サタデーナイトスペシャル   作:蒼穹の我慢汁

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上海ベイベ(後編)

 

 結果として、道頓堀でもアダムスキー大神殿でもこれといったトラブルはなかった。しかし、上海ベイベの情報もほとんど得ることができなかった。再びJAIL HOUSEに集まった面々には焦りの色が浮かんでいる。もう夜の帳が下りてくるころで、上海ベイベ捜索の一日目が終わろうとしているのだ。亜侠たちは早寝早起き、睡眠をバッチリ取るのが嗜みなので夜中に行動することはあまりない。

 そんな中、リーダーのポンテックだけが戻ってきていなかった。

 

「リーダー、どうしたんでしょう」

 

 美沙が少し顔を俯かせて言う。メンバーの中でも仲が良く、信頼しているリーダーが帰ってこないとあっては心配にもなるだろう。ピョートルは情報が単なるデマだろうと予測を立てながらも、戻ってくるように言わなかったことを後悔していた。

 重苦しい空気の中、JAIL HOUSEに新たな客人がやって来た。それはジャスティスウォリアーズのリーダー、ポンテックだった。しかし、様子が少しおかしい。

 

「ッ!? リーダー!」

「リーダー、どうしたんだその傷は!?」

 

 美沙とカーシムがポンテックに駆け寄る。ポンテックは重傷を負っているようだった。彼女は不敵に笑いながらも、一枚の紙を取り出す。

 

「へへ……ちょっと弾もらっちまってな。だけどな、サウナにいたヤクザをボコったら上海ベイベの情報を吐きやがったぜ」

「そんなところまで調べてたのか」

 

 ピョートルはポンテックの奮闘に感心しながら、彼女から紙を受け取る。そこには血の跡とボコボコにされて震えながら書いたのであろう、ヤクザの筆跡が残されていた。

 

「勘で行ったサウナにいたヤクザが気に食わなかったんでボコボコにしたんだ。そうしたら野郎、反撃してきやがった」

「そんな、ひどいです!」

 

 ポンテックの行動はどう考えても狂人のソレだが、美沙やカーシムは彼女に同情的だ。ピョートルは文章から、ボコボコにされた男が実はヤクザではなく動物園の飼育員であることを知るが、それは黙っていた。ポンテックは文字が読めないので、黙っていることが彼女にとっても幸せだろう。

 ちなみに、彼らは『オオサカベン』と呼ばれる多民族言語で会話をしている。これで大抵の人種、民族と会話や筆談ができる。

 

「よし、上海ベイベは動物園にいるみたいだ!」

 

 哀れな飼育員の文章を読み終えたピョートルは、みんなにそう呼びかけた。ポンテックは椅子に腰かけ、ぐったりとしていたが空元気を起こして手を振り、

 

「おう、さっさと行ってこい。アタシはちょっと休んでるからよ」

 

 と言った。ポンテックをJAIL HOUSEに残し、四人は「天王寺公園」を目指す。この公園の中には動物園があり、そこで名物となっている猿が上海ベイベと呼ばれているらしい。この猿は上海から寄贈されたもので、まさしく上海ベイベと呼ぶにふさわしいだろう。人ではなかったようだが、名前が一致しているとあっては仕方がない。

 

 動物園に到着した四人は、夜になり人気の少ない動物園を捜索する。上海ベイベは金色の毛並をしており、金糸猿という種類の猿らしい。しばらく歩いていると、美沙が一つの檻を指差して声を上げた。

 

「あ、いました! あれじゃないですか?」

 

 美沙の指先の檻の中では、金色の毛並をした猿がお尻を掻いていた。探していた上海ベイベで間違いないだろう。ピョートルが早速檻に近づく。

 

「よし、捕まえよう……あ、クソ! 鍵をかけてやがる!」

 

 当然のような気もするが、檻に鍵がかけてあったことでピョートルは悪態を吐いた。すると、美沙がピョートルを押しやり、檻の前に立つ。何やらガチャガチャとやった後、鍵の外れる音がした。

 

「ふー、開きましたよ」

 

 まるで泥棒のような鮮やかな手際に、ピョートル含め男性陣一同は引き気味である。「正義の味方なのに……」という副音声が聞こえてきそうだ。その様子を見た美沙は慌てて手を振る。

 

「い、いや、これは違います! これはそう、忍術……忍法『鍵開け』です! ニンニン!」

「お、おう……」

 

 ピョートルはその剣幕に気圧されながら頷いた。そして、全員で檻の中に入る。中に入ると、上海ベイベの体がとても大きいことに気がつく。これを連れていくとなるとかなり骨が折れそうだ。

 げんなりとするピョートルの前に、カーシムが出る。チームの中でも随一の巨体と筋肉を持つカーシムなら、上海ベイベに対抗できるはずだ。

 

「ワシに任せておけ」

「おお。頼むぞ、カーシムさん」

 

 ピョートルは期待を込めてカーシムの肩を叩いた。その肩は熱を持ち、既に筋肉が出来上がっているようだった。全員がカーシムの勝利を予感する。カーシムはその巨体を駆動させ、上海ベイベに飛びかかった。

 

「ふん!」

「うきー!」

 

 カーシムが上海ベイベに組み付くと、上海ベイベは唸り声を上げた。お互いがお互い、一歩も退かない攻防である。男たちの汗が飛び散り、むわっとした熱気が檻の中に広がる。傍から見ていても、凄まじい力のぶつかり合いだと理解できた。

 

「ふん! ふん!」

「うきゃきゃ! うきー!」

 

 幾度かの攻防の後、カーシムと上海ベイベは示し合わせたように体を離した。そして、ガッシリとお互い握手を交わす。

 

「良い勝負だったッ」

「うきー!」

 

 男の友情が結ばれたようである。周囲が呆然とする中、カーシムは戻ってくる。

 

「素晴らしい“雄”であった」

「そうか……ついて来てくれそうか?」

「それは知らん」

 

 どうやら、カーシムは失敗したようだ。しかし、何やら達成感めいたものを感じているようである。参謀のピョートルは胃を痛めながらも、縋るように栄介を見た。栄介はピョートルの視線を受け、自信満々に頷くと礼服の上着を脱いだ。

 

「どれ、神の教えを説いてやろう」

「がんばってくださいー!」

 

 美沙の応援を受け、栄介は振り返らずに手を挙げる。猿に宗教が通じるのだろうか。しかし、信者にしてしまえば言うことを聞くような気がする。栄介は胸の前に手を当て、慈愛の表情でベイベを見つめた。その心は聖母マリアのように澄み切っている(と本人は思っている)。

 

「よし、猿よ。お前に有難い教えを授けてやろう。まず、神は世界を――」

「うきー!」

「ぐええッ」

 

 ダメだった。猿に宗教はわからない。先ほどのカーシムとのやり取りで興奮していたのもあってか、上海ベイベは栄介の足を掴んであっさりとひっくり返した。

 

「くそう! 畜生がッ!」

 

 栄介は腰を抜かしながらも元気に悪態を吐いて帰ってきた。ピョートルはやれやれとため息を吐く。そしてふと、視線を感じることに気づいた。周囲のみんなが、ピョートルを見つめていたのだ。その目は雄弁に「お前はやらないのか?」と語っている。

 

「え、俺もやらないとダメ?」

「それはそうだろう。みんなやったんだ」

「美沙もやってないぞ」

「女の子にこんなことをさせるつもりなのか? おお……神は嘆いておられる」

「男らしくない。さっさと行け」

 

 ピョートルは栄介とカーシムに押され、上海ベイベの前に飛び出してしまった。間近で見ると、更に大きい。

 

「ちくしょー」

 

 ピョートルもジャスティスウォリアーズの一員である。ここで逃げたら男が廃る。意を決して飛び込んだ。もしかしたら、奇跡が起こるかもしれない。この大阪では何かの拍子に超常的な力を手に入れたり、相手が突然動かなくなったりすることは日常茶飯事である。その天運にかけるしかない。

 

「うきー」

「うわああああ」

 

 ピョートルはあっさりと吹き飛ばされ、みんなの下に落下した。

 

「ぐえっ」

「……まあそうですよね」

 

 ボソッと呟いた美沙の一言が何よりも痛かった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四人は動物園の関係者に見つからずに帰って来れたものの、成果を上げられなかったことでポンテックをガッカリさせることとなった。バッドニュースは傷に響きそうである。

 そして、五人は一般的な亜侠らしく朝まで睡眠を取ることとした。睡眠は大事である。人間、ひいては生物の生活習慣は地球の自転を基準としており、一定の生活サイクルを保つことはとても大事なのである。よって、このような非常時にぐっすりと朝まで眠ることは大阪では何らおかしいことではない。

 

 やがて、上海ベイベ捜索二日目の朝がやって来た。期限は捜索三日目の朝までである。十全に行動できるのは、今日が最後だろう。

 JAIL HOUSEに集まった面々は作戦会議を行う。まず、栄介がポンテックの腕を掴んでこう言った。

 

「私はリーダーを医者に見せようと思う。具合が悪そうだ。神の愛で治せれば良いんだが……」

 

 栄介は傷のせいか青い顔をしているポンテックの前で十字を切る。非常に縁起が悪く、ポンテックの気分も良くない。しかし、提案した内容はまともである。

 

「それじゃあ、俺たちは昨日の動物園に再チャレンジしよう」

「ああ、今度こそ捕まえよう」

 

 ピョートルに賛同し、カーシムがそう言う。栄介がポンテックを病院に連れて行き、他三人が動物園へ行くこととなった。

 カーシムが自転車で、ピョートルが美沙のヴェスパに乗せてもらって動物園へと向かう。カーシムの自転車は本人の身体能力を受け止め、最高のパフォーマンスを発揮した結果、ヴェスパを易々と追い抜いて動物園に辿り着いた。

 

「ハッハッハ。二人とも、若いのに遅いぞ!」

「こっちはオートバイなので、これが限界です」

 

 何やらおかしい会話だが、「カーシム故致し方なし」という気もする。ピョートルはそう自分を納得させた。それはともかく、三人は迷わず上海ベイベの檻の前に辿り着く。朝ということで人もいるが、善は急げという気持ちで決行する。檻の鍵を開けるのは当然、美沙だ。

 

「はい、開きました」

 

 昨日で構造を把握してしまったのか、檻の鍵は美沙の手によって瞬く間に開錠させられた。あまりの手際にピョートルたちの脳裏にモンキーなパンチが思い浮かぶのだが、彼らの気のせいだろうか。

 彼らが檻に足を踏み入れると、上海ベイベは「またか」という顔をした。

 

「よし、ワシに任せてくれ」

「カーシムさん、今度はキッチリ最後まで相手してくれよ?」

 

 気合を入れるカーシムに、ピョートルは念を押した。ピョートルはもう、昨日のような思いをしたくないのである。カーシムは自分のぶ厚い胸板を叩くと、

 

「任せておけ」

 

 と、言った。カーシムは上海ベイベの前に立つ。ベイベも、昨日の今日とあっては容赦するつもりはないようだ。殺気立ち、毛が逆立っている。カーシムは無駄のない足運びでベイベの体の内側に入り込んだ。そのまま腕を掴む。

 

「ふん!」

「うき!?」

 

 なんと、ベイベはあっさりと倒された。カーシムは首に腕を回し、ベイベの首を締め上げる。ベイベは苦しそうに唸り、必死に腕を外そうともがくが万力のようなその力に抵抗は弱まっていく。

 

「う、うきー……」

 

 数分後、ベイベは失神した。カーシムはベイベの巨体を軽々と持ち上げて檻から出る。

 

「よし、見つからないうちに行くぞ」

「お、おう」

 

 ちょっとかっこいいなと思ったピョートルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭の下へと上海ベイベを連れて行く。ベイベの巨体を見た蘭は何処かに電話をかけ、何度かやり取りを行った後に電話を切った。そして、首を横に振ってこう言った。

 

大幇(たいばん)が探しているのはこれではない。それから、新しいベイベの情報が入った。どうやらミナミのSMクラブに上海ベイベという麻薬があるようだ」

「麻薬?」

 

 もう、人でも動物でも何でもない。マンハントとは一体なんだったのか。そんな疑問がピョートルの頭を過る。

 

「とにかく、調査をしに行ってくれ。探しているベイベかもしれない」

 

 前金をもらっている手前、細かいことを気にするのは良くない。他のメンバーは微妙だが、ビジネスとしての考え方くらいはピョートルにもある。ここは言う通りにした方が良さそうだ。

 蘭の言葉に従い、SMクラブには調査に向かう。その前に、JAIL HOUSEに集合だ。先ほど連絡があったが、どうやらポンテックが無事に治療を終えたらしい。

 

 三人がJAIL HOUSEに向かうとそこには栄介の姿があった。ピョートルは早速ポンテックの様子を聞く。

 

「栄介、リーダーの調子はどうだ?」

「ああ、ご覧の通りだ。神の奇跡によって治癒したかのように万全だ」

 

 栄介はテーブルでぐったりと項垂れるポンテックを見せ、自信満々に言った。その様子を見た美沙は心配になり、ポンテックに近寄る。ポンテックはかなり意気消沈しているようだが、しっかり治ったんだろうか。美沙は恐る恐る声をかける。

 

「リーダー、大丈夫ですか?」

「……おう。体は大丈夫だ」

 

 美沙にそう言ったポンテックの表情は暗い。治療がつらいものだったのかと美沙は推測するが、栄介はそれを否定する。

 

「治療は凄腕だったが、あのクリニックの雰囲気が馴染まなかったんだろう。私もあそこにはもう行きたくないね」

 

 栄介もしかめ面をして十字を切った。何においても十字を切る男である。しかし、一体何があったんだろうか。

 

「あのクリニック、院長がゲイで男の看護師とイチャイチャしながら治療するんだよ。ハゲるかと思ったぜ」

「うわあ」

 

 大阪では珍しくない光景だが、確かにそれを目の前でやられるのは厳しい。

 げんなりとした様子のポンテックだったが、新しい上海ベイベの情報を聞くと顔色を変えた。そして、上海ベイベのある場所を聞くとまたもげんなりした表情に戻った。次の標的はSMクラブ。そういった性関係の場所にはもう立ち寄りたくないのである。

 

「ピョートル、お前がSMクラブに行ってこい」

「え、俺が?」

 

 突然の指名にピョートルが動揺する。しかし、この選定は的を得ていた。なぜなら、このチームの中で十人並みに恋愛経験があるのがピョートルだけだったからである。大阪では恋愛経験の少ないものが恋愛強者に近づくとたちまちトリコにされてしまい、酷い時には奴隷のように扱われるのだ。

 

「じゃあちょっと行ってくる。乗り物貸してくれ」

「それじゃあ私のオートバイ貸してあげます」

 

 ピョートルは美沙のオートバイに乗ってSMクラブに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピョートルはすぐに帰ってきた。どうやら、既に蘭の下へ麻薬を届けた後のようだ。

 

「あっさり手に入ったが、あれも上海ベイベじゃないらしいぞ。それから、新しい情報だ。道頓堀にある中華料理屋の看板が上海ベイベって呼ばれてるそうだ」

 

 随分と手際の良いピョートルに、一同はどうやって麻薬「上海ベイベ」を手に入れたのか気になった。聞いてみると、ピョートルは笑いながら、

 

「ああ、アヤメって女が『抱かせてくれるならただであげる』って言うから、やらせてやったら下手くそだったからビンタして麻薬だけもらってきた」

 

 と答えた。最低である。一同ドン引きである。バンドマンはクソと辞書にも載っているが、この『エル・マリアッチ』を愛する男も同様であった。

 ともあれ、あれやこれやの事情で疲労したピョートルを除く四人は道頓堀へと向かう。期限まで時間もない。明日の朝までにはベイベを発見し、捕獲しなければならないのだ。ピョートルからベイベの詳しい特徴を聞き、四人は道頓堀の中華料理屋に向かった。

 

 道頓堀に到着した四人は、周囲から漂ってくるおいしそうな匂いに魅了される。大阪一、いや東洋一と言っても過言ではない繁華街は屋台から本格的な料理店まで多種多様に揃っている。その中に、目的の中華料理屋を見つけた。

 

「あれじゃないですか?」

 

 美沙は目敏く、ピョートルに教わった特徴と一致する中華料理屋を発見する。その中華料理屋の前には確かに看板があった。看板はチャイナ服を着た美女の姿をしている。ポンテックは看板に近づき、怪訝な表情を浮かべた。

 

「なんだあ? 普通の看板にしか見えないな。これのどこが上海ベイベだって――」

 

 ポンテックが「上海ベイベ」の名を口にした瞬間、看板は固定されている場所から自分の身を引きはがし、猛然と四人の前から走り出す。あまりの出来事に四人は呆然とし、このような名状し難い出来事に精神を揺さぶられる。しかし、四人はすぐに気を取り直して看板を追う。

 

「追うぞ! あれが多分ベイベだ!」

「よし、ワシが愛馬黒王号(自転車)で追いかけよう!」

 

 ポンテックと栄介は車を所持していたが、乗っている暇はないだろう。カーシム以外の三人は自らの足で看板――ベイベを追いかける。そして、カーシムは黒王号を駆り、凄まじい速度でベイベに迫る。ベイベも相当なスピードで走るが、徐々にその差は狭まっていく。

 道行く人々はあまりの速度に、ベイベとカーシムの二人の姿が影のようにしか捉えられないだろう。やがて、ベイベの姿を射程範囲に捉えたカーシムは黒王号を飛び降りる。

 

「ふんッ」

「ちくショー!」

 

 どうやらこの看板は喋るらしい。カーシムはそんな奇々怪々な異変に惑わされず、しっかりとベイベを押さえつけた。それから、ポンテックら三人がようやく追いつく。

 

「流石だなカーシム。よくやった」

「早速蘭さんのところに行きましょう!」

 

 ポンテックが労いの言葉をかけ、ベイベを縄で拘束した。四人は蘭の下へ向かう途中、JAIL HOUSEに寄る。ピョートルを回収するためだ。

 ピョートルは意思を持って動き、「離セー!」と喚き立てる看板を見て精神的な動揺を受けるが、自分のチームメンバーを眺めて精神の安定を取り戻した。忍者、謎の宗教家、巨漢おじいちゃんと一緒に並べてみると、喋って動く看板も意外と違和感がないかもしれない。非日常の一コマだと、ピョートルは自分を納得させた。

 

 中華街、代筆屋蘭桂房に五人が入る。中はあまり整理されておらず、ごちゃごちゃしていた。本棚には難しそうな本が並び、古びた机と客用の椅子が並んでいる。五人とベイベを見ると、蘭はすぐに反応した。

 

「ほう。長い年月を経て魂を得たものの、逃げ出したというのはこいつか」

 

 蘭は感心したように言う。

 

「つまり、これが本物か?」

「ああ。これが捜していたベイベだ」

 

 ピョートルの問いに蘭が頷き、依頼は達成となった――かに見えた。

 蘭の言葉を受け、縄に繋がれていたベイベが暴れ出す。力のままにもがき、ベイベは縛られていた縄から逃れた。このままではどこかに逃げ出してしまうだろう。

 

「あ、こいつ!」

「捕まってたまるカ!」

 

 ポンテックの言葉に、ベイベは入口へと駆けながらあかんべーをする。逃がすわけにはいかない。ここで逃げられたら、正義が実行されないのだ。あと、ジャスティスウォリアーズのみんなはお金も欲しいに違いない。

 素早く行動したのは、忍者装束を身に纏う美沙だった。すぐさま一歩前に出ると袖口からスミス&ウェッソンM36、通称チーフスペシャルを取り出して発砲した。あまりの早業に周囲の人間には袖から銃弾が飛び出したかのように見えるだろう。

 

「忍法『チーフスペシャル』!」

 

 まったく忍法ではないが、生身の人間なら重傷を負うような弾丸の雨がベイベに降り注ぐ。しかし、ベイベの体はキンキンと音を立てながら銃弾を弾く。その体の表面には多少の傷がついているものの、ほとんど無傷であるように見えた。

 

「馬鹿メ! そんなものが効くカ!」

 

 ベイベはせせら笑いながら、その身を巨大化させる。先ほどまでピョートルと変わらない程度の大きさだったベイベは、いつの間にか蘭桂房の天井に迫るまで大きくなっていた。ポンテックはトカレフ、栄介はベレッタを準備しながら、その異様な光景に口を開けている。そんな中、カーシムは果敢にもベイベへと走り出した。

 そして、ピョートルは――。

 

「ハハハハハ! ヒャッハー! ロックに弾けやがれ!!」

 

 何が彼の琴線に触れたのか、ピョートルは狂ったような声を上げて愛器『エル・マリアッチ』を掲げた。そして、響く爆音。何と、『エル・マリアッチ』からはロケット弾が射出されていた。これが音楽を愛する男のすることなのか。音楽を冒涜するような行為だが、周囲の一同は承知の上だったのか、できるだけ気にしないようにしている。後ろで傍観していた蘭と、ロケット弾をぶち込まれたベイベはさぞかし驚いていることだろう。

 しかし、ポンテックはピョートルの発狂とは別の懸念があった。

 

「粉々に爆破してねえだろうな……」

 

 確かに、その恐れはある。ベイベが粉々になってしまった場合どうなるかはお察しである。報酬の札束からは羽が生えて飛び去り、最悪の場合大幇に命を狙われることになるだろう。

 だが、爆炎が晴れると良い色に焦げ付いただけで元気そうなベイベの姿があった。

 

「よくもやったナ!」

 

 ベイベはぷんすかと怒りながら腕を振る。まだまだ元気そうである。ロケット弾が射出されるギターも、それを受けてほとんど無傷な看板も明らかにおかしいが、正義の使者は細かいことを気にしない。美沙はすぐにテーブルの影へ入り込みながら、ワルサーppkを袖口から抜き放った。

 

「忍法『ワルサー』!」

 

 何でも忍法にしてしまう。しかし、その技術は凄まじい。まさしく“忍術”と言えるレベルの早業である。美沙が声を上げるころには銃弾がベイベに届いているのだ。

 

「サツガイ! サツガイ!」

 

 完全に語彙力と思考能力を失ったピョートルも『エル・マリアッチ』を掲げて銃弾をベイベに浴びせていく。銃弾が雨のように射出されるのを見ると、もはやギターではなく血戦兵器と呼称するべきだが、ピョートルは戦闘が落ち着けば音楽を愛する男に戻るのだろう。弦が切れていないことを祈る。

 

「お前も道連れにしてやル!」

 

 ベイベもこの銃弾の雨には堪えたのか、肩を破損しながらも近くまで迫って来ていたカーシムへと向かっていく。カーシムは当然、これを受ける構えだ。乾布摩擦にでも使うのであろうタオルを取り出しながら迎え受ける。そんな武器でいいのかとも思うが、硬貨を武器として欲しがる老人である。無理もない。

 

「ふん! ふん!」

 

 近づいてくるベイベに、カーシムはタオルを振り回す。クウェートでは戦場狂想曲の異名で畏れられたカーシム。振り回すタオルは、まるで衣服のようにカーシムの巨体を覆っていく。クウェート戦の当時、カーシムのこの技を見たイラクの兵士は「ドレスを着ているようだった」と声を震わせながら語ったものだ。

 ドレスが幻視されるほどのタオルの暴風に巻き込まれたベイベは、その巨体を大きく宙に浮かせる。

 

「ぐええェー!」

 

 銃弾、ロケット弾でもほとんど無傷だったベイベの体は、カーシムのタオルによって半壊した。腕は取れ、左足も破損している。ベイベは(出ないけど)涙ながらに命乞いをする。

 

「か、勘弁してくレ! わかった、オレの負けだヨ!」

 

 ベイベは、自ら足を引きずって蘭の下へ向かった。余程カーシムが恐ろしかったのだろう。周りで見ていたメンバーもあの状態のカーシムには近寄りたくないものだと、心から思った。蘭が何処かへ電話をすると、黒服の集団が現れてベイベを連れていく。

 

 かくして、正義は実行された。蘭は満足気に札の束を五つ取り出すと、ポンテックに投げて寄越した。

 

「見事な手際だった、ジャスティスウォリアーズの諸君。君たちのおかげでこの中華街、ひいては大阪の平和は守られただろう」

 

 蘭の言葉に、チームのみんなは喜びの色を浮かべる。ジャスティスウォリアーズは見事、身勝手な正義を貫けたのだ。動物園からは名物の猿がいなくなり、麻薬売人のアケミもピョートルのことを思いだしては泣くだろうが、これで良いのである。

 ポンテックは胸を張り、蘭の言葉に応える。

 

「ああ! また何か困ったことがあればアタシたち、正義の戦士――ジャスティスウォリアーズに任せてくれ!」

 

 ポンテックは札束を栄介に手渡し、颯爽と蘭桂房を後にする。チームのメンバーもそれに続いた。彼らは、これからもこの大阪で正義を実行する。時には五大盟約と争うこともあれば、メンバーに死人が出ることもあるだろう。それでも、彼らは突き進むのを止めない。すべては正義のために、すべては正義のために!

 





 読了ありがとうございました。もしよろしければ、感想欄に今回のMVP(もっとも活躍した人)と、ジャスティスウォリアーズそれぞれの評価をください。

 評価は、どんな働きをしたかで以下の中から選んでください。
・親分:チームをまとめた、仲間を助けた。
・闇商人:売買を行った、取引をした。
・殺し屋:敵を倒した/殺した、破壊工作や襲撃を行った。
・用心棒:仲間や依頼人などを守った、厳しい状況で生き残った。
・色事師:色香で何かした、デートやエロいことをした。
・ペテン師:巧みな交渉を行った、シャレた嘘を吐いた。
・泥棒:アイテムを盗んだ、警戒厳重な場所に忍び込んだ。
・走り屋:競争や追いかけっこに勝った、何かを運んだ。
・情報屋:有益な情報を手に入れた、謎を解いた
・裏職人:アイテムを作ったり、仲間を治療した
・キジルシ:常軌を逸した行動を取った、頭がおかしい
・ダメ人間:何もしなかった、チームに迷惑をかけた

例(あくまで一例です。お好きなように記入ください)
MVP:ポンテック、ポンテック:親分、カーシム:殺し屋etc...

 というように、もしよろしければ評価をくださると嬉しいです。ちなみに、この評価の結果が彼らの成長につながるので、そのあたりも考慮してみると面白いかもしれません。
 それでは、読了お疲れ様でした。そして、読んでくださってどうもありがとうございます。またの機会があれば、よろしくお願いします。
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