第48話 『亡き英雄の息子』
高町家の近辺に聳え立つ一つの高層マンション。現在アースラ隊のハラオウン家とエミヤシロウはその一戸を第二の我が家として住んでいる。
フェイト・テスタロッサは闇の書事件解決後、ハラオウン家の養子として迎え入れられ、フェイト・T・ハラオウンへと改名した。現在は小学校に通いながらもエミヤ、クロノの指導のもと立派な執務官になるため勉学に勤しんでいる毎日だ。
一年前とは明らかに違う新しい家族、新しい絆、新しい生活。
プレシア・テスタロッサに何処までも拒絶され、否定され続けられたことにより深く傷ついていたフェイトの心は、時間の経過と共に着実に癒されていった。
………そんな幸せな日々を送っているフェイトだが、彼女には大きな悩みがある。
その原因となっているのが、エミヤシロウという男である。
彼は闇の書が解決されて一年が経過した頃くらいに、クロノ共々身長が急激に伸び始めた。今では15歳の年齢にあった、167㎝の身長を過酷な筋肉痛を乗り越え手に入れている。
それからだった。フェイトが毎日悶々とした気持ちを抱き始めたのは。
エミヤはイケメンとまでは言わないものの、そこそこ顔が整っており、社会的地位も高い。しかもプライベート時では女性に大層お優しい。特定の人物だけではなく、全員に対してだ。
それ故に彼は一部の女性からはかなりの人気を博している。その現状が、フェイトに大きな焦燥感を与えていた。
「いったい私は、何に焦ってるんだろう………」
10分程度しかない学校の貴重な休息をただただ椅子に座り、呆けた様子で空を眺めることで浪費するフェイト。
その様子を少し離れた場所で少女四名が思い思いの感想を伸びながら観察していた。
「あれは………間違いなく恋ね」
「恋だよね」
「恋やね」
「鯉?」
海鳴市随一のお嬢様と知られるアリサ・バニングス、月村すずかと昨年転校という形で入学してきた八神はやての三人はフェイトの異変の原因に鋭く気づき、鈍感な高町なのは一人のみ的外れな発言をした。
「鈍いわね、なのは。こいって言ったら人を好きになる方の恋に決まってるじゃない」
「えぇ!?」
「「「………本当に気づいてなかったんだ」」」
あのフェイトの様子を見て気づかないとは情けない。
まぁ、彼女はこう言った話に対してとことん疎いのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「意中の男性が誰なのか、なんとなく予想がつくわ」
「おお、奇遇やな。私もや」
「………えーと、たぶんあの人かな? 二人ほど自信はないけど」
三人が思い浮かべるのは白髪のガングロ少年エミヤシロウ三等陸尉。
フェイトが彼に好意を寄せているような反応を何回か自分達は目撃したことがある。
「あの子も難儀しとるなぁ。あの人が相手やと苦労するわ。あれほどの朴念仁は守備に徹しとったらまず友達以上の発展はありえへん。攻めに転じん限りはずっと娘か生徒の立ち位置や」
「でも、フェイトちゃんはそこまで押しにいくタイプじゃないよね。凄く奥手の方だし」
「せやな」
「そうなのよねぇ」
フェイトは基本的に大人しい女の子だ。命の張った勝負事でもないかぎり前へ前へと行く人間じゃあない。
その慎ましやかな態度も彼女の列記とした長所の一つなのだが、あの男に対してとなれば短所にしかならない。
「………どないする?」
恋する乙女を目の前にして自分達はどうするべきか。はやてが先陣を切って皆に問うた。
いち友人として率先してバックアップをするべきか。それとも………
「とりあえず今はそっと見守ることにしましょう。フェイトがわたし達を頼ってきた時に、相談なり何なりしてあげればいいと思うの」
「アリサちゃんにしては珍しく大人しい判断やな。色恋沙汰にはめっちゃ関心あるのに」
「ふふん。わたしもレディだからね。そう軽率なことはしないわよ」
「して本音は?」
「恋に悩んでいる乙女の仕草もなかなか見応えあるから見守るのもまた一興、みたいな?」
「その煩悩丸出しの思考をもっといてどこがレディやねん」
「あんたもわたしと同類でしょう」
「ま、違いあらへんな」
なのはは話についていけず目を点にし、すずかはすっかり仲良くなったアリサとはやてを見て微笑んだ。
◆
少女達が平和な日常と青春を謳歌している同時刻、海鳴市にある森林の一つでは大きな戦闘が繰り広げられていた。
無論、周囲には一般人が巻き込まれぬよう空間隔離結界が展開されている。これにより一般人が立ち寄ることは不可能、さらに結界内での戦闘痕は空間隔離結界が消滅した後自動修復される。
「……はっ……はぁ。畜生ッ、八神はやての命があと少しで潰せるというのに、こんなところで………!!」
男は必至になって走る。最初は40名近い大部隊を引き連れてこの地球に訪れたというのに、
それに戦闘と言っても、あれではもはや蹂躙としか言いようがなかった。勝負にすらなっていなかった。しかもたかだが二人の青年相手に自分達は惨敗したのだ。
今は目的たる『八神はやて』の抹殺は一時諦め、逃げに徹する他に道はない。
二つ名のない魔導師である自分だが、これでも腕には自信があったのだ。少なくともあの大隊のなかで最も力のある魔導師だと信じて疑わなかった。
事実、戦歴も能力もあの大隊のなかでは抜きん出ていたのだろう。
しかし所詮はその程度でしかなかったということだ。いくら不良のなかで最も強くとも、正真正銘 本物の『強者』にとって自分など取るに足らない相手でしかない。
「はぁ……はぁ…っ………うお!?」
大地を踏み続けていた足が何か柔らかいモノに
「く、くそっ! なんだってん……だ…………」
躓いたモノが何なのかイラただしげに男は見た。
――――見て、しまった。
「あ……ぁあ」
先ほど男が躓いたモノとは、自分と同じく何とか奴らの蹂躙から生き残った一人の仲間の身体だった。息こそしているが、完膚なきまでに痛めつけられたその肉体からは悲惨さが滲み出ている。
よく目を凝らしてみると、辺りには無残に破壊された
彼は恐らくもう逃げられないと悟り、質量兵器を使って抵抗したのだろう。
しかしその覚悟も空しく鎮圧された。周囲に目立った戦闘痕が見当たらないということは、一方的にやられたのだろう。
「なんだよ……なんでだよ! なんで邪魔すんだよッ!!」
男は怒り狂わんとばかりに叫び声を上げる。
「お前たちが犯罪を犯しているからに決まっているだろう」
「っッ!?」
一瞬にして眼前に現れた黒髪の青年に男は反応することができず、そのまま組み伏せられた。さらに両手両足に蒼色のバインドが括りつけられ、身じろぎ程度しかできない。
「これで最後か。随分と長く逃げ続けたな」
その上に青年の鍛えられた肉体が乗っけられ、魔力強化された剛腕をもって頭を地面に押さえつけられる。
「く、クロノ・ハラオウン………!!」
裏切り者を見るかのような目で男は青年の名を口にした。
「悪いけど、僕の大切な教え子に危害は加えさせないよ」
「この、糞野郎が!! 裏切りもんがァ!!!」
「いつ僕と君らが仲間になった? 赤の他人なのだから裏切り者呼ばわりされる筋合いは一つとしてないはずだ」
「お前はあの英雄の息子だろうが! 俺達と同じ闇に喰われた被害者のはずだ! なのに何故邪魔をする! よりにもよって、父親を殺された息子が仇であるはずの闇の書の主を、八神はやてを、ヴォルケンリッターを擁護するとは何の冗談だ!!」
喚くしかなかった。
男はただ怒りをぶつけることしかできなかった。
今自分を組み伏しているこの裏切り者に。
「八神はやては君達の親族を殺していない。僕の父親もだ。過去に人々を、次元世界を殺めてきたのは闇の書の『闇』と先代の主達だろうに」
「お前……! そんな屁理屈で、納得しろってのか!?」
「ああ、納得しろと言っている。君達が殺めようとしているのは、何の罪もない少女だ。そして君達は、その少女を殺めようとしている犯罪者集団に過ぎない」
割り切れ、とクロノは言っているのだ。
しかしそれで頷けれるはずがない。
「これだけは言える。君達がしようとしていることは、ただの殺人だ」
冷たい眼が男を見下す。
口から出る言葉は氷のような冷たさが込められていた。
「闇の書の完成をさせ続けた
「だから放っとけと言うのか!? 苦しみさえ味あわせてやることもできないか………!?」
「彼らはちゃんと苦しんでいるさ。過去に自分達が行ってきた罪の重さにね。ヴォルケンリッターは未来永劫 もがき苦しみながら生きていく。生きながら犯してきた多くの罪を清算してもらわなければならない」
男の頭部を抑え込んでいたクロノの右手が歪な音を立てて唸り声を上げる。
打撃魔法ブレイクインパルスが発動しようとしているのだろう。
一思いに自分の意識を飛ばす気だ。
「………百歩譲って、八神はやてが俺達の仇ではないとする。だがッ! ヴォルケンリッターは疑いようもない被害者達の仇だ! それなのに、己の親の仇を自らの手で護るなど、もしお前の立場が俺だったら屈辱以外のなにものでもないんだがな………!!」
「なんとでも言え。僕は、『死んだ人間』のために彼らを犠牲にすることなんて出来ない。僕が優先すべきなのは常に『生きている人間』だ」
「………あの世にいるクラウド・ハラオウンがお前の行為を見て喜ぶと思うか?」
「喜んでくれているさ。あの人が息子に自分の復讐を望んでいるとは思えない」
「―――ハッ。理解し難いね」
「そうかい。ならもう無駄話はお終いだ。暫く寝ていろ………」
クロノの掌から流れる手加減された超振動は男の脳に直撃した。
男は抵抗することもできずに意識を失い、静かになった森のなかでクロノは溜息を吐く。
闇の書に肉親を殺されただけでなく、故郷である次元世界まで破壊された者の数は五万といる。そのため闇の書とヴォルケンリッターの処遇の甘さに異議を申し立てる人間も多い。
だが、魔法文明0の管理外世界に強硬手段で侵入した挙句、武装して八神はやてを抹殺しに掛かるのは今回が初である。
憂鬱な気分になりながらも、クロノは念話を使って武装隊に気絶させた犯罪者共の回収を指示した。
「もう少し警備を厳重にすべきだな、これは」
「全くだ。これほどの大人数に侵入されては、ザル警備と言われても仕方がないぞ」
背後から聞こえる男の声。
クロノは全く気配に気づけなかった己を恥じるように頭をガシガシと掻き、呆れ顔で振り向いた。
「エミヤ………」
そこには、迷彩柄の外套を着用している褐色男の姿があった。
「………気配を殺して近づくのは止めてくれないか。心臓に悪い」
「執務官殿なら気づくと思っていたのだがね」
皮肉気な笑みを浮かべるエミヤ。
この男のする笑みはいつもこうだ。真っ当な笑みなどあまり見せたことなどない。
「今はお前に突っかかるほど体力も気力もない。後から報告書も書かなくちゃならないからね」
「それは済まなかった」
「………要件があるのなら早く言ってくれ」
「ほぅ、よく分かったな」
「伊達にお前の相棒を長年勤めているわけじゃない」
「………そうか」
クロノとエミヤは6年間共に生きていた仲だ。相方の様子を察することくらいは出来る。
その言葉を聞いたエミヤは少しだけ、『嬉しい』という感情の籠った笑みを漏らした。
だがすぐにその笑みを引っ込めて、魔導師でもなく三等陸尉でもない、魔術使いのとしての顔になった。
「この海鳴市で些か気になる異変が起こっている」
「異変?」
「一年ほど前から海鳴市全体では作物の原因不明の栄養不足による不作が続き、多くの御神木も妙な枯れ方をしているのだ。魔術師としては半人前のオレだが、恐らくこれらの異変はこの地の地脈に異常があるからではないかと踏んでいる」
「つまり、地脈を調べる為に調査班を要請してほしいということだな」
「そういうことだ」
「了解した。だが明日、明後日に到着させるのは無理だぞ。知っての通り、時空管理局は万年人手不足だからね」
「分かっている。手筈してくれるだけ有り難いさ。ただ、できるだけ早めに頼む。どうも嫌な予感がする。オレの杞憂で済めば、それでいいのだが」
エミヤは腕を組み、眉間に皺を寄せる。そしてクロノはエミヤの言葉を深刻に受け止めた。
「僕は一つだけ確信したよ。この件は間違いなく、面倒なことになると」
「何故そう思う?」
問われたクロノは清々しいほどの自信をもってこう答えた。
「―――エミヤの
・やっと第四章に突入できた………。
これからちょっとだけ残酷な描写が増えていく予定です。