・シロが「クロ姉」と呼ぶようになりました。
・ヤルダバオートのスペックシート(主砲)を書き直しました。
前章を読んでからご覧ください。
ヤルダバオートは量子コンピュータを搭載したオブジェクトだ。かつてのスパコンで数千年前かかった計算をたった数十秒で終わらせるといわれるその演算スペックにかかれば、オブジェクト本来の戦法も変化する。
そう。
かつてのオブジェクト戦は、砲門や照準装置の予備動作から射線を予測回避する形式が取られていた。
ヤルダバオートは違う。
完全な未来予知の実現。
絶対に避けられない場面を的確に打ち抜く死の宣告。
けれど、双子のメイド姉妹、シロとクロは副砲のレーザービームの掃射をギリギリのところで回避していく。
「あっぶねえ!?『メイド服』がなかったら即死だぜ!!」
彼女達のメイド服にも見えるメタリックな装甲は、遍く欺瞞兵器を詰め込んだ電子迷彩の塊だ。いくら未来予知をされようと、照準情報自体を攪乱させれば当たらない。
けれど、
「クロ姉、『あれ』が来るよ、構えて!!」
そんな程度の電子迷彩で通用する神ではない。
ヤルダバオートの主砲に収束していたエネルギーの充填が完了する。
それは、重力加速式次元跳躍電子投射砲。
名前の通り、あまりに速すぎて時間を飛び越えて未来に直撃する電子ビーム砲である。
そもそも、時間は一定ではない。
かつて物理学者アインシュタインが相対性理論を語ったように、時間は絶対的な概念ではなく
その原因は重力。
光速を超えて重力の束縛を抜けた物体は未来に辿り着くのだ。
宇宙を光速で進む宇宙船で過ごした時間と、地球で重力に縛られたまま生活する時間は異なる。ゆえに宇宙船に搭乗した人物が地球に帰って来た時、地球では未来に辿り着く、なんて話は理科の教科書でよく見かけるエピソードである。
結論から言えば、その砲撃は速すぎた。いや、
主砲砲身内部にマイクロブラックホールを0.0000001秒間だけ作成、その瞬間の重力子を制御し電子ビーム砲を発射する。
現実を貫通し未来へ直撃する一撃。
並みの兵器では扱い切れないだろう。誰も未来を予測できないんだから自分がどんな未来を撃っているのかも自分じゃ把握できない。
しかしヤルダバオートは違う。
量子コンピュータを搭載し未来予知を実現する神は、未来を予測し未来を撃ち抜く。
これこそが、ヤルダバオートがこの世全てのオブジェクトを駆逐し、人類を滅ぼすに至る真髄だ。
重力加速式次元跳躍電子投射砲を回避する方法は存在しない。
そもそも視認できない。
シロとクロは直撃する未来に到達するその瞬間まで、砲撃自体をこの三次元世界において観測する事が不可能なのだ。
当然それも彼女達は分かっていた。
だから、彼女達は同時に叫ぶ。
「「量子テレポーテーション『輪廻転生』、起動!!」」
瞬間、重力加速式次元跳躍電子投射砲が彼女達を吹き飛ばした。
……かに見えた。
違う。
直撃の瞬間、射殺されるよりも先に彼女達は自身の肉体を量子分解して自殺し、0.3秒後に拡散した量子を再構築してこの世に産まれ直したのだ。
彼女達が人型サイボーグという形を取るのもそのためだ。魂を持つ人間が量子テレポーテーションを行っても、この世に再構築された肉体は魂なきタンパク質の塊でしかない。魂なき機械ならば実行可能だったのだ。
また、あまりに質量が大きすぎると量子分解に時間がかかり未来砲撃に直撃してしまうから人間サイズに留められているという事情もあるが。
「、痛ッてぇえええええ!!ったく、毎度毎度慣れねえなぁ、これ!!」
「バックアップのインストールも問題なし。記憶は正常。クロ姉は?」
「戦場で記憶なんざあってもなくても変わんねえだろ」
未来予知に抗えずに死ぬのならば、死んでも死ななければ良い。
明快かつ単純な理屈である。
おかしいのは彼女達か、もしくはそんな理屈が当たり前に生まれてしまったこの時代の方か。
オブジェクトを駆逐するための量産型サイボーグ兵器『
彼女達もある意味で神と同質に歪んでいた。
『小癪な真似を』
「あなたに言われたくはないわ」
シロとクロは別々の方向に飛び、ヤルダバオートの周囲を旋回して砲撃を避け続ける。
確かに量子テレポーテーション『輪廻転生』は便利だが、乱発はできない。
一度砕けた骨董品の破片は接着剤を用いても完全に元通りにはならないのと一緒で、『輪廻転生』を繰り返せば繰り返すほど全身が摩耗していく。人間で例えるならば癌腫ができるようなもので、肉体の電子回路の一部がバグって機能停止する可能性もあるのだ。事実、そうやって死んだ事は過去に30回以上ある。
「おいシロ、このままだとジリ貧だぞ!!アフターバーナーの燃料が少ねえ!!さっさと『
「もうやったよ!!」
実は量産型サイボーグ兵器『
どちらかと言えば爆薬による攪乱がメインとなる。そのための思考アルゴリズム『クウェンサーシステム』と『ヘイヴィアシステム』である。
よって、攻撃兵装は外部にあった。
火星に撤退した人類が有する唯一にして最期の第三世代オブジェクト『
それは衛星軌道上を浮遊している天候兵器。地球から座標情報を送信し、爆撃申請を行う。この構図が現代におけるオブジェクトVS『
「申請受諾、コード認証、座標位置特定。裁定完了、受刑認定、執行猶予は略式ブースト、爆撃執行10秒前ッッ!!」
シロが神から一気に距離を取る。シロを見て慌ててクロも間合いを取った。
シロは告げる。
「対『新約聖書』用『ヨハネの黙示録』型・七式気象爆撃終末砲――――第四の神災『バハムンド・ハリケーン』ッッ!!」
直後、地球の形がラグビー形に歪んだ。
重力の檻を無視し、巨大なハリケーンが満潮時のように海水を引っ張り上げ異常気象を巻き起こす。
突風という表現を超越した圧力の壁が世界を右から左に叩き飛ばした。
ただそれだけで太平洋という定義が崩壊し、かつての東南アジア諸国や日本列島、ハワイ諸島などがまとめて沈没する。
惑星そのものを揺るがし、その爆撃一つで残存する生物の種が3,4種は一瞬で絶滅した。
そういうレベル、そういうスケールでの戦争。
さすがの神も姿勢制御に集中せざるを得ない。
太平洋のド真ん中で、まるで坂道のように海が斜めに傾いているのだ。もはや地球の輪郭が原型を留めてない。
「今だ、神の脚部ユニットに爆弾仕掛けて転倒させんぞ!!」
「―――ッ、駄目!増援が来てる!!」
クロは舌打ちをして背後を振り返った。
そう、現在の地球上には神のコントロール下にあるオブジェクトが無数に存在しているのだ。
異変を察知した機体が神を助けに全速力でこっちに向かって来ていた。
「くそ、しょうがねえ!!私が
「無茶しないでね!」
クロは『ランドセル』のアフターバーナーを点火し、背後から迫る新たなオブジェクトへ突進する。電子迷彩『メイド服』により照準情報を攪乱しながら砲撃を回避し、一直線にオブジェクトに体当たりした。
当然、堅牢なオニオン装甲相手じゃ傷一つ付かない。
けれど、
「悪いがテメェには、私に惚れてもらうぜぇ?」
クロがオニオン装甲にキスをした。
途端、クロの唇からじゅくじゅくと硝酸の煙が立ち昇り、オニオン装甲の表面が溶け始める。『
そのまま表面の剥げた装甲板へ向けてクロは舌を伸ばした。
その舌は小型アンテナになっていた。つまり、プリント基板式送電板の電極からハッキングを仕掛けるサイバー攻撃が行えるという事。
「刺激的なキスはどうよ?ほらほら、惚れた女が困ってるぜ、男だったらその身を呈して働いてくれよ?」
言葉と同時、クロに操られたオブジェクトが、助けに来ていたはずの神に向けて砲撃を始めた。
『
『……穢れた売女風情が……我が敬虔なる同胞をたぶらかしおって……』
「なーに言ってんだ?宗教ギチギチで禁欲主義の童貞ちゃんに、肉欲の味を覚えさせてやっただけだっつーの。ほらほら、コイツはテメェのありがたーいお説教よりも私とのキスの方が気持ち良いらしいぜ?」
『……人間に洗脳され俗欲に溺れた
神の主砲に再びエネルギーが収束し始める。
「目標の3分超えたぜ。見ろシロ!私達の最高記録を更新したぜ!」
「……ひとまず、これで廃棄処分は避けられたかな」
双子のメイド姉妹は溜め息をつきながら戦闘を再開していく。