雄々しい男達の怒声と金属音がひたすら鳴り響くアースラの整備格納庫は今、時空管理局本部から送られてきた支援物資でごった返していた。整備班の男たちはそれらの仕分け作業と整備、調整、点検、運搬に追われており、多少のミスでも一喝、物資に掠り傷一つつけても一喝、チンタラしているものなら足蹴りも厭わないほど熱が籠っていた。
本局から送られた支援物資とは、ぶっちゃけ言うと質量兵器だ。
原則質量兵器の使用、所持を禁止している時空管理局だが、実のところ例外も存在する。次元世界は広大であり、あらゆる生命体が確認されている中には、魔法と言った技術を弾くモノも存在する。そういった魔導師そのものの力が及ばない存在に対しての対抗策としてのみ、各次元世界から押収した質量兵器に魔導の力を付与した武器を扱うことを許される。まさに例外中の例外。イレギュラーな怪物だけに扱う機会が設けられた殺傷力全振りの代物。
現在アースラに運ばれてきたものは銃器型の質量兵器、刀剣型の質量兵器、弾薬、予備、支援機器に防護性に優れた戦闘服など多種に渡る。特に刀剣や弾丸には、対
「しかし……よくもまぁ頭の固い連中が許可下ろしてくれましたねぇ、次元管理外世界で質量兵器を扱うなんて」
アースラ所属のデバイスマスターにして整備士班長をも務めるリーベルは呆れ顔で次々と運ばれてくる質量兵器のチェックを行っていた。
長年このアースラで働いてきたが、ここまで膨大な量の武装を見ていくのは人生初といっていい。正直、小心者と自負するリーベルはこれらの武器を調整すること自体に戦々恐々としている。
なにせこの全てが、人の命を容易に奪うことができる途方もない凶器であることを、あまりに血生臭い道具であることを認めているが故に。
「それだけ本局もあの怪物に注目している、ということだろう」
リーベルと同じく、支援物資の状況を確認しに訪れたエミヤはそう応えた。
今の彼は管理局員の正装に身を包んでいるが、その服の中、肉体にはまだ包帯が大量に括り付けられ、前回の戦闘で受けた傷も癒えていない状態だろうに。
謂わば彼は絶対安静の身であり、病室から出るなどもっての外。きっと今頃フェイトが健気にアースラの機内中を走り回ってエミヤシロウを探しているに違いない。
リーベルが彼に注意したところで、リハビリだのなんだの言ってのらりくらりと躱されるのは目に見えている。だから敢えてリーベルはエミヤの傷について言及しない。代わりに愚痴を零す。
「なら増援の一つくらい寄越してほしいものですねぇ。武器だけじゃなく」
「いや、今回に関しては人員が幾ら増えても無意味だ。部隊の系統も、練度もバラバラな即興の寄せ集め部隊など、悪戯に被害が拡大するだけだろうよ。多ければいいというものでもないし、多勢で押し切れるほど相手も甘くない」
烏合の衆は今挑もうとしている存在にとって壁にすらならない。むしろ、こと対軍の戦いに置いて一騎当千の活躍を打ち立て、英雄として名を馳せた人外共には格好の獲物だ。相性が悪い。最悪、数人やられただけで恐怖が伝染し、指揮が麻痺し、一気に叩かれる可能性も十分にある。
「要は、本局の増援なんて足手纏いってことですか」
「歯に衣を着せぬのなら」
そう断じるエミヤにリーベルは苦笑するが、確かにその通りだなとも思った。
このアースラの最大の売りは、チームの連携である。徹頭徹尾同じ環境で過ごし、鍛え抜かれた精鋭で構成されているが故に、他の部隊よりも高い実績と生存率を誇っている。それがアースラ隊なのだ。
そこに他の部隊の人間が加わるのなら、少なからず穴が生じる。例え本局の増援が手練れ揃いだとしても同じだろう。
「
エミヤはそう言って支援物資から銃器型の質量兵器を取り出す。そして手触り、作り、重さ、その全てを確認するように触る。その品定めするに妥協を許さない鑑定士もかくやという真剣な表情は、リーベルも見惚れるものだった。
「………ふむ」
一通り点検し、確認したエミヤは満足げな笑みを浮かべて質量兵器を元の場所に戻した。
「で、どうでした? 本局からの支援は」
「上々、と言っておこう。流石は時空管理局の本部が取り寄せた逸品だ。品質については文句のつけようがない……これなら、隊員の命を預けられるだろう」
今回の任務において、魔力や神秘が付与された質量兵器の使用を本局に申し出たのは他でもない、エミヤシロウだ。
アースラが相対する怪物について詳しい情報を持つ彼は、あの存在が魔導師が扱う魔法や魔術師の扱う魔術、何の魔力も神秘も籠っていない物理攻撃を弾く存在であることをよく熟知している。
エミヤは敵の正体、少なくとも特性や能力が分かったのなら、それ相応の対策をして然るべきとして行動に移したのだ。例えそれが本局相手に「質量兵器の使用許可」を要請するものであっても全く迷いはしなかった。
「リーベル。そこの弾丸も見せてくれ」
その要求にリーベルは頷いて、検品し終わったものから一つだけ拝借し、エミヤに渡した。その弾丸は銀色を基調としている。もはや芸術と言っても差し支えない美がそこにある。
性能を突き詰めたモノは、自ずと美が宿るもの。このちっぽけな弾丸もその一つと言えるだろう。
「アースラに取り寄せた弾丸は全て、各次元世界に生息する古代種の牙を加工して作ったものです。エミヤさんの要望通りのものを本局は用意してくれたようですね」
「確かに、比較的強い神秘が内包されているな。魔術師で言う、幻想種相当の存在をベースにしたものだと分かる。コレを作るのにも手間が掛かっただろう」
「そりゃそうでしょう。古代種を素材にして弾丸を作るだなんて聞いたことありませんし、モノがモノです。当然加工も難しい。次元世界屈指の文明を誇るミッドチルダの職人であっても、これだけの弾丸を四桁五桁ほど作るとなると……そう容易なものではなかったはずだ」
「それでも依頼通りの数を作り、こうして送り届けてくれた。彼らには感謝するほかないな」
確かにこれらの弾丸一つ一つにはサーヴァントに通用する神秘と魔力が十分籠っている。掛け値なしの賛辞を贈るに相応しい出来栄えだ。不満など言えるハズもない。
「あちら側は「自分達の苦労に見合った戦果を期待する」とか言ってそうですね」
「ならば彼らへの謝礼は、そのままこの任務の完遂を持って返すとしよう」
ここまでのバックアップ、支援を行ってくれた手前、無様な結果は残せない。あるべき結果はただ成功の二文字のみ。その為にこれらの武装を含めて着実に準備を積み重ね、挑む。それだけだ。
「ああ、それとエミヤさん。例の三人の追加武装のことなんですが」
「……なに? もう届いたのか」
「ええ。実物は只今デバイスラボに搬送されています。後ほど彼女達を呼んで調整しようという段階まで来ているんですよ。なんでも彼女達のリンカーコア、魔力の波長、本人承認が終わればすぐに扱えるとのことです」
例の三人とは、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての魔法少女三人娘のことだ。彼女達もこの危険極まる任務に参加するにあたり、クロノ・ハラオウンが特別に彼女達に合った支援デバイスの開発、輸送を時空管理局本部に頼み込んでいた。勿論なのは達本人から、支援デバイスのコンセプトなり性能の方向性などを聞いた上でだ。
「早いなんてものじゃないな。僅か数日で完成するものなのか」
「本局の開発チームとなると頭のネジが抜けてるような狂人ばかりですからね。そりゃもう開発、制作、実験テストを倍のスピードでやり遂げるんですよ」
「安全性は確保できているんだろうな……早ければいいと言うものではないぞ」
なんにしても安全面は譲れない。どれほど強力で、早く完成したモノであったとしても、不安定な武装ほど心赦せないものはないのだ。それが自分達が預かる教え子の命を護るデバイスであるのなら尚の事。
「そこは安心していいと思います。本局のデバイスチェックが厳しいのはご存知のはずだ。それに、腕は確かですからね、あのエリート連中は。嫉妬を覚えるのもバカらしい」
「リーベルが彼らに全面的な信頼を寄せているのは分かった。オレも、時空管理局本部の技師達の腕を疑っているわけじゃない……が、不備などはないかという確認は怠ってくれるなよ」
「言われるまでもありません。僕も一応、このアースラで隊員達の
「頼りにしている」
アースラの人間と数年もの月日を共にしてきたエミヤは、リーベルの腕前や人柄についてもその年数分見てきた。己の仕事に対して誇りを持ち、真摯な姿勢で向き合っていることもあって信頼できる。今更疑うつもりはない。
「
「アースラの隊員達と、彼女らがこの支援物資をうまく扱えるか否か、だろう」
「………はい」
時空管理局に所属している魔導師で、普段使い慣れているデバイスと並行して、質量兵器なるものを手にして戦闘を行ったという経験がある者は数少ない。リーベルはそんな隊員達に果たしてこれらの凶器を使いこなせるのだろうかという一抹の不安を抱いている。なにせ使い勝手も、要領も、少なからず差があるのだから。
しかしエミヤはリーベルの不安を打ち消すような、そんな自信に満ち溢れた顔で「大丈夫だ」と口にした。
「彼らは呑み込みの早い優秀な魔導師達だ。一度手にして、扱えば、数日でモノにする。これまでもそうやってのけてきた。だから心配することはない……単なる杞憂で終わる」
アースラの隊員達はエミヤやクロノ、そしてリーゼ姉妹が手塩を掛けて育てた魔導師だ。その高い実力も、何かをモノにしようという貪欲な向上心も、並々ならぬものがあると理解している。この新しい
なのは、フェイト、はやてはもはや言うまでもない、才能の権化だ。彼女らの才に底はないと思えるほどのものが詰まっている。きっと本局から送られてきたデバイスも、最終的に手足の如く操ってみせるに違いない。
「期待しているんですね」
「自慢の部下に期待せぬ教官がどこにいる」
「ははっ。これは失礼、失言が過ぎました」
いはやは、ここまで真顔で断じられるとは思わなかった。よほど可愛がっているのだろう。それこそ自慢の子の如く。
「……おや。噂をしていればなんとやら。その自慢の部下が、息を荒らしながら此方に近づいてきてますよ」
先ほどまで走り回っていたのだろう。肩を大きく上下に揺らし、息を切らしているフェイト・T・ハラオウンが怒りの表情で近づいてきた。手にはインテリジェンスデバイス、バルディッシュまで展開して握り締めているのだからその本気具合が伺える。
「これは、かなり怒らせてしまったようだ」
「心配させるからですよ。僕は巻き込まれたくないので逃げずに自首してください」
「ふむ。確かに、これ以上逃亡してたら怪我人にでも容赦なく力を振るいそうだ」
流石のエミヤも今のフェイトの前では大人しく捕まった方が身の為かと理解したようだ。
なにより、病室を抜け出してまで確認したかった本局の支援物資もその目で確かめることができた。彼はその目的を達成できたのだから、もう今日のところは十分だということだろう。
「短いシャバでしたね」
「なに、どうせもうすぐこの傷からも釈放される。それまでの辛抱さ」
エミヤはそう言い残して、ぷんすこと怒っているフェイトの元に向かっていった。
「シロウ、どうして貴方は誰の相談もなく病室から勝手に抜け出すの!? そんな傷だらけの体で! 言峰さんがすぐ治ると言っても、あと数日は安静にしてなきゃいけないって………!!」
「ああ、すまなかった。心配かけて悪かったよ、フェイト。この通りだ」
「私がどれだけアースラを走り回ったか……もう!」
ぷんすこと怒り、説教するフェイトの頭の頭をくしゃくしゃと撫でながら誤魔化そうとするエミヤ。それに対していくらか耐性を持ったのか、最近意に介さないようになってきたフェイト。そんな攻防を行いながら彼らは病室まで去っていった。
リーベルはそんなやり取りをする彼らがまるで血の繋がってない兄妹のように見えて、微笑ましく思い、つい、頬を緩ませてしまった。
「フェイトちゃん……すっかり元気になって」
最初彼女をアースラが保護した頃はとても物静かで、御淑やかな少女だった。それが最近、年相応の活発さを見るようになったのだ。
「エミヤさんに関係することになると大声で物申す辺り、よほど大切に想ってるんだろうなぁ」
これぞ青春か。幼少の頃からデバイスとばかり向き合い、これといった幼少時代を味わうことがなかったリーベルには、とても眩しいものだと感じて止まなかった。
なんにしてもこの危険が付きまとう任務、ここから更に厳しくなるだろう困難ばかりを目の前にして、あれだけの活力があるのなら、何の心配もない。きっとこれまで通り生き抜いてくれるだろう。あの活き活きとした若さがあるのなら。
「……さて、仕事に戻るか。僕は、僕でしかできないことをやり遂げよう」
リーベルは気合いを入れ直して、質量兵器の点検に意識を集中させた。
この大量の質量兵器を捌いた後は、なのは、フェイト、はやての支援デバイスの調整及び、実験テストが待っている。更にソレらが終わればクロノ・ハラオウンが持つ超メンテ物件、デュランダルのバージョンアップ作業。まだまだ自分が受け持った仕事は山積もりとなっている。
現場で命を張る彼らに、最大限のサポートで応え、支える。それが戦う力もないリーベルにできる、せめてもの援護なのだから。
・実に4年ぶりの登場、オリキャラのリーベルさん。つまりオリジナルで出したものの4年間も放置された影薄技師長。正直すまんかった