今日もこの街は平和だなぁ、とヴァイスはしみじみ思いながら海鳴市市内をほっつき歩く。
〝やっぱり平穏な一日ほどありがたいもんはないねぇ”
以前エミヤとクロノが潰した八神家狙いの犯罪者集団の一件があってから、ここんところ全くと言っていいほど騒動らしきものが起きていない。流石にもう武力行使ではどうにもならないと諦めたのだろう。
実に懸命な判断だ。数々の修羅場を潜り抜けてきたアースラ隊を出し抜き、八神家に直接手を出せるはずがない。
最近アースラ隊に危険な任務が依頼されることも少なくなってきたし、八神家の護衛に配備される武装隊も増えてきた。ぶっちゃけあの人外極まりない戦闘力を持つ一家に護衛などいるのか? という声も本局の局員から寄せられているが、年には念をと言ったところだ。上層部もかなり八神家の戦力を貴重に思っている。
まったく、上級魔道師の卵を傷物にはしたくないという彼らの考えが透けて見えてしまう。彼らは決して金のかかった兵器ではないというのに。
尤も、アースラ隊は決して彼女達が戦力として有用だから護っているのではない。大切な仲間だからこそ命を賭して護っているのだ。ただ彼女達を使える駒としか見ていない奴らとは護る理由が大きく異なる。
「…………此処は」
暫く歩き回っていたら、小さな道場が目についた。
この道場は
せっかく近くまで来たのだ。様子見くらいして行こうか。
木製の門を潜り、鈍い打撃音がよく聞こえてくる道場のなかにヴァイスは入室する。
そこには子供から大人まで皆が活き活きと稽古に勤しんでいる姿があった。
「そうだ、あまり力を要れず自然体で柄を握れ」
「はい!!」
そしてそのなかで一際剣の才気を漂わせている女性が真面目な顔つきで小さな門下生を指導していた。彼女は馴染みの騎士甲冑を纏わず、日本の剣道防具を身につけ指南に当たっている。
………ふむ。騎士であれ武士であれ、美女は何を着ても様になるものだ。良い目の保養になる。
「見ないうちに随分と門下生が増えましたねぇ姐さん」
「………ヴァイス陸曹。ここに来るとは珍しいな。何かあったのか?」
大量に掻いていた顔の汗をタオルで拭い、熟練者の人間に皆の稽古を任せてヴァイスのもとへと来たシグナム。
人々に教えを説く今の彼女は戦闘を行っている時と同じくらい輝いていた。それにヴァイスは喜ばしく思う。
「急務じゃないっすよ。俺はただ近くをほっつき歩いてたんで立ち寄っただけっす」
「そうか………しかし訪れてくれたのは丁度良い。私もお前と話がしたかったところだしな」
「話っすか? 別に構いやせんけど」
「助かる。礼と言ってはなんだが、後から私と竹刀を交え一試合興じても………」
「謹んでお断りします。俺狙撃手なんで。近接戦闘あんまし得意じゃないんで」
ヴァイスの断りにシグナムは露骨に残念そうな顔をする。
だがヴァイスとて礼代わりにボコられるのは勘弁願いたいのだ。
まぁ近接戦闘は出来ないことはないが、なんにせよ苦手なのには変わりない。第一に美女と白兵戦をするなど女好きである自分には堪える。狙撃するのだって対象が美女だと引き金が重くなるくらいだ。
まぁ要するに、女性と戦いたくない。ただそれだけの理由である。
「とにかく、その話ってのはいったい………」
「待て。ここで話せる内容ではない。
「人目のつかない所でする話………ハッ、まさか告白!?」
「貴様の脳内は蒸発しているのか?」
「………冗談っす」
ほんのちょっとだけでも期待していたヴァイスは内心で涙を流した。
……………
…………
………
……
…
シグナムが選んだ
「こんなところでする話……ねぇ。雑談の類ではなさそうだ」
「人がいる場所では話せない話だと言ったはずだぞ」
道場で指南していた時とは比べ物にならないくらい重い雰囲気を漂わせるシグナム。
ヴァイスは適当な木に背中を委ね、腕を組んで静かに彼女の言葉を待つ。
「………お前は私達が過去にどのような所業を行ってきたか知っているな?」
「勿論ですぜ。そりゃもうミッドチルダの歴史に刻まれてるくらいでさぁ」
「ああ、歴史に名を残すほどの悪行だ。闇の書の一部だった私達
闇の書に人生と肉親を滅茶苦茶にされた犯罪者が倒れていただろう地面をそっとシグナムは手で触れて、悔やみと苦しみが籠められた言葉を彼女は吐いた。
「私達は恨まれて当然だ。殺意を当てられて然るべきだ」
「…………」
「どれだけ言い訳を取り繕ったところで、結局のところ私達は大罪を犯した罪人でしかない。だからこそ私には解せぬことがある」
「…………それは?」
「そんな大罪人をお前達アースラ隊は何の躊躇いもなく信用し、信頼していることだ」
守護騎士と共に任務を任されるようになったアースラ隊は何一つとして不満など見せず、自分達を受け入れた。そればかりか全幅の信頼と信用を大罪人である自分達に向け、危険な任務の最中であっても背中を預けるまで頼ってくれた。かつて生死を賭けて戦った間柄だというのにも関わらず。
「私は知っているぞ。一部の局員に、私達を受け入れたアースラ隊に避難の言を浴びせていることを。そしてお前達がその避難を真っ向から受け止めていることを」
「……………」
「何故だ。何故、お前達は私達をそこまで受け入れられる」
「……………はぁ」
理解できないとばかりに言うシグナムに、ヴァイスは大きな溜息を吐いた。
「なんでこう、頭がお堅いのかねぇアンタは」
「なに?」
「何故も何も、アンタらが俺達の大切な仲間だからに決まってんでしょ」
ヴァイスはあっけらかんに言った。それにシグナムはポカンとする。
「………私達が、大切な仲間……だと? 罪人である私達をか?」
「あったりめぇです。俺達はアンタらと食う飯がうめぇと思っている。能力も俺らより断然高いから仕事も捗るし、一緒にいて退屈もしない面白い仲間だ。絶対否定なんかさせやしねぇよ」
「……ぁ…………いや、その」
どこか怒っているようにも見えるヴァイスの声に、シグナムは少したじろいだ。
「何度でも言ってやるぜ? 俺達とアンタらは同じ釜の飯を食った仲間だ。なら信頼と信用を傾けて命を預け合うことに何の間違いがあるってんだ」
アースラ隊の人間は一度仲間と認めたら人としての道を踏み外さない限り
「だが、私達は今でもお前達に迷惑をかけているんだぞ!?」
「それがどうしたってんだ!!」
「…………!?」
ヴァイスは我慢の限界だと吐き捨ててシグナムの眼前まで近づき、彼女の襟を力強く掴み、グイッと強引に顔を近づけた。
「俺達を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。いいか、八神家が他人にどれほど罪人と罵られようと、どんなに命を狙われようと、アースラ隊は絶対に見捨てたりはしない!護ってみせる! 大切な仲間だからだ!!」
ヴァイスの啖呵にシグナムは暫く呆然とした。
この男は本気で言っている。
その場凌ぎの張りぼてのような虚言などではない。
心の底から、自分達を仲間だと信じ、気に入っているのだ。
そしてそれを否定したシグナムに大きな怒りを覚えている。
誰の為でもない、自分達の為に―――彼は激怒しているのだ。
「俺達は一度足りとて仲間を裏切ったことはねぇ。見捨てた覚えもねぇんだ分かったか!」
言いたいことを言い尽くしたヴァイスは怒りを静めてゆっくりとシグナムの襟を放す。
「………ああ、理解した。お前達が想像以上のお人好しだという事が」
こんなバカ共は古代ベルカ時代にもいたかどうか。
いや、いたのだろうがかつての自分達はそんな彼らを見ようとはしなかったのだろう。
〝眩しいな………”
ただ我武者羅に主に尽くし、殺し続け、荒んでいた自分達には見えなかったもの。それが今、目の前にいる。
「よくお人好しだのなんだの言われるんですが、なんせ上司二人がとんでもねぇくらいのお人好しなもんですからね。部下である俺達にも知らず知らず移ったんでしょうよ」
先ほどの勢いも消え失せたヴァイスはいやはや困ったと言って頭をぽりぽりと掻くが、その顔はどこまでも清清しいものだった。むしろ誇りに思っているのだろう。
お人好しであることを誇りに思える彼らを少しシグナムは羨ましく思った。
「ま、ともかくシグナム姐さんの暗いお話は終わったようですし、さっさと道場に戻りましょうや。師範代が男と二人っきりで出かけて帰らずじまいってのも示しがつかない。変な噂でも立てられたら困るでしょ?」
「ふ………まったくだな。そのような下らん誤解など受けては堪ったものではない」
シグナムは苦笑してヴァイスと共に門下生が待つ道場へと足を向かわせる。
―――アースラ隊の者はつくづく甘い。このような男達は次元広しと言えどそうはいまいだろう。そして自分達、守護騎士はこのような者達と共に戦えることに誇りを持とう。命を預け合える関係に幸福と思おう。
きっと、彼らとならどのような苦難も乗り越えられる。そんな確信をシグナムは持った。
ちなみに、後にヴァイスはアースラ隊から粛清を受けた。海鳴市を見回りしていた武装隊員の「ヴァイスがシグナムを森に連れ込んで暫く留まっていた」という証言から大きな誤解が生まれ、ヴァイス・グランセニックを裏切り者として処罰したとのこと。
執行前にヴァイスは必死に免罪だと声を張り上げていたが皆は聞く耳持たず、シグナムも「想像にお任せする」とのたまったので弁解の余地などありはしなかった…………。