『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第57話 『熾天覆う七つの円環』

 多大な熱量と神秘を内包し、迫り来るは大英雄ゲオルギウスが放った尊き幻想。竜殺しの真髄。

 そして今、彼らははゲオルギウスの宝具により人間から竜種へと存在が昇華されてしまっている。なればあの竜殺しの一撃は確実にエミヤ達を屠ることができるだろう。

 対象を強制的に竜に昇華し、その竜に絶大な効果を発揮する宝具を放つ。敵からしたらインチキではないかと訴えたくなる完全無欠の連撃だ。回避することなど不可能に近い。

 ああ、確かにこれならば例えどのような相手であっても殺すことができるだろう。相手が英雄や怪物ではなく、有象無象の人間相手に放ったのならば尚のこと。本来ならば人如きに対処できる術は存在しない。ただ消え去る定めだけが残されている。

 

 しかし―――ここに、例外が存在する。

 人でありながらも英霊としての一端を持ち得るものが居合わせている。

 

 体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 

 男が紡ぐは自己暗示。

 文字通り生涯を共にしてきた鋼の言霊。

 

 

 ―――理没せよ

 循環せよ―――

 ―――模索せよ

 

 

 己の(なか)にあるだろう。この絶望的な状況を打破できる唯一の武具が。

 (ツルギ)の丘に突き刺さっているはずだ。エミヤシロウが唯一得意とする防具が。

 

 壊れたモノ(回路)も動員し、27本もの全魔術回路に鞭を入れてただひたすら廻せ。

 生命力を極限まで削り取れ。

 寿命の蝋燭が弱まることを恐れるな。

 

 「ぐ……ッ」

 

 ブツンと――――更に数本もの魔術回路が焼き切れる音がした。

 既にエミヤシロウの魔力は底をつきかけ、外傷も内蔵もズタボロだ。一つ一つの些細な動作を行うたびに弱音を吐き、悲鳴を上げる肉体は我ながら何とも貧弱で情けないのだろうか。

 歴史に名を残した英雄、神の血を引く大英雄ならばこの程度の傷など歯牙にも掛けぬだろう。しかし所詮自分は何処まで行こうが凡骨である。彼らのように特別強靭な肉体など持ち合わせていない。かつての生前、あれだけ鍛えて鍛えて鍛え抜いた肉体も今は15歳程度の強度しかない。これではとても無茶はできないのだが―――

 

 「それが、どうしたッ」

 

 エミヤシロウは、その『正義の味方』にまで辿り着いた不屈の精神力のみでそれらの道理を覆す。

 

 「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)………!!」

 

 男が織り成した奇跡―――それは光輝く巨大な七枚の花弁。

 この七枚の花弁の正体はかの大英雄ヘクトルの投擲を悉く防ぎ切った英雄の盾。その美しく咲き誇る花弁一枚一枚が古代の城壁並みの強度を誇り、更には“投擲”に対して無敵という概念が備えられている。そしてエミヤシロウが最も……いや、唯一得意とする防御系宝具。

 過去にエミヤがどれほどこの宝具に命を救われたか分からない。何よりあらゆる強敵の一撃を防ぐこの盾には特別強い信頼がある。

 

 対するゲオルギウスが最期に放った宝具は槍による投擲。彼の竜殺したる聖人の力と、力屠る祝福の剣(アスカロン)の加護が組み合わされた究極の幻想。

 この投擲に無敵とされる熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)と相性が良い、これ以上にない対象だ。

 かといって気を抜けるような一撃ではない。エミヤは歯を喰い締め、衝撃に備える。

 

 

 

 

 そして、二つの宝具が各々の威信を持って―――激突する。

 

 

 

 

 宝具と宝具の衝突から生まれる力は他の者を圧倒し、木々や建築物を容赦なく薙ぎ払う。

 歴史上に名を刻んだ偉人達の武具が、交わることのない現代で、今こうして相対する。

 聖杯戦争などの特別な殺し合いに立ち会わなければまず見られないであろう奇跡の対立。

 その希少性たるや、一介の魔術師が一生を賭しても拝めるものではないと言える。

 しかしそんな有難みなど、エミヤにも、魔導師にもありはしない。ただあるのは生きるか死ぬかの瀬戸際。力の奔流に体と意識を持っていかれないようにするのが精一杯だ。

 

 二つの宝具の衝突により周囲のマナは荒れ狂い、眼を焼かんとする閃光が薄暗い虚空間を明るく照らす。これほどの光、例え照明弾が100個炸裂したとしても及びはしないだろう。目を瞑ったところで、その光は網膜をひたすら刺激する。

 誰も彼もが耐えられないと目を腕で覆い隠し、爆風に吹き飛ばされまいと地にへばりついているなか、エミヤシロウは尚も命の綱である盾を維持し続ける。

 

 「―――ッ!」

 

 エミヤの呻き声が漏れたと同時に七枚の花弁のうち三枚がガラスが砕け散るように消滅した。拮抗していた力の軍配が、ゲオルギウスの竜殺しに傾き始めたのだ。

 投擲武器に対して無敵という概念を持つ熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)は、それこそ核兵器だろうが爆撃だろうが悉く防ぎ切れるだろう。概念無き外だけの威力を見繕った現代兵器が幾ら放たれようと意味を為さない。どんな威力を持っていようと無傷で無力化できる。それが概念で形作られた魂砕きというもの。それが英雄達が所有する宝具というもの。

 

 しかし、相手もまた同じ神秘を司る宝具である。

 

 竜を殺すまで止まることのない竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)。どのような障害があろうとも目的を達成するまで進撃を続ける神秘の結晶。

 ならば勝敗を決するのは威力ではない。堅さでもない。概念そのものだ。

 より強い神秘、概念を有するモノが宝具のぶつかり合いで勝利する。ルールとルールの衝突で打ち勝つのはより緻密で強固な独自の『法則』。

 真作に限りなく近い贋作であるエミヤの投影と言えど、贋作は贋作。真作の性能よりどうしても1ランクほど能力が落ちてしまう。ならば、いくら相性上優位に立てているエミヤの熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)と言えど押され始めるのは必然。それはかのアイルランドの大英雄が既に証明している。

 

 一枚、また一枚。

 竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)は更に三枚の花弁を散らした。

 その勢いは未だに衰えない。それどころか加速までしている。

 まさに、竜を殺すためだけの宝具。

 聖人の力が内包しているだけでも厄介だというのに、竜殺しの概念まで付加されては堪らない。

 大英雄とは、どいつもこいつも例外もなく強大なものだ。凡人の足掻きを軽くあしらう。

 しかし此方にも意地がある。凡夫の英雄なれど、この身は幾度も正義の味方の代表を背負った英霊……であった者。後ろには護るべき者達がいて、この命は最後のマスターから送られた形見のようなもの。

 で、あればそう簡単に打ち砕かれてなるものか。諦めてなるものか。このようなところでこと切れ、大切なものを守り通さなければ、きっとあの少女にド突かれるだろう。

 

 「ぬッ―――あああああぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!」

 

 エミヤは尽きかけていた魔力を更に抉る気力で熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)に叩き込んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「――――」

 

 意識が混濁し、視界に入るもの全てが敵と強制的に定められていたゲオルギウス。

 胸部の霊核が破壊されてなお、最後の力を振り絞り竜殺しを放った聖者。

 そんな彼はあと数分もしないうちに消滅する……その瀬戸際で、確かに意識を取り戻した。

 とはいえ既に宝具は放たれてしまった。意思を剥奪させられ、無差別に猛威を振るった。

 民草を守護し、癒す聖人にあるまじき行い。英雄失格とも言える暴挙。罪は深く、意識が無かったからと言って許される業ではない。守護騎士と聞いて呆れる振る舞いだ。

 

 願わくば―――この愚者(ゲオルギウス)を決して赦さないでほしい。

 

 今から死ぬであろう、人間達に向かってそう彼は思った。

 既に聖人と竜殺しの力が濃縮された槍は放たれている。己の宝具により竜化してしまった彼らでは、どう足掻いたところで逃げ切ることも防ぐこともできない。

 せめて彼らに高位の防御系宝具を有するサーヴァントが仕えていれば―――或いは。

 

 「………!!」

 

 そんな彼の妄想に、答えられる者があの人間達の中に一人だけいた。

 突き進む竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)を前にして咲き誇るは七枚の花弁。

 その神秘、魔力の純度からして確かに英霊が持ち得る宝具の一つ。

 ゲオルギウスから見てもそれは紛れもない貴き幻想であった。

 そしてそれを扱う者はサーヴァントではなく人間の青年。感じ取れる存在感からしても、我らが英霊より遥かに劣る人の子だ。

 しかし彼が取り出した美しい大楯は一級品と言っても過言ではない代物。あの青年がどういった存在であるかはさておき、アレならば我が宝具を受け止められるやもしれない。

 僅かではあるが、確かな希望をゲオルギウスは見た。他力本願この上なく、実に情けない話だが、彼と彼の宝具が自分の 竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)を防ぎ切ってくれることを祈るしかない。

 

 そして己の宝具と彼の宝具が衝突し、周囲に余波を撒き散らしながら激しく鬩ぎ合い始めた。

 

 生前でもそうお目に掛かれなかった宝具と宝具の激突。竜を確実に殺す我が宝具と拮抗する七枚の花弁。その光景はあまりにも貴重であり、ゲオルギウスですら括目せずにはいられなかった。

 これが真っ当な聖杯戦争であったのなら、我が宝具の勝利を祈り、願っていただろう。この衝突の末に勝利できればどれほど心地良きものかと。

 だが、今はそのような願いなど祈るはずもない。ただ今のゲオルギウスは、己の 竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)の敗北のみを望んでいた。

 でなければ彼らは死ぬのだ。武を競う相手でもなく、死力を尽くして闘う相手でもない。ましてや人々を苦しめる竜種ですらない人間達が。

 罪なき人を殺す。それは避けねばならない最悪の事態。ゲオルギウスにとって宝具の優劣などよりも重要なもの。

 

 だが、ゲオルギウスの意志に反して槍は次々と大楯の花弁を食い散らかしていく。盾の先に存在する竜種を仕留めんが為に更なる加速を魅せつける。

 その場に竜種がいるのなら、殺すまで止まらないのが竜殺したる宝具の概念。唯それだけに特化した幻想。故に宝具とはいえ簡単に受け止めきれる代物ではない。

 それは誰よりもゲオルギウスがよく理解している。一度放たれれば敵を穿ち滅するまで止まらないことなど百も承知。それでも彼は信じるしかない。今、美しき華の盾を紡ぎし青年が、己の幻想を弾き飛ばすことを。

 

 七枚あった花弁は既に二枚にまで減っていた。そしてまた一枚、花弁が散る。

 残り一枚。残り一枚破壊されれば、彼らはこの世から消し炭となって消滅してしまう。

 もはやこれまでとは思うまい。竜殺しも加速から次第に減速している。

 残り一枚で、見事防いでみせてくれ。奇蹟を―――起こしてみせてくれ。

 

 「ぬッ―――あああああぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!」

 

 ゲオルギウスの祈りに対し、盾の宝具を取り出した少年は叫び声を上げて応えた。

 ひび割れが出来ていた最後の花弁は瞬時に補強、再生していく。全ての力を最後の一枚に託してたのだろう。自身の魔力など当に尽きているだろうに、更に、強引に、魔力を体内から引っ張り出して盾の補強に使っている。アレは間違いなく魔力回路に、己の命に多大な負荷が掛かる危険な行為。肉体の内部が弾ける可能性すらある。

 それでも彼は行った。目の前の死を退ける為に、最善であり、最悪でもある手段を臆することなく選択した。

 

 「―――お見事」

 

 ゲオルギウスが彼を讃えたと同時に、竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)は遂に勢いを完全に殺がれ、沈黙。周囲に巨大なクレーターをこさえ、天災じみた暴風を撒き散らした槍は不規則な軌道を伴いながらゲオルギウスの手元に戻ってきた。

 この槍は正しくゲオルギウスの英雄としての誇り。聖人としての能力と、竜殺しの剣が複合して為した宝具。それを、確かにあの少年は防ぎ切って魅せた。

 普段であれば、無念と思おうこの事実を、今は心地良く受け取ることができる。

 

 「………せめて…彼らに……一言、詫びたかっ…た………ですね…………」

 

 謝罪すらままならないこの身の脆さを歯痒く思いながらも、彼はこの世から消滅した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ゲオルギウスが消滅したと同時に、この偽りの世界に亀裂が入った。

 偽りの世界を維持していた起点(ゲオルギウス)が消えたことによりこの世界も次第に収縮し、消滅する運命にある。すぐに脱出しなければ中にいる人間も巻き添えを食うだろう。

 

 一難去ってまた一難。

 エミヤは竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)を防ぎ切ったことに対する安堵も碌に感じられないと溜息を吐き……不意に、大量の吐血が口のなかを蹂躙する。

 

 “限界が、きたか。だが……もう少し持ってくれ”

 

 肉体がとうとう根を上げた。魔力が完全に尽きた今も魔力回路は荒れ狂っている。

 これは間違いなく、アレの兆しだ。

 しかしまだこの世界から脱出できていない。今、爆弾が破裂されては困る。

 

 「……クロノ。指示を、頼む」

 「あ、ああ!」

 

 あのクロノでさえ宝具と宝具の衝突の余波に一時呆けてしまっていたが、そこは熟練した魔導師故にすぐ意識を切り替えることができた。

 皆を円状に集結させ、転移装置の発動準備に取り掛かる。これなら10秒もしないうちに元の世界に戻ることができるだろう。しかしその間、一人の武装隊員がゲオルギウスの消滅した場所に何やら魔力を帯びた物を感じ取り、目を向けたところ魔道具らしきカードが一枚落ちていることを確認することができた。

 その武装隊員は転移する数秒前に、的確にその魔道具にチェーンバインドを放ち回収した。恐らくアレはこの異常な事態を起こしている要因に関係しているに違いないと踏んだからだ。エミヤやクロノに許可を得ようと聞いていては時間がないと判断し、即座にその魔道具を回収しようとする辺り、やはり優秀な隊員であるということが窺い知れる。

 そして隊員がそのカードを回収した瞬間、転移装置は作動した。

 激しくヒビ割れ、轟音を立てながら崩れゆく世界を眺めながら彼らは元の世界へと帰還する。

 

 

 

 ◆

 

 

 「「「し、死ぬかと思ったァ………」」」

 

 海鳴高等学校のグラウンドに帰還した隊員達は大きな溜息を吐いて地面に尻を付いた。

 この第97管理外世界の神話を―――見せつけられた。

 まるで歯が立たなかった英霊という存在。エミヤシロウが日々扱っている投影宝具を上回る、本物の宝具の威力。目では負えぬ脚力に想像を絶する剛腕。瞬く間にバリアジャケットを切り裂いていく鋼の剣。空を駆ける聖獣。そして何より―――人を竜種に強制的に変えられ、挙句の果てに灼熱の籠った槍を投擲された。

 これほど過激な歓迎はそうそうない。あらゆる次元世界を飛び回るアースラ隊であっても初体験である。

 

 まず一人として死なず、重症を負った者がいたとはいえ全員が生きて還ってこれた自体、奇跡に等しいと言えるだろう。

 そしてこの最良の結果を残せた要因は他でもない。エミヤシロウの働きがあってこそ。

 唯一あの化け物の存在を知り、的確な判断を下し、あの槍から自分達を護ってくれた。

 ああ、そうだ。我らが副隊長に礼を言わなければ。飯の一つや二つ、奢らなければ罰が確実に当たる。

 そう皆が話し合っていたところに、フェイト・T・ハラオウンの悲鳴が聞こえた。

 

 何だ、とその悲鳴の元に目を向けた彼らは絶句した。

 

 「グ……あ……ッ…………ァぁ」

 

 隊員達が見たものとは―――エミヤシロウの、変わり果てた姿だった。

 彼の背中からは魔剣の刃が突き出ていた。肩からは聖槍の矛が露わになっていた。

 英雄の持つ、ありとあらゆる武器がエミヤの肉体からはみ出てきている。その数10なんて生易しいものではない。50は確実に超えているだろう。

 人の人肉を内から突き破り、途方もない魔力と神秘を放つ刀剣類が姿を現している。それは実に惨たらしく、酷く現実離れした異様な光景とさえ言えた。

 

 体は剣で出来ている。

 

 彼は幾度も戦場でその詠唱を口にしていた。

 魔導師の持つ如何なる詠唱とも異なる、エミヤシロウだけが持ち得るオリジナル。

 その詠唱通りに、今、彼の肉体は変化しようとしているのだ。

 

 多くの隊員は生き残って帰ってこれたという余韻に浸ることなくエミヤの異変にどうすればいいのか、何をすればいいのか、必死に思考するがまるで思いつかず、身体も動かない。

 そんな中、クロノ・ハラオウンとヴァイスだけは冷静さを保たせていた。

 

 「無理をした反動……魔力の暴走か……! ヴァイス、アースラに連絡を!!」

 「了解!!」

 「皆はエミヤから距離を取れ!! アイツから出ている刀剣の全てが宝具だ、掠り傷を受けても何が起こるか分からないぞ!!」

 

 長年相方を務めてきたクロノは、数回ほど彼の能力暴走を見たことがある。

 アレが起こる時はいつもエミヤシロウが度を超えた無茶を仕出かした時に限られている。

 生死を彷徨いかねない、危険な状況であることも理解しているのだ。

 そして、命の危険が及ぶのはエミヤ自身だけではない。下手をすれば周囲にも齎される。

 

 「シロウ……シロウ!!」

 「フェイト!? 何をしている!!!」

 

 忠告を無視してエミヤに駆け寄ろうとするフェイトを見たクロノは即座に彼女の腕を掴んで引き留めた。気持ちは分からないでもないがエミヤの体中から出ているアレに触れれば人の命など紙より軽い。

 それでもフェイトはエミヤの元に行こうとする。近づけば危険ということを分かっていながら、それでもなおエミヤの傍に向かおうとする。

 

 「………少しの間、眠っていてくれ」

 

 これは口で説得できるような状態ではない、実力行使に移らなければ止まらないと判断したクロノは睡眠魔法でフェイトを強制的に眠らせた。今はフェイトに時間を割いている余裕はない。

 

 「クロノさん!」

 

 そこでヴァイスが少し希望の灯った目でアースラのエミヤシロウに対する処置を報告する。

 

 「リンディ艦長が先ほどあの人に連絡を入れてくれたそうです!!」

 

 今のエミヤはシャマルの治療では手が余る。

 アレは怪我、病気とは根本的に異なるものだ。ただ治すだけでは足りない。荒れた魔力を調律する特殊な技能も必要とする。そしてエミヤの魔術回路というリンカーコアとは全く作りが違う魔力の源の構造も理解していなければならない。

 そのため今のエミヤを治療できるのはエミヤの生体をよく熟知し、治療魔法が熟練の域に達し、魔力の調律も卓越している者でなければ務まらない。

 クロノは熟練した治療魔法とエミヤの魔術回路について熟知しているものの、最も重要な魔力の調律が苦手なため今の魔力が暴走しているエミヤの治療を本格的に直すことは不可能。下手をしたらトドメをさしてしまいかねない。そのためよくて延命処置程度しか行えない。

 故に、その全てを熟知している人間に助けを求めるしか今のエミヤを救う手立てがないのだ。

 

 「………奴からの返答は?」

 「すぐに向かう、と」

 

 ヴァイスの返答に、クロノは安堵した。

 

 「今すぐエミヤをアースラの治療室に転送させる。転移の準備を」

 「はい!」

 「僕も共に治療室に向かい、エミヤの状態を可能なかぎり和らげる……あの舌狂いの店主が到着するまで必ず持たせてみせるよ」

 

 散々エミヤに世話を焼かされ、そして守られてきたクロノは今己が出来ることをやり通す。それはとても小さなことで、所詮はその場凌ぎでしかないけでも―――親友の力になれるのなら喜んで尽力する。それにまだあの危機的状況から体を張って助けてもらった礼すら伝えられていない。何よりこの自分に模擬戦で勝ち越したまま死ねると思うなよ。

 クロノは淀みのない決意を胸に、エミヤの周囲に展開された転移魔法陣の領域に足を踏み入れた。




・感想で出来るだけ早く更新するとかぬかして見事数か月更新が途絶えてしまっていた………すまない……大嘘つきで本当にすまない。これもレフって奴のせいなんだ………

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