とある幻想殺しの地獄巡礼(円環少女×禁書)   作:棚尾

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 上条は儚げな、まるで妖精みたいな少女に出会った。

 夏物の涼しげなワンピースの胸元に除く白い肌と臙脂色のリボンでまとめられた艶やかな黒髪との落差は、どんな風景でもぼやけてしまう。少女はその場にいるだけで幻の世界に引き込まれたかのように錯覚させるほど可憐だった。

 少女は、両手の人差し指の間で小さな稲妻を作っていた。人差し指の次は中指、薬指と順々に稲妻を結んで、あやとり糸のように放電の弦を編み上げてゆく。

 一瞬見とれた上条だが、俺はロリコンなんかじゃないと慌てて否定して少女に近づいてゆく。

 

「えっと、お前も魔法使いなの?」

 

 メイゼルは両手をパッと放して糸を切ると、品の良い眉を不平そうに吊り上げ、上条を睨みつける。

 

「あたしは鴉木メイゼルよ。あんたこそ誰なの」

「俺は上条当麻って言って、なんつうかとりあえず余所者らしいんだけど。さっきやってたのって魔法か、凄いな」

「これくらい円環魔術の基本だわ。別に凄くもなんともないわよ」

 

 メイゼルが扱う円環大系は、周期運動するものに《魔力》を見出す魔力型の魔法だ。原子核のまわりで電子軌道を占有する電子も円環大系の《魔力》の一つであり、この魔法大系はゼウスやトール、インドラに帝釈天といった雷霆神の神話が分布となった地域で活躍していた魔法使いだ。

 メイゼルはすでに上条に興味を無くしたようで、また両手に糸を編み上げてゆく。

 

「これが、二次元にしか存在しないとされたリアル魔法少女!」

 

 そう小さく呟いた時だった。太ももの辺りに強烈な刺激が走り思わず床を転げまわる。見上げるとメイゼルが怒りに肩を震わせて、顔を真っ赤にさせていた。

 

「あんた、おとなしそうな顔してなんてこと言うの!!」

「痛ってええぇえ! 魔法少女はビリビリ小学生!」

 

 実は《協会》に関わりのある魔法使いにとって英語は最低の罵倒語でありスラングなのだ。これは仇敵である神音大系がこの百年間でアメリカの支援を受けていることから、そんな風習ができた。

 そんなこと知る由もない上条は、何で少女が怒っているのか見当もつかない。しびれて力の入らない足を抱えながら目に涙を浮かべてメイゼルを見上げる。

 

「全く躾がなっていないわね。そんなはしたない顔、あたしに見せてどういうつもりなのかしら」

 

 上条の堂の入った不幸顔に、メイゼルが嗜虐的に目を細める。

 年齢に相応しくない背徳的な蕩けた笑みに、上条はこの世界における真理を思い出した。

 

「変態だ。ドSだ。もう嫌だ。帰りたい」

「違うわ! あたしは、強い相手やきれいな子の泣き顔を見たい気持ちが、人よりちょっと激しいだけなんだから」

 

小さな魔女は薄い胸を張って傲然と否定する。でも自信満々の言葉の中には否定できる要素は欠片も無い。

 

「やっぱり、変態だああぁぁー!」

 

 叫ぶと同時に、また上条の両足を電撃が打った。床を悶絶しながら転げまわる。

 先日ある魔法使いに、お前は変態だと定義されるという屈辱的な魔法のお墨付きをもらったばかりのメイゼルは、その言葉に少し敏感になっていた。

 

「ごめんなさいが気持ち良くなるまでいじめたげるから覚悟しなさい!」

「……お前らなにやってんだ」

 

 危うく奴隷に調教されるところだったのを投げかけられた声が止めた。黒いジャケットと茶色掛かった髪に意志の固そうな眉、見た目は若いのに苦労性に見える。学校に勤め始めたばかりで子供に振り回されてばかりの新任教師を連想した。

 

「躾のなっていない犬におしおきしてただけよ。せんせこそ、会議があるんじゃなかったの。そんなにあたしと離れるのが我慢できなかったんだ」

「あのな、メイゼル。俺はお前と離れるのは違った意味で心配なんだ」

「せんせ、この子をおしおきしてるのは浮気なんかじゃないから安心していいのよ」

 

 小さな魔女がその男に腕を絡ませる。お転婆な姫様と執事みたいな取り合わせだが、姫が向ける視線は明らかに信頼以上のものがあった。しかも男の方も少女に先生と呼ばせているとは、この二人の関係はどう見たって普通じゃない。

 上条の、この《地獄》に来て短い間に培ったセンサーが、警告を告げるのが聞こえた。

 

「ロリコンの上にMかテメェ! 救いようがねえな!」

「何を勘違いしているのか予想できるけど違うからな。俺は変態でも魔法使いでもないからな」

 

 魔法使いではないと言うなら、普通の変態ってことになる。そんなの余計に犯罪だ。

 

「じゃあ、あんた誰なんだよぅ」

 

 上条は不信感むき出しで立ち上がる。男は困ったように名乗った。

 

「十崎事務官から説明を受けているだろうけど、俺はこの魔導師公館の専任係官で武原仁だ」

「専任係官?」

「公館が魔法使い関連の問題を扱っているのは聞いているよな。専任係官は刻印魔導師の管理や公館が立てる戦略や戦術の、いわば実行役だ」

 

 実行役との言葉に、さっき美人の事務官に言われた担当者を寄こすと言っていたことが符号する。

 

「じゃあ、あんたがこの子や俺の担当の人ってこと?」

「いや、……メイゼルはそうだが俺は」

「あなたは、……私の担当」

「うぉう! いきなり誰!!」

 

 いきなり後ろから肩に手を置かれ、上条は顔だけで振り返る。思ったより近いところに無表情な女の子の顔があった。人形のように体温を感じさせない、そして神聖な巫女のように清冽な雰囲気を合わせもった容姿はさっきの少女とはまた違った意味で視線を吸い寄せられる。彼女は頭の左右で括った長い黒髪を揺らして、上条の肩越しに手をメイゼルに延ばした。

 

「因達羅も、……私のとこ来る?」

 

 彼女の名は神和瑞希。公館が今の形になる明治以前から、《協会》と同盟関係にあった古い一族の末裔で、本人も昨年最も多くの敵対魔法使いを狩ってきた優秀な狩人だ。

 作り物のようにしわひとつない指がメイゼルに触れようとしたのを、武原仁が強引に身体を割り込ませ遮った。

 

「神和! メイゼルの面倒は俺が見る」

「……残念」

 

 声を荒げさせる仁に、神和ぽつりと呟き、さっと身を引く。

 専任係官同士のささやかな不協和音に板挟み状態になっていた上条はほっと一息吐いた。

 そのタイミングを見計らったように、専任係官のまとめ役であるはずの京香が現れ、話を始める。

 

「上条君の担当はこちらの神和係官です。あなたは彼女のサポートもしてもらいますから指示に従って下さい」

 

 上条から協力すると申し出て、こちらでの勝手がわからない以上、素直に従おうと思う。何だか新入社員の気分で、上司となる神和にこれからよろしくと握手でもしようかと手を差し出す。しかしそれは華麗にスルーされ、眼の前に指を突き付けられた。

 

「これも、式神として扱っていいの?」

「これって、俺には上条当麻という名前があるんですけど……」

 

 式神って何、とか突っ込みたいところだが、『これ』ってまるで道具のような扱いではないか。だいいち、人を指差すなよ。まだ社会に出ることのない上条だが、職場で上司にいびられるとはこんな感じなのだろうか。

 

「好きにしてかまいませんが、ほどほどにお願いします」

「あれぇ。俺の意見はガン無視ですか。そうですか」

 

 一足先に組織というものの非情さを味わい、地味に落ち込む。そんな鬱の入った上条の額を神和のチョップがぶったたいた。手加減された様子は無く、かなり痛かった。

 

「ぶつぶつ、言ってないで、……来る」

 

 神和の存外に強い力に腕を引かれるまま、上条は外に出る。日が沈み、星が輝く空は学園都市と変わらない。ここが異世界で地獄だということを忘れてしまいそうな綺麗な空だった。

 

 

 

 同じ時期、都内にある教会に神音大系の魔法使い組織である神聖騎士団のメンバーは滞在していた。

 

「此処は神なき《地獄》にあらず。最も高いものをいただく日を約束されし《約束の地》なり、神の座の空位、審判の日に終わり、受難の民は苦しみゆえに救われん」

 

 はるか昔《極点》を目指す巡礼の際、神音大系の魔法使いに導きの声が伝えたとされる聖句を唱え、祭壇の十字架を見上げ祈りを捧げる鎧乙女がいる。彼女の名はエレオノール・ナガン。公館のブラックリストにも載っている《協会》の幾多の高位魔導師を討ち果たした、神聖騎士団の若手最強の一角とまで謳われる上級聖騎士だ。

 

「祈りは終わったか。エレオノール・ナガン。出立のときだ」

 

 彼女がふり返ると、そこには白銀の鎧に身を固めた11人の騎士がいた。

 一隊の先頭に立つ彼女たちの指揮官、常に前線で戦い抜いてきた彼女の師匠でもある団将グレアム・ヴィエン。

 

「はやく動こう。いかにわしでも、誰を巻き込むかわからん場所で《協会》と切り合うのは心が痛む」

 

 礼拝堂の入り口を守る身長2メートルを超える黒い肌の巨漢、大人の背丈くらいはある戦斧を軽々と振り回す上級聖騎士ドナルド・デュトワ。

 

「エレオノール。神の声は、聞こえましたか?」

 

 銀縁眼鏡に細身の身体に細剣を携えた上級聖騎士ニコライ・バルトは、彼女が聖騎士になったときから共にいる最も信頼できる仲間だ。

 エレオノールは頬に落ちかかった金の髪をどけ、鉢金がわりの大きな髪留めの位置を直し、はっきりとわかるように頬をふくらませてニコライを軽くにらむ。

 

「もう、からかわらないでください。私もみんなと同じように、ただ迷い、すがるだけですから」

 

 音を観測することで索引とし魔法を行使する神音大系では、才能に極めて恵まれたものは《神の声を聞く者》であると敬意を払われる。だが、若手最強だのと大仰な名前ばかりが積み上がってゆくことは、親しい者には彼女をからかうよい種だ。

 

「お姉さま。お許しになって。せっかくお姉さまの隊に配属されたのに、肝心のときにいっしょにいられないんですもの」

 

 彼女を姉のように慕う白金色の猫っ毛の少女、リュリュ・メルルは神音世界の有力者、枢機卿の娘である。

 今回の聖務にあたり団将グレアムは、エレオノールの隊を接収した。しかし、ある理由から必要とする人員は12名であるため、リュリュはそのメンバーから外されていたのだ。

 《協会》の本拠のあるこの日本で、12人に課せられた使命は過酷で重大なものだ。精鋭部隊といえど、何人生きて帰ってこられるかわからない。

 エレオノールは胸に秘めた感慨を知られないように軽く咳払いをしてから、首にかけていた小さな楽器を外す。

 

「エレオノール隊リュリュ・メルルあなたに聖務を申しつけます。私たちの出立をこの聖具で祝福してください」

 

 置いてけぼりとなる少女の表情が役割を得て喜色に染まる。

 エレオノールが少女に楽器を渡そうとするが、籠手でつまみそこねてお手玉しそうになる。

 

「ほんとに、私は不器用ね」

 

 うらめしそうに呟くエレオノールは実は信仰と戦闘以外はてんで駄目なのだ。だが、そんなところも彼女の隠れた魅力の一つである。

 楽器がリュリュに渡ったところで全員の準備は整った。厳粛な面持ちでグレアムが直剣を抜き放つ。11人の騎士がそれに続いて思い思い剣を鞘走らせる。それぞれが握った長剣、細剣、そして戦斧の予備の小剣、12人の12本が次々と重ねられてゆく。

 団将グレアムが、朗々と戦陣の聖句をとなえる。

 

「神意、我らが行く手にあり。ただ最後まで生をまっとうすることを誓い、今はひとたび剣を収めん。再び抜くときは、刃を血に汚し、敵を屠るときぞ!」

 

 澄んだ音色が一つ、彼らの心と剣に波紋を広げた。

 リュリュが鳴らす神音楽器が奏でる神音は、人の胸に門出にふさわしい澄んだ青空の下を歩くような、晴れやかな気持ちを引き出す。

 騎士たちはそれを胸に旅立ってゆく。

 嵐の黒雲であろうとも、地の底の闇に閉ざされようとも、彼女たち聖騎士は、光を見失いはしない。

 目的は過去に神を降臨させようとして失敗した《神の門(バブ・イル)》のやり直し、再演大系に目覚めたばかりの少女を生贄にしたバベルの再臨。

 

 

 

 魔法にめざめたばかりの女子高生、倉本きずなはまるでおとぎの国にいるかのような気分だった。昨晩、父親に魔法を見せたことを思い出す。

 きずなの銅色の髪や、黒ではない濃紺の瞳とは似ても似つかない容姿で、トラックの運転手で楽器作りが趣味の父親。その腕前は銀座で小さなギャラリーを開けるほどだったりもする。それも十分自慢に思うが、幼いころから魔法はあると教えてくれたロマンチストな父親が彼女は好きだった。

 

「見ててね、お父さん行くよ!」

 

 ちゃぶ台に二つ折りにした広告のチラシを立てる。父、倉本慈雄はわけもわからない様子で、娘の奇行を湯呑茶碗を片手に眺めているだけだった。

 きずなが胸の前で強く握った手を引く。

 

 その動作が小さな奇跡を起こす。

 

 召喚されたのは、本来再演大系の大規模な魔法で補助に使う魔法生物《無色の手》。

 くっと胸の底につっかかるような手応えとともに、ふわりとチラシがきずなの前まで飛んできた。

 

「すごいな、きずなは」

 

 父が目を瞠り、手品だとも疑わずただ褒めてくれたから、きずなは魔法を本当に誇らしく、素晴らしいものに思えた。

 

「すごいでしょ!」

 

 わけのわからない歓喜に胸がいっぱいになって、彼女は子供に戻ったみたいに父親に抱きついていた。現実感があやふやになって、今なら空でも飛べるような気がした。

 まるで宝物の詰まった部屋の扉を開いたような不思議な幸福感に、彼女の両目から自然と涙が溢れてきていた。

 見上げると父も何故だが、眼を赤くして、鼻をすすりあげている。

 

「きずなが魔法使いになった記念日だから、今日はお祝いしようか」

「はいはい、ビールだね。お父さん」

 

 そのときは、彼女は魔法がとてもいいものなのだと思っていた。誰かに小さな幸せを手渡して、自分の周りの世界を素晴らしいものに変えてくれるものなのだと。

 

 だが、再演大系という呪われた魔法は残酷な試練へと彼女を導く。

 

 

 

 上条は眼前の光景に完全に固まっていた。

 

「ふはははははっはははははっははは!!」

 

 襖の向こうに待っていたのは、肉体を極限までに鍛えぬいたカイゼル髭を生やしたダンディな男だ。

 腕を組み身体をひねって大胸筋を強調するサイドチェストと呼ばれるポーズで、男の上条が見ても惚れ惚れするくらい見事な筋肉を見せつけていた。

 

 そして、当たり前のように全裸だった。

 

 これから訪れる快感の期待を抑えられず笑いをもらし、今にも空に飛び出そうな勢いである。

 上条も流石にわかってきたから動じない。三度目のこの場面で言うべきことが自然と口を衝いて出てきた。

 

「お前、変態だから魔法使いだろ」

 

 

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