「…………っう」
頭がクラクラする。がんがんとドラム缶か何かでもぶん殴り続けているかのような圧倒的な爆音。
スネアドラムを思い切り何も考えることもなく打ち鳴らしたときみたいに、やかましいというしか表現のしようがないほどの銃声の束が、破れた鼓膜を通り抜けて直接脳髄に音波で殴り込みをかけてきているかのようだ。
宇治はそこで、はっと目を見開いた。なぜ俺は生きている。友軍からの誤射で死ぬはずではなかったのか
泥でまみれた手袋を、二の腕から手のひらに向かっておもむろに力を入れることによって泥を握り締めるかのように動かした。きちんと動き、感じ、しっかりと生きている。いったいどうして。
「…………そうか」
蛍の光や星の光が闇夜にきらきらと煌くように、草むらのいたるところから曳光弾が射出されてはどこかで跳ね返る。黒い巨体ががいんごいんと鈍い音をその強硬な表皮からはじき返しながら、その短い首をもたげているシルエットが発砲炎の中に浮かんだのがよくわかった。
偶然にも俺をかばうような体勢になっているのか。宇治はその幸運を喜びながら、頭の中で策を練る。
今現在、“怪物”は誘導要員のほうに注意を向けている。ここでできることは二つに一つだけだ。
それは即ち、合流するか、否か。
少しだけ考えた後、宇治は一人、泥の中ゆらりと立ち上がった。
音を立てないようにしながら向かうのは、泥にまみれた
何度も何度も訓練した第五匍匐前進。腕の力だけで泥の中を泳ぎ、胸ポケットから拳銃の9mm弾倉を取り出した。
すぐ後ろの怪物が悲しげに絶叫をあげる。宇治のすぐ右手に弾き返された水柱が上がる。
ざわざわとがさがさと喧騒が森を駆け巡り、直後の一瞬の空隙を縫うようにしてまた、怪物は砲撃と呼ぶべき攻撃を行った。
衝撃波が背中をあぶっていくが、1回目や2回目と比べて体勢が低いことから、特に被害はないと言ったところか。
再びだんだかと単発的に起こる銃声の中をすこしずつ漸進して、やっとこさ四角いブロックみたいなかたちをしたC4を手にする。
「やはりな。コードが切れてやがる」
周りの木々に燃えうつった爆炎に照らされる中、苦々しく呟いた。
赤い炎が銀色の金属製信管に照らされて、踊る姿にほんの少しの美しさすら感じる。その信管から繫がっているはずの黒いコード。それが、若者の持っていた起爆装置と繫がっているはずなのだが――
「……踏まれて擦ったときに千切れたのか?」
たぐり寄せてみた宇治の手の中にはただ無残に引きちぎられただけの切れ端が残っていた。
少し悩んだ後、C4の一端を手に取り、細く細く、こよりのようにして捩る。
暗い中だと作業がしにくいが、もう夜目にもなれてきた。
「……よし。このくらいでいいか」
燃える枝葉に導火線となったこよりのようなc4の端部を近づけ、少しあぶると火がついた。
最低感度のc4も、導火線を作ってやると爆発する事がある。宇治にはこれに賭ける他ない。
「こっちだ化け物!!」
ぎょろり。外皮のところどころから青色の血を噴きながら、怪物は宇治に目をやる。
煌煌と燃える光が、激しく前後に揺れ動きながら近づいてきている。怪物にはそのように見えた。
泥の中を走る男は、あと距離がおよそ5mもないところで突如立ち止まり、火のついたソレを勢いよく投げる
くるくると回転しながらc4は飛んでいき、その導火線の根元が燃えさかる火炎に飲まれる寸前で、べちゃり。泥か何かでも当たるくらいのきやすさで、黒い外殻に貼り付いた。
「…………くっ!!」
直後、宇治の瞼を強烈な閃光が焼き尽くす。
咄嗟に伏せたはいいものの、うなじの毛がちりちりと焼けるような感覚。グローブ越しにでも感じる熱線。そして濁った泥さえも貫いて瞼のうらに突き刺さる光。
耳がきーんと遠くなる。近くでRPG-7を発射されたときよりも遙かに激烈な衝撃波が背中から胸を圧迫した。
そのとたんがぼりと空気が肺から押し出されていき、その空白を埋めるように泥水が口と鼻との両方に入り込んだ。
刺すような強い刺激が喉を突く。腐臭とも違う何か異様な痛みが鼻腔をくすぐる。
「……げほっ!」
どろりとした水滴を鼻から顎にかけてしたたらせながら宇治は顔を上げる。一度裾で顔をぬぐってから拳銃を片手に草むらから飛び出した。
勢いよく安全装置を外し、無様にも横転した黒い化け物の土手っ腹へと駆ける。歪な形に深くえぐれたその灰色の腹からは、どくどくと青白いようなよく解らない色の血液が流れ出していた。
ばたばたと闇を切るように慌ててばたつかせる前足がびちゃりと丁度宇治の方に泥を跳ね飛ばす。
降りかかった泥の塊を、手袋を填めた右手の腹で受ける。
その泥を持ち手と一緒になったストックの底に塗りたくるように右手を添え、無防備なその腹を狙って正拳突きでもってぶん殴るような格好でその拳銃を思い切り突き出した。
「喰らえ……ッ!」
ごぎり。金属の擦れるかのような鈍く嫌な音が耳朶を打った瞬間、宇治はその引き金を思い切り引き絞っていた。
絶対に外れることのない距離から、銃声が響くこともなくその破孔へと吸い込まれる。
悲痛さすらをもかもしだした甲高い号哭が、猪の牙のように伸びた怪物の砲と砲の間。ただ昏いだけの口腔から放たれる。
何発目かもわからない弾丸が怪物の肉を貫いたのとほぼ同時に、暗闇でもはっきりと見えるくらいに目立っていた緑色の瞳は静かに打ち震えながらその光を失った。
「弾切れか」
ガチガチと引き金を繰り返し引けども、それ以上の弾は出ない。
弾倉を手のひらの中に落として、空になったことを確認。乱暴に腰のホルスターにしまい込む。
「状況、終了……」
肩で息をしながら、宇治はぽつりと呟いた。
やっと話が進む……