夏―――それは多くの可能性を内包した素晴らしき季節。
社会人は夏だろうが何だろうが関係なく働いているが、小学生には夏休みという特別な長期休日が与えられる。
ある者は勉学に勤しみ、学力をつける。
ある者は存分に遊び、休日を謳歌する。
ある者は恋を実らせるために奔走する。
長くも短いこの期間のなか、数多のチャンスを自らの手で生み、それを生かすも殺すも己次第。あらゆる可能性が内包された自由の時。それが夏休み。大人にはもう二度と訪れないであろう子供だけの、特権だ。
「ふぅっ……はぁ……っはぁ」
そして時空管理局所属アースラお抱えの天才魔導師少女 高町なのははただ一人海鳴市の山奥で厳しい自主錬に身を任せていた。
周囲には誰もおらず、木々と小動物だけが存在する一人だけの空間。人避けの魔法もちゃんと使用しているので、一般人に見つかる心配もない。
「集中……集中…………」
汗が滝のように流れ出るなか、なのはは一つ、また一つと魔力弾を空中に生成する。
己の内に流れる莫大な魔力の制御、そしてその魔力を一寸の狂いもなく魔力弾に配分していくよう心がける。レイジングハートの補助を持ちいらず、己の力のみでだ。
“まだ……クロノくんのように上手く魔力が制御できない”
焦りが積もる。これでは駄目だ。全然駄目だ。
魔力配分にムラがある。魔力制御も完全ではない。
目標としている魔導師に一向に近づけない苛立ちがなのはの心の内には確かにあった。
まるで成長していない、とさえ最近思えてきた。本当に実力がついてきているのだろうか、と疑ってもいる。そうしたマイナスな思い、考えがより焦りを加速させる。
クロノ・ハラオウンは自分の上司であり、友であり、高町なのはが目指す魔導師の完成形だ。
彼の魔力総量はなのはとほぼ同程度かやや劣っているくらいであり、次元世界でも数少ない人並み外れた魔力を持つ魔導師の一人だ。
しかし、彼はなのはのように魔力を膨大に扱った砲撃魔法はあまり使わない。持ち前の魔力に依存せず、その切れる頭と抜群の魔力制御を駆使して相手を圧倒する。
言わずもがな、魔導師としての技量の高さは、なのはの及びもつかないところにある。
正直―――憧れた。
直接魔導の指導を受けているからこそ実感できる、クロノ・ハラオウンの芯のある力強さ。
繊細で堅実な魔法技能。知力と経験から生まれる確かな戦略。
彼と比べればまだまだ自分など未熟すぎる。
今のままではいけない。今の自分は、まだ弱い。弱ければ、守れるものも守れないのだ。
「ふっ………う」
極限まで魔力制御に精神を浸らせる。
この炎天下のなかだとかなりの疲労が圧し掛かるが、関係ないとばかりに特訓に集中する。たかが太陽の日差し如きにへこたれるわけにはいかないのだ。
「―――シュート!」
約100mほど先に立てられた50個もの空き缶に向けて、空中に停滞させていた魔力弾を一斉掃射する。
威力ばかりに囚われず、精密かつ確かな威力を保ちつつ、狙った箇所に確実に当てる。
魔力弾が直撃した空き缶は下半分を吹き飛ばされ、宙を舞った。
「今!」
バラバラな方向に吹っ飛んだ空き缶が地面に落ちるまで、僅か数秒の間にバインドでその空き缶を次々と縛っていく。
ただ我武者羅にバインドを仕掛けていては、必ず何個かは捉えきれず地面に落ちてしまう。故に、落下速度が早い空き缶を素早く見抜き、それらを優先的に縛っていく必要がある。
口にすることは簡単だが、実際に実践するとなるとなかなか難しい。
しかし、クロノ・ハラオウンは易々とこの訓練をこなすことができていた。ならば自分も出来なければ彼を超えることなどできはしない。
一つ、二つ、と確実に宙を舞う空き缶をバインドで縛っていく。
最初は実に順調だった。しかし、時間が進んでいくにつれ苦しくなってくる。
「うっ………」
拙い……視覚による情報処理が間に合わない。
48個もの空き缶のバインドに成功したものの、残り2個の空き缶が地面の直前まできている。あれは―――無理だ、拾いきれない。
「バインド」
大地に落ちるはずの二つの空き缶は地面擦れ擦れで空中に停止した。
否―――固定された。
蒼いバインドが空き缶を捕らえているのだ。
「まったく、こんなところで自主訓練とは……精が出るな、なのは」
「………クロノくん」
いつの間にか自分の近くにまで接近していたクロノ。
声をかけられるまで、彼の気配に気付けなかった。いくら特訓に集中していたとはいえ、数歩ほどで体を触れる位置まで近づかれるとは………これも実力の差だろう。
「水分補給を怠っているとすぐに脱水症ないし熱中症になる。局員たるもの、自己管理ができないようではまだまだ雛だよ」
そう言って彼は水筒を差し出してきた。
「あ、ありがとう………でも、どうしてクロノくんがここに?」
「どこぞの無茶する生徒の様子を見に来たに決まっているじゃないか」
「………それって、私のこと?」
「他に誰がいる。誰が」
眉間に皺を寄せ、やれやれだと溜息を吐くクロノ。
その動作、喋り方があの白髪の青年と重なって見えた。
「ふふっ。本当に仲良しなんだね」
「なに?」
「ううん、なんでもないよ。唯の独り言♪」
「………何か釈然としないな」
くすくすと笑うなのはにクロノは苦笑して流した。
「なのはは頑張り屋だが、もう少しペースというものを考えた方がいい。あまり無茶をしすぎると痛い目に遭うぞ?」
「大丈夫だよ、私はがんじょうなのが取り得だもの!」
「否定はしないが……やはり無理が祟ることもある。僕も、昔なのはのように無茶をし続けていたら酷い目に遭った頃があってね。どうにも心配なんだ。君が僕の二の舞になってしまうのではないか……と」
「クロノ君は心配性だなぁ」
「生徒を心配しない教官がいるもんか」
少し怒気を感じる顔で彼は言った。そして彼の声色からは、なのはを案じて止まないという思いが籠められている。
「だいたいな……こんな炎天下のなかで、バリアジャケットの気温調節機能も使わずあんな訓練をしていたら遅かれ早かれ倒れることになるぞ。こんな
「そんな大げさなぁ………ぁれ?」
「………なのは?」
―――視界が急にぶれ始めた。気分も悪くなり、特に立ち眩みが酷い。
意識が遠のいていく感覚すら覚える。
ついに体のバランスまでも取れなくなり、なのはは尻を無様に地面につけた。
立ち上がろうにも、立ち上がれない。
「ッ、ほれ見たことか!」
なのはの異変を目の辺りにしたクロノは急いで木陰までなのはを運び、慎重に寝かす。
“―――この馬鹿ッ、なんで渡した水を飲んでないんだ!?”
よく見ればなのはは手渡した飲料水を一切口にしていなかった。
自分も馬鹿だ。あんな日の当たるところで長話をするなど……何より、なのはがちゃんと指示通り水分補給を行っていなかったことに気付かなかった自分の配慮の無さに一番腹が立つ。
「……ぅ」
「顔が火照っている……手も冷たいな。なのは、口を開いて舌を出せ」
「ん………」
意識が少し朦朧としているなかで、なのははクロノの指示に素直に従った。
「舌が赤黒く変色している………間違いない、これは熱中症だな」
なのはの症状は熱中症のものとほぼ一致している。
とりあえず今は応急処置を行わなければならない。
クロノは丁度持参していたタオルを二つに破り、それを水で濡らし、動脈のある首と右腋の下の部分に宛がった。できれば左腋や股の下部分にも濡れた布を当てておきたかったが、その分の布がもう手元にないので諦めるしかない。中途半端だがこれで我慢してもらおう。
次に水分補給を取らさなければならない。今のなのはは自分で飲めるほど体力に余裕が無いようなので、クロノが飲ます必要がある。
「ほら、なのは。もう一度口を開けてくれ。水を飲まなければ危険だ」
「う…ん」
「ゆっくり……そう、ゆっくり飲むんだ」
クロノは加減しながらなのはの口に水を流し込んでいく。
咽させないよう、理想的な適度なペースで。
水が飲めないほど重症ではないことに安堵しながら、適量を飲ませたと判断したクロノは余った水をまた温くなったタオルの切れ端に浸していく。
この調子なら治療魔法を使うまでも無さそうだ。あれほど苦しんでいたなのはの表情も次第に柔らかくなってきた。
「本当に、様子を見に来て正解だったな」
一通りの応急処置を終え、なのはも眠りについたところでクロノは大きな溜息を吐いた。
もし、自分が此処に訪れていなければどうなっていたか……想像するのも恐ろしい。心臓に悪いにも程がある。
「………送って帰るか」
熱中症の症状が消え、体調が安定した頃合を見計らって、なのはをおんぶして高町家を目指す。
一応、山奥ということもあって足場が悪い。距離も無駄に遠い。道中で無様に足を躓かせてなのはに怪我をさせないよう慎重に歩を進める。
“なのはの教官というのもなかなか難易度の高い任務だな………いや、今更過ぎるか”
高町なのはは100人に1人の天才、と言っても過言ではない才能を有している。それこそ自分のような道端の石ころ如きと比較することすらおこがましい、ダイヤモンドのような娘である。
そして何より、精神力が強い。
子供とは思えない分不相応に成熟した精神。眩しいと思えるほど強い正義感。まさに英雄の器とすら言えよう。
しかし、唯一の欠点を挙げるとするのならそれは―――無茶が過ぎるという一点のみ。
いくら精神面、ポテンシャルが高いと言えど、所詮はまだ幼い少女でしかない。限界を顧みない行いを続ければいつかは壊れる。
それを防ぐ役目、ストッパーの役割を任されているのが自分だ。今回のような出来事は、二度と起こしてはならない。―――絶対にだ。
◆
「すまんなクロノ。うちの妹が迷惑をかけた」
「いえ、僕の配慮が至らないばかりに………」
「お前が気に病む必要はないさ。これは自己管理を怠ったなのはの責任だ。何より、その場にクロノがいなければ危うく大事になっていたところだ……本当に感謝する」
高町家まで倒れたなのはを担いできてくれたクロノに対し、恭也はリビングまで招いた。そしてなのはの無茶、熱中症など事の事情を一部始終聞いた彼はクロノに深く頭を下げた。
「なのはには強く釘を刺しておく。無茶はするな、と」
「―――お願いします」
恭也も気付いていた。いや、兄だからこそよく理解していた。高町なのはが、どれだけ無茶をする人間かということを。
今回の件もあり、こればかりはいつも妹に甘い兄も鬼になるつもりだろう。クロノも赤の他人である自分よりか、家族であり兄である恭也が注意する方が効果は見込めると見ている。無論、自分も後から口酸っぱくなのはに説教を垂らすつもりでいるが。
「クロノもなのはに手を焼いているようだな」
「……そんなことは」
「そう気遣って隠さなくてもいい。あれは存外 無茶なことを平然とやってのける性質だからな。面倒を見る側としては苦労するだろう」
「………まぁ、多少は」
本当は恭也の言う通り多少どころではない。
フェイトの瞬間火力を大きく上回り、はやての火力に匹敵しかねないなのはの砲撃。そしてなのは本人の限界を顧みず突き進んでいく性格。
能力と性格の方向性が合致しており、その力は言わずもがな絶大なものとなる。
問題は、そのとんでもないパワーで重要文化財……つまりはロストロギアを諸共粉砕するというトラブルを幾数件重ねているということだ。次元犯罪組織のアジトに向けてフルパワーな砲撃を行うという無茶苦茶なことも仕出かしたことさえある。
「今回の件もありますし、なのはの行動についてはいつも以上に注意を払っていくつもりです」
「……俺は、なのはが君の部隊の足手まといになっていないかときどき心配になる」
「見てて危なっかしいところは確かにありますが、足手まといになってることなんてありません。むしろ任務の際に被るアースラの被害が激減するほど、彼女はよく働いてくれています」
実際、なのはやフェイト、はやて率いる守護騎士のおかげでアースラの任務遂行率は飛躍的に上がってきている。おかげでエミヤが無茶をする回数が極端に減ってきてくれているのだから、足手まといだなんて思うことはありえない。
「誇ってやってください………あの子は、それだけのことをやっている」
「―――そうか」
「ですが、叱ることも忘れないでくださいね」
「はは、分かっているさ」
◆
「………う…ん」
クロノによって自室に運ばれたなのはは静かに眠りから覚めた。
なのはは下半身をゆっくりと起こし、辺りをきょろきょろと見渡す。
“……ここは、私の部屋?”
見覚えのある壁、見覚えのある小道具。それらから自分の部屋だということはすぐに分かった。
何故自分の部屋で、ベットの上で寝ていたのだろう……確か自分は、外で訓練をしていたはず。
「――――あ」
呆けた頭を必死に回転させた末に、ようやく自分が熱中症で倒れたことを思い出した。
そうだ、自分は倒れたのだ。
クロノから渡された水を飲み忘れ、脱水症状を起こし、そのあと………クロノに助けられた。
なんて無様なんだろう。情けないにもほどがある。あれだけ忠告を受けて、聞かなかった結果がこの様だ。
「………クロノくん、は」
謝らなければならない。
感謝しなければならない。
―――兎に角、会わなければならない。
なのはの体は十全に回復している。急いでなのははベットから飛び降り、部屋を出た。
“まだ家にいるのかな………”
少し不安になりながらもまずリビングに行く。
「クロノくん!…………いない」
リビングに着いたものの、肝心のクロノの姿はなかった。
だがさっきまで人がいた跡がある。
“………もしかして”
急いでなのはは裏庭に向かった。
基本クロノが高町家に来た際は、縁側に腰を据え、茶を味わいながら裏庭の風景を眺めていた。
仮にまだ彼が高町家にいるとるすならば、そこだ。
「はぁ……はぁ………っ」
そこまで広い家では無いのだが、やはり先ほどまで寝込んでいたこともあり、全力で走ると思った以上に体力の消耗が激しい。
息切れを起こしながら、なのはは家の縁側に辿りついた。そしてそこには―――
「熱中症で倒れたっていうのによく家の中をどたばたと走り回れるな。
しかしその様子だと、もう体の心配は必要ないようだ」
「クロノ……くん」
「ああ、ちょっとお邪魔させてもらってるよ」
縁側では予想通り茶を飲み、風景を眺めながら寛いでいるクロノの姿があった。
「………そう立ち続けているのも辛いだろう」
クロノは縁側をとんとんと軽く叩いてなのはに座るよう指示する。
「う……うん」
指示された通りになのははクロノの横にちょこんと座った。
さて困った………まず、クロノに何と言えばいいものか。
先に心配をかけてしまったことに謝るべきか。それとも助けてくれたことに感謝するべきか。
色々と言わなければならないことが多すぎて、いざ話すべき時に何を順序立てて言うべきなのか定まらない。
「ま、大事にならなくて良かったな」
「………うん」
「今回 痛い目を見て理解しただろ。自身を顧みない無茶が、どれだけ危険かっていうのを」
「………はい」
「まだなのはは運が良かった方だ。僕なんて、周りの静止を無視して無茶を続けた挙句、多くの仲間に迷惑を掛けたんだからね」
「え?」
「僕もなのはのように無茶をしていた時期があったって言っただろ。あの頃はエミヤを越えようと躍起になっていたからね。周りが見えていなかった」
遠い目をして空を見上げるクロノ。
彼は嘲笑染みた口調で、語り始めた。
「エミヤからは十分な休息を取るよう忠告を受けていたって言うのに、あの頃の僕はまるで聞かず、聞こうとせず、休む間もなく鍛錬に身を置いていた。肉体が痛んでいくのを完全に無視して」
強くなりたい。もっと先に。もっとエミヤのいる領域へと近づきたい。否、追い越したい。
常にライバルは自分の先にいた。精神も、肉体も、経験も全て。唯一同じだったのは、凡才という生まれながらのモノだけだった。
故に焦っていた。縮まることを知らないエミヤと自分の圧倒的なまでの差を何とかして縮めたい、とそんな強い思いに駆られていた。
「任務もこなし、修行もこなし、唯ひたすら能力の向上を目指した。そしてある任務の際に、とうとう限界を超えていた身体が悲鳴を上げてね。命の関わる任務で、倒れたんだ」
その重大さはなのはも理解できた。
生き死にが関わる任務で倒れることが、どれだけ危険なことかを。
「死を覚悟した。だけど、助かった。助けられたんだ。多くの仲間に」
「………」
「その代わり、その任務は失敗した。僕が任務の要だったからね。そして僕を助けた仲間は僕のせいで傷ついた。重症を負った人もいる。そのなかに、エミヤもいた」
執務官としてあるまじき失態であり、何より自分の過ちに皆を巻き込んだ。
大事な部下を。大切な仲間を。唯一無二の親友を。
自分のミスで自分だげ損するのならまだいい。だが、彼らまで巻き込むのは何よりも避けなければならないことだった。
「まぁつまりだ。何事も行き過ぎては碌なことにならないってことだよ。でなきゃ、なのはも僕のような取り返しのつかない過ちを犯してしまうぞ。最悪、己の大切な人達を巻き込みかねない」
なのはの頭をぽんぽんと叩きながら、クロノはそう言った。
「その過ちを犯した後に残るものは―――悔やみきれない後悔と情け無い自己嫌悪だけだ」
彼の言葉はあまりにも重かった。
経験談からくるこの言葉に、重みがないはずがない。
何よりも心が籠っていた。後悔という名の、思いが。
「それにそう焦らずともなのはは確かに強くなってる。成長している。僕を追い越す日もそう遠くないかもしれない。だから今はゆっくりと、力を付けていけばいいんだよ」
「そ……そんなことないよ。私なんて、全然成長してないもん」
「自分の成長を自分で感じるっていうのも、なかなか難しいものだからね。焦ってる人だと余計に己の成長が感じ難くなる」
「………そうなの?」
「ああ、そうさ。それともなのはは僕が嘘をついているとでも? 安い気休めの為に虚偽を口にしているとでも思っているのか?」
「ううん……クロノくんは、きっとそんなことしない」
「そうだろう。仮になのはが本当に成長していなかったら、僕は嘘偽りなく『全く成長していない』と言うからね」
クロノと会話を交わしていくなかで、なのはは半信半疑であった自分の成長に確かな自信を持てるようになった。
彼は嘘を言っていない。クロノ・ハラオウンは認めれくれているのだ。自分の成長を。
―――僕を追い越す日もそう遠くないかもしれない―――
まるで届きもしない、近づけもしないと思っていた目標としていた人が、自分に向けてそう言ってくれたのだ。もはや嬉しいとしか思えない。
「ありがとう……クロノくん」
助けてくれたことは勿論、自分を認めて自信を持たせてくれた彼になのはは涙ながらにそう口にしたのだった。
……………
…………
………
……
…
クロノは高町なのはの体調が回復したことを確認し、また彼女と幾らか長話をした後、高町家を後にした。
自分が彼女に言えることは粗方言った。後は恭也がしっかりと反省を促すだろう。まぁあの様子だと、もう心配はいらないだろうが。
“少し帰りが遅くなったな”
すでに太陽は沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。
人工的な電柱の光が道を照らし、あらゆる蟲を招いている。
『クロノ』
いきなり頭のなかに直接聞き慣れた声が響き渡った。
エミヤからの念話だ。
連絡などはいつも携帯端末にしてくるエミヤが、念話でいち早く自分に連絡を取った。
と、いうことはつまり―――只事ではない、ということだ。
『悪い知らせってことだけは理解できたよ………それで、いったい何があったんだ』
『………海鳴市の地脈に、只ならぬ異常が確認された…と、先ほど調査団から連絡があった』
―――海鳴市の地脈。
数週間前にエミヤが海鳴市の異変に気付き、その知らせを聞いたクロノは時空管理局直属の調査団に地脈調査の依頼を申請していた。
その調査自体は、三日前に行われていたのだが結果は未だに報告されていなかった。
何かしらの異常はあるだろうとは覚悟していたが―――まさか、あのエミヤをして只ならぬと言わせるとは予想以上にとんでもない厄介事のようだ。
『リンディ艦長、ヴァイス、アースラの一等空士、陸士格の隊員には既に召集をかけている。クロノもハラオウン家に速やかに帰還してくれ』
『了解した。すぐに向かう』
酷い胸騒ぎがする。
闇の書事件に対峙した時と勝るとも劣らない、この圧迫感は何なのか。
底知れぬ不安を振り払うかのようにクロノは駆けた。
―――長く、薄暗い、真夜中の道を。