歌姫は恋人の側で生きていく 作:luxuria
朝履いていたスニーカーではなく普段出歩く時の靴を履く。
後ろでは履き終えるのを待つ彼女、一歩も動かずにじっとこちらを見見ているっぽいのだが視線が背中に刺さってなんかやりづらい。
「あの〜、シルヴィアさん? なんでじっと見てるの?」
「……あ、ごめんね? なんというかその、逞しいというか、大きくなったなあと思って」
「まあ三年だしね。前と違うのは当然って言えば当然だと思うよ?」
「もう、そういう意味じゃないのに」
文句を言いたげに彼女は俺同様に靴を履いて最初会った時のようにその髪を変えて帽子を被る。
うん、違う。
「シルヴィア、ちょっとこっちに来て」
「ん? 何?」
言われるがままに数歩歩いて俺の前に来るシルヴィア。
そんな彼女から帽子を奪ってみる。うん、こっちのがいい。
彼女の変装、その大部分である髪の変色はあのヘッドフォン型の髪飾りらしいから帽子を取ったところで解けるわけじゃないしこれはこれで他人からすれば分かりづらいと思うからいいだろう。
「なんで帽子を?」
「だって君の髪は」
帽子を被ってない方が綺麗に映えるんだ。
そう言ったら顔真っ赤にして俺の手を引っ張って家から出て行ってしまう彼女。
「ちょ、シルヴィア!? 鍵閉めてない!」
「そういうのは反則だよ。三年間会ってないから君に対するそういう耐性はないのに」
「なんか俺が悪いみたいになってる!? 実際にそうっぽいけど! じゃなくてストップ、ストップだシルヴィア! 鍵閉めてないから!」
あの家に盗まれたら危ないみたいな貴重品おいてないし半日くらいだったら開けてても問題ない気もするけどそれでもダメだ。念には念をと言う言葉があるのはまさに今この瞬間のためだと思う。
やっと聞いてくれた彼女は家の方向に俺ごと歩いて家の前にたどり着くと俺は鍵を閉めて、そのままさっき思ったことを口にする。
「何というか、君も随分と変わったね」
「快君に言われたくないよ」
互いに顔を見つめあうこと数秒、二人して笑ってしまった。
似た者同士というわけではないけれど、こういう所はそれなりに似ているのかもしれない。
「行こ、シルヴィア」
「うん」
彼女の手を取って、それに握り返してくれて。
俺たち二人は再び歩を進めた。
「そういえば快君、どこに行ってるの?」
「昔二人でよく言ってた駄菓子屋さん。その次は君とよく行った場所を歩いて行こうと思ってるんだけど、嫌?」
「ううん、あの駄菓子屋さんのお婆ちゃんは元気?」
「すんごい元気。君が最後にあった時とそんなに変わってないと思う」
「それは楽しみ」
会話の中に出てくる駄菓子屋さんは、学校帰りに二人でよく寄った場所である。
ほとんど毎日来ていたから俺たちはそこのお婆ちゃんと仲が良くてよくサービスやらなんやら言われていろいろ貰ったりしていたのはいい思い出だ。
「見えてきた」
周りとは違った和風の建物。買ってすぐ食べられるようにと椅子が置かれ、少し似合わない自販機が設置された場所。
最近は俺自身も着てないから割と楽しみである。駄菓子屋って何かと楽しいから好きだ。駄菓子があって、奥に行けばちょっとしたおもちゃもあって、お婆ちゃんが座ってる場所近くにはシールとかカードとか売ってて、いろいろあるから昔の子供じみた感覚が戻ってくるみたい。
「お婆ちゃん、いるー?」
既に開かれた入口をくぐって店内に入る。
昔と変わらない風景。よくシルヴィアと冒険した場所は、確かにそのままで存在していた。
その奥、座布団の上でお茶を飲むお婆ちゃんは俺を捉えると薄く笑って、口を開いた。
「おや、快君じゃないか。久し振りだねえ……んん? 快君、とうとうシルヴィアちゃんを諦めて他の子に?」
「違う。正真正銘、本物のシルヴィアだよ」
俺の言葉に合わせて、彼女は髪飾りに触れた。
栗入りの髪は紫色になり伸びて、普段の彼女の姿に戻る。
「久し振りだね、お婆ちゃん。オススメはあるかな?」
「おお、シルヴィアちゃんじゃないか!」
彼女のことを確認するなり袋を取り出してせっせといろいろと突っ込んで彼女に差し出してくる。
「お代はいいよ。また今度でいいから話を聞かせておくれ」
「お婆ちゃん、いいの?」
「勿論。お祝いだと思って貰っとくれ」
「いっぱい貰っちゃったね」
「消化しきれる? これ。すんごい量だけど」
「頑張るしかないよ。お祝いにくれたんだし」
彼女の手にあるそれなりに膨れた袋の中を覗けばそれはもう大量に駄菓子が放り込まれている。これはシルヴィアが帰った後も一人でしぶしぶ消化するしかなさそうだ。
「ほら、そんな暗い顔しない。次はどこ行こっか」
「そうだな、中学校行ってから他のとこにでも……あ」
そこで思い出したことがある。
冷蔵庫の中、ほとんど無かったはずだ。昨日そのこと忘れててコンビニ弁当で済ませてしまったから買い出しに行ってないので今も尚冷蔵庫はほとんどすっからかんだろう。
「ちょっと買い出しに行きたいんだけど、いい?」
「今日の晩御飯の?」
「まあそうなるかな」
「快君が作るの?」
「そりゃまあほぼ一人暮らしみたいなものだし。こういうのは身に付けてても問題ないでしょ?」
両親がアスタリスクに行ってから今年で二年目、それと並行して俺の一人暮らしも二年目なのでそれなりにできるといえば出来る。
ある程度のものなら作れるし最近になって少し凝ったものにも挑戦している。案外料理は面白いと思う。
「快君、今日の分は私が作ってもいいかな」
「別にいいけど、シルヴィアって料理できるっけ?」
「あっちだと私も一人だしね。ライブとかで忙しいときはしてないけど部屋にいるときは極力自分で作ってるよ?」
「なら期待大だ。ハンバーグがいいかな」
「承りました」
やってきたスーパーはこの町の中でだと一番大きい場所だ。
品揃いもまあよしなこの場所は平日の昼にも関わらず大きな賑わいを見せている。その中、スーパーのカゴを持つ彼女と並列してスーパーの端から歩いていく。
「普通のだと少し味気ないからアクセントが欲しいところだね……快君はおろしポン酢とかいける?」
「いける」
「ならそうしよっか。大根に、ポン酢は家にあるよね」
「大体の調味料やらは家にあるから安心して。岩塩とかも一応」
「うーん、今回は出番なしかな。人参に玉ねぎも入れて。キャベツはこの先使う?」
「使う、かな」
「ならいれとこっか」
その後もある程度野菜をカゴに入れて野菜エリアを抜けて次は肉エリア。ここではひき肉を買うだけにとどまった。
あと何か買うようなものあったかな、何時もなら菓子の一つや二つぐらい入れているのだが今回はいらなさそうだし、後は家で切れてたもの入れればいっか。
「何かこうしてると、新婚さんみたいだね」
「気が早すぎない?」
「そうかな?」
いや確実に早いよ。今年いくつだと思ってるの法律上君の年だと結婚できるけど俺はできないから少なくともあと二年以上待たないといけなから長いから。
「いつでも待ってるから」
「早くできるように善処する。その時まで逃げないでね?」
「もう逃げないから安心して。快君こそ、逃げないでね?」
「勿論、元から逃げるとか考えてないから安心して」
会話をしているうちにカゴにはもう他のものがもう入りそうにないくらい入ってた。すんごい重そうだからカゴを取ろうとすると彼女はそれを避けてレジまで歩いていく。
「そこは取れないと男としての面目が立たない気が……」
まあ、君がそうしたいんだったら止めはしないけれど。少し笑って、俺は彼女を追うのだった。
「結局払わせちゃったけど、大丈夫?」
「これでもアイドルやってるからね、お金は大丈夫」
レジ袋二つに収まったそれらを片割れずつもって帰宅路を歩く。
自分の家のことだし最初はちゃんと払おうとしたのだが、彼女が下がってくれるはずもなく店員さんの前で数分に及ぶ口論をした後見事負けてしまった自分を情けなく感じてしまったのと意外と彼女は押しが強いという事を知った瞬間だった。
「快君。一つ、頼み事をしてもいい?」
「何?」
「鍵、借りたいんだけど」
「何するの?」
「答えはYESかNOだけでお願いね」
先に家に帰って一体何をするつもりなのだろうか、全然見当がつかないけれど彼女なら変なことはしないだろうしいいやと軽い気持ちで鍵を渡す。
それを大事そうに受け取って「少し遅めに帰ってきてね!」とだけ言い残して家まで走っていく彼女のお望み通り少しゆっくりとした足取りで家に向かう。
夢から始まって、彼女に会えた。
それだけでも嬉しいのに今日一日をともに行動できて、少しの発見もできて、なんて満たされた日なのだろう。
嬉しい、幸福すぎてもうすぐで天罰でも食らうんじゃないかと不安になるくらい。
「でも、これぐらいならいいよね」
これまでの事を考えるとこれぐらいの見返りはあってもいいだろう。
三年間耐えたのだから、ただ一度の奇跡ぐらい許されてもいいだろう? 神様。
たどり着いた家、ドアノブを握って深呼吸をしてからゆっくりと開く。
「おかえり、快君」
その奥には俺の帰りを待つ彼女。
「さっきまで一緒に歩いてたでしょ?ーーただいま、シルヴィア」