小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY   作:つっかけ

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第十章 -幸せの意味-

えれめんたるますたー。火、水、土、風、雷とその他の応用を完全に操ることが出来る幻の存在。

放つ炎は空を燃やし、操る水は海を作り、怒涛の土は山を押し上げ、吹き荒れる風は全てを吹き飛ばし、落ち這う雷は神速で飛び交う。

文書で確認されている使い手は一人。

髪の短し数多の使い手、口元に黒点を持つ神の使い。

五つの力を使い分け、人々の救いに尽力せり。

 

最古の文献に記されていた神の使いと称されるほどの強大にして幻の能力。

その使い手の一人、秋月律子。

眠り姫の次に戦いたくはなかった相手。これも宿命なのでしょうか。

額に汗が浮かんで頬を伝い首を流れ落ちていく。

目の前で膨れ上がる炎の熱のせいなのか、はたまたその炎の行方が自分に向けられているからなのか。解らぬまま、汗は足先まで流れ落ちていった。

 

 

 

 

 

「ち、ちょっと!」

 

私は目の前で大きく膨れ上がっていく炎の玉を見ながらその熱のせいか、はたまた内心の焦りからか、額から流れ落ちる汗を止められずにいた。

何故なら、これだけの規模の炎の玉が放たれればここに居る全員が何かしらの被害を被るからだ。

 

「そんなものここでぶっ放せばどうなるかくらい分かるでしょ!」

 

腕を高々と挙げて大きくなる炎は直径にして3メートル程のキレイな球体となって熱が表面を揺らしている。

これには流石の時の魔女二人も入り口の具現化使いも身の危険を感じずにはいられない。

 

「わかってるわよそれくらい。」

 

律子はその炎を更に大きくさせて直径で4メートルになった。

これじゃあ落としたり爆発した瞬間に周りが消し飛んでしまう。

本当にわかっているのか判らないし律子の行動は狂気の沙汰としか思えなかった。狂気の行動は更に続き、まさか今度はその炎球を風船のように真上に放り投げる。

 

終わった。

完全にそう思った。

 

しかし、その炎は思わぬ形で消失する。

炎球は律子の真上で落ちず静止した。空に向いた腕をバッと貴音に向けると、なんとその炎球からバレーボールほどのサイズの炎球が飛び出した。

とてつもない速さで飛び出す炎球を向けられた貴音はギリギリのタイミングで避けていく。

巨大な炎球はどんどん小さくなりもうすぐ無くなりそうなところで、ついに貴音が腹部に燃え盛る一撃を浴びた。

それを皮切りに2発目を左腕に、3発目を右足の脛に命中した。その衝撃で前に倒れ込む。

律子の炎球もそこで尽きたのか完全に消失した。

 

「もう無駄よ貴音。今の攻撃、かなり効いたはずだもの。もうやめなさい。」

 

貴音はよろめきながら立ち上がり、痛みを堪えて律子に首を振って見せた。

彼女は何故そこまでして戦い、目的を果たしたいのか。

伊織には全くもって理解できない。

 

「やはり、そう・・・上手くいきませんね。威力よりも・・・数で・・・圧してくるとは。」

 

「お姫ちんもうやめなよ!」

 

「そうだよ! 真美はもう怒ってないから・・・だからこれ以上は―――」

 

「お黙りなさい!!」

 

怒気の混じった声が大きく響いた。

その声に真美が思わず言葉を切り、亜美も身体がビクッと跳ねる。

初めて感情を露にする貴音は睨み付ける目付きで、しかしその場の誰でもなく遠い何かに向けているように思えた。

どうやら律子だけが貴音の内心を理解しているようで、何かを言おうとしてそこから堅く口をつぐんだ。

 

「私は止まれないのです。止まれないのですっ!!」

 

この言葉にとても強い悲しみを伊織は感じた。

彼女がどれほどの経験をしたのかは、計り知れない。

その言葉にどんな重みがあるのかもわからない。

だけど一つだけ解る。

 

 

"この人は何かを酷く悔いている"

 

 

それが何なのかはわからない。

その後悔が彼女を止められなくしている。

あとに退けなくしている。

だけどそれを解決したところで、きっと何も変わらない。

彼女が何に苦しんで何に後悔しているのかが解っても誰も何もしてあげられない。

だからだろう、律子は口をつぐんだのだ。

貴音にしか見付けられない答えを他人が解るはずがないのだから。

 

「・・・申し訳ありません。」

 

貴音が右腕を一気に横一線に凪いだ。

再び牡丹色のかまいたちが飛び出し、そしてその標的となったのは・・・。

 

「・・・え?」

 

「しまっ!!」

 

かまいたちと一足違いで律子も響へと飛び出す。

足に一気に魅力を溜めて放出した。風の属性を利用した移動法で響を突き飛ばした。

 

(いけない! このかまいたち、防御が間に合わない!)

 

攻撃型の律子は防御型の能力を使うためには、修練を積んでも一時的に意識を集中しなければならない。

貴音のかまいたちも大した威力はないだろうが、しばらく動けなくするくらいの力はある。

千早であれば瞬時に身体の魅力を硬化させてダメージを半減させたり出来るのだが、型が違うだけでその能力を発揮するのは至難とも言えるのだ。

簡単に言えば右利きが左手でスゴク綺麗な字を書くようなもので、決して簡単ではない。

響の体を突き飛ばしてから振り替える間もなく攻撃を受けた。

身体が切り裂かれることはなかったものの、大きなダメージとなって律子の意識を朦朧とさせた。

 

「あ・・・そんな!? ティーチャー律子!」

 

(魅力が・・・。これ、ちょっとヤバイかも。)

 

倒れた律子を心配している響に貴音はゆっくりと近づき始めた。

脚を引きずりながら歩く様は、まるで二人に対する死神のようだった。

 

 

 

 

貴音の意識が律子と響に向いている今、私は行動を起こした。独り言を呟くような声で双子に話しかける。

 

「ねぇ、あんたたち。まだ動ける?」

 

「え・・・。」

 

「真美は動けるよ。」

 

ゆっくりと身体を起こし、震える足をどうにか言うことを聞かせて立ち上がった。

今の状況で何をするべきか。どうしなければいけないのか。そのことをこの亜美と真美に、そして響に伝えなければいけなかった。

 

「これから私があの貴音と戦う。双子のあんたたち、どっちでもいい。あずさを降ろして頂戴。」

 

その言葉に亜美と真美は驚きを隠しきれなかった。

それも当然だろう。今の私の風貌は一見すると貴音よりもボロボロに見える。魅力も大して回復していないし、とても戦えるような状態ではない。

 

「いくらお姫ちんが怪我してるからって、いおりんじゃムリだよ!」

 

「そうだよ! いおりんだってボロボロじゃん! 時間稼ぎにもなんないよ!」

 

「あんたたち言ってくれるじゃない。・・・だけどやるしかないわ。」

 

あずさが起きれくれればここから逃げ出すことなど造作も無い。

だけど、どういう訳か鎖に繋がれたあずさが目を覚ます気配は微塵も無い。

意識を封印されているのなら封印術に長ける人が居ない分、解封するのに時間がかかる。

時折聞こえる地響きから地上でも戦闘が行われていることは明白。

だとすれば、ここが地下である以上時間をかければかけるほど状況が悪化することは目に見えている。

律子がダメージを受けた今、あの貴音と呼ばれた銀髪の女性に対抗できるのは攻撃型である私しか居ない。

時間稼ぎにすらならなくても、ここで勝負をかけないと私たちに未来はない。

 

「あずさが起きれば戦い方が大きく変わるわ。今のジリ貧の突破口、意地でも降ろして叩き起こしなさい!」

 

「「わ、わかったよ!」」

 

強めの口調で言ったのが良かったのか二人は私の緊張感を感じてくれたようだ。

亜美もさっきのダメージが残っているが立ち上がってゆっくりと歩き始める。亜美を支えるように、更には護るように真美も亜美に続いた。

 

 

 

 

 

「亜美、真美。その様な動きではあずさお姉さまを降ろすことなど叶いませんよ?」

 

貴音の様子が変わった。

怪我しているはずの脚を前後に開いて腰を落とし、まるで東方にある剣を使った『居合い』という構えに似ていた。

さっきと同じようにかまいたちを放つ気なのだろう。

構えてから数秒、亜美と真美があずさの下へとたどり着くところで桃色の雷が貴音を襲い、構えを解いた。

かまいたちを放つ寸前の電撃。紙一重でかまいたちを止め、紙一重で電撃を避ける。

 

「邪魔をしないでいただけますか? 伊織。」

 

「封印術って言うのは大したものね。痛みすら封印しちゃうのは流石に反則だと思うけど?」

 

「極めれば痛覚を封印するのは造作もありません。まぁ脳への干渉ですから、僅かにコツは要しますが。」

 

「ねぇ、一つ聞いていいかしら? あんたがやよいをあんなにしたの?」

 

伊織の声に怒りが混じる。あるいは殺意か。この質問自体が既に確信した上での問いなのがわかる。

徐々にだが伊織の身体からバチバチと放電し始めているのがその証拠だ。

どう答えようと伊織は攻撃を止めないだろう。

 

「・・・何故そう思うのです?」

 

「その封印術と独特な魅力の色・・・と言えば納得かしら。」

 

「・・・なるほど、よい答えですね。」

 

伊織が更に電力を上げる。バチバチと五月蝿いほど弾けて伊織の身体が桃色の魅力を発し始めた。残り少なかった魅力が急激に上がり始めている。

さっきの律子も魅力が身体から溢れて緑色に発光していた。

それと同じ現象が伊織にも起こった。

 

 

『ボルテージ現象』

 

 

心の高ぶりにも限界点は存在する。テンションに越えられない域があるように。その高ぶりの限界点を越えた先にあるのがこのボルテージ現象だ。

このボルテージ現象は人によって違った効果が現れる。律子の場合は攻撃力が上昇するように。そして共通して現れるのは魅力の回復と最大値の上昇。

急速な回復で戦いを継続することができる。

ただし、ボルテージ現象を維持することは不可能と言われている。意図的に発現させるには早くても5年に及ぶ修練が必要だとされている。

そして、一度発現することで一人前のアイドルと認められる。

皮肉なことに、アイドルに価値を見出だせなくなった少女が一人前のアイドルとして認められるための最後の難関をクリアしたのだ。

それを見た貴音は小さく感嘆の声を上げる。

伊織はそんな変化にも気付かず身体を桃色に発光させて髪を揺れ動かし、貴音を睨み付けながら電気を迸らせた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ真美。」

 

「ねぇ亜美。」

 

「「あずさお姉ちゃん、どうやって降ろそう。」」

 

伊織と貴音がまさに一触即発の最中、亜美と真美はあずさの下までたどり着いていた。

この時、亜美と真美は特に大事なことを伊織に言い忘れていた。

 

「「私達、固有能力以外は使えないんだよね。」」

 

実のところ今この二人があずさを降ろそうとしても降ろせなかった。

二人は自分達の能力である時間操作と空間操作以外は簡単な障壁しか使えない。

浮遊術を始め封印術の解封など穴の開いていない針に糸を通すくらい出来ない。

つまり、不可能なのだ。

 

「これはあれだよ真美。大ピンチって奴だよ!」

 

「うあうあ~。どうしよう!! ・・・・・・ん?」

 

頭を抱えて下を見た。

足元で何か光るものがウロウロしているのが視界に入る。それはハムスターのような白い影。その影が右手を挙げて走り出した。

追っていくとそのハムスターは今にもぶつかり合いそうな二人を避けて響の元まで走っていった。

 

「そっか! ひびきんに手伝ってもらえば!」

 

「あずさお姉ちゃんを助け出せる!」

 

「真美! 使える!?」

 

「この距離なら今の魅力でも余裕っしょ!」

 

真美が両手を前に突き出してバッと一気に開いた。

真美と亜美の目の前を眩い光が現れたと思ったら一瞬で消えてその場に響が座っていた。

真美の空間操作は空間と空間を繋ぐことが出来る。入り口前に居た響と律子の居る周囲の空間と、亜美と真美の目の前の空間を入れ替える操作を行った。この操作は時間軸が違っても有効で、今の真美の居る空間と5年後の真美の居る空間を繋ぐことができる。

ただし、それには時間操作が出来る亜美の能力があって初めて可能となる能力。

移動させる空間を固定してから切り取って時間移動させるのだが、真美は通る空間の消滅を防ぐために全力で固定しなければいけない。固定しなければ本来生物の居ない時空間の排除力で訳のわからない場所に吐き出されてしまう。

その固定操作の為に膨大な魅力を消費してしまう。時間移動などと言う神をも恐れぬ自然のルールを破るのだからそのリスクは尋常ではないのだ。

 

「え・・・なに? あれ、移動した!?」

 

「「ひびきん!!」」

 

「うわ、誰!?」

 

亜美と真美は二人揃って響の顔の鼻先2センチくらいまでグイっと近づきこれから行う行動の説明を始めた。

その後ろでは貴音が伊織の電撃を避け続けていた。

人間は脳と身体の負担を減らすため無意識に機能を抑制していると言われているが、貴音は脳の『抑制する無意識』を封印することで通常の人間よりも身体能力が高くなっている。そのため伊織の電撃のスピードですら捕らえきれなかった。

 

(くっ、封印術を極めるとここまで厄介だなんて・・・。)

 

攻撃を仕掛けているはずなのに何故か追い込まれていっているようにしか感じない。

それもそのはずだ。元々伊織は魅力を大幅に消費したままこの戦いに望んだのだ。

魅力が高まり続けても消費される魅力が多ければ意味がない。いつしかボルテージ現象が止まってしまった今、無暗に消費し過ぎて魅力がいつ尽きてもおかしくない状態だった。

息も荒く身体の動きが鈍い。

 

「ふふ、伊織。そろそろ限界なのではありませんか?」

 

「うっさい・・・わね。はぁ・・・はぁ。」

 

あずさの妹である貴音も幼い頃から能力の訓練を行ってきた人間だ。実力の開きは天と地の差がある。それがわかっていても伊織が退く事は出来なかった。

そもそも、アイドルに選ばれ講師の律子に挑むつもりだったのだ。力の開きなど最初から百も承知だ。

 

「あの子の・・・やよいの仇を討つまでは・・・死んでもあんたを倒す!!」

 

今にも倒れそうな程にムリをしている伊織だが、目の前にいる自分の敵を見て目を疑った。

何のつもりなのか伊織の攻撃に身構えていた貴音が構えを解いて直立になり目を閉じた。

諦めたのか。それとも何かの罠なのか。だが、今が攻撃のチャンスなのは間違いない。最後の力と言わんばかりに特大の雷を放とうとした時、口元に笑みを浮かべた貴音からの一言が逆鱗に触れることになった。

 

「・・・そんなことで私の邪魔をしているのですか。」

 

「・・・そんなこと・・・ですって?」

 

ゆっくりと、だが激しく伊織の身体中から電気が迸り始めた。

貴音はニヤリと笑みを浮かべた。狙い通り。まさにそんな笑みだ。

あずさの救助を優先させた訳だが、最早そんなことはどうでもいい。

救助に向かわせた二人も、世界が崩壊するかもしれないことも、自分自身の未来もどうでもいい。ただ、今目の前にいるこの女を髪の先すら残さず消し去ってしまいたい。

それほどに伊織は怒りで我を忘れた。

 

「そんなことですってぇっ!!!」

 

怒りの爆発という表現が一番適しているように、まさに伊織を中心に爆発したような電撃が天井や壁へと四方八方に弾けた。

脳回路が焼き切れるであろう高圧の電力は直撃だけで死を意味する。

それは貴音もわかっているはず。なのに、貴音は雷の速度で飛び散る電撃を紙一重でかわして伊織にどんどん近づいていく。

 

(これだけ乱射してもかすりもしないなんて!?)

 

そしてとうとう伊織の目の前に詰め寄られた時だった。

首をへし折ってやろうと貴音が右腕を伸ばした瞬間。

伊織が消えた。

貴音は勢い余って更に5メートルほど進んで止まった。

 

「ごめんなさい、伊織ちゃん。」

 

懐かしい声のする方へ身体を向ける。

その声の主は貴音の良く知る人物だった。

幼い頃から一緒に能力を学び、日々を戦いと生きることだけ考えて切磋琢磨し合った仲。

一瞬で伊織を攫った彼女は亜美と真美、響と律子の元に戻った。

そして貴音に向き直り、良く通る声で静かに名前を呼んだ。

 

「貴音ちゃん・・・。」

 

「おはようございます。お姉さま。」

 

二人の間に沈黙が続く。

数秒の間の後、緊張と気力で戦っていた伊織が地面に膝をついた。

限界寸前の魅力を無理やり放出したのだ。

既に何時、命尽きてもおかしくない状態の伊織の身体は本人の意思に反して動くことを完全に拒否した。

結果、立って居られなくなり息も切れ切れだ。目も霞、聴力も著しく低下して意識をやっとの思いで保っている。これ以上の能力の使用は本当に命を落としてしまう。

息を整えることにも辛そうな伊織が何とか口を動かしてあずさに訊ねた。

 

「・・・あ・・・ずさ。どういう・・・ことか、説明・・・して、くれる ん でしょうね・・・?」

 

あずさは答えない。

星井美希が復活し貴音を見つけた今、素性や目的を隠す意味などない。

だが、あずさはそれでも答えを渋った。

目の前の女性、実の妹である彼女とまだ分かり合える。元の関係とまでは行かずとも説得で妹を取り戻せるのではないかと思っていたから。

だが、その望みは無残にも断ち切られた。

 

「・・・く」

 

「?」

 

「ようやくお姉さまで実験を行えると思っていたと言うのに・・・っ!!」

 

あずさは身の毛が弥立つほどの殺気に襲われた。

殺気を交えたおぞましい執着。睨みつけるなど可愛いレベルの眼光。気迫。

それらをこの場に居る全員に放って自分の苛立ちを表現していた。

この時、あずさは感覚的に悟ってしまった。

もう不可能なのだと。かつての仲の良かった姉妹に、切磋琢磨したライバルに、そして最も愛した家族に戻ることは、最早叶わないことに。

 

「どうして・・・。どうしてなの貴音ちゃん。」

 

「・・・。」

 

「わかってるんでしょ?」

 

「・・・。」

 

「あなたが・・・貴音ちゃん自身が私達の未来を崩壊させたと言うこと、わかってるんでしょっ!!」

 

そうだ。眠り姫の復活したこの世界の未来があずさ達の世界なのだとしたら。

過去へタイムスリップした貴音が、未来を救うために星井美希や如月千早と対抗出来る”眠り姫”を作りだし、時の魔女の能力で眠り姫を連れて未来へ戻り戦うはずだった。

 

「・・・どうしてなの?」

 

「お姉さま。もう無理なのです。あの日、あの二人を手に掛けたときから、私にはもう後ろに道すらも無くなりました。ただ進むだけ。ただ、殺め続けるだけなのです。」

 

伊織は貴音の悲しみの正体を悟った。

貴音はこの時代の星井美希を眠り姫にして制御し、未来の眠り姫二人と戦わせることだけをずっと目標に進んできた。だからこそ、美希を眠り姫にしてしまう時も積み重なった実験の失敗も『その先に予測出来るであろう未来』までも全く見えていなかった。

タイムスリップこそが全ての元凶なのだと気付いたのは既に多大な人数を手にかけた後だった。自分の行動や犠牲にした命、苦悩や人としての心をひたすら殺して実験を繰り返した。

実験で眠り姫を作り出した自分の行動が元凶なのだと知った時、彼女は心の底から絶望した。

そして取り返しの付かないところまで来てしまった貴音は現実を否定してその道を突き進むしかなくなってしまったのだ。

 

「お姉さま。眠り姫を作り出すのです。魅力に支配されない究極のアイドルを・・・。」

 

世界を狂わせた元凶。彼女達の世界を破壊した元凶が自分自身なのだと認めたくなく。

 

「お姉さま。これで未来は救われるのですよ。」

 

更にはまだ未来を救えると言う自己暗示に支配され、彼女自身が既にそんな簡単なことにも気付くこともなく上手くいかない世界を恨み、その世界に復讐したいと思うようになってしまった。

 

「お姉さま、早く。さぁ!」

 

これ以上無いほどに不憫な実の妹。だが、それでももう許すことも出来ない。

それほどまでに彼女の罪は償う方法がもうなかった。

 

「お願いします。お姉さま、どうか。」

 

そうとなれば、世界にも未来にも、現在を生きる全ての人々にも、彼女にも、あずさがしてあげられることが、たったの一つしかなかった。

 

「・・・貴音ちゃん。」

 

「さぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あずさの姿が消えた

 

 

 

瞬きをした後に飛び込んできた光景は

 

 

 

妹の胸部を貫く赤く染まった姉の右腕だった

 

 

 

その右腕は

 

 

 

震えながら実の妹に致命となる一撃を刺し込んだ

 

 

 

貴音は口から液体を吐き出し

 

 

 

その場に崩れ落ちた

 

 

 

その光景を見ていた私と響は

 

 

 

目を離すことが出来なかった

 

 

 

これほどまでに残酷で哀しくて苦しいのに

 

 

 

美しい光景をみたことがなかったから

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴音ちゃん・・・ごめんね。ごめんね・・・。」

 

「お姉・・・さま。ごぽっ・・・わたくし・・・は。」

 

「ごめんなさい・・・。ごめんなさいっ。」

 

「謝ら・・・ない・・・で。わたくし・・・こ、そ・・・。」

 

「こんな頼りない姉でっ! あなたにこんな仕打ち・・・。」

 

「良いの、です。今まで・・・いのち・・・を、弄んだ・・・わたくしには・・・幸せ過ぎ・・・結末です。ありがとう・・・ございます・・・。ありが・・・と・・・。」

 

「貴音ちゃん、あなた・・・。」

 

「あぁ・・・やっと・・・やっと、死ぬ・・・ことが・・・」

 

「・・・・・・。」

 

「ごめん・・・なさい・・・。お姉・・・さま。ごめ・・・なさ・・・美希。・・・はる・・・・・・。」

 

「っ!!」

 

 

胸の中で永遠の眠りに付いた貴音をあずさは強く、強く抱きしめた。嗚咽を漏らす彼女に伊織も亜美も真美も、響もかける言葉など無かった。何を言ってもそれらは全て無粋にあずさの心を傷つけるだけだったから。

 

「・・・終わった。」

 

「今まで何度も人の死を見てきたけど・・・・・・やっぱ慣れない・・・ね。」

 

「・・・そだね。」

 

大切な人を失うと言う消えることの無い傷を、きっとこの二人も持っているんだろうと思う伊織だった。

そしてその傷は、自分にも深く付いているのだということも。

伊織はその気持ちを抱きつつ、自らの手で別れた二人を見続けていた。

 

 

 

第十章

 

 

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