『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第41話 『迫り来るタイムリミット』

 真っ白なベットの上で、一人の少女がその小さな瞼をゆっくりと開けた。

 彼女は少し痛む胸を押さえながら、上半身を起こす。

 周囲を見渡すと、白いベットが自分のを合わせて四つほどあることを視認できた。

 後は必要最低限の家具などが置かれている――――嗚呼、実に見覚えのある風景だ。

 

 「アースラの…………病室」

 

 幾度もお世話になったことのある部屋だ。親しみすら感じられるほど。

 何故、自分はこの部屋で、このベットの上で寝ていたのか。

 

 「ああ………」

 

 意識が未だに朦朧としているが、理由はハッキリと思い出せた。

 そう、自分は敗北したのだ。シグナムにではない。仮面の男に。

 真っ向から挑んで敗北したのではない。不意を打たれて負けたのだ。

 しかし、敗北は敗北だ。その事実は幾ら言い訳を取り繕ったとしても変わることはない。

 戦場では、卑怯も何もないのだから。

 

 「……………はぁ」

 

 悔しい。そして、情けない。

 今日というこの日まで、自分はエミヤの鍛錬を受けてきた。バルディッシュだってカートリッジシステムを導入して強化されている。

 だというのに、敗北した。

 それだけではない。リンカ―コアも持っていかれ、闇の書の完成を近づけさせただけでなく、敵の将シグナムの逃亡まで許した。仮面の男の正体も掴めず、ただ何の情報さえも握れずに意識を失ってしまったのだ。

 これではエミヤ達に会わせる顔がない。

 毛布に顔を埋め、己を責めるフェイト。そんな彼女の元に、彼はやってきた。

 

 「失礼する―――――む、意識が戻ったかフェイト」

 「…………シロウ」

 

 クロノと同じ、黒の管理局制服に身を包んだ少年は安堵した顔で入室してきた。

 日頃から敬愛している人ではあるが、今の精神状態だと一番会いたくなかった人だ。

 きっと、失望させてしまっている。これほどの醜態を晒した自分なぞ、心の何処かで残念がっているに違いない。

 そんな疑念をフェイトが抱えていることを知らないエミヤは、いつもと変わらない落ち着きのある声で身体の具合は大丈夫か? と聞いてきた。

 フェイトはただ沈んだ声で大丈夫です、と簡素に返す。そして、今心の底から言いたい言葉を、無意識のうちに口にした。

 

 「ごめんなさい…………」

 

 当然、そんなことをいきなり言われたエミヤは困った顔をするしかない。

 フェイトが何に対して謝っているのかが分からないのだから。

 

 「その………せっかくの、チャンスを台無しにて……………それどころか、リンカ―コアまでも取られちゃって…………」

 

 決して難しい言葉を口にしようとしているわけでもないのに、自分の舌は上手く動いてくれない。最後まで言葉を噤めない。緊張して呂律が上手く廻らないのだ。

 だが、エミヤはフェイトが何を言いたいのかだいたい理解したようでまたまた困った顔をする。

 

 「まったく、どうして君は歳不相応なほど責任感が強いのか。まるで昔のクロノだ………まあ責任感が強いこと自体は決して悪いことではないが、少しばかり度が過ぎている。もう少し肩の力を抜け」

 「で、でも…………」

 「そう心配するな。誰も君を責めたりはしない。失望だってしちゃいないさ。むしろ、リンカ―コアを抜かれて済んだだけでも上等だと思うがね」

 

 時空管理局局員の殉職率は極めて高い。アースラ隊とて今日に至るまで何人もの同胞を失っている。こうして戦場で敗北した上で生還を果たしているフェイトを、咎めれる要素など在りはしない。それに相手が相手だ。エミヤとクロノでも手こずる仮面の男の奇襲なら、敗北しても仕方のないことだ。例え真正面からの正々堂々とした闘いであっても、フェイトは負けていただろう。

 

 「だから気にするな。いちいちそんな小さなことで悩んでいたらキリがないぞ」

 「………うん!」

 

 エミヤの言葉に勇気づけられ、フェイトは少し萎えていた顔に明るさを取り戻した。

 それに満足したエミヤは、近くにあった椅子に腰を置く。

 

 「リンカーコアを吸収されたが、すぐに治るそうだ。流石、成長真っ盛りの年頃と言ったところだな。成人ならば暫く寝込んでいてもおかしくはないほどのダメージだったと聞く」

 

 既に熟成しているであろう一般の魔導師は、一度傷つけられたリンカ―コアを元に戻すには時間が掛かるが子供であるフェイトやなのはは回復が極めて早い。

 ちなみに随分と前に蒐集されたアースラ隊なぞ今でもリハビリに四苦八苦している。

 

 「一日安静にしていれば、なんとか明日の学校に登校できるだけの回復は望めるが………身体の調子が悪ければ休みを取れ。無理だけはするな」

 

 フェイトは分かりました、と答えて口を閉じた。内心、これほどになく安堵している。

 自分は捨てられなかった。失望もされていない。そんな小学生にあるまじき思考を脳内で反復させる。その考えがどれほど歪んでいて、どれだけ依存性を秘めているかフェイト自身は理解していない。

 時に厳しく叱り、時に優しさを持って心身を包む。奉仕体質のあるエミヤシロウは、限りなく『優しかった、かつてのプレシア』に近い。

 否、まさに彼女の理想を具現化したような存在と言っても過言ではないのだ。

 早くに母を亡くしたフェイトにとって、今や代えがたい人物になってしまっている。母の情愛を受けれなかったのなら尚更だろう。

 

 「そうだ。君にちょっとプレゼントしたいものがあるんだ」

 「――――へ?」

 「大したものではないんだが」

 

 エミヤはポケットの中をごそごそと探り、あるものをフェイトの前に出した。

 それは三日月の形をした、とても綺麗な紅い宝石だった。

 唯の装飾品ではない。それからは確かな魔力が感じられる。恐らく魔道具の類。

 フェイトは少し困惑しながら、その宝石とエミヤの顔を交互に見る。

 エミヤはいつにも増して仏頂面だ。それに相反してフェイトの頬はほんのり赤みを帯びてしまっている。

 

 「えっと、その………これ、は…………?」

 「見ての通り魔術礼装だ。これを身につけているとな、微弱ながらこの宝石内に貯蔵されている魔力が所有者に送られる。魔除けの印も刻んでおいた。少しでも早く元気になりたいのなら、持っておけ。いらんのなら勝手に捨てても構わん」

 「――――――――――」

 

 言葉が出ない。ただ呆けて手渡された宝石を凝視する。

 宝石の周囲には美しい銀の装飾が施されているが、装飾華美というほどの細工はされていない。まさにフェイト好みの品だろう。

 何より、こんな代物を自分に与えてくれたことが胸が張り裂けんばかりに嬉しく思った。

 

 「あ、ありがとう…………!!」

 

 やっと口に出せた感謝の言葉。それにエミヤは満足気に頷いた。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 暫くフェイトとの雑談を楽しみ、意識を取り戻したアルフがフェイトに抱き着き、涙を流しているのを頃合いと見て退出した。

 フェイトは順調に小学校で友を増やし、共に学び、学校生活を満喫している。

 実に結構。それにあの回復力ならば、無事明日の学校にも登校できるだろうし、フェイト自身も無理をしている様子はない。

 エミヤは長い廊下を歩き、己が職場である執務室にへと入室した。

 執務室内では、我が仕事部屋を共に扱う親友 クロノ・ハラオウンが自分と同じくらいの仏頂面で闇の書の被害に目を通していた。

 

 「戻ったかエミヤ。フェイトの様子はどうだった?」

 「思いのほか元気だったな。体力も順調に回復している。アルフもリンカ―コアを抜けられたというのにピンピンしていた。言峰の元で修行した成果か、並外れた体力を身につけていたな」

 「そうか、それは良かった」

 

 目を通し終えた資料を纏め、一息つくクロノ。

 

 「ところで、ヴァイスが見当たらないんだが何処行ったんだ? あいつ」

 「ああ、何でも訓練室に閉じ篭ってストレス発散しているとかなんとか」

 「リンカ―コアを蒐集された状態で?」

 「元よりあいつはリンカ―コアが小さい。その分、治る範囲も少なく、回復が早く済んだんだ」

 

 成程、とエミヤは納得する。

 

 「…………あの仮面の男共、本当に勘弁してほしいものだね。奴らのおかげで此方の損害は広がる一方だよ」

 

 クロノは頭をガシガシと掻く。

 彼らさえいなければ、今頃ヴォルケンリッターは拿捕できていた。少なくとも、拿捕できる機会は二回以上あったのだ。それを悉く潰されている。

 一秒でも早く『闇の書事件』に終止符を打ちこみたい自分達にしたら、あの仮面の男二人は邪魔者以外のなにものでもない。しかもかなりの手練れだ。

 素顔は分からず、戦闘力は高い、現れるタイミングも常にヴォルケンリッターがピンチである時に限られ、姿を晦まされたら追跡できないほど隠匿技術が長けている。

 

 「エイミィによると駐屯所の管制システムがクラッキングを受け、あらかた駄目にされたらしい。おかげで時空管理局内に害虫が紛れ込んでいる可能性が出てきた」

 「……………そうか」

 

 クロノの言葉に、エミヤは大きな溜息を吐く。勘弁してくれといった感じだ。クロノも全面的に同意するかのように、溜息を吐いた。

 上層部からは「早く解決しろよ」と圧力をかけられ、また闇の書の被害も広まるばかり。

 このままだと本当に拙い。仮面の男共の脅威もあり、事態は着実に最悪の方向に向かって突っ走っている。

 あまりにも苦い現状に嫌気が指す。これにはエミヤも参るばかりだ。

 そんな重い雰囲気が執務室を覆っている時に、一つの連絡がエミヤ達に届いた。無限書庫に閉じ篭り、闇の書の情報を漁っていたユーノからだ。

 どうやら何かしらの情報を手に入れたらしい。

 二人は頷き合い、共に無限図書のある場所に足を運びに行った。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 分かっていたが、ユーノの潜在能力は恐ろしく高い。いくらリーゼ姉妹の助力があったとはいえ、こんな短時間で闇の書の秘密を暴けるものなのか? しかも内部構造は十全に把握できていない状態で。

 例えエリートの詮索術師三人がかりでも、こうも早く無限書庫から特定の情報は抜き取れないだろう。

 改めて彼の稀有な才能を自覚させられた。あのエミヤでさえ、ユーノは稀代の魔導師だと太鼓判を押すほどの人材なだけはある。

 

 「で、いったい何の情報が得られたんだ?」

 

 エミヤは腕を組み、ユーノ・スクライアの言葉を待つ。

 ユーノは一息ついて、その幼く、小さな口をゆっくりと動かした。

 

 「今の時点まで分かったことを順番に言っています…………まず、闇の書は本来の名でありません。アレの本当の名は、『夜天の魔道書』と言います」

 

 彼は丁寧な口調で、今まで「時空管理局」が入手できなかった貴重な情報を連ねていく。

 

 「夜天の魔道書は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して研究するために作られた主と共に旅するためのものです。破壊の力を振るうようになったのは、歴代の主の誰かがプログラムを改変してからだと思われます」

 

 それが本当だというのなら全くもって迷惑な話だ。

 主として選ばれただけの素人が、むやみやたらにプログラムを弄ったおかげで、今日この日まで数多くの生命は無くなったのだから。これでは改良ならぬ改悪だ。

 

 「その改変のせいで、旅をする機能と破損したデータを修復する機能が暴走しています」

 「転生と無限再生はそれが原因か?」

 

 クロノの問いに、そうだよと言ってユーノは頷いた。

 

 「一番ひどいのは、持ち主()に対する性質の変化。一定期間の蒐集がないと持ち主自身の魔力の資質を侵食し始めるし、完成したらその持ち主の魔力を制限なく使わせる。無差別破壊のために」

 

 闇の書に選ばれた魔導師もまた、被害者であるというわけか。

 なるほど守護騎士が必死になるわけだ。

 

 「機能の停止、または封印の方法についての情報は得られたのか?」

 「それはまだ調べている最中です。でも、恐らく闇の書の完成前の停止は難しいと思います」

 「何故だ」

 「闇の書が真の主と認識した人間でないと、システムの管理者権限を使用することができません。つまり、プログラムの停止や改変ができないんです」

 「外部からの操作は?」

 「それだけは絶対にやってはいけません。厄介なことに、外部からの操作を行われると主を即吸収して転生してしまうシステムが構築されています」

 

 バクだらけだな、闇の書は。危険、厄介なことこの上ない。

 元は健全な資料本であったというのに、作成した製作者もこれでは報われない。

 

 「現時点での調査は以上です。引き続き、闇の書の情報を漁ってみましょう」

 「すまない。よろしく頼む」

 

 現状を打破できる情報は得られなかったが、重要な情報は確かに得られた。それにまだ闇の書について調べれることは山ほどある。チャンスは尽きていない。それにユーノの持つ可能性は天井知らずだ。もしかすると、此処一帯の次元世界を救うのは、9歳の少年なのかもしれない。

 

 

 ◆

 

 

 八神家の周囲には強力な結界が張られている。湖の騎士シャマルが全力を注いで形成された強固な物理障壁+ステルス障壁+消音障壁だ。例え大魔導師クラスの人間であっても探し当てるのは難しい。

 その恩恵にあやかって、二人の騎士は全力で小さな家庭を使って模擬戦をしていた――――シグナムとザフィーラである。

 

 シグナムは何の魔力強化も施されていない木刀を使い、剣の騎士に恥じぬ剣戟を見舞い、ザフィーラは無手ながらも盾の守護獣と謳われるほどの防衛技術を駆使してその猛攻を捌いていく。

 守護騎士ヴォルケンリッターはプログラムであるが故に、身体的能力の向上は見込めない。人と違い、生まれた時から完成されているからだ。

 故に身体が成長することもなければ劣化することもない。魔力も、容姿も、体力も、全ては創造された時から最高スペックを維持し続けられる。

 

 手を加えれることのできるのなら、それは唯二つ。それは、戦闘経験を増やすことと、あらゆる技術を取り込むことだ。

 身体的能力が上がらないのであれば、経験を稼ぎ、技術を増やし、新たな業を習得する。それが自分達に許されている、『成長方法』の一つ。

 もう一つは、武装を強くすること。より強力な獲物をその身に携えることだ。

 総じて力を蓄えられる手段はこの二つのみに限られる。

 

 二人の騎士は互いの短所を指摘し合いながらも打ち合いは加速していく。

 魔法を使わず、カートリッジを使わず、ただ使えるものは己の技術のみ。誤魔化しなど効かない。さらに早く、もっと速く、まだ踏み込める、振りが遅い、防御が薄い、威力が足りない、足元が留守だ、打撃に重みが無い、隙がある。

 

 「―――――ッ」

 

 シグナムは歯軋りする。ザフィーラの鉄壁なる防御がどうしても崩せれない。あらゆる箇所に打ち込んでも悠々それを対処される。

 まるで城壁だ。そして、筋力、体格、洞察力も比べものにならないほどシグナムはザフィーラに劣っていた。

 ザフィーラの肉体は魔法を使わずとも鋼の如き強度を誇る。対して魔力を纏わない今のシグナムでは、それを突破できるだけの力はない。

 所詮は女の身体だ。魔法の強化がなければ脆いも当然。ひ弱でか細い腕から為る攻撃力もたかが知れている。

 それでも何とかして突破口を切り開こうとするシグナムに、ザフィーラは空気を断絶するほどの速さで蹴りを放った。

 そして、その蹴りは真っ直ぐシグナムの喉元に直進して―――――、

 

 「………ここまでだ」

 

 今にも当たろうかという喉元の手前で――――寸止めされた。

 勝負あり、といったところだろう。

 手加減されてなおこの体たらく。なんと情けないことだろう。

 

 「駄目だ、全然だめだな。やはり魔力強化に依存しすぎていたか」

 

 将たるもの、このままではあまりにも惨めだ。

 またザフィーラのおかげで自分の剣技に幾つも見直すべき箇所を知れることができた。

 彼には感謝しなければならない。

 

 「今回の敵は今まで出会ってきた強者のなかでも五本の指に入る。なんとしても、己の短所を克服しておかなければ………」

 「確かにな。時空管理局の面々は勿論のこと、仮面の男共の未知数な力は脅威だ。少しでも力を付けなければ痛い目に合うのは、まず間違いない」

 

 蒐集作業を滞りなく進めるためにも自分達は成長しなければならない。

 力の劣るモノは、ただ敗北の二文字しか与えられないのだ。

 

 「………さて、二回戦いくか」

 「ああ」

 

 やっとのことで静まり返った八神家の家庭で、また打撃音が響き渡ろうとしたその時――――、

 

 「二人共、大変よ! すぐに来て!!」

 

 シャマルが血相をかいて家から飛び出してきて、模擬戦を中止させた。

 ザフィーラとシグナムは何事かと問う。

 それにシャマルは、消音障壁を突き破るのではないかという大声で叫んだ。

 

 「はやてちゃんが、はやてちゃんが胸に痛みを訴えて倒れたわ!! 私の治療魔法じゃどうにもできない!! すぐに病院に連れて行かないと!!!」

 「「――――な」」

 

 この日、彼らは思い知った。

 

 自分達に残された時間は、思っていた以上に短いのだと。

 


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