『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第39話 『自分にできること』

 結界魔導師兼臨時局員である9歳の少年ユーノ・スクライア。

 彼はなのは達の影に少々隠れがちだが、紛れも無く非常に優秀な部類に入る人間だ。

 デバイスが無くとも習得し終えている魔法を苦も無く使いこなせ、何より子供とは思えぬほど知的であり頭がキレる。これを秀才と言わずになんと言う。

 勿論彼が優秀であるのはアースラの皆も知っている。特に、エミヤとクロノは一際ユーノの万能性を高く評価していた。

 

 「彼ならば、あの常識外のデータベースを扱えるのやもしれんな」

 「ああ。もし仮に扱えるというのなら、闇の書事件に大きく貢献できることは間違いない」

 

 エミヤとクロノはリビングにて頷き合う。

 彼らの言うデータベースとは『無限書庫』と呼ばれる時空管理局最大規模の情報記録書庫のことだ。

 無限書庫とはその名の通りあらゆる次元世界のデータが際限なく収集されており、その情報量は天井知らず。全次元世界の記憶と例えられるに相応しく、噂では兆を優に超すほどの情報が管理されていると言われている。

 またその圧倒的な情報量と昔からの管理の悪さから、今日この日まで無限書庫を完全に御す人材は時空管理局に現れなかった。

 しかし、かの有名なスクライア一族の神童とまで謳われているユーノ・スクライアの優れた索敵能力ならば、有効に無限書庫を扱える可能性がある。試してみる価値は十分にある。

 

 「無限書庫の入出手配は僕に任せてくれ。ついでにあの二人にも協力を願おう…………気は乗らないけどね」

 

 14歳とは思えない重い溜息を吐くクロノを友人のエミヤは苦笑して見守るしかなかった。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 翌日、なのは達が元気よく学校に登校している間にユーノを連れて時空管理局本局に足を運んだエミヤとクロノ。少しクロノの足取りが重いのは気のせいではないのだろう。

 

 「エミヤさんエミヤさん。なんだかクロノ、凄く酷い顔してるんですけど………」

 「今から会う人物らがクロノにとって天敵のような存在でな。少し気が滅入っているだけだ。気にすることはない」

 「クロノの天敵って………い、いったいどんな人なんですか」

 「なに、口で説明するよりか会ってみた方が手っ取り早い。そら、もう着いたぞ」

 

 ユーノは不安を積もらせながらも着いた待合室の扉を見る。そして横眼でチラっとクロノの表情を窺ってみるが、やはり気分は優れていないようだ。顔色が良くない。

 

 〝緊張するなぁ”

 

 今から会う無限書庫に精通している人達とはいったいどのような人間なのか。

 こうまでクロノに精神的ダメージを与えるとなると生半可なキャラクターでないのは容易に想像できる。ちょっとした好奇心と少しの恐怖がユーノの精神を突っつく。

 

 「何を呆けている。さっさと入るぞ」

 「は、はい!」

 

 エミヤを先頭に待合室に入室する。

 その隅々まで手入れが施された部屋の中で、自分達を待っていたのは――――――――猫耳を生やした二人の少女だった。

 

 「…………アレ?」

 

 あまりにも想像していたものとは大分違っており、呆気に取られたユーノ。もっとこう、筋肉質のおっかない教官風をイメージしたのだが。

 はたして、彼女らがどうしてクロノの天敵に為り得る要素を持っているのだろうか。見た目からしてはあまり恐ろしそうには見えない。むしろ可愛らしいのだが。

 

 「おお! クロスケにシロスケ! 待ちわびたぞ。久しぶりじゃないか!!」

 「本当に久しぶりね、二人共」

 「君達も相も変わらず元気そうだな」

 「…………はぁ」

 「おいおいテンション低いぞクロスケ! ここは私の熱い抱擁で元気にしてやるしかないな!」

 「や、ちょ、止め………あ、うあああああああああああああ!?」

 

 クロノに飛び掛かったネコ耳少女は彼をソファーまで引きずっていった。

 自分達からは見えないソファーの裏側にまで連れていかれたクロノは叫びを上げ、それを意に介せず大人顔負けのキスをする生暖かい音が奏でられる。

 

 「うわぁ……………なんか、凄いですね」

 「だろう? 彼女達……特にリーゼロッテはクロノに対してスキンシップが激し過ぎる」

 「もしかして、クロノは彼女達にとって弄られキャラなんですか?」

 

 エミヤは重々しく頷く。

 

 「ユーノ。君も気を付けとけよ。彼女達は見ての通り猫の使い魔だ。よくフェレットに擬態する君を餌だと勘違いして噛み付いてくるかもしれないからな」

 「…………はは。笑えない冗談ですね」

 

 タチの悪い冗句に顔を引き攣らせるユーノ。

 いくら美少女といえどかみ殺しにされるのは御免被る。

 

 「胸!胸が当たってる!!」

 「いいじゃないいいじゃない。お互い深い関係を築いている仲なんだから」

 

 自分達を余所に、リーゼロッテとクロノのじゃれ合いは加速していく。

 ぶっちゃけ彼らのじゃれ合いはディープ過ぎて9歳の子供には少々刺激が強すぎる。

 いくらソファーによってその過激な光景を遮断されていても音だけでざっとR15の威力を秘めているだろう。

 

 「誤解を生むような発言は止めろ! ちょ、おい何処を触っている!」

 「んん~? 男の器を体現したところを触っているね。してクロノの器の大きさは………」

 「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 あ、クロノが本気で切れた。

 本来隠しているなのは並みの魔力が溢れて出している。

 

 「そこまでだロッテ。少し加減というものを知れ。親しき仲にも礼儀あり、だ」

 

 流石に見かねたエミヤはじゃれ合うリーゼロッテにストップをかけた。

 あのままじゃれ合いを続けられたら切れたクロノによってこの部屋が吹っ飛ばされると判断したが故だ。

 

 「た、助かったよエミヤ…………でも、できれば次からは、もう少し早く助けてくれ」

 

 顔の至る所に口紅を付けられたクロノはげんなりした口調で言った。

 

 「すまんなクロノ。次からは早く助けるよ」

 

 ユーノは知ってしまった。先ほどまでのじゃれ合いを見てエミヤも楽しんでいたことを。

 恐らく次もエミヤは最後の最後というところまでクロノを助けないだろう。

 彼の知られざる闇……というか少年みたいな悪戯心を目撃したユーノはそっと心のなかにしまい込んだ。

 

 「…………さて、では皆が落ち着いたところでさっそく本題に入ろうか」

 「「OKOK」」

 「実は、無限書庫で闇の書について調べたいことがあってね。そこの少年ユーノ・スクライアに協力してやってくれないか?」

 「闇の書について、ねぇ………別に構わないけど、あそこから狙った情報を取り出すなんて私達の援助があっても厳しいんじゃないかなぁ」

 「そこの心配は大丈夫だ。彼はスクライア一族の中でも最高峰の索敵能力を有している。まだ9歳の子供だが、存外侮れたもんじゃないぞ」

 「へぇ………シロスケにしてはかなり評価が高いじゃないか」

 

 リーゼロッテはじろじろとユーノの身体を嘗め回すように見る。

 蛇に睨まれている錯覚すら感じ、ユーノは冷や汗が滝のように溢れ出た。

 しかし、目は逸らさない。逸らしてはいけない。

 自分のような微弱な力でも、何かの役に立てる機会があるのなら全力で掴み取って見せなければならない。助けられてばかりではいられないのだ。

 

 「………うん。良いね。シロスケは人を見る目があるし、私もその少年が気に入った」

 「助かる」

 「でも、私達も決して暇じゃない。武装隊の(ひよこ)どもを教育する仕事を受け持っているからぶっ続けで彼の手助けになってあげることはできないよ」

 「―――十分だ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ヴァイスは一人、自分の家となっているテントの中で己の武装ストームレイダーの点検をしながら大きな溜息を吐いた。

 今更ながら、今回のヤマは今まで経験してきたあらゆる事件の中でも上位に食い込む危険性を孕んでいる。恐らくPT事件より難易度は高いだろう。

 『闇の書事件』は十年に一度の単位で起こる。その度に、どれだけの人間が死んだと思う。どれだけの次元世界がゴミ同然の藻屑に成り果てたと思う。そして一度として、闇の書事件で何かが『失われなかった』事例がない。必ず何かが失われるのだ。犠牲が出るのだ。

 

 「…………へっ。とんだ災難だぜなぁ、おい」

 

 もはや笑うしかない。未だヴォルケンリッターは一騎として捕獲されておらず、また闇の書の完成は刻々と近づいてきている。このまま行けば確実に闇の書が復活し、此処一体にある次元世界が一瞬で吹っ飛ぶはめになる。

 何億何兆という人間が死ぬんだ。自分達が止めなくては、多くの生命の人生が呆気なく終わりを告げるのだ。そして此処一帯の生命の運命は、自分達アースラ隊の働きに全てが掛かっていると言っても過言ではない。

 

 「随分と重いモン背負わせやがってチクショウめ。俺はどうしようもない半端者だぞ。そんな途方もない生命の生死を背負うなんて、俺にゃぁ重くて重くて仕方がねぇ」

 

 自分はエミヤのような強い人間でも、クロノのように芯が通っている人間でも、なのはのように小さくても強い精神力を持っている人間でもない。大した器も度量も何もないクソッタレのモブ野郎だ。どこぞのヒーローでも神様でも漫画の主人公でもありはしない。何処にでもいる、ちっぽけな人間だ。

 

 「………嗚呼、馬鹿か俺は。こんな時に自分を中傷してなんになんだ!」

 

 ここにきて情けない弱音を吐く己に苛立ちを露わにする。

 以前ボロ雑巾になったティーダ・ランスターにヴァイス・グランセニックは何て言った。『事件解決を土産にする』と公言したのではないのか。こんなところでイジケていては、PT事件の焼き回しになってしまう。あんな惨めな思いは、もううんざりだ。

 

 「俺は絶対に、何が何でも、どんな窮地に立たされても、任務を達成し、生きて帰る。この決意だけは崩しちゃなんねぇ。無くしちゃならねぇもんだ…………」

 

 決意を再確認したヴァイスは震えのない、迷いを感じさせない的確な動作で分解されていたストームレイダーを瞬く間に組み立て直した。

 

 「それに馬鹿デカい大金を払ってとっておきの最新兵装だってわざわざ用意したんだ。コイツで多少なりともマシにはなんだろうよ」

 

 ヴァイスは横に置いてある大きな鉄の箱を見る。この箱の中に入っているのは『anti-materiel rifle バレットM82A1』を基にして作られた“対物対艦用”長距離射撃兵装『ヘルシング』。レイジングハート・エスセリオンとバルディッシュ・アサルトと同様カートリッジシステムを採用されている。その威力はストームレイダーの3倍以上の数値を叩き出すほどのものだ。例え戦艦であろうと悉くその分厚い装甲を貫通する。

 確かに強力な武装だが、その分値段がアホらしく高い。家一軒建てれるんじゃないだろうかレベル。給料の大半を慈愛の家に寄付していたヴァイスは貯金が少ない。故に生活費を犠牲にして買ったんだ。それらの負担を考えれば当然の性能である。

 

 “普通の魔導師でも撃てるのは十発程度。一般よりか魔力値の低い俺はどう足掻いたって5発しか撃てない代物だが、それでもこの化け物を使いこなせる自信はある”

 

 5発も撃てれば上等。要は外さなければ問題ない。

 このヘルシングであれば、大概の敵は1射1殺で済むのだが、ヴォルケンリッターのガッツとしぶとさを鑑みればはたして一撃で終わるかどうか分からない。まぁ、そこは自分一人で戦っているわけではないので無問題だろう。あくまでヴァイスは少しでも相手にダメージを与え、アタリ所が良ければ仕留めればいいだけの役割だ。後は主役の方々に頑張って貰えばいい。

 

 「もし武装隊があと数人生き残ってくれていたら、もちっと楽になったんだがなー」

 

 盾の守護獣ザフィーラに全滅させられた同僚30名。彼らが未だに戦闘が可能であったのなら、自慢の戦略を活かせて有利な情勢に持ち込めただろうに。何より、ヴォルケンリッターの探索により一層捗ったはずだ。

 笑いながらも武器を持ち、狙撃手の自分が立つことのできない遥か前線で戦う馬鹿共。

 確かに彼らはなのはやフェイト、師匠や執務官ほどの圧倒的な力は有していないが間違いなく優秀で勇猛果敢な武装隊員達だ。同じ艦で働き、同じ釜の飯を食う戦友である。

 彼らがいなくなったアースラ隊は、酷く寂しいものだ。馬鹿騒ぎも、他愛な話も、何もできやしない。

 

 「あいつ等、元気にしてっかねぇ………」

 

 今頃病院のベットの中で暇だ暇だと暴れているだろう同僚たちの姿を、ヴァイスは思い思いに幻視した。何故か一人として安静にしている姿が想像できなかったのは、多分自分のせいではないのだろう。

 

 


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