『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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 量産型にも意地がある。クロノのS2Uをテーマにした話です。

 


第04話 『旧式量産型端末』

 時空管理局はあらゆる次元世界の技術を接収している。その中には時空管理局の設備にそのまま転用しているものもある。

 最新鋭の強度、リアリティを生み出す魔導訓練室もその一つ。魔導師という人智を超え得る魔力、魔法を扱っても全壊することがない施設は局員の練度を上げるには必要不可欠。特に本局の魔導訓練室は、様々なエースが愛用し、腕を磨いた場所である。そして今日も若きエース二人がその魔導室を使って訓練を行っていた。

 

 「どうした、この程度かクロノ!」

 「ふん、舐めるなよ、エミヤァ!!」

 

 爆炎が立ち込める魔導訓練室ではエミヤとクロノが激戦を繰り広げていた。

 執務官と三等陸尉の模擬戦は、並みの魔導師の模擬戦の範疇を大きく超え、実戦さながらの苛烈さがある。

 

 「スティンガースナイプ!」

 

 クロノは誘導性のある魔力光弾を放つ。魔導訓練室のフィールドは岩石が幾つも設置されている荒野。隠れる場所が豊富で盾となる障害物も多くある。だがそれもスティンガースナイプの前では意味を為さない。

 

 「相変わらず厄介な魔法だな」

 

 まるで生き物のように岩石を回避しながらエミヤへと迫る。スティンガースナイプは誘導性と制御性、さらには貫通力もあるという優れた攻撃魔法だ。

 実戦で十分に扱うには精密な魔力コントロールを必要とするのだが、クロノの技量をもってすれば障害物を回避して目標に迫ることなど造作もない。

 

 「………だが、その魔法はオレには効かんぞ」

 

 エミヤは艶のない黒一色に塗られた洋弓を投影する。そして素早く矢も投影し、魔力光弾に向けて射る。放たれた矢は寸分違わず魔力光弾に直撃し相殺された。

 身体が後退した今のエミヤでは全盛期ほどの矢を放つことができない。だが、質を落とした矢なら放つことができる。

 音速の速さを高速の速さに、砲弾の威力をライフル弾の威力に、機関銃並の連射速度を突撃銃並の連射速度にして調節することにより最低限、弓兵と名乗るに相応しい矢を放つことができるのだ。

 

 「そんなことは百の承知だ――――バインド!」

 「―――――ッ!」

 

 

 矢を放ち、一瞬の硬直状態を狙いクロノはエミヤにバインドをかける。

 蒼く光るリングはエミヤの両手両足をガッチリ拘束した。

 

 「スティンガーレイ!!」

 

 畳みかけるようにクロノは高速魔力弾を発射する。

 身動きが封じられた今のエミヤに魔弾を回避することは出来ない。

 バインドを振り解くにしても執務官クラスが練ったものだ。

 当然、頑丈さは抜きんでている。

 少なくとも数秒で解除できるほどヤワな作りにはなっていない。

 

 普通の魔導師であればこれで詰んでいる。

 しかし、エミヤシロウは異端だ。

 魔導師の常識には囚われない。

 

 「投影(トレース)開始(オン)

 

 エミヤは自分の真上にロング・ソードを四本に投影する。そしてそのロング・ソードを躊躇いなく降下させた。

 そのまま両手両足に巻かれたバインド“だけ”を断ち切り身体を自由にさせる。また高速で迫るスティンガーレイを先ほど投影したロング・ソードの一本を引っこ抜き矢へと変換し、それを放ち撃ち落とした。

 

 ―――なんて無茶苦茶な脱出方法だ。

 

 クロノはその狂気すら感じられるエミヤの危険極まりない行動を見続けてきた。勿論、自分も人のことを言えないぐらい無茶をしてきたが模擬戦にまでここまでやってのけるエミヤには負ける。命を対価にして勝利を掴み取ってきた男の判断力は並の人間じゃ許容できないだろう。

 

 「呆ける時間があるのなら手を動かした方が良いぞ」

 

 弓を破棄したエミヤは地面に放り投げていた干将莫耶を素早く拾い、そのままクロノに接近する。

 

 「ふん、その通りだな」

 

 近接戦闘ではエミヤの方が一枚も二枚も上手だ。クロノはすぐに身体を浮かせ上空へと上がった。

 空というアドバンテージを持ったクロノは空中に停滞し弓の投影を妨害する弾幕をすかさず張る。エミヤはその迫る魔力弾を最小限の動きで回避し、避けきれない魔力弾は干将莫耶で切り払っていく。

 

 “954戦中477勝477敗、か。今日こそは勝ち越しを上げさせてもらうぞ”

 

 クロノはエミヤを見下ろしながら決定的な一手を模索する。修行時代からエミヤとクロノは互いに力を競い合ってきた。所謂好敵手というやつだ。それと同時に目標でもある。負けていられるはずがない。

 

 試合開始からもう30分以上経っている。先ほどから魔力を多く消費した。決着を急がなくてはならない。ならば、ここで新技を披露するのも悪くないとクロノは決心した。

 

 「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」

 

 クロノの背後の百を超える魔力弾が生成される。その一つ一つが刀剣の形を為しており、魔力の密度も高い。更に蒼く光る剣軍に魔方陣が一つずつ付与されていく。

 これはヴァイスの魔力弾を圧縮し威力を上げる技術とエミヤのソードバレルを形の基にして作った広域殲滅魔法だ。

 

 ―――この技で一気に片をつける。

 

 「新技か。だが悪いなクロノ。せっかくのお披露目だがこちらも大人しく負ける気はない。全力で応戦させてもらうぞ。

  ―――投影(トレース)開始(オン)。憑依経験、共感終了―――工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)停止解凍(フリーズアウト)

 

 エミヤも百を超える刀剣を背後に投影する。

 宝具ほどの概念や魔力を籠っていないが名刀のみを厳選された優秀な剣軍だ。

 

 静けさを取り戻した訓練室。それはまさに嵐の前の不気味な静けさだ。

 

 「Attack(アタック)Declaration(デクラレイション)!!!」

 「全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)………!!!」

 

 同時に放たれた蒼の剣軍と銀の剣軍。当たっては砕け、衝突しては相殺される。見事に整列された弾幕は均衡する。

 均衡を保たれている今、弾幕に致命的な“穴”を空けた者が敗北する。

 魔力量はクロノの方が勝っているが、エミヤの投影は等価交換の原則を無視しているので魔力切れはアテにならない。クロノも先ほどまで弾幕を張っていたので消費はかなりのもの。対するエミヤは何の変哲もない剣四本、矢一本、弓と干将莫耶しか投影していなかった。

 残量魔力量は五分五分だろう。

 

 「「ウ、オォォォォォォォォォォォォォ!!」」

 

 クロノもエミヤも一歩も譲らない。弾幕が薄いところには増量補強し、相手が手薄になっているとこを重点的に攻める。

 魔力が尽きるまで延々と続くかと思われた攻防はあっけないことで終わりを告げることになる。

 

 ――――ビキィ!!

 

 「なに!?」

 

 クロノのS2Uから嫌な音が聞こえた。

 見ればフレームの隙間から煙を上げている。

 拙い。これでは演算処理に支障が――――、

 

 「―――――クソ!」

 

 演算が乱れ、蒼の剣軍の弾幕に綻びができる。

 エミヤがその穴を――――見逃すはずがなかった。

 

 

 ◆

 

 

 「また無理をさせたな………S2U」

 

 ア―スラのメンテナンスルームで深く自分のデバイスに謝罪するクロノ。彼の手には待機モードに戻らなくなったS2Uが握られていた。エミヤとの模擬戦の途中、ショートを起こしたのだ。

 

 「クロノ執務官。そろそろデバイスを変えた方がいいんじゃないですか? そのデバイスはもう、貴方の望む演算処理についていけていない。いくら処理能力の高いストレージデバイスでも量産型となれば限界がありますよ」

 

 ア―スラ専属のデバイスマスターの少年リーベルはクロノにデバイスを替えるよう進言する。

 本来、クロノほどの魔導師であれば高性能な専用機や人工知能を持つインテリジェントデバイスを使い熟すだけの力量がある。なのに時代遅れ、旧式の烙印を押されたS2Uを未だに使い続けている。

 その心掛けはデバイスマスターとしては嬉しい限りだ。どんな時代遅れなものでも改修や調整をたび重ね、使い続けるという姿勢に感動する。

 しかし、いくら愛情を注ごうとも所詮は旧式。改造を施し続けても誤魔化しようのないガタがくる。戦場でそのような事態に陥れば命の関わるのだ。今回も模擬戦であったから良かったものの、もし任務中に故障すればシャレにならなかった。

 

 クロノはリーベルの進言をありがたく思いながらも、首を横に振る。

 

 「気遣ってくれてありがとう。でも僕はまだデバイスを替える気はない。どうにかして演算処理能力をあげてくれないか」

 「また他のシステムを削ぎ落とせばなんとかなるかもしれません」

 「――頼む」

 「全く、強情なお方だ」

 

 リーベルはやれやれと言いながらS2Uを受け取る。

 

 量産型デバイスのS2Uではあるがその凡庸性は極めて高い。勿論、そのままのものを使用してもたかが知れている。幾たびの改修と調整を繰り返したこのS2Uは今の最新型のデバイスにも後れを取らない特別性なのだ。

 欠点はその量産型に詰め込まれた身の丈にも合わない演算処理システムの増強と付加による負担。故に周一のメンテナンスが必須のデリケートなものとなってしまったこと。今回の故障は恐らく先日組み込まれたパーツの負荷がS2Uの内部に打撃を与えたと見ていいだろう。

 

 「クロノ執務官は何故このS2Uにそこまで拘るんですか?」

 

 これほど旧式の量産型デバイスに愛着を持つ魔導師は稀だ。

 好奇心に駆られたリーベルはクロノに問う。

 

 「……そのS2Uはな、艦長から頂いたものなんだ。訓練生であった時も、初の任務の時も、いつも僕を支えてくれた大切な相棒だ。だからかな、色々と愛着があるんだよ」

 

 クロノは隠すことでもないという風に普通に答えた。リーベルはクロノのことをもう少し効率を重視する人だと思っていたので意外だと呟いた。それと同時にこのS2Uの重みが一段と伝わって来るようになった。このS2Uはクロノ・ハラオウンが今まで培ってきたモノの結晶のようなものだ。下手な改修では申し訳が立たない。

 否、模擬戦で故障するような甘い作りで納得していた自分に恥じるべきだ。

 

 リーベルの今までにないほど神経と精神を切っ先に集中される。

 

 「必ず期待に応えて見せます。クロノ執務官」

 「言われずとも期待しているよ。リーベル技術長」

 

 クロノは邪魔にならないようメンテナンスルームから出ていった。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 「か、改修完了しました。これで演算処理能力が飛躍的に上がった、とまではいけませんがそれなりの効果がある筈です。フレームの強度も上げましたから耐久力もバッチリです」

 

 集中力を使い果たしたリーベルは頬に窪みができ、やつれた姿となってメンテナンスルームから出てきた。一体どれだけの死闘を繰り広げたのか想像がつかない。

 

 「無理を言って済まなかった。リーベル技術長」

 「謝らないでください。これが私の仕事ですから……」

 

 真っ白に燃え尽きたと言わんばかりのリーベルはクロノにS2Uを渡した後すぐにメンテナンスルームの奥へと戻っていった。クロノはまた新たに改修されたS2Uを見て、フフっと笑う。

 

 「これでまたお前を大切にする要因がもう一つ増えたな」

 

 クロノは早速、エミヤに模擬戦の再戦を申し込むために訓練室に向かった。

 この時のクロノはエミヤに負ける自分の姿が想像できなかったという。

 

 




 オリキャラ一人ぐらい出そうかな、と思ったのですが思いのほか難しかったです。

 デバイスマスター兼技師長リーベルの容姿は『ひぐらしのなく頃に』の登場人物、入江京介メガネ無し&15歳ぐらいの姿です。

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