ミリアリア・ハウは久しぶりに会った戦友マリュー・ラミアスへ、胸の内を告げる。
「あの大戦で許せない女が、二人いる」
「……私と……、……」
「いいえ、マリューさんは友人であり人生の先輩です」
「じゃあ……誰のことなの?」
「ナタル・バジルールとラクス・クライン」
「……ナタルと……、……ラクスさん…。…どうして?」
「私が一度は艦を降りて、そして戻ってきた理由、聞いてくれますか」
「ええ、もちろん」
「長い話になりますよ」
そう前置きしてミリアリアは語り始める。
二度の地球連合とプラントの大戦を経て、今や地球に住む人々の総意を代表するオーブ連合首長国の代表首長カガリ・ユラ・アスハからの訴えを、プラント最高評議会議長ラクス・クラインは真摯に聴いている。カガリは大画面モニターから、ラクスに感情過多な声を伝えてくる。
(食料援助を5000万トン増やしてくれ!)
二度の戦火とニュートロンジャマー、さらにユニウスセンブン落下による食糧危機は戦後3年となっても深刻で、数十万キロ離れた地表から切実な求めがプラントへ響いてくる。
(でなければ冬をむかえる北半球で3000万人は死ぬっ!)
「わたくしどもプラントも最大限の努力をいたします」
(そんな悠長な場合ではないんだ! こうしている間にも餓死者は増えている!)
「………」
ラクスが黙り込むと、傍聴していたベザリア・ジュール評議員が反論する。戦後になって再選を果たしたベザリアの舌鉾は甘くない。
「ムチャな要求だっ! 5000万トンといえば、プラントでの年間消費量に相当する! 我々に餓えて死ねというかっ!」
(そ、そうは言っていないっ! だが、もっと援助を増やしてくれ!)
「現在の援助で限界だっ! 我々にも余裕はない!」
(それでもプラントで餓えて死ぬ者はいないだろうっ?! せめて2500万トンは送ってくれ!)
「援助は好意で行っているものだ。要求される筋合いはない」
(ぐっ……だが、地球の一部では、いまだプラント創建時の債務約定による資源供給ノルマを求める声もある。それらの声を私が抑えて、援助で納得させているんだ!)
「アスハ代表は蒸し返すおつもりかっ! ならば、我らとて…」
「ベザリアさん、カガリさん」
ラクスが二人の口論を調停する。
「お二人とも気を静めてください」
「(………)」
「あの資源供給ノルマが第一次宇宙大戦を呼び込んだのです。カガリさんまでが言い出されては世界は10年前に逆戻りしてしまいます」
(……………………)
「食料援助の件は、わたくしとしても最大限の努力をお約束いたします」
(………わかった。すまない)
頭を下げたカガリは通信を終了させ、画面から消える。まだ気を治めかねているベザリアは資料をデスクに叩きつけた。
「あのような小娘が地球代表とはっ!」
「母上」
ずっと黙って見ていたイザーク・ジュール国防委員長はプラント史上初の親子二代現役の評議員を落ちつかせる。
「母上が怒らずともよろしいではないですか」
「イザーク、ごめんなさい」
「いえ…、母上のお気持ちはわかります」
「イザーク」
ザラ親子が公式の場で他人行儀にしていたのとは異なり、二人は議長の前でも母と息子だった。性格もよく似ている親子へ、ラクスが結論を告げる。
「地球への食料援助を15%増やすよう手配してください」
「15%……およそ360万トン……お言葉ですが、クライン議長」
ベザリアがラクスの前に立った。
「議長は政治をおわかりでないっ! 現状でも食料消費の抑制は限界です。古来より飢えほど政治を不安定にさせるものはなく、これ以上の統制を強いては配給制の…」
「わたくしが人々を説得いたします」
そう告げたラクスが退室すると、ベザリアは苛立った。
「また歌で国民を……」
「ですが、母上。彼女が歌えば、平和のために必要なのだと国民も納得するでしょう。軍でも演習と哨戒を減らして消費量を…」
「イザーク、思い出して、あのザラ議長は就任前は国防委員長だったわ」
「母上?」
「プラントの最高評議会議長は伝統的に国防委員長が継いでいることが多いの」
「………」
「いつまでもシーゲルの娘が議長ではないわ。次の選挙では、あなたが選出されるよう今から手を回しています。イザークが議長になったとき、少しでも国情が安定するよう、そのことを考えて行動しなさい。あなたの仕事は今後も多くなるのよ」
「母上……」
「あなたなら、できるわ」
息子をコーディネイトしている母親は優しく微笑み、耳元で囁く。
「けれど、気をつけなさい。大戦が終わってなお、旧クライン派と元オーブ軍を中核とした戦力は、いまだエターナルとアークエンジェルを旗艦として二個艦隊も形成している」
「彼らは地球の平和維持活動に…」
「国内に指揮系統の異なる二つの武力があることは、きわめて危険」
「………はい」
「いずれ全ての指揮権は国防委員長であるイザークが掌握するべきなのよ」
「母上……」
「あなたこそ、最高のコーディネイターなのだから」
ベザリアは主観的な意見を強化して、イザークにキスした。
地球の静止軌道上でアンドリュー・バルトフェルドは指揮下の艦隊を降下させつつ、別のルートから地球へ突入するキラ・ヤマトへ通信を送る。
「よお、ヤマト司令」
(その呼び方、やめてくださいよ)
ブリッジの通信画面にキラが映った。パイロットスーツを着てストライクフリーダムに乗っている。
(ボクは、ただのパイロットです)
「いやいや、君だって艦隊をもって命令を下す身だ。そーゆー立場を司令って呼ぶのさ」
(ボクたちは軍じゃないです。そろそろ降下シークエンスに入ります。そちらは?)
「こっちのガキどもも準備オッケーだ。降下後は戦場の北西から突入させる」
バルトフェルドは指揮席のモニターから格納庫の様子を確認する。そこではキラよりも若い、ちょうどキラが初めてモビルスーツを操縦したときと同じ年齢ほどの少年少女が量産型ストライクフリーダムに乗り込んでいる。全員がマルキオ導師とラクスに育てられ、ラクスを敬愛し、いまだに地域紛争が散発する地球の平和を維持するため、なるべく兵士と住民を殺さず、武器だけを破壊する任務に誇りをもっている。
「よしっ♪ バルトフェルド艦隊、ヤマト艦隊、作戦開始!」
(その艦隊名もやめてくださいって。……マリューさんが残っていてくれたらラミアス艦隊のままだったのに…)
「寿退職じゃ仕方ないさ。モビルスーツ発進! 艦隊は降下を停止! 高度を維持!」
(ボクらも同じように。ボクは先に行きます)
「ガキどもに獲物を残してやってくれよ。経験値をあげないとな」
(獲物じゃないですよ。敵でもない)
「そうだな。戦ってるんじゃない、停めに行くんだ」
(大気圏突入、いったん通信を切ります)
「グット・ラック♪」
艦隊から発進した羽を持つ巨大な人型の機械は、地上で争いをつづける人々を調停するため、舞い降りていく。地域紛争では、せいぜい旧式の戦車か、戦闘ヘリ程度しか無い、ストライクフリーダムをもってすれば作戦の結果は、すでに確かだった。
暮らしやすいプラントを選んで入居していたマリュー・ラミアスのもとへ、再びフリーのジャーナリストとなっていたミリアリア・ハウが訪ねていた。
「久しぶりね、ミリィ。呑みにいきましょう」
「もう未成年じゃないですけど、二言目に、それですか」
「平和っていいわよね。安心して酔えるもの」
「いきなり戦闘配備かかる艦より、ずっといいですけど……慣れないな~ぁ」
ミリアリアは街を歩きながら、タメ息をついた。
「私は慣れたわよ」
「マリューさんは、もともと軍人だから」
ミリアリアは擦れ違う人々の視線と、ときおり出会うザフト軍関係者からの敬礼に居心地の悪さを感じている。
「もう退役したんだから、忘れてくれてもいいのに」
「ムリよ。私もミリィも創設時のメンバーなんだから」
「私は一度は艦を降りたし、いくらクラインズでも大佐クラスのオジサンにまで敬礼されるのは慣れませんよ」
「クラインズに階級は無い代わりに、年齢相当より二階級は高く扱われるの。慣れなさい」
「私は元二等兵ですよ。なのに、赤服どころか、白服の幹部将校にまで敬礼されちゃ落ちつきませんよ」
「当然って顔すればいいのよ。ラクスさんみたいに」
「……。あの人は別格ですって」
「そうね。にしても、オーブ軍やザフトからクラインズへ移籍する試験、今じゃ赤服の試験より難関って話よ」
「通称、ピンク服って、あのバカが言ってた」
「ディアッカくんに会ったの?」
「ええ、でも、あのバカは緑服のまま」
「けど彼、国防委員長の参謀に抜擢されてたわよ」
「緑のまま本部参謀って異例らしいですよ。昇格試験を受ければいいのに、あのバカぜんぜん勉強する気なくて。コーディネイターのくせにエッチな本ばっかり見て、超バカ」
「男の子ね、ムゥも上陸しちゃあ買い足してたもの」
「メンデル駐留時にムゥさんと交換したりもしてたし」
「ミリィって、チェック厳しいわね。あの二人、急に仲良くなったと思ったら、そんなことしてたの……あきれるわ」
「もっと、あきれたのはアスランさんですよ」
「え……意外ね、彼もコレクションあったの?」
「違いますよ。私たちがアラスカへ入る直前にブリッツとバスター、イージスをロストさせたとき、イザークさんが三人の遺品を整理したらしいんです。向こうにとっては三人ともMIA扱いだから」
「…かなり淋しい作業ね、……当時は敵とはいえ気の毒に」
「そしたら、アスランさんのベッドの下からエッチな本が大量に見つかったんです」
「……ムゥのときも、そうだったけど、……そこは見ないフリするところよ」
「けど、アスランさんは脱出していてカガリさんが拾ったじゃないですか」
「生きていただけに、かなり痛いわね」
「それでイザークさんは、どの面さげて戻ってきた、って状態だったんですけど、アスランさんはオレじゃないって」
「じゃあ、誰の?」
「戦後になって実は、あのバカが隠し場所をアスランさんのベッドの下にしてたって、あっさり白状したんです。もしもMIAになっても自分と遺族が恥をかかないようにって」
「……………………狡猾ね」
「狡猾だし、滑稽だし、超バカ、アスランさんもあきれて何も言えなかったって」
「まあまあ、しょーがないわよ。男なんて、そんなものなの。それよりエルスマン家も、ジュール家に劣らない名家でしょ? ミリィもそろそろ考えないとね♪」
「私のことは、いいんです。そういえば、マリューさん旧姓のままですね」
「マリュー・ラ・フラガって語呂が悪いもの。プラントは希望すれば夫婦別姓も可能なのよ、それも入居した理由の一つね」
「夫婦別姓が可能になったのって、シーゲル・クラインが議長になったとき、パトリック・ザラからの法案提出で可決されたんですよ。どうしてだか、わかります?」
「……まさか……一人娘と一人息子の縁談だから、両家の名前を残すため?」
「けっこう恣意的ですよね、政治家らしく。ま、プラントは出生率が下がって一人っ子が多いからわからなくもないですけど、その次の世代も一人っ子だと、結局どっちの家名にするか問題が残るのに」
「ミリィって、よく調べてるわね。さすがジャーナリスト♪」
会話を続けながら二人はバーに入るとカクテルを注文する。厳しい食料統制のためにアルコールは減産されているが、クラインズだった二人に店主は特段の待遇をしてくれる。少し酔った後、ミリアリアは本題に入っていた。今までとは顔つきも雰囲気も打って変わり、真剣だった。
「ラクス・クライン、キラ、ムゥさん、ラウル・クルーゼ、レイ・ザ・バレル、そしてネオ・ロアノーク。戦時中の彼らの不可解すぎる行動が、偶然でなく必然だったなら」
「……どういう意味なの?」
「哲学者によれば世界に偶然はない、ラウル・クルーゼの口癖です」
「だから?」
「今の世界、宇宙はラクス・クライン、地球はカガリ・ユラ・アスハの統治下といっていいですよね? 形式的にも、実質的な権限においても」
「ええ、そうね。地球連合はユーラシアも大西洋もガタガタ、地球上はおろか、月基地も無くしているし、スカンジナビア王国も大戦で衰退してる。もっとも余力があるのはオーブだし、その代表首長のカガリさんが地球の国家を代表してもいるから、そうとも言えるわ」
「そして、プラントの最高評議会議長ラクス・クラインは無限といっていい宇宙資源と農場プラントからの物資で地球に住む人々の生殺与奪を握っている。彼女の思うまま世界は動く。カガリさんは、あの性格だから簡単に言いくるめられる、だから人類社会の実質的な統治者はピンクの女王様といっていい」
「……ずいぶん、棘のある言い方ね」
「もしも、これが最初からコーディネイトされた世界の運命だったなら? と、私は考えているんです」
「……………………。考えすぎよ、ミリィ」
「よく思い出してください。大戦時に不可解なことは、いくつもあります。偶然をよそおって仕組まれてきた必然。たとえば、ヘリオポリス崩壊の日、偶然にもカガリさんは私たちのゼミに来ていた。なぜ? こんなにもタイミングよく、わざわざ襲撃される日を選んだように」
「それこそ偶然。……たしか、カガリさんは秘密裏に開発された……私も開発に関わっていたモビルスーツの存在を確かめに来たって話だと思ったけど?」
「その日が、たまたま偶然、クルーゼ隊の襲撃と重なった。ええ、一つめの偶然はありえます。けれど、またもラウル・クルーゼによって地球への降下点を不本意に変えた私たちが落ちた砂漠にカガリさんはいた。これも偶然?」
「……………言われてみれば、ものすごい確率ね……」
「さらに、私はオーブ領ヘリオポリス市民、両親もそう。なのに次期首長となるカガリさんの顔を知らなかったのは、なぜ? 私だけじゃなく、トールも、サイも、カズイも、キラも、フレイも、誰一人として自分の国の王女さまを知らなかった。フレイなんて父親が大西洋連合の事務次官だったのに、お互いを知らず、本人がオーブ領海を前にして名乗り出るまでわからなかった。これって、ありえること?」
「……………隠していたからじゃないの?」
「世襲制の国家政体が国民に皇太子、皇太子女を隠して顔も見せていないなんて、よほどの事情があるときのみ、ですよね」
「………その事情があったから、じゃ?」
「そう、ウズミ・ナラ・アスハは子をなしていない。カガリさんは養子、しかもキラあるいはキラそっくりの遺伝子をもつ兄弟がいる養子、ここまで偶然が重なって、まだ何者かの意思が介入していなかったと、思いますか? すべてが偶然だと?」
「………………………………………」
「カガリさんが不可解なら、ラクス・クラインは奇怪といっていい。どうして、アークエンジェルは彼女を拾ったんでしたっけ?」
「それはデブリ帯で水を探していて、……そこでキラくんが救命ポッドを偶然に……」
「また偶然」
「……………………」
「何より、あのとき私は子供だったから不思議に思わなかったけれど、単一での作戦行動を想定すべき軍艦が、その内部に浄水設備も持っていないなんてありえます? 三流ホテルでも浄水装置くらいありますよ」
「アークエンジェルにも浄水設備はあったわ。けれど、最初の爆破で破壊されていたのよ」
「携帯爆弾では、ほとんど無傷だったアークエンジェルの装甲、なのに都合よく水だけが枯渇する。そして、私たちはデブリに向かわざるをえない。それを提案したのは、ムゥさん、宇宙でH2Oを得るには手近なのは、あそこしかないから行くしかない。そんな風に私たちを説得した」
「そこにラクスさんがいた。でも、彼女はキラくんがザフトに…アスランくんに返しているわ」
「まるでキラとの邂逅が目的だったみたいに」
「………………意味深に考えすぎよ」
「トールが死んだとき、続いてストライクもイージスの自爆に巻き込まれた。アスランさんに何度その状況を訊いても、とうていキラが助かったとは思えない。直後に詰問したカガリさんへも、はっきりとキラはオレが殺した、そう返答していたのに」
「キラくんは生きていた。それはミリィも見ているはずよ」
「MIAだったキラが目を覚ましたのは、あの島から数十万キロも離れた宇宙のプラント。しかもラクス・クラインの手元。どうしてでしょうね?」
「それはマルキオ導師が連れて…」
「マルキオ財団、彼が一番怪しい。導師って何? ほとんど無宗教のプラントで最高評議会へ意見できるほどの立場。でも、導師が何をどう導くの? 誰を? どんな教えで? DNAとか導くの? そして、いったい何が目的でキラを宇宙に?」
「……………………」
「百万歩ゆずってイージスの自爆からキラが生き残っていたとしても、アスランさんより重傷を負ったはずですよね。なのに、そんな重傷者を宇宙へ運ぶ理由ってあります? ラクス・クラインに看病させるため? でも、キラはストライクのパイロット、当時のプラントにとって最高度危険人物、見つかったら看病どころじゃない。そんな危険を冒して意識のないままの重傷者をシャトルに乗せて重力圏突破までさせる。まともな導師じゃないですね。何の思わくもなく、そんなことしますか?」
「……………………」
「はっきり言います。あのとき、キラは死にました。プラントで目を覚ましたキラはクローンです」
「な……なにを言ってるの? クローンだなんてこと……キラくんは、私たちの知っているキラくんだったでしょ?」
「そうでしょうか? 脳への記憶のインプットアウトプットもしくはデリートについては技術力で劣る地球連合でも研究が進んでいた。ファントムペイン、これはダンナさんが詳しいですよね?」
「……………………」
「私も当時はキラが生きていてくれた嬉しさで気づかなかったけれど、再会したキラ、まるで雰囲気が変わっていて、別人のようでしたよね。まさに、ラクス・クラインの代弁者のような語り口だった」
「……………………」
「おまけにフリーダム」
「…あれには驚いたわ」
「ラクス・クラインは自分と父親まで危険に晒すことになるのに、キラへフリーダムをプレゼント。たしかに、人質だった自分を逃がしてくれたのはキラ、その恩返しだとしたら、とんだ少女趣味のお嬢様ですね。私なら、あまり彼氏を戦場へ送りたいとは思いませんけど、彼女は最新兵器を与えて、大激戦のアラスカへ片想いの大恩人を投入。お嬢様の考えることは理解できません」
「……………………」
「でも、そのお嬢様はクライン派と呼ばれるクラインズの前身をザフト内外に育てていた。どの顔が彼女の素顔?」
「……………」
「他にもありますよ。キラが彼女を逃がしたとき、イージスからラウル・クルーゼへ送った通信。ほんわかしていたお姫様が突然、人が変わったみたいに追悼慰霊団代表を口実にして戦闘を回避させた口上と威厳、只者じゃなかった。しかも、彼女はアスランさんに訊ねもせず通信パネルを操作したそうですよ。ザフト仕様のジンやシグーならまだしも強奪されたばかりのイージスの操作系を一目で」
「それは彼女もコーディネイターだから…」
「コーディネイターなら誰もがキラのようにモビルスーツを扱えて当然? それにしてはザフト兵の平均能力は低いですね。地球軍兵士より高いけれど、キラには遠くおよばない。まして、はじめて乗ったストライクでジンを撃破したり、戦闘中に砂漠向けの接地圧へとプログラムを再構築したり、歌姫が戸惑いもせず隊長機へ通信するなんて離れ技。そして、ほとんど飛行訓練もなくスカイグラスパーに乗ったトールは戦死、同じ条件でもカガリさんは生還、いつのまにかストライクルージュで宇宙戦闘までこなす。この差は何?」
「……………………」
「ナチュラルは当然として、まるで一般的なコーディネイターをも超えたスーパーコーディネイターがいるみたいに、キラのパイロット能力、ラクス・クラインのカリスマ性と歌唱力は突出してる。どこかに隠された技術があるかのように」
「……………」
「遺伝子工学だけではありません。ストライクの開発だって当時のザフトをして驚きだったのに、それ以前からウズミ・ナラ・アスハも関与していたアカツキは製造され、隠されていた。本当にオーブって危険な国ですね。国民も新首長さえも知らない超兵器が、ずっと隠されていたなんて。おまけに新首長はスーパーコーディネイターの妹で、本人も戦闘機どころかモビルスーツまで扱えるし、私たち国民には顔も知られていなかったのにモルゲンレイテのエリカ・シモンズとは顔なじみだった。M1アスロレイの専属パイロットたちより腕前に自信があり、開発過程も知っていた変なお姫様、というよりキサカ一佐の監視と保護のもとで関わることを許され、促されていた。大戦まで国民に顔を隠されながら兵器に詳しい姫なんて、ウズミ様は何を狙っていたの? オーブは何を考えてる国なんでしょうね。早くからオーブの危険性を指摘していたサザーランド大佐やアズラエル理事も、ここまでのことには気づかなかったし、内閣府は一国民にすぎない私には何も教えてくれません。そもそも内閣府や行政府だって知らないのかもしれない」
「待って、ミリィは、どうやって調べたの? アカツキのことは当事者サイドだから知っていて当然だけど、私も知らない理事や大佐のことまで、なぜ知っているの?」
「なぜって、議事録ってものがありますよ。戦後になって情報公開に応じてくれていますし、アラスカは吹っ飛びましたけど、パナマあたりの資料は残ってますからジャーナリストでなくても手数料さえ払えば公開してもらえますよ」
「そうなの……すごい調査ね、ミリィ」
「伊達に写真を撮ってただけじゃないですよ♪ まあ、地球連合の事務所に行って元アークエンジェルCICクルーのミリアリア・ハウって名のれば、クラインズのご威光もあって事務員もビビって情報公開してくれますから」
「さっき敬礼されるの慣れないって言ってたくせに、地球では特権ふりかざしてるのね」
「事務所だけですって、事務所だけ。とくに官僚主義で態度が悪い窓口だけ。プラントの窓口だと、みんなコーディネイターだけあって記憶力よくて私の顔、誰もが覚えてるみたいで名のる必要もないんですよ」
ミリアリアは一口カクテルを呑んで、話を続ける。
「私が一時期、艦を降りていたのは、あまりに不可解な世界を俯瞰したかったから。艦を離れて遠くから見れば、なにか、わかるかもしれない。そう思ったからです」
「それで何がわかったの?」
「あの二度の戦争の中心は地球軍総司令部でも、パトリック・ザラでも、ブルーコスモスでも、ロゴスでも、ギルバート・デュランダルでもなかった。中心はアークエンジェルとエターナル、常に私たちが真ん中だったと気づいたから、私は艦へ戻って参戦しながら見て聞いて、結論に達しました」
「……どんな?」
「世界は女王ラクス・クラインが支配するためにコーディネイトされてきた」
長く喋ったミリアリアはカクテルを呑み干した。そして、まだ語る。
「第二次宇宙大戦の初期、ミーア・キャンベルはラクス・クラインを演じさせられた。その影響力を利用するために、これが一般的な見方。けれど、私が考える真相は違う。普通、自分のニセモノが登場したら、すぐにでも否定するのがアイドルとしてファンへの、政治家として支持者への説明責任なのに、その公表を先延ばしにして大戦末期の、もっとも政治的効果の高い瞬間を狙って、カガリさんといっしょに世界の表舞台へと再臨した。あのタイミング、あの胆力、彼女が今日の政治体制を考えずに行っていたとは思えない。その結果、今は人類社会の統治者、キラ並みのパイロット能力をもつ子供たちを隠遁生活中に手ずから育てていたのも、クラインズへの布石だった」
「……ラクス・チルドレン………たしかに、あの子たちの能力は驚異的だわ……」
「今は地球の平和維持活動へ投入されていますが、その戦力は強大です。保有艦艇数ではザフトが47、オーブ宇宙軍を中心とする地球軍宇宙艦隊が39、クラインズが14と三つの勢力で一見して最少でもキャスティングボードを握っている上に、モビルスーツ戦力とパイロット能力を勘案すると、クラインズが最強となり、しかもザフトの指揮権は国防委員長といえど、統帥しているのは議長、つまり宇宙戦を行えるレベルの軍事力の大半を、たった一人の統治者が握っている。単一なだけに平和でいいですね」
「……………………ミリィ、このことを私以外の誰かに話したことは?」
「いいえ、今までは」
過去に限定したミリアリアの未来を危惧したマリューは苦言を呈する。
「あなたが考えていることは、とても危険よ。それが見当外れであってもクラインズの不興を買う。もしも真実であったなら、より危険。たった一人で世界と戦うことに…」
「わかってます」
「聞いて」
さえぎろうとしたミリアリアを、さらにさえぎってマリューが続ける。
「たとえ真実であっても公表しない方が、いいこともあるの。今の世界は、とてもうまく機能しているわ。戦争も無くなり、紛争も消えつつある。それなら、気づいても黙っていることが大人の判断よ。ラクスさんも支配しているといっても、それは表現の問題よ。誰かを迫害したり、私腹を肥やしたり、権力を乱用したりしていない。むしろ、ここ百年に無いような善政を敷いているわ。なにか不満があるの?」
「許せないんですよ、私は」
「…許せない…?」
「今の世界を計画した側の人間にとっても、すべてが計画通りだったわけじゃないと思います。いくつも想定外の事故や戦闘、人間関係が生じていたはず、でも、それをも修正して、ここまで世界をつくった。よく仕組んだ必然を重ねて」
ミリアリアはテーブルを叩いた。
「でもっ! その計画、それらの必然の中に、きっと私もトールも含まれていない。トールの死は、きっと計画者にとって偶然にすぎないっ! むしろ、不都合な偶然だった。あそこでトールが死ななきゃキラも冷静さを失ってアスランさんに殺されることはなかったはずっ! 計画者にとってキラは大切な駒っ! いつものキラなら組み付いて自爆しようとするイージスなんてモラシム隊のゾノを倒した時と同じ巴投げで、うまく切り抜けていたはずなんです」
「……………たしかに、状況は似ているのに結果は…………」
「アスラン・ザラそのものが、まったく計画とは逆に作用してしまったのだと、私は思っています」
「どういうこと?」
「本来アスランさんはキラにとっての安全装置だったはず」
「安全装置?」
「アスランさんの脳に、こびりついて離れないキラとの想い出は、本当に偶然?」
「………そういえば………彼、いつもキラくんを想っていたわね………」
「いつもキラ、任務よりキラ、婚約者を盗られてもキラ、キラ、キラ、キラ」
「………否定はしないけど……………」
「けれど、ブリッツの撃破で一時的に可愛さ余って憎さ百倍。自爆してでもキラを殺そうとしてしまった。それに成功したはずなのに、カガリさんへの説明では後悔ばかり、明らかに異常ですよね?」
「……………」
「異常といえばクルーゼ隊全体も、そうです。異様だったと思いませんか?」
「……強さのこと? 第八艦隊を殲滅した…」
「いいえ、イザーク、アスラン、ニコル、あのバカ、いずれも親は評議会議員や軍関係の高官です」
「それが関係あるの?」
「普通、政治家は愛する子供を最前線に送りますか? なんとか誤魔化して形だけの兵役や後方勤務で安全に過ごさせようとするのが普通です」
「人間の悪いところね………でも、それをあえて」
「あえて前線に送ることで国民へ範を示すのもいいでしょう。けれど、大切な子供たちを一部隊に集中させ、しかも危険かつ困難が予想されるモビルスーツ奪取の任務につかせるでしょうか? 素顔も見せない怪しい隊長のもとで」
「……………………………」
「でも、考え方をかえると答えはみえてくる。評議会議員の子息ならコーディネイターの中でも最高の選りすぐり、もちろんエリートの赤、文句なしのエリート部隊をキラと戦わせる実験、試験、もしくは成長の機会であり、既存のコーディネイターを超える存在であることの実証、そう考えると執拗にアークエンジェルを追ってきたクルーゼ隊の行動が説明できる」
「……………………」
黙り込むマリューの胸をミリアリアは軽く突いた。
「私は、やっぱりマリューさんやナタル・バジルールを怨んでもいるんです」
「……そう…、……ごめんなさい。巻き込んだことは否定しないわ…」
「いいえ、計画者はバランスを考えていたはずなんです。まさか、5機あったガンダムのうち4機までも奪取に成功するとは想定しなかった。せいぜい、2機か3機が奪取され、アークエンジェルとクルーゼ隊の攻防は2対3もしくは3対2程度のバランスがとれた戦闘になったはずなのに、マリューさんたち地球軍士官がだらしないから4機も奪われ、たった1機しか残らなかった。せめて2機あれば、ムゥさんも乗ってくれたのに…」
「待って! あの当時、ナチュラルだったムゥにはモビルスーツはあつかえない。その仮説はムリよ」
「そうでしょうか。キラなら、あっさりナチュラル向けのOSをつくってくれますよ。ほんの数時間もあれば。それに、私たちをヤキン戦で助けてくれたストライクは最期、誰が乗っていましたっけ?」
「…………………やめて………」
「カレッジのゼミの教授も、きっと計画者の手先か、それと知らずに動かされていたんでしょうね。キラにばっかり量子サブルーチンの課題を与えてた。まるで来るべきときに備えているように。完全に他のゼミ生とバランスを欠くほど」
「……もう、やめてちょうだい」
「認めたくないもの? でしょうね、大破して着艦しようとしていたところへ、ローエングリンの直撃を受けたムゥさんが生きているなんて、ありえない。ですよね?」
「っ…」
思わずマリューは振り上げた手でミリアリアの頬を打った。けれども、ミリアリアは続ける。
「私たちだって救助なんて考えもしなかった。ストライクはバラバラに吹き飛んでヘルメットだけが飛んでいくのを見ました。MIA、戦闘中行方不明なんて可能性のあるものじゃなく、完全な戦死で…」
「黙って!」
二度ぶたれてもミリアリアは自分の頬をなでてマリューを見すえた。
「ええ、トールのときはアラスカ防空圏へ早く入らなければ、私たちも死んでいた。だから、仕方ない。けれど、ジェネシスを撃破して停戦となった後、大破していたフリーダムのパイロットは探したけれど、ストライクのパイロットを探そうとは誰も言わなかった。艦長も命じなかった。時間はあったのに」
「……………………お願い……黙って……」
「宇宙空間ってヘルメット無しで何分くらい生きていられるんでしょうね? 私は空中で撃破されたスカイグラスパーのパイロットが海で生きているとは思わない。海でさえ、いわんや宇宙」
「ムゥは生きているわっ! 現に、いるものっ! 何が言いたいのっ?!」
「レイ・ザ・バレルはラウル・クルーゼのクローン」
「ムゥは記憶を失っていただけよ! クローンじゃないわ!」
「失っていただけ、ではなくて、書き込みが甘かった、それだけかもしれませんよ。あるいはクローンにファントムペインの指揮を執らせる都合上、脳へ戦闘経験を書き込む過程で私生活のエピソード記憶もノイズとして入り込んでしまったのかも。さっきから私を叩いたり怒鳴ったりしてるのは、マリューさんも薄々気づいていたからじゃないんですか? 認め無くないものですよね、若さゆえの過ちって」
「………………、……いいわ、話したいだけ話して。その妄想に付き合ってあげる」
「ありがとうございます」
ミリアリアは礼を言って話を続けた。
「ムゥさんとラウル・クルーゼは計画者にとって欠くことのできない、欠いた場合は補給するべき駒だったんです。二人は相感する。ガンバレルつきのゼロ式をあつかえるのはエンディミオンの鷹のみ。ムゥさんって本当にナチュラルだったんですか? いえ、まだムゥさんは人の自然そのままナチュラルに産まれてきた存在だと思ってますか? そもそもムゥさんの父親のクローンはザフトで白服として活躍できるほどのコーディネイターですよね」
「……………………」
「手足を使わずに意思でコントロールできるドラグーンシステムやガンバレル、意思のアウトプットが可能なら、逆もまた可能ではないでしょうか。本人の知らぬ間にインプットされ行動している。ムゥさんとラウル・クルーゼ、両陣営で計画を進める駒、必然のために偶然を排除する布石」
「ムゥに操られているようなところはないわ」
「キラを適度に戦わせ、適度に励まし見守り、アラスカでは転属命令を無視してアークエンジェルへ戻ってきてくれた。あ、そうそう、計画者にとって最大の想定外因子は何だったと思いますか?」
「……ミリィの話を鵜呑みにするなら、キラくんのMIAとクローン化?」
「いいえ、フレイ・アルスター、フレイが一番の困りものだったと考えます」
「どうして? あの子はモビルスーツにも乗らず…」
「キラには女王の騎士になってもらわないと計画が狂います。もともとキラは、そばにいる女性から影響される性格傾向が強く設定されているみたいです。そのうえ、身を犠牲にしてでも女性を守ってくれる。この対象は女王であるべきなのに、間違ってフレイに刷り込まれてしまった。カレッジでキラがフレイへ興味をもった直後に、サイとの婚約話が両親から持ち上がってます。まるで、キラの軌道修正みたいに。婚姻統制のあるプラントならともかく私たちナチュラルにとっては珍しいですよね。当時の年齢なら、なおさら」
「ヘリオポリス崩壊以前のことは私は関わっていないから………でも、急な話ではあるわね……」
「急な話でサイとフレイも手紙のやりとりくらいだったけれど、ヘリオポリス崩壊のゴタゴタで不安だったフレイはサイを頼っていく。なのに、だんだんモビルスーツで艦を守ってくれるキラへと傾いてしまう。キラも頼られると、サイを力尽くで押さえてフレイを手にしてしまう。砂漠の夜って静かで声が、よく響きますから」
「あの話は、私も……いえ、クルー全員が知っていたわ。知らなかったのはナタルくらいじゃないかしら」
「教えるとケンカの責任をマリューさんの失点につけるから、みんな気をつかっていたんですよ」
「……ありがとう、……見えないところで、いろいろと」
「話を戻します。キラとフレイのことは想定外だった。だから、キラのMIAは逆に都合がよかった。宇宙でクローンを目覚めさせるとき、ラクスの影響を大に、フレイの影響を小にして記憶を与えた。だから、帰ってきたキラはラクス・クラインみたいな言動をしたし、雰囲気も大きく変わっていた。何より、作戦スピット・ブレイク中でのラウル・クルーゼの行動が不可解すぎるのに説明がつきます。彼は単身、いつサイクロプスが作動するともわからないアラスカ内部へ潜入し、ムゥさんと無意味な銃撃戦を行いながら、わざわざムゥさんにサイクロプスのことを気づかせ、さらにフレイを掠い、母艦へ戻っています。戦場で男が女を掠う理由って、何だと思いますか?」
「………考えたくないけれど、……そういうことじゃないの? ……暴行とか…」
「けれど、当時の部下だったイザーク・ジュールは私の取材に対して、強制であれ合意であれ二人に性的な関係は無かったと返答しています」
「それは亡き上司をかばったか、ザフトの名誉のために隠したか、そういうことは地球軍でもあるでしょ」
「はい、でもイザーク・ジュールは寡黙で複雑そうに見えますけど、話してみると単純でわかりやすい性格ですし、しかも女性関係には潔癖な感じがあって、ウソをついているようには思えないんです。作戦目的に関係ないフレイを掠ってきたことには強い不信感と軽蔑の念を抱いていたことは隠さず、それでいてフレイとの関係は性的ではなく、むしろフレイが父親を慕うように頼っていたと答えています」
「………父親………」
「つまりはラウル・クルーゼは男の本能に狂ったわけでもなく、フレイを子飼いにして隊内で白眼視され、イザーク・ジュールも再三強く進言しているにも関わらず、宇宙にまでフレイお持ち帰り。そもそも、いくら放棄される基地で守備兵が少ないとはいっても、たった一人でサイクロプスの危険もある敵軍本部に走り込み、女の子一人を掠ってくる。この行動に、操られていたという以外、どんな説明をつけますか?」
「……でも、ちょっと待って。サイクロプスのことは、クルーゼも潜入するまでは知らないと思うわ。基地放棄のことも」
「いいえ、彼にはブルーコスモスのアズラエル理事とつながりがあったんです。大戦中のドミニオンの航跡記録、理事会の議事録、宇宙要塞ボアズへの核攻撃のタイミング、これらを検証すると、メンデル遭遇戦のおり救命ポットで射出されたフレイといっしょにニュートロンジャマーキャンセラーに関する技術がアズラエル理事に渡っていると結論できます。現に、ボアズへの地球軍侵攻の報を受けたとき、ザラ議長へ核攻撃があるやも、といった予言めいたことをラウル・クルーゼがほのめかしたと、その場にいたベザリア・ジュールも証言しています」
「あのとき……フレイさんと…」
「ドミニオンは轟沈していて、そのためクルーに取材することはできませんが、私たちも聞きましたよね。フレイの叫び、戦争を終わらせるための鍵を私が持ってる」
「……そういえば………言っていたわね……そんなこと……」
「戦闘の最中、助かりたい一心でデッチあげた話にしては、気の利いた詩的なセリフですよね、普通しますか? 戦争を終わらせるための鍵、なんて言い方。フレイはキラ以外のコーディネイターはみんな死んじゃえ派だったから核攻撃が可能になることを、そんな言い方で表したのかもしれない」
「…………あの子は、ブルーコスモスだったの?」
「私やカズイも一時期そう思いましたし、やっぱり大西洋連合の事務次官って家柄を考えると、かなり思想的影響は受けていたでしょうね。まあ、亡くなった友達のことを悪く言いたくはありませんから話を進めます。フレイの射出はラウル・クルーゼの命令、つまりは計画者の意図。計画者は何のためにニュートロンジャマーキャンセラー技術と、いっしょにフレイを?」
「……偽装?」
「そうですね。それもあるでしょう。けれど、こうも考えられます。フレイからの刷り込みが強かったキラを長期間隔離したあとで、フレイに再接触させる実験」
「実験……」
「けれど、実験は失敗。キラはフレイに過剰反応を示して女王への忠誠心を薄めてしまう。だから殺した」
「……誰を? ……誰が?」
「違和感を覚えなかったんですか? ラウル・クルーゼのプロビデェンスがフレイの乗った救命艇を撃ったときのこと、戦闘とは関係ない、ただの殺し、あれは殺人ですよね」
「………」
「何のために、わざわざ救命艇を撃つ必要があるんですか?」
「……キラくんを動揺させ、隙を作るためじゃ?」
「そう、大きな隙をつくれた。フレイが殺されたときフリーダムは150秒以上も完全に停止していた。危険を警告する私からの通信に答えず、キラは幻覚でも見てたのか、フレイと会話してるかのようなことをブツブツと呻いてた。気持ちは痛いほどわかるけど、敵から見れば格好の的だった。なのに、プロビデェンスはフリーダムを撃たず、キラを殺さず、せせら笑いながらラウル・クルーゼは戦場を離脱している。まるで、フレイをキラの眼前で殺してみせること、それが目的だったように」
「……………………………」
「その結果、キラは女王の騎士という役割に戻る。フレイという想定外の因子を二度のキラのMIAを利用して取り除いた。とても見事です」
「二度?」
「アスラン・ザラの想定外な強さによるキラの一度目のMIAで、計画者はキラが討たれることもありえると想定し直して、シン・アスカに討たれたとき即座にバックアップを用意してきた」
「……でも、カガリさんがコクピットを探して……」
「あのときキラは胴体部にビームソードの直撃を受けて、核エンジンが爆発、どう考えても無事に脱出することもコクピットが形状を保つことも不可能。仮に脱出していても氷点下の海です。カガリさんが見つけてきたコクピットそのものが仕組まれていたと考える方が、よほど自然なんですよ」
「……………………。キラくんが生還することに慣らされていたから……」
「ですね。キラなら生きてる、キラなら無事、そんな思い込みを利用された。二度目のMIAのあと、もうキラはフレイのことなんて、まったく想っていません。ただラクスのために、そんな存在になっていましたよね?」
「………………」
「また、レイ・ザ・バレルにも同じような不可解な行動が発見できます。とくに、アスランさんとメイリンちゃんの乗るグフを制海権のほとんどをザフトが握っている中、わざわざ偽装漁船で偵察に出ていたキサカ一佐が回収しやすいポイントまで追い込んでから撃墜してくれ、さらに最期は敬愛していたはずのデュランダル議長を理由もなく殺害。まるで議長よりキラが大切だと言わんばかり……いえ、彼の意思というより、操られるだけのガンバレルやドラグーンシステムと同じ、勝手に派遣され気がついたら引き金をひいている、そんな存在」
「……………………………」
「ネオ・ロアノークと呼ばれた人間も、何のために戦争を起こしたんでしょうね? ロゴスのため? でも、当時の地球軍にはザフトを討てるだけの戦力も技術もなかった。ただの強化人間でザフトの新造モビルスーツを盗むことくらいしかできていません。自主開発できたのはストライクダガーに羽が生えただけのウィンダム、けれどネオ専用機の性能でさえGタイプに比べるべくもありません。あとは重厚長大化したモビルアーマーばかりです。小型で強力なモビルスーツに対して、いかに火力が強大であっても機動性で劣る巨大モビルアーマーが無力なのは明々白々なのに、わざわざ地球は不利な時期に戦争をしかけ、惨敗しています。地球上の主要な基地はおろか、月基地まで失い、今では風前の灯火。歴史上、戦争は勝てるだろう国が、負けるだろう国にしかけさせ、正義を主張する。アーモリーワンでのモビルスーツ奪取と同じタイミングで行われたユニウスセブン落下、偶然だと言えますか? この二つが同時平行したことを」
「………、けど、モビルスーツ奪取では地球軍らしき戦艦、ユニウスセブン落下ではザフト系列のモビルスーツが確認されているわ」
「そうでしたね。ところで、地球軍とザフト、さらにオーブ軍の人材が共存している組織が宇宙に一つだけありますよね。どちらの機体も部品もあつかえる組織、クライン派。私たちもクライン派に数えられ、大戦後のクラインズにも所属しましたが、組織の全てを知っているわけではありません」
「ラクスさんが第二次宇宙大戦を起こしたって言いたいの? 彼女は開戦時には私たちとオーブで暮らしていたのよ」
「直接の証拠はないです。でも、状況証拠なら、たっぷり。そして、あの大戦で権力を得たのは事実です」
「……………………ミリィ、あなたはトールくんのことで物事の見方が…」
「許せないだけです。許せない女が二人いる。ナタル・バジルールとラクス・クライン」
「でも、ナタルは…」
「私たちの手で殺すことができたのは幸いです」
「…………」
「あの卑怯者っ!」
ミリアリアは吐き捨てるように言った。
「軍規だ秩序だと言いながら、考える作戦といえば人質だとか、他人を犠牲にすることばかりっ! あの女が最期に何を考えていたかなんてドミニオンのブリッジ記録が無くたってわかります。同型艦での戦闘なら私たちが練度と経験で有利。だから、最期の最期で救命艇にフレイを乗せて囮にした! メンデル遭遇戦でフリーダムを中破させた経験で味をしめて救命艇まで用意して艦を放棄すると見せかけてローエングリンを撃ってきたっ! しかも傷ついたストライクが着艦するタイミングを狙って!」
「………………………」
「ムゥさんが守ってくれなかったら、殺されていたのは私たちだった! 死んでも死にきれないような卑怯なやり方っ!」
「……………ナタルは最期で道を誤ったかもしれないけれど、……メンデルで会話したときの彼女は少しは気づいて……いてくれたと、私は思うわ」
「人がいいですね、マリューさんは。それとも同じ地球軍士官だからでしょうか。私たち旧ヘリオポリス市民からすれば許せるわけないんです。ノイマンさんへの取材で私は確信しています。ヘリオポリス崩壊はナタル・バジルールに最大の責任があるって」
「どうして、そう言い切れるの?」
「クルーもそろわない不十分な状況で、なりふりかまわず戦艦をコロニー内へ入れた上、発砲したんですよ」
「でも、それはザフトの潜入部隊に…」
「いいえ、正当防衛は成立しません。そのときアークエンジェルそのものは攻撃に晒されていなかった。中立国内での正当防衛は急迫不正の侵害でなければいけない。むしろ、ドック内で息をひそめていればモビルスーツ奪取が目的だったクルーゼ隊は帰投したはずなのに、あの女は内壁を艦砲で破壊して侵入してきた。他国の国民をゴミとでも思っているんでしょう、とくに宇宙に住む私たちへの偏見をもっていた連合の軍人らしい行為です」
「………………ナタルも、…必死だったのよ」
「ノイマンさんたちは止めたんです。外へ出ても、この人員じゃ戦闘なんてできないって。正当防衛や緊急避難を主張できる根拠は、避けようとした害と発生させた犠牲を比べて前者が大きい場合に無罪となるだけです。たった一隻の戦艦を守るためにコロニーを一つ破壊していい法はありません」
「……市民だったミリィの気持ちもわかるけれど、ナタルだって壊そうと思ってヘリオポリスを崩壊させたわけじゃないの……ただ、クルーゼ隊の攻撃をかわそうと……」
「戦闘もできない人員で艦を動かしたから、コロニー内で逃げ回って余計に被害を拡大させ、敵部隊を退けることもできず中立国のコロニーを一つ破壊した。この事実で軍法会議を開いたら、無罪だと思いますか?」
「………査問はあったの、それでナタルは転属に…」
「栄転ですよ。査問会の議事録なら読んでます、そこで責められたのはマリューさん一人でしたよね?」
「ええ……私が艦長として全ての責任を…」
「あの女は本来なら軍法会議もののコロニー内への戦艦侵攻を誤魔化すために、マリューさんの失点を集め続けてアラスカへ到着する頃には、すっかりマリューさん一人が責任を問われるようレポートを書き上げていた。不手際は何もかもマリューさんのせい、功績は全て自分に。全2008ページの超大作レポートには、サイのストライク不正搭乗から、私の捕虜刺殺未遂、フレイの発砲事件での蛍光灯の修理代まで細々とネチネチと、あの女は非番のとき、かなりヒマだったんでしょうね。何もかもマリューさんのせいにして、自分は常に正しかったと記録してる。おかげでサイクロプスで灰にするには惜しまれたムゥさんのパイロット能力とフレイの政治宣伝効果に、おまけで逃げのびた」
「………曲解よ」
「そうでしょうか。どうせ、フレイの志願動機が宣伝に使えることも売り込んだのは、あの女でしょ」
「それは違うわ。議事録には無いでしょうけど、ナタルは士官でないフレイまでアークエンジェルから転属になることを疑問に思って質問しているの」
「そんなの芝居ですよ、茶番。フレイの志願動機をサザーランド大佐に報告したのは誰です?」
「……ナタルよ」
「ほら」
「……………………でも、ナタルは芝居ができるほど器用な子じゃ……」
「器用ですよ、しかも卑怯。ラクス・クラインを人質にしてクルーゼ隊を停戦させた物言い。あと、ハルバートン提督にキラの両親を保護するよう進言して一喝されたって、ムゥさんから聞き出してるし。それにバジルール家は代々続く軍人の家系、ムルタ・アズラエルは国防産業理事、二人は年齢が近くて男と女、戦場ってラブロマンスには一番の舞台ですよね。名家の坊やとお嬢さま、何をやってたんだか」
「考えすぎよ。証拠もなく、そんなことを言うべきじゃないわ。死者は反論できないの、たしかにナタルは戦術では汚いことをしたけれど、断片的な事実だけで何もかも悪い方に考えるべきじゃないわ」
「ドミニオンのCICクルーが月基地を出る前に、地球の友人へ送ったメールで、アズラエル理事は若い美人の艦長に喜んで、粋な計らいだってコメントしたことを伝えています」
「よく……そこまで調べて……」
「そのために艦を降りたんですから」
「………………執念の取材というわけ……、それがトールくんへの弔いになると?」
「シグナルロストで、すぐMIA。あの女は、さっさとトールとキラを捨てさせてアラスカへ逃げ込もうとした。シグナルロストなんて山陰や磁場、ジャミング、通信機の故障、ニュートロンジャマーの影響かもしれないのに、爆発音と同時だったという理由だけでMIAにして、私が呼びかけるのさえ邪魔した。迫ってくるディンから逃げるため」
「ミリィ、それは…」
「ええ、結果として正しい判断でしたよ。二人とも死んでましたから。でも、あの時点では見捨てるのが早すぎる。アークエンジェルの誰もが今まで守ってくれたキラと、まだ二度目の出撃でしかないトールを置いていこうなんて思わなかった。生きている可能性を考えてた。私は席を外していたけれど、戦後になってブリッジ記録を洗ってゾッとしました。あの女は、クルー全員に死ねとおっしゃるか、そう言ってマリューさんを脅迫してまで目前のアラスカ防空圏へ逃げ込むことしか考えなかった。それまでクルー全員を守ってくれたキラとトールを冷たく捨てて、逆にクルー全員まで人質にする論法、あの女は自己保身と姑息をコーディネイトされて、羞恥心と道徳を胎盤に置き忘れて産まれてきたような女なんですよ。よくわかっていたのは、マリューさんの方でしょ?」
「………感情的な対立は…あったけれど………なるべく憎まないようにしてるの……」
「きっと、あの女はサイクロプスのことも知ってた。そのスイッチを入れた士官の氏名は戦後になっても公開されず闇に葬られてる。思うに、あの女もその一人かもしれない」
「そんな、まさか…」
「冷たい計算が一番得意な人だったでしょ?」
「……………………」
「犠牲となる兵士に言葉だけの追悼を送って、サザーランド大佐あたりとコーヒーでも飲みながらスイッチを入れてる、そんな光景が目に浮かびますよ」
「でも、ナタルはメンデルで私たちに降伏勧告をしてくれ、地球軍に取りなしてくれると提案してくれたのよ」
「あの勧告だって怪しいものです。信じてホイホイと武装解除したとたん撃たれてたかもしれない。アークエンジェルが消えればヘリオポリス崩壊の戦犯にされることは永遠になくなる、サイクロプスの件でも都合がいい」
「いくら何でも一時は同じ艦で運命をともにした仲間に、そんなこと……」
「キラとトールを見捨てた人ですよ」
「………でも、…」
「ええ、もしかしたら下士官くらい見逃してくれるかもしれませんね。けど、マリューさんは自由の身にするって言って宇宙へ放り出されたかも。忘れちゃダメですよ、あの女は敵国の民間人だけじゃなく、キラの両親、さらには自軍の兵士だったフレイまで人質にしたり囮に使ったりする女」
「ミリィ……」
「あそこで降伏勧告に応じていたら、マリューさんは今みたいに生きていられると思いますか?」
「……………………地球軍の体質が変わらない限り、……死刑は確定しているわ…」
「結局は死んだのが、あの女でよかったけど、あんな一瞬なんて物足りない」
ミリアリアは喋りながらテーブルナイフを逆手に持つと、飾り物のリンゴへ突き立てた。
「もっともっと苦しめて苦しめて、ナイフか拳銃で血まみれになるまで呻かせてからでないと気が済まない。あの女に自分の罪を…」
「ミリィ、それは店の…」
マリューに手首を握られると、ミリアリアは無意識で何度も突き刺していたリンゴを店から買い取った。
「つい、興奮しちゃって」
「ミリィの気持ちはわかったわ。でも、ナタルは死んでいるの」
「ええ、あの女のDNAは一列も残らず蒸発して宇宙の塵に…ふふ、ふふ…」
含み笑いしたミリアリアは、まだ亡き上官の悪口を続ける。
「指揮官だとか、命令する立場だとかいう前に、自分がスカイグラスパーに乗ればいいじゃない。士官学校卒なら工業カレッジのトールより、よっぽど適任なのに」
「……ナタルには副長としてCICを…」
「あの女がいなくなってから、逆に艦砲の命中率とか上がってますよね? アラスカ防衛戦でも、ヤキン会戦でもディンやジンを何機も墜としてる。別に副長なんていらないんですよ。いなくなっても困らなかったじゃないですか」
「…………………」
「むしろ口喧嘩がなくなって私たちも空気よかったし。あの密閉されたブリッジとCICでケンカされると息がつまるんですよぉ」
「……ごめんなさい…」
「あの女がスカイグラスパーに乗ってイージスに討たれれば、涙の一つくらい零してあげたのに。トールじゃなきゃキラも冷静に仇を討って…っ…もしも、トールじゃなくて……今頃…」
ミリアリアが穴だらけのリンゴに涙を零すのでマリューは手を伸ばして肩を抱いた。
「ミリィ、戦争に、もしもは無いの。時間は戻らないの」
「…わかってます…、でも、戦争に戦犯はいる」
「……………………」
「ナタル・バジルールは地球軍士官としてあるまじき卑劣な作戦をとり、フレイ・アルスターを犠牲にした。よって救命艇を射出したときに時間を遡って懲戒退官とし、戦死による二階級特進を取り消し、銃殺刑とするが被告人死亡のため執行留保とする。ふふ…ふふふ…先週、地球連合の軍法会議局で決定されました。私が提出した証拠によって」
「よく、そんなこと…」
「バジルール家からの圧力もありましたけど、なんといっても今はクラインズだったミリアリア・ハウですから勝てますよ。フレイだって大西洋連合事務次官の一人娘、アルスター事務次官は人情味のある人だったらしく応援してくれる軍官僚もいましたから」
「………死んだ彼女を貶めて、どうするの? そんなことをしても、トールくんは戻らないのよ」
「史実を調べ、正当な評価をしてほしかったからです。あとは後世の歴史家にまかせましょう。あのラウル・クルーゼも、後世の歴史家に笑われたくない、そう遺しています。私も戦争に巻き込まれただけの女の子でいたくない」
「……………………」
「ナタル・バジルールとの私の戦争は終わった。あとは、生きている女王」
「まさか………」
「私なりの戦いを挑むつもりです。いつまでも歌で欺されている人たちばかりじゃないってこと、教えてやります」
ミリアリアは強い決意を、かつての上司に告げて店を出た。
最高評議会ビルの議長室で平和維持活動についての報告書を読んでいたラクスのもとへ、マーチン・ダコスタ長官が困り顔で現れた。
「ラクス様、困りました」
「なにか良くないことですか?」
「はい、うまくないですね。ラクス様へ直接に話したいという通信です」
「まあ、どなたからですか?」
「ミリアリア・ハウ、元ヘリオポリス市民でアークエンジェルのクルーだった女性ですが、今はフリーのジャーナリストです。それが、まずいことになってます」
ダコスタはミリアリアに関する書類をデスクに広げた。ラクスは数秒で目を通すとタメ息をついた。
「そうですか……困りましたね」
「お話になりますか?」
「はい、つないでください」
ラクスが頷くと、デスクのモニターにミリアリアが映った。ラクスは微笑んで挨拶する。
「こんにちは、お久しぶりですわ。ミリアリアさん」
(女王ラクス・クライン。いえ、クイーン・ラクスとお呼びした方が、いいかしら?)
「わたくしはわたくしです。ラクスとお呼びください」
ラクスは真顔で答えた。
「ミリアリアさんには、何か誤解があるようで残念です」
(誤解? 誤解ねぇ、便利な言葉ですね。じゃあ、その誤解とやらをなくすために、いくつか質問に答えてくださいますか、女王様)
「わたくしは女王ではありませんが、ご質問は何でしょう?」
(今でもキラは寝言で呻きますか? ごめん、フレイって)
「……………………」
ラクスは悲しい表情を浮かべた。
「わたくしはミリアリアさんを友人だと思っています。今日まで、そして明日も」
(さすが議長だけあって質問をはぐらかすのがうまいですね)
ミリアリアが相手を感情的に刺激しようとしていることは、そばで聴いているダコスタにもわかった。ミリアリアへのカメラ画像には見えない位置で部下たちに逆探知の指示を送っている。ミリアリアは、どこかのホテルにいるようだった。
(では、次の質問です。デュランダル前議長が実行しようとしたディステニィープランはラクスプランの一環? それとも想定外の要素?)
「ご質問の意味がわかりませんわ。ラクスプランとは?」
(私は想定外の要素だったと推測してる。だって、あのデュランダル前議長のプラン発表を聴いたとき、人類の誰もが驚くか、戸惑うかしていたのに、あなたは真顔で怒っていた。いつも平和の歌を唄うお姫様のあんな怖い顔を見たのは初めて)
「……………………。わたくしが感情的になりましたのは、ミーアさんのことがあったからですわ」
(さんざん泳がせて踊らせたニセモノに憐憫の情があったの?)
「……。デュランダル前議長のなさりようは強引なところもあり残念です。わたくしも、もっと早くに名乗り出るべきでした。そうすれば、彼女を……、その点は責められても仕方のないことです」
(デュランダル前議長はラクスプランにとって裏切り者だった。彼は女王の引き立て役では足らず、自分が王になろうとした)
「王? プラントは王制を敷いてはおりませんよ」
(オーブでのラクス暗殺未遂が、そもそも未遂に終わらせるための茶番だったのか、本気の暗殺だったのか、どちらとも考えられるけれど、その後、シン・アスカという想定外の要素がキラの撃墜に成功した時点からは確実にデュランダル前議長はラクスプランにとって排除すべき要素になっていた。この時点では王の駒はレイ、シン、アスラン、この三つの駒があれば戦術レベルで敗退することはない。そして戦略レベルではプラントは圧倒的優位にあった。デュランダル前議長は勝てると考え野心に取り憑かれた。今や艦隊よりも一機のモビルスーツの活躍が戦争を終結させることもある時代だから、女王の引き立て役にすぎなかったデュランダルは自ら王になろうと欲した)
「……お話がわかりません」
(けれど、偽王は見誤っていた。レイの個人的な忠誠に期待しすぎた。しょせんレイは操り人形にすぎず、糸をもっているのは偽王ではなく女王。さらに想定外なほど強くなったシン・アスカとのバランスをとるために、アスランを女王の駒として取り戻す必要が生じる)
「アスランはアスランです。駒ではありません」
(レイは前議長へアスランを排するよう進言しておきながら、メイリン・ホークと逃亡するアスランに対して60発も自動小銃を発砲、なのに一発の命中弾もなくグフでの逃亡を許し、さらにはレジェンドとディスティニーで出撃したのにアスランを生きながらえさせている。とても不自然な行動だった)
「アスランが生きていてくださって、本当によかったと思っています」
(メイリンお持ち帰りでね)
「あなたも女性なら同じ女性を侮辱するようなおっしゃりようはやめてください」
(カガリさんには独り身でいてもらわないとラクスプランが狂うものね。カガリさんに子供が生まれては困る。だから、相手がオーブの貴族セイラン家でも、アスランでも阻止しなければいけない。女王が地球も統治するために言いなりになる王女は王女のまま、未婚で子をなさず少なくとも体制が固まるまで、独り身でいさせる必要があった)
「アスランとは婚約しておりましたが、そのことでカガリさんやメイリンさんに何か感情をもっているわけではありません」
(話をそらすのがうまいけれど、私は確信してるの)
「何を確信なさっておいでなのですか?」
(ラクス・クラインが世界の女王となる計画が存在し、そして成功しつつあること)
「そうですか……………………ふふっ、ミリアリアさんはジャーナリストより小説家に向いておいでなのですね。きっと、ディスティニープランが発動されていたら、そう演算されたと思いますわ」
ラクスが微笑むとミリアリアも笑み返した。
(やっとイヤミの一つも言ってくれたわね。少しは人間らしいじゃない)
「ミリアリアさんのお話は、すべて結果から原因を邪推されたにすぎません」
(真実は違うと?)
「はい」
(もしも、私が話していたことが見当違いだったなら、女王でない忙しいラクス議長は、とっくに通信を終わらせていたでしょうね。こんなに長く私の妄想に付き合ってくれてない)
「ミリアリアさんは大切な友人ですから。いずれ、ゆっくりお会いして話したいですわ」
(身柄を拘束するため? それとも殺すため?)
「……………………誤解はとけないのですか? わたくしは誰も殺したりいたしません」
(ダコスタ機関)
「……」
(旧クライン派の中枢、クラインズが組織された今でも表の平和維持活動とは別に存在してる。ザラ議長が放った司法省の追っ手を全滅させ、マルキオ財団と協力して第一次大戦で大破していたフリーダムを再生、ひそかに地下基地へ隠していた)
「ときには剣が必要になることもあるのです」
(そして剣は人を刺し、殺す)
「なるべくキラには守りの剣でいてほしいと思っています」
(キラが不殺さずの剣なら、ダコスタ機関は暗殺用ダガー)
「……」
(今のダコスタ機関はベザリア・ジュールの動きを主に監視してる)
「…………」
(もっともベザリア・ジュール後援会を前身として結成されたイザーク・ジュールの後援組織でもあるジュール同盟は民主的な選挙による政権交代しか考えていないから、暗殺の対象にはならない。むしろ、危ないのは私)
「……」
(女王様、次の一手は?)
「………………………」
しばらく考えたラクスは再び微笑んだ。
「やはり、ミリアリアさんは間違っています。わたくしは女王ではありません」
(じゃあ、何かしらね? 人類史上もっとも強大な権力をもつにいたった女性は、なにもの?)
「わたくしは神です」
(…………………………………………)
今度はミリアリアが沈黙する番だった。
オーブ国内にある偽名で借りているアパートから通信していたミリアリアは長く黙っていた後、笑い始めた。
「…くすっ…くっ、…く、あはっはははははっ! 神っ?! 神って言った?!」
(はい)
ラクスは画面の中で真顔のまま答えてくる。ミリアリアは顔を歪めた。
「はっ、可笑しすぎて頭痛がするわっ!」
(わたくしは世界の平和を祈っています。そのための神です)
「……………………女王どころか、女神ってわけ?」
ミリアリアは手元にある別のモニターを横目で確認する。そこには通信を中継させているカーペンタリアのホテルが映っている。ちょうど、ミリアリアが実名で宿泊手続きをとっている部屋の前に何人ものダコスタ機関の部員が配置についていた。やすやすと捕まるつもりはない、ミリアリアは質問の答えを待った。
(多くの人々は平和に暮らしたいだけなのです)
「そうね」
(けれども今なお地球では、わずかな国境線や資源をめぐっての紛争、歴史的な民族間の対立による憎しみの連鎖、原始的な独裁政権による圧政が残っています)
「それを神となって鎮めるって?」
(はい。世界は新しい段階へ進もうとしています。その流れに逆らい、なお争いをつづけるものには、キラの裁きがくだります)
「………」
(あと少し、あと少しで世界から争いは消え、そして、わたくしは…)
ラクスはモニター越しにミリアリアを正視して告げる。
(新世界の神になるのです)
「…………あっそ」
(ミリアリアさん、どうか邪魔をしないでください)
「いやよ、って答えたら?」
(……………………)
「いやよ。お断り、すべてを公表するわ」
(……………………………。残念です。ダコスタさん、お願いします)
「とうとう本性を出したわね」
ミリアリアは通信を中継させていた部屋へ突入した部員たちが、誰もいないことに狼狽えているのを嗤った。
「あはっははははは♪ そこには最初から誰もいないのよ! バぁーカっ!」
(……………………)
「何が神よ! 神の目で見えないの? 神の一手は、そんなもの?」
嗤っているミリアリアの背後からノックが聞こえてくる。
コンコンっ
誰かがアパートのドアをノックしている。ミリアリアは緊張して息を飲んだ。
「っ…誰?」
(ミリアリア・ハウさん? 開けてもらえませんか、マーチン・ダコスタです)
「なっ…」
(乱暴しませんから開けてください)
「……」
穏やかな声だったが信じられるわけがなかった。ミリアリアは情報ディスクだけを持つと、逃げることを考える。
「………ど、どうしよ?! こ、こんなことなら二手三手先を考えて戦うべきだった! どうしよ?!」
戦艦のCICとは違う緊張感で汗が噴き出してくる。
コンコンっ……ドンドンっ!
ノックは激しくなっている。すぐに蹴破られるかもしれない。ミリアリアには捕まるつもりも自殺する気もなかった。
「どうか、神さま……ラクス・クラインじゃない神さま、下が柔らかいものでありますように!」
二つの大戦を生き残ることができた自分の強運を信じて、ダストボックスを開けると階下の構造もわからないまま、思いきって飛び込んだ。
後編に続く。