艦娘戦記 ~Si vis pacem, para bellum~   作:西部戦線

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お待たせしました
予定では昨日投稿する筈が、夜勤の為、無理でした。
遅れて大変申し訳ありません。







第二話「戦争と着任と……」

 

戦いは相手次第。生き様は自分次第

 

――小野田寛郎――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1939年 ラバウル周辺海域

 

 

 

 

 深海棲艦が出現してからというもの、人類が海上で活動する機会は以前より減っていた。

 それはある程度の海域を取り戻した現在でも変わらず、政府主導の下、無闇な海上航行を控えると同時に人々も、未だ癒えぬ恐怖心ゆえ、好き好んで海へは出ようとしない。

 よって、海上を航行するものは輸送船や漁船を除き、残りは軍関係を占める。

 特に激戦区ともなる此処、ラバウルでは、航行する存在の大半が人類軍もしくは深海棲艦のどちらかのみ。稀に迷い込んだ密漁船位のものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 青い空の下、穏やかな海を疾走するものが複数あった。

 

 それは二本足で立ち、周りを警戒しつつもまるでスケートで滑るかの様に進む。

 此処まで説明されれば艦娘か深海棲艦のどちらかを想像するが、答えは否。

 事実、疾走する者の服装は緑色を基調とした軍服に鉄帽、各種弾薬ベルト。そしてライフルを装備しており、歩兵を思わせるものだ。

 しかし、尤も異色なのは、足に取り付けた鉄脚で、時代錯誤な中世の甲冑を思わせる作りをしており、そこから推進力を得ているのか、駆動音と水柱を上げている。

 

 

 

 特別水上駆動歩兵。通称水歩兵。

 深海棲艦は元より、艦娘とも違う海上を船舶以外で疾走できる第三の存在。

 艦娘技術を応用し、歩兵を海上で活動できるようにしたもので、主に哨戒や偵察、艦船防衛といった様々な任務は勿論、深海棲艦との戦闘や上陸任務までこなす一種の便利屋でもあった。

 主な特徴として、艦娘とは違い適正等は関係なく、訓練を積めば誰でも成れる兵科である。また、弾薬や燃料の消費も艦娘より少なく、速度こそ最高28ノットまでしか出せないが、下手な低速船舶や場合によっては、低速の戦艦艦娘よりも早い為、使い勝手は良いと言える。

 実際に戦場で戦果を一番あげるのが艦娘ならば、逆に戦場で一番活用されているのが彼ら水歩兵なのだ。

 

 

 

 では、何故彼ら以外の存在、艦娘を運用しているのか。

 それは、彼らはあくまで水上で活動可能な歩兵だからであろう。

 

 

 

 深海棲艦は、艦船を小型化して尚且つ火力や防御力をそのままにした様な存在である。

 人型種の持つ防護膜、通用『シールド』は、各艦種が持つ装甲と同じ強度があり、シールドを持たない非人型種であっても、代わりに持つ装甲は銃弾や手榴弾程度での突破を不可能にする強固さがあった。

 対して水歩兵は、航行時における風や波の影響を軽減させる程度の防護膜しかなく、尚且つ彼らの航行は時間制限が艦娘よりも圧倒的に短い。

 燃費の悪い戦艦種の最大航行可能時間が24時間に対して水歩兵は2時間。つまり1/12しか無いのだ。尤もこれは『航行時間』であって、海上を歩くだけならば、艦娘と水歩兵共に移動できるが、敵が居るかもしない海域で歩くなど自殺行為と言えるだろう。

 その為、基地からの敵地へ移動し、攻撃を行うという行為に向かない。もし行うならば人員輸送の艦船を用いて移動を行い、そこから出撃する事となる。

 だがこれはまだ小さな問題だ。

 元々艦娘も遠くで作戦を遂行する際は疲労や長期戦に備え、艦船に乗船。そしてそこを中継地点として活用する為、同じ運用にすれば良いだけ。

 

 一番問題なのは、最初に述べた防護能力不足であった。

 艦娘は深海棲海同様に各艦種に合わせた強固な防護膜を持っている。しかし、水歩兵はせいぜい銃弾を2~3発耐える位しか持たない。

 また、主戦場となる海上も問題で、群島や陸地が近く活用できる戦場ならば奇襲や撤退、防衛戦が容易だが、何もない大海原では隠れる事は勿論、攻撃を防ぐ場所が無く、不可能だ。よって、塹壕もない平地で戦車と対峙した兵士と同じ末路と化す。

 同時に問題なのは攻撃手段の欠如だ。

 彼らの主兵装は駆逐艦娘の主砲を使用できるように改良した三八式歩兵銃と最近開発され、未だに一部の部隊にしか配備されていない破甲爆雷。そして拳銃や手榴弾といった歩兵と何ら変わらないものである。

 中には弾幕形成のために軽機関銃を持つも者もいるが、牽制程度にしかならないだろう。

 

 防護は無く、攻撃手段も限られ、活動時間は陸より短い。

 そんな状況で敵艦船を相手にせよというのは無理な話だ。もし行ったとしても戦果と犠牲が割に合わないのではなかろうか。

 だからこそ艦娘が必要で、しかし数的主力は彼らとも言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正に最も死に近い兵科、水歩兵である彼らだが現在、一小隊にも上る数がこの場を航行していた。

 理由は単純で、近海における警戒網で敵深海棲艦の水雷戦隊を確認。応援を要請された為だ。本来ならば艦娘もしくは艦娘と水歩兵の合同部隊が増援として派遣される筈だが、生憎別戦線へ派遣されてしまった後で、尚且つ他の艦娘部隊は補給中。その為彼ら水歩兵のみが派遣される。

 

 

 

 

 

 海軍ラバウル鎮守府特別海兵隊。第一大隊所属。第二中隊下、第三小隊。

 

 それが彼らの部隊だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに海兵隊とは、水歩兵導入に伴い陸戦隊を解体し統合させた結果、その様な名前となった。また、陸軍の場合は水歩兵部隊を水陸隊と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小隊長! 間もなく戦闘海域に到着予定です!」

「よし! 基地へ伝達。我コレヨリ戦闘海域ニ侵入セリ。コレヨリ味方ノ救援ヲ開始スル、とな」

「了解!」

 

 

 時間差を感じさせないやり取りの後、小隊長と呼ばれた約三十代後半と見受けられる男が右手を挙げ、ハンドサインをする。するとそれまで三列に並び進行していたが、三角形を思わせる突撃陣形へと素早く移行。皆が戦闘準備を完了させた。

 その流れるような動きから、彼らの練度が高いことを伺わせる。

 

 

 双眼鏡やライフルのスコープ、味方からの通信によって敵位置を割り出そうとする中、陣形外郭で双眼鏡のレンズを見ていた兵士がお目当てのモノを発見した様だ。

 

 

「十二時の方向に敵水雷戦隊発見。距離にて3000、艦種はホ級1にイ級4の計5隻! 尚ホ級は『赤色』です!」

「どうやら苦戦してますな」

 

 

 直ぐに小隊長へと報告し、続いてより詳しい内容を記録しだす。

 彼の隣に居た兵士も同時に確認したのか、味方の状況について思わず声に出して呟く。

 彼が言った通り、その水雷戦隊は5隻編成で、味方哨戒部隊と交戦中の様だが現在の戦況は、味方に分が悪いらしい。哨戒部隊が一個分隊、つまり下士官含め11名なのに対し、確認した限りでは6名しか見当たらなく、恐らく既に戦死したと思われた。そして残る兵士たちも必死の形相で逃走しながらの射撃を繰り返している。

 

 

「指揮する人間が見当たらん……やられたか?」

「恐らくはそうでしょう。此の侭では全滅させられます」

 

 

 連絡があった方向へと首に下げた双眼鏡を向け、見ている小隊長は現状の深刻さを理解し、隣の副官も同意した。

 最初に受けた報告では、敵は6隻編成と聞いていたが、どうやら偵察隊が自力で仕留めたらしく、他にも駆逐艦2隻に損傷が見られる。しかし、他の敵艦は無傷で、練度がそれ程高くない分隊ではそれが限界なのだろう。

 

 

「第二、第三分隊は右側面に回り込め! 第四分隊は援護射撃を3分後に実施。第一分隊は俺と共に左からだ! よし、お前等生き残れよ、各員状況開始!」

『『『『「了解!」』』』』

 

 

 小隊長が直ぐに各分隊へと命令を伝達、命令を告げると各分隊は行動を開始、正に流れるような動きだ。

 

 そんな中、速度を変えず、一定の距離を保つ分隊が居た。

 援護射撃を担当する分隊であり、彼らが突撃した3分後に第四分隊が射程圏内まで近づくと持っている小銃を敵艦へと向け狙いを定める。

 

 

「距離、2000!」

「艦式弾装填! 第一射始め!」

 

 

 分隊長の指示に従い、一斉射撃する兵士達。見た目よりも多く煙を銃口から吐き出され、勢いよく放たれた弾丸が、敵艦隊へと飛んでいく。

 そして僅かな時間経過後。

 

 まるで駆逐艦が砲撃したような水柱と爆発音が戦場に響き渡る。

 爆発音からして恐らく敵艦に命中したものが有ったのだろう。水柱が発生した瞬間、爆炎らしきものが確認できた。事実、視界が回復して彼らの目に飛び込んできたのは、側面に被弾して黒煙を上げるイ級だ。

 

 遠距離からの支援攻撃に初弾で命中を出した事に思わず隊員たちに笑みが浮かぶ。

 しかし、高練度の成せる技か、直ぐに表情を引き締めると回避運動をしつつ次の攻撃への移行を迅速に行う。

 彼らは深海棲艦がどれだけ恐ろしい存在か嫌となるほど体験してきた。だからこそ次の行動を即座に実行。決して油断などしない。

 

 その行動は正しく、新たな敵に気が付いた敵艦隊は即座に陣形を立て直し、回避運動と第四分隊への砲撃を開始。

 先程まで分隊が居た場所へ砲弾が降り注ぐ。

 

 分隊もお返しとばかりに射撃を行うが、蛇行して回避する敵に命中や至近弾は見られない。先程の命中は敵が哨戒部隊に夢中であり、回避行動をしなかったからであって、此方に意識を向けた状況ではまず無理であろう。

 

 少しの間、互いの牽制射撃が続くが、深海棲艦に対して両側面より砲弾が降り注ぎ、形勢は人類側に大きく傾いた。

 

 

 

 

 

「06、07両名は哨戒部隊の生き残りを助けろ! 後は俺に続け!」

『『「了解!」』』

 

 奇襲に成功した彼らは、混乱している敵に更に攻撃をするべく、蛇行しながら接近し相手に狙いを定めさせない。

 逆に距離が300まで近づいた状況で水歩兵たちは命中率を大きく上げ、敵へ着実に損害を与えていく。

 そんな中、敵艦の中で旗艦的存在。つまり赤い目とオーラを出しているホ級が味方イ級へと何か指示を出す様子が見られる。それを見て小隊長は思わず舌打ちをして再び指示を出す。

 

 

 曰く、敵旗艦を集中して狙えと。

 命令を受けた兵士たちは敵ホ級へと攻撃を集中、しかし、決定打にはなりえない。

 

 

「ちっ、硬い!」

「やはり三八式の艦式弾では『赤艦』を撃沈させるのは難しいか!」

「構うな! 射撃を続けろ、敵艦を拘束させるんだ。それと『亀の子』用意!」

 

 

 隊員たちの苦悶を遮り鼓舞する小隊長は、部下に亀の子……つまり九九式破甲爆雷の使用を指示した。

 本来、破甲爆雷は、敵戦車を撃破する為に開発されたものだが、この世界においては、装甲型深海棲艦を撃破する為に珍しく陸海共同で開発されたものだ。

 形状は史実の九九式破甲爆雷と同じく、撃発装置、導火薬筒、尾筒、安全栓から構成された作りになっており、円形の形が亀に似ている事から陸海の兵士から共に『亀の子』と呼ばれている。

 

 しかし、この破甲爆雷は敵に取り付けて爆発させる吸着方式を取っている為、使用するには敵に接近しなければならない。

 敵艦への接近は大変危険を伴う。

もし、接近に気付かれれば直ぐに機銃掃射を受け、蜂の巣にされてしまうのだ。その為、他の隊が援護をして、敵艦の気を惹きつける必要があり、ハッキリ言って半ば特攻要員じみたと言えた。

 しかし、それだけに威力は絶大で、同盟国からの技術供用もあり、史実の九九式破甲爆雷よりも破壊力を増している。

 

 

「05頼んだぞ」

「了解! 任せてください」

「残りは俺と共に05を支援しろ! いいか、決して敵に攻撃の機会を与えるな! それと間違えて05を誤射するなよ。分かったら行くぞ、各員散解!」

 

 

 無線により他の分隊にも聞こえる様命令を発した後、作戦開始の号令が響き渡り、それぞれが与えられた使命を全うすべく敵へと挑む。

 イ級達は他の分隊が相手取り、着実に仕留めていた。そして狙うべき一番危険な相手、ホ級に対しては小隊長を始めとした者達が攻撃を行い、イ級へと合流させない為に分離と行動阻害を同時に行う。

 ホ級に対して命中弾を何度も浴びせるが相手は普通のタイプとは異なり強化型と呼ばれる赤艦。普通の装備で仕留めるのは難しい。

 それに赤艦は他の深海棲艦よりも練度が高いことで有名だ。下手に慢心すれば仕留められるのは彼らになる。

 事実、ホ級は時折、射撃を行う水歩兵達へ攻撃の合間を見つけるなり砲撃又は機銃掃射を行い連携の邪魔をしてきた。それに対して彼らは小隊長の指示や独自での判断を駆使して回避や反撃を続け、正に一進一退の攻防が続く。

 

 

 

 続く援護射撃が功を成してか、爆破要因がもう少しで敵に仕掛けられるという距離まで近づく事ができ、いよいよ仕掛けるべく途中しようとした瞬間。

 

 

 深海棲艦が彼の方を向いた。

 接近していた彼はこの時、ホ級と目が合ってしまい、自分達の目的がばれたと判断。一か八か自滅覚悟での突撃を慣行するべく、安全ピンを抜こうとした時。

 

 

「貴様の相手はこっちだぁあああ!」

 

 

 十一年式軽機関銃を乱射しつつ接近する小隊長によりホ級は再び意識を射撃側へと戻す。

 決死な覚悟での小隊長の行動で、好機がやってきたと分かった爆破要員は隊長と同様にホ級へと突撃。距離が10を切った段階で安全ピンを抜く。

 味方からの攻撃は自分への誤射を防ぐため現在止められており、実質小隊長がギリギリまで近づき行っている射撃だけだ。しかし、それ故、深海棲艦は近距離で攻撃を続ける彼を鬱陶しく思い意識を向け排除しようと躍起になる。

 

 

 故にそれが隙となった。

 

 

 眼前の敵を確実に排除するべく、機銃と砲塔が一斉に向き、攻撃を行おうとした瞬間。ゼロ距離まで近づいた『本命』が破甲爆雷先端部を叩いてからホ級の砲塔部に接着。瞬時に離脱。それを見た小隊長も急いで距離を離す。

 

 

 敵の不可解な行動と砲塔部に感じた衝撃を疑問に感じたであろう。ホ級は思わず行動を止めてしまい、まるで呆然としている様だ。

 だが時間は待ってくれない。ピンが抜かれ、先端部を叩かれてから約十秒。

 仕掛けられた破甲爆雷が起爆し、内部の爆薬が爆発。指向性を持ったエネルギーが砲塔の装甲を食い破り、爆炎が侵入。それが砲塔から弾薬庫へと伝わり。

 

 

 

 

 大きな爆発が発生。

 爆炎を天高く持ち上げた。

 

 

 

 

 深海棲艦の艤装もしくは体内には艦船と同じく燃料や弾薬が納められている。無論そこを破壊された場合の末路もまた、艦船と同じである。

 

 誘爆。

 艦船が沈む時、最も助かる見込みのないモノだ。

 

 

 

 

 敵艦の撃沈を確認した分隊は急いで集結。他の分隊を支援しとうとするが、どうやら同じように戦闘を終えたらしく、小隊長へと向かって集まる様子が伺えた。

 

 

「各隊被害状態を知らせ!」

「第一分隊欠員なし!」

「第二分隊欠員なし!」

「第三分隊も同じく欠員なし!」

「第四分隊も同様です!」

 

 

 それぞれの分隊から報告を聞いた小隊長は大きく頷くと隊員の顔を確りと見つめる。

 皆が皆疲労を感じさせるが、目は未だに輝いている。確かに疲れは感じるが、彼らはそんな事で戦意を決して失わない。もし同規模の敵が来たとしても隊員達は喜んで戦うだろう。何故なら彼らの絶望は既に通り過ぎて過去となったのだから。

 

 

「総員ご苦労! しかし、任務は帰るまでが任務だ。総員決して最後まで油断するな!」

「「「「はい!」」」」

「よし、いい返事だ。我々は哨戒部隊と共に帰還する。総員出発」

 

 

 自分の部下たちを見つめた小隊長はニヤリと不敵な笑みを浮かべた後、帰還指示を出す。

 哨戒部隊の救援を終わらせた彼らは、皆が無事である事を国や神、そして上官に感謝し、帰路へと就く。

 

 戦闘は終わった。

 今日は誰一人欠けることなく無事に済んだ。

 ああ、だから。

 

 

 

 

 今後も皆で生き残れますように。

 彼らはそう祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毎日を平和に過ごしている諸君。

 平和を謳歌することはどんな気分だろう。

 

 変わりない日々を愚かしくも退屈に感じていないだろうか?

 それとも「流石は平和の国だ。今後も平和が続くといいな」と能天気に考えているかい?

 

 海外の自爆テロや紛争、民族問題を「酷いね」または「怖いね」と言いつつ次の瞬間には忘れて友人や趣味に費やす時間へ戻る気分は楽しいだろうか?

 

 

 無論楽しいだろうね。

 自分達にとって『直接』関係のない事ですし、何より自分の時間は何事にも代えられぬ大切なものである。

 貧困国から輸送された原料を元に作られた服を着て、紛争国またはその周辺地域から輸出された石油を使う生活は楽で過ごしやすいものだ。

 

 別に非難している訳では無いよ。

 唯、自分の理不尽な出来事に精神的な不安をきたしてしまい、不条理な攻撃を周りへばら撒いているだけさ。

 事実、前世では自分もそんな生活を送ってきましたので文句は言いません。

 どちらかと言うと今の世界に来てから、前世が素晴らしいと再確認する為です。

 

 

 申し遅れました。

 今世界で艦娘へと転生した少女、時雨16歳です。

 

 艦娘学校へ入学し、卒業するまで約1年3か月。時間が経つのは早いもので、当時15歳だった私も既に高校生へ入学する歳となりました。1年ちょっとでは変化が見られませんが、この年頃の女子は気難しい為、娘を持つお父さんはちょっとした変化や雰囲気に気をつけましょう。発言次第で、反抗期に高低差が出るらしいので。

 最も私たち艦娘になると歳を取らなくなるので、見た目はどの道変わりませんが。

 

 

 

 

 

 それは兎も角。

 話しは変わり、唐突ですが、皆様、旅行はお好きですか?

 もしくは、経験は?

 

 旅行の醍醐味はやはり他国文化を見聞きし、実際に触れる事でしょう。

 そして国際交流の素晴らしさを実感出来る事。

 

 残念ながら私は前世において一度だけ、しかも会社の出張関係で、某ビールとソーセージな国へと行った位です。

 現地の言葉や習慣を覚える事は大変な労力でしたが、それに見合う。否、それ以上の成果を得られたため、貴重な経験でした。

 

 ですが、今世においては何と16の身で海外へと赴くことになり、戸惑うばかり。

人生何があるか分かりませんね。

 

 そして今回出向いた国は何と南太平洋のニューブリテン島。

 オーストラリアに近く、日本に比べ暑く、自然豊かな土地です。

 

 

 

 やはり今世初の海外という事もあり、私の心は様々な感情に満ち溢れました。

 

 

 

 飛行機を降りてからその暑さを一身に受け、現在冬な日本との違いに殺意を抱きますね。

 

 上を向けば強い日差しと青い空。今日は雲一つない快晴である為か、最早拷問を思わせる日光で、太陽に向かって呪詛を吐きそうになりました。

 

 左右を向けば飛行場だから当然、様々な軍用機が見受けられますが、フェンス越しに見える日本では見られない南国風の植物達が私を出迎え、まるで不幸な自分をあざ笑うかの様で苛立たせられます。

 

 そして真正面。軍事施設として整備され、大きく、しっかりした造りを持つ我が大日本帝国が誇る最前線の航空基地。これからこの場所を発って、重い足を引きずる様にお目当ての場所へと向かわなければいけません。

 車前で待機している兵士たちを殴りたくなる気分です。

 

 それらを見聞きし、実感した気分はそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッキリ言ってクソである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所の名はラバウル。

 前世でも様々な戦いの舞台となり、地獄と化した戦場。それはこの世界でも変わらず、相手がアメリカから深海棲艦へと変わっただけ。

 史実同様、相手がこの基地を放っておいて、他へと戦力を振り分けてくれるならまだ救いがあった。しかし、奴ら深海棲艦はそんな頭は無いのか、全力で当基地を攻撃してくる。それはもう陸軍の無能(むたぐち)が如く、他の泊地や基地はお構いなし、ラバウルに突撃の一点だ。

 無論敵を多く倒せているが、その分犠牲も馬鹿にならない。

 

正に地獄の一丁目で、別名、天国に最も近い場所とは何たる皮肉か。

 

 

 

 

そんな場所に何故私が居るのだろう……。

 

 

 

 

 いや、原因は分かっている。

 教官が話した私に対する評価と新戦術テスト。これらを分析すると私が提出したレポートを評価した結果に違いない。

 確かに私は、将来の為、そして昇進の為にレポートを前世における知識を動員して作成した。ちゃんと何度も目を通し、上層部から敵視される内容は見当たらなかった。だからこそ問題なく評価されたのだ。

 

 問題は上層部が私を、そしてレポート内容を予想以上に評価した点だろう。

 

 恐らく新戦術を評価するのは良いが、前線における実施試験を早く済ませたい事と発案した私自身が戦地にて取り組む事で、現場とのすり合わせをスムーズに進めたいと見て取れる。

 要は、早く結果出したいし、お前の提案だからお前が責任とれよ。

 と、上は申しているのだ。

 

 ……余りにもバカバカしい。

 もし、この時代に労働相談所があれば私は迷わず駆け込む。

 

 そもそも私は、出世する為にレポートを作成したのであって、最前線に出る為ではないのだ。しかし、蓋を開けてみれば、上層部は私を最前線へ派遣し、新戦術のテストを命令してきた。全くもって不愉快かつ理不尽な事態。

 

 しかも、私が提出した書類を上層部は選考し、尚且つ強く推薦した。つまり、これに失敗しようものなら態々推薦した彼らの顔に泥を塗る事になり、私の出世街道が奈落へと方向転換。最前線での酷使が決定づけられる。いや、『それだけ』ならまだ良い。最悪の場合は比喩的ではなく、物理的に首が飛んでしまう。

 最早私に残された道は、成功させて名誉と昇進を得るしかない。

 

 

 

 

 本当に……どうしてこうなった?

 

 

 

 

 私は何度目かも忘れた疑問符を脳内で再生させ、この世の理不尽を嘆く。

そして私をこの世界へと追いやった神モドキを心の底から呪う。

 

 そもそも。こうなった根本的な原因は、あの神モドキだ。

 奴がこの世界に私を転生させなければこんな危険な目に合わなかった筈。

 おのれ神モドキ。

 いや、奴には神モドキという名も不適切だ。ならば別な名前、そうだ謎の存在Xで十分。奴の名は存在Xだ。うんそれで行こう。

 前世で仲が良かった同僚にネーミングセンスが上司と同じと苦言されていた自分であるが、今回は中々良い名を決められた。恐らく、線路に突き落とされた挙句、電車にはねられて死んだ元上司もあの世で絶賛しているに違いない。

 そう考えると『極僅か』だが、ヤル気が出るというもの。

早く奴を殺さなくてはならない。

 

 

 私の未来と平穏の為にも。

 

 

 よし、覚悟は決まったから、今は兎に角、現地の指揮官に挨拶しなければいかん。

 私の様な新参者がでかい口叩いて「新戦術試す為に来ました」なんて言えないうえ、言った瞬間全てが終わる。だから此処は友好的にそして愛国心を持った感じで接そうではないか。

 無論、ユーモアある上司の場合は、それ相応のジョークを返さなければならない。

 全く社交辞令とは前世で慣れているとはいえ難しいものだ。

 

 

 

 

 しかし、何事も初めが肝心だ。

 私は前世の社会人としての経験をフル活用し司令官へとコネを作る。

 そうだ。だから先ずは、基本を思い出せ。

 

 

 

 

 

 営業の基本……真面目な態度と柔軟な思想、そして笑顔だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラバウル基地 特務司令室

 

 

 その部屋は、薄暗く、何処か陰湿だった。

日中にも関わらず、窓を閉め切り、外から入ってくる光はカーテンから漏れ入る僅かな量のみ。

 また、室内は、特務司令室の主が吸う煙草により、煙が充満。独特の匂いと煙さを感じさせ、この場に嫌煙家が居れば、直ぐに部屋から飛び出るか、部屋の窓を全開にするかのどちらかであろう。

 

 そんな部屋の主は煙草の煙を曇らせながら、書類確認や判を押す作業を行っている。

 傍らには、艦娘の秘書つまり、秘書艦と呼ばれる者が書類整理を行い、時には自分の上官たる司令にお茶などを入れて気遣っていた。

 

 

「司令、今村司令官殿より書類です」

「うむ」

 

 

 彼の秘書官たる青い制服に身を包んだ艦娘、重巡洋艦の高雄は先程送られてきた書類を己が上司へと手早く渡す。

 傍から見れば理想の上司と部下な関係に見え、事実、即座に受け取った書類へ目を通し、素早く判を押す様子を見ると正に阿吽の呼吸を感じさせる。

 

 しばらくそうした時間が続くと唐突にドアをノックする音が室内に響く。

 書類に視線を向けたまま司令は単純に入室を許可すると「失礼します」と男性の声が聞こえ室内へと入ってきた。

 服装を見る限り衛兵の類に見え、彼の傍らには制服姿の艦娘、時雨が佇む。

 

 

「時雨一等水兵をお連れしました」

「そうか、ご苦労」

「ハッ! それでは、失礼いたしました!」

 

 

 簡単なやり取り後、衛兵は直ぐに退室し、残されたのは時雨と司令、そして秘書艦たる高雄のみとなった。

 一呼吸おいて時雨が見事なまでの海軍式敬礼を上官へと向け、口を開く。

 

 

「本日付で着任いたしました。一等水兵の時雨です!」

「長旅ご苦労。私がラバウル第2艦娘艦隊の司令、長石だ。よろしく頼むよ」

 

 

 気怠そうな言葉を返す司令だが、その瞳はずっと時雨に向けられている。

 それは何処か人を見比べる様な視線で、もし、社会人経験が多い人間なら何となく意図を察する事ができるであろう。

 

 要するに彼は、彼女をどういう人種か知ろうとしていたのだ。

 

 新戦術や戦争の概要を変えうる可能性を秘めたレポートについて彼は上層部より、色々聞かされた。しかし、提案者の事については極秘で知ることが出来ない。

 

 確かにそうである。

 もしこの情報が他国へ漏れた場合、一番狙われるのは彼女だ。そう考えると上層部の案は悪くないと言える。

 その為、正確な情報が司令に届いたのは彼女が着任する3日前で、結果、書類確認時間の確保に苦労する事となったが。

 

 

 

 ふと、彼に遊び心が芽生えた。

 何の事は無い、単なる冗談の一種で、目の前にいる艦娘はどう返すか気になったのだ。

 要はその返しで、彼女がどういう性格かを知ろうという魂胆である。

 

 

「それにしても君は優秀だと聞いているが、さすがに最初の配属が最前線(ここ)では大変だろう。もし良ければ、兵士としてではなく、清掃員に転属願いでも書こうかね?」

 

 

 明らかな相手を馬鹿にした発言。

 本来この手の言葉を例え部下だろうが、投げかける事は余りよろしくない。事実、彼の隣に控えている秘書艦は、横目で己の上官に鋭い視線を向けていた。

 しかし、彼は、秘書艦の反応を無視し、返答を待つ。

 

 理不尽な言葉に激怒するか。

 上官の発言を真に受け、悲しむ。

 それとも呆れる表情を見せる。

 一番ベターな反応として社交辞令に終わるか……。

 

 彼は主にこれのどれかだと予想し、僅かな確率で喜んで雑用を受けるが残っていた。

 同種艦の性格は大体一緒だ。

他の時雨達にあった事がある彼からすれば性格を導く事など造作もない。しかし、あれだけのレポートを作成する知力と優秀な訓練成績。そして先方から聞いた話で、大変好戦的だと耳にした。ならば僅かな確率だが違う答えを出すのではと予想してしまう。

 

 結果、彼の予想は『ある意味』的中する。

 

 

「お気持ちは大変うれしいのですが閣下、私は新戦術の試験的導入のために此処へと配属されました。申し訳ありませんが、お断りいたします」

 

 

 決められた様な真面目な回答。

 これには期待した自分が馬鹿だったか。と、司令は自らの行動に呆れてしまう。

 彼女へ投げかけた視線を一度書類へと戻し、ばれない様に少しのため息を付く。

 もう、これで彼女がどういう存在か、ある程度分かった。恐らく、彼女は凄く真面目で尚且つ普通に社交辞令もこなす艦娘だ。そう考えると彼女は前線ではなく後方向きな人物であろう。

 ハッキリ言って、最前線には合わない。

 

 そう判断した彼は今後において彼女の立ち位置と作戦終了後の配属先について思案する。

 

 脳内にあるのは、作戦終了後の昇進を利用して彼女を後方へと下げるというものだ。

 普通の戦意が高く、好戦的な司令ならこんな考えは浮かばないが、彼は人それぞれには適正というモノが存在する考える人物で、適正に応じて仕事を振り分ける事が得意であった。よって、彼は、彼女の反応と優れた頭脳は前線ではなく、後方――特に参謀本部――向きと判断。明確な未来予想図を描く。

 

 今後の彼女についてある程度思考を纏めた彼は、先ずは先の発言について謝罪せねばと再び顔を上げて彼女を見た瞬間。

 

 

 

 空気が一変する。

 

 

 

 彼女は笑っていた。

 綺麗な、純粋な笑顔ではない。

 

 口元を吊り上げ、ニタニタと楽しむような狂気を感じさせるような笑顔。

 

 

 なんだ、これは。

 誰だ。こいつは。

 此奴は……なんだ?

 

 

 先程まで真面目な表情を見せていた彼女ではなく、まるで悪魔を思わせる笑顔を見せながら彼女は彼を見ていた。

 心底楽しそうな表情を見た彼は思わず煙草をくわえた状態で固まってしまう。

 ふと横目で自分の秘書艦を確認すると彼女も同様に目の前の悪魔に恐れを抱き、表情を強張らせている。もし、この時より注意深く見れば、高尾の目に涙を滲ませている事が確認できたであろう。それだけ彼女もそして司令も目の前に居るバケモノに空気を飲まれていたのだ。

 

 

「閣下、大丈夫です。実は私、既にごみ処理を任された身です。ですので、閣下の発言も間違いではありませんよ」

 

 

 透き通るような声で発言した時雨(バケモノ)。

 一瞬二人は、彼女が何を言っているのか分からなかった。しかし次の発言で理解する。

 

 

「深海棲艦を処理する事が我々人類の使命。人類に黄金の時代を与える為に私は処理し続けましょう。そして奴らの死体で山を築いてみせましょう」

 

 

 笑顔を絶やさず発する言葉は正に狂気。

 彼女は敵を、深海棲艦をゴミと断じた。我々を追い詰め現在戦争している相手を。

 

 敵を罵倒するのは別して珍しい事ではない。兵士の中には憎しみを持って奴らを見ている者が多くいる。そして全滅させる意思を持つ。

 また、新兵の中には敵を侮る事も多くあり、着任早々威勢の良い声で話す様子が良く見られた。

 

 だが、彼女は違う。

 目の前に立つバケモノは本当にそう思っているのだ。

 深海棲艦をただの塵芥と。

 

 それは油断や慢心からではない。

 人が部屋に落ちているゴミを汚く思い、片づける事と同じ感覚。

 

 

「……失礼した一等水兵。今後の活躍に期待するよ」

 

 

 何とか声を絞り出した司令は、二言程言葉を交わした後、彼女へ退室を促す。

 

 時雨が司令室を出て行った後、何かが床へと落ちる軽くも重量を感じるような音か響く。彼が横へ向くと秘書艦の高雄がその場にへたり込んでおり、両手で肩を抱き、まるで寒さに耐えるかの様に震えていた。

 普通なら無様な姿を見せる高雄に軽い説教をするのだが、司令自身もそんな気分は起きない。

 

 

 

 あれが後方勤務向き?

 冗談ではない。あれは戦争を拡大させる戦争狂い(ウォーモンガ―)だ。

 少し前まで後方の参謀関係へ推薦しようとした自分を殴りたくなる。

 奴を参謀の下手な職につけて見ろ。深海棲艦を殲滅させるだけでなく、他国に戦争を吹っかけるだろう。

 

 

 

 様々な思考が脳内を駆け巡り、彼は表情を強張らせた。

 結果からすると彼が藪をつついて出たのは蛇ではなく、猛獣であり、しかも知性のある猛獣だ。

 下手すると此方が食われる。

 そんな危険な奴が前線に、しかも自分の艦隊へと配属されると考えたら悩まずにはいられない。

それに優秀な点も厄介であり、無能ならば色々訳を付けて後方の戦争とは関係ない閑職へと飛ばすのだが、彼女は大変優秀で、上層部も注目している。結論からして打つ手なし。

 

 

 此処まで思案した彼は、咥えたまま短くなっていた煙草を灰皿へと押し付け、大きなため息を付く。

 

 

「全く、貧乏くじは引きたくないものだ……高雄」

「は、はい!」

 

 

 ようやく立ち直った秘書艦に話しかけると、彼は出来る限りの策を模索し、時雨の下へ着ける護衛の兵に一部手を加える事とした。

 

 

「そろそろ出撃中の第一大隊所属の第三小隊が戻ってくる。そしたら小隊長を私の下へ呼んでほしい」

「了解しました」

 

 

 敬礼後、直ぐに退室する彼女をみて司令は新しい煙草に火を点ける。

 そして、窓のカーテンを開け、夕日が差し込むラバウル基地を眺めながら煙草の煙を吐き出す。その姿は何処か疲れ切ったもので、少し前まで仕事に専念していた様子は最早感じられない。

 

 

「この戦争……更に荒れるな」

 

 

 血の様に赤い夕陽が未来を暗示してか、彼は窓際でポツリと呟く。

 

 

 

 

 

 この予想が外れて欲しいと思いながら。

 

 

 

 

 

 




時雨(やべぇ冗談の返しが真面目すぎた 印象よくしてもらうため此方も捻ろう!)
司令(何だ今の返答と笑顔は、こいつは危険すぎる……)

結論、どうしてこうなった。





今回も艦娘戦記をご覧いただきありがとうございます。
また、誤字の指摘や感想を頂き大変うれしいです。
そして赤評価。身に余る評価に恐縮な思いで、この期待に応えるべく、より作品を練っていきたいと思います。

今後も艦娘戦記をよろしくお願い致します。

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