とある幻想殺しの地獄巡礼(円環少女×禁書)   作:棚尾

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 上条当麻は神和の屋敷を出ることになった。

 公館との相談の結果、上条はしばらく公館の協力者の自宅に下宿することに決まった。いわゆる人畜無害な少年であるところの上条の監視に、わざわざ余計な人をかけることはないと判断され、刻印魔導師も専任係官もいない緩い監視のもとで生活することになる。

 出発を控えた昼のこと、珍しく瑞希に外出に同行しろと言われた。一体どういう風の吹きまわしか理解できないまま、上条は一軒の家にたどり着いた。

 何の前情報もなかったから、上条は迎えに出た人物を見て思わず面喰らった。

 

「……神和と、上条くん?」

 

 しばらく硬直した状態からようやく言葉を絞り出したのは、公館で一度会ったことがある可憐な少女を管理する専任係官、武原仁だ。

 仁の横にいる女性は、十崎事務官だった。いつものクールな姿はなりを潜めていて、瑞希に加え、上条の存在がさらに予想外だったのだろう、とっさに公館の氷の事務官に戻れずにいた。

 完全に休日モードな仁と京香に対して、上条もどう反応していいか見当がつかず、間抜けなあいさつしかでてこなかった。

 

「……えっと、どうも」

 

 ただ一人神和瑞希だけが、普段通りの表情を崩さず、仁を見据えて言った。

 

「先生って……、ヒマそう……」

「生徒にだけは絶対言われたくねえそのセリフ」

 

 顔見知りたちの予想外の会合をよそに、もうひとりの女子高生はサプライズな客人の存在にうれしそうだった。

 

「神和さん。それとあなたはたしか、前に公園で話した……」

「なんだ、上条くんときずなちゃんは知り合いだったのか」

「はい。前に偶然会って少し話したんです。そのとき、その……もうひとり……」

 

 おそるおそるといった具合に、地面と上条とその背後をきずなの視線が泳ぐ。

 

「あの全裸は今いないから、そんな探るような目で見ないで、俺はあいつの知りあいだけど同類じゃないから!」

 

 上条の悲痛とも言える叫びに、事情を悟ったのか武原仁が同情の眼差しを向け、京香は額に手を当てため息を吐き、生温かい空気が広がった。ここが冷たい論理で動く公館ではなく、“家”であるからか、上条はなんだかホッとした。

 こちらの常識を無視して行動する異世界人たちには存在するだけで頭がいたいほど振り回される。しかし、きずなを中心として不思議な方向に人間関係は回っていて、それはいいことのような気がした。

 

「そうだ、上条くんも今日の夕飯一緒にどうですか」

「ありがたいけど、いいのか俺なんかが居座っちゃって」

 

 この場での決定権を握っているのは年長者にて家主の京香だ。平静を取りもどした京香は、今は公館の氷の事務官ではなく、折角の休日を楽しみたい十崎家の主だった。

 

「まあいいわよ。今日は仕事じゃないしい。きずなちゃんの好きにして。仁も上条くんの相手してあげたら」

 

 そう言うと十崎家の主は奥に引っ込んでしまった。戻した視線で、きずなと目が合う。今日は、久しぶりに『不幸』ではない一日になりそうだった。

 

「いてっ」

「……にやけすぎ」

 

 神和瑞希は、大切な友達の近くに男っ気があるのが嫌なのか容赦しない。けれど、今日の上条ときずなの再開を計らったのは他でもない瑞希だ。

 自分は嫌でも、友達の願いを叶えようとする健気な彼女に、上条は感謝する。

 

 

 

 女子高生二人は、テスト勉強があるからと二階に消えた。上条はというと居間のソファに腰を落ち着けて麦茶を飲んでいる。向かいに座っているのは武原仁だ。

 

「そういえば、今日はあの子は?」

 

 初対面では、あの妖精のような少女が一緒だった。仁と少女の組み合わせが、あまりにもお似合いだった印象を受けたから、なんとなくおさまりが悪い感じがしている。

 

「メイゼルのことか、今日は学校の友達のところに行くとか言ってたな」

 

 仁がなんともなしに応えるが、手持無沙汰のようでジャケットのポケットからタバコを取り出そうとして、途中で止めた。タバコはここの家主や少女達が嫌う。

 

「…………」

 

 男二人、華もなく、話も無く、気まずい沈黙が流れる。

 

「……何かするか?こんなのがあるが」

 

 沈黙をやぶるように仁が取り出したのは、似たような大きさの直方体の積み木が詰まった箱だった。上条はこれの正体を察した。

 

「何故これを二人で、しかも男同士で」

 

 三ブロックずつの段を縦横と向きを変えて積み上げていき塔を作る。塔を構成する積み木の一部を片手で一つずつ抜き、また上に積んでいく。先に崩した方が負けという単純なルール。積み木に指示が書いてあるようなタイプもあるが、これは何もないオーソドックスなもののようだ。

 

「まあ、とりあえず。やってみよう」

 

 テーブルの上に、直方体を積んで塔を作っていく。上条のいた場所とは世界が違うはずなのに、玩具に共通点があることに不思議な親近感を覚える。世界は違えども、同じ日本だからかと曖昧な納得をして、上条も積むのを手伝う。

 

「じゃあ一つ条件。負けた方はどんな質問にも正直に答える。でどうですか」

 

 この際だから、便乗して色々聞いてみてかった。今まで身近にいたのが、瑞希と全裸だから、得られる情報も偏ってくる。一応は常識人に見える彼とも話をしてみたかった。

 仁もなにか思うことがあるのか、少し逡巡したあと了承する。

 

「よし、それでいい」

 

 ゲームが開始して、数巡は何ごともないように進んだ。

 数分経過し、だいぶ積み木が抜かれてきて、柱が揺らぎ始める。仁は慎重に様子を見極め、片側を抜かれて二本になった段からもう一本を引き抜きにかかる。

 ここが仕掛けどきだと上条は思った。

 

「そういえば武原さんは、なんで幼女に罵られるのが好きになったんですか?」

 

 仁の手元が派手に狂って塔に突撃し、積み木はガラガラと音を立てあっけなく崩れた。仁がうらめしそうに上条を睨みつける。

 

「質問は勝負が決してからじゃなかったのか」

「独り言ですよ。それで実際のところは?」

 

 このゲームは後半にいかに集中力を切らさないことが重要なのだ。卑怯だが軽い揺さぶりは戦略のひとつでもある。

 

「前に一度言ったよな。俺は変態でも、メイゼルの犬でもないって」

 

 犬だとは聞いた覚えもないのに答えるあたり、半分くらい自覚があるのではないかと思った。そして、やっぱりあの小さな異世界人に振り回されているのかと思うと親しみを覚える。

 狙い通りの勝利にほくそ笑む上条を横目に仁が塔を積みあげていく。その動作は機敏で、覚悟の決まった目をしていた。

 

「そっちがその気なら、こっちにも考えがある」

 

 

 

 男たちは、これが遊びではなく、互いの身を削る戦いであることを悟った。

 

 

 

「上条くんは、スピッツといい仲らしいな」

 

 絶妙なタイミングだった。丁度ブロックを抜いた瞬間、最後に一息つくほんの少しの抜きが粗くなり柱は揺れに揺れ、崩れ落ちる。

 仁がこの勝負に何か仕掛けてくることは予想できたが、弩級の爆弾を投げてきた。この地獄で、上条にとって一番関わりが深く、そして一番振り回された人間のことだから、動揺しないはずがなかった。

 

「武原さん。それは大人気ないんじゃないでせうか」

「勝負に手を抜かず、現実の厳しさを教えるのも大人の仕事だからな」

 

 一応の建前を作ってはいるが、意地を張ったのだ。大人は子供を守る立場だからこそ、その絶対的な優位性を崩されることをあまりよしとしない。だが仁が張った意地は、もっと単純な負けず嫌いに見えて、どこか子供っぽい。

 殺伐さがない戦いの心地よさに気を抜いていたら、仁が理解のある大人のような顔つきで、平然ととんでもないことを言ってのけた。

 

「伊達に魔法使いと付き合ってないからな。どんな関係でもありだと思うぞ」

「そんな超絶、凄絶な勘違いは止めて下さい。俺は“普通”の高校生ですから!」

 

 本気でそう思われているようで寒気がした。魔法使いとの付き合いで、常識は麻痺し、しばしば普通は失われる。

 

 

 

「武原さんは、年上の美人お姉さんと若い子と若すぎる子と、どの子が好みなんですか?」

「その質問は、この家で答えるには色々とやばい」

 

 否定せずに答えをはぐらかすのは、どの子にも下心があるからだ。その時点でやばいことは明白だが、男として気持ちは少し理解できるから上条はあえて深く突っ込まない。

 

「待て、人間関係的な面倒を起こさないためだからな」

「はいはい、わかってますって。若すぎる子が本命なんですね」

「なんでそうなる。あれだ、そういうのとは違うんだよ。きずなちゃんもメイゼルも京香ねえちゃんも、みんな家族みたいなものになるんだよ」

 

 家族だとするなら、誰かが嫁の座に座っているということだ。家庭的なきずなが本命な気がする。しかし、十崎事務官のリラックスした態度や、仁が京香ねえちゃんと呼ぶことから両者が深い仲であることもうかがわせる。そして、メイゼルはそれらを意に介さない、破壊力を持っている。

 もしこの家の女の子たちが仁に気があるのなら、この家は相当な修羅場だ。

 これ以上話が生々しくなると、上条としても気まずくなるから思考を打ち切る。所詮妄想だったが、事実だとしたら怖い。

 

 

 

 相手の精神を削るような質問の応酬は、もはや戦争だった。互いの弱そうな所を見出し、攻め込む。戦闘のプロである仁に上条が対応できたのは、仁の人間関係的なところの弱みがわかりやすいおかげでもある。

 厳しいようで、情に厚く、どこかロマンチストなのだ。こんな人が、何故人狩りを生業とする専任係官しているのか疑問だった。小学校の教師をしているほうがよっぽどお似合いだった。

 

「武原さんは、どうして専任係官になんかなったんですか?」

 

 思わず疑問を言葉にしていた。進んで修羅の道に行くような人ではないから、相応の事情があるはずなのに空気を読まずに踏み込んでいた。

 

「上条君は、スピッツや神和達と過ごして、染血公主とも対峙したんだったな」

 

 仁がジャケットのポケットの辺りを抑える。落ち着かない気分だった。進んで他人に話す内容ではないだろうに、仁はごまかすことはしなかった。上条の問いに真剣に返すことに決めたのだ。

 

「妹を追って公館に入ったんだ。妹は魔法無しでは生きていけなかったから、公館に頼るしかなかった。それで気がついたら兄妹揃って人殺しの訓練をされていた。しばらくして妹が死んで、後を継ぐように専任係官になった」

 

 上条は専任係官になることが、この地獄で魔法使いたちと付き合い、戦っていくことがどういうことか理解したつもりでいた。しかし、実際に言葉で聞くとその意味が重くのしかかってくる。

 これはたぶん、仁なりの義理の通し方だ。魔法使いと戦うことがどんなことか、伝えることで、上条を突き放し、遠ざけようとしてくれていた。

 

「妹と二人でいた高校生くらいのころは、ヒーローみたいなものになりたかった。誰もが幸せになる“いつか”に導いていけるような。まわりにそういう大人がいなかったから。メイゼルといるのも、小学校に通わせて偽教師やっているのも、そういう欲からきているんだろうな。妹を救えなかったから、その代償をあの子に背負わせているんだとしたら、俺は相当駄目人間かもしれない」

 

 鴉木メイゼルは刻印魔導師だ。あの可憐な幼い彼女も戦う運命を背負っている。過酷な運命を背負う彼女に対する、大人たちの偽善がここにあった。

 自嘲する仁の顔は、苦いものがあっても光を失っている訳ではなかった。スピッツが故郷に思いを馳せ、戦いに赴く姿に似ていたから、上条は苦さの反対側にある決意の重さを感じた。

 

「それでも武原さんは、一緒に戦っているんだ」

 

 本来なら、メイゼルを戦いから遠ざけることが筋だ。だがそれは、彼女の魔法使いの誇りが許さないだろうことも上条にはわかる。だから、仁は、彼女と一緒に戦うことを選んでいるのだ。一度大事なもの失った彼が、今度は決して取りこぼさないと選んだ道だった。

 

「そうだな。ここを地獄だと見下して、ここで生きるみんなを、その生活を壊そうとしている奴が許せないから、俺は戦うんだ。大事なもの守りたいなら、向いていなくても迷っていてもやるしかないんだよ。だから、上条君は戦わなくていい。メイゼルもきずなちゃんも、君も、俺が守るよ。ここは魔法使いの言うような地獄なんかじゃない」

 

 そう言い切る彼は、まるでヒーローのように見えた。この地獄にあっても、大事なものを守ろうとする仁の言葉に、上条は自分がこの物語の主人公ではないのだと気づかされる。

 

 幼いころからひっきりなしに訪れる不幸や、超能力の開発を行う学園都市のカリキュラムでも無能力者のままだったから、上条はヒーローに憧れていた。そしてここで特別な体験をして、特別な世界を知った。けれどそこに上条の居場所が無かった。やるせなさが無いわけではない。けれど納得できた。まるでヒーローのようなこの人を信じてみようと思えた。

 

「男の人が二人だけで顔突き合わせているのってなんだかあやしいと思うの。せんせは若い子なら男の子でもいいの」

 

 耳をくすぐる妖精の声が、二人の意識を引きもどした。居間の入り口に妖精のような少女が、こちらをいぶかしんだ様子で立っている。

 

「メイゼル、帰ってたのか」

「ただいま、せんせ。それとトウマだったかしら、はしたない顔だから覚えてるわ」

 

 はしたない顔という、微妙な印象で覚えられてしまっていた。だが、上条がメイゼルに抱いている印象も、懐かしい学園都市の喧騒に近いものがある。だから少し意地悪してみたくなった。

 

「よう。ビリビリ小学生、元気してるか」

 

 メイゼルが品のいい眉を不快そうに歪める様子を見て、満足する。にやけているとまた電撃がきそうだと身構えていたが、報復はやってこない。

 小さな姫様は、別なことに興味を惹かれたようだった。とたとたとやってきて、仁の隣に腰を下ろす。

 

「まあいいわ。せんせたちはいったい何をしていたの」

 

 メイゼルのいる円環世界にはこんな玩具はなかったのだろう。仁の説明にうんうんと素直にうなずいている。メイゼルは一通りルールを聞いた後、積み上げられた塔のてっぺんを軽くつついた。塔がふらふらと揺らぐ様子を楽しそうに眺める。

 

「これって進めば進むほど中心がぐらついて、まるでせんせみたいね」

「俺はこんなグラグラじゃないだろ」

「でも教室にいるせんせって、自信なさげにあたふた授業してて、わたしはいつもそれを崩したくてゾクゾクしてるのよ」

 

 メイゼルは嗜虐趣味をそそられたようで、ゲームに違う意味を見出し始めていた。そして我慢できなくなったのか、思い切り塔を崩してしまった。積み木が崩れる様子が何かと繋がったのか、快楽に瞳を蕩けさせていた。そして仁の顔は完全に引きつっていた。

 仁の人生が、本当にこの塔のようになるのではないかと本気で心配になった。この小さな魔法使いは、好きな人の人生を滅茶苦茶にすることに満足しそうだったからだ。

 

「あ、メイゼルちゃんおかえりなさい」

 

 上条の戦慄を中和したのは新米魔法使い女子高生だった。勉強の休憩に居間に降りてきたみたいだ。後ろに瑞希も付いてきている。

 

「あら、懐かしいもの出してるわね。それ」

 

 メイゼルの帰宅の気配を感じたのか、京香も奥から出てきた。居間の女性密度が上がり、重苦しい空気は一掃される。

 

「せっかくだし、みんなでやりましょう」

「勉強はどうした。もういいのか」

 

 仁の問いかけに、目を反らして女子高生たちは押し黙った。やがて瑞希が苦悶の表情でつぶやく。

 

「……手ごわい敵とは、距離をとることが大事」

「息抜きですよ。息抜き」

「あ、逃げてる。この人たち勉強から逃げてる」

 

 上条は思わず突っ込んでいた。使用人扱いの人間に事実を言い当てられたのが気に食わないのか、瑞希が上条に容赦のない手刀を浴びせる。

 

「……戦略的撤退……だから」

「痛い痛い。わかった。わかったから」

 

 瑞希は上条に一片の容赦もない。しかも単純な物理攻撃だから幻想殺しも役に立たない。

 

「ちょっときずな、勝手に始めないで。私が最初にやるんだから」

 

 きずながマイペースに積み木を積んでいた。一方的に瑞希にボコられていて、そろそろ誰かに助けて欲しいとこだが、そうはならない。いつもなら不幸だーと叫びたくなるが、今日はその言葉を飲み込んだ。

 

 ヒーローみたいな大人が身近にいて、平穏とは言い難いが緩やかな日常がある。

 

 ここはもう、上条にとって地獄ではない。

 

 

 

 

 

 その日の夜、刻印魔導師ネリム・エンドとクラム・エンドが聖騎士たちとの交戦で死亡した。上条当麻がこのことを知ったのは、その数日あとのことだった。

 

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