「……ここは?」
僕はひやりとした冷気を肌に感じて、目覚めた。
夜に布団がズレていて、そこから夜の寒さを感じ取ってしまったかのような。そんな寝覚めの悪い起き方。
どうやら硬いなりにもベッドの上に寝転がっているようで、先ほどの例えに直結したのはどうやらそれが原因のような気もする。
「…………ん?」
よっこらせと身体を起こしたあと、そこにかすかに漂うタバコの濃密な臭いに気づいて鼻をひくつかせた。
けして隠そうともしていない人の痕跡。そんなある種の無防備さに呆れかえりながら、ここがどこなのかを推察し始めた。
「とりあえずの判断材料は……」
部屋の隅に固められるように積まれた防弾ベストと弾倉入れ。それに、無骨な銃が一挺。
全く手入れのされていない廃墟同然のコンクリートアパートの一室で、これまた清掃というモノを知らないようなベッド。むしろこういう家具が置かれていること自体がおかしいのではないかと疑ってかかりたくなる。
「……んん?」
こんこんと壁をたたいてみる。途端パラパラと白いモノがはがれ落ち、かりかりに固まったペンキらしきなにかが前腕に降り積もった。
トントンとつま先を床に打ち付ける。フローリングなんて物はみなひっ剥がされているようで、打ちっ放しのコンクリート床がどんどんと反響した。
剥き出しの鉄骨は既に錆び付いており、その下にいくつかのハンガーやらゴム紐やらがぶら下がっている。
「……とりあえず、これ以上は何もない。かな」
そっと足音を立てないように、コンクリート製の床へと飛び降りた。ぼろぼろのパイプベッドが少したわんだ気がしたが、恐らく気のせいだろうと片づけて歩を進める。
部屋の隅に固められた防弾ベスト。そのまた上に立てかけられたウッドストックの小銃。シンプルな形で、バナナ型の弾倉が特徴的なその銃は、既に何人もの人間を射殺しているような冷徹さを孕んで銃身を煌めかせた。
そうだ。僕の名前は――
その小銃についてあったスリングに腕を通す。引き金を確認。安全装置を外して、いつでも撃てる体勢に。
「――――シグレ、征くよ」
僕は音もなく、部屋の外へと足を進めた。
「宇治さん……っ! 先ほどはすみませんでした!!」
「こいつがもう撃てって…………」
「いやいや、お前だって反対しなかったじゃないか!」
C4爆薬による爆発と、拳銃の発砲によって怪物を見事倒せたことは、ちょうど砲撃被害を減らすために散開してから再集結した誘導要員たちにもわかったようだ。
「…………いや、死ななかったから大丈夫だ」
それで、ベースから西へおよそ400……先ほどの湿地帯のすぐ近くの空き地に焚き火をたいて、未帰還の人員との集結および休息をとっている。といったところだ。
「それで、今回の被害は?」
「とりあえず、今作戦参加兵員の10名中未帰還が3。うち1は目の前で爆ぜ散りました。負傷者はほぼ全員ですが、骨折や欠損を含んだ重傷者は運良く誰もいません」
フィリピン人。とくに都市民に多いスペイン人らしきラテン系の彫りの深い顔が、そう語る。
彼は、木によすがるようにして座り込んでいた宇治の眼前の土に一挺の銃を投げ捨てるようにして置いた。
「これは――」
「これは未帰還の1人、ロドリゴの持っていた拳銃です。砲撃を喰らってミンチになった後はこれしか残りませんでした」
壮年の男は、感情のないような平坦きわまりない声色で報告する。ある意味憎しみや殺意にも似た視線。
宇治も少しばかりうろたえながら、できる限りの感情の起伏を押し殺しつつそれに答えた。
「…………そうか」
ざりっ、と泥にまみれた半長靴が砂音を鳴らす。薄汚れて擦れた緑色の迷彩服の袖を揺らして、宇治は立ち上がる。
「――――恨んでいるか。俺のことを」
彼は何も答えず、静かに敬礼して踵を返した。
「Mga pilay!」
待て。といった意味合いの現地語。この島に来てから、宇治が初めて覚えた現地語でもあった。
「ベースに帰ったら、やることはたくさんあるぞ。まずは名簿から。だ」
「アイ、サー」
彼が木々の向こうに立ち去って行ったのを認めた宇治は、自身の傷の手当を始めた何か所もの擦り傷や切り傷は自然回復に身を任せていても何とかなるが、やぶれた鼓膜や少々痛むなどは肋骨などは何ともしようがなかった。
それが終わり次第ぱんぱんと柏手を打ち鳴らして休憩の終了と帰還準備を整えさせる。
脳裏にこびりついていた言葉をゆっくりと反芻しながら、ある程度の応急治療のすんだものを気付かれない程度にじっと凝視してみる。
C4を起爆する任をおっていた若者を含めて、少なからず宇治という異邦人に対する恐怖のような怨嗟のような感情が渦巻いてはいるようだ。
ホルスターにしまい込まれた拳銃の位置を確かめる。微妙な重さが太ももにまとわりついているが、いざというときにはこの重さのみしか役に立たないことを再確認。同時にぽつりと、誰にも聞かれないようにして吐き出した。
「――――必ず本国に帰り着いて見せる。……たとえ、他のすべてをこの島に埋めたとしても」
一瞬の思慮のために閉じた瞼を開く。
焚火の跡をを消す現地人の若者、髭の生えた西洋人、ほのかに暗い色の肌の男たち、そして自分。人種と主義思想のるつぼは、まるでこの国そのものの縮図のようだ。薄く口角を釣り上げて自嘲的にほくそ笑む。
ちょうどその時だ。
ほのかに太陽の昇る兆しがありそうな東の空に、ジャングルの中にうずもれるように頭だけを出している廃ビルの群れに、
「おいおい……なんだって…………」
燃え上がるようなという比喩では済まされないような炎が、鮮やかな橙色が浮かび上がったのは。
どこのどいつだ、話が進むとかほざきやがったのは。
謎が出そうで出てない混沌が広がっただけじゃないか