雨が上がる頃には周りが真っ暗になっており、時間もすでに午後9時を過ぎていた。家に帰ると小町が心配していたが無視して部屋に閉じこもり、濡れた服を着替えることもせず、そのまま眠りについた。
次の日は学校に行かずに部屋に閉じこもってた。もう雪ノ下にも由比ヶ浜にも合わせる顔がないし、一色にもどう言えばいいかわからない。割り切ってあいつと付き合うなんてことは今の俺にはできない。そんなことをすればもう二度とあの二人に関わることはできないのだから。最もすでに一人は関わんなって言われてるんだけどな。
その次の日も休んだ。小町は心配してくるが今の俺にはそれが苛々する。思いっきり怒鳴ると小町は泣きながら自室に戻り、それから俺の部屋に来ることはなかった。
携帯を見ると平塚先生や戸塚、川崎、材木座と言ったやつらからメールが届いてるがどれもこれも似たような内容だった。そんな中一色と由比ヶ浜からも来ていた。
『先輩。今日も休みと聞きましたが大丈夫ですか?何だったら私が看病しに行くのでいつでも連絡くださいね!』
『やっはろー! 元気?……じゃないよね。こないだはいきなりぶってごめんね。その……色々とヒッキーと話したいから体調良くなったら学校来てね?』
返信はしなかった。というよりできなかった。どう返せばいいかわからない。一色に会えば間違いなくあのことについて考えなきゃいけないし、由比ヶ浜は会いたくない。
こうして週末を迎えた日曜日。結局部屋からはトイレとコンビニとご飯を取りに行くぐらいしか出ていない。小町とも顔を合わせていない。
家は物音一つしない静かだった。日曜日だが多分小町も両親もどこかに出かけているのだろう。ちょうどいい。
適当に着替えて、家を出た俺はとりあえず歩き出した。目的地があるわけじゃない。ただもう家にいても考えることがなくなったからだ。
雪ノ下さんは言った。俺の事を好きだと思ってる人を知っていると。それが誰なのかはわからないはずがない。ただ俺の中で今までの事を振り返ると彼女達は俺の事を好きだったと思うと今でも信じられないからだ。
由比ヶ浜は事故の一件で俺の事を知って、それからも俺は由比ヶ浜に助けられてきた。奉仕部は由比ヶ浜の明るさによって保ってきたと言っても過言ではない。そんな彼女が俺の事を好きだなんて考えたことはなかったけど彼女はいつだって俺の事を見てきた。由比ヶ浜は俺にいつでも声をかけてくれた。その彼女の優しさは彼女無二のものだと言える。
一色いろはは生徒会選挙の件で知った。生徒会長になったから彼女に何かと甘えるようになり、このままではいけないと思っててもつい手伝ってしまう。でもこの後輩は俺を頼ってくる。俺と一緒にいて楽しいと言ってくれた。そして勇気をだして、俺に告白してくれた。
そして雪ノ下雪乃は俺の人生を変えた。彼女と出会い、俺は彼女に理想を持ち、憧れた。でも雪ノ下は自分の弱さを打ち明けたことで自身の依頼も解決した。雪ノ下雪乃は自分で立ち上がれる女の子で信念を曲げない強い女の子だ。そんな彼女が俺の事を好きなんてありえないと思ってた。だって俺と彼女は友達ですらないのだから。お互いがお互いの事を少しずつ知ってはいる。けどそこに恋愛感情があるかどうかと言われれば俺はNOだと思ってた。友達でもないやつと付き合うことなんかできないし、好きになることもできないものだと思ってたからだ。
気付くと公園にたどり着いていた。見覚えがあるようでないような公園。公園には誰もいないので止まっているブランコに行き、座って揺れる。
ゆらゆらと揺れるブランコはまるで俺自身だ。目の前の事に夢中で大事なことを忘れる。告白の答えを出そうにも自分が今どうしていいかもわからない。雪ノ下のことを何とかしたいと思ってても自分が悪いと正直に認められない。もういっそのこと彼女達に二度と会わないほうがいいのだろうか……。
「ほう。家に引きこもっていると聞いたがこんなとこにいるとはな」
声の聞こえた方に顔を上げるとそこには担任であり顧問でもある平塚先生、その人が立っていた。
「先生……」
「何だ、思った以上に元気そうじゃないか。妹君に聞いたら、部屋から出てこない本物の引きこもりになったと聞いてたからな」
もうそれについては反論することも面倒くさい。何とでも言えばいい。
「さて行くか」
「行く?」
「君と私が会えばひとまずラーメンだろう。こんなとこにいても飯は食えん」
「……俺はいいです」
控えめに答えると先生は俺の元へ来ると俺の胸元を掴んだ。
「いいからこい。教師命令だ」
× × ×
先生に無理矢理車に乗せられ、俺はラーメン屋に連れてかれた。昼時なので多少混んでいたがすぐにテーブル席が空き、向かい合って座ると平塚先生は俺を見て、笑みを浮かべた。
「ここのラーメンはな、本店が福岡にあるんだが関東では支店がここと東京しかないんだ」
「そうなんですか……」
「とりあえずは食べよう。嫌な事があるときは何も考えないことが大事だからな」
相変わらずわかっているように言うな、この人は。さっきまで嫌がっていたのに今はもう反抗する気も起きない。まるで俺の事を全てわかっているかのようにこの人の俺を見つめる瞳に引き寄せられる。
考えないことが大事だと平塚先生は言った。そんなことができるなら俺はこんなにも苦しんでいない。考えることを放棄するということは答えを出すことを諦めるということ。今を諦めるのと同じなんだから。
「さてと……本来ならば教師として何故学校来ないのか聞きたいところだが」
「えーとその何て言えばいいんですかね」
「無理に言わなくていい。雪ノ下もあれからずっと休んでる。ある程度の察しはついていたんだが先日由比ヶ浜が私に相談しに来てな……」
なるほど。だからこんなにもわかったような口調なのか。てことは今から説教の一つでもしてくれるのだろうか。最もそれを真面目に聞こうとは思わないが。
だが先生から出た言葉は予想とは違う言葉だった。
「だから今日はそういう話はなしだ。今日は君とラーメンを食べに来た。それだけだ」
「いいんですか?」
「君だって言いたくないだろうし、私の話なんて聞きたくもないだろう。そんな時に話したところで会話が成立するとは思えないからな。だから今日はその話はなしだ。最も比企谷が話したいならいくらでも聞くがな」
フッと笑う平塚先生の表情は子供用に無邪気そうでそれなのに大人の雰囲気を漂わせる。きっと俺には想像もつかない人生を送ってきたからこんな表情が作れるのだろうか。こんな表情を作れるようになるまでどれだけ生きて、どれだけ苦しまなきゃいけないのだろう。
「ほら来たぞ」
ラーメンがテーブルに置かれ、割りばしを手にして、両手を合わせる。
「では頂こう。いただきます」
「いただきます」
いつだったか、こんなふうに先生とラーメンを食べたのは。あの頃とは環境もいろいろ変わり、俺も考え方や見方が変わった。それでもあの頃のほうがまだましかもしれない。だって人の気持ちを汲むことも少しはできただろうし、人が何を考えてるかも少しはわかっていたかもしれないから。
ラーメンを啜る音が止み、先生はスープをれんげで軽く飲むと再び口を開いた。
「最近は家ではカップラーメンしか食べてないと聞いてな。カップ麺も悪くはないがやはりラーメンはこうして店で食べないとな」
「そうですね……」
返事をして、しばらくして、今度は俺の口が開いた。
「先生……俺は……どうすればいいですか?」
「君はどうしたいんだ?」
その質問に俺は視線を先生の顔に移して、答える。
「俺は雪ノ下に謝りたいです。俺が守らなかったことと俺が気付かないふりをしていたこと。ずっと自分に言い訳して、あいつの好きな気持ちから逃げていたこと。それに一色にも告白の返事を伝えなきゃなりません。それから由比ヶ浜にも謝らないといけなくて……あと」
「ならそうすればいい」
「え?」
俺が驚いてると平塚先生は近くの店員を呼んで、替え玉を頼み、話を続け始めた。
「君は自分が今、何をすればいいかわかってる。自分がこれからやらなきゃいけないことを理解してるんだから。わかってるのだから考える必要はない。わかってる答えに理屈を求めたところで自分が苦しむだけだからな」
「でも……それが正しい答えとは」
「そう、正しくないかもしれない。でも比企谷。お前はこの数日間、ずっと考えて正しい答えなんて見つかったか?」
そう言われて何も返せなかった。
だって答えなんてちゃんと考えるのを途中からやめていたから。でも答えを探すことを諦めてしまうのが怖かった。だから今は考えることをやめているだけで諦めてはいないとまた自分に嘘を吐いていた。
でも違った。最初から自分がやらなきゃいけないことはわかってた。わかってたけどそれを行動に移すことを嫌がっていたのだから。自分が悪いと簡単に認めるのが嫌だったから。だから答えを探してたんだ。
「前にも言っただろ、計算できない答えが人の気持ちなんだ。君は悩み続けて答えを見つけられなかった、自分が動く理由が欲しかったはずだ。でもやらなきゃいけないことはわかってるんだ」
言い終えると同時に替え玉が来て、丼に入れると先生は再び麺を啜り始めた。俺の丼の横にも替え玉は置かれた。
「まだ食べれるだろ?」
「はい……」
本当においしい。ここ最近の食生活がずさんなせいでこんなにもラーメンが美味しく思えたのは久しぶりかもしれない。
「人間なんて理解不能な生き物なんだ。だから理由なんかなくても、時には自然と体が動く時があるんだ……すいませーん、替え玉一つ。あ、コナオトシで」
もう十分だった。もうヒントだけじゃない。答えまで教えてくれた。ずっと塞ぎ込んでいたのは俺が目の前のことに逃げていたから、言い訳して何とか正面から向き合いたくなかったから。
でもどうして俺は忘れてたんだろう。俺は何度もあいつらと正面から向き合ってきたじゃないか、何度もあいつらと言い合って、悩んで、それでも諦めないでやってきたじゃないか。なら今回も同じだ。
雪ノ下雪乃が俺のことが好きで、一色いろはが俺の事が好きだと言ってくれるなら俺は動かなきゃならない。そしてもう一人、このことについてきちんと伝えなきゃいけないやつもいる。
「先生」
「ん?」
「ありがとう……ございます」
そう言って俺は再び麺を啜るがさっきより何だか塩気を強くなったし、目の縁あたりにも熱いものを感じる。
正面にいた平塚先生は箸を置くと、手を伸ばして俺の頭に置いて優しく撫でてくれた。
やっぱこの人には適わない。
最後までお読みいただきありがとうございます。
何とか書くペースが進んできたのでなんとか最新刊発売までに完結はしそうです。
またコメントの方をいつもありがとうございます。
賛否両論の意見は作者の自分として考え直すところが多く、
次の話の参考にもさせて頂いております。
今後ともよろしくお願いします。
では