「ごめんごめん、待たせたね」
「いえ別に……」
時刻はすでに夕方六時。雪ノ下さんとの待ち合わせ時間よりも早くついてしまったので先にカフェに入っていた。ちなみにこういうのは男の方が早く来て、「待った?」と聞かれたら、「いや別に」と答えるのがマナーらしいので今回はそのマナーに従うことにした。相手がこの人だしね。
雪ノ下さんは買ってきたコーヒーを机に置いて、目の前の席に座ってこちらを見ると、ニヤっと笑って口を開いた。
「さてと……とりあえず久しぶりだね、比企谷君。最後に会ったのっていつだっけ?」
「確か三月の終わりらへんだと思うんで結構会ってなかったですね」
「そっか。まあ私も色々忙しいから顔出しにいけなくてさー」
まあ来られても困るんだけどな。色々面倒になりそうだし。場をかき乱すことに関しては俺の知る限りではこの人の右に出る者はいない。
「ふーん……比企谷君はまだ私をそういうふうに思ってるんだ?」
「そうやって人の心を読む所が嫌われる理由ですよ」
何を考えているかわからないしこちらの思考を平気な顔で読んでくる。
やっぱりこの人は相変わらずだ。ちっとも変わってはいない。だがそんなことはどうでもいい。
早速本題に入ることにしよう。
「それで電話で話した件なんですけど」
「うん。そろそろ連絡くるかなーって。でも不思議だな。こういうのって比企谷君なら簡単に見抜けると思ってたのに」
「そんなのただの買い被りですよ。それに今回は相手が雪ノ下だ。いくら一年近くの付き合いでもこればかりはさすがにわからないもんで」
彼女と俺が出会ってもう一年が経つ。この一年で色々あった。ぼっちだった俺の人生に現れた雪ノ下との出会いで色んな人と関わりを持ち、そして知ることができたのだ。
思えば雪ノ下が二年の年度末に依頼したあの一件、そして俺自身の依頼も俺達がこの一年間で互いを知ろうとしたからこそ言えた依頼であり、最終的には自分自身でその依頼を完遂することができた。
だからこそ今回の一件は何故こうなったのかがわからない。彼女自身ももうこれ以上思い詰めなければならないことはないはずだし、少なくともそんな話を聞いてはいない。
それにもしあったとしてもそれを真っ先に知っているのは俺や由比ヶ浜ではなく、彼女の姉であり、家族でもある雪ノ下さんのはずだ。
「でも比企谷君もわかってるでしょ? あの雪乃ちゃんが本当の雪乃ちゃんじゃないってこと」
「……わからないですね」
「お姉さんに嘘はよくないよ。それともあの雪乃ちゃんを否定できない理由でもあるのかな?」
この状況を面白がっているのだろうか。質問が飛んでくるたびに心臓を針で刺される感覚だ。
「……ま、何でもいいや。比企谷君があの雪乃ちゃんを見て惚れ直して、押し倒してたら盛り上がる展開だったんだけど」
もちろん冗談で言ってますよね? 決して見たわけじゃないですよね?
冷たい汗が手元からにじみ出る。その様子を見て、少しつまらなくなったのか真顔に戻った雪ノ下さんはこちらを睨むように見る。
「春休みに何度も呼び出したんだよね。でもあの子から一回も連絡ないからお父さんから見に行って来いと言われて見に行ったんだけどあの子ずっと家に籠ってて何してるのかなと思ってたらパソコンをいじってたんだ。まあ私が来たことにすぐに気付いて閉じちゃったけどね」
そう言って、雪ノ下さんは机の上にあるコーヒーを飲んで、カップを戻すと再び語り始める。
「その時はまだ普通だったんだ。だから私も特に問題ないと思ってたし、雪乃ちゃんも近いうちに顔出しにいくからと言うから大丈夫だと思ってたの。でも四月になってもう1回雪乃ちゃんの家に行ったらまるで別人だった。話し方や人を見る目がまるで違ったの。私は最初に見た時思ったんだよね……自分もこういうふうに接しているんだと」
言い終えるとふうとため息を吐く。表情は先程の真顔からいつも通り表情に戻ってはいたが、その表情に感情はこもっていないようだった。
この人は自分がそうしているからわかってしまったのだろう。自分が仮面を被って人と接しているからそれがどういうものなのかを見抜くことだって容易いはずだ。
さてとりあえずは雪ノ下がこの人みたいな外面を作ったのはわかった。が、根本的な部分はわかっていない。なぜ外面を作らなければならなかったのかということを。それに疑問に思う部分がいくつもある。その中でも一番疑問に思うのは俺と話している時の雪ノ下の表情だ。
あれは本当に外面なのだろうか。思い返してみれば他の奴らに向けた笑顔は恐らく外面の笑顔だろう。姉である雪ノ下さんを一番近くで見ていたから真似することもできなくはないはずだし。でも俺と話している時のあいつが本当に外面だとは思えない。口調や行動は確かにおかしいかもしれないがそれでも俺に見せたあの笑顔。
あの笑顔が作ったものだとは思えない。
「……ま、今のところはこんなとこかな。さて私はそろそろ行こうかな」
そう言って荷物を持って立ち上がり、こちらを見てにこっと笑う。
「任せたよ。比企谷君。それと……いい加減気付かないふりするのはやめたほうがいいよ。どうせ原因だってわかってるんでしょ。それじゃ」
と、言い終えてそのまま店の出口のほうへと消えて行った。
気付かないふりね。その言葉の意味を理解できないほど俺は鈍くはない。でもそんなの証拠もないのに決めつけるのはよくない。仮に今回の件がそれが理由であったとしてもどうして真っ向からあいつは言って来ないのだろう。どうして外面なんて嘘みたいなものを作ってしまうのだろう。虚言を吐かないお前がそうまでしてしなくちゃいけない理由が少なくとも俺の勝手な想像で決めつけるのはよくない。
だって俺は雪ノ下と友達じゃないのだから。友達でもないやつを好きになるなんて……ありえないだろ?
× × ×
『今日言われたことを早速実行してみましたが彼は手を出してきませんでした。でもこれで彼は私の事を少しは意識するようになったと思います。強引な方法でしたがこれもケヤキさんのおかげです。ありがとうございました』
送信ボタンを押して、携帯を机の上に置く。
ケヤキさんからの返信はすぐに返ってきて、私は携帯を手に取って内容を確認する。
『いえいえ。雪乃さんの恋が進んでるようでよかったです。でも無理しないでくださいね』
どんな人かもわからない相手なのに気遣ってくれるとは優しい人だ。もし比企谷君と結ばれたら、メール越しではなく自分の口でお礼を言いたい。
今の私の気持ちを理解できるのはこの人だけ。この人だけなんだから。こうして助言をくださっているこの人の為にも私は頑張らないといけない。
再びメール文を打って、送信ボタンを押す。
『ありがとうございます。これからも色々とアドバイスを頂けましたら幸いです。今後共よろしくお願いします』
お読み頂きありがとうございます。
段々文字数減ってる気がしますが今回はここでまとめたほうがキリいいかなと思いまして笑
コメントの方もいつもありがとうございます。
物語ですがそろそろ大きく動く展開かなと思ってますので
引き続き温かい目でお読み頂けましたら幸いです。
では