ハリーポッターと聖杯戦争 作:無職者
少年が目を開けると、目の前には今よりも幼い頃の自分が見えた。
ああ、またこの夢か。
少年は痛み始めた顔をさすりながら、見始めた。
物を見るような目で自分を見る男。手に持った鞭で少年を叩き続ける。
痛いと叫んでも、苦しいと泣いても、帰りたいと呟いても、死にたいと願っても、男は少年を鞭で叩き、炎で炙った。
いつ思い出しても、吐きそうになる。最悪な記憶の断片。
少年はその数ヶ月前に五歳になったばかりだった。五歳の誕生日祝いとして、イギリスに両親と旅行に来ていたのだ。
まさか自分が監禁されて拷問されるとは、夢にも思っていなかっただろう。
一瞬だった。
近道をしようと路地裏に入っただけで、目の前に現れた男に父と母は殺された。男は少年を気絶させ、この部屋へと連れて来た。
少年の父は優秀な闇祓いだった。
少年の母は優秀な魔法の研究者だった。
そんな二人を少年は尊敬していたし、彼らもまた少年を深く愛していた。
少年の中で、この時の記憶は色褪せず、美しい色を保ったまま生きていた。
だからこそ、男の拷問は辛いものだった。
男は一ヶ月を過ぎたあたりから、ただ少年を痛ぶるのに飽きたのか、趣向を変えた。
自分の姿を、少年の両親の姿に変えたのだ。
初めて見た時、少年は喜んだ。自分の愛する両親が、自分を助けに来てくれたと思ったのだ。
死んでいることなど、分かっていたはずなのに.........。
その日は父が少年を殴った。
その日は母が少年を蹴った。
ある日は父が少年を締めた。
ある日は母が少年を切りつけた。
少年は泣きながら懇願したが、その願いを聞いてはくれなかった。
目の前で鞭を振っている男は本当に自分の父なのか?
目の前で自分を炎で焼いている女は本当に自分の母なのか?
目の前で、自分を痛めつける男女は本当に自分の両親なのか?
少年は何度も神に祈ったが、神が願いを聞き届けることはなかった。
少年の心の中で、何かがプツリと音を立てて千切れた。
そして、その日は来た。
いつものように少年は拷問を受けていた。一つ違うことがあったとすれば、男が、本気で少年を殺しに来たことだろう。
恐らく、少年を拷問することに飽きたのだろう。
今までは、死なない程度に加減をしていた。だが、今回は一切の加減のない、男の本気の魔法だった。
だが、そのお陰でもあるのだろう。
気がつけば、少年の拘束は解かれていた。何故か左目が痛むが、そんな事を気にしている場合では無かった。
立って周りを見渡すと、床に男が倒れていた。既に事切れているようで、蹴っても殴っても反応がなかった。
恐らく、自分が殺したのだろう。
少年は落ちていた割れた鏡で自分を見た。
左半身にまばらに火傷を負い、顔の左半分に至っては、目まで火傷で色も変わっていた。元々少年の目は青かったのだが、今では左目は灰色になっていた。
少年は顔の左半分を包帯で隠すと家を出た。
父も母も失い、人をも殺した少年に、帰る居場所はなかった。
人を初めて殺したと言うのに、少年は落ち着いていた。
映像が切り替わる。
そこはイギリス魔法界の貧困街だった。
少年は、ストリートチルドレンとして生活していた。
両親から魔法と武術の英才教育を受けていたこともあり、少年は弱肉強食なスラムでの生活に順応していた。
既に人を殺している少年には簡単なことだ。
敵はみんな、殺せばいいのだ。
また、映像が流れ出した。
少年の今までの記憶が、順に流れていく。
両親と暮らしていた幸せな日々。
拷問され苦しんだ日々。
歯向かう敵を、躊躇なく殺した日々。
男を殺して逃げ出した日から、少年は神を信じるのをやめた。
少年は、神を、世界を憎んだ。
気がつくと、少年の名前は貧困街の間で有名なものになっていた。
醜い肥溜めのような街で、最も醜い存在に、彼はなっていた。
だが、彼は何も思わなかった。
少年には、もう何もなかった。
愛する両親も。
思い出の詰まった家も。
優しさも。
プライドも。
少年は奪った。
命を。
金を。
心を。
それでも彼の心は満たされなかった。
少年の記憶に、暖かい優しいものは無い。
大切な両親との生活ですら、この時にはよく憶えていなかった。
怒りと、他人の血で紅く染められた記憶が、再び鮮やかに色づき始めたのは、ある男と出会ってからだろう。
その日は、雪が降っていた。
例年に比べて、幾らか早い初雪だった。
家のない少年は、ゴミ捨て場で拾ったボロボロになった布団を巻いて寒さを凌いでいた。決して暖かくはないが、無いよりはマシなのだ。
向こうには大通りが有り、たまに行き交う人々と目が合うが、少年に声をかけようとする物好きはいない。
スラムだけでなく、この街中に彼の二つ名は知れ渡っていた。
別に悲しくは無かった。
少年が信用できる人間は、もうこの世にはいないのだ。
降る雪がさらに増え始めた頃だった。
大通りから誰かが近づいて来ていた。
足音から男であることがわかる。それに、歩き方が特殊だ。何かの武術をやっているのだろう。
そこそこ腕の立つ人間が来たのだろうと思い、少年が顔を上げると目の前には居たのは、少年の想像を軽く超えた男だった。
顔色が悪く、全身を黒で覆い尽くした不健康そうな男だった。
「.......中国人か?」
普段であれば無視するか、殴りかかるところであったが、男に興味が湧いた少年は真面目に答えてみることにした。
「.....半分正解だ。正確には中国人の母と、ロシア人の父の間に産まれたハーフだ。」
そう答える間も、少年は必死に男を観察していた。手に持っている杖を見ると何かの強力な魔力が纏わり付いている。
そんなことを知ってか知らずか、男は質問を続ける。
「小僧。家はあるか?」
「そこまで教える必要はないだろ」
「では、無いのだな」
ムカつく言い方をする男だ。そう思って少年は睨むが、男は気にしていないようだった。
「ちょうど今、我が屋敷の庭師が1人足りなかったのだ。雇ってやる、ついて来い」
呆れた男だと少年は思った。何を言い出すのかと思えば、雇う?悪魔の子供と言われる自分を?
少年は鼻で笑った。
「ふざけんな。別のガキを雇え」
「なら、我輩が貴様を倒したらおとなしく言う事を聞くか?」
いよいよ少年もムカついてきた。いくら武術を嗜んでいるのだとしても、スラムの実戦で磨き続けた自分の腕に敵うはずがないだろう。自分の力に自信のあった少年は男にナイフを向けた。
「調子にのるなよ....おっさん」
「......誰に向かってものを言っている」
一瞬だった。男がぼそりと呟いたかと思うと、少年の体は宙で180度一回転し、地面にキスしていた。さらに言えば、少年の右手にあったナイフは、男の右手に収まっていた。
「その程度か?悪魔の子供」
少年は男を舐めてはいた。だが、男から視線を外した覚えはない。
男の動きを全て見ていたはずだ。それなのに、少年は転ばされている上、武器は奪われているの
恐らく、男は少年がナイフを向けた後、すぐに少年を引っ張りナイフを奪い取り、その勢いを殺さずに少年を投げたのだろう。
だが幾ら何でも早すぎるる。これだけの動作を、相手が理解しないうちに一瞬で行える人間、それも魔法使いが何人いるだろうか。
「何なんだよ.....あんた」
「ついてくるなら、教えてやろう」
少年には、断る理由が無かった。だが、なぜ自分なのかと言う疑問が少年にはあった。だが、少年に拒否権などないだろう。何より、この男に勝てる気がしなかった。
「ああ、まだ名乗っていなかったな。我輩は、スネイプ、セブルス・スネイプだ。悪魔の子供、貴様の名前は?」
「......その悪魔の子供ってやめてもらえるか?俺、その名前が嫌いなんだよ」
「善処しよう」
これからこの男に雇われる事になるのかと、少年はため息をついた。
「---白龍、練白龍だ」