『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第47話 『祝福の風』

 巡洋艦アースラ艦内にある医務室では、一人の少女が静かに睡眠を取っていた。

 その娘は齢9歳ながらにして夜天の書の最後の管理者――――八神はやて。

 彼女は闇の書の『闇』との闘争の最中、初めて魔導を扱い、さらには大量に魔力を消費したことから今現在力尽きて深い眠りについている。

 

 “………主”

 

 リインフォースは己の主の安らかな寝顔をとても尊いものだと感じた。

 今日まで彼女はリンカ―コアをジリジリと蝕まれる恐怖、そして心臓を抉られるような痛みに耐えてきた。一度は心の底から絶望を味わい、心身共に堕ちかけた。

 だが、この主はそれらの苦難を悉く乗り越え、今こうして穏やかな顔をして眠っている。

 その寝顔には、曇りが何一つとして見当たらない、歳相応の無邪気なものだ。

 

 〝できるのなら、あと少しだけでも貴方の元で仕えたかった”

 

 彼女は己の主の頭を優しく撫で、そして病室から静かに退出した。

 外で待っていたのは、アースラの地位№2クロノ・ハラオウンと№3のエミヤシロウ。

 彼らは闇の書事件を解決し、後始末も粗方終えれたというのに全く嬉々とした雰囲気を発してない。

 

 「クロノ執務官、エミヤ三等陸尉。身勝手かつ押しつけがましい願いですが………どうかあの子を、主はやてを宜しくお願いします」

 

 病室前で二人の少年に深々と頭を下げるリインフォース。

 夜天の書から切り離された防衛プログラムを完全に破壊したアースラ一行であったが、一つだけ大きな問題が残った。

 それはリインフォースの体内に存在する防衛プログラムの残滓だ。

 その残滓はそう遠くない将来にまた新たな防衛プログラムを独自に生成し、主を取り込み、更には暴走を始めるという。

 今のところ修復の手立ても見つかっておらず、早急に然るべき対処しなければ手遅れになる一歩手前まで迫っていた。

 要は解決策を見出す時間すらままならないのだ……しかし、防衛プログラムの再発だけを止める一つの手段は明らかにされている。

 その手段は『リインフォースを残滓と共に儀式消滅させる』というもの。

 

 「今、アースラ隊とスクライア一族総出で問題の打開策を探ってもらっている。まだ諦めるのは早い。なんとかもう一日、持ち堪えることは出来ないのか?」

 

 クロノ達は未だに諦めていない。自分達が持ち得るあらゆる力を振り絞り、リインフォースを救おうとしているのだ。

 第一に彼女には罪がある。本意でなくともその手は紅く濡れている。

 今生きているのなら、これからも苦しみ生きてそれらの罪を償ってもらわなくてはならない。どんなに小さくとも、どんなに儚くとも、その贖罪の機会を永久に無くしたくはない。

 何より、目の前に死が迫る『人間』を簡単に見捨てることなどできない。

 

 「私もどうにかして生きようと夜天の書に内包されたあらゆる情報を探り、必死にもがきましたが………もう限界です。これ以上時間を経過されたらまた惨劇が繰り返される。それだけは、阻止しなければなりません」

 「エミヤ……お前の宝具で、なんとかならないか」

 「………オレの剣の丘には1000以上もの宝具が登録されている。その中には『魔』を破戒するモノも何十か存在するが、そのどれもがこの件を解決するに足り得る能力は有していない。リインフォースだけを生かし、残滓だけを断つ宝具など……そんな都合の良いものは無いんだ。どの対魔術宝具も使えば間違いなく、リインフォース諸共消滅させてしまうだろう」

 

 生前に聖杯戦争と呼ばれる殺し合いに巻き込まれ、その過程で彼の英雄王と死闘を繰り広げたエミヤは数多くの宝具をその眼に焼き付け、コピーした。そしてそのどれもが規格外の武具ばかり。

 だがそれらの武具を洗いざらい調べ尽くしてもリインフォースを助けるモノが存在しなかった。

 

 「くそったれ………どうしてこうなるんだ!!」

 

 何度目か分からない、どうしようもない現状に苛立ちを覚えるクロノ。

 冷静な顔をしているエミヤも、その小さな拳を血が滲むまで強く握り締めていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 海鳴市には小さく冷たい雪が降り、街中は程なくして万遍なく白の化粧が施された。

 大人も堪える極寒の最中、外に出て元気にはしゃぎ回る子供達。それを見て凍える身体に喝を入れ仕事に向かう大人達。その一人一人が今日も生を謳歌している。

 そんな風景を一望できる公園があり、そこがリインフォースの儀式消滅の場へと選ばれた。これはリインフォース本人の所望である。

 消えるのなら、主が愛するこの街を見渡せる場所で消滅したい。その願いを断りを入れる者は誰一人としていなかった。

 

 「綺麗な街だ………」

 

 銀色の髪を靡かせ、リインフォースはこんな街で最期を飾れる自分が分不相応だと自嘲する。またあれほどの大罪を犯してなおこのような我が儘に付き合わせてしまったアースラ隊の皆には大変申し訳なく思う。

 

 「八神はやてが自立できる歳になるまで、責任を持って僕達が面倒を見る………出来るのなら君も一緒に彼女と人生を共にしてほしかったよ」

 

 クロノは誠意を籠めてリインフォースの願いを引き受け、彼の背後にいるアースラ隊は何の力にもなれず無念だと詫びた。

 

 「大罪を背負った私の我が儘をここまで聞いてくれて、貴方達には本当にありがたく思っている。特に主はやての保護など、もはや感謝してもし足りない」

 

 助けられてばかりで、その癖此方からは何も返すことができない。

 それがあまりにも情けない。

 

 「………来たか」

 

 エミヤは公園の入り口に視線を向けた。

 そこにはなのはとフェイトが制服姿にコートを着込んで立っていた。

 これから行われようとする儀式がどのようなものなのか知っているが故に、どちらも表情が暗い。

 

 「リインフォースさん………」

 「お前もその名の読んでくれるのだな……高町なのは」

 

 長きに渡り偽りの名で呼ばれ続けた夜天の書。

 今では新たな主に与えられた誉れ高い銘で呼ばれている。

 他人からしてみれば小さなことだが、それはリインフォースにとってとても喜ばしいことであった。

 

 「リインフォース。儀式を行うのはあの二人で本当にいいんだな?」

 「彼女達のおかげで、主はやての言葉を聞くことができた。主はやてを無慈悲に食い殺すことなく、騎士達も生かすことができた―――感謝している。だからこそ、私の最期を彼女達に任せたい」

 

 エミヤの問いにリインフォースは淀みなく答えた。

 なのはとフェイトも幼いながらも意を決している。

 普通の子供なら、『介錯』を務める責任ある立場に精神を押し潰されてもおかしくないというのに、これほど真っ向から受け止められるとは恐れ入る。

 

 「はやてちゃんと、お別れを言わなくていいんですか………?」

 「………きっとこのことを知れば主は悲しまれる。だから、いいんだ」

 「リインフォース………」

 「でも、でもそんなの……なんだか悲しいよ!」

 「お前達もいずれ分かるさ。海より深く愛し、その幸福を護りたいと思える者と出会えればな」

 

 暫くして守護騎士(ヴォルケンリッター)達も参上した。

 

 “まさか己の最期がこれほどの人々に囲まれ、終えれようとは思いもしなかったな”

 

 自分には分不相応だと感じながら、心の底から嬉しく思う。

 そしてリインフォースはもう一度この海鳴市の絶景を目に焼き付ける。

 

 「皆……そろそろ術式を組むぞ。もはや言うまでもないことだが、綻びだけは絶対に作るな。完璧なモノに仕上げるんだ」

 「………ああ、了解」

 「畜生………」

 

 アースラ隊は意気消沈しながらも、リインフォースから提供された魔方陣の設計図を見ながら黙々と陣を構築していく。

 

 ――――そして、ついに公園の中央に魔方陣が完成された。

 

 アースラ隊がせめてもの手向けとして、精密に、一点の歪みなく書き連ねた魔法陣。その出来栄えはリインフォースを満足させるに十分なものだった。

 

 「素晴らしい出来だ。これなら何の問題もなく効力を発揮してくれるだろう」

 

 完成した魔方陣に何の躊躇いもなく足を踏み入れたリインフォース。

 その魔方陣は処刑台と言っても過言ではないだろうに、怯みもしないとは。

 覚悟を決め、主の人生を護ろうとする今の彼女には迷いというものが無い。

 

 「………やってくれ。高町なのは。フェイト・テスタロッサ」

 「「――――はい」」

 

 二人の少女は己のデバイスを展開し、儀式に必要な魔力を溜めていく。

 彼女達は息を合わせて、その魔力を魔方陣に――――、

 

 「いや待て、待つんだ二人共! 儀式は一時中断だ!!」

 

 クロノが今までにないほど張りのある声で儀式の中断を申し出た。

 

 「な、クロノ執務官……いったい何………を」

 

 リインフォースは慌ててクロノが立っていた場所へと振り返る。そして彼女は硬直した。

 彼の横に、息を荒げて此方を凝視する己が主の姿があったからだ。

 

 「良い仕事をしたな、久遠」

 「くぅん!!」

 

 クロノの肩に飛び乗った小さな狐は嬉々とした声を上げる。

 

 「これは……いったいどういうことですか執務官」

 「すまないな、リインフォース。どうやら僕のペットが君の主を此処まで案内してきてしまったようだ。いやはや、本当に申し訳ない」

 

 何が申し訳ないだ。あまりにも白々しすぎる。先ほど思いっきり良い仕事をしたなと子狐を褒めていたというのに。

 あの執務官、最初から主はやてを此処に連れてくる予定だったな。

 

 「やめて!! 破壊なんて止めてェ!! 破壊することなんてあらへん!! 防衛プログラムが復活してもわたしがちゃんと抑えるから!!! だから、お願い――――リインフォースっ!!!」

 

 悲痛な声を上げ、説得を試みる八神はやて。

 目から涙を流しながら必死になる優しき主君。

 嗚呼、やはりあの方は最後にして最高の主である。

 だからこそ、彼女の人生だけは守らなければならない。

 闇の書の呪いに蝕ませるわけにはいかないのだ。

 

 「主はやて……これで、良いのですよ」

 「阿呆なこと言わんといて! 良いことなんて、全然あらへん!!」

 「………随分と長い時を生きてきましたが、最後の最後で、私は貴女に綺麗な銘と心を頂きました。騎士達も貴女の傍にいます。エミヤ三等陸尉、クロノ執務官。そしてなのはやフェイト、アースラ隊の方々もきっと支えになってくれるでしょう。なにも心配はありません」

 「心配とか……そんな…………!」

 「ですから――――私は笑って逝けます」

 

 満面の笑みで彼女は言った。もはや悔いはないと。心配はいらないと。

 しかしそれで納得できるほどはやては大人ではない。まだまだ子供なのだ。

 

 「話を聞かん子は嫌いや! わたしはマスターや、話を聞いて!! わたしがきっと何とかする! 暴走なんてさせへんて約束したやんか!!」

 「その約束は、もう十分果たしてくれました。主の危険を祓い、主を護るのが、魔導の器の務め。貴女を護るための、最も優れたやり方を私に選ばせてください」

 「リイン……フォース…………」

 「私の意志は貴女の魔道と騎士達の魂に残ります。私はいつも貴女の傍にいます」

 「そんなの、そんなのちゃうやろ………!」

 「駄々っ子は御友人に嫌われますよ。どうか、聞き分けを」

 「リインフォース…………っ!」

 

 はやては手に力を入れ、車椅子を前へ前へと進ませる。

 後のことなんてどうにでもする。どうにでもするから、兎に角あの儀式を終わらせなければならない。そんな一心で魔方陣の中に踏み入れようとしたが、雪の凹凸に車輪が引っかかり、勢いよく前のめりで転倒しそうになった。

 

 「…………」

 

 それを隣にいたクロノは無言で受け止め、一言も喋らず、はやてに肩を貸した。

 これはリインフォースと八神はやての最後の会話。部外者が立ち入る隙はない。

 故に、クロノは無言を貫く。

 どれだけはやてが魔方陣を止めてくれと自分に懇願しようが、それを行うことは決して出来ない。この儀式は避けて通れない道だ。

 リインフォースを救う明確な『方法』が無ければ中止することはできない。せいぜい、こうして二人の時間を作ってやるだけで精いっぱいなのだ。

 

 「これから……これからうんと幸せに…してやらないかんのに………消えるなんて、そんなこと受け入れられるはずがないやんか……………!!」

 「大丈夫です、我が主。私はもう世界で一番、幸福な魔道書ですから」

 「………ッ」

 「主はやて。最後に一つ、お願いがあります」

 「なん……や………」

 「私は消えて、小さく、そして無力な欠片へと変わります。もし良ければ、私の名はその欠片ではなく、貴方がいずれ手にするであろう新たな魔導の器に贈っていただきますか? 祝福の風、リインフォース。私の魂はきっとその子に宿りますから」

 「りいんふぉーすっ………!」

 

 銀燭し、脈動を始める儀式魔方陣。

 もう――――時間だ。

 

 「主はやて。守護騎士。アースラ隊。そして、小さき勇者達」

 

 万感の思いを籠め、祝福の風は別れの言葉を口にする。

 

 「ありがとう……そして、さようなら――――…………は……や………て」

 

 満足した顔をして、リインフォースの姿は粒子となって消え去った。

 その光り輝く粒子は風に乗って天高くへと送られる。

 

 「あ……ぁ…」

 

 リインフォースが消え、茫然とするはやての前に十字型のネックレスが現れた。

 これが、リインフォースの欠片。彼女の魂。

 はやてはそれをまるで赤子を抱くように優しく手に取った。

 そのネックレスはまるで生きているかのように熱く――――暖かみに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 尊い犠牲の上で『闇の書』事件が解決され、アースラ隊の任務は無事成し遂げることができた。そして後始末のなかで一番の問題となったのが八神はやて、守護騎士達の処遇。

 彼らは時空管理局に入局することが強制的に決まり、八神はやてもロストロギア所持の魔道騎士として登録された。

 些か強引な決定ともとれるが、こればかりはどうしようもない。夜天の書永久封印、監獄行きに為らなかっただけでも十分甘すぎる処置である。

 これもリンディ・ハラオウン率いるアースラ隊の功績と言えよう。

 無論、万年人手不足の時空管理局から見れば八神はやての強大な力が魅力的であったことも大きい。

 

 全てが片付き、一段落したアースラ隊であるが、彼らには更なる任務が本局から与えられた。厳密に言えばエミヤシロウとクロノ・ハラオウンにだ。

 二人は執務室で自分達に与えられた長期任務の内容を端末で確認する。それは今までの受け持ってきた任務のなかでもかなり特殊なものだった。

 

 「高町なのな、フェイト・テスタロッサ、八神はやてを心身共に一流の局員になるまで育てろ、か。えらく優秀な生徒ができたものだ」

 「そうだね。それにこれからは彼女らの世話をしながら他に任務にも当たらなければならない。上層部からは“絶対に死なすな、時空管理局の大切な人材だ”と耳にタコができるほど言われたよ」

 「ああ、そらそうだろうよ。あの子達はダイヤモンドと言っても過言ではない逸材だからな。人手不足に嘆く管理局からすればまさに希望の星だ。失いたくはないだろうさ」

 

 見習い局員である三名の少女。彼女らの教導をエミヤとクロノが任されたのだ。

 もう既にAAAクラスの力を手にしている彼女達だが、如何せんまだまだ入隊したてのひよっこ。至らぬところは山ほどある。

 粗を無くし、真のエース級にまで育てろ。上層部直々の命令故に、責任は重い。

 

 「“元”闇の書の主の八神はやてと守護騎士を憎み、狙う者は多くいる。それらの外敵から護るのも僕達の仕事だ。否、仕事でなくとも彼女達は護らなければならない」

 

 小さき主が自立し、羽ばたけるようになるまで自分達が護る。

 消え去ったリインフォースと自分達の約束。それを違わすわけにはいかないのだから。

 

 「ま、いつも以上に忙しくなる。ただそれだけのことだ」

 「………倒れない程度で頑張るとするよ」

 




・一か月以上時間が掛かってしまい、申し訳ございません!!<(_ _)>
 最初の頃は一話一週間内に更新できていたのになぁ………

・次回から第四章に入ります!
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