『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第63話 『魔拳士』

 倒れる。また一人、倒れ伏す。その惨状は死屍累々。既に二度の対サーヴァント戦を経験しているアースラにとって、これで三度目の戦闘となる。ようやく慣れてきたサーヴァントという規格外の相手との戦闘。武装も戦略も最初の時よりも幅は増え、深みも増してきた。また被害を被りながらも無事任務を達成してきた実績もある。だから、油断した? 否、違う。誰も油断などしていなかった。たとえ100回勝っても慢心しないのがアースラ隊だ。そのようなヘマはしない。ではなぜ彼らは蹲って壊滅状態になっているのか。そんな答えは簡単だ。敵が―――純粋に強すぎたのだ。

 

 奴は莫大な魔力を発しているわけではない。サーヴァント特有の元々ある魔力の塊であることを除けば、最初に戦ったライダーゲオルギウスの足元にも及ばない。強力な宝具も見当たらない。剣も槍も弓も持たず、徒手空拳ただ一つのみ。空を飛べる風でもなく、あくまで大地に足をついて戦っている。空戦を取れる魔導師の方がずっと有利なはずだ。

 それなのに奴は己の不利を悉く凌駕する。魔導師の障壁を拳一つで粉砕し、空を飛ぶ魔導師には近くの木々を掴んでありえない豪腕で投げてくる。それに直撃した魔導師は堪らず降下し、そこを拳で沈められる。時には強靭な跳躍力で空戦魔導師の空域まで飛び、また堕とすという人外じみた芸当までこなしてきた。お陰でアースラの大部分が既に削られている。たかが拳だけでだ。

 

 「悪夢だな……」

 

 エミヤはその魔拳士を知っている。知っているが故に対策は講じられると思っていたが、それほど容易い相手である筈もなく、彼もまた膝を地面につけて息を乱している。

 ただただ強い。バーサーカーである筈の彼は本来の技量を失っているはずなのに、暴力としての機能が極めて高い。合理的に動き、無慈悲に潰す。人間の壊し方であればサーヴァントの中でもトップクラス。対人戦のエキスパートと言える。

 

 「李書文……三度目の会敵。そして、三度目の窮地か」

 

 名もなき正義の味方の代表であった無銘のサーヴァントとして、マスターと共に戦い、その全てを破って見せた相手。されどもそのどれもが苦戦を強いられ、仲間の援護があってようやく打倒し得れた相手。三度目とはいえ、この脅威は依然変わらず。幸いと思うべきは、あの電脳世界で戦ったバーサーカー李書文よりも質が落ちていることくらいか。いやそれでも十分すぎるほどの殺傷力だ。慰めにもなりはしない。

 

 「どうするエミヤ。あの男、僕らの魔法を素手で粉砕していくぞ。絶対零度の氷結も、なのはやフェイトの砲撃も拳で砕いている。アレは、本当にかつては僕らと同じ人間だったのか?」

 

 クロノは呆れた表情で静かに佇む魔拳士を木の陰から黙視する。このフィールドは木々に囲まれた森林地帯。幸いにも隠れる場所は幾らでもある。しかし、いくら隠れたところであのバーサーカーが動き始めれば、すぐに一直線で魔導師が隠れている場所まで飛んでいくだろう。奴はなんらかの方法でこちらの居場所を感知している。魔力も隠蔽し、気配を殺しているにも関わらずだ。

 

 「まだ生前より弱いさ……あの状態であれば、厄介な圏境も使ってこれまい」

 「圏境とは?」

 「簡単に言えば感知不可能の透明化だ。何度もアレには煮え湯を飲まされた」

 「……恐ろしいな」

 「ああ、恐ろしい。だが今の奴はその圏境も使えなければ、持ち前の技量も存分には活かし切れない。活路が見出せないわけではないが、問題なのが」

 「純粋に強すぎる」

 「そこだ。あの手のタイプには遠距離で叩くのが定石だが、まさか魔法すら拳で叩き潰すなど常識外にもほどがある」

 「デタラメ人間の万国ビックリショーか、サーヴァントは」

 「あながち間違いではない――――なッ!?」

 

 軽口を叩き合っているエミヤとクロノの元に、バーサーカーは一瞬で跳躍。鍛え抜かれた脚による踵落としが彼らが身を潜めている木を真っ二つに裂いた。

 

 「くそっ、結構距離を取っていたぞ!」

 「気を辿っているのか……狂っているというのに、そこは変わらず器用な!」

 

 後退る二人は、回避と同時に砲撃と矢を放った。どちらも音速は超えている。

 

 「………■」

 

 狂った李書文はクロノの砲撃を拳で叩き落とし、エミヤの矢を素手で掴んだ。それはさながら曲芸師による大道芸。攻撃をまるで一種の演芸の如くあしらわれる。そして李書文はエミヤの矢を「返すぞ」と言わんばかりに投擲する。その威力はエミヤが放った戦車砲並みの威力を超え、迫り来る。

 

 「回避が……!」

 

 間に合わない。クロノの脳裏には脇腹を矢で抉られる己の身を想像した。下手をすれば、この場で死ぬことも考えられる。自分の最後が友の矢に射抜かれるなど御免被るが、実際問題、今どうやっても間に合わん。臓器がぶちまける最悪の未来を予測しながら対応が間に合わない絶望がクロノを襲う。

 

 「させるものか!」

 

 エミヤは咄嗟に矢を魔力に置き換え霧散させた。その結果、間一髪のところで矢はクロノを貫くことはなかった。あの矢を魔力で生み出した者がエミヤであれば、この世から消失させることもエミヤの任意次第である。

 

 「肝が冷えた……僕は、まだ生きているのか」

 「肝を冷やすことができるなら、まだ生きている証拠だ」

 「はは、違いない」

 

 エミヤとクロノは杖と剣を構え直す。

 

 「■■■……」

 

 一歩。また一歩。

 バーサーカーは歩を進める。

 着実に間合いを詰めてくる。

 

 「負傷した隊員たちは」

 「先ほど、なのは達が全員この異界から連れ出したと連絡がきた」

 「それなら」

 「ああ」

 

 二人は互いに視線を交わし、頷いた。

 もはやこれ以上の時間稼ぎは不要。

 

 「「一時撤退させてもらう」」

 

 クロノは懐から球状の玉を取り出し、李書文目掛けて投擲した。

 

 「………」

 

 李書文はその玉を防衛機構に従い、片手で受け止める。その瞬間、強烈な閃光が彼の目を焼いた。クロノ特性の目晦ましである。しかし彼は蹲ることもなく、ただその場で閃光が止むまで動きを停止するに留まった。もし自分を目晦ましに乗じて討とうもならば、即座に迎撃し、頭をカチ割る準備までして。

 尤も、その迎撃を行うことはなかった。なぜならば李書文と相対していた二人の青年はすでに離脱している。逃げるのであれば、追いはしない。だが挑むのであれば、叩き潰すのみ。それがバーサーカーたる李書文の機能。

 

 強者は異世界にて、静かに拳を収めた。

 

 万全と言えたアースラの任務は、こうして惨敗を喫した。慢心なく、無策なく。エミヤ、クロノ、なのは達新たな時代のエースの卵。その総戦力がたかだが武だけで押しのけられた。それも、本来のキレを取り戻していない狂戦士の拳にだ。これほどの屈辱があるだろうか。否、あるはずがない。

 何が足りない。これほどの戦力を有していながら、いったい何が。

 険しく高い壁を前に、彼らアースラは新たな対策を取るだろう。かの魔拳士を打倒する術を模索するだろう。そして、その先は必ず行きつく答えがある。まだ彼らが有している戦力のうち、この戦いでこそ、投入するべきエースならぬジョーカーが存在するということに。

 皮肉にも、それはエミヤやクロノが最終手段として温存していた者。後方に待機させ、前線には出さなかった者。そこまでの借りを、ましてや組織を引退した者にそこまでの危険を伴う役目を担わせまいと極力控えさせていた戦力。

 しかし、もはやそのような気遣いをできるほどの余裕はない。今回の敗北を機に、エミヤは下した。クロノは受け入れた。

 

 元聖王教会の騎士にして、今は引退した身である言峰綺礼を――――前線に出すことを。

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