小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY 作:つっかけ
この日。何の祭日でもなければ、ましてや記念日ですらない。ただの肌寒い春の日。ただの月が大きい星の出る夜。
そう、ただの春の一日だ。
なのに、一体誰が世界の命運を決める日だと思っただろうか。
全てが変わり、何も変わらない二日間。いや、何も変えてはならない二日間。
変わってしまうとは即ち、世界の滅亡。それがたった一人の少女によってもたらされるなど誰が信じられよう。それを誰も止められないなどと、それこそ戯言だ。子供が言ったらただの悪い嘘。大人が言うと気が触れたと誰一人として耳を傾けなくなる。しかしその戯言が事実だと知るのは凡そ数十年後。世界が崩壊してからに他ならない。
しかし、その未来は大きく変わった。
始まったばかりの世界の滅亡はその日を最後に終わりを告げ、一人の生者と一人の死者によってすべてが守られた。
いや、それは結果にすぎない。
その二人がその戦いに行き着くまでに、神の気まぐれと運命のいたずらが起こした絶望と、人の心が繋いだいくつもの奇跡があった。
そんな奇跡の結末を見た者に送る、その後のちょっとした物語。
眠り姫 THE @FTERS BE@UTY
「ん・・・。」
強い光で目を覚ました。
うっすらと目を開くと、青い空が視界に広がり白い雲が所々に流れていた。
暖かくなり始めた太陽に少し肌寒い微風になびく草花。小鳥の声が耳に入る。少しずつ取り戻していく意識にそっと触れたのは鼻先に乗った白桃色の花びらだった。
目を覚ましたのは、まさに美麗という言葉が最も相応しい女性。
艶やかな紺色のショートヘアに足も長く女性にしては高めの身長で、恐らく男性から見れば大変魅力的なスタイルをしているだろうと思う。
ゆっくりと身体を起こしていくと、途中で痛みに思わず歯を食いしばる。全身に痛みがあるものの、特に背中の痛みが強い。頭の中は痛みを我慢することと、何故身体が痛むのかに対する疑問符が浮かぶ。
次に気が付いたのは足に腕にと身体中に細かい擦り傷切り傷がある。そしてボロボロになった衣服。紫色の生地が所々破れて肌が出ていることに少し頬が熱くなる。肝心なところが破れてないだけよかったものの、人目に優しい姿ではない。
ゆっくりと立ち上がって、周囲を見る。
目の前150メートルほど先に街の入り口がある。左右に街を覆う石の塀が広がり、それに沿って桜の木が並ぶ。不思議なことに、この光景は”日常の光景”として覚えている。決して一度たりとも見たことがないはずのこの光景は、頭の中に一つの単語が自然と浮かび上がる。”日常”だと。
何故か解らないままで居ると、後ろから白桃色の花びらが前へと通り過ぎる。
意識した訳でもないのに、自然と左から後ろに向いた。
「・・・・・・キレイ。」
そこには惚れ惚れするほど美しく、驚くほど大きな桜の木が静かに立っていた。その存在感は圧倒的で、周りに生える他の木がまるで土から芽吹いたばかりの苗のように思えるほど、その差は歴然だった。
更に不思議なことに、世界に自分とその木しかないような錯覚を起こした。
視界に映る景色などはなく、背景のない白い空間に桜の木のみが映っている。
風の音も、それに揺れる枝や葉の擦れる音さえなく。ただただ静かだ。
でも2秒もない世界だった。神秘的ともいえる感覚はすぐさま現実に引き戻された。
今、一体何に引き戻されたのか。風でも花びらでもない・・・そう、声だ。
呼ばれるように、もう一度後ろの街を見た。
「・・・誰なのかしら?」
見覚えがある。しかし記憶にないその後ろ姿は何故か涙腺を刺激される。
流れるような長い髪。空や海よりも濃い青。白と桃色の服を着た少女が街へ入っていく。
「あっ・・・待って。」
150メートルも離れた場所にいる人を呼び止める、と言うにはあまりにも小さいその声がもちろん聞こえるはずもない。青い髪の少女はどんどん街の中へ入っていく。
痛む身体を必死に引きずって彼女を追いかけた。
街に入った途端、濃い霧が辺りを覆った。視界が悪く、10メートル先がかろうじて見える程度で普通に歩いたら小石に躓いて転んでしまいかねない。
周囲を見回してあの青い髪の少女を探す。実際見失っていてもおかしくないほどの距離と濃霧で10メートル先も見えにくい中、その少女の姿だけはハッキリと見える。その後ろを急いで追いかけた。
あずさは今までに経験のない不思議な感覚にとらわれていた。
濃霧のせいもあるが、見るもの全てに靄がかかったようで建物の色や形に道の広さや地面の色、様々な情報があるにも関わらず頭が認識しようとしない。
夢だと気付いている夢の中のような感覚だった。もしかすると本当に夢で、目を覚ませば今追いかけている少女も街も桜も何もかも忘れているかもしれない。それほどに現実味が感じられない世界だった。
何故追いかけるのか理由すらわからないまま、ただ本能的にそうしなければいけない気がした。
「・・・?」
追いかけている少女は、まるであずさのペースに合わせるかのようにゆっくり歩く。妙なことに、方向音痴を自覚しているあずさが迷うこともなく付いていけている。
人と”一緒に歩く”のであれば迷うこともないが、”付いていく”となるとよく明後日の方向に進んではぐれることが多い。そのあずさが見失わない程度に付いていけている。これだけでも一つの不思議な出来事なのだ。
「待って・・・お願い!」
声をかけるも少女はこちらに気付いてくれない。何度も何度も声を大きくして呼び止めても止まる気配が全くない。ただまっすぐ歩いているだけで距離が縮まっている気もしない。
そこでようやくあずさは気付いて思わず立ち止まってしまった。
街に入ってからまっすぐ歩いて、もう15分ほどの時間が経っている。
15分もまっすぐ歩く街なんて存在しない。
道と言うのは必ず曲がっている。歩く人間が曲がっているつもりがなくても道に沿って進んでいく以上、そこに微かな湾曲があってもそれが”まっすぐ”であると思い込んでいる。
つまり日常的に道を歩いていて、まっすぐ歩いているなんてことは絶対にありえないのだ。
例え直線の道があっても15分もまっすぐ歩く直線など街道でもない限りまずありえない。もし街でまっすぐ歩こうものなら15分もしない内に何かにぶつかったりと必ず進めない状況になる。
なのにあずさは今まで一度も曲がらず、斜めにすら移動していない。濃霧に消えゆく彼女を追って歩きはするものの、その彼女も一度として曲がったりと進む方向に変化はなかった。
額に嫌な汗が滲む。自分が一体どこに来てしまったのか。ここがどこなのかが分からなくなってきた。
そんなことを考えていると、いつの間にか彼女を見失った。
焦った時には既に遅く、濃霧の中で一人取り残されて動けない。
周囲を見回しても一面真っ白でさっきよりも霧が濃くなっているのが分かる。
心に唐突な恐怖が芽生えて後ずさりすると、ドンっと何かに踵が当たって躓いた。そのまま後ろに倒れて尻餅をついてしまう。
臀部の痛みを感じつつ、足に何が当たったのか確認して言葉を失う。
それは人だった。
いや、全く無反応のそれをもう人と言うには時間が経ちすぎている。目は瞼と瞳孔がこれでもかと言うほど開かれ、口や胴体が赤黒く染まり地面も同じ色をしている。
そして気付けば、周囲の霧は薄くなってやがて消えた。街だと思っていた場所は家など無く、ただ瓦礫と燻る火種があるだけで人が住むための街だなんて到底言えない。
しかしそれが”日常の光景”であることは認識出来た。ボロボロの家屋に干上がる小川、人だった肉塊が日常的に目に入り激しい戦いがあったのだと一目でわかる。
背後から瓦礫の欠片が転がる音を聞いて後ろに振り向いた。二つの影が立っていた。かろうじて見えるのは金色の髪と青い髪。顔は見えず、腰に手を当ててこちらを見ている。
呼吸が荒くなる。二つの影を見ただけで、恐怖が何倍にも膨れ上がって身体が震えだした。
どうして忘れてたのかしら?
戦ってたんだったわ。この二人と。
金髪の少女と青い髪の少女が歩き始めて、咄嗟に身構える。恐怖の存在を前に、身体の震えは止まってくれるどころか酷くなる。
背中や足が痛む。打撲に切り傷、どうしてこんな怪我を負っているのか全然わからないが、それを理由に相手が止まってくれるわけがない。痛みを堪えるために歯を食いしばって動こうとするも、今まで歩いていたにも関わらず今度は痛みで動けない。
ズキっと、まるで電流のように走る背中の痛みに一瞬目を閉じてしまった。
しまった。と頭の中で思っても遅く、今の一瞬で青い髪の少女が目の前にまで距離を詰めていた。
ここまで・・・ね。
諦めが頭を過ぎった。目を閉じてただ死を待つ。額から頬に汗が数本流れる。そのままの態勢で数秒、何故かまだ死を感じない。それともそれを感じないほど一瞬で命を奪われたのか。わからないまま薄っすらと目を開いていく。ドンっと軽い衝撃が走った。やっと攻撃してきたのだと思った。身体が痛くて何をされたのかが分からないが、あずさの戦いはここで終わったのだと僅かに口元から笑みがこぼれる。
妙に温かい。腕を首に回され、手を頭の上に乗せられている。まるで抱き着かれているかのような感覚・・・いや、ようなではない。これは間違いなく抱擁だ。驚いて思わず目を開く。
「どうしたのですお姉さま?」
身体が硬直する。幻聴を聴いているのか、よく知った声と口調に何が起こったのか思考が追い付かない。
ゆっくり、後ろにお化けがいるように恐る恐る振り向く。
目に映ったのは美しく長い銀色の髪。牡丹色のカチューシャがよく似合う清楚な顔立ちに女性にしては少し高めの身長。襟付きの白いワンピースを着て左手には果物が複数入った籠を持っていた。
足元も白いヒールを履いていて崩壊した街には似つかわしくない格好をしている。
「・・・貴・・・音ちゃん・・・?」
「お姉さま、どうかされたのですか?」
紛れもない、妹の貴音だった。
いつの間にか抱き着かれていた腕はなく、周囲は小鳥の飛ぶ綺麗な街並みがあった。石を敷き詰めた道にレンガを使った家々、煙突なんかもあってそれぞれの家に瓦のように青や橙なんかの色とりどりの屋根がある。
広場になっているその場所に貴音とあずさは向かい合っていた。
「今のは・・・一体?」
最早何が現実なのかわからない。今までの霧が嘘のように晴れ、姿を現したのは瓦礫の山に死体の数々、脅威の二人が現れたと思えば抱擁された途端に後ろからかかった妹の声。貴音の姿を見た後の周囲の状況の変化。
何が起こっているのかあずさには理解し得なかった。
ボロボロだった服が紫色のワンピースに変わり、背中や身体の痛みが消えている。そして一つ理解した。
これは”日常の光景”であること。
平和そのものの街並みに果物を買って道を歩いていたあずさと貴音。今までの光景も今の光景もあずさは知っている。
呆けていると、貴音に頬と突かれた。
「そんな顔していては、失礼に当たりますよ。お姉さま。」
「失礼・・・?」
「左様です。私たちはこの果物をお供えに来たのですよ? お忘れですか?」
呆れたような顔で目を閉じた貴音は右手で左を指さす。あずさから見て右側のそれは、今まで何故気付かなかったのかと思うほど大きくその場にいた。
広場の大きな噴水の上に立っている一人の少女の銅像。貴音はこの銅像に果物を備えに来たのだ。
「・・・あ。」
見たことがある。知っている。声も顔も性格も。
「おばあ様の友人だったのでしょう。」
知らない訳がない。2年と少し、同じ場所で過ごした友の顔を。
「如月千早様は。」
そして私の両親も私達を逃がして死んじゃった。13歳のときの話よ。攻めてきた彼女達に両親は私達をおばあちゃんに預けて囮になった。
あずささん! 大丈夫ですか!?
ち、千早ちゃんありがとう。助けられちゃったわね
いえ、それよりもアレがそうなんですね。
えぇ。あれが・・・眠り姫。星井美希。
お姉・・・さま。ごぽっ・・・わたくし・・・は。
ごめんなさい・・・。ごめんなさいっ。
謝ら・・・ない・・・で。わたくし・・・こ、そ・・・。
こんな頼りない姉でっ! あなたにこんな仕打ち・・・。
良いの、です。今まで・・・いのち・・・を、弄んだ・・・わたくしには・・・幸せ過ぎ・・・結末です。ありがとう・・・ございます・・・。ありが・・・と・・・。
貴音ちゃん、あなた・・・。
あぁ・・・やっと・・・やっと、死ぬ・・・ことが・・・
・・・・・・。
ごめん・・・なさい・・・。お姉・・・さま。ごめ・・・なさ・・・美希。・・・はる・・・・・・。
っ!!
その、貴音さんに変化があったなら、あずささんにも何か影響がないとおかしいんじゃない?
・・・これも推測だけど、あずさお姉ちゃんは本当はこの時代に居ちゃいけない人なんだよね。もしパラドックスが起こった未来に戻ったら、その瞬間に・・・この時代での記憶は全部なかったことになると思う。
会えて良かった。ありがとう、響おばあちゃん!
激流。
それは記憶の激流だ。
今まで忘れていたものを全て思い出す激流。
それと同時に溢れ出す感情が心を押しつぶしそうなほど渦巻いている。
頬に熱い雫が伝う。
止めどなく流れるそれは今あずさが感じている様々な感情の現れだ。
「貴音、どうしたんだ?」
「早くお供えしちゃいなさい。」
「あ、お父様。お母さま。その、お姉さまが・・・。」
溢れる涙を止められず、あずさは今目の前に居る最愛の人たちを強く、強く抱き締めた。
あずささん、お元気で。
きっと、良い未来が待ってます。
お幸せに・・・。
眠り姫 THE @FTERS BE@UTY-三浦あずさ-
終