王子の弟という頭の痛いお仕事 作:ドラオ
「それじゃ、兄さん、デール、行ってくるよ」
「元気でね」「いつでも帰ってこいよ」
城の外へ出迎えてくれる家族のみんなやマリアさん。俺はアベルと共に旅をすることを決め、今まさに出発しようとしている所だ。
「アレン、行くよ」
「あっ、ちょっまっ」
アベルを駆け足で追いながら振り返って手を振る。次戻ってくるのはいつになるだろうか……
城下町の外に出てみるとアベルが馬車の整備をしていた。
「それ、アベルの?」
「うん。モンスター爺さんから魔物を仲間にしたかったら馬車を買えって言われたから」
モンスター爺さん……?
年老いた魔物ってことだろうか。俺は白い髭を生やしたスライムを想像してみる。おじいさん……グランドファザー……スライム。グランスラ……
「そういえば、アレンも魔物の仲間がいるけど馬車は?」
「馬車なんかないけど……」
「えっ!? ないのに仲間にできたの?」
「え……まあ、こいつらは仲間っていうより連れだしな」
ドラきちに至っては勝手に付いてきてるし……
「そういう問題?」
アベルに驚かれながらも、俺は中で休んでて良いと許可をもらったので颯爽と馬車に乗り込むと、青い何かと目が合った。
「あっ、こんにちは! ボク、スラリン!」
「ああ……こんにちは」
なんだ、スライムか。アベルの仲間だろう。
ジェル状の体が跳ねたりぷるぷると揺れている。触ってみると餅のように柔らかく、手にひっついてくる。ひんやりとして気持ちいい。
すると、馬車が揺れだした。いよいよ旅の始まりだな。その揺れに呼応するようにスラリンも体を震わせている……いや、元からか。
「なあアレン。これからどこに行くキー?」
馬車の上にとまっていたドラきちが覗き込んで聞いてくる。
「ビスタの港から船で西の大陸まで行くってさ」
ビスタはここから西にある小さな港で、船が一度に1隻しか停泊できないほどだが、他の大陸とこの大陸を結ぶ重要な拠点でもある。
それを聞いていたピエールも馬車の外から忠告する。
「船の上でも魔物は襲ってくるうえに、戦いづらいので皆さん気をつけましょう」
「ああ、わかった」
ピエールの言葉を何となく聞きつつ、スラリンを枕にして寝てみた。爆睡できそうだ。
だが、俺の野望はすぐに打ち砕かれた。
「みんな、港にもうすぐ着くよ」
アベルの声に、馬車から外を見てみると、ピエールががいこつ兵に止めを刺していた。よく聞いていないと馬車の中じゃ戦闘中か分かりづらいみたいだ。
反省しつつ俺は馬車を降りて船着場まで歩い……ん?
「おい、みんな! 船がもう出るみたいだぞ、走れ!」
「わっ、ほんとだ」
俺達は慌てて船の所まで走った。
「すみませんっ! 俺達も乗せて下さい」
息を荒げながら人数分の切符を購入する。
「おっ、まだ客がいたか。1人300ゴールドだ。馬も頭数に入れてくれ」
「はい、お願いします」
俺は財布から1800ゴールドを出して渡す。
「確かに」
急ぎ足で乗り込むと、俺達に船乗りが声をかけてきた。
「あんたらで最後みたいだな。よし、錨を上げろ! 帆を下ろせ! 出港だー!」
船乗りたちの威勢のいい声に気を引き締める。これから新しい冒険が待っていると思うと、家の周りもろくに探検出来なかった俺は胸が高鳴ってしまう。
ひとまず部屋に荷物を置いてからデッキに行き、手すりに寄りかかって海を眺める。次第に遠ざかっていく慣れ親しんだ大陸と城を見ていると、幼い頃の思い出が蘇ってきた。
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4歳の誕生日を迎えて何週間か経ったある日、ぼくは突然指輪に話しかけられた。
『こんにちは、アレン』
「えっ、誰? どこ?」
辺りを見回すが、誰もいないからとても不思議だ。本当に誰もいないから心霊現象とでも思ってしまうくらいだ。
『ここです』
その声は明らかに、チェーンを通して首から下げている指輪から聞こえてきた。
「うそ……」
ぼくは自分の目と耳を疑ったが、紛れもなく指輪の声は本物だ。頭がやられたことや夢の可能性も考えた。前者の否定は出来ないけど、さっき驚いたときに足の小指をテーブルの脚にぶつけてめちゃくちゃ痛かったのでこれは夢ではないはず。
『そう、私です。いきなりですが、授業を始めましょう。あなたには教えなければいけないことがたくさんありますので』
「じゅぎょう……?」
4歳の頭で一生懸命理解しようとするけど、突然話をされても分かるはずもなくぼくはただのオウムと化した。
『そうですね……。あ、私はあなたのお父様から色んなことを教えるように頼まれているのです。ですので、これから私が教えることはしっかり覚えるのですよ』
後々考えてみるとすごく怪しい。まるで思いついたようにお父さんから頼まれたと言っていたし……
でもまあ、変なことは一切教ってないから、大丈夫だろうけど。たぶん。
その日、初めて教わったのは言葉の勉強だった。文字の読み方を主に、少しだけ書く練習もした。ちなみに教材は兄の部屋からこっそりと持ち出してきた。結構前に買われたはずのものなのに、大半が空欄のままで、ぼくには丁度良い教材だった。
……うん。
『……よくできました。この調子で明日も頑張りましょう』
(明日も教えてもらえるのか……)
ガチャ
突然部屋のドアが開いたので反射的に体を跳ねさせてしまう。
「おいアレン、……あれ? アレンの話し声が聞こえたから来てみたけど他に誰もいないじゃないか。ひとりごとも大概にしろよ」
入ってくるなり、ひとこと言って出ていった兄のヘンリー。
そうそうこの指輪の声、ぼく以外の誰にも聞こえてないみたいなんだよね。もちろんお父さんにも!
だから、最初に言ったこと絶対嘘じゃないか。
……それは良いとして、基本的な読みが大体できるようになってからは計算の勉強だった。
『……では、12×12は?』
「えーっとね……12のにじょうだから、144!」
……
うん、流石にそれは話を盛りすぎた。
九九ができるようになると、次は呪文の唱え方を教わった。説明は簡単、イメージと唱えることの2つが出来れば良いらしい。ただし、言うは易しということを忘れずに。
『体の内にある魔力を感じて手のひらに集めるのです』
「……こう?」
魔力って一体どんなものか想像もつかないので完全に手探り状態。もっと具体的に言ってくれとお願いしたけど、イメージを固定してしまうと却って呪文マスターから遠ざかると言われてしまった。
……え、ぼく呪文マスター目指してんの?
『惜しいです。もっと体全体から魔力を集めるのです』
そうは言われても魔力の感覚が分からないので、集められるものはみんな集めてみる。
「ぐっ……うぅ」
『そう力んではいけません。魔力は精神、心のエネルギーです。もっとリラックスして……』
力を抜けば良いのかな?
「む……」
『そうです。そして唱えるのです』
「メラっ!」
手から放たれた火球が壁に当たって消える。
『出来ましたね。より高度な呪文は戦って経験を積んでいくことで、覚えていくでしょう』
戦いなんてしないけどな……
一応出来たけどなんて難しいのか。イメージを忘れずに、感覚の分からない魔力を全身から集め、挙句の果てには体に力が入ってはいけないなんて。今放ったメラだって実は米粒サイズだったんだ。
『ホイミもやってみましょうか。先程もいったように、呪文はイメージが大切です。癒しのイメージを持って魔力を操るのです』
癒しのイメージってなんだ……? ねこでも思い浮かべてみよう。
「ふふ」
撫でられて気持ち良さそうにしているねこを想像したら笑みがこぼれてしまった。雑念が入り混じっている! とか言われそうだったけど、特になかった。
『そうです。そして呪文の名を唱えれば、発動します。……おっといけない、今日はこれで終わりです』
時々慌てて授業を終えることもあった。指輪も多忙らしい……?
毎朝3時間、朝食の後に授業をして、それ以外の時間はご飯と風呂と指輪が出す課題に費やした。毎日暇だったので、大量の課題も問題なく進められた。兄弟と違ってぼくが王族の仕事を何一つ教えてもらえないのは不思議だったけど、好都合かな。
そんな日々を繰り返して、6歳になった。今目の前には騎士の人形? が乗ったぷるぷるした緑色の物体が怪我して横たわっている。どうしてこうなった。
この日、ぼくは一度も行ったことがなかった城の外にどうしても行きたくなった。そして親や召使いの目を盗んで抜け出して森まで探検しに来たとき、この不思議な生命体と出くわしてしまったんだ。
「だ、大丈夫? あっ、そうだ」
ねこのイメージ、ねこの……
「ホイミっ!」
するとたちまち傷が塞がって、その子は下半身? の弾性力を利用してぼくの身長を軽く越せるくらい跳ねるほど、元気になった。
「ありがとうごさいます! 僕はピエールと言います」
行動に伴って自己紹介には勢いがあった。
「ぼくはアレン、よろしくね。ところでどうして怪我してたの?」
「ちょっと転んだんだけど、場所が悪くて……」
確かに、この辺は倒木も多くて転んだら枝とか危ないかもしれない。
「そうなんだ……あっ、良かったらうちにおいでよ」
一度友達を連れ込んでみたかったんだよね。まだ友達じゃないけど。
「え、でもあっちには人間がたくさんいるって聞きましたよ」
ピエールがあまりに当然のことを言ってくるので反応に困ってしまった。きっと城の人間に見つかることを恐れているに違いない。
「そりゃあいるでしょ。大丈夫だって、忍びこんで部屋まで戻るから」
一般人が城にいたとなると大問題だ。
ぼくたちは城の隠し通路を抜けて部屋まで戻ってきた。行きと同じ通路だ。地下水路と呼べるその空間はカビが至るところに生えていて、生ごみのような臭いが嗅覚をおかしくする。まるで魔物も出そうな雰囲気だ。
「ふぅー、何とか帰ってこれたね」
「ここは?」
「ぼくの部屋。ここで寝たり勉強したり……色々」
指輪の話をしても変に思われるだけなので適当に説明しといた。
「何して遊ぶ?」
問題はどうやってこの時間を過ごすか。友達とすることといったら遊ぶことだと思うんだけど何をしよう。
「遊びなんて知らないんです。僕はいつも剣を鍛えさせられてるだけなので……」
「剣ねぇ……あんまり楽しくはないかな」
剣の鍛錬はいつも指輪にさせられる練習で足りてる。ぼくは遊びを考えながら目を色々な場所へ向けていると、壁の絵に目が止まった。
「あっ! 似顔絵書いてあげるよ。ちょっと待っててね」
「えっ……」
折角なのでぼくの腕前を見てもらうことにした。紙と鉛筆を手に取って座る。
「あんまり動かないでね」
「はい……」
うーん、全体のバランスが取りづらいな……
10分程ピエールを見て、描いてを繰り返してようやく完成した。途中、遊びになってないことに気がついたけど、もう遅かった。
「できた! はい」
「すごい、意外と上手ですね!」
意外と……?
ピエールは小刻みに震えながら言う。足……が痺れちゃったのかな。
「……まあ、他にすることないからね」
指輪に、表現力は呪文を唱えるのに必要だからと絵を描かされたなぁ……今でもたまに課題出されるけど。
表現力の関係で料理やピアノもさせられる。指輪はとにかく呪文推しだ。
「長い間立たせてごめん……次は2人でできるものをしよう」
とはいったけど、何があるかなぁ……
ガサゴソ、とタンスの引き出しを漁ってみる。中身を全てひっくり返して探したところ、ようやく遊べそうな物が見つかった。
「あっ、これがあった」
トランプを取り出してピエールに見せる。
「カード……? これでどうやって遊ぶんですか?」
「それが……知らないんだよね。使い方とか教わってないから」
「ふーん。あっ、何か紙が入ってましたよ。これは何でしょう?」
ピエールは、ぼくにトランプの箱に入っていた紙を見せてくる。
「説明書だ。遊び方が書いてあるよ! どれからやろうか」
それからルールが簡単そうなものから単純そうなものまで……6歳でも出来そうなものを遊んだ。
「わーい、ぼくの勝ち!」
「次は負けませんよ」
ピエールも楽しそうにしてくれていたので良かった。
「よーし、いくぞー」
「ちょっと、今度は僕の番ですよ」
「あ、ごめん」
何回かトランプで遊んでいるうちに日も大分傾いてきたので、ピエールを家まで送らないといけない。
「あっ、もうこんな時間。外まで送るね」
「はい」
城の外まで行くと、ぼくはふと疑問に思ったことをピエールに尋ねてみる。
「そういえば、ピエールの住んでる所ってどこ?」
「森の奥です」
「小屋でも建ててあるの?」
「まさか。大木があれば雨は凌げるし、そんな大層なものはありませんよ」
へぇ……ずいぶんとワイルドな生活をしてるなぁ
「それはすごいね」
「普通だと思いますが……」
ピエールはたまに変なこと言うな……
家まで送らなくても良いと言うので、城の外でお別れをした。
「またね」
「はい」
ぼくたちは明日もここで会う約束をして別れた。
それからぼくは、指輪の授業を終えてからピエールと落ち合い、トランプで遊んだ。時々料理を振る舞ったり、ピアノを演奏して聴かせたりもして過ごした。遊びに時間が取られるお陰で課題を進めるのに時短が求められるようになった。毎日が楽しいからそんなことは気にならないけど。
しかしそんな忙しくも楽しい日々も長くは続かなかった。ある日、お父さんの肖像画に落書きをして遊んでいたところ、お父さんに見つかってしまった。
「な、魔物!? アレン離れるんだっ!」
魔物? 一体どこに?
「おい、こいつを殺せ」
驚いたことに、ビエールを殺そうとしている。ぼくは兵士に命令をするお父さんを必死になって止めた。
「待って、ピエールは魔物じゃないよ! 大切な友達なんだ!」
でも、頭に血が上っているお父さんは、ぼくの言葉が全く通じなかった。
「なんだって? おい、お前。アレンに何を吹き込んだ」
「な、何のことです?」
「ええい、もうよい。殺してしまえ!」
どうしても殺すつもりらしい。なんで……
「やめて、お父さん! それだけは、殺すのだけは……」
ぼくはお父さんの腕にしがみついて泣きながら止めた。
「むう……そこまで言うならば、殺すことは止めよう。……こいつを海辺まで運べ! 舟で遠くの大陸まで流してしまうのだ!」
どうにか思いとどまってくれたお父さんだったけど、ピエールは海まで連れていかれ、ついに小舟で流されてしまった。
唯一の友人だったピエールとの別れだと思った。でも、永遠の別れではないと、生きていさえすればまた会えると、暗くなる心をなんとか立ち直らせて見送った。
「ピエールぅぅーーーっ!」
潮も涙も流れを止めることを知らず、ただただぼくらを冷たく濡らしていくだけだった。
さよなら、友よ。
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……悲しいことを思い出してしまった。
「何を泣いているんです?」
いつの間にかピエールが俺の横にいた。俺はあまりに無防備だったようだ。
「いや、懐かしい思い出が蘇ってきてさ。ピエールと遊んだ時の」
ビエールも懐かしそうに空を見上げている。
「ああ、色々ありましたね」
「……そういえば、ピエールは流されたあと何をしてたんだ?」
「私は、オラクルベリーのモンスター爺さんの所にお世話になっていました」
出た! 謎のモンスター爺さん。一体何者なんだ? やはり魔物か……?
「モンスター爺さんの所業には驚かされるばかりでした。人間でありながら魔物を手懐ける、まるでアレンさんのようでした」
人間なのかよ……
「私はモンスター爺さんからたくさんの知識を得ました。魔物の知識から、魔物の知識まで……あっ、基本的な教育はモンスター爺さんに」
ほぼ魔物の知識じゃねえか! 教育はおまけなのね……
すると、船内に魔物の気配が。それにいち早く気づいたピエールが叫ぶ。
「っ皆さん気をつけて! 痺れクラゲです」
しびれくらげたちが あらわれた!
2匹の触手野郎が船に飛び乗ってきていた。小柄で真珠色したそのクラゲは柔らかく、すぐに倒せそうに思えた。
俺は剣を握りクラゲに斬りかかる。だが、剣が奴の触手に触れた途端、激しい電撃が俺の体まで走ってきた。突然目の前が真っ暗になり、体の自由も利かない、まさに絶体絶命。
「がっ……あぁっ」
「アレンさんっ! くっ……皆さん、むやみに敵に近づかないで」
「わかったキー!」
ドラきちがブーメランを投げる、続いてスラリンもブーメラン。それらに付いた刃がクラゲたちに傷をつけていく。
「バギマ!」
追い打ちをかけるように、アベルの呪文によって生み出された人間大の竜巻が、クラゲたちを切り裂く。奴らは分子レベルまで細分化され、プランクトンの餌になった。ってピエールが説明してくれた。
しびれくらげたちを やっつけた!
ドラきちは ふしぎなおどりを 覚えた!
「アレンさん、大丈夫ですか?」
「ああ、まだ少し痺れるけど……」
海が灰色に見えるが視力は回復してきた。だが、まだ指先の感覚が戻ってきていない。
「無理しないでよ。アレンはそういう所あるから」
アベルが心配そうに俺の顔を覗く。本当に申し訳ない。
「うん、ごめん……」
「あっ、そうだ。まだ到着まで時間があるから旅の話を聞かせてよ」
「うん、ありがとう……」
申し訳なさのあまり、感謝の言葉がつい。
部屋に入るなりアベルは剣を取り出して机におく。紛れもなくあの時見た紋章と同じものだ。
「実は、アレンに装備してほしいものがあって……」
「それは天空の剣!」
「えっ、なんで知ってるの?」
「サンタローズの洞窟に入ったんだ。パパスさんの手紙も読んだ。勝手にごめん」
謝るべき相手はパパスさんだったか……?
「そう、気にしないで。手紙を読んだなら話がはやい。装備してみてよ」
俺は頷いて、天空の剣を手に取ってみる。
「うわっ」
剣を持ち上げた瞬間、俺の体は弾き飛ばされ、壁にぶつかる。天空の剣が俺を受け付けていないとでも言うのだろうか。
「いてて……」
「わっ、大丈夫?」
「ん……ああ。でも、俺は伝説の勇者じゃなかったみたいだな。デールの話を聞いて、もしかしたらって思ったんだけどな」
大して痛くなかったのでなんともないという仕草を手で示しながら、アベルの顔を見る。
「そっか、僕もアレンには期待していたんだけど……」
アベルはとても残念そうだ。
「まあ、天空の防具も見つける必要があるから、勇者を見つけるのはもう少しあとでもいいだろ? それより、旅の話をしよう」
少々苦しいがアベルを慰めて、話題を変えてみた。
「うん、そうだね」
俺はドラきちやピエールとの出会い、塔での話をした。逆の立場だったらドラきちの話なんか興味ないと思うんだが、アベルは身を乗り出して聞いてくれた。
「へぇ……そんなことが」
「アベルはどんなだった?」
「僕たちは修道院に流れついたあと、ヘンリーと2人でオラクルベリーに行ったんだ。僕が馬車を調達している間にヘンリーはカジノで遊んでたけどね」
やはり人間三つ子の魂百までなんだなと思う。
「兄さん、やっぱり……。息抜きは大事だ、とか言ってそう」
「うん、まさにそう。意外と勝ってて驚いたけどね。それで、そのコインは全部僕にくれたから、ドラきち君の分も合わせれば結構な額になるんじゃないかな?」
ここで、前言撤回せざるを得ない事象が。
「兄さんが人に物をあげるなんて……」
珍しい。でも最近はそうでもないか。奴隷生活を経て大分丸くなったよな……やっばり人間変わろうと思えば変われるのな。
「コインで交換できるのはほぼ戦闘に関するアイテムだったからね。それなら、僕が持っていたほうがいいんじゃないかって」
……前言撤回。
「その後町を出ると、スライムが現れて……馬車を買って初めて戦ったのがスラリンだったんだ」
あのスライムね。アベルの弟子みたいに後をついて回るから結構可愛げがあると思ってしまう。まあ、ただでさえ人間にとって魔物の中で一番の人気を誇る種族なわけだが。
「その後は大変だったよ。サンタローズのお爺さんにはアベルとよく似た人が先に入ったって言うから急いで行ってみたけどいないし、ラーの鏡を取りに行こうとしたらアレンがすでに取っていると言われるし、もうすれ違いまくりで……」
「えっ! そうだったのか……」
じゃあ、待ってたらすぐ会えたし、俺がラーの鏡をわざわざ取りに行く必要もなかったのか……
「そうだったのか……」
ショックのあまり同じ言葉を繰り返してしまった。
でも、アベルの負担が減ったと思えばそれで……
「アベル! もうすぐ港に着くって!」
スラリンが俺達を呼びに、跳ねながらやってきた。
「うん。わかった」
荷物を持って外へ出る。
ついに西の大陸か……
部屋を出て心地よい潮風を体全体で感じていると、横を歩……跳ねるスラリンが俺の目を見て言う。
「アレンって、アベルとおんなじで不思議な目をしてるね!」
「そうなのか?」
「うん。2人の目を見てると、心が清められるような気がするんだ!」
不思議な目、ねぇ……親や兄弟にもそんなことを言われた記憶がある。
「よーし、錨を下ろすぞ!」
「「「おう!」」」
さて、いよいよポートセルミに到着だ。ここはビスタと違って随分と賑わっている。船が何隻も停まれるし、漁船だってある。
船を降りたら、アベルは武器や防具を買いに、俺は宿の予約に、別行動をとることになった。
「アレン、何か要望はある?」
「武器は重くないやつで、動きやすい防具をお願い。身軽な方が俺はいいかな」
「わかった」
俺はアベルと一旦別れて、宿屋に入る。ここのは酒場と一緒になっていて、かなり大きな建物になっている。使われている木材は年季が入っていると感じさせられるが、手入れが行き届いていてまるで老舗のような高級感がある。
アベルに聞くと、取り敢えずここを拠点にして動く、とのこと。
「すみません。今夜泊まりたいん……」
ガシャン
何やら割れる音が酒場のほうから聞こえる。
「そんじゃ、俺らに払う金はねぇってのか!」
見ると、胸ぐらを掴まれている男がいた。
「ひぇぇ……お助けを」
慌てて俺はその男の元へ駆けつける。
「どうしたんです?」
「あぁん? なんだテメーは。喧嘩売ってんのか?」
強面の男がいきなりナイフを飛ばしてきた。
山賊たちが 喧嘩を売ってきた!
全部で3人、明らかに親分っぽいのが1人。
「ドラきちもピエールも客に攻撃を当てないよう気をつけて!」
俺は片手で剣を持ち、1人に斬りかかる。
キンッ
金属のぶつかり合う音が響く。
「メラっ!」
火の玉を奴の足に当ててやる。これでこいつはもう自由に動けないはずだ。
そしてピエールたちも、もう1人を剣やらで殴って戦闘不能まで追いやった。
「どうする? 仲間を連れて逃げるなら、今のうちだぞ」
「くっ、覚えてやがれ!」
俺が催促すると、親分は負け惜しみを言って一目散に逃げていった。
「あんた、見かけによらず強えんだな。助かっただよ」
先程胸ぐらを掴まれていた男が話しかけてきた。作業服に麦わら帽子という、いかにもアレな格好。
「一体何があったんです?」
「実は、おらたちの村では最近魔物が悪さするようになってとても困ってるんだ。それで、おらは魔物退治をしてくれる人を探してただが、山賊にはやっぱり任せられねえと断ったらああいうふうに……」
「なるほど」
「あんたらのその腕っぷしを見込んでのおねがいだ! おらの村を救ってくれ。報酬なら出す。これはその半分だ」
俺は1500ゴールドを無理矢理持たされる。
「残りの半分は問題を解決した後に渡す。それと、おらたちの村はここから南西に行ったところだ。それじゃ頼んだだよ!」
「あっ、ちょっと!」
行ってしまった。やれやれ、アベルになんて説明しようか。
「ん? 何だこれ」
足元にメダルのようなものが落ちている。おそらく山賊たちが落としていったものだろう。俺はそれを拾い上げて袋へしまった。
下へ向けていた顔を上げると、俺から皆逃げるようにして去ったので、人が全くいなくなっていた。
酒場には俺達だけが取り残されて、通り抜ける冷たい風が俺達を嘲笑っていった……
ゲスト出演:グランスライムさん
アレンの妄想の中での偶然の出演。なおこの物語には登場致しません。