戦後、ミリアリアが女王ラクスに挑む話   作:高尾のり子

2 / 2
数々の証拠でラクスを追いつめたミリアリア。だが、追いつめられたのはミリアリアの方だった。追ってのダコスタが迫り、ミリアリアは思い切ってダストボックスに飛び込むが・・


ガンダムシード ディステンクション Distinction 「ミリィズ・レポート」   完結

 プラントの宇宙軍港でエターナルへ乗り込もうとしているラクスに、駆けよってきたベザリアは強い抗議を始める。

「クライン議長っ! 我らがザフトへの食料および推進剤の供与を半減させるとは、どういうことかっ?!」

 急に怒鳴られてラクスは戸惑った顔を見せたが、すぐに答える。

「先日の地球への援助のためですわ」

「な……だが! これでは演習はおろか、哨戒任務も減らさざるをえなくなる!」

「………」

「軍は常に万全でなければ軍ではない! クライン議長が提案された追悼慰霊をかねた観艦式も来週にひかえているのです! 推進剤も満たせぬ艦で観艦式を開けとおっしゃるかっ! 軍の権威を…」

「軍備を誇るために観艦式を開くのではありません。追悼のために集まるのです。地球の方々も」

「だがっ! そもそも今年度の予算を議長といえど勝手に…」

「ベザリアさん」

 話をさえぎったラクスは胸から一枚の書類を出すと、そこにサインをして興奮しているベザリアへ手渡した。目を通したベザリアの顔色が変わる。

「……これは……次期議長の……推薦状……」

「日付は、そちらで記入してください」

「…………………お辞めに、…」

「わたくしの任期も、あと少し。現議長として次の議長にはイザークさんがふさわしいと考えています」

「…………………………………………」

 黙っていても息子が次の議長になるなら、不十分な推進剤での観艦式決行にも目をつむろう、ベザリアは大切そうに推薦状を胸に入れた。息子が士官学校に合格したときも、赤服の試験に合格したときも、高鳴る胸の鼓動と幸福感でいっぱいだったし、今も幸せだった。今夜はお祝いにホテルでディナーにしよう、息子と二人で、ベザリアはゆるみそうな口元を引き締めるのに苦労しながらラクスを見送った。

 

 

 

 オーブ国内で服飾デザイン会社に勤務しているサイ・アーガイルはアパートを訪ねてきた友人を招き入れながらも、その出血と顔色に驚いた。ミリアリアは右胸を赤黒く染めている。

「ミリィ、ケガしてるじゃないかっ?!」

「ハァ…ハァ…っ…ごめん…、かなり迷惑に…」

「ごめんって、そんな……とにかく救急車を!」

「呼ばないで」

 ミリアリアは倒れそうな顔色で首を横に振った。

「ハァ…ハァ…平気よ。ちょっと落ちたとこに折れた傘があって……ね。…私の強運も、底をついて…」

「誰かに追われてるのか?」

「クラインズの、ハァ…ハァ…ダコスタ機関って、知ってる?…くっ…ハァ…ハァ…」

「…………………」

「これを……コピーして…ハァ…私に万一のことがあったら……公表してほしいの」

 ミリアリアが差し出す情報ディスクを戸惑いながらもサイは受け取った。

「ミリィ……」

「ごめん、サイは普通に暮らしてるだけなのに……きっと、迷惑が…ハァ…ぅ…」

「迷惑だなんて……とにかく、ソファに」

 サイは負傷している女性をソファに寝かせた。

「ハァ…ハァ…」

「血は止まってるね。でも、やっぱり病院に行かないと…」

「捕まるわ。殺されるために行くようなもの…ハァ…ハァ…」

「………。包帯を探してくる。他に、ほしいものある?」

「お水を…お願い…」

「わかった。動いちゃダメだからな」

 サイは念を押してからキッチンへ向かうとコップに水を汲み、そこへダコスタから渡された粉薬を混ぜた。コップを受け取ったとき、ミリアリアは力なく微笑んだ。

「…水……なつかしいね、サイ」

「ミリィ?」

「あのときデブリに向かわず、水をガマンして月基地へ行ってれば……クルーゼ隊もラクス捜索のため迂回してたから…月へ行けて私たちの運命も…」

「今は、そんなことより」

 サイが促すと、ミリアリアは水を飲んだ。

「ハァ……いっそアークエンジェルに乗らず、さっさとヘリオポリスのシェルターへ入ってれば回収してもらえたでしょうにね。ハァ…ハァ……世界がこうなることに、私もサイもトールも、いても…いなくてもいい要素で…ハァ…ハァ…そしたら、私も平和の歌を唄う女神気取りのコーディネイターを信仰して…ハァ……ハァ………」

「ミリィ……」

「ここにも手が回ってるのは、わかってた。当然よね」

 ミリアリアは意識が遠くなるのを感じ、それが出血のためばかりでないことも悟っていた。サイの申し訳なさそうな顔を見れば、すぐに読めることだった。

「だから、私が死ぬのはサイの責任じゃないから気にしないで」

「……………………」

「でも、お願い」

 ミリアリアは最後の力で手を伸ばしてサイを近づけると、小声で耳元に囁く。

「お願い、ディスクを二つ、コピーして」

「ミリィ?」

「あいつらに…ハァ…オリジナルとコピー一つを渡して…ぅ…もう一つはサイが持っていて」

「……………………」

「私が生きていた……証のため…に……そして…トールも…ハァ…ハァ…」

「そこまでして……」

「……ハァ………ハァ……目が……」

 だんだん視界が暗くなり身体に力が入らなくなってくる。

「…ハァ……ハァ……ああ……目がぁ……」

 サイが握ってくれている手の感触も遠い。思考がまとまらず、うわごとしか言えない。

「…ハァ……これが……神の一手…って………わけ…………………サイ……てー………………キラ………死に神……」

「……ミリィ………」

 サイは動かなくなったミリアリアを見つめ、ディスクを握る。

「……ごめん……ごめんよ、ミリィ」

 サイが謝ると同時にダコスタが天井から降りてきた。物音一つ立てないコーディネイターらしい完璧な運動神経だった。

「アーガイルさん、ディスクを」

「………」

 コピーする時間さえ、無かった。

 

 

 

 翌週、およそ宇宙に存在する戦闘艦の全て、ザフト、クラインズ、オーブ軍、地球軍宇宙艦隊を集結させた観艦式は予定通りに挙行されていた。総旗艦エターナルで演説と歌唱をひかえたラクスにダコスタが気を利かせる。

「ラクス様、あと5分で開始です。何かお飲みになりますか?」

「そうですね、わたくしはダージリンをお願いします」

 エターナルを中心に宇宙艦が整列している様子を見つめながら、キラと紅茶を楽しんだラクスは演説のために立ち上がった。

「この世界に生きるすべての人々の平和を願い、この観艦式は執り行われます。そも観艦式は英仏戦争のおり、英国のエドワード…」

(クライン議長っ!)

 演説にベザリアが緊急回線で割り込んできた。

(非常事態ですっ!)

「何があったのですか?」

 ラクスは演説を中断して応えた。

(月と残留ニュートロンジャマーの影響で発見されずに接近していた小惑星が地球落下軌道をとっています!)

「小惑星……、どのようなものですか?」

(今しがた入った観測データではコロニーのような人工物ではなく、まったくの岩塊ですが直径は12キロっ! 落ちればユニウスセブンを超える被害をもたらします!)

 モニターの中でベザリアの顔は緊迫してる。その背後に立っているイザークも状況の悪さを憂いていた。ラクスは慌てずに問いかける。

「それが確実に地球へ落ちるのですか?」

(そうです! クライン議長が哨戒勤務をムリに減らしたため発見が遅れたのです! この責任をどうされるおつもりかっ!)

「わたくしの責任です。観艦式は中止、今すぐ全艦隊を小惑星落下の阻止作戦へ向けてください」

(クライン議長が推進剤の供与を削られたために、ここから小惑星の軌道まで到達できる艦はザフトにはないっ!)

 ベザリアが送信してきた航宙図には小惑星落下のコースとザフト艦の作戦可能範囲が示されている。どう見ても間に合わなかった。とくに戦後、旧式のローラシア級がザフトに残され、新型のナスカ級がクラインズへ優先的に配備された影響も大きい。ラクスは足元にいるバルトフェルドへ問いかける。

「間に合う艦はありますか?」

「難しいな」

 バルトフェルドは指揮席から背後を振り返ってラクスの膝を見上げる。バルトフェルドが座る艦指揮席とラクスが着席する総指揮席の高低差のために、ちょうどラクスの足首の高さがバルトフェルドの視点になる。ラゴォの爆発時に左目を喪ってから酷使してきた右目の保養として設計されたわけではないが、すらりと細長いラクスの脚は乳幼児よりもきめ細やかな肌にコーディネイトされ、質感も形も美の神アフロディテがタメ息をつくほど完璧なコーディネイトで形成されている。まさにキラ以外の人の子で望みえる宇宙最高の視点だった。

「………………」

「………」

 ラクスが見下ろしてくる。背筋は伸ばしたまま、顔も正面へ向けたまま、瞳だけ砂漠のトラと呼ばれた男へ落としている。

「バルトフェルドさん?」

「……」

 手の届く距離にラクスの両膝がこころにくく閉じられている。ナチュラルなマリューの乳房も悪くなかったが、やはりコーディネイターの美しさは別次元だった。あまり見ているとキラに手首をひねられるかもしれないので、すぐにマジメな顔で返答する。

「間に合うのは、このエターナルとアークエンジェル級、それにナスカ級でも後期高速型くらいだろうな」

「それでもかまいません。可能性のある艦は、すべて出撃させてください」

「了解。全艦に告ぐっ! 足手まといにならない自信のある艦長はエターナルについてこいっ! 間に合ったヤツには、疾風タイガーの異名をくれてやるぞ!」

(グゥレイト♪)

 通信画面に映っているベザリアの後ろにいるイザークの、そのまた後ろにいたディアッカ・エルスマンの声だったが、親子に睨まれて二歩下がって画面の外に消えた。

 

 

 

 地球の重力圏へ入ろうとしている小惑星に到達できたのはエターナル他12艦だった。ラクスは射程内に捕らえようとしている小惑星を見つめて、大胆な提案をする。

「このまま全火力をもって攻撃しても、質量は半分以上が残存したまま地球へ落ちてしまいます」

「半分でもメガトン級だな」

「あれを地球に落とすわけにはまいりません」

「では、どうする?」

「エターナルで押します」

「……押す、か…」

 バルトフェルドは腕組みして考えるが、キラはラクスに賛成だった。

「ラクス、艦の推力を加算してのスイングバイが狙いだね」

「はい、可能なかぎり攻撃で質量を軽減すると同時に着弾のポイントを小惑星のスピードをあげる後方へ集中し、さらにエターナルで接近、艦首を潰すことになりますが直接に押します」

 モニターには地球へ落ちるコースをとった小惑星が重力と遠心力のコラボレーションで地球を半周してスピードをえて再び重力圏外へ脱出する演算がされている。計算上は成立する作戦だった。

「摩擦熱とオーバーロードで自爆する危険と隣り合わせか………だが、オレたちは核ミサイルを持たず、メテオブレーカーも間に合わない。かなり危ない橋だが可能な作戦は、それだけだな」

「ボクもフリーダムで出撃するよ。いっしょに押せば推力は少しでもあがるから」

「なら、ガキどもにも出撃させるか」

「ううん」

「いいえ」

 キラとラクスは同時に否定した。

「わたくしたちが失敗した場合、あの子たちには混乱する地球へ降りてもらいます。そのために静止軌道上でアークエンジェルを中心として待機させてください」

「子供たちに、この作戦には参加させられないよ」

「大人だけのパーティーってわけだな♪」

「キラ、無理をしないでください」

「わかってる、ラクスも無理はしないで」

「キラ……必ず帰ってきてください、わたくしのもとへ」

「大丈夫、フリーダムは伊達じゃない」

 地球の命運をかけた作戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 プラントのアーモリーセブンで恋人の部屋を覗いたメイリン・ホークはあきれた。

「アスラン、まだ食べてない」

「……あ、ああ……ごめん……ハロの調子がおかしくてさ…」

 アスラン・ザラは電子工具を握ってハロを組み立て直している。二時間前に置いてあげたサンドイッチは一口も食べられていなかった。起きてから着替えもしていないようで、まだトランクスとシャツだけでいる。

「ハロ♪」

「認めたくない♪」

「お前もな♪」

「あえて言おう♪」

「あんたちょっとセコいよ♪」

「年寄りは黙ってな♪」

「謀ったな♪」

「測ったな♪」

「ばぁーーくれつ♪」

 家の中には無数のハロがいる。一つめをプレゼントされたときは感動のあまり嬉し泣きしたメイリンも、七つめあたりから反応が冷たくなり、両手の指で数えられないようになってから、かつての婚約者だったラクスの忍耐力を尊敬しつつ、なんとなく相手にされなくなった理由がわかってくる。とくに鍵のかかったドアを勝手にあける機能をもったハロを作られたときは殺意に近い感情を覚え、男を殴りたいと本気で思ったのは生まれて初めてだった。きっかけがシャワー姿にバスタオル一枚での芝居だった二人の始まりとはいえ、それが自分のスタンダードではないこと、何人もの兵士に半裸を見られて恥ずかしかったこと、バスルームやトイレの鍵は勝手にあけられると困ること、それらを髪よりも赤く燃える拳で叩き込んだ日から、アスランに対する遠慮がいい意味でも悪い意味でも無くなっている。

「アスラン、今ね、地球が大変みたいよ」

「また何か落ちるのか?」

「うん、10キロくらいの小惑星だって。それでラクス様とキラさんが観艦式を中止して向かってるって。さっきニュースで」

「あの二人なら、なんとかするさ」

「そうよね♪ じゃあ、私はお姉ちゃんと約束あるから行くね」

「ああ」

「ちゃんと食べてね」

「わかってるよ、うるさいなぁ」

「食べないと身体に悪いのに……」

 メイリンの言葉を聞かずにアスランは電子工作に没頭している。ハロの調整を終えて、次のハロを作るため箱を開けている。

「よーし、やるぞぉ、じっくり新開発に打ち込むぞぉ♪」

「……………………」

 両親を戦争で亡くし、一人目の婚約者を幼馴染みに奪われ、二人目の婚約者とも破談になってしまった恋人を生温かい目で見守るメイリンは窓を開けて、せめて新しい酸素を送り込んでから一人言をこぼした。

「……………あんな古い回路、面白いのかなぁ」

 電子戦の専門家であり、軍基地の電子防壁でも突破して操作できるメイリンにとってはハロに打ち込む恋人の考えていることはわからないし、別の宇宙から電波を受けたような言語プログラムを入力することに何の意味があるのかも理解できない。

「よーし、この記憶回路を……セットして……」

「アスラン、新しいの作るのはいいけど、ドアの鍵とか開ける機能つけないでよ!」

「ああ、わかってるよ」

「……本当に、わかってるのかなぁ…」

 メイリンはタメ息をつきながら自分の部屋へ戻ると、おでかけ用の衣服に着替える。服を脱ぐ前にハロを部屋から蹴り出した。録画機能も禁止しているけれど、やはり気分のいいものではない。はじめてアスランを殴ったとき「あんたって人はっ!」と思わず戦時中やたらシンが叫んでいて通信機を外したくなるほど耳が痛かった怒声を借りてしまい、あの二人が険悪だったことの原因は一方的にシンが悪いと思っていたけれど、自分の知らないところでアスランも何かしたのかもしれないと、ケンカ両成敗に考えるようになっている。

「あ、もう行かなきゃ」

 メイリンは軽く口紅を塗って、ハイヒールを履くと街に出た。地球は存亡の危機に瀕しているけれど、ユニウスセブン落下のときと同様にプラントは慌てても意味がないので平穏だった。

「お姉ちゃん、お待たせ♪」

「メイリン、いい服もってるのね」

 待ち合わせ場所にいたルナマリア・ホークは妹をファッションチェックして嫉妬した。

「いいよね、アスランって好きなだけ買い物しても小言一つこぼさないって?」

「ハロの材料さえあれば、って感じ」

「私とシンも年金もらえるからって退職したけど、在官が短かったから少ないのよ。ね、お昼おごって♪」

「いいけど、毎回、妹に………、食料統制で値段も…通常の三倍…」

「オーブからアレックスとしての年金もあるんでしょ?」

「あれはカガリさんをアーモリーワン襲撃時に守った功績に対する報償型年金なの」

「ザフトとオーブから年金の二重取りかぁ………でも、バレたら減額されるって?」

「バレないように、ちゃんと情報操作してるよ♪ そーゆーの得意だから所得税もオーブからもプラントからも課からないよう操作してあるし。もともとアレックスは存在しないから誤魔化すの楽なの♪」

「そっかぁ……メイリンの電子戦力いいよね。パイロット能力なんて戦争にならないと、役に立たないなぁ」

「お母さんとお父さん、どうして私たちを二人とも戦場向きにコーディネイトしたのかな?」

「たぶん、先見の明があったのね。なにかと軍って優遇されて給料も高いし、上官と結婚すれば安泰だし。なにより男女比からいって競争が楽♪ 第三世代の出生率も下がるばっかりだし、早く身をかためないとって」

「合理的かも。婚姻統制の制度運用も怪しいし、ストーカーに利用されたって」

「何年か前にあったよね。社会厚生庁の婚姻統制局員が立場を利用してストーカーしてる相手と縁組みできるようマリッジ・プランナーへ不正アクセスしたっての。それにデュランダル前議長は模範を示してタリア艦長と別れてみせたらしいけど、ラクス様はアスラン蹴ってるし。先月、ラクス様が婚姻統制を段階的に見直すって発表したら、ものすごく支持されてるもん」

「婚姻の自由を奪われると、きついよ」

「前議長は職業選択の自由まで奪おうとしたし………プラントって社会的に後退してない? 統制統制ってさ、婚姻と職業、とうとう食料まで! いったい何で楽しめっていうのよ! 国民の楽しみは?!」

「言えるかも。まあ、なんとか自由は残ってるけど……全部が実行されてたら生きながら死んでる世界ってラクス様が言われた通りに……」

「メイリンはいいよね。どさくさでアスランゲットだもん。このままセレブかぁ~」

「どさくさって……」

「私たちってエースを見ると血が騒がない? 口説け~ぇ、今がチャ~ンスって声が頭の奥からする」

「……する……。遺伝子レベルの、本能的な、なんか……感じる」

「シンもいい線だったけど、デュランダル派だったから出世できないし、クラインズにでも入れたら退職させなかったけどねぇ。いつの時代も外様は、つらいよ」

「シンさん、最近は?」

「あのバカは、あいかわらずカガリ首長の悪口をネットに書いたり、偽ブログでネガティブキャンペーンしたりしてる。ここ最近はラクス様のファンになったみたいで、本日のラクス様って、くだらない番組を毎日録画してるし………ステラって寝言が減ったのはいいけど……部屋に等身大ラクス様ポスター張ってる。アスランは元気?」

「まあまあ」

「カガリって寝言いわない?」

「なにその期待した顔」

「ルナマリアって寝言いわない?」

「………。言わない。寝言は寝て言うものだよ」

「……。じゃあ、どんな寝言いうの? 一番多いのは?」

「一番多いのはキラ」

「……………二番はカガリか、ラクス?」

「ニコル」

「アマルフィ議員の?」

「そう。あと、ラスティとミゲル。同じクルーゼ隊だったらしいよ」

「ゆ……友情に厚いのね。……戦友に、……たしかに戦争体験のことって夢に出てくるけど、私は戦死したレイの夢なんて見たことないよ」

「お互いに興味持ってなかったからじゃない? 私も見ないし。っていうか、同じ艦にいて業務連絡以外で会話した覚えがないし。エターナルに乗ってからは、お姉ちゃんとシンさんは敵に思えなかったけど、なんかレイさんは敵っぽかった。本気で来てる感じがしたもん。ううん、グフのときから私ごと殺してやるって感じもしたし。まあ、結局はシンさんに撃墜されたんだけど……」

「私、ときどきシンに殺される夢とか見る。あいつ、最期の最期で私を殺そうとしたし、アスランが守ってくれなかったら、レイやタリア艦長の仲間入りよ」

「……」

 それはお姉ちゃんが最期の最期でアスランにつこうとしたからで誰だってカッとなる行為だったよ、男同士の戦いに割り込んでインフィニティジャスティスを背中にかばうみたくされたら殺そうとも思うって、いきなり裏切られて傷ついたシンさんは、うわああ、ステラ、マユって叫んで自分を裏切らなかった女の子を思い出して心のバランスを取ってたし、あの頃から完全に破綻してたカップルなのに今でも続いてるのが、宇宙の神秘かスターダストメモリーだよ、とは言わない程度にメイリンは大人だったので、少し話題を変える。

「そういえば、あのときのことミリアリアさんに、しつこく訊かれたなぁ。どうして、急にアスランのために軍を裏切ったのかとか、それ以前から関係はあったのかとか、レイさんの射撃の腕前で二人とも無傷だったのはなぜ、とか」

「あ、私も訊かれた。とくにレイに不審な点は無かったかって。パイロットとしては信頼できたけど、人としては変なとこが多かったって答えたら、うんうん頷いてたしメモりまくってた」

「私なんてカガリさんと、どんな風に話をつけたのか、とかまで訊かれたよ」

「どんな風だったの?」

「……。カガリさんが、あいつのこと頼むな、ってそれだけ」

「それだけ? 睨まれたり、わざとぶつかられたりしなかった?」

「そんなことされないよぉ」

「ふ~ん……私はラクス様…じゃなくてラクス様のふりしてるニセモノに、ぶつかられたり意味ありげな視線で見られたりしたよ。超ムカツク」

「………」

 それは公式には婚約者だったんだからお姉ちゃんほど露骨にやれば当然だよ、とは言わないほどにメイリンは大人だったので人工の空を見上げた。高層ビルの街頭モニターで平和の歌を唄うラクスの映像が流されている。字幕ニュースでは小惑星への攻撃が始まったことも伝えていた。

「シンさんだけじゃなくラクスファン増えてるよね。戦後も着実に」

「ラクス様って以前からキラ様との関係にウワサあったけど、ぜんぜん私生活は見えてこないし。最近はイザーク委員長ってウワサもあがってるね」

「そのウワサはベザリアママが激ギレして週刊誌をアーモリー高裁から発禁処分にしてから有名になったもんね。とうのラクス様は気にもしてなかったのに」

「あ、この靴、可愛い♪」

 メイリンはショーウインドウを一目見て気に入った赤い靴を衝動買いした。ルナマリアが軽くタメ息をつく。

「メイリン、いいよね。リッチで」

「お姉ちゃん、赤としての年金は?」

「ちょびっとだけだって。艦にいた頃は三食から制服まで支給されて口座の給料いつ使うのよって感じだったけど、今じゃ食べるのがやっとよ。アスランってザラ議長の退職金もあるんでしょ?」

「うん、お父さんは在任中の戦死扱いで、お母さんのことでもユニウスセブン基金から毎月の慰霊金があるし、シーゲル議長の政策で基金からの給付は非課税なの♪ でも、シンさんのご両親と妹さんだってオーブで戦死じゃないの? 何もないの?」

「正確には戦死じゃなくて避難中の戦災死なのよ。戦災孤児への給付ってオーブの地球全体との格差是正政策もあって少ないし、それにあのバカ! 士官学校に入ったとき国籍をオーブからプラントへ移してるのよ。だから、そのとき打ち切りになってるの!」

「まあ、国籍オーブのままプラントの士官学校ってわけにもいかないしね。士官学校は給料もらえるから、その判断は間違ってないでしょ。たぶん国籍オーブのままだったら、赤の試験に落ちてるよ」

「………そりゃそうね。けど、シンはそこまで考えてないわよ。たんにオーブが嫌いだから脱国しただけね。まだ、20代なんだから働けっての!」

「まあまあ、私たちだって年金生活だし」

「専業主婦は立派な職業よ!」

「ちゃんとシンさんに、ご飯つくってあげた?」

「食料統制してきた♪ 私も朝食やめたし」

「それ単にサボっただけだよね」

「シンに向いてる仕事なんてあるのかなぁ……あいつ、すぐキレて上官に逆らってたから。普通の会社って、やっぱり逆らっちゃダメかな?」

「軍よりは楽かもよ。でも、シンさんが大目に見てもらえたのってパイロット能力があったから………あ、ハローワークに前議長が遺したディスティニー・プランナーを設置するってラクス様が決定してなかった?」

「みたいね。大手の企業じゃ総務とか人事で使い始めてるし、けっこう当たるらしいね。けど、そんなことよりアスランが家計に無頓着なのがいいなぁ。全部、メイリンに任せてくれるなんて羨ましい。うちなんて、うるさいのなんの」

「戦いとは常に二手三手先を考えてするものだよ、お姉ちゃん」

「く~っ……どうして、あのとき私の部屋に逃げ込んでこないかなぁっ! アスラン・ザラ!」

「だって、お姉ちゃんが撮った写真でヤバくなったんだよ。普通に考えて来ないって」

「タリア艦長の命令だったのよ! あのオバタリアン! 人の邪魔しやがって!」

「はいはい、死んだ人を悪く言わないの」

「私だったらモビルスーツも使えるから逃亡も楽なのに! グフだって扱えた! 一言誘ってくれたら、いっしょに高飛びしてあげたのに! なんでメイリンなのよ!」

「グフ2機でディスティニーとレジェンドに立ち向かうんだ?」

「レイに勝てる気はしないけど、シンなら戦闘中に話しかけて隙をつくれば、あっさり墜とせる気がする♪ レイはアスランに頑張ってもらえば勝つでしょ?」

「びみょ~……いくらアスランでもグフで、レジェンド乗ったレイさんは、きついかも………戦闘管制してたからわかるけど、あのレベルの機体に乗った四人は戦場でも別格だったもん。アカツキのムゥさんも強かったけど、さらに次元が違うし、しかもキラさんとアスランは殺さないように手加減してレジェンドとディスティニーまで戦闘不能にしてたから、もう神の領域ってくらい。それでもグフだとアスランも相手を殺す気で攻めて、ようやく相打ちくらいかなぁ……」

「シンを墜とした私が加勢すれば勝てるって♪」

「ん~………その状況設定だと、お姉ちゃんとレイさんが潰し合いになって、アスランは無事に脱出成功ってあたりかも。レイさん、女性でも容赦無さそうだし、アスランはアスランでお姉ちゃんまで巻き込まないよう置いていくんじゃないかなぁ~。レジェンドの武装だけ破壊して、お姉ちゃんのグフを押しつけて離脱する思う」

「………その状況だと私がレイと憲兵隊に、ひどい拷問を受けそうなんですけど? しかも逃亡未遂で銃殺かも」

「だね♪」

「……………………一回、メイリンとモビルスーツで対戦したいわ。アスランの目の前でグゥの音も出ないほどケチョンケチョンにしてあげるのに」

「自分の得意な能力で妹をいじめない。だいたい、お姉ちゃんだと私みたいに基地のセキュリティへ侵入できないからグフに乗るまで行けなくて憲兵隊に包囲されてジ・エンドだと思うよ」

「くっ………、あんた一芝居うって姉まで欺してくれたもんね。前から訊こうと思ってたんだけど、あのときバスタオルの下って裸?」

「ぎりぎり下着はつけてました♪」

「あっそ」

「あの一芝居で、ここまで人生が変わると思わなかったけど、演ってよかった。人生色々♪ 戦後も色々♪ あ、このスカートも可愛い。買っちゃお」

「いいな~ぁ」

「シンさん、仕事は少しも探してないの?」

「就職すると受け取れる年金額が減るのよ。終戦で二人とも軽く鬱だったし、それならPTSDで戦傷病者あつかいの年金が出るって話で辞めたの。二人合わせて初任給くらいもらえてるけど、働くと減額になるのよ。おまけにシンは鬱を治すとき受けたクライン療法で、すっかりラクスファンになって写真集とか買い漁ってるから、家計つらいのよ」

「クライン療法って四六時中ずっと平和の歌を聴かせるって療法でしょ。流行ってるね」

 メイリンはスカートの支払いを済ませて、また街を歩く。街のどこを見てもラクスのポスターや映像が目につく、政治家としてもアイドルとしても絶頂期を迎えていた。ルナマリアはポスターの一枚に蹴りを入れる。

「どこもかしこも! ラクスラクスラクスって! もおっ! いらないのよ桃色議長!」

「不敬罪が無くてよかったね。言論の自由は残ってるよ」

「月のレクイエムを撃破したのは私よっ! 私がいなかったらプラントは星のクズだったの! エターナルで座ってた女より、私を聖母として讃えるべきよ!」

「聖母ねぇ……」

「ル~ナぁ♪ マリィ~ぃア~ァ♪ って」

「お姉ちゃん、変なダンスしないで、みんな見てるよ」

 表通りで自棄をおこした姉が、両腕をあげ腰を振って踊りはじめたのでメイリンは居心地が悪くなった。姉は気にせず踊っている。

「ル~ナぁマリ~ぃ~ア♪ あ~ぁっあ~ぁ♪」

「だから、それ何のダンスなの?!」

「ホークダンス」

「………」

 家名を汚す姉にメイリンは精神的な激痛を覚えよろめいて倒れそうになったけれど、なんとか踏み留まり、聖母気取りで踊っている姉を捕まえた。

「行こうよ! お昼、何でも好きな物おごってあげる! 靴くらいなら買ってあげるからダンスやめて!」

「ホント? ラッキー♪」

「もお…」

「いいじゃない、デュランダル派だったミネルヴァのクルーで唯一、うまく鞍替えしたんだし。クラインズになれてたメイリンの年金の方が私より多いでしょ?」

「鞍替えって……」

「勝ち馬に乗り替えるって、まさにアスランが、いい馬よね」

「………」

 アスランアスランって、そんなに妹のものが欲しいなら、いっそハロセットであげようかとも思うけれど、ラクスが何一つ言わず、カガリが頼むと一言で投げ出して、いつのまにか自分のもとにいる男を姉に渡しても、この姉は半年もしないうちに飽きる気がする、アスランは世話をしないと食事も摂らないから、この姉だと健康管理できそうにないし、やっぱり迷い込んできた犬を拾った以上は最期まで面倒を見るのが筋だと考えるメイリンは男の代わりに姉へ靴をプレゼントして昼食にする。久しぶりにブランド物の靴を手に入れることができたルナマリアは上機嫌だった。

「鞍替えって言えばさ。あのイザーク委員長が一番うまかったよね。最期の最期で、エターナルを守れ、あれはザフトの船だ、なんて狡猾な命令でさ。コロッと陣営かえちゃってデュランダル議長も怨んだと思うよ。ブルータスお前もか、みたく」

「ミリアリアさんが狡猾な参謀がついてるって言ってたかも、とくに女性は注意した方がいいって」

「ふ~ん、やっぱりヤキンを生き残った人は違うよね。戦況を読むのがうまくて、今じゃ国防委員長さまだもん」

「イザーク委員長、すごいね。色々な意味でママも………あ、ニュースが…」

 ホーク姉妹が世間話をしているうちに、街角のモニターは緊急速報を伝えている。

(…繰り返します。小惑星はスイングバイにより地球落下をまぬがれ、火星方向へ。しかしながら、エターナルとは交信途絶。クライン議長の安否が気づかわれております。…)

 衝撃的なニュースだった。

 

 

 

 オーブ内閣府でカガリは泣きわめいていた。

「私が探しに行くっ!」

「なりません!」

 興奮しているカガリを、いつも通りキサカが止めている。

「行くんだっ! アカツキを用意しろっ!」

「アカツキでは重力圏を…」

「カグヤで打ち出せっ!」

「なりません! いい加減、学びなさい!」

「っ…だが、キラとラクスは地球を守るためにっ! 私一人のうのうと…」

「ならばこそっ! カガリ様が地球を治めなければなりません! どうか、落ちついてください!」

「くっ………くそっ!」

 短気で浅慮で人の言うことに影響を受けやすいのに不思議な遺伝的カリスマ性をもっている専制君主は臣下に諫められて自分自身で捜索することを諦めた。

 

 

 

 一ヶ月後、全人類に向けてベザリアは結果を報告していた。

「我々はクライン議長とエターナルの捜索を打ち切り、残念ながらMIAと認定せざるをえない。彼女は立派だった。我々の誇りだ」

 ベザリアは肩を震わせ、涙ぐむと追悼を終えて次の発表に移る。

「我々は彼女が生前に推薦していたイザーク・ジュール国防委員長を新しい議長として迎えることを決定した。ここに紹介しよう、イザーク・ジュール最高評議会議長である!」

「……」

 お母さんといっしょだと、あまり喋らない一人息子は全人類にむけて、とくに抱負を述べることもなく、その頂点に立った。

 

 

 

 ラクス・クライン捜索の任務が終わったディアッカは休暇を申請して地球へ降りていた。オーブで細々とバーを経営しているカズイ・バスカークの店に来ている。

(…あえて問う! 諸君らが愛してやまぬ我らの議長が食料統制を…)

「悪いがテレビを消してくれるか」

 ディアッカが頼むとカズイは電源を切った。

「お客さんの仲間だよね、今度の議長さん」

「らしいな」

「どうやったら、あんなに偉くなれるのかな?」

「……ふっ……ぼうやだからさ」

 しばらく地球にいるつもりだった。

 

 

 

 五ヶ月後、ミリアリアは暖かなガラス張りの温室におかれたベッドで目を覚ました。

「………う~っ………」

 まぶしい、周囲は庭のようでハロがいないこと以外は、キラから聴いていたクライン邸の再現だった。ミリアリアは目を擦って起きあがる。

「ずいぶん寝心地の悪い、落ち着かないところに寝かせてくれて」

「お目覚めですわね」

 ラクスがいた。

「……」

「……」

 しかも妊娠しているようで、やたら腹が大きくなっている。ミリアリアは状況から口封じのために殺されることはないと察した。

「で? 私はここに幽閉されるってわけ? ちなみに、どのくらい寝かされてたの?」

「六ヶ月ほどです」

「ってことは、そのお腹、妊娠六ヶ月?」

「五ヶ月です」

「………キラとの子供?」

「はい♪」

「……………………幸せそうね」

「個人的な念願ですから」

「……、ここ、どこ?」

「木星の裏側です」

「……………………木星……」

 ミリアリアは上空に見える赤色の惑星に気づいた。距離感と質量から考えて、すぐに木星の静止軌道上あたりのコロニーに自分がいるのだと宇宙育ちなので認識できる。けれど、木星は人類社会にとって生息圏ではなく、最初のコーディネイターが有人観測に成功して以後、ほぼ未踏のはずだった。

「…………ここが根城ってわけ?」

「根城というよりは、わたくしとキラにとってはヴァルハラでしょうね」

 微笑んだラクスの隣に、キラが現れた。

「おはよう、ミリィ」

「キラ……」

「お腹、空いてるよね?」

 キラはカートにケバブを乗せてきている。問われてミリアリアは強い空腹を覚えた。ラクスの言葉が真実なら半年ばかり胃に何も入れていないことになり、また胸の傷も治っていることから、やはり真実だと思える。

「ゆっくり起きて、まずはお茶でも飲んで」

「ありがと、キラ」

「キラは優しいですね。でも、その優しさは、わたくしだけに向けていてください」

「……………………」

 美味しそうなケバブを前にしてミリアリアは不味いものを食べさせられた顔になった。

「どうかされましたか?」

「……、神になるとか、ほざいてなかった?」

「なりましたよ。もう地球圏では、わたくしは神です」

「………じゃあ、そんな甘甘のユルユルでいいの?」

 ミリアリアは妊娠しているくせに、まだキラへ頬ずりしたり、猫のように身をすりよせたりしている女にあきれている。食欲が消えるほどだった。

「わたくしラクス・クラインはMIAです。キラ・ヤマトも」

「………………どうして?」

「ミリアリアさんが眠っておられる間に、偶然が起こり観艦式中に小惑星が地球落下軌道へ。ですが、わたくしとキラが犠牲となって軌道を変更、わたくしは世界を平和に導き、地球を救った女神として数百年単位で人々から崇拝される存在となったのです。わたくしは神格化され、マルキオ導師はようやく導師としての神をえて人々の信仰をお手伝いするのです」

「…………………………………………、いくつか質問していい?」

「予想がつきますので、先に教えてあげますよ」

 ラクスは紅茶を一口飲むと語り始める。ミリアリアにはキラが淹れてくれた。

「この計画を立案、実行したのは、わたくしではありません。もっと大きな流れ、仮にピンクコスモスとでも名付けましょうか。その組織に名称はありません。そもそも一般に人類最初のコーディネイターとして認知されているジョージ・グレンさんも駒の一つです。ミリアリアさんは彼が木星へ向かう途中、世界へ配信した技術が、もてる技術のすべてだったと思いますか?」

「………………………一部を……隠していた?」

「はい、より高いキラのようなパイロット能力、わたくしのようなカリスマ性と美貌など、ミリアリアさんがスーパーコーディネイターとおっしゃった技術を隠し、さらに普及させたコーディネイト技術には致命的な欠陥をもたせています。わかりませんか?」

「……………………第三世代の出生率が……低い?」

「ご名答です。種なしと種ありに分けられていたのです。遺伝子組み換えの大豆やトマトを翌年も栽培しようとしても不作になるのと同じ理屈ですね。計画者にとっても不測の事態を人類にもたらしかねない、けれど種なしなら普及させても150年後には、ほぼ消えて無くなります」

「………………………あなたは種ありだったの? キラも」

「はい。けれど、今こうして計画が成功したためにウイルスの形で必要な遺伝子コードをプラントへ播きます。妙な風邪が流行した後、出生率は上昇するでしょう。コーディネイターすべてがシードを持つ者となるのです。ベビーブームになるかもしれませんね♪」

「……シードを持つ者って……いわゆるシード覚醒じゃないの? シモンズ博士の削除データにあったキラの戦闘記録への私見…」

「一時的なパイロット能力上昇のことですね。あれは、もともとナチュラルなヒト遺伝子に組み込まれていることもある能力で、バーサーカー状態とか、火事場の馬鹿力とも呼ばれるものです。脳内麻薬の影響ですが、それを人工的に引き起こすのが古くは大麻を吸って戦ったアッサシン、新しくはファントムペインです。自然に発現するケースはナチュラルはもちろん普及型コーディネイターにも見られますし、他のほ乳類や昆虫でも発見されています。ザフトのパイロットでも何名か、覚醒しておられたと思いますよ」

「たしかに…………キラだけじゃなかった。……戦績データで、……」

「ただ副作用があり、あまり多用すると短気で怒りっぽくなったり、協調性に欠けたり、他人の忠告を聞かなくなったり、逆に他人の甘言に影響を受けやすくなって鵜呑みにしたり、生気が低下して無気力状態に陥ったりします。キラには、それを予防する遺伝子が開発されて組み込まれていますが、そのキラでも慣れないうちは一時的に落ち込んだり、怒りっぽくなったりしますから、普通の方は乱用されると副作用が大きいでしょうね。目の色を見れば、それが正常な状態でないことは、すぐにわかると思います。わたくしも戦場で何度か体験していますが、やはり情緒不安定になりました」

「……………………アスランさんとかに予防する遺伝子はあるの?」

「組み込まれておりませんわ」

「だから…………………」

 ミリアリアは戦後になってアクセスが許可された各パイロットたちの戦績データと、その後の生活を振り返って、かなり気の毒に思った。そして、次の疑問が湧いてくる。

「………、そうまでして、世界を変えた理由は?」

「単純な願いです。より長く平和を保ちたい、計画者はロゴスとは対極の考えをもち、さらに政治的主義や金銭を超えるロイヤルティを人々に与えることにしました」

「主義や、お金を……? 超えるって…?」

「神です」

「………………………そうね。で、クラインズは神の軍団ってわけ? たしかに大気圏外から羽をひろげて戦争を止めにくる無敵のモビルスーツを発展途上国じゃ本気で天使だと信じてる地域もあったわ。戦車砲の直撃でも無傷、音速で飛ぶミサイルを打ち落とし、またたくまに争う両陣営の武器と司令部を破壊する。まさしく天使、神の使い、アークエンジェル」

「かつて幾度となく国家間の連合体、国連という組織ができ国連軍や連合軍が創設されましたが、政治交渉の手段としての戦争は続き、いわゆる政軍分離は成功していません。それは反戦平和の理念が政治的なスローガンにすぎないからです。戦争はいけない、それはわかっているけれど、と逆接の接続詞をつけて戦争をはじめる、スローガンにすぎない理念は守ろうとする意思が希薄になり、政治的な目的と相対化されるから開戦してしまう。ですから、わたくしが神として人々に与えた教えは一つだけです」

「……戦争するな?」

「神の教えは絶対です。争うな、武器を使うな、軍を動かすな。それでもなお、戦闘をするならば神罰をくだす。人によって治めることができないならば、神によって治めるしかない。政祭一致、政教一体、神という存在を意識すれば、人は悔い改めるのです」

「その神罰のためのラクス・チルドレンってわけね。キラで蓄積した戦闘データを活用して子供を尖兵にしてる」

「わたくしだって計画の駒ですよ。その意味においてミーアさんとも同じです」

「……………………」

「わたくしは役割を演じ終え、ここにいるのです」

「キラとイチャイチャするため?」

「はい」

「…………………………即答すんなよ」

「偶像としてのラクス・クラインは、その死によって神となり、平和の象徴となりました。ここにいるのは、ただの女です」

「ただの女って……普通の女より、エロそうですけど?」

「誰だって、ずっとガマンしていれば溜まります」

「溜めてたんだ……」

「大衆とは勝手なものです。わたくしに理想像を求めておきながら、一方では粗探しをする。彼女も普通の汚い人間であるはずだ、自分たちと同じだ、そう言いたいがために。ミリアリアさんの取材だって、ある程度は偶像への挑戦という動機が働いていたのですよ」

「……否定はしないけどね」

「気高い思想が忘れられ、官僚主義と大衆に飲み込まれる前に、わたくしは世捨て人になるか、死ぬことを選ぶしかないのです。水は低きに流れる、人もまた同じ、ならば天へ登りきって神となる、そういう計画です」

「で、ここで思う存分キラと楽園生活ってわけ」

「このコロニーは全体がミラージュコロイドで隠されています。発見は不可能です」

「………そりゃ、ここなら人目を気にしないでイチャイチャできるでしょうよ。木星の裏側なんて、誰も見に………って?! あれ何っ?!」

 ミリアリアは空を飛ぶクジラを見つけて立ち上がった。クジラがコロニー内を飛行船のように舞っている。クジラには羽が生えていた。

「……まさか、…エビデンス…」

「木星の大赤斑に生息していた希少動物です。地球の生態系とは、まったく異なる進化を遂げた地球外生命体ですね」

「いたんだっ! やっぱり!」

「はい」

「じゃあ、どうしてジョージ・グレンは発表しなかったの?!」

「謎を残して化石だけ持ち帰る方が世界に波紋を呼び、本当の目的を隠すのに都合がよかったからです」

「……それだけ?」

「エビデンスについては、それだけです。ハロより賢いですよ」

「…………………………………………でも、あんな巨大なものが飛ぶなんて……」

「アークエンジェルの重力下での飛行は、彼らの内臓をモデルにしています。羽とヒレは方向転換のための補器官です」

「イルカのナビくらいなら聞いたことあるけど………どんな技術なのよ?」

「一般的なナチュラルの頭脳で仕組みを理解するには2000時間以上の物理学に関する学習が必要です。ご興味がおありでしたら…」

 ラクスが仕草で示すとダコスタが現れた。

「いわゆるニュートロンジャマークラフトってやつですが、仕組みを聞かれますか?」

「……いい……工学カレッジだったけど物理学は嫌いなの。いまだにローエングリンとバリアントの違いも、よく理解できてないから」

「怖っ! ミリィって、そんなんでボクらの戦闘管制官やってたの?」

「別に、私が撃つわけじゃないからいいでしょ。一応、ちょっとは知ってるのよ、赤いボタンがローエングリンで、バリアントは黄色いボタン。いざとなれば一発くらい撃てるって♪」

「艦内の人間関係ばっかりチェックしてないで、ちゃんと装備の………はぁぁ……済んだことだからいいけど、ミリィに、いざって時がなくてよかったよ」

「私の武装知識より、ダコスタさんまで、ここにいるの?」

「ははは♪ そりゃまあ、キラくんが女王の騎士なら、オレは侍従ってとこですからね」

「…どこにでもいる感じ…」

「ダコスタさんは5人おられます」

「……………………クローンで?」

「地球に二人、プラントに二人、ここに御一人、ですよね?」

「いろいろ忙しくて使い分けてるうちに増えちゃいましてね」

「ケータイかよっ?!」

「本当に忙しかったんですよ。バルトフェルド隊長は人使い荒いし、ラクス様の身辺とクライン派の準備、キサカさんとの連絡、戦後もジュール親子の監視と煽動、内政に外交にと、だいたい雑用は全部オレ一人…ってか、五人でやってました」

「…………だから、私を追跡してきたとき、いきなり地球に現れたのね」

「そういうことです。ちなみに、まだ四人は地球圏にいますから残務ってとこですね」

「……………………自分のクローンが、いっぱいいてイヤじゃないの?」

「平気っすよ。そのあたりも深く考えない性格にコーディネイトされてますからね。あのクルーゼ隊長だってレイちゃんのことは可愛がってましたよ」

「………。だとしても、……混乱とかしない?」

「ときどき記憶を並列化してますから大丈夫っす。記憶を操作する装置で一眠りってね」

「……………………」

「今度は、わたくしがミリアリアさんに質問してよろしいですか?」

「…ええ、どうぞ。このさい、何でもいいわ」

「質問は二つです。いつから、わたくしたちの計画に気づかれました? もう一つ、なぜデュランダル議長が離反したのだと計画を知らないミリアリアさんが気づけたのですか?」

「ふっ♪ ジャーナリストというより刑事の発想よ。企みの影に、女と金あり。お金の方は苦手だから、前者をね」

「……というと?」

「ギルバート・デュランダルとタリア・グラディスは深い関係だったの」

「それは知っています。婚姻統制前に交際していたと」

「甘い」

 ミリアリアは紅茶を啜った。特ダネを調べているジャーナリスト独特の微笑みを浮かべている。

「タリア艦長はね、結婚して子供ができた後もデュランダル議長と繋がってたの。そっちの方も」

「………本当ですか? そのような記録は………ダコスタさん?」

「覚えはないですね」

「ふふふ♪ 簡単なことよ。野心に燃えるデュランダル議長は独自の駒がほしかった。だから、レイを周囲が異様と思うほど手なずけていたし、結婚後のタリア艦長とも人知れず男女の仲だった」

「どんな証拠がおありですか?」

「ミネルヴァが地球へ降りてきたとき、オーブで補給と修理を受けたでしょ」

「はい」

「あのとき現場を自由に立ち入れたマリュー・ラミアスは、ご存じの通り私の元上司であり友人。だから、ミネルヴァのデータを吸い出してもらったの」

「ミリィ、物理は苦手なんじゃないの? それにミネルヴァはアークエンジェルより劣るよう設計されてるから、あまり意味がないよ。手加減して戦っても負けないくらいの設計だから」

「キラが考えるような子供の発想じゃないの。私が調べたのは水の使用履歴よ」

「水の?」

「使用制限されるほど水に困った経験のおかげでね。ちょっと調べたら、すぐにわかったわ。アーモリーワンで新型モビルスーツが奪取され、デュランダル議長とカガリさんを乗せたまま宇宙へ出たミネルヴァが応急修理のため停艦してるとき、議長と艦長は3時間48分も艦長室に二人でいたの」

「それは考えすぎだよ。昔っからミリィは、そういう話が好きだけど…」

「クローンなのに私のこと、よく覚えてるのね」

「そこには触れないで、ボクはボクだから」

「ま、いいわ。たしかに二人で在室してただけなら密室といっても本当に会議してたのかもしれない。けどね、そのとき艦長室の水と給湯器が使われていたの。しかも二回も。最初は二人が部屋に入って30分後に80リットル。その2時間後に今度は240リットルも」

「「「……………………」」」

 キラとラクス、ダコスタが顔を見合わせている。ミリアリアは不敵に微笑んだ。

「見えてくるわよね。戦闘直後の高揚と緊張でアドレナリン臭い身体をいそいそと洗って結婚前に付き合っていた二人が何かをして、またお湯を使う。二度目は、ゆっくり240リットルも二人で寛いでいた。私の読み、外れてると思う? 私はデータを発見したとき、我を忘れてヤッターって、ガッツポーズして飛び上がったわ」

「………でもさ、ミリィ。そのときミネルヴァは艦にもダメージがあって、パイロットも全員が初陣で大変だったはずだし、カガリだって一応あれで国家元首だし、肝いりの新型機が盗まれてさ。そんな大変なときにするかな? かりにも艦長さんと議長さんが…」

「キラだって大気圏降下やって高熱してたのに、起きて即フレイとしたでしょ? 古今あのタイミングで戦闘した例はなかったのに、艦の仕事もなくて体力があまってたフレイはともかく、キラの回復力には驚かされたわよ。本当にコーディネイターって身体のデキが違うんだって」

「ぅ……その記憶、あまり無いんだ…」

「あんたは政治家か!」

「ミリィのチェック力こそ驚異的だよ。なんだか、常にボクの背後にいたんじゃないかってくらい……」

「ふふん♪ CIC、カメラで、いつも、監視するの略よ」

「………、戦闘情報センターの略だよ。そんな風に思ってたの?」

「と、とにかく! タリア・グラディスは艦長って立場も忘れて初陣直後の艦内で女になるくらいデュランダル議長に未練があったの! そして男も駒として女を使えるよう仕込むために身体の関係を確かめた。忠誠や主義より、男と女の結合こそ信頼できるから! 新造艦の艦長を駒にしておく! 不倫がバレたら政治生命が危ういのに、そのリスクを負ってまで手駒にしておく理由なんて離反へ向けた布石くらいしか無い。それが私が気づいたきっかけよ」

「ミリィの考えすぎって気がするけどなぁ……」

「アーサー・トライン副長にも取材してるけど、そのとき艦長室へ通信してもサウンドオンリーだったらしいわ。よく覚えてるって。普通さ、二人で長く居たなら立場的にも潔白を証明しなきゃいけないから映像つきで対話するよね。マリューさんは、よっぽどじゃなきゃ映像つきだったし、…まあ、あの人はダラしないとこあって通信相手が女だと、とんでもないカッコで応答してくれたけど…。艦長室はCICから監視もできないし密室にできる。きっとタリア艦長は副長の通信には裸で応答してたのよ。しかも、彼女は髪型に異常なこだわりがあって一度乱れるとスプレーで堅め直すのに20分はかかるだろうってクルーたちから言われてた。とても副長に見せられる姿じゃなかったのよ。どう?」

「どうって……言われても…、まあ、あの人の髪型は、すごかったね」

「ええ、ザフト内でもラウル・クルーゼの仮面、バルトフェルドさんの配色センスと並んで有名だったの、年配の将校からは三人とも評判が悪くて…って! そんな話じゃなくて! 明らかに二人は肉体関係にあったの! そう思うでしょ?! これだけ状況証拠があれば!」

「う~ん……」

「おそらくミリアリアさんの推理は当たっているのでしょう。彼女は艦を捨て、子供を捨て、最期は不倫相手のデュランダル議長とともに……ただ、ナチュラルのミリアリアさんにはプラントの文化が理解できていないのですわ」

「どういう意味?」

「今のプラントでは不倫は文化です」

「…そ…そうなんだ。…」

「これは婚姻統制の影響なのですが、やはり自由に恋愛したいじゃないですか?」

「え、ええ、そりゃそうね。よく婚姻統制なんて政策してるって思うもの」

「政策には目的がありますよね? 婚姻統制の目的は何だと思いますか?」

「子供を作るためじゃないの? 出生率が下がってるから」

「そうです。なるべく受胎しやすいように相性のいいカップルをDNAでコンピューターが選ぶのですが、それでも出生率は下がっています。もちろん、みなさんが種なしなので当然なのです」

「ひどい話ね……」

「とはいえ、低い確率ですが自然な妊娠ができる場合もあります。それは婚姻統制外のカップルでも」

「………」

「子供を作るための婚姻統制に従って結婚した女性が婚姻統制外で妊娠したら、どうするのが自然だと思いますか?」

「…………離婚して、再婚する?」

「ご名答です♪」

「……おまけに妊娠しにくいなら不倫してもオッケーってこと? むしろ、子供ができたならラッキーくらいに?」

「それは個人の倫理観の問題ですね」

「……………………デカルチャー…」

「不倫が文化となっていますプラントではデュランダル議長の行為も、それほどリスクの多いものではなかったのです。ただ、ディスティニー・プランを精査して面白いことが判明しています」

「どんな?」

「ディスティニー・プランナーにタリアさんのDNAを入力すると最適な職業は軍艦の艦長ではなく、議長夫人として子育てしながら夫の仕事を補助するのが能力を最大限に生かす立場だと演算されたのです。ちなみに、デュランダル議長の最適な職業は議長か、兵器商社の部長職でした。つまりディスティニー・プラン下では二人の相性は最適だったのです」

「……………………、でも、婚姻統制は…?」

「婚姻統制はコンピューターに受胎しやすいことを条件に検索させたマリッジ・プランナーの演算結果です。観点が違うので解答も異なります」

「………」

「二つの条件を統合すると、わずかな差でデュランダル議長が勝てます。よほど彼は勝ちたかったのでしょう。しかも戦わずに勝ちたかった。側近の何名かが証言しました戦いの最中、議長がつぶやいていた言葉、私は戦いたいわけではない、勝ちたいだけだ、あがくのも、負けるのも御免だ、と。またタリアさんの婚約者となったグラディス博士はDNA解析の研究家、デュランダル議長も同じく専門家だったのです。クルーゼさんと友誼を結ばれたメンデル研究所ではグラディス博士と研究を競い合い、結局は出生率の低下を危惧していた最高評議会がマリッジ・プランを採用し、グラディス博士が研究所の所長に選ばれています。そしてディスティニー・プランを自らの研究成果としていながら最適な職業は研究職ではなく弁舌と独特の深みのある声を活かした政治家か営業職であれば通常の三倍の速度で出世できると演算されたデュランダルさんは政界へ転身し、演算通り議長になられました。それで自信をつけ、全世界にディスティニー・プランを実行しようとしたのです。タリアさんを戦わずに手に入れるため」

「…………………た………………………………………………………………………………………………た……………………………たった、それだけのために……あれだけの戦争をしたの? 彼は…?」

「色々と検証してみましたが、それくらいしか動機が見つかりませんでした。彼には種なしと種ありがあることなど計画の深い部分は説明されていませんから、わたくしが神となった以後に種が播かれ、婚姻統制が緩和されることは知りえなかったのです」

「…ひど………超被害者…」

「というか、好きなら好きと婚姻統制など気にせず、わたくしの模範に習えばよかったのです。まあ、彼には婚姻統制のマリッジ・プランが稼働している世界こそ、死んだ世界だったのでしょうね。逆に同僚だったグラディス博士がディスティニー・プランの悪口をノートに書きつけたりしていた証拠をダコスタさんが拾ってこられています。また、メンデルで起きた大戦前のバイオハザードも二人の個人的なケンカが原因ではないか、という未確認のウワサもありました。クルーゼさんが笑い話としてアデス艦長に語っていたそうです」

「………みんな………若さゆえの……あやまち……ね…」

「どの道、わたくしが神となるために議長には偽王となってもらう必要はありましたから本気でディスティニー・プランを世界中に発動しようとしたこと以外は予定通りです。それにタリアさんも最期の最期で夫と子供より議長との死を選んでいますから、ある意味で彼の勝ち、わたくしも勝ち、ウインウインですね♪」

「……。あのさ、かなり根本的な疑問があるんだけど」

「何ですか?」

「あんたの性格、もう少しマシなコーディネイトにならなかったの? かりにも、神になる人間の本性がそれだと、かなり引くんですけど」

「それは仕方のないことだったのです♪ もしも、わたくしを絵に描いたような理想的な人物にしてしまうと、一番美味しいところで神となって失踪することができず、また人々を欺していく罪悪感にも耐えられないので、このようなお気楽な性格になっています。平和のためとはいえ何人も犠牲になっていますから、あまり生真面目な性格設定では途中で気が狂っていたでしょう。このくらいの軽さが最適だったのです」

「……猫かぶってる虎だとは思ったけど、さらに虎の皮もかぶりもので中身はタヌキだったの……」

「ぽんぽこぽん♪」

 ラクスが妊娠している大きなお腹を軽く叩いたのでミリアリアは肩を落とした。

「たはーっ………そりゃ、とち狂って神聖ラクス帝国してキラとの子供に帝位継承されるより、いいけどさぁ」

「一応、議長は推薦もふくめた民主的な手続きで選ばれているのですよ。わたくしがその気になれば専制も可能でしたが、どちらにせよ生きていれば他者からの批判は受けるでしょうね。どんなに善政をしこうと頑張っても、災害、景気、財政、食糧難、問題は山積していますから、民主制ならば支持率により、専制ならば後世に独裁と誹謗され、神の権威は地に落ちるでしょう」

「けれど、死んだことにすれば女神のまま?」

「そういうことです。ダコスタさん、地球圏の現状はどうですか?」

「いいですね。すでに世界の主要な宗教でもラクス様を神もしくは神の化身、または神の使いとするか、聖人または天使、救世主の降臨または再臨、菩薩として讃える動きが起こっています。また、ラクス様を主神とする宗教法人も5つが認可、26が認可申請中、マルキオ財団も宗教法人ラクスの祈りと改称され、順調に信者を増やしています」

「うわぁ……リアル神……。とうとう信仰の自由まで……」

「わたくしは強制はしていませんよ♪ 導いただけです」

「………ピンクの女神かぁ……、実はタヌキなのに…」

「さらに、歌唱アイドルとしての公式ファンクラブを前身としたラクスを偲ぶ会の政治運動で毎週土曜日をラクスの日とする法案が最高評議会へ提出され、三度の審議を経た後、毎週日曜日を母の日とする法案と抱き合わせで可決されています」

「うふふ♪ ということは、この子は週に二日、わたくしの日ということですね」

 ラクスは微笑んで、お腹をなでた。

「週末が楽しみですねぇ。ゆっくり大きくなってください」

「あんたも同じタイプの母親になりそう」

「妊娠するまでは愚かな女性だと思っていましたが、こうして孕んでみるとベザリアさんの気持ちがよくわかりますよ」

「………………コーディネイターって子供に過度の期待と愛情をもつ傾向にあるって社会調査があるの知ってる?」

「それはコーディネイターという存在そのものが持つ業です」

「……そうね。……そりゃそうだわ」

 ミリアリアは遠い目をして木星を見上げ、話題を変える。

「……。……あ、キラってさ、自分が何体目かのクローンだって意識あるの?」

「ボクはボクだよ。しょせん人は自分の知ることしか、知らない」

「……………………」

「それが、わたくしの望み、人の業なのです」

「…………………………………………キラは自覚がなかったみたいだけど、あなたは自覚して神になったのよね?」

「はい」

「それって、つらいとか怖いとか、思わなかった? その性格でも」

「怖いときもありましたよ」

「いつ?」

「一番はじめ、本当にキラが予定通り、わたくしの乗せられた救命ポッドを見つけてくださるか、あのときの言いようのない不安は気が変になりそうでした」

「……私だったら絶対イヤ……、もしも失敗したら?」

「酸素が無くなれば終わりです。また、次の機会に、わたくしのクローンがキラと邂逅するため、どこかで放たれたでしょう。まるで卵子のようですね」

「……。人質にされたときとかは? みょーに余裕あったよね? もしも、キラが逃がしてくれなかったら地球軍本部送りなのに」

「それは救助措置が予定されていました。むしろ、あそこでキラが逃がしてくださったのが予想外です。あのまま第八艦隊へ送られてもハルバートン提督の人柄から、わたくしを人質にする策は採らなかったでしょう。モビルスーツ開発と宇宙戦力の温存に専念されたい提督は、やっかいな敵国の姫をアークエンジェルごと地球へ降ろしたでしょうね。地球ではダコスタさんとキサカさんが色々と準備してくださっていましたから、それほど大きく歴史は変わりません。逆に予定通り、いっしょに地球へ降りていれば、フレイさんとの番狂わせも起こらず、バルトフェルドさんとキラが直接対話されたときあたりに、人質交換のような形で、わたくしはプラントへ帰還する予定でした。ちなみに、アークエンジェルへの武器弾薬の補給も、わたくしたちの計らいですよ。でなければ、新造戦艦向けの物資が砂漠にあるはずがないでしょう。人質交換プラス武器弾薬の援助で話をつける方が自然だったのですが、地元の闇商人さんからキサカさんの支払いで買うことに、みなさん違和感を覚えられなかったようで良かったです」

「……。フレイとのことは番狂わせあつかいなのね。神的に」

「というより、キラが予想外なほど、わたくしに優しく心配して逃がしてくださった結果ですわ♪」

「……女的に、そう考えてるわけ………あんた長生きしそうね」

「はい、技術的な限界までテロメアを伸ばしてありますよ」

「…あ……頭がクラクラする……」

「予想外といえば、カガリさんとアスランもそうですわ」

「え、あの二人って結ばれる予定だったの?」

「いいえ、まずヘリオポリスでキラがカガリさんだけシェルターへ入れてしまったことが予定外です。予定ではストライクにはキラ、イージスにはカガリさんが乗る予定で、産まれ持ったパイロット能力が高くはないカガリさんにはモルゲンレイテで訓練もしていたのですが、意外にもアスランが奪取に成功しています」

「……成功しない予定だったんだ?」

「はい。ミリアリアさんも感じておられたようにバランスを取るつもりで2対3の予定でした。奪取される予定の3機はハンガーの外へ、ジンの援護も受けやすく、残す予定の2機は外へ出さずジンの援護も無く、またラスティさんとアスランの銃は30発ほど撃つと動作不良を起こすよう細工がされていました」

「………………ジャムるようって……死ぬかもしれないじゃん」

「二人とも戦死されると予想していましたが、アスランは強運ですね」

「……婚約者って、覚えてる?」

「亡骸を抱いて号泣しながら戻れ、クルーゼさんが皮肉にも運命に勝ったアスランへ言ったセリフですが、勘のいい隊長さんですね。本当なら亡骸なり写真なりを抱いて号泣するのは、わたくしが演じるはずの役割でした」

「そんな予定だったんだ?」

「わたくしの人生で最大の汚点は婚約者がいながらキラを求めたことです」

「……自覚はあったんだ?」

「はい、どうにも困りました。色々と悩みつつも、キラにも婚約者がいることを告げておき、アスランにも作戦から生還されてお会いしたとき、はっきりとキラが好きですわ、とお伝えして泥沼を回避しつつ、メンデル以後は当たり前という顔で乗り切ったのです。あまり批判がなくて幸いでした。まあ、みなさん婚姻統制には不満があったということですね」

「……。予定通りだと、アークエンジェルに救助されてからアスランさんの戦死を知って、号泣。艦内でコーディネイターは二人だけ、しかも死んだ婚約者の幼馴染み、……絵に描いたようなラブロマンスね。……まあ、描いてたんだけど…」

「そうなれたら良かったのですが、なかなか計画通りにはいかないものですね。ザラ議長にしても、奥さんに続いて息子さんも亡くされれば、より精神の均衡を崩すのが早まり戦争の早期終結が可能でもあったのです」

「…………遠大な計画ね……」

「ジェネシス、エターナル、それに核エンジン搭載モビルスーツの基本計画、どれも父シーゲル・クラインが議長のおり、主戦派に押し切られる形で予算を通していますが、結局は認めたのは父です。とくにジェネシスの建設工事はザラ議長となってから着手して間に合うものではありません」

「ええ、予算案も見たわ。………………で、その父親も殺したでしょ?」

「警護の要員を減らしただけですわ」

「アスランさんが生き残ったから、なんとか悲劇のヒロインになろうとした」

「どうしてお気づきに?」

「私は目の前でフレイが父親を亡くすのを見てるの。あのときの反応に比べて、あんたの悲しみ方はキラに会うまでチャージしといて放出って感じの狙い澄ましたチャージショットだったからよ」

「カメラで、いつも、監視するCICですか。他の艦内までチェックとは恐ろしい人ですね。本当にナチュラルですか?」

「私がヒマそうだと思うと、すぐナンパしてくるコーディネイターがいたからよ。地球軍の制服って無重力状態で移動してるとき後ろからつきまとわれると、すごくイライラするの」

「わたくしのように上着の裾を伸ばしておけば問題が少ないですよ」

「キラにだけって? そういえば、フレイがドミニオンへ流れたときも、泣き出したキラを胸に抱いてあげるくらいならともかく、キラの顔を股間に挟んだでしょ」

「膝枕といいます。無重力なので姿勢が安定しないのが欠点ですね♪」

「……………………、いい性格してるわ。私が眠ってる六ヶ月、何やってたんだか。服ちゃんと着てた?」

「妊娠するまではピンクのリボンくらいです、身につけていたのは」

「…………………………」

「詳しく話しましょうか?」

「いらないわよ。それより、他の想定外ってあったの?」

「そうですね、とくにアズラエル理事の行動が想定外でした」

「そうなの? 核攻撃は想定外だったんだ」

「いえ、核は想定内です。ただ、まさか背広組の彼が直々にドミニオンへ乗艦するとは想定していなかったのです。彼はオーブを早くから危険視していましたが、理事であっても軍人でない文民がドミニオンへ乗り込むとは想定外です。普通なら、自分は安全なところにいて命令だけするところですが、勇敢な人だったのでしょう。おかげで予定ではナタル・バジルールさんも、わたくしたちの陣営に入ってもらうつもりでしたのに失敗しています」

「あの女は来ないでしょ。ちゃんと性格とか家柄、調査した?」

「ですから、ムゥさんを操って気を持たせておいたのですが、アズラエル理事という置き石があったためドミニオンを欠くことになり、かなり苦戦を強いられています。みなさんストライクやフリーダムの性能にばかり着目されていますが、あの2艦に用いられている技術も驚異的なのですよ」

「たしかに……。にしても、操ってムゥさんにフタマタかけさせるつもりとは……」

「操るといってもドラグーンシステムと違って限界がありますから、キラの両親を人質にするだとか、わたくしを自由意思で処理するなどとおっしゃっておられましたから、かなりムゥさんの中でも冷めていたようです。うまくマリューさんとバランスを取るつもりでしたのに、どうしてもマリューさんに傾いてしまい、あのような結果に終わっています」

「自業自得ね。でも、やっぱり人質にされたの怒ってるんだ?」

「想定内の出来事でしたが、ナタルさんの言動は、人道的に保護し、中略、自由意思で処理と、ほんの数秒前に人道とさえずった舌の根も乾かぬうちに、自由に名をかりて卑劣な行為をすると相手を脅す、軍人としても人間としても、あまりに悲しい考えを披露され、やはり、わたくしが神となって人々を導かねばならないのだと、より使命感を強く意識しています。遺伝子に触れたコーディネイターの多くは無神論者ですが、人は神という発明品を捨ててはいけないのです。神を意識すれば悪行を押さえられる、神を捨てたプラントも、神を忘れかけている地球も、また神を意識すべきなのです。ナタルさんもふくめて」

「そんなこと、あのトボけた顔で考えてたんだ………、何も考えてないか、怖すぎて麻痺してるかだと思ったのに。敵国の軍艦で怖いとか思わなかった? たまたま艦長と副長が女性だったからいいようなものの、ありがちな展開とか想像しなかった? 最高の美貌と美声をコーディネイトされた少女が野蛮なナチュラルの船に乗るなんて、って」

「ふふっ♪」

 ラクスは微笑むと、金色の髪飾りを外した。

 かちゃ…クルッ…すちゃっ

 髪飾りはラクスの指の中で二つに分かれると回転してグリップと刃に変身した。

「バッ…バタフライナイフになってたのっ?! その髪飾り!」

「幸い披露する機会はありませんでしたが、わたくしもパイロット能力はコーディネイトされておりませんけれど、ブリッジで指揮を執る都合上、白兵戦力は多少あります。あのとき、ナタルさんもマリューさんも腰に銃はなく、備えつけの武器ロッカーはCICの右隅だけです。およそ40秒もあれば占拠できますから、怖いとは思いませんでした」

「……コーディネイター……怖がるのは私たちだったわけ…。あの女の手首をひねるなんて簡単だったでしょうね。いっそ、やってくれれば気も晴れたのに」

 ミリアリアはタメ息をついて、質問を続ける。

「じゃあ、つらかったことの方は? その性格だと皆無?」

「つらかったのは大戦と大戦の間です」

「そうなの? お気楽そうにキラと同棲してたのに? 海辺の一等地にある邸宅で、プライベートビーチつき、世界中の誰もが羨む生活よ。おまけに地下にはフリーダム、これじゃ誰かが暗殺しにきても不思議じゃないって♪」

「わたくしだって女です。どうして産んでもいない子供を育てなければ、という感情はありました。ハロなら電源を切れるのに、子供たちのお世話は24時間ですよ、夜中にオシッコだとか、喉が渇いたといって起こされるんです。何度も熟睡しているところを揺り起こされると、女神の顔も三度まで、シード覚醒しそうになります。本当にテロメアが縮むかと思いましたわ」

「ボクもフリーダムに乗る方が、ずっと楽だったよ。昼間も、ぼーっとしちゃってさ」

「わたくしもです。たまにダコスタさんが子供たちを連れ出してくださったときも、キラと二人でぼんやりと海を見るくらいしか気力がありませんでした。外から、どう見えたかは知りませんが、あの時期が一番つらかったです。早く世界を平和に導いてキラと木星へ行きたいと、ずっと願っていました」

「…………キラのこと本当に好きなの?」

「そうなるようにコーディネイトされています」

「……って、心とか気持ちは?」

「遺伝子と心は引き離せないものです。すぐに離婚されるカップルなどは遺伝子の相性が悪いことも多いのです。国民全体の不利益を考えると婚姻統制も、あながち間違いともいえません」

「……そうなんだ……」

「ミリアリアさんが何となくディアッカさんに抵抗を感じるのも遺伝子の相性が悪いためですよ」

「………勝手に人をマリッジ・プランナーにかけたな……あんなバカ、いらないのよ」

「そんなミリアリアさんのために、わたくしとキラからプレゼントです♪」

「…なにを?」

「金のトールさんと、生のトールさん、あなたが亡くしたのは、どちら?」

 ガラス張りの温室に人型の金塊と、眠っているトール・ケーニッヒが運ばれてきた。驚きのあまりミリアリアは硬直した。

「っ………トール……、どうして……」

「マルキオ導師の庭に倒れておられるところを…」

「ウソだぁっ!!!」

 ミリアリアが大声で叫んだために、温室の外にいた小鳥たちが樹からバタバタと飛び立った。

「ウソだぁっ!!!!!」

 これは死者への冒涜だ、許せない、ミリアリアは鬼の形相でラクスを睨んだ。

「これクローンでしょっ!! 勝手にトールをクローニングした!! そんなものっ!! たとえ遺伝子が同じでもトールじゃないわっ!!」

 怒鳴るミリアリアは猛犬のように歯を剥き、外ハネの茶色い髪を逆立たせている。あまりの迫力で、戦場には慣れているけれど女の子に面と向かって怒鳴られることには慣れていないキラは怯えて二歩下がった。それでもラクスは平然と話を続けようとする。

「トールさんですよ。運良く救出され…」

「ウソよっ!!! 信じないわ!!」

「信じるものは救われる、古い神の言葉です」

「冒涜よ!! トールへの!!」

「信じないのですか? 新しい神であるわたくしも…」

「信じられるわけがないでしょ?! もしも生きていたなら、ここまで待たされるはずがないもの!! もっと早くに会わせてくれていたでしょ?!」

「……………………。真実をお知りになりますか?」

「ええっ!! 私は甘い言葉に欺されたりしないわ!! 空中で撃墜されたトールが生きているなんてありえない!! ましてナチュラルよ! キラとは違う!」

「トールさんは本当に運が良かったのです。イージスの攻撃を受けたとき、ヘルメットごと頭部は機外へ投げ出されています。ヘルメットがなければ即死でした。おかげでムゥさんと同じく記憶を吸い出すことができたのです。ただ、ネオさんとして再生させる必要のあったムゥさんとは違い、トールさんは情報収集のために記憶をセーブされたにすぎなかったのですが、ここまでミリアリアさんが真実を追究してきた動機は、トールさんのことが最大要因です。ですから、わたくしとキラで相談して復活させたのです。このトールさんはクローンですが、記憶もトールさんです」

「記憶も……」

「同じ身体、同じ記憶、まったくトールさん、そのものです。目覚めれば、そう反応されます。むしろ、わたくしから問います。あなたの亡くしたトールさんと、どう違うのですか?」

「………それでも……魂とか……」

「魂などという非科学的なものは存在しません。わたくしが神として断言します。人間は死ねば終わりです。だから平和に暮らさなければならないのです。一人クローニングして復活させるコストで一万人の飢餓に苦しむ人々を救えます。このトールさんは神として与える最高のプレゼントですから、かしこまって受け取りなさい」

「……………………あんた、ムチャクチャ言うわね……しかも、威厳ある態度で…」

「記憶と想いを、かつての身体で引き継いでいる。この現象を再生でないと、いかなる論法で否定するのです? そして、それは正しいのですか?」

「……………人を言いくるめる才能も超人的だし………面と向かってやられると、アスランさんが何度もモビルスーツに乗せられて瀕死になった気持ちがわかるわ……逆らいがたい圧力ね、これ………」

「あなたはサイさんに生きていた証として情報ディスクを引き継ごうとしました。せめて、これだけでも、と。その考え方と、ここに眠っているトールさんのクローン、それほど違いますか? コピーでもいい、オリジナルから情報継承された存在、トール・ケーニッヒという事象は続いていく」

「…………………………………私が、それでも、いらないって言ったら? ……処分されるの? 目覚めないまま……」

「お望みでしたら。また密かに地球へ送り、ご両親のもとへ、という願いでもかなえます。その場合、ミリアリアさんのことは記憶をぼかします。記憶への操作は書き込みよりデリートが難しいのですが、それでも行方不明のミリアリアさんを探し回らない程度には、忘れてもらえます」

「…………………………………………トールは、どう思うかな? キラ」

「トールはボクがコーディネイターだからって、こだわったりしない性格だったから、きっと自分がクローンでも、こだわらないよ。ボクも平気だし、なんか、その、眠って起きた、くらいの感覚だから」

「……………………」

「ミリアリアさん自身も、自己の連続性を常に肯定できますか? ダコスタさんの薬で眠っていたのではなく、もしかしたら、死んでいたのかもしれませんよ? そして記憶を吸い出され、あとで殺したことが都合悪くなり、クローニングして記憶を書き込んだのかもしれません。六ヶ月も意識なく経過した今それを、どのように否定するのですか?」

「……………………そんなの詭弁よ……」

「それでも、このトールさんは生きています。あのときの記憶をもって。それに、ここはヴァルハラだと申し上げましたよね。神の秘密を知るミリアリアさんを地球圏へ戻すことはありません。わたくしは口封じという手段をさけ、ここにミリアリアさんを招待しましたが、幽閉であることも自覚しています。そのためのトールさんです。それとも殺された方がマシ、ということですか」

「……………………」

「ボクも生きていられて、いいなって気はするから。ね、ミリィ」

「…………好意は……………………受けるわ。ただし、条件があるの」

「どのような条件ですか?」

「このトール、若すぎ。MIAのとき、そのままじゃ歳の差がありすぎるのよ。もうちょっと成長させられる? 起こすのは、それから」

「あなたも女ですね」

「私のことはいいの」

「サイさんは、そのままのフレイさんでいいとおっしゃられましたよ」

「サイっ?! サイいるの?!」

「はい、あちらに」

 ラクスが庭園の奥を指すと、サイとフレイ・アルスターがいた。ミリアリアの視線に気づいて手を振ってくれる。

「……サイ……………………フレイ、……あれ、クローン?」

「サイさんはオリジナルで、フレイさんはクローンです」

「………………………サイも、ここに……連れてきたの?」

「はい、巻き込んだのはミリアリアさんですよね?」

「………でも、……サイは普通に暮らして…」

「事情を説明いたしましたところ、こちらでフレイさんと暮らす方がよい、という結論にいたっています」

「ボクとも相談したんだけど、サイは会社に飽きてたみたいでさ。あんまり仕事させてくれないって」

「……サイって、どんな仕事してたの?」

「服のデザインだって、ジャケットとか。でも、あまり会社で受け入れてもらえなくて居場所もないし、ここの方がって話になってさ」

「サイは色のセンス悪いから……」

「あ、でもバルトフェルドさんは気に入って着てるよ」

「………あの人もセンス悪いから。……彼もいるの?」

「うん、あっち」

 キラが示した東屋にバルトフェルドとアイシャがいた。

「……あの女の人って、誰かのクローン? ぇっと………ラゴォで戦死した人?」

「うん、ヘルメットが残ってて。ヘルメットがなければ即死だったよ」

「…………ヘルメットって大切ね…」

 ミリアリアは色々と、どうでもよくなってきた。けれど、やっぱり気になることもある。

「……、フレイはクローンで……、あなた的にフレイって存在していいの? キラとの関係とか……いいの?」

「はい、軍艦や戦場などの特殊な環境でないかぎり、キラとフレイさんに問題は生じません。わたくしが存在しなければキラが一方的に興味を持つことはありますが、フレイさんが相手にされませんし、よしんば関係をもっても二ヶ月ほどで破綻すると予想されます。それに、あのフレイさんは記憶をセーブできていたヘリオポリス崩壊以前のサンプルデータから起こしましたから、キラのことは知人程度にしか思っていません」

「うげっ………若い……もろ、十代丸出し…」

 ミリアリアは自分の記憶にある中でも、もっとも古いフレイが大人になったサイといることに強い違和感を覚えた。

「サイ、あの年齢差でいいって?」

「むしろ、その方が良いと」

「…………、最低」

「フレイさんは救命艇にヘルメット無しで乗っておられたようですから完全に燃えてしまい、当時の再現は不可能です。単に成長させるだけならできますが、サイさんは必要ないと言われました」

「……ノーヘルって危ないのね………、まあ、あの時期のフレイを復活させると、いろいろ問題ありそうだから妥当な選択だけど……」

 ミリアリアは、すっかり長話で冷めてしまったケバブを見つめた。六ヶ月という時の経過を感じて、再び食欲が戻っている。そして、今の状況を受け入れようという気にもなってきた。

「わたくしの質問、まだ一つ答えていただいていませんよね。いつから、わたくしの行動が不自然だと? ミーアさんのことで?」

「もっと早い段階よ」

「キラにフリーダムを与えたことですか?」

「それで確信。でも、もっと最初に気づきかけてる」

「では、いつ?」

「私とサイも、あなたの逃亡を手伝ってあげたよね」

「はい、その節は、ありがとうございました」

「おかげでトイレ掃除一週間だったのよ」

「それは軽い刑罰でよかったですね。とても心配していたのです。地球軍にとって利用価値のあるキラはともかく、お二人は銃殺になるのでは、と」

「……そのとき言ってよね」

「ふふ♪ それで?」

「居住区から格納庫へ行って着替えるとき、あなたは私がいるのにキラと二人で更衣室に入ったでしょ」

「はい」

「女性の私がいて着替えるのがわかってるのにキラだけ更衣室に入れるなんて、ものすごく不自然だったし。それで、ああ、この子、なにか企んでるんじゃないかなぁ、って思ったの。案の定、あのとき二人で何をしてたのか、キラに何回訊いても顔を赤くして答えてくれなかったから」

「なるほど」

「もう時効だし教えてくれてもいいよね。二人で何してたの?」

 問いかけながらミリアリアはチリソースを持った。

「何というほどのことではありませんよ。ただ、わたくしも焦ったのです。予想外に早くキラと別れることになり、せめて強い印象を残さなくては、と」

「ずばり言ってよ。サイじゃないけど、あの短時間で妊娠しちゃえ、みたいな? コーディネイターって、そっちの能力も速いの? 常人の三倍くらい」

「ミリィ……」

「ミリアリアさん」

 ラクスはナチュラルの目には見えないほど素早い動きでミリアリアから真っ赤なチリソースを奪うと、さらにヨーグルトソースも持った。

「わたくしは、そこまで軽々しくも早くもありません」

「……。じゃあ、なにしたの?」

「スカートを脱ぐとき、パンツをモロッと♪」

「モロって…………あ、…あ~……」

 ミリアリアが食べようとしていたケバブに赤と白のソースがかけられている。ラクスはスプーンで、よくかき混ぜた。

「みっくすも、なかなかいけますよ。ね、キラ」

「ラクスソースって言うんだ。…なかなか、では、あるよ」

「……………世界は、……この色に染まったんだ……」

「はい♪ 血で赤く染まるより、なんとか薄めてピンクくらいに、そういう計画だったのです。お疲れ様」

「………赤より……ピンク………いただき……ます」

 ミリアリアは色々なことを諦めて食べた。

 

 

  終

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。