『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第60話 『狂える暗殺者』

 相対するべき敵の情報を知っているか否か。

 戦闘が始まる前の下準備。これらの有無が戦況に大きな差を生むものとなる。

 前回、アースラは何一つ敵について、正体について全くの無知だった。

 

 ―――聖杯戦争、サーヴァント、宝具―――

 

 当初アースラが想定していたどのような障害よりも破格の存在。

 人智を超越した身体能力、常識を逸脱した宝具の奇跡。

 それを前にして、自分達はただただ後手に回ることしかできなかった。

 

 しかし、それももう終わりだ。反撃の狼煙を挙げる時が来た。

 如何な相手がこの世界の英雄と言えど、此方とて百戦錬磨のアースラ隊。

 遥か古に死して、時が止まった者が、今を生きる人間をそう容易くあしらえるものではないと知れ。

 

 アースラは入念なる準備を重ねに重ね、二度目のサーヴァントを狩りを決行した。

 

 前回の反省を踏まえ、人数は必要最低限に。人選を絞り、無駄のない効率的な編成で迎え撃つ。なにせ残るサーヴァントは六騎。一体一体に全戦力を投入しては、効率が悪い。故に第一陣を編成、負傷者が出れば外で待機している第二陣の者と入れ替わる。

 小隊編成であれば、ある程度小回りが利き、連携も取りやすい。サーヴァント戦の核であるエミヤを中心に、幾度となく喰らい付く牙となる。そしてその方針は、文字通り実戦にて効果を表していた。

 

 「弾幕を絶やすなァ! 砲火に穴ァ開けると一瞬で付け込まれるぞ!!」

 

 誰かがあらんかぎりの気力を籠めて叫ぶ。

 この硝煙立ち込める生死を賭けた戦場で。虚数世界、現実を切り離された鏡の街で。

 この空間には一般人が存在せず、鏡の中のような空間故に現実に影響することもない。暴れる上では、全く便利な戦場だと一人の隊員が皮肉る。

 反転せしこの異世界の建築物の多くは今もなお一分毎に吹き飛んでいる。敵サーヴァントではなく、アースラの魔導師達によってだ。それほど苛烈な飽和攻撃が為されているのだと嫌でも理解できよう。

 

 銃撃が鼓膜を震わせ、爆音は絶え間なく続く。

 魔法のみならず、質量兵器が当然のように交じり合う混沌の世界。

 それを誰でもない、質量兵器を禁じてきた時空管理局に所属する部隊が率先して作り出しているのだから、メディアに知られれば目を輝かせて飛びつくだろう惨状だ。

 

 「傷を負った者は後退! 言峰さんとシャマルさんのいる医療班の元まで撤退しろ! 動けない者は、動ける第二陣の連中が引きずって回収!!」

 「毒を貰った者も多くいるぞ! 解毒は主に言峰綺礼が得意としている。体に異常があるものは率先して言峰の元に行け!!」

 

 ある者はふらふらとした足取りで戦線を離脱。血を流し、意識が朦朧として地力で動けない者は、他の隊員達が引きずりながらも運んでいく。

 戦況は優勢だ。確実に、アースラの部隊は敵サーヴァントを追い詰めている。

 追い詰めてはいるが、彼らも無傷ではない。多くの負傷者を出しながら、命を削りながら有利にことを運んでいる。そこに慢心する余裕も、勝利を確信できるだけの余韻すら持ち得ることはない。

 

 「敵は暗殺者(アサシン)だ。魔法が、魔力が通るなら陣形を崩さん限り押し通せるッ!!」

 「対魔力がなく、空も飛べないのなら……!」

 「陸戦魔導師、前へ! 空戦魔導師は援護に徹せよ!!」

 

 黒き外套を纏い、白の髑髏の匠が施された仮面を被る一体の影。ソレに対してただひたすら砲撃魔法を放ち、無数の銃弾を放ち、死に物狂いで彼らは戦う。

 鬼気迫る勢いだ。文字通り、生命を糧として前進する生きた人間の狂気を孕んでいる。

 

 ―――暗殺者(アサシン)は夜に紛れて命を狩る者。

 

 知的で、狡猾で、その冷徹無比な思考こそ最大の武器と言える。

 しかし今の暗殺者に自我はない。技術もない。ただその身に宿す身体能力と暗殺術だけを行使する機械に過ぎない。それなのにどうして暗殺などできようか。どうして本来の力量を発揮できるだろうか。

 闇に紛れることもできぬ紛い物に、暗殺の二文字はない。従来のステータスより劣化しているのなら、尚更だ。それでも幾人ものアースラの戦闘員を再起不能にする辺り、腐っても英霊ということなのだろう。

 

 サーヴァントは奔る。駆ける。疾走する。

 防衛機能に沿った動きに肉体の全てを委ね、致命傷を避け続ける。全てがオリジナルより劣っているというのになんという身のこなし。その動きは滑らかであり、捉えどころがない。

 

 しかし、それでも、回避するのがやっとである。サーヴァントという強大な存在は、この豪雨の如き攻勢から身を護ることで精一杯。

 知性無き存在であっても、今この状況が如何に不利かくらいは本能で読み取れる。もしくは暗殺者として叩き込まれた習性故か、近くの建築物に潜り込もうとする。

 

 しかしそれを許すほど、今回のアースラ隊は甘くない。

 

 「―――■■ッ」

 

 突如として異世界の海鳴市に天から降り注ぐ複数の熱線。それに気づいたアサシンは街の中に潜り込もうとしていた動きを止める。

 空からの熱線は、アサシンが隠れられる周囲の建築物を軒並み破壊していった。何処にも姿を眩ませることができないよう、徹底的に。

 アサシンは砲撃が落ちてきた方角、遥か上空を見上げる。そして、そこには凛とした面構えをして魔導書を掲げる幼い少女、純白のドレスのような戦闘服に身を固める少女、黒き外套に軽量化された衣装を纏う少女の姿があった。

 

 「ふぅ……ごめんなぁ。貴方を、ここで逃がすわけにはいかん。このまま、息つく暇も与えん……なのはちゃん、フェイトちゃん! エミヤさんの指示通り、全力全開で奴を追い詰めるッ!!」

 「「了解ッ!」」

 

 アサシン討伐に駆り出された、まだ齢二桁にも達しない小さな魔導師。彼女達一人一人の殲滅力は、アースラの武装隊を優に凌駕する。更に、アースラが取り寄せた複数の浮遊砲撃支援デバイスが彼女達の新たな砲門となり、制圧力が前回よりもう一段階向上している。その比類なき力をたった一人の目標の逃げ道を塞ぐ為だけに使用しているのだ。

 空戦能力も、空中に滞在する対象に対する迎撃機能もないアサシンでは彼女達を害することもできず、ただ一方的に砲撃の豪雨を甘んじるしかない。

 そして止み終わる頃には、もはや周囲の建造物は一つも残らず灰燼に帰していた。小さな町一つを強引に撤去した、と言えば正しいか。単純な火力に限れば、こんなことをできる魔導師は両手で数える程度しかいまい。

 退路も無く、隠れる場所も無く、四方八方からは銃弾と砲撃。

 知性があれば、逆転する奇策一つも思いつくのだろうが、今の彼には叶わない。

 

 「■■■……!」

 

 そして遂に暗殺者、アサシンの脚部に銃弾が被弾する。如何な英霊とはいえ、この最悪極まる戦況で逃げ続けられるはずもない。

 アサシンはバランスを崩し、重々しく膝をその地につけた。

 

 「ようやく当たったか……やっぱりとんでもない連中だな、英霊ってのは」

 

 アサシンの肉体に弾丸を撃ち込んだ最初の人間。

 それは遥か後方から狙いを澄ませ、チャンスを待っていた狙撃手、ヴァイスだった。

 そしてアサシンが動きを鈍らせた刹那、確実に仕留める為に五人もの武装隊が前に出る。その手には、幾百年という歳月を生きた魔物の素材をふんだんに扱われた、刀を握りしめていた。

 

 「「「「「おおおおおおおッッ!!!」」」」」

 

 四方から振り下ろされる斬撃は音速こそ超えてはいないが、十二分、高速と言えるだけのスピードが乗っていた。機動力を削がれたアサシンに躱せるものではない。

 そう、躱せない。躱せないのなら、どうする。本来のアサシンであれば、短剣(ダーク)で捌きたいところであるが、背後からも前からも、横からも振り下ろされた斬撃を対処するには肉体が不完全すぎる。なによりそのような細やかな迎撃は今の黒化状態では不可能だ。

 だからこそは一番手っ取り早い防御法を取る。それが最善であると、それしかないと肉体が判断したのだから。

 

 「―――断想体温(ザバーニーヤ)―――」

 

 その斬撃全てを、己が肉体のみで受け止める。

 柔い肌であるはずの肉は鉄をも超える強度を再現し、この戦場に響くはずだった血肉を裂く生々しい音は、金属と金属がぶつかり合う高い音に入れ替わった。

 手が痺れそうな手応えにアサシンを囲っていた魔導師達は顔を顰める。

 

 「かッ……てぇ!?」

 「こいつ、宝具を使いやがった!」

 

 尋常ならざる肉体硬度。サーヴァントをも切り刻む刀を受け付けない鋼の鎧。

 この奇跡こそが宝具の為せる業。形勢を逆転させる英雄の切り札。

 

 「皮膚すら斬り込めんとは恐れ入る」

 「ここまで硬いと、俺達の力で突破することはできんだろうが」

 「大人しくやり過ごせるなんて思うなよ、オラァ!!」

 

 彼らの装備では突破し得ることのない防御を前に、武装隊員の取った行動はただ一つ。

 

 「■■………!?」

 

 隊員達は懐から取り出した鎖をアサシンの肉体に絡ませ、身動きを封じた。

 攻撃が通じないことも想定内。不測の事態……特に宝具を使用された後の対処法をエミヤから血反吐を吐くまで叩き込まれている。

 そしてこの銃弾も砲撃も斬撃も効かぬ者に相応しい一撃は、既に決まっている。

 自分達は「彼」が確実にサーヴァントに対してトドメをさせる定石。サーヴァントという存在を熟知し、戦ったことのある、特殊な経歴を持つ者のサポートに過ぎない。

 

 「機動力を殺し、動きも封じる……よくやった、お前達」

 

 ゆらりとアサシンの背後から聞こえる隊員達に向けられた賞賛の声。

 この声の主こそ、この戦いの、奴らの決定打であると防衛機能と化したアサシンは察した。

 反射的に振り返り、その声の主を斬ろうとするが、鎖がその行動を阻害する。

 アサシンを縛っているのはただの鎖ではない……概念礼装より位は低いが、これも歴とした神秘を宿したモノ。一瞬では振りほどけない。

 

 「何代目かは知らんが、その宝具の名称と髑髏の仮面からして山の翁とお見受けする。ダメ元で聞くぞ……会話はできるか? 意識は残っているか?」

 

 アサシンには感情はない。意識も、理性も失われている。無論、その問いに応えられることはなかった。静寂こそ答え。無言こそ一種の返答である。

 そしてアサシンの内から膨れ上がるは純粋な殺意。敵意。

 防衛機能。目に見える外敵を速やかに排除する。ただそれだけがこの英霊の目的。

 その純度の高い圧力に、武装隊は息を飲み、魔法少女の三名は僅かに怯む。

 雑念すらないからこそ、その殺意は何処までも深まりを魅せている。年端もいかない少女たちには、少々刺激が強すぎる。

 

 「副長……ッ!!」

 

 アサシンを拘束している一人の隊員が声を上げる。捕縛している鎖が軋み始めたのだ。暗殺者のクラスとはいえ、弱体化しているとはいえ、英霊は英霊だ。例え筋力のパラメーターがE~Dであっても常人にとっては怪力以外のなにものでもない。長時間、身動きを封じることは困難を極める。

 

 「……分かった」

 

 彼は、投影した一振りの剣で硬化されたアサシンの肉体を裂き、心臓(霊核)を貫いた。

 宝具の防御を打ち破れるのも、また宝具に他ならない。

 『強固な概念は更に上回る概念によって覆される』

 それが魔術のルールであり、その延長線上に位置する宝具も例外ではない。

 

 「■……■………ぬ…う……」

 

 霊核を破壊され、数秒もないうちに肉体を粒子に変換されるアサシンは、今までの荒れ狂った唸り声とは違う、苦痛という感情が入った呻き声を口にした。

 もはや彼からは先ほどまで見せていた深い敵意は見えない。それどころかようやく終わったのかと、安堵した溜息すら出している。

 

 「霊核が破壊され、この世から去るその一瞬だけ狂化が解けるのか」

 

 死が確定したその瞬間のみ意識が戻る。

 残酷な仕様だと、青年は眉間に皺を寄せる。

 

 「………ほ…う……貴様が……狂える我を殺してくれた者か…何者かは知らぬが、世話をかけた…な……」

 

 アサシンは、無様を晒し続けた己を止めた青年に力なく頭を下げる。

 既に両腕が塵へと還り、仮面はひび割れ、肉体のあらゆる箇所が破損していく。刻々と近づく崩壊を前に、アサシンは何処までも落ち着いていた。

 流石は山の翁と言ったところか。己の理不尽極まる死に戸惑いを見せない。

 

 「礼には及ばない。これも仕事だ。それよりも、時間がないように見える。幾つか質問したいのだが、答えられる余裕はあるかね」

 「見ての通り、エーテルで構成された仮初の肉体は己の意思に反して崩れる勢いが増すばかりだ。何より、貴様の求めるであろう情報も答えられることもない……」

 

 現状に対する呑み込みも早い。

 青年が何の情報を求めているのかも、すぐに察したアサシンはそう応えた。

 サーヴァントを呼び出した者。この地に異物を持ち込んだ理由。それらは意識のないただの道具として顕現したアサシンには知る余地もないものだった。

 

 「………やはり」

 「ああ。私は、私自身でも、聖杯に呼び出されたことだけしか分からぬ。それ以降、記憶は途切れ、意識は混濁し、獣畜生のように暴れまわる人形に成り下がったモノだからな」

 

 喋る間にも、アサシンの下半身は既に消滅していた。

 残る上半身も、消え欠けている。

 

 「大方、どこぞの大魔術師が英霊を利用する為に聖杯を餌とし、私はソレに情けなくも引っかかった小魚よ。故に、貴様が如何に私に問いを投げかけても、説明してやることもできなんだ。赦せよ」

 

 勝者に与えられる情報は何もない。問われても答えることができない。

 その不始末さに笑ってくれとアサシンは言うが、エミヤは首を横に振った。

 

 「……少しは、私を救ってくれたお前達の役に立ちたかったが―――時間だ。せめて、今一度、礼を言おう。我が魂、我が尊厳。この異界から解放してくれたことに――――」

 

 最後の言葉を言い終える前に、ハサン・サッバーハは消滅した。

 ロクに話もできなかったひと時。情報も何一つ掴めなかった。

 しかし、それでも、確かにアースラ達は彼からは報酬を受け取った。

 この任務はただの掃討に非ず。

 

 これは、異界に束縛された英雄の魂を開放し、救う戦いでもある。

 

 

 ◆

 

 

 アースラ隊はライダークラスのサーヴァントに引き続き、アサシンクラスのサーヴァントも撃破した。準備を重ねた甲斐もあり、被害こそ被ったものの、ライダー戦よりも抑えられた堅実な戦果を残して見せた。

 

 この結果は、部隊を鼓舞するに十分な役割を果たす。

 

 サーヴァントは、決して敵わぬ敵ではない。冷静に対処すれば、打倒できる、手の届く相手なのだと理解すれば心の負担も軽くなるもの。

 あの人ならざる圧力を浴びれば誰でも気は滅入る。圧力を受け、気圧されれば付け入られる隙を生む。それはエミヤとしては、できるだけ避けたいものだった。

 そして望んだ二度目の戦いで見事アサシンを討ち倒し、武装隊の皆にも自信がついた。後はその心のゆとりを慢心に堕ちぬよう、適度に調節していくよう導くだけ。それだけで部隊はより良いポテンシャルを発揮する。

 

 「二戦目がアサシンクラスであったことが、幸運だったな……」

 

 エミヤは執務室で本局に送る報告書を纏めながら、安堵した声で呟いた。

 アサシンクラスは聖杯戦争のなかで、キャスターと並び戦闘力だけ見れば最弱の部類が多い。無論、どこぞの侍やら拳法家のような例外はあるだろうが、基本アサシンとはその高い気配遮断スキルを用いてマスターの命を直接狩る者。故に戦闘力は二の次でしかない。

 それに付け加え、今回の件のサーヴァントは皆、低ランクの狂化が施されてる。それもステータスアップという恩恵どころか、ステータスダウン、宝具ランクもダウンというデメリットばかりの不完全なもの。意識も刈り取られ、戦闘経験もろくに発揮できないという途方もない劣化状態だ。

 

 ”あれほど弱っているなら我々でも対処できる……が、三大騎士クラスになると話もまた変わってくるかもしれん”

 

 対魔力を持つサーヴァントは四騎。

 剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎兵(ライダー)

 

 ライダーは幸か不幸か初戦で斃すことができた。今思い返せば、最初に相対する敵にしてはあまりにも強大なサーヴァントだった。

 あのライダー、ゲオルギウスを除外すれば残る対魔力持ちは聖杯と聖杯戦争を創造した御三家御用達の強力な個体、三大騎士クラスの三騎。

 正直言って、今回勝利した暗殺者(アサシン)の比ではない脅威と言える。

 まず対魔力を持つ時点で、此方の攻撃手段の半分以上を縛られる。勿論、対魔力E程度の低級なものなら、突破できるかもしれんがそれでも不安要素であることに変わりはない。希望的観測は控え、気を引き締めた方がいいだろう。

 

 特に剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)はこぞって大英雄クラスが該当することが多い。実際にアルトリア・ペンドラゴン、クー・フーリンにギルガメッシュと三大騎士クラスに選ばれた英雄は化け物揃いだった……いや、例外もあるが。そう、例えば―――。

 

 「ふ……如何に弓が得意であったとしても、オレ如きがアーチャーのサーヴァントに選ばれていたとは。荘厳な彼らと比べると見劣りして仕方がない」

 

 弓兵でありながら、剣を好み、魔術の最奥を持つ魔術使い。

 我ながら詐欺じみたアーチャーだった。とても正統派というには程遠い。

 贋作者(フェイカー)の自分には、弓騎士なんて称号はあまりにも不釣り合いだった。

 しかし、それでもアーチャーと慕い、呼んでくれたマスターがいた。

 彼女と共に月の聖杯戦争を勝ち抜き、勝者となった元サーヴァント。

 この称号だけは卑下にするまい。嘲笑もしない。過小評価なんて持っての他だ。

 そう、あの過去があったからこそ今がある。この感謝と責務だけは、忘れてはならないのだ。

 

 『シロウ……いる?』

 

 決意を新たにしたところで、執務室の扉の向こうから自分の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。

 

 「フェイトか。ああ、入ってきてくれ」

 

 上司の入室許可が下りたので、フェイトは静かに扉を開いた。

 そのか細い両手には本国に送る追加の用紙の束らしきものが握られている。

 あまりの量にエミヤは軽く天を仰ぎたくなった。どれだけ詳細に書かせるつもりだ本局は。あの異世界での一分一秒の出来事も全て書き連ねろとでも言うのか。

 

 「執務官って、大変なんだね……」

 

 苦笑いしながらフェイトはそれをドンとエミヤのテーブルの上に置いた。

 

 「まぁ執務官補佐、だがね。この程度は慣れたものさ」

 

 そうは言うものの、見るからにぐったりとするエミヤ。

 上司として、あまり弱っているところなど見せたくはないが、こうも疲れが溜まると見栄も張りづらくなってくる。

 サーヴァントの頃は肉体も魔力で編まれていたから肉体的、精神的な疲れなど無縁に等しかったが、生身のある人の肉体だとそうもいかない。生前と同じように、飲食を省けば体を壊す。眠らなければ体調を崩す。疲れも蓄積するものだ。

 

 「まぁ、弱音を吐いてる場合でもないな……ところでフェイト、新しい武装の使い心地はどうだ。今回初めて実戦で使ったが、問題はなかったか」

 「うん。どの子もちゃんと言うことを聞いてくれたよ。これといって不安はないかな」

 

 フェイトは満足したように頷いた。

 なのは、はやて、フェイトの追加武装として贈られた砲撃支援用ユニット、ドラグーン。

 彼女達一人につき戦闘を補助する六機の端末機が用意された。時には自動砲撃を可能とし、時にはシールドを発生させる防御機構でもある。

 多少の魔力消費は食うが、この様子だとそれに見合う働きをしてくれているようだ。実戦で扱えるようにもなったのなら、上々の仕上がりというべきだ。

 

 「今回も君達には助けられた」

 「そんなこと、ないよ……精々支援するのがやっとだし」

 「十分だ。それでも十分すぎる働きをしてくれている」

 

 もはやフェイトたちは「子供だから」という言葉では収まらない力を持っている。

 自他ともに認めるアースラの最大戦力だ。アースラの誇るべき局員だ。

 だから、家ではともかく戦場に立つ以上は子ども扱いはしない。一個の戦力として起用する。それが自分なりの彼女らへの礼儀だとエミヤは思っている。

 とはいえ、彼女達の力に甘えて酷使するつもりはない。他の武装隊局員もそうだ。彼らは人であり、決して替えの効く部品ではないのだ。

 

 「シロウ……次のサーヴァントとの戦闘は、いつになるの?」

 

 まだまだやれるという意気込みが籠った声でフェイトは問う。

 彼女とてサーヴァントという存在に恐怖を感じているだろうに、戦意に衰えが見えない。

 これを勇敢と取るべきか否か。ともかく今は頼もしいものだと呟いた。

 

 「三日後だ。サーヴァントと戦闘後は必ず何日かクールダウンを入れる。疲労が蓄積した状態でアレらと連戦など、いつか取り返しのつかない亀裂を生む」

 「急いては事を仕損じる、だね」

 

 覚えたての言葉を瞬時に言えてむふーっとドヤ顔をするフェイト。

 ああ、こういうところが年相応の少女だと少し安心した。

 フェイトも、なのはも、はやても、子供とは思えないほどしっかりしている。だが、子供でいられるのは今しかない。今は存分に人に甘え、人を頼るべきなのだ。

 尤も、その子供が享受すべき自由を奪っているのは、他でもない自分達大人なのだが。

 

 「まぁ休暇と言っても、日々の戦闘訓練は必ず入れている……それでもある程度 体を休ませる時間くらいは得られるはずだ。フェイト。君もしっかり肉体の疲労を取っておけ」

 「うん…わかってる……でも、それはシロウにだけは言われたくないな。私、シロウが休んでいるところなんて見たことないよ。今だって忙しそう」

 

 部隊の指導に山積みの書類。おまけにサーヴァント戦闘後に休息の有無もなくこうしてデスクワークを続行している。フェイトからしたら、とても休んでいるようには見えない。

 

 「それに身体の傷が完治したと言っても、殆ど病み上がりみたいなもの。今アースラで一番無茶をしているのは、シロウ……貴方です。自分を棚上げしないでください」

 

 エミヤが皆を心配するように、皆もエミヤを心配している。

 そう訴えるフェイトの目はとても力強かった。

 

 「……まさかフェイトに注意される時が来ようとはね。オレもまだまだ未熟というわけか」

 

 その視線に参った、という風にエミヤは両手を上げて降参のポーズを取った。

 

 「確かに、この醜態を見せては説得力も欠けるというもの。以後、気をつけよう」

 「シロウは働きすぎだと思う。何か息抜きするようなこととか、ないの?」

 「…………ふむ。息抜き、か。精神統一くらいしかしてなかったが」

 「精神統一……どこかに遊びに行ったりは?」

 「最近はまったくだな。気づいたらこの執務室で書類と対峙している」

 「わ……ワーカーホリックだよそれは」

 

 重症だ。自覚がない分、なおのこと性質が悪い。

 そういえば、エミヤは事あるごとに執務室に籠っていた。

 顔を見せるのは有事の時だけ。休暇中も恐ろしいほど遭遇率が低い。

 少しは何処かに出かけていると思っていたが、まさかここまでとは。

 意中の男性がこの社会という波に擦り減っている現状を見たフェイト。

 

 なにやら彼女の心の奥底から、使命感めいた感情がふつふつと込み上げてきた。

 

 このまま放っていてはいけないという女の確信。引っ込み思案で大人しいフェイトではあるが、やるべきことを決断した際の行動力は高町なのはに勝るとも劣らない。

 意を決したフェイトは彼の鋼色の瞳を見つめて力強く問う。

 

 「シロウ。明日、戦闘訓練の後に何か予定ある?」

 「ん? 明日……明日か。今日で大方の雑務を纏め上げるつもりだから、丸々空いているな。少しアースラの備品の整備をしようと思っていたくらいだが」

 「その備品の整備は必須?」

 「いや、そう急ぐものでもないが………」

 

 とても珍しいフェイトの強い語調にエミヤは若干戸惑いながらも応える。

 その回答に、フェイトは満足げに頷いた。

 

 「なら明日、私と一緒に買い物にいこう!」

 

 彼女は有無を言わさぬ勢いでそう言った。

 そのフェイトの顔は、今まで見たことのないほど前向きで―――凛々しかった。




・今回暴れられたアサシンはFakeでハサンになれなかった狂信者ちゃんが使った断想体温(ザバーニーヤ)……そのオリジナルを扱うハサンです
 ゲオルギウス先生の後だと、少しインパクトが薄れてしまいますが、それでも多くのアースラ隊員を戦闘不能にするほど粘った暗殺者。描写不足で申し訳ない

・次回は久しぶりにフェイトちゃん回です
 戦闘から離れた息抜きの時間も必要(確信)

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