その眼は微かに恐怖の色があった。

 

 「テメェは、あの時の…………!!」

 

 ザフィーラに守られ続け、未だ無傷のヴィータはエミヤに対して強い嫌悪感を剥き出しにし唸り声を上げる。

 

 「この前はよくもあたしに恥じをかかせてくれたな。忘れたとは言わさせねぇぞ!」

 「………ああ、捕縛した時のことか。ならば覚悟しておけ。もう一度、同じ醜態を晒すことになるのだから」

 

 エミヤは杭剣を虚空から取り出し、柄に付属されている鎖をジャラララと音を発てる。

 コレは威嚇ではない。彼の眼は堂々と語っている。“オレは本気だ”、と。

 

 「―――へッ」

 

 それでもヴィータは怯まない。恐怖はある。彼の剣を具現化したような瞳は正直言うとかなり苦手だ。というか怖い。

 だが、逃げはしない。己の持つ恐怖に克服してこその騎士だ。

 

 「上等だよ。やれるもんならやってみな。ただし、今度恥かくのはテメェの方だがな」

 「ほう…………ぬッ!!」

 

 一歩踏み出そうとしたエミヤに紅蓮の矢が焔を巻き上げ落下した。

 横にいたクロノは巻き込まれないように退避したが、エミヤはその爆炎の中だ。

 

 「間に合ったか。無事か、ヴィータ。ザフィーラ」

 

 紅蓮の矢を射た射手シグナムは仲間の窮地に堂々と姿を現した。

 まさにヒーローさながらの登場である。

 

 「助かったぞシグナム。ヴィータはまだ無傷だ。まぁ、私はそこそこ重症ではあるがな」

 「名誉の負傷なのだろ? よく此処まで持ち堪えてくれた」

 「私は皆を守護する獣だ。これくらいは当然のことよ」

 「シグナム!やったな、あいつを一撃でのしちまいやがった!」

 「………いや、まだだ」

 

 ヴィータは喜々としてシグナムの戦果を称えるが、シグナムは静かに首を横に振った。

 射手だからこそ分かる。先ほどの一撃は、全く手ごたえがなかったのだと。

 

 「そう何度も不意を突けると思うなよ烈火の将シグナム」

 

 爆炎が立ち込める紅蓮の矢の着弾点から烈風が発生し、中からはエミヤシロウが何食わぬ顔で出てきた。あの一撃を紙一重で躱したのだ。

 しかし、爆風までは流石に対処しきれなかったようで髪や服やらに焦げ目がついている。

 

 「あの一撃を避けるとは、大した傑物だ」

 「アイツはやっぱ化け物だ」

 

 シグナムは驚き、ヴィータは項垂れる。

 

 「援軍が来たか。しかし、此方も彼女ら(・・・・)が到着する頃合いだ」

 

 クロノは腕時計を見て、空を見上げる。

 すると何も無かった虚空の空には小さな穴が形勢され、次第に大きさを増していく。

 そして、雷撃が執務官と三等陸尉の眼前に落ちた。

 

 王道の登場を果たしたのは歳不相応に据わった瞳を持つ二人の少女。黒と白のバリアジャケットを纏う才気溢れる若き魔導師達。

 以前の戦闘で敗北を喫し、デバイスを半壊にまで追い込まれた敗北者であり、リベンジを誓う者。そう、彼女達は――――

 

 「時空管理局嘱託魔導師フェイト・テスタロッサ。バルディッシュ・アサルト参戦します」

 「時空管理局臨時局員高町なのは。レイジングハート・エクセリオン参戦します!」

 

 時空管理局アースラが誇る、天井無き才を持つ幼きエースだ。


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