ヤンデレ×後輩   作:レア缶

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前後編でさえ一ヶ月も間があいてしまってすまない…


先輩のパーツ 後編

「……んん?」

 

「先輩、おはようございます。

起こしてしまいましたか…?」

「……おはよう、ユリちゃん」

 

先輩の頭を膝に乗せたら、はずみで先輩が起きてしまった。

 

「学会、お疲れ様でした。

大変でしたよね…」

「まぁ…、おもに精神的に、ね…」

 

撫でてあげると、先輩は小さく声をもらした。

 

「………ユリちゃん…

 

俺は何で縛られてるの……?」

 

聞かれると思っていたし、なんにせよ目的のためには理由を話さないわけにはいかなかった。

 

今、先輩は腕を後ろ手に縛られて、目隠しをされている。

腕は前腕を束ねるようにして、背中側できつくビニール紐で縛った。

目隠しには手ぬぐいを使った。

先輩が寝ている間に、起きないように慎重に縛った。

 

膝の上の先輩の頭をなで続けながら、見下ろして言う。

 

「先輩と、離れないためですよ。

 

…すこし、話を聞いてください。

先輩が学会に行っている間、本当につらかったです。

さみしくて、苦しくて、死んでしまいそうだったし、死んでしまいたかった。

私は、先輩のせいで、独りで生きていけなくなってしまったんです。

…先輩のせいですよ?

だから、先輩には責任をとって、私とずっと一緒にいてもらいます。

先輩には責任を果たす義務がありますし、私には"被害者"として先輩に責任を果たさせる権利があるはずです。

その権利を使いました、これが先輩を縛った理由の一つです」

 

先輩は静かに聞いていたけれど、目隠しの上に見える眉は明らかに困惑を示していた。

 

「なら、俺はずっとこのままなの…?」

「それは先輩次第です。

…私は、先輩に甘えてほしくて、腕を縛ったんです。

ここ数日で、私は先輩に依存しきっていたことが分かりました。

先輩と付き合う前、独り暮らしのときにできていたことが、何もできなくなっていたんです。

……これでは、私は先輩の寄生虫です。

だから私は、先輩が私に依存するような関係に変えたいんです。

私が先輩を必要とするくらいに、先輩も私を必要としてくれれば、先輩と離れることはないですから。

ですから、先輩が私なしで生きていけなくなったら、解放してあげます。

それまでは、そのままです。

心配しないでください、全部やってあげますから」

 

一息に言ってしまう。

 

「………そっ、か…。

俺はユリちゃんがそう言うなら、従うよ」

 

思ったより先輩の反応が淡泊で、私は驚いてしまう。

実は、先輩に言ったことは7割くらい誇張してある。

先輩がいない間さみしくて死んでしまいそうだったのも、私が先輩に依存しきっているのも本当だった。

でも、だからといって大学に行かなかったことは私の不甲斐なさが原因だし、先輩が私に依存しきる前に月曜日がくるのでいつまでも縛っているわけにはいかない。

いつもは先輩に嫌われることが一番怖いけれど、しばらく会えなかったせいで先輩と離れることのほうが怖くなってしまったから、こんなことをしてしまった。

先輩にはこの状況で怖がって、慌てて、私の気持ちを少しでも知ってもらいたかっただけなのに。

 

「………なんでも言ってくださいね。

いっぱい、甘えさせてあげますから」

 

 

・・・

 

 

「そうだ。耳かきしてあげます」

「藪から棒だね…」

「膝枕しているので。

それに、彼氏が彼女に甘えるといったら耳かきは王道ですから。

道具をとってきますから、少し失礼しますね」

 

竹の耳かき棒とティッシュを持って、また先輩を膝枕する。

 

「ん?…ちょっと待って。

誰かに耳かきしたことあるの?」

「…大丈夫ですよ、自分の耳は自分でやってましたから……。

それに、私は手先の器用さには定評があるんです」

「……そうだね…」

 

先輩はやや緊張気味に肩をこわばらせている。

おびえる先輩もかわいいな、と思った。

 

「じゃあ、おそうじしますね……」

 

目隠しを上にずらして、耳を露出させる。

先輩の耳は、あまり汚れていない。

なんでも先輩は耳かきそのものが好きらしく、自分の耳では足りずに私にまで耳かきをしてくれる。

汚れた耳を見せるのは恥ずかしいけれど、気持ちいいからいつもやってもらってしまう。

 

「んーー……じょーずだよ、ユリちゃん…」

「んふふ、本当ですか?」

「うん…きもちいいよ………

これからも…たまに、たのんでいいかな……?」

「たまになんて言わずに、いつでもしてあげますよ…」

 

先輩に耳かきされて、気持ちがよかったところを思い出しながら、耳かき棒を動かす。

ぱりぱり、かりかり……。

 

「…先輩は、誰かにしてあげたことがあるんですか…?」

「んー…、いもうとに……。

ひさしぶりにやってあげたいな……ん゛っ!」

「っ、あぁ、ごめんなさい!

痛かったですか…?」

「ううん、大丈夫、ちょっと深くに入ってびっくりしただけだよ。

…もう、そっちの耳は終わり…?」

「本当にごめんなさい…。

こっちはもう終わりですね。

すぅっ…、ふぅーーーーっ………、よしっ。

反対を向いてください」

 

先輩の顔を私のおなかに押しつけた。

先輩の吐息で、おなかが暖まる。

 

「くるしくないですか?」

「んーん…これ、落ち着く…。

ユリちゃんの体はぜんぶ柔らかいね…」

 

今までは、本当に先輩に甘えてきただけだったから、先輩は私に対して兄や父、あるいは母のように振る舞ってきた。

でもこうして甘えさせてあげて、年上の先輩に弟のような一面があると知った。

頼りになる先輩に対して、私は初めて母性を発揮したような気がした。

 

 

・・・

 

 

夕方のチャイムで目が覚めた。

耳かきのあと、先輩と添い寝していたことを思い出す。

先輩は、まだ隣で寝息をたてていた。

 

目隠しされて、腕を縛られて、抵抗できない状態の先輩。

今すぐ押さえつけて、足まで縛って、犯し尽くしてしまいたいと思う。

逆に、拘束を解いてあげて、その腕でやさしく抱き締めてほしいとも思う。

でも、私は耳かきを通じて、今は先輩をひたすら甘えさせて、癒して、染色してしまいたいと思った。

いつもは大人で、艶やかで、私をぞくぞくさせる先輩が、私を頼って、甘えて、きゅんきゅんさせる。

その感覚が癖になってしまった。

だから、いつもみたいに本能のままには行動しない。

 

先輩を起こさないようにベッドを抜けて、キッチンに立った。

夕飯は、カレーを作る。

先輩に食べさせてあげることを前提として、今ある食材から逆算した。

 

 

カレーを作り終えたころには、先輩も目覚めたらしく、ベッドの上で上体を起こしていた。

 

「おはようございます」

「おはよう、今夜はカレーだね!すごいいい匂いする!」

「んふふ、そうですよ」

 

寝起きなのにカレーでテンションがあがる先輩もかわいい。

 

「もう食べますか?」

「うん、食べたいな。おなかすいちゃったよ」

 

カレーの用意をする。

皿もスプーンもひとつづつ。

 

「じゃあ、食べさせてあげますからデスクまで行きましょう。

つかまって下さい」

「…あぁ、そうか、そうだよね…そうなるよね…

ごめん、よいしょ…」

 

「ふーっ、ふーっ…、はい、先輩、あーん…」

「いや、やっぱり、ちょっと恥ずかしいよ…。」

「…あーん」

「…あー…、んぐ………。

うまいよ、向こうでもユリちゃんの手料理が恋しくて仕方が無かったから、なおのことうまい」

「んふふ、よかった……、おかわりもありますから、いっぱい食べてくださいね…」

 

目隠しされている先輩が、おとがいをあげて口をひらいている。

咥えられたスプーンを引き出すと、それに伴って、つつ、と先輩の唇が動く。

私を露骨に興奮させる光景だった。

でも、今は性的な意味よりも、言うなれば餌を待つ雛鳥のような、庇護対象としての意味が強い。

ごはんを食べなければ、弱い先輩は餓死してしまう。

だから先輩は私を頼って、恥ずかしくても私から与えられなければいけない。

一口、私のスプーンから食べるたびに、先輩が私に染まっていくような気がした。

 

「ふぅ…。ごちそうさま。

本当においしかったよ」

「…んふふ、ありがとうございます……。

お皿を片づけますから、少し待っていてくださいね」

 

 

その後は。

 

「じゃあ、歯磨きしましょうか」

「……さすがに親にやってもらった記憶すらないんだけど…、恥ずかしいな…」

「…全部、任せてくれればいいですから。

ね?………ほら、膝枕しながら磨いてあげます」

「……お願い、します」

 

先輩の歯を磨いてあげたり。

 

「腕を縛ったままだと服を脱げないので、今日はシャワーではなく私が全部拭いてあげますね」

「え、でも……」

「いいですから。

全部、やってあげる約束ですよね」

「……………お願いします」

「…んふふ、いいですよ」

 

先輩の体を拭いてあげたり。

 

「あの……、ユリちゃん…

トイレに行きたいから腕だけでも外してほしいです…」

「……どっちですか?」

「あの、小のほうです」

「…………なら、私がやってあげますよ…」

「!? いや、駄目でしょ!」

「……先輩は、私が出ちゃうって言ってもやめてくれないじゃないですか…」

「っ……!…………………お、お願いします…」

 

先輩のトイレの面倒を見てあげたりした。

 

 

・・・

 

 

先輩は、学会で心も体もすり減らして帰ってきた。

きっと私は自分を心待ちにしていて、自分を優しく迎えてくれるだろうと思っていたはずだ。

予定を繰り上げて、教授に謝って、早い便に乗って帰ってきてくれたに違いない。

ようやく帰ってきた部屋で、私に監禁された。

先輩の信じていた彼女は、甘やかすと称して、監禁して支配する最低最悪なひとだった。

高校のときから分かっていたことだけれど、やはり私は先輩となんて釣り合わない。

私はどこまでいっても、先輩の優しさに甘えて、搾取し続けるだけの寄生虫だった。

先輩には、許してほしいなんて言えない。

こんなことをしていたら、いずれ嫌われてしまうに違いない。

嫌われるのが怖いのに、やめられない。

私のことが嫌いでもいいから、離れたくない。

私は寄生虫だから、離れないように必死に先輩を留めなければいけない。

 

 

・・・

 

 

カーテンを閉めていない窓の外から入る光しかない、暗い部屋。

先輩はベッドのふちに腰かけている。

くったりと力を抜いて、明らかに疲れた様子だった。

私は一応、先輩を甘えさせてあげて、癒してあげるという名目でしていたのに。

結果だけ見れぱ、疲れた先輩に虐待で追い討ちをかけて弱らせて、弱った心身につけいったということになる。

紐でしばられて、ゆっくり眠れなかっただろう。

起きても何も見えないのは、ストレスだったに違いない。

 

先輩は、明らかに私に頼ることへの抵抗が薄れてきている。

 

静かにすり寄って、不意に耳元に息を吹きかけると、先輩は小さく呻きながら体を震わせた。

そのまま、先輩に囁く。

 

「ね、先輩。

なにかしてほしいことはありませんか?

先輩の希望なら、何でもしますよ…?」

 

「………なら、これを、ほどいてほしいな…」

 

「…私は、先輩が私なしでは生きていけなくなったら、解放してあげると言いましたよね?」

「………」

「では、これからいう言葉を繰り返して誓ってください。

誓ってくれたらほどいてあげます。

 

橘シオンは、二度と櫻井ユリをおいて学会にいきません」

「橘シオンは、二度と櫻井ユリをおいて学会にいきません…」

 

「橘シオンは、櫻井ユリと離れると生きていけません」

「…橘シオンは、櫻井ユリと離れると生きていけません」

 

「橘シオンは、櫻井ユリと一生離れません」

「橘シオンは…、櫻井ユリと、一生離れません」

 

「守れますね?」

「……うん」

 

先輩という宿主は、私という寄生虫と離れても生きていける。

それでも、私は先輩に嘘をつかせることができた。

先輩は責任感のある人だから、約束をできる限り守ろうとしてくれるはず。

それでいい。

いつも離れないなんて、それこそ紐で縛り付けている限りの話で、現実的ではないのだから。

 

紐を切るためのカッターを持って、先輩の背後に回る。

カチカチと刃を伸ばして、紐を切ろうとした。

 

「…うっ…!?」

 

先輩の腕を、縛りつけたあとではじめて確認したが、縛る力が強すぎたらしく、手が真っ白になっていた。

手には血管が激しく浮かんでいる。

紐が食い込んで、腕の肉が盛り上がっている。

軽く手に触れると、とても冷たかった。

 

途端に、先輩が許してくれないように思えた。

普通に考えれば、こんなことをすれば嫌われる。

先輩は何でも許してくれるように錯覚していたけれど、今回は度が過ぎている。

紐を切った途端に、先輩は私を押し倒して逃げてしまうかもしれない。

腫れた手で私を殴って、言葉でなじるかもしれない。

目隠しをほどいたら、侮蔑の目で私を見るかもしれない。

私に失望して、涙を流しているかもしれない。

 

……許してほしい。

私を、許してほしい……。

離れていても、私を好きでいてくれるなら、まだ先輩を待てる。

嫌われていても、私の手元に置いておけるならそれでもいい。

嫌われて逃げられたら……、どうなってしまうのだろうか…。

先輩は私に二度と会わずに済む遠いところで、先輩に見合った素敵なひとを見つけて、結婚して子供も生まれて、私のことをだんだんと忘れてしまうのではないか。

私は一度は知ってしまった先輩の優しさを思い出しながら、先輩のことを好きでいつづけて、いずれ耐えきれずに自ら死ぬに違いない。

 

「……うぷっ………!」

 

想像しただけで吐き気がして、発狂しそうだった。

 

…………この紐さえ、切らなければ。

先輩にとって一番の障害であるこの腕の拘束さえ解かなければ、私のことがいくら嫌いでも先輩は私から逃げられない。

ご機嫌取りの演技でも、私を嫌いとは言わないかもしれない。

先輩が私のことを好きでも嫌いでも、紐を解かなければ、先輩と一緒にいられる。

紐を解いたら、最悪の場合…。

 

「…ユリちゃん?どうしたの…?」

「……先輩、やっぱり駄目です」

「…え……?」

「こ、この紐を切ることは、できません……」

「……ユリちゃん…」

 

「自由になって、なにするつもりですか…?

いいじゃないですか、このままで。

わたしが全部やってあげたじゃないですか。

大学とかバイトとか、考えなくていいですよ。

わたしのことだけ考えて?

そしたら、ずっとこのままでいいはずです。

まだ、足りませんでしたか?

あっ、他にも、えっちなことも…、いっぱいしてあげます。

バイトを始めて、もっと贅沢させてあげますよ。

アイス食べたいから買ってきてとか、そういうのでも何でもいいんです。

何でも、してあげますから…」

 

「お願い…、ほどいてよ」

 

「っ……、だからぁっ!!!

このままで何がだめなんですかっ!!?

分かってますよ、先輩はひとりで生きていけるんでしょう!?

わたしがいないと生きていけないなんて嘘ですよねぇ!?

自由になったら、逃げるつもりなんでしょう!?

っふぅーっ…!!ふぅっ…、ふぅ…、ふぅ………

……………逃がしませんよ。

私は、嫌われても、失望されても、どんなことをしてでもあなたを逃がしませんから。

ストーカーでも、監禁でも、何でもします」

 

先輩を後ろから抱きすくめて、顔の前でカッターの刃を出す。

 

「ねぇ、先輩。

目、見えなくしちゃいましょうか。

そうすれば、骨折だか脱臼だか知りませんけど、あの人よりも先輩の方が重症です。

学会になんて2度と行かなくていいはずです。

それに、目が見えなければ、先輩はひとりでは生きていけません。

だから、私が先輩の目になってあげます。

先輩のパーツになるんですから、一生離れずにいられます。

それでようやく、先輩に私の気持ちを分かってもらえるはずです。

先輩がいないと何もできない、生きていけない、私の気持ちが分かるはずですよ」

 

目隠しの上から、爪で先輩の眼球をなぞる。

 

「…もう、私には先輩を解放する気なんてないって、わかりますよね。

…先輩が悪いんですよ?

私をこんなふうにしたのは先輩なんですから」

 

お願いだから、諦めて。

私にひどいことをさせないで。

ふりでもいいから、私を許して、嫌いにならないで、一緒にいて…。

 

 

 

「……いいよ」

 

 

 

先輩がかすれた声を出す。

 

「目を潰したっていい。

手を縛ったままでも、切り落としてもいいよ。

ユリちゃんが安心できるなら、それでいい」

 

「……へ…?」

 

「俺は、ユリちゃんに甘えてもらえないと生きていけないから。

 

ユリちゃんが、電話で会いたいって泣いてくれたとき、すごく嬉しかった。

ユリちゃんが大学に行ってないことは、実はラボの同期から聞いてた。

それを聞いて、ユリちゃんには申し訳ないんだけど、凄く嬉しかったんだ。

今の状況も、ユリちゃんの気持ちも、実は…、嬉しいよ。

ユリちゃんが、俺をこんなにも必要としてくれているんだって、痛いほど分かるから。

 

電話で、俺に甘えたいって言ってたよね。

いいんだよ、いくら甘えても。

もし腕をほどいて、目隠しをとってくれたら、いくらでも甘えさせてあげられるよ。

ユリちゃんの気がすむまで抱き締めてあげる。

頭を撫でてあげる。

膝枕と腕枕、好きな方で寝かせてあげる。

お風呂で身体中洗って、バスタオルで拭いて、髪を乾かしてあげる。

好きな料理を何でも作ってあげる。

目を見ながらキスしてあげる。

 

ね、ユリちゃん。

俺にユリちゃんを甘えさせて。

ユリちゃんを甘えさせてあげるために、これをほどいて。

ユリちゃんを甘えさせてくれたら、ずっと一緒にいてあげられるから。

 

……お願い、何でもするから」

 

 

 

やはり、私は先輩には見合わない。

先輩は私を信じて、愛してくれているのに、私はそれを疑ってしまった。

 

「…はい…っ、はい…!

すぐ、解きますから…、ずっと…一緒にいて…!」

 

涙が溢れて視界がにじむ。

カッターで、先輩の腕に当たらないように紐を切る。

一カ所を切断しただけで、紐ははらりとほどけた。

先輩は自由になった手を握って開いた。

目隠しも、結び目をほどいて外してあげる。

 

先輩はゆっくりと振り向く。

あ、先輩が怒った顔をしていたらどうしよう、と思った瞬間に、先輩と目が合った。

暗い部屋の中でもはっきりと分かる、先輩の暗い瞳。

優しいほほえみの前に、その暗い瞳に惹かれた。

私の肩と腰に手を回される。

 

「好きだよ」

 

小さく、でも静かな部屋でははっきりと響く声で言われ、唇を奪われる。

久しぶりの先輩の腕、先輩の唇。

無意識に、私は先輩の首に腕を回して、さらに深いキスを求めた。

閉じたまぶたの裏で視界が明滅する。

 

「ん、ふぅ゛っ、ん、ん…、んはぁ、ぅんふっ…!」

 

ずっと、こうしたかった。

先輩とずっと一緒にいられる、先輩が私のことを好きでいてくれる、先輩がひたすら甘えさせてくれる生活。

そんな生活が一番の理想で、私はそれを手にしていたのに。

先輩がたった数日学会に行っただけで、私は先輩に甘えることを放棄して、さらに先輩に嫌われるリスクまで犯していたことに気がついた。

キスで、脳が溶けていく。

何も考える必要はない。

先輩に身をゆだねて、先輩に甘えていれば、先輩は私を甘えさせるために一緒にいてくれるのだから。

 

先輩の両手が、私の頬を包む。

血が通っていなかったせいで冷たい。

私の両手を重ねて、頬と手で温めてあげる。

先輩は愛おしげに、暗い瞳で私を見つめている。

再び、先輩が私と唇を合わせる。

今度は、唇の感触を確かめるような優しいキスをした。

 

先輩は、また許してくれた。

でも、その優しさが、時々こわくなる。

先輩に寄生して、優しさを搾取し続けても、まるで底が見えない。

いくら酷いことをしても、どれだけ甘えても、先輩は無尽蔵に私の愛を受け入れて、優しさを与え続ける。

今みたいに先輩が暗い瞳をしているときは、まさに底の見えない優しさで満ちた海みたいだった。

先輩を海に例えるならば、私はまだ足のつくところしか知らないのだろう。

それより進んだら、いずれ先輩に溺れて、飲み込まれて、先輩の一部になってしまいそうだった。

それはこわいことで、でもしあわせなことだと思った。

 

「ちぅっ……、…ふふ。ユリちゃん、何してほしい……?

明日は日曜日だから、たくさん甘えていいよ……」

 

 

 

やっぱり私がおかしくなったのは、先輩が悪いのではないかと思う。

私は、その瞳に今にも溺れてしまいそうだった。

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