「はい、あーん」
「いやあの……」
「あーん」
「はあ……」
諦めて、口を開けると弁当のおかずのからあげが口の中に入れられる。ああ……上手いなお前の料理は。
「どう? 美味しい?」
「ああ。うまいうまい。だから頼む……いい加減離れてくれないか? 雪ノ下」
そう言って、隣にいる雪ノ下を見つめる。
ここ最近は雪ノ下が毎日お昼の弁当を作ってくれているのでお昼の用意がなくて助かっている。本当にありがたいことなのだがこうしてあーんされるのはさすがに緊張を隠せない。っていうか、
「いろはちゃん……私、明日から教室でご飯食べようかな」
「結衣先輩、私も同じこと考えてました……」
由比ヶ浜と一色がいるんだからこういう真似は本当にやめてほしい。てか色んな意味で俺の心臓に悪い。
雪ノ下変貌騒動より1ヶ月。彼女は元に戻ることなく、むしろ日に日に雪ノ下の俺に対する接し方はエスカレートをしていった。朝はわざわざ家まで迎えに来てくれる。もちろん嫌がっても小町が無理矢理連れ出すのでもう諦めた。しかも道中手を繋いでくるのでそりゃあもう周囲の生徒から根も葉もない噂が日に日に広まっていくことで。当の本人は全然気にしてない様子だけど。学校でもこうして弁当を作ってきたり、休み時間に教室に来ることも未だに辞めることはなく、日に日に密着してくる頻度も増えているので耐性ない俺にとってはもう理性がどんどん削られていく。
ていくけどこうして1ヶ月経っても雪ノ下の変貌した理由はわからないままで本人に聞いても笑顔で誤魔化される。
「比企谷君? どしたのなんか険しい表情になってるけど」
「あ、ああ。悪い」
いつの間にか考えることに没頭してたようだ。雪ノ下は覗き込むように俺の顔をじっと見ている。こうやって見つめるのも本当にやめてほしい。女の子に見つめられる経験がないんだ。やだ、可哀想、俺。なんか言葉にするともっと可哀想......。
「それより比企谷君。明日暇?」
「明日? いや明日は」
「暇だよねー?」
わかったから。わかったからその笑顔やめてくれ。笑顔なのになんか黒いものが見えてるぞ。
「わかったよ……」
「ありがと! じゃあ明日さ、私の家にこれる?」
「へ?」
「え!?」
「は!?」
俺の気の抜けた返事から由比ヶ浜と一色が驚いた反応をしている。
でも別に家に行く程度のお誘いはこいつが変貌してからたびたび受けているから最初に比べればそこまで驚かない。たださすがにこの二人の前でそのことを言うのは初めてなので少し緊張が走る。
「ゆきのん……それはずるいんじゃないかな?」
「雪ノ下先輩……抜け駆けは許しませんよ?」
怖い! みんな笑顔なのに黒いものが見えてる! なんか外明るいのにこの教室だけ薄暗くなってる気するんだけど何故だろう……。
「こういうのは早い者勝ちだと思うけど?」
「で、でも!」
「別に私が比企谷君を家に誘っても問題ないよね? 二人には関係ないんだし」
もうこの空間から逃げたい! 女の子って怖い! もちろん雪ノ下に腕を組まれているので逃げられないが。
「てか雪ノ下先輩。ここ最近先輩にベタベタしてますけど少しは場所考えたらどうですか? ここは仮にも部室なんだし」
「私はここの部長だから。というよりあなたこそ何で部員でもないのにわざわざこっちに来てるの? 彼に会いたいから来ている以外の理由あるなら言ってくれる?」
「え、えーと……」
そろそろ止めるべきか。由比ヶ浜は悔しそうな表情で一色は涙目でもういつ泣いてもおかしくなさそうだ。
「雪ノ下、そろそろ落ち着け……お前らもだ」
「ヒッキー……ごめん」
「先輩……すいません」
「……比企谷君が言うなら仕方ないか」
ふー。とりあえず変な緊張は解けたようだ。で、
「それと雪ノ下。さすがに俺も場所を考えてからこういうの言ってくれないと困る」
「何で?」
「何でもだ。頼む」
「……わかった」
不満そうだったがこいつらに変な刺激を与えるのはまずい。ひとまずこれで何とかさせないと……。
それにしてもそんなに俺が雪ノ下の家に行くのまずいの? こんなふうに争うほどのことじゃないとは思うが……。
× × ×
翌日。雪ノ下のマンションのエントランスで俺はため息を吐いていた。何せ雪ノ下の家に一人で行くのはこれが初めてだ。いくら長い付き合いといえど、緊張するもんは緊張するんだ、仕方ないね。とりあえず小町のコーディネートのおかげで身だしなみは大丈夫なはずなので恐る恐るベルを鳴らす。
『あ、きたきた。あがったら、そのまま部屋に入っていいから』
自動ドアが開き、そのままエレベーターに乗って雪ノ下の住んでいる十五階で止まるとそのまま彼女の部屋へと向かう。以前来た時は由比ヶ浜いたからなぁ……しかも状況が状況だし。てか前の時は雪ノ下も普通だったけど、何せ今の雪ノ下は普通じゃない。いやおかしいという言い方もおかしいけど少なくとも俺達は異常だと思っている。
つまり今回雪ノ下の家の訪問は変貌のきっかけが家にいけばあるかもしれないという期待も込めているのだ。
とりあえず待ってても仕方ない。入ってみるか。
「……お邪魔しまーす」
「おかえりー! 早く上がって」
「おかえりってここ俺の家ではないんだけど……」
「細かいことは気にしなーい」
うまくのせられている気がするがまあいいや。そのまま案内されるがままに廊下を進み、リビングへと通される。
「もうすぐお昼だけどなんか食べる?」
「あ、大丈夫……」
「ほんとに?」
顔を近づけて聞いてくる雪ノ下。自分の家だからかいつもより距離が近い気がする。
「ほ、ほんとに大丈夫だから」
「そっか。まあお腹すいてないなら仕方ないよねー」
何が起きるかわからないのでこんなこともあろうかと事前に某牛丼屋で昼飯は済ませてある。やっぱ牛丼食うなら松○だな。
「あ、今お茶用意するからそこで座ってて」
と、見覚えあるソファを指差す。言われるがままにソファに腰をかけて、周囲を見渡す。特に変わった様子はないし、何かが増えた様子もなければおかしい点もない。まあ俺が来るのにそうそうボロは出さないだろう。
「何か探してるの?」
その言葉に一瞬動揺して、振り返ると紅茶のカップを持った雪ノ下は笑みを浮かべながら立っていた。全く気配を感じなかったぞ、こいつ。もはやそういう領域にまで達してしまったのか……。
「いや別に」
「そっか。はいどうぞ」
「ああ、ありがとな」
「いえいえ」
とりあえずこのカップにも念を払わなければ。毒薬が入って毒殺されたり、睡眠薬が入っていて眠らされた後に……ないな。さすがにそれはない。
カップを口につけるといつも通り変わらない味。ちょっと緊張してるせいかいつもより飲むペースが速く、すぐに飲み干した。
「で?」
「ん?」
「何で俺を家に呼んだんだ? 何か理由あるんだろ」
「別に。私が比企谷君といたいからってだけじゃだめ?」
小さく首を傾げてこちらに微笑む雪ノ下。その笑みには嘘は見えない。だからこそ何故彼女がここまで変わってしまったのか気になるのだ。
「なら……聞きたいことあるんだけど聞いていいか?」
「いいよ。でもここだとあれだから移動していい?」
「どこに?」
「私の部屋」
そう言って俺の手を掴んだ雪ノ下に引っ張られ、そのままリビングから廊下へと移動し、そして部屋へと通された。雪ノ下の部屋は思ったよりもシンプルで本棚が並んでいるのと一人用のベットが見える。棚には制服がきちんとかけられており、床にはごみ一つない。
「とりあえずそこ」
と、雪ノ下はベットを指差す。いや別に床でいいんだけど……。
「いいから! 早く座って」
判断に迷ってるうちに無理矢理ベットに座らされ、隣に並ぶように座ってきた。
「それで? 比企谷君は私に何を聞きたいのかな?」
「……お前何があったんだ? ここ最近というより新学期始まってからのお前はおかしすぎる」
「おかしいってどこが?」
「全てだよ。話し方も接し方も今までのお前じゃないだろ。お前がそんなやつならとっくのとうに友達が沢山できているだろうし、お前の姉さんみたいに人気者になってるはずだからな」
かつて雪ノ下陽乃がそうであったようにこいつも初めからこんなふうに周囲と接していれば、学校の人気者になれただろう。
でもこいつにはあの人のような完璧な外面はできない。雪ノ下雪乃は何でもできると思ってはいけない。何故ならあの人とこいつは同じではないから。違う人間だから。
「……今の私は嫌い?」
「……嫌いっていうか違和感を感じる」
そっかと答えると雪ノ下はこちらを向いて顔を少しずつ近づけてきて、顔が目の前に来たところで止まって、口を開き始める。
「別に変わったことに深い意味はないよ。ただこのままじっとしていられないと思ったから私は変わろうとしたの」
「じっとしていられないって……何にだ?」
「今の現状。私は負けたくないの。彼女達に」
どうしてだろう。いつもならこんなに顔が近いとすぐに目を逸らして離れる。
なのに今はそれができない。顔を赤らめながら、真剣にこちらを見て笑みを浮かべている雪ノ下から目を離せないし、体が動かない。
そうしてるうちに雪ノ下が自分の指をそっと俺の顎に触れて来て、そこから撫でるように耳元まで移動させる。
そうしている彼女は楽しそうでとても魅力的だった。見慣れた顔なはずなのに初めて会った人のように緊張する。
「私のことまだ気付いてくれないの?」
「な、何にだ」
「そ。私が自分の家に男の人を気軽にあげると思う?」
駄目だ。もうそれ以上はやめてくれ。友達でもないただの知り合いの一人のはずの雪ノ下雪乃。その彼女の部屋でベットで並んで座って、彼女と見つめ合ってる。
そして雪ノ下は俺の耳元に口を近づけ、そっと囁いた。
「……我慢しなくていいのよ」
そこから数秒間俺の理性が飛んだ瞬間だった。隣にいた雪ノ下を勢いよくベットに押し倒す。荒い息をあげながら。もはや限界だった。俺は悪くない、誘ってきたのは間違いなくこいつなんだ。こうして押し倒してるのに未だに笑って俺を見つめてくるんだ。
……え? 何で笑ってんの? お前。何で嫌がらないんだよ。何でそんなに嬉しそうな表情をするんだよ。
ようやく俺はそこで目の前の現実に気付き、ベットから離れる。俺は今、何をやろうとしていたんだ。雪ノ下の家に行き、彼女のことについて聞くだけだった。なのに何をやってるんだ……何が理性の化け物だ。
「……ごめんね」
ただ一言彼女はこちらを見ようとせず、謝罪の言葉を呟いた。
けど俺はそれに対して、どう言えばいいかわからず、ただ茫然としてるだけだったが一つだけわかることがある。
早くここから逃げよう。ここは危険だ。
「……今日は帰るわ。じゃあな」
そう言って部屋を出た俺は玄関に向かい、靴を履いてすぐに扉を勢いよく開けて、駆け出していた。すぐに俺は走って階段を下りて、そのままマンションから離れる。マンションが見えなくなったのを確認して止まる。苦しくてはあはあと呼吸する。
もう一度冷静に考える。俺は彼女の家でやってことを。俺が彼女にしてしまったことを。俺は……
取り返しのつかないことをしてしまった。
× × ×
我ながらさすがにやりすぎだと思った。でも彼に私の事を意識させるためにはこうした
手段を取るしかなかったのだ。結果として彼は踏みとどまったけど。
でもこれで私の事を他の二人よりかは意識してくれるはず。むしろここからの彼との接し方が重要だ。この件を意識してきっと彼は私と顔を合わせようとはしないだろう。だから私は彼の近くにはいるようにするが前みたいに密着するのもやめよう。彼を少しずつ焦らすように……もう前には戻れないのだから。私達は一線を越えようとしてしまったのだから。
それにしてもやはりケヤキさんは凄い人だ。思い切って彼の動画の感想欄に質問したら、きちんと答えが返ってきてくれた。そしてそれからお互いアドレスを交換して、こちらの現状や相手の情報を渡したらこうしたアドバイスをくれたのだ。この案も彼のアドバイスの一つだ。
これならいける。彼の言う通りに動けば私は比企谷君と結ばれるのだから……。
× × ×
『もしもしー? 比企谷君。珍しいね、私に電話なんて』
『……雪ノ下さん。今日って時間ありますか? 少しお話したいことがあるんです。雪ノ下のことで』
『……わかった、いいよ。私もうすぐ講義終わるから、そしたら駅前のカフェに来て。そこでお姉さんとお話しましょ。あと私も雪ノ下だからそろそろ陽乃って呼んでくれないかな?』
『ありがとうございます、では』
電話を切って、俺はため息を吐く。本当は頼りたくないが仕方ない。あいつの家族である雪ノ下さんなら何か知っているかもしれない。あいつがあんな風になってしまった理由を。そして俺が何であの時逃げることができなかった理由も。
今回も読んで頂きありがとうございました。
いやーこういうふうにゆきのん書くの難しい! 自分の語彙力の無さを改めて痛感します。もっとたくさん書かねば......。
あ、コメントいつもありがとうございます! 皆さんの感想一つ一つ丁寧に読ませて頂き、誤字脱字もご指摘頂き感謝しております。
それとpixivにはまだこちらはあげてません。こちらも諸事情でこういった感じの作品をあげれないので。
次回も温かい目でお読み頂ければと思います。
では