『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第46話 『Disappearance』

 海鳴市の海域に在るソレは、人知を超える途方もない魔力の塊だ。

 海に浮かぶ濁り切った巨大なドーム状の卵。

 アレから生まれ出るモノは、想像を絶する破壊の嵐以外にあり得ない。間違いなくこの地球の生命を全て刈り取ってなお余りある脅威が内包されているだろう。

 

 「………暴走(ふか)までそう時間は無いか」

 

 クロノは膨張し続ける醜い塊を上空から見下ろし、拳を固く握り締める。

 闇の書の防衛プログラムの暴走までそう時間はない。早々にケリをつけなければ過去の『闇の書事件』の焼き回しに遭うだろう。

 無論、そんなことは許されない。そして対応策も用意している。

 

 「デュランダル。リフレクターを四機全て展開してくれ」

 『OK.boss.』

 

 白銀のストレージデバイスによって召喚される支援ビット。

 このリフレクターがあって初めてデュランダルは元来の性能を発揮できる。

 

 「まさに対怪物用のデバイスだな。人間相手に使用するには、些か以上に物騒すぎる」

 

 枷を外し、本来の力を取り戻したデュランダルの放つ氷結砲撃は強力無比。

 しかしその代わり非殺傷設定が全く意味を為さなくなる。

 

 実のところ、デュランダルを装備している今のクロノはなのは達の『フルドライブ』に匹敵している程の力を有している。

 ぶっちゃけ改良されているとはいえ、旧式量産型デバイスS2Uを常時扱っていたクロノが超がつくほどの高性能デバイスを扱った際に及ぼす能力の向上率は馬鹿にならない。

 使い手を選ぶほどピーキーなデュランダルを遺憾なくクロノが使いこなせているのは、血を吐くほど鍛えた彼自身の高い演算能力と生まれながら持つなのはレベルの膨大な魔力、そして揺るぎ無い確固たる自信があるからだ。

 

 「エミヤ。予定通り、お前がアレのトドメを」

 「ああ、任せておけ」

 

 中枢コアの破壊を担当しているエミヤはコクリと頷いた。

 彼こそ、闇の書事件に終止符を打つことのできる数少ない可能性だ。

 クロノがギル・グレアムに啖呵を切れたのも彼の存在があってのこと。

 

 「すみません……我が主」

 「その……あの」

 「ええよ、そう気まずくならんで。みんな、わかってる。せやけど、細かいことはあとや。とりあえず―――――お帰り。みんな」

 「はやて…はやてぇぇぇぇぇ!!」

 

 闇の書の束縛から逃れることのできた八神はやては、守護騎士を再度現世に現界させていた。

 ヴィータは再会できた己が主の胸に抱き着き、盛大に泣いている。

 またユーノ・スクライア、アルフ、そして武装隊の皆も無事合流できた。

 

 「おうおうこりゃえらいメンツだな。下手すりゃ師団レベルの戦力はあるぞ」

 

 ヴァイスもクロノが空中に用意した数多の魔方陣を跳び移りながらこの場に到着する。

 舞台は整い、役者も揃った。

 

 「「………よし。全員集まったな」」

 

 エミヤとクロノは口元を軽く歪めた。

 なにせ、あの汚物を対処するための人材が揃い踏みなのだ。

 闇の書の防衛プログラムを相手どっても下手さえ打たなければ問題はない。

 闇の書の意志改めリインフォースと八神はやて及び守護騎士四名が極めて協力的であることも非常に有り難い。

 

 「この場にいる負傷者は私が回復させます………静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」

 

 湖の騎士シャマルは少なからず魔力と体力を消費し、負傷を負っていたエミヤ達の身体を完全回復させた。一部重症を負っていたはずの武装隊までもが全員全快するという驚きの効力である。

 敵に回していた時はただただ厄介であったが、味方となるとこうまで頼もしいとは。

 

 「おいザフィーラ! この仕事仕上げたらあたしのリベンジを受けな!」

 「ふ………分かっている。あの決着は私も不本意であったことだしな」

 

 サポートの要となるアルフとザフィーラは互いに邪見していない、フレンドリーな雰囲気を感じさせる。あの分だと即席のチームを組んでもこれといった問題は無いだろう。

 

 「敵だった人間と共闘すんのは燃えるねェ。そう思うでしょ、シグナム姐さん」

 「………なんだその姐さんというのは」

 「最初アンタを見た瞬間、姐さんって呼んでみてぇと思ったからかなぁ」

 「理由が滅茶苦茶すぎないか………まぁいい。だが、ヘマだけはするなよ狙撃手」

 「りょうかい」

 

 ヴァイスとシグナムも大丈夫そうだ。

 完全復活した武装隊は着々と魔法の準備に取り組んでいる。

 八神はやては強大な力を有するようになったが、初陣であることに変わりはない。

 もはやその点は、リインフォースのサポートで上手くやってもらうしかない。

 

 「………始まるな」

 

 エミヤは東京ドームほどの大きさにまで膨れ上がった黒い球体が脆く崩れていくのを目視した。

 防衛プログラムが、本気で活動を開始させる兆しを見せている。

 闇の書の『闇』の周辺の海域からは巨大な蛸のような触手が現れ、魔力の柱が何本も出現し、そして、ついにソレは姿を現した。

 紫色に変色した美女の上半身、そして恐竜の頭部と思わせる巨大な下半身。

 まさに、夜天の書が長年内包していたドスグロイ『闇』に相応しい姿をしている。

 

 「状況を開始する!」

 

 エミヤの号令に皆が頷いた。

 まずは邪魔となるあの蛸のような触手の排除と堅牢な甲殻にヒビを与える。

 それを先手に行う一番槍は優秀な使い魔二匹と魔導師一人。

 

 「ケイジングサークル!」

 

 ユーノは化け物の巨体と触手を容易く囲む長大な緑のリングを展開させる。

 そして、その輪を勢いよく凝縮させた。

 

 「バインドを舐めるなよ………歪め、デカブツ」

 

 闇の書の『闇』は歪な音を発てながらフレームを軋ませる。

 本来デバイスがすべき演算処理を、人の身だけでこなしている偉業を彼は平然とやってのけた。

 まだ使い魔なら理解できる。彼らは単体で魔法を使えるよう、生まれる前から調整されているのだから。

 しかし、ユーノ・スクライアは生身の人間だ。人の子だ。いくらスクライア一族の神童といえど、闇の書の『闇』を縛れるほど捕縛力のあるバインドを単身で展開できるとなると………彼はもう人の領域を超えてしまっていることになる。

 

 「ハッ、負けてらんないねぇ!!」

 

 アルフは大声で吠え、チェーンバインドを発動させる。

 クロノのチェーンバインドと比べて非常に粗が目立つが、彼女にしかないパワフルな力と豪快さがあった。

 

 「オラぁッ!!」

 

 細かい鎖は闇の書の『闇』の身体中に巻きつけられ、縛られる。

 アルフはそのまま千切れろと言わんばかりに、出力を制限なく上げまくった。

 

 「我が軛はあらゆるモノを貫き、縫い、拘束する」

 

 ザフィーラの詠唱と共に、闇の書の『闇』の上空に計15本の巨大な白銀の軛が出現した。

 それは攻守共に優れた蒼き狼の鋭き刃。その切れ味は鋼鉄を絶ち、闇の書の『闇』をも例外なく断絶させる。

 

 「仲間を護り、外敵を駆逐する大狼の牙。とくと味あわせてやろう、闇の権化よッ!」

 

 莫大な質量を誇る鋼の軛は、高速の速度をもって闇の書の『闇』に目掛けて降下される。

 並みのバリアジャケットの数十倍もの強度を誇る甲殻は全く意味を為さず、その15本もの軛を身体に撃ち込まれた。

 

 「ァ"ァ"、ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」

 

 言葉に為らない絶叫を上げる闇の書の『闇』の上半身。

 その声は、そのまま強烈な音波となって周囲に影響を及ぼすに足りるものだった。

 まさに全身凶器。些細な動作でも武器に成り得る。

 

 「「「五月蠅いんだよこのクソ野郎が!!」」」

 

 広域音波攻撃に耐えかねた武装隊は、30人掛かりで生成したスティンガーブレイド一万本を一斉掃射した。

 広域殲滅魔法AAA+のカテゴリに入っているのは伊達ではなく、光り輝く刃は暴力の嵐となって闇の書の『闇』を滅多刺しにする。

 

 「「「爆ぜろ!!」」」

 

 突き刺さっているスティンガーブレイドは一つ残らず盛大に爆発した。

 闇の書の『闇』の動きは明らかに鈍くなったが、このまま勢いに乗らせてくれるほど甘くはない。

 

 「ァ"ァ"ァ"ァ………■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 闇の書の『闇』は雄叫びを上げ、全方向に大量の弾幕を放った。

 狙いなど端から定められていない、ただ周辺の障害を破壊するという意志だけがある。

 

 「散開!」

 

 エミヤが指示を発すると同時に、皆は四方に散らばった。

 いくら球数を揃えようとあのような弾幕に直撃する木偶はこの場には存在しない。

 

 「怯むな! 畳みかけるぞ!!」

 

 さらにエミヤは新たな指示を次々と送っていく。

 

 「鉄槌の騎士を闇の書の『闇』の頭上に辿り着けるよう援護しろ!

  なのはとヴァイスは弾幕の相殺を!」

 「「了解!」」

 

 なのはは大量の弾幕をもってヴィータの邪魔となる細かな黒の魔弾を次々と撃ち落とす。

 ヴァイスは燃費の悪いヘルシングから、昔からの相棒ストームレイダーを扱うことに選択した。

 

 「相殺は出来ずとも、弾道を変えるくらいならお手の物よ!」

 

 彼の正確無比な魔弾は相殺しきれない巨大な魔弾の軌道を見事に逸らし続ける。

 

 「踏ん張れなのはお嬢ちゃん!」

 「はい!」

 

 なのはとヴァイスの弾幕と狙撃。

 彼らは確かに人の身で闇の書の『闇』の弾幕を一部無力化することに成功した。

 ヴィータが通れるだけの一本道を―――二人は用意したのだ。

 

 「行って! ヴィータちゃん!」

 「やっちまえ! ヴィータお嬢ちゃん!」 

 「―――おうよ!!」

 

 かつては敵だった少女と狙撃手の援護のおかげで、ヴィータは己の必殺技を繰り出せるポイントにまで辿り着けた。

 ならば、やることは一つしかない。

 

 「魅せてやんよ。鉄槌の騎士の、突破力ってやつをなァァァァァァ!!」

 

 ヴィータの小槌は彼女の闘志に呼応して力が徐々に増していく。

 数秒足らずで小槌は大槌となり、主が己を振り落とすその時を今か今かと待っている。

 鉄槌の騎士はどのような障害も関係なくぶち壊す。突破できぬものなぞ存在しない。

 

 「轟天爆砕! ギガントシュラークッ!!」

 『Gigantschlag.』

 

 馬鹿デカい大槌から為る圧倒的な質量が闇の書の『闇』を爽快に踏みつける。

 そして遂にヒビだらけだった甲殻は砕け散り、腐りきった中身が露わになった。

 

 「ギィ"ア”――――――」

 

 闇の書の『闇』の上半身である美女は、血涙を流し、大きく口を開いた。

 其処には莫大な魔力が収束されていく。

 

 ――――砲撃魔法を放つつもりだ――――

 

 あれほどの魔力が溜まった塊なんぞ放たれたら、いくら頑丈と定評のあるこの空間隔離結界と言えどぶち抜かれる可能性がある。

 そうなれば海鳴市の市民に被害が及ぶだろう。

 無論、それを食い止めないわけにはいかない。全力を持って対処する。

 

 「やらせるものか! 阻止するぞ、狙撃手!!」

 「合点承知!」

 

 シグナムは己の愛剣を弓形態へと移行させ、ヴァイスはストームレイダーからヘルシングへと得物を切り替える。

 

 「翔けよ、(はやぶさ)。シュツルムファルケン!!」

 『Sturmfalken.』

 「スナイプショット!!」

 『Snip Shot』

 

 闇夜を切り裂く魔弾と魔矢は迷うことなく、魔力を充填されていた闇の書の『闇』の上半身の口にへと突っ込まれた―――刹那、膨大な爆発が闇の書の『闇』の上半身を覆う。

 

 「■■■■■■■■ッ」

 

 上半身を木端微塵にされながらも、闇の書の『闇』が抵抗を止めない。

 奴は羽を生成し、空へと舞った。さらに強固かつ強大な防御膜を三重に張り巡らせた。

 

 「古代ベルカの要塞防御壁………私の障壁を使用したか」

 

 蒼く燃え盛る焔を拳に灯すザフィーラ。

 彼は大きな苛立ちを露わにした声で吐き捨てる。

 

 「ソレは我が主と仲間を守るためのものだ。貴様のような、腐りきった『闇』が使用して良いほど、安いものではない!!」

 

 ザフィーラは爆発的な速度をもって穢れきった障壁に拳を振るった。

 障壁破壊の効果を付与された一撃目の拳で一枚目の膜を破り、単純な打撃力の籠った二撃目の拳で、二枚目の膜を粉砕する。

 

 「――――ぬ!?」

 

 最後の砦たる三枚目の膜を砕こうと叩き込んだ拳に亀裂が入った。

 ザフィーラのもつ障壁破壊と強い打撃力をもってしてもビクともしない。

 

 「ハッ、自分の障壁に手こずっていちゃあ世話ないね」

 

 アルフは見かねてザフィーラの元へやってきた。

 ただ煽るだけに来たのなら失望するだけだが、そんなにアルフも性格は歪んでいない。

 

 「手ぇ貸してやんよ。盾の守護獣ザフィーラ」

 

 その生意気な言い草にザフィーラは苦笑する。

 言い繕うことなく言いたいように言い、何かを為したい時は勝手に為す。

 不思議とザフィーラはこういったアルフのサバサバした態度が好ましいと思っていた。

 

 「少々癪だが、助かるな」

 「ほんと可愛げがないねぇ」

 「お前にだけは言われたくはない」

 

 互いに苦笑しながら、二匹の獣人は共に拳を構える。

 

 「私に合わせろ」

 「いいやあたしに合わせるべきだね」

 「ならば互いに息を合わせるとするか」

 「ふん。確かに喧嘩している場合じゃないもんね」

 「出すべき技は分かっているな」

 「当たり前さ」

 

 今自分達が持ち得ている技のなかで最も障壁破壊に適したもの。

 それは一つしか無く、またその技を繰り出すタイミングも理解している。

 

 「「バリア――――」」

 

 一糸乱れぬ滑らかな動作。

 アルフとザフィーラは眼前の邪魔な障壁を砕くために各々の拳に全魔力を注ぎ込む。

 

 「「ブレイク………!!」」

 

 全くの同時に放たれた二撃の拳。

 それは障壁を破壊するどころか、衝撃波までも発生させた。

 その爆風紛いの衝撃波は闇の書の『闇』の下半身を呆気なく打ち貫く。

 

 「―――投影(トレース)開始(オン)

 

 三重の膜が消え失せ、再度丸裸となった闇の書の『闇』

 エミヤシロウは、そのチャンスを逃したりはしない。

 彼は洋弓と言うには巨大過ぎる弓と、莫大な神秘と魔力が内包された螺旋状の剣を投影する。

 

 「I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)

 

 詠唱により矢へと変換される螺旋剣。ソレから発するあまりにも膨大な魔力の渦。スパークを起こす紅き稲妻。対象を貫き抉り取らんとする歪まれた伝説の武具が、闇の書に向けられる。

 あまりの魔力と古代の神秘の力に皆が気圧され、数歩ほど無意識に後退る。

 

 「偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)………!!」

 

 古の魔女の障壁を粉砕し、空間までも削り取ることが出来る音速の魔剣は情け容赦なく闇の書の『闇』の胴体を抉り貫く。さらに、

 

 「墜ちろ、プラズマスマッシャ――――!」

 『Plasma Smasher.』

 「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け。

  ――――石化の槍、ミストルティン――――!」

 『Mistilteinn.』

 

 フェイトの落雷が右翼、はやての石化の大槍は左翼を完膚なきまでに潰した。

 螺旋剣のダメージに加え、両翼さえも失ってしまった闇の書の『闇』は地球の重力に従い落下する。

 

 「デュランダル。僕達も負けてられないな」

 『Yes.Boss.』

 

 確実に弱まりを見せている闇の書の『闇』

 敵を薙ぎ倒すための触覚は殲滅され、空を駆けるための翼はもがれ、堅牢な甲殻は砕け散り、女型の上半身は吹き飛んだ。いくら尋常ならざる再生機能を有しているとはいえ、回復するにはそれなりの時間が掛かるだろう。

 

 「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ」

 

 クロノ・ハラオウンの莫大な魔力と高い演算能力。さらに彼が長きに渡り鍛え続けてきた魔力変換技能+温度変化技能。そしてデュランダルの高性能演算処理能力。

 その全てがカチリとハマり、Sランクオーバーの広域凍結魔法の真価が発揮される。

 

 「―――凍てつけッ!!」

 『Eternal Coffin.』

 

 彼は冷気の纏った極大の砲撃を放った。

 

 Eternal Coffinは海をも凍らせながら突き進む広範囲凍結魔法。

 コレを人の身で直撃すれば命はないが、闇の書の『闇』相手ならば何の躊躇もなく使用できる。

 

 「ガァ"ァ、"ァ"ァ"、グィ"ゲガァ"ァ"ァ"ァ"――――!!」

 

 為す術もなく凍らされていく闇の書の『闇』。エミヤ達に与えられた傷の中にまで氷が侵入していく。だがクロノは手を休めるどころか更なる追撃を開始する。

 

 「出力を上げていくぞ………!!」

 

 四機のリフレクターがクロノの思考制御によって予定の配置につく。

 そして、クロノは高町なのは並みにある魔力を惜しげもなく絞り出した。

 あまりの勢いに溢れ出す冷気をもリフレクターの反射により漏らさず当てられるので威力は二倍ほどに膨れ上がる。

 

 「ふっ……たまには全力全開というのも悪くないな」

 

 旧式量産型デバイスS2Uならばあまりの出力に耐えきれず破損していただろう。

 だが、今クロノが手にしているのは最新鋭機にして最高峰の機能が搭載されている氷結の杖デュランダルだ。クロノの最大出力にも耐え切れる。

 

 「さて、後は頼むよ………なのは、フェイト、はやて!!」

 「「「はい!!」」」

 

 闇の書の『闇』にエミヤがトドメを刺すには、あの分厚い肉がどうしても邪魔だ。

 ならばどうするべきか。考えるまでもない。

 

 ―――超絶的な火力で肉を蒸発させる―――

 

 無論、そのためにはクロノ並みか、それ以上の火力をもっている魔導師が最低でも二名以上いなければならない。

 だが運の良いことに、この場には馬鹿力のなのはを筆頭に二名もの超火力持ちの少女達がいる。

 

 「リィンフォース。わたしらの本気、皆に見せつけてやろな!」

 『了解しました、我が主』

 

 融合機リインフォースと本来の姿に戻った夜天の魔道書。この二つの力が揃った今の八神はやては、恐らく大魔導師の一人として数えられるほどの力を有している。

 魔導を扱うようになってまだ数分しか経過してないが、十二分戦力として数えられるのだ。

 

 「レイジングハート………この一撃に全てをかけるよ!!」

 『All right.』

 

 なのはの宣言にレイジングハートは応じ、現段階で残っていた全てのカートリッジを消費した。当然、それほどのドーピングを行なえばなのはが魔法を行使できる限界を優に突破してしまうのは目に見えている。

 しかし、高町なのはは己の限界を超え行く者。この程度の無茶は、彼女にとっては許容範囲となっている。

 

 「あとひと踏ん張り。頑張ろう、バルディッシュ………!!」

 『Yes, sir.』

 

 雷を纏いし少女は己がデバイスを振り翳す。空薬莢が幾つも排出され、それに伴い黄金の巨大刃は肥大化していく。全ての魔力を筋力と魔力刃に注ぎ続け、ついには闇の書の『闇』を両断できるほどの大きさにまで形作られた。

 

 「響け終焉の笛、ラグナロク―――――」

 「全力全壊、スターライト―――――」

 「雷光一閃、プラズマザンバ―――――」

 

 三人の魔法少女は己が持つ最大火力の魔法を放つ準備を整えた。

 測定するまでもなく、その全てが砲撃級。

 闇の書の『闇』の肉を蒸発させるには申し分のない火力を秘めている。

 

 「「「ブレイカァァァァァァァァァ!!!」」」

 

 この星は、この世界は、貴様のような異物など容認しないとばかりに爆流たる魔力の熱線が闇の書の『闇』にへと降り注ぐ――――――!!!

 

 「■、ァ"■ァ"ァ"ァ"■ァ"ァ"■■」

 

 護るモノを全て剥がされた醜き巨体に極大級の砲撃を防ぐ手立てなどない。ただ身を焼かれ、灰にされる選択肢しか残されていないのだ。

 そして、ついに闇の書の『闇』の核が剥き出しにされた。今こそが、この『闇』を終わらす最大のチャンス。

 

 「投影(トレース)開始(オン)

 

 黒く輝く闇の書の『闇』の命を完全に断つべく、エミヤは動いた。

 彼が投影し、手に握ったのはナイフと言うにはあまりにも歪な短剣。

 さほど切れ味がないと思われるその短剣こそが、この闇の書事件に終止符を打つことのできる絶対的な切り札。

 これこそ裏切りに満ちた人生を歩んだとされる魔女の具現。あらゆる魔を破戒する最高峰の対魔術宝具。そのオリジナルに限りなく近い性能を有する贋作である。

 

 「これで、締めだ―――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 エミヤは核の元にへと駆け、辿り着けた瞬間、彼は迷いなくソレに短剣を尖端を突き立てて宝具の真名を口にする。

 魔の概念をリセットするその宝具の真価は確かに発揮され、黒く輝いていた闇の書の『闇』の核は硝子が割れるように―――砕け散った。

 100年以上、多くの人々の命を奪い、そして人生を狂わせてきた『闇』がこの世から消滅した。あまりにも呆気ない最期だった故か、皆は未だに警戒し構えを解いていない。

 

 「………本当に……終わった、のか」

 

 静寂が続く中で、一人の武装隊員がぽつりとつぶやいた。

 またその問いに答えたのは、トドメを担当したエミヤではなく、通信士エイミィだった。

 

 『闇の書の『闇』………完全消滅。再生反応――――ありません!!』

 

 信用のできる通信士の念話は、海鳴市海域上空に滞在している全員に確かに届いた。

 爆音が鳴り響き続けていた海域が嘘のように静まり返りって幾数分。

 そしてついに―――――

 

 「「「やった――――――!!」」」

 「「「「「いよっしゃぁぁぁぁぁ!!!」」」」」

 

 可愛らしい歓声と暑苦しい叫びが混ざり合いながら、彼らは達成感と喜びを分かち合った。

 

 「これにて状況を終了する。アースラの観測チームは準警戒態勢を維持。エイミィは念の為にもう暫く、反動空域を引き続き観測してくれ」

 『ラジャー!』

 

 エミヤの指示にエイミィはハキハキとした声で応えた。

 陽気な性格で知られている彼女だが、仕事に対しての情熱は本物だ。

 どのような時でも正確な対応をしてくれる。

 

 「八神はやて。それに守護騎士(ヴォルケンリッター)。協力に感謝する」

 

 敵対者であった者達にクロノは頭を下げ、己が友の元へと向かった。

 エミヤシロウは負の連鎖を断ち切ったというのに、いつもと変わらぬ仏頂面で空に浮かぶ数多の星々を眺めていた。まるで自分達の戦いはこれからだというふうに。

 

 「………さて。これからオレ達はグレアム提督の件と報告書の纏め、八神はやてと守護騎士達の今後のことについて考えなきゃならない。保護された一般市民の少女二名のこともあるし、この分だとまだまだ休めそうにないなぁ……クロノ執務官」

 

 確かにまだ戦いは終わっていなかった。

 エミヤの憂愁漂う言葉に、クロノは深く頷くほかになかった。

 

 「………嗚呼、そうだねエミヤ三等陸尉。まったく、せっかく『闇の書』事件を解決したっていうのに感傷にすら浸れやしない」

 

 皆がわいわいと嬉々とした声を上げている中で、白髪の三等陸尉と黒髪の執務官は苦笑しながら互いの拳を当て合わせ、この後に待ち受けているであろう試練に立ち向かう気合を入れていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「………ふむ。概ね、予想通りに事が済んだね。だがここまでスマートに終止符を打つとは、もはや見事としか言いようがない」

 

 『闇の書』事件を最後までモニター越しで見届けたジェイル・スカリエッティは実に満足気のある顔をして彼らに拍手を送る。

 彼は闇の書の『闇』が消滅するその瞬間まで、光学式迷彩を施された機械を通してその眼に過程と結果を焼き付けた。予想できていたとはいえ、もはやケチのつけようのない、素晴らしい結末だ。なにせあれだけの負の連鎖を、たった五十名以下の少人数で断ち切ったのだから。これを讃えずして何とする。リニスなど我が子のように育ててきたフェイトとアルフの活躍に感極まって号泣しているほどだ。

 

 「それに………なかなか良い拾いモノもできた」

 

 ジェイルは歪な笑みを浮かべる。

 彼の研究室の中心にちょこんと置かれている三つの手のひらサイズの瓶。その中には、闇を具現化した小さな欠片が閉じ込められていた。

 あのリンチとも言える猛撃の最中、ジェイルが放った隠密回収型ガジェットは闇の書の『闇』の一部を採取していた。空間隔離結界に侵入し、さらにあれだけの爆風と魔力が渦巻いている場所からこれだけのモノを採取できたのはもはや奇跡に等しい。

 コレから過去の情報を抜き取るも良し、生物兵器を作るのも良し。扱い次第では大きな利益が見込めれる。

 

 「これから忙しくなるなァ………!!」

 

 事を起こすのはまだまだ先だ。ナンバーズの調整、そして戦力の補充。為すべきことが多すぎる。それらを見積もればあと数年ほど準備期間がいるのはまず間違いない。

 ―――上等だ。どれだけ時間を費やそうとも、必ず世界に自分の存在を知らしめて魅せる。オリジナルが到達しえれなかった高みに上り詰めてやる。そのためなら、どのような苦行にも挑んでみせようとも。

 

 ――――このポジティブシンキング マッドサイエンティストが世界を相手取り、大きな混乱を招き入れる日が来るのは、もう少し先のお話となるのであった――――

 




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